オウガ・バトル
それは昔、昔のこと──ひとりの老人が、僕に伝説を語ってくれた
笛吹きが行ってしまい
テーブルのスープも冷め
黒いカラスが新たな方向を目指して飛び去る時
それが前兆だと
さあ、今夜
人食い鬼を見に行こう
人食い鬼の戦いを見に出かけよう
あいつは恐ろしく大きな叫び声を上げると
大海をも飲みこんでしまえるような口をあけ
巨大な舌でハエを捕まえる
その手のひらは、信じられないような大きさだ
ただ一つしかない大きな眼は
どんな方向にも狙いを定める
ほら、戦いは続いていく
さあ、今夜
人食い鬼を見に行こう
人食い鬼の戦いを見に出かけよう
人食い男はまだ中にいる
二つの方向に出口を持つ、鏡張りの山の中に
ここにいれば、誰の目にも触れない
中から外は覗けるが、中を覗きこむことは出来ないのだ
「しっかり見張りをしておけ!」
人食い男のお出ましだ
双方向に通路を持つ、鏡張りの山の中から
連中は背後から襲い、ぐるりと取り囲んで
おまえの逃げ道をふさいでしまう
人食い男は家路を辿る
激しい戦いは終わった
角笛は吹き鳴らされ、トランペットは吹き叫ぶ
人食い鬼の戦いは、永劫に続いていくと
さあ、誰でもおいで
人食い鬼の戦いに
ブラックサイドは伝説や寓話を題材にしたものが多いようですが、これもその典型ですね。
人食い鬼の伝説は日本にもありますが(いや、日本は山姥が多いかな)、イギリスにも多々あります。
ジャックと豆の木に出てくる巨人も、たしか人食いでしたし。
余談ですが、この曲昔バンドでやったことがあるので、個人的には思い出深い曲です。私たちの場合、冒頭の音はシンセサイザーで作りましたが、クイーンの場合「No Synthe」なので、ギターのホワイトノイズでしょうね。どうやって作ったのでしょう。
フェアリー・フェラーの神業
あやつは妖精のきこり
新月が輝く夜
妖精仲間らが輪になり集う
真夜中の12時に
そいつが胡桃を割るさまを、見んがために
厳かに斧を振りあげるや
頭上に高々と掲げ
振り下ろす
渾身の力を込め、振り下ろす
なんと見事な腕前よ
農夫、あらゆる種類の「ワゴナー・ウィル」ども
歩哨のパイプをくわえた政治家
あいつは、まったくたいした奴よ
教育者は一瞥をくれ、しかめ面をし
サチュロス(好きもの)は女物のガウンの下から、覗き見る
汚い奴よ
まったく汚い野郎よ
ボロを来た奴、おまつり野郎
盗人、トンボのトランペッター
あいつはみんなの英雄
気取り屋の妖精は、なじみのガールフレンドの機嫌取り
ニンフは黄色い声で叫ぶ
「あの凄い技を、見せてちょうだい!」
まったく、とんでもない奴よ
兵士、水夫、鋳掛け屋、仕立て屋、農夫
みな、その音を聞こうと待ち構える
茶目っ気たっぷりの手品師が、司会役を勤める
そやつが指導者なり
オベロンとタイタニアは、意地悪ばあさんに見張られ
マブは女王
そして、腕の良い薬剤師
挨拶に行こうではないか
気取り屋の妖精は、なじみのガールフレンドの機嫌取り、
ニンフは黄色い声で叫ぶ
まったく、困った奴よ
馬丁は手を膝の上に置き、凝視する
さあ、ミスター・フェラー
どうか割ってくれないか
胡桃割りの名手である、たぶんかっこいい妖精のきこりがいて、その技を見るためにいろいろな人や
物の怪たちが森に集まっている、いかにもおとぎ話的と言うか、ファンタジックな光景です。
そもそも新月って、輝かないし。(月が見えない時が、新月ですから)
オベロンとタイタニアは、シェークスピアの戯曲「真夏の夜の夢」に出てくる妖精王と女王です。
たぶん他の固有名詞(マブとか、ワゴナー・ウィルなど)も、何かからの引用だと思いますが、
不勉強ながら出典は不明です。ごめんなさい。
この曲の詞は、ロンドンのテートギャラリーにある絵をもとに書かれたそうです。
(※ Toshiyaさんより、この絵の作者であるRichard Daddに付いてのHPを教えていただきました。それによりますと、この絵のタイトルは、この曲と同じく「The Fairy−Feller's Master−Stroke」なのです。本当に、その絵のままを歌詞にしたのですね。
HPで、絵が見られます。一見大きな絵のようですが、実際は54cm×40cmという小さなものだそうです。ちょっと怖い絵です。なお、作者のRichard Daddは精神を病んでいて、父親殺しの罪で、20代後半から69歳で亡くなるまで、精神病院で過ごした人で、この絵も病院内で書かれたものだそうです)
ネヴァーモア
もはや、わたしの人生に生きる悦びはない
海は枯れ
雨が降ることもない
もうこれ以上泣かないで
わからないかい?
そよ風に耳を傾けて
私の耳に囁きかけておくれ
私を戻ることのできない道に、連れていかないでおくれ
かつては日の光が暖かく優しく降り注いでいた谷も
今や何もはぐくまぬ不毛の地
わからないかい?
なぜ私を置き去りにしなければならなかった?
なぜ私を欺いた?
あなたはもう二度と戻れぬ道に、私をいざなった
あなたがもうわたしを愛していないと言った、その時に
もう二度と戻れない
もう二度と‥‥‥‥
叙情性に富んだ、美しい小曲です。あっという間に終わってしまいますが、その切なさと美しさが、印象に残る曲です。
マーチ・オヴ・ブラック・クイーン
本気なのか?
本気になったら、どうなんだ
なぜ、私はおまえに従う
おまえはどこに行こうとしているんだ
このようなものを、かつて見たことはなかっただろう
まるで天国に上り、地上に帰ってきたように
詳しく話そうじゃないか
世界中が認めるだろう
だが、ちょっと選ぶ時間をくれ
水の赤ん坊たちが、睡蓮の浮かぶ悦びの池で歌い
水色の猿が、夜の静寂に祈りを捧げる
黒の女王がやってくる、山のようなお付きをしたがえて
ほら、黒き女王のお通りだ、一列縦隊で
連れていけ、身のほどをわきまえさせるのだ
そいつらを無作法な少年たちと一緒に、地下室に放りこんでおけ
ちっぽけな黒人を、少しは見られるようにしろ
そしてベビーオイルをどんどん塗りたくれ
黒く塗れ、指の爪もつま先も、全部黒く塗るのだ
まだ始まったばかりだ、そう始まったばかり
これをしろ、あれを作れ、あらゆる騒音を立て続けるのだ
さあ、腹もいっぱいになった
私のかわいこちゃんになってくれるかい?
私のかわいい恋人に──いいですとも!
背後から聞こえる声が、私に思い起こさせる
おまえは天使だ──その翼を広げるのだ
ほんの少しの愛と悦びを
光の速さで届けるのを忘れるな
おまえがすることにはすべて
意思と疑問と理由が存在する
ほんの少しの愛と悦びも
あらゆるすべての魂は人間に嘘を教え
すぐに彼は欺き、そして発見するであろう
だが人生の最後の時になって、
彼は愛を少しだけもたらすであろう
我は右手で統治し、左手で支配する
我は闇の支配者、我は夜の女王
力は我にあり──
さあ、黒き女王の行進をするのだ
私の命は、あなたの手の中に握られています
喜んでお供をします
どんな人間にもなります
あなたが望むなら、どんなことでもします
悪い人間にもなります
あなたのためなら、悪人にもなれます
黒き女王の行進をいたしましょう
規律を持って歩みを進める
彼女は俗悪、かつ邪悪
ほら、黒き女王がパイに刺青をしている
それを、ゆでて焼き上げる
だが、細かいことには注意を払わない
懐かしい歌も子守唄も忘れるがいい
この蛍飛ぶ街に降伏するがよい
楽団のビートに合わせて悪魔と踊り
手に手を取って、地獄へ行くのだ
だが、もう行かなくては──永遠に
『白』と違い、『黒』のイメージはやはり邪悪で、そして美しくパワフル、そんな印象です。
話し手がころころ変わる感じなので、少々分裂したような詞ですが、情景は浮かびます。
美しくも、怖い世界です。どことなく、『不思議な国のアリス』のトランプの女王をも、連想させますが。
ファニー・ハウ・ラヴ・イズ
いたるところに愛は存在する、なんとおかしなことだろう
どこへ行こうと、その行きつく先に愛はある、なんとおかしなことだろう
あらゆる歌の、あらゆるキーの中に愛はある、なんとおかしなことだろう
お茶の時間になると、愛は家に帰ってくる、なんとおかしなことだろう
おかしな、おかしなものだろう
嘘の終わる時、真実が始まる、愛はなんとおかしなものだろう
明日はやってくる、明日はもたらす
愛を目に見える姿に変えて、
それが愛というもの、それが愛というもの
愛は突然、君の心を打ち壊しもする(ハートブレイク) なんとおかしなものだろう
愛はアダムとイブから伝えられたもの、なんとおかしなものだろう
愛は自由に、奔放に駆け抜ける、なんとおかしなものだろう
お茶の時間になると、愛は家に帰ってくる、なんとおかしなものだろう
おかしな、おかしなものだろう
この地上の下からはるかな天まで
これほど遠く、おかしなものは愛
いつでも、どこでも
愛を交わしたい時には、そうするといい
それが愛というもの、それが愛というもの
いたるところに愛は存在する、なんとおもしろいものだろう
どこへ行こうと、その行きつく先に愛はある、なんとおもしろいものだろう
あらゆる歌の、あらゆるキーの中に愛はある、なんとおもしろいものだろう
愛とは、お茶に遅れそうになって、慌てて辿る家路、 なんとおもしろいものだろう
おもしろい、おもしろいものだろう
明日はやってくる、明日はもたらす
愛を目に見える形に変えて
いつでも、どこでも
愛を交わしたい時には、そうするといい
それが、愛というもの。それが、愛というもの
これは特に説明不用の、愛の一般論的な感じですが、「ブラック・クイーン」のラストからこの冒頭にかけての展開、いつ聴いても鳥肌が立ちます。(ゾクゾク、と言う感じです。念のため)
ところで、「お茶の時間に家に帰る」という言いまわし、非常にイギリス的ですね。あちらのティー
タイムは有名ですから。
輝ける七つの海
汝ら、支配者や女説法師たちよ、我を恐れよ
我は空からこの地上に、汝らの上に下ってきた
不信心者たちよ、汝らのその魂に命令する
我の所有するものを、我の前に持ってくるのだ
ライの七つの海よ
汝ら、貴族や専任弁護士たちよ、我の言うことが聞こえるか?
汝らの目にはっきり見えるよう、降り立とう
我の信頼を悪用するものすべてを、滅ぼそう
汝らは我のものになるのだ
ライの七つの海よ
シスター──私はあなたのためだけに生きます
ミスター──私はきっと死んでしまうでしょう
汝らは我のもの、我のもの
私はあなた様のものです、永遠に──
マスターマラソンを急襲し、我は飛んでいく
閃光と雷の炎を抜け、生きのびるだろう
そのあと、我は自然の法に挑戦し、生き抜くだろう
それから汝らを支配する
ともに消え去ろう──汝ら、上品で怪しげな上院議員どもよ
善を分け与え、邪悪な叫びを取り除け
我は偉大なタイタンとトゥルバドールに挑戦しよう
そして微笑を浮かべ
汝らをライの七つの海へと誘おう
ファーストアルバムのラストにインストルメンタルとして収録され、セカンドで歌がついて再登場しました。七つの海と言うと、「世界中」というイメージですが、(世界には七つの大海がある、と良く言いますし)この場合、「ライ」の七つの海ですね。このライというのは、架空の王国でしょうか。次作の「Lily Of The Valley」にも「七つの海を渡ってきた使者が伝えた。ライの王はその座を追われたと」とあります。これの続編でしょうか。
イメージ的にはキリストの再臨に近いものを感じますが、「ライ」だから、違うものかもしれません。
タイタンはギリシア神話に出てくる、大地と天の間に生まれた巨人で、トゥルバドールは13〜15世紀の吟遊詩人を指しますが、マスターマラソンの意味だけは、わかりませんでした。(不勉強で、すみません)
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