Part 7 of the Sacred Mother's Ring - A Path to the Light

終章  つながりゆく環(3)




 いつしか回りの景色は消えていた。四人の周りに、宇宙空間が広がっている。無数の銀河が星のように輝く、暗く、果てしない世界――。
「これは幻だから、本当に宇宙空間にいるわけじゃないよ」
 アリストルが、かすかに首を傾げて微笑した。
「でもね、パパ、ママ……考えたことはある? この宇宙はどうして出来たか?」
「ビッグバン……RAYの文献で、読んだことがある。百五十億年の昔に、宇宙は誕生し、急激に膨張を始めた……」アレイルは回りを見回し、当惑気味に答えた。
「うん。正解。ほんの小さな量子の揺らぎから発生した宇宙の赤ちゃんは、誕生し、今まで成長してきた。じゃ、ね、神様という概念は知っている?」
「いや……でも、昔は知っていたかもしれない。そうだ……世界を統括する、目に見えない、大きな力。運命を決めるもの……じゃないかい?」
「ほぼ当たっているけれど、神様は無数にある惑星に住む生命の細かい運命までは、決めないよ。そこまで回らない。でもこの宇宙を統括する、目に見えない大きな力は存在するんだ。その力が宇宙の秩序を保ち、維持している。それが、The Sacred Mother――聖太母神と呼ばれる存在なんだ」
「The Sacred Mother……」
「Cosmic Mother(宇宙の母)と言っても良いかもしれないけれど。聖なる母ね」
 アディルアが言葉を引き取った。
「それが、君たちがあがめる神なんだね」
「ええ。わたしはかなり長い間、神官をやっていたけれど、それは聖太母神の意思を伝える伝令のようなものだったの。アクウィーティアの民は、もう一億三千万年くらい、宇宙を統治する、この神を仰いできているの。地球もあと一億年くらいして、精神レベルが十分高まったら、聖なる母の意志をキャッチできるようになるわ」
「その神の存在はわかったわ。でも……」エマラインは言いかけた。
「聖なる母は、聖なる環でもあるんだ」アリストルがそう答えた。
「聖太母神とは、宇宙の秩序を司る、大いなる宇宙意識なんだ。いわゆる『知識』とか『古くからの知識』とか『アカシックレコード』とか、そういうのも聖太母神の一部なんだけれど、その宇宙意識が、宇宙を今の姿に保っている原動力でもある。その意識体を維持するには、たくさんの意識のエネルギーが要るんだ」
「意識のエネルギー?」
「意識は、精神、魂……ぼくたちの本質にあるものだね。別の人生を生きて、自我が変わっても変わらない核、本質、そんなようなもの。命は、混沌の海から生まれた神の息吹。それが進化して、考え、創造できるだけの高次の命は、やがて変わらない核を持つようになる。それが自己であり、魂と呼ぶもの。でもそれだけでは、聖太母神に同化できるものにはなりえないんだ。まだ不純物が多すぎるんだよ。闇も雑念も、欲も煩悩も、あらゆる良くない感情も。聖太母神に同化するためには、高次の精神エネルギーが必要だし、究極に純化した光の魂でなければならないんだ。そのためには、とても長い長い時間がかかる。早くても一億二、三千万年くらい。長い人は二億年以上も」
「でも、ほとんどの星では、そこまで長いスパンで高等生物は生存できないの。一億そういう文明の星があったとしたら、九九九九万九九九九個までは、途中でその星のホメオスタシス――自然淘汰に出会って、自然収束してしまうの。実際生命の星は一億ないから、ほぼ全部といっても良いと思うけれど。今までの最長で、一千万年かな、地球年換算で。でもたいていは数万年のスパンで、終わってしまう。そうして行き場を失った命の塊は、新しい命の星を探している間に、半分くらいは力を失って散ってしまう。運のいい半分は新しい場を見つけて、またそこに根を下ろせるけれど、その間に力は弱まっているから、また一からのスタートになる。だから、それは自然に任せていては出来ないの。それに、高い精神エネルギー因子が必要にもなるのよ。それは原始的な形では、超能力になるの。地球でも、以前から超能力の存在は不完全だけれど、知られていた。アクウィーティアもそう。そういう素地のある星の民だけが、聖太母神から選ばれるの。それが本当に良いことかどうかは、わたしにもいまだにわからないけれど、って言うと、またアリストに怒られるけど、でもそういうことなの」
「ぼくは良いことだし、最高の栄誉だと思っているけれど、彼女は光の側だから、いろいろ思ってしまうんだろうね。元々そういう性格だし」
 アリストルはその年に似合わぬ慈愛を込めた目で双子の妹を見やり、言葉を続けた。
「ここの人たちが呼んでいる、PXLPっていう因子、これがアクウィーティア人由来の因子なんだけれど、これは聖太母神が埋め込んだ、精神の力を物理の法則を超えて羽ばたかせるための、強化因子なんだ。でも元はアクウィーティア人のものじゃなくて、その前、ドーリスの民から起源子エルファス・ラヴィータ・ロンダセレーンを介して、受け継がれたものなんだよ。ドーリスの民はその因子を、やっぱり起源子を通して、アマーリクの民から受け継いだ。アマーリクの民はエレストファンの民から、エレストファンの民はヴィーテの民から、ヴィーテの民はセスタリアの民から……ずっと受け継がれてきたんだ。十二代に渡って。地球は十三代目なんだ」
「そうか。それで……その精神的強化因子を埋め込まれて、その民たちは……純化していったのかい? その宇宙意識に合流するために……」
 アレイルは幼子の口から語られる知識を租借しようと努めながら、そう問いかけた。
「そう。二億年かけて純化され、精神エネルギーも高められて、その星のすべての民は光の路をたどって、大いなる神の元へ。宇宙をつかさどる聖太母神は、そうして純化した意識のエネルギーを吸収し、同化して、存在しているんだ。形はない。意識の集合体だけれど、感情はない。それは大きな光のプールみたいな、そんなイメージだね。その意識の集合体が、宇宙の秩序を保って、形作り、維持しているんだ」
「あなたたちも……わたしたちも? いずれはみんな、そこへ行くの?」
 エマラインがかすれた声で問う。
「うん。地球の民たちも、あと一億三千万年くらいたったころから、合流を開始するよ。だからぼくたちは、これから行くんだ、聖太母神の元に。あとからくる地球の民たちに、光の路を開くために」
「わたしたちは、水先案内人なの。パイロット。最初に光へ続く路を作って、あとから来る地球の人たちの合流を助けるために。今が、その『パイロットの旅立ち』の時なのよ」
 アレイルの脳裏に、遠い昔に見た夢の残像が浮かんできた。白いもやのかかった宇宙空間に遊ぶ二人の子供。一面に広がる金や銀の無数の星くず。
『わたしたち、道を造ってるの。光の路を』
『うん。光へ向かう子供たちのためにね』
 金の水晶と銀の水晶の声の響き――。
 あの子供たちは、アディルアとアリストル。そして『これが最後の答えなのね』と問いかけた女性は、エマライン。今、わかった。遠い未来の記憶が一粒こぼれ、糸を引くように過去に落ちた――。
「あの晩、わたしも夢を見たの」アディルアは父を見上げ、にっこり笑った。
「今この時の光景と、宇宙で子供になって遊んでいるわたし。未来の記憶なんて、めったにないんだけれど。だから朝起きた時、ものすごく違和感があったわ。でも同時に、すごく安らかな気持ちを感じたの。ああ、ここに行き着くんだ、これが究極のゴールなんだって、改めて認識して、思わず涙が出てきたの。わたし、あの頃は良く昔の夢を見て、起きた時にいつの間にか泣いていたことも、よくあったけど、でも未来の記憶で泣いたのは、初めてだったわ。でも、それは悲しい涙じゃない。喜びでもないけれど。圧倒的な光と、慰めの感情だったわ。本来のわたしが心の奥から、未来の記憶を汲み出してきたのだと思う。わたしの表面自我への激励の意味で。そういうことは、時々あったわ。パパの方へも行っちゃったのは、同じ道の行く末だから、なのね。この時思い出してくれるために、というのもあったのだけれど」彼女は小さく笑うと、言葉を継いだ。
「わたしたちが、最初の路を作る。地球の人はみんな、わたしたちの後に続くことになるの。あと一億三千万年くらいしたら。わたしが起源子時代に蒔いた光の種を受け取った人が最初に来て、その後に他の人が続くことになるの」
「精神に、光の種をまく。そう……そんな言葉があったね。起源子の……存在意義の一つに。それは、そういう意味なのかい?」アレイルがそう問いかけた。
「そう。起源子のもう一つの役割がそれなんだ。その活動を通じて、人々の魂に光の種を蒔く。起源子の接触(タッチ)。起源子はどこの星でも、種類はいろいろあるけれど、芸術活動に携わることになる。前にも言ったけれど、適合子時代の特性が、起源子となった時に最大限に発揮されるから。アディルは適合子アルディーナの頃、アクウィーティアの歌姫だったから、音楽――歌を通じての接触になったし、アクウィーティアの起源子エルファスは適合子の頃ダンサーだったから、踊りからの接触になった。ママは適合子アリステアさんの時に俳優さんだったから、起源子となった時には、その演技を通じて接触を届けることになるんだ。どんな形であれ、その活動に触発され、心を動かされた人は、その魂に光の種を受け取ったことになるんだよ。その人はそれ以降の人生でも心に光を持ち続け、進化も早い。そして闇に落ちることもないんだ」アリストルがそう説明した。
「闇に落ちる……?」
「そう。光のプールがあるのと同じように、闇のプールというべきものがあって、それは闇の集合体なの。そこへ落ちてしまうと、光の路を行くことが出来ない。アクウィーティアではそういう人たちが十数万人いた。地球では、もう少し少ないみたいだけれど」
「元々地球は闇が多かった。アクウィーティアよりもかなり。それでも闇に落ちる脱落者の最終的な総数は、アクウィーティアより少ない。それは、君が歴代最強の光だったからだね。君は最大の接触を届けたんだ」
 そう言うアリストルに、アディルアは父親を見上げ、ちょっと笑って答える。
「歴代最強の影もいてくれたから」
「……ありがとう」
 アレイルはかすかに笑い、娘の髪を撫でた。
「あの時代も楽しかったわ、本当に。闇の試練もあったけれど、それでも……」
「おまえたち……いや、君たちは以前の人生の記憶を、ずっと持っているのかい?」
 アレイルは問いかける。
「わたしたちはもう一億年前から、ずっと咲き続ける花になっているから、次の人生になっても、忘れないの。ただ、うんと小さい頃は、その前のことは思い出さないんだけれど。わたしも四歳くらいからかな、前の記憶がよみがえり始めたのは。完全に統合したのは、六歳前くらいよ」
「ぼくもそのくらいだよ」アリストルも妹を見、頷く。
「そう……そうだったわ。咲き続ける花。向こうへ行っても、だんだんと意識が溶けなくなっていって、そのうちにすべての記憶を持ったまま、生まれ変わるようになるって」
 彼方の記憶の中で、エマラインは頷いた。
「そう。普通はその段階になったら、その魂は昇華へと向かうんだ。光の子供たちになって、光の路を行く。先達の星のパイロットが作った、光の路を通って」
「その行き着く先……それは四千年たったら明かせるって、昔パパに言ったけれど、今ようやく言えるわ。光の子供たちの行き先は、光の母。宇宙の聖なる母の元なのだって」
「それが、君たちのいう宇宙の神……聖太母神なんだね」
 子供たちの言葉に重なる微かな記憶に、アレイルは頷いた。
「そう。だから基本的に同じ星の人たちは、同じ道をたどって合流していく。闇に落ちた人は例外だけど。でも二人だけ、その道をたどれない人がいる。それが適合子とそのパートナー。ぼくたちもそうだけれど、パパとママもそうなんだ。その二人は神の命を受けた選ばれた人として、後継の星の水先案内人にならなければならないから」
「後継の星の……?」
「水先案内人?」
 アレイルとエマラインは反射的に繰り返し、子供たちを見つめた。
「そう。後継の星の人たちのために、新たな光の路を作る。それがわたしたちの役目なの。ママは、あと二億年したら、バトンを渡さなければならないの。後継の星に起源子として生まれ変わって、その星の民に、わたしたちアクウィーティアから受け継いで、そのころには地球人全員に受け継がれているはずの因子を、広げていかなければならない。そうしないと、環は完結しないの」
「パパはママをサポートする役目だよ。ぼくのように。その星の後継者たちを、適切に導いていく必要があるんだ」
「次の星へ? ということは、僕たちはいずれ異郷の、遠い星に生まれ出なければならないんだな……二億年がたったら」アレイルは確認するように問いかけた。
「うん。そうだよ」
「どこに行くんだい。どこに行けばいいんだい、僕たちは?」
「シークァ。それが星の名前。地球とアクウィーティアほど、距離は離れてないの。三億光年くらい。パパやママは、知らないと思うわ。それにたぶん、今聞いても忘れちゃうと思うけれど。わたしも聞いた時、なに? 地球(Earth)? どこよ、それ、変な名前? と思っただけだったもの。大地の星、っていう意味だって言われて、ああ、そうか、陸地が多いのねって。それっきり、忘れちゃってたの」
 アディルアはちょっと肩をすくめ、小さく笑ったあと、言葉を継いだ。
「でも、時期が来たら聖太母神が教えてくれるはずよ。その頃には、たぶんパパとママは神殿に携わる仕事をしてると思うから……うーん、もしかしたら神官長になるのは、パパの方が多いかもしれないけれど。パパの方が、より『知識』につながっているから。あ、でもね、その『知識』は、わたしたちがつながっている『知識』じゃなくて、御子が送る『知識』なんだけれど。まだそこまで、地球の人たちは成熟していないから。でもいつか、本物の『知識』に触れることができるようになるわ。神殿のルーティンに、つながりの時間っていうのがあるんだけど、地球でいうところの瞑想に近いかな。その時に、聖なる母の意志を感じ取るんだけど、ある日、来るのよ。突然に。(時が来ました。行って、後継の星のパイロットになりなさい)って。それは、それまでの平和で穏やかな時代の終わりを意味するから、けっこうショックよ。『きゃー、来ちゃった!』ってなっちゃう」
「起源子として後継の星に生まれるっていうのは、力を封じられた状態で原始時代に戻るような感覚で、しかも闇の攻撃つきだから、その気持ちはわかるんだけどね。まあ、彼女は歴代でもっとも情動的で感情の起伏が激しい人だから、ママの場合はもう少し穏やかに受け止められるとは思うけれど。でも、やっぱり覚悟のいることには違いないよ」
 アリストルがそう言い足している。
「たしかに……今は想像がつかないけれど……大変そうね」
 エマラインはそう言うしか出来ない。
「でもね、一つだけ、パパとママの場合は、わたしたち今まで十二代とは、少し事情が違うの」アディルアは小さく頭を振り、言葉を継いだ。
「基本は同じなんだけれど、パパとママが向かうのは、始まりの場所なの。シークァは、始まりの星なのよ。そこから十三の星をつないでいくの。シークァからニアルィス、エスヴィディス、アフィルタ、ルリアペル、サンクラヴィ、セスタリア、ヴィーテ、エレストファン、アマーリク、ドーリス、アクウィーティア、地球。これが聖太母神の十三の輪。アクウィーティアが十二番目、地球は十三番目。そしてシークァは一番目なの」
「一番目……?」
 アレイルとエマラインは言葉を失い、顔を見合わせた。
「そう。二四億年前に聖太母神に合流した、最初の選民たち。それが、シークァの民なんだ」アリストルがそう説明する。
「二四億年前……ということは、僕らは二四億年を逆行しなければならない、ということかい? そんなことができるのかい?」
「二四億じゃなくて、二八億年になるよ。これから二億年後から、シークァの原始文明末期、選民合流の二億年前に戻ることになるから。でも、大丈夫。出来るよ。聖太母神も力を貸してくださる。ぼくらは、まだその一部になる寸前というところかもしれないけれど、力は大きくなっているから、その最大の力で、そう、母と子が力を合わせて、最後の環を閉じるために、最初の起源子になる人とそのパートナーを、二八億年前の過去、始まりの時点に飛ばす。この時だけは、自分で飛んでいく必要はないよ。その船ごと、聖なる母と僕たち御子が、時空を超えて運んでいくから。そうしなければ、光の環は閉じないんだ」
「ちょっと……待って。頭がくらくらしてきたわ」
 エマラインはよろめきそうになる身体をかろうじて支えた。
「それでは……二億年後のわたしたちは……アレイルとわたしは、二八億年前に戻って……今からだと二六億年前ね、その宇宙意識に合流しているの? それでは今の宇宙意識に、わたしたちの精神が入っているの? 今、ここにこうしているのに……?」
「聖太母神は、時には支配されないんだ」アリストルは答えた。
「それにね、その星のすべての民が光の道をたどって宇宙意識に合流すると、意識は聖太母神に完全同化される。それまでは、御子として付随しているけれど。だからもう聖なる母神の中には、パパやママの意識は残っていないんだよ」
「そう……なのか。それでもなんだか……変な感じだな」
「でも、パパ。パパは昔、時間を横切って、同じ空間に二人の自分がいた、という現象を体験したでしょう? アディルが起源子として生きていた頃に。でもその時のパパの意識は、自分が属している方にあって、もう一人の方は過去の時間軸での意識しか持っていなかったよね。それと同じだよ」
「そう……なのかな。そうかもしれないけれど……」
「そのあたりは、あまり深く悩まない方が良いと思うわ」アディルアは首を振って笑い、
「そうなのかもしれないわね」と、エマラインも苦笑した。
「うん。この世界は時間と空間が連動しているから、考えると混乱するかもね」
 アリストルも頷いて、かすかに笑った。
「でも、わたしがいずれ起源子になるということは……そのシークァという星に生まれて、そしてその星の初期文明の終わりに……遭遇するのね」
 エマラインは両手を身体に回した。過去の知識が次々に意識に上がってくる。
(その星の初期文明をいったん白紙に戻さなければならない。ほんの一握りの人間だけを残して。そこから、再び世界を起こしていかなければならない)
(初期文明の壊滅。それを、グランドパージ――大いなる清め、禊と呼ぶ。それが起きる条件は、起源子がその時生存していること)
――つまり、自分の存在ゆえに、一つの星の文明が、数十億の人間とさらに数多くの命が、失われる。魂は不滅であるとはいえ、その自我にとっての人生は失われるのか――。それを認識した時、エマラインは震えることさえ出来ないほどの激しい衝撃を感じた。
「怖い……何であれ、そんな重さを……わたしは、背負うことは出来ない……」
「わたしも一瞬そう思ったの、ママ。起源子になって、その知識を得た時に」
 アディルアは、同情を込めたまなざしで見ていた。
「でもね、起源子はそこまで生きているとパージが起きるけど、その前に死んでしまうと、もっとひどいことになるの。だから、起源子の存在がパージの引き金ではないの」
「そうなの……?」
「ええ。これ、今言っていいことかわからないけど、後継の星に選ばれる条件を、思い出してみて。アリストが昔言ったこと」
「後継の星に選ばれる条件……」
 エマラインは思い出そうとするように、目を閉じた。
『そう、まずは適合子ありきなのです。彼らは光の流れを持つ、神に選ばれた人です。適合子が出なければ、その星は決して後継者に選ばれることはありません』
――適合子。遺伝子の激しい突然変異により、先達の民に同化できる因子を持った、後継の民、唯一の人間。アクウィーティアのアルディーナ・マディフィス。地球のアリステア・ランカスター。では、グランドパージの真の引き金は、適合子の存在。かつての彼女自身なのか――。
 そこまで思い至ると、エマラインは言葉も考えも失い、立ちすくむしかなかった。
「でも、それは祝福なんだよ」アリストルがきっぱりとした口調で言った。
「その場は悲劇に見えるかもしれない。いや、実際に悲劇なんだけれど。でもその後に、限りない未来が広がっているんだ。数百年で終わってしまう世界じゃなくて。それは、適合子がいればこそなんだ。彼らの存在は、真の祝福なんだよ」
「そうは言っても、わたしも結構、割り切れない思いはあったわね。だから、ママの気持ちはよくわかるの」アディルアはかすかにため息をついた。
「それに、起源子になったら、凄くその存在は重いから。負いきれないって思ったこともあるわ。起源子時代の闇の攻撃は、かなり厳しいから、ぎりぎりの攻防になることも何回かあるし。でも、パージの前に死んだら、輪が切れる。それは闇へ続く道よ。光の輪が切れたら、聖太母神はすべてのエネルギーを失うの。シークァから地球まで一千億近い魂、純化された精神のエネルギーを、すべて。十三個の環は、つながっていくことで完結するの。どこかで切れたら、すべてがなくなってしまうのよ」
「すべてがなくなったら……どうなるの? 聖太母神に合流するエネルギーが、なくなったら。光の環が切れたら……」
「光と闇/昼と夜/くりかえし/せめぎ合う/光は未来/そして無限/闇は空/そして無」
 アディルアは軽く頭を振り、そう歌い出した。
「それは……ファイルにあった曲だね。創立先導者たちの、後期のファイル。七曲目……そう、『Light and Darkness』」
「ええ。四千年前に作った曲だけれど……それが、ぎりぎり明かせる真理だった。この世は光と闇が対立している。光の集合体が聖太母神であるように、闇にも集合体があって、それには名前はなくて、ただ闇なんだけど、それは闇に心を支配された人たちが行き着く先。光が極まると昇華して光の宇宙意識へ合流するように、闇が極まるとその魂は闇に吸収される。そうやって闇に落ちる人が、どの星でも十数万人程度はいるの。そこには選ばれた星だけでなく、他の多くの星の高等生命たちも来るから、そっちの方が圧倒的に数は多いわね。そうして大きくなって強力になった闇の集合体は、光の環を切ろうとする。光の環が完成してしまえば、闇が宇宙を支配するチャンスがなくなるから。でも闇自体が意思を持っているわけじゃない。それは無へ返そうとする力。光の環が切れたら、それは闇の勝利。すべては無に帰る。つまり、この宇宙は消滅することになるの」
「えっ?」
「ただ、起源子が死んで、宇宙が消滅するまでに、どのくらい猶予期間があるのか、わからない。実際にそんなことは起こっていないから。でも、そんなに長い期間ではない。知識はそう告げているわ。切れた環が崩壊するまでの期間は、長くても数日。そのあと、すべてが消滅するの。そこからどうなるかは、誰にもわからないのよ。無はあらゆる可能性のある状態だけれど、逆に言えばなんでもありだから、何にもなくなったままっていうことも十分あるし、すごく無秩序な何かが出来ることもあるし、まったく違う何かが生まれる可能性もある。でも今いるこの世界、この宇宙全体は、なくなってしまうわ。シークエンスクラッシュは宇宙の破綻を招くって、地球でも知られているけれど、本当のシークエンスクラッシュは、この二八億年にわたる、大きな時間の輪が切れることなの。起源子がパージ前に死ぬこと。それが唯一、本当の意味でのシークエンスクラッシュ。宇宙の消滅を招く、本当の意味での危機になるから」
「……」
「だから起源子となった以上は、生きていなくてはならない。パージが起きて、そして自分の使命が終わるまで。そう、どっちにしても、その星の滅びは避けられない。でも、後継の星に選ばれたら、突き進むしか道はないのよ。パージが起きても、まだ未来は続く。でも環を切ったら、すべてを無に返すことになってしまうから。その星のすべての魂も、他の十二人の起源子とそのパートナーの苦闘も、その星の人たちの再生への努力も、この宇宙に存在する、他のすべての命も」
 言葉は出てこなかった。世界が自分の上に落ちかかってくるような気分を、エマラインは一瞬感じた。この思いは、以前にも感じたことがある。かつて――アリストルの前身、本体であるアーヴィルヴァインの幻影から知識を語られた時に。ただ、その時には知らされなかった失敗の意味を、その重大さを知った今、彼女は身体が激しく震えるのを止められなかった。
 アレイルは妻に寄り添い、その身体に手を回し、もう一方の手でその手を握った。
「僕がついているよ、エマ。出来るだけ、君を支えるから」
「ありがとう……」
 エマラインは頭をその腕にもたせかた。今までの人生での自分たちの関係が何だったであれ、今こうして愛し合っている夫婦として生きていることに、感謝せざるをえなかった。今の自分たちの関係でなければ、その言葉にここまで慰められ、力づけられることはなかっただろう。自分は一人ではないと。
「故郷から離れて、後継の星を光へと導く先導者になる。それは、寂しいことでもあるの。ホームシックにもなると思う。でもパートナーの存在は、ありがたいと思うわ。わたしたちは、決して一人じゃないって」
 アディルアはアリストルの手を握り、にっこり笑う。
「実際、君が起源子の時には、それほど力にはなれなかったけれど」
 アリストルは、ちょっと恥ずかしそうに微笑む。
「ううん。そうでもなかったわよ。結構いろいろ話をしたし。実際、あなたにしか話せないことっていうのも、かなりあったし」
「でも、結構君はぽろぽろ言ってたよね、他の人にはわからない話を、ぼく以外にも。だから時々変なことを言うって、言われていたし。昔から君は、おしゃべりなんだよ」
「つい口から出ちゃうこともあるのよね。それだけは直らないわ。でも肝心なことは言わなかったつもりよ」アディルアは肩をすくめて小さく笑うと、両親を見た。
「これが、最後の答え。あの時、言えなかった。聖太母神とは何か、わたしたちが何のために地球に来たのか。そして十三の輪をつなぐことの意味を」
「そう。あと二億年後に、パパとママは二八億年の時を超えて、始まりの場所に行く。その直後に、聖太母神の環は完成するんだ。完全に。新世界が、パパたちが帰った直後に、完全に固定されたみたいに」アリストルも頷いて、続けた。
「聖太母神の環が完成したら、宇宙は膨張を止めて、安定する。数百億年の間。それからゆっくりエントロピーは反転して、収束に向かうんだ。最後の一点になるまで」
「そして聖太母神のエネルギーの残り火から、新しい宇宙が生まれるの」
 アディルアは両手を組み合わせ、話を引き取った。
「それが宇宙のサイクル。光のサイクル、ね。安定期まで、もう少しだわ。あとひとつ」
「そしてそれは、もう過去のことなんだ。パパとママの、後継の星へのバトンの受け渡しは、事実上もう終わっている。シークァの起源子、捨て子で、町の孤児院で育ったアルスタ・ファークェイは、星を代表する役者になった。さまざまな芝居やドラマで人々を魅了し、そして大規模な演劇をある場所で行った。そこで最初のグランドパージが起き、その場所を残して、以前の世界は終わった。そこからシークァの新世界が始まった。これはもう、固定された過去なんだ、今は。だから、パパとママはシークァで役目を成就できるんだ。シークァは始まりの星で、闇の勢力も今ほど強くないから、それほど難しい条件ではないんだ。起源子期も、過渡期も。それにパパは歴代最強の、最も力を持った影だから、きっとぼくよりずっと頼りになるよ。だから、自信を持って。実際にはもう、環は完成したも同然なんだから。ママの起源子時代は、もう終わってる。もっともママとパパと意識の上では、これからのことなんだけれど」
「そう。現実を信用しなさいって、これ、二四世紀の時空学者さんが言っていたけれど、あの人の信念も、御子の持つ『知識』にごく一部だけ、一瞬だけだけれど、繋がっているから。後継者じゃなくても、中にはそういう人もいるのよ。精神的素因が深くて、真実を一瞬だけでも垣間見れる人が。そう。それは、真実なのよ。今ここに宇宙が存在している、それはわたしたち十三組の光の輪が完成している、その証拠なの。だからその中でどんなに悩んでも、選民じゃなくて生贄なんじゃないか、犠牲なんだ、なんて気を起こしてしまっても、行くべき道は変えられないのよ。大丈夫。十三人の起源子の中で、一番問題児だったわたしでも、できたんだもの。ママなら大丈夫」アディルアは微かな笑いを浮かべ、
「本当にね。君には手を焼かされたよ。でも、たぶん一番厳しい条件の中で、君もがんばったよね。本来の性を受け継げなくて、ややこしいことになってしまったし。君は実質的には最後の環だから、闇の妨害も最大だった。最後の条件も、最難関クラスだった。君でも、じゃない。君だから、出来たんだよ。君はたしかに歴代の起源子では最大の問題児だったけれど、同時に最大の力の持ち主でもあったからね」
 アリストルが苦笑し、しかし慈愛をこめて言う。




BACK    NEXT    Index    Novel Top