Part 7 of the Sacred Mother's Ring - A Path to the Light

第3章 流れの出会う時(3)




「でも、地球を離れることに心細さはないですか?」アランが遠慮がちに聞いた。
「たしかに。一度離れてしまうと、もう二度と帰れないわけですから。でも、それ以上に貴重な体験が出来ます。基本的に宇宙移民は、一族ごとまとめて移動することが多いんです。そうすれば、あとに残る家族を気にかけなくてすみますからね」
 バートランド航海長が、かわってそう説明した。「我々は、エスポワール星と名づけられた星へ向かう予定でした。この船は一三号ですから、すでに十二の宇宙船が向かっています。全部で十五号まで向かう予定なのです。エスポワール星は地球から約一千光年離れた、太陽とよく似たスペクトル形の恒星の第四惑星で、大きさはほんの少し小さいので、重力は地球の九十%ですが、大気中の成分や気温はかなり地球に似ているそうです」
「約千光年というと……ああ、ウラシマ効果ですか?」
 アーヴィングが少し考えてから、言った。
「ええ、そうです。実際に地球を出発してから流れる年月は約千年、この船は非常に光速に近い速度で航行できるので、船の中に経過する年月は約十六年と五ヶ月です」
 バートランド航海長が頷く。
「でも、それがまたどうして、この時代の地球に?」
 シンクレア大統領が問いかけた。
「そこなんですな、問題は」
 シンクレア船長はコーヒーを飲み干し、吐息をついた。
「航行中にアクシデントにあったんですよ。ひどい宇宙嵐に巻き込まれた」
「宇宙嵐といいますと?」
「超新星爆発の余波をかぶったんです」
 スタインバーク航海士が肩をすくめる。
「距離的には、わりと遠かったのですがね。それに、ブラストをまともにかぶったわけではない。そんなことになったら、この船も粉々になります。近くを……といっても距離自体はかなりありましたが、掠めていったのです。それでも、その勢いは想像を絶しました」バートランド航海長が頭を振った。
「普通、宇宙空間には何もないから、事故など起きようがない。気流の乱れなども、あるわけがない。まあ、それはたしかにそうですが、しかし真空中というのは、何も妨げのない場所です。一端放たれたエネルギーは、どこまでも進み続ける。何かに大きな障害物に当たるまで……我々は、運が悪かった。直撃されなかっただけ、ましなのですがね」
「それで我々の船は制御を失ったんです。そこへ、引っ張られる力に捕まって、いやおうなしに進路を変えられた。我々を引っ張る力は、その超新星爆発で生じたものではなかったのですが、ブラックホールだったらしいです。詳しいことはわかりませんがね」
 船長が再び話を引き取った。
「私は最悪を覚悟しました。この船に乗っている二千人あまりの乗組員のことを思い、絶望的な悲しみを感じました。そう、もっと悪いことになったかもしれないんですよ。ここにいるエミリーとギルバートがいなかったら……」
「あの時は夢中でした……」エミリア・スタインバークは追憶するような瞳で言った。その色は灰色から深い紫に変わっている。
 草原に、風が吹き抜けていった。宇宙船から降りた人々は草の中に散らばり、シートを広げてその上にテーブルを置き、椅子を並べたあと、宇宙船から持ってきた飲み物や食べ物を口に運びながら、くつろいでいる。彼らの話し声が、さざめきのように聞こえてくる。時おり、笑い声も聞こえる。アーヴィングとアラン、それにシンクレア大統領とジョーンズはその光景に目をやり、それから再び目の前の人々に視線を戻した。乗組員たちの表情には、当惑と疲労のようなものが感じられた。エミリアという、奇しくもアレイルとエマラインの娘と同じ名前を持ち、エマラインのように色の変わる瞳を持つこの女性の膝に乗ったエルザという小さな女の子は、お絵かきに夢中になっているようだ。
「エミリーは超能力者なんです」
 エルマー・シンクレア船長は女性に目を注ぎながら、言った。
「超能力者?」新世界側の四人は、いっせいに怪訝そうな声を出す。
「超能力のことは、ご存じないですか? 普通の人間にはない、科学の力をもってしても解明できない不思議な力のことを」船長はそう問いかける。
「ええ……聞いたことはありますが、でも、フィクションの中だけだと思っていました」
シンクレア大統領が、首を振りながら答えた。
「我々の時代では、稀にそういう能力を持ったものが現れるのです。本当に稀ですが。出現率は、千万分の一にも満たないですが、エミリーもその一人なんです」
「超能力にも、いろいろありますね。彼女はどのような……?」
 アーヴィングがためらいがちに、なお怪訝そうに聞いた。
「彼女は……そうですね、千里眼という表現が一番近いのではないでしょうか。遠くにあるものが見える。かなりの空間を、精神の目で見渡すことが出来る力を持っているんです。ある種の危険予知能力も。この船に危険が迫る前から、彼女は不安を訴えていました。私はその時操縦当番ではなかったので、自室にくつろいでいましたが、エミリーに懇願されて一緒に操縦室に向かったのです。しかし、ちょっと遅かった」
 エミリア・スタインバーグの夫である、ギルバート・スタインバーク航海士が説明する。
「あの時には、この娘、エルザの具合が悪くて、熱が高かったので、それに気を取られたせいなのか、少し危険に気づくのが遅かったんです」
 エミリア・スタインバーグは膝の上の小さな娘に目をやりながら、小さく首を振った。
「どの方向に行けば壊滅の危険が減らせるか……それだけはわかったので、それをギルバートに伝えました。わたしには船の操縦はわからないから。何がどうなったか、ほとんど何もわかりません。ただ、光の泡のようなものが見えて、この危機から脱するにはそこに入るしかない。この船を救う道はそれだけだ……それが、わたしにわかるすべてでした。ギルバートは巧くその中に、船を導いてくれた。ただ、その時の衝撃がかなり強く、わたしたちみなは気を失ってしまったようでした」
「強烈だったね、あれは」シンクレア船長が苦笑いをした。
「だが、気づいた時、再び宇宙空間を飛んでいるのを見て、私は運命に感謝した。エミリーとギルバートにもね。ただ困ったことに、ナビゲータが反応しなくなっていた。壊れたのかと思いきや、メインコンピュータ曰く、『この星の分布パターンは、銀河系のものではありません』と来たものだ」
「銀河系のものではない?」新世界側の四人がいっせいに聞き返す。
「どうやらブラックホールに近づきすぎてか、時空間が歪んでしまったようで、我々は船ごと瞬間移動をしてしまったらしいですね。しかも銀河系の外へ。あの時ほど、途方にくれたことはありません。まさに一難去って、また一難ですよ。でもその時にも、また我々にはエミリーがいてくれて、助かりましたが」
 バートランド航海長が肩をすくめた。
「でもわたしにも、何もわかってはいなかったのです。ここは銀河系ではなく、はるかに遠く離れた、見知らぬ別の銀河の中だということ以外は。宇宙船に搭載されたメインコンピュータの観測システムは、この新しい銀河系の観測図を作ってくれ、この船が出た場所から約一光年先に、一つの星系があることがわかりました。わたしは精神の目を使って、その星系を見てみました。若い白色巨星で、未熟な惑星システムがあるけれど、どこも居住には向かないし、着陸できそうにない。それでは、その次は……二・五光年先に、太陽より少し大きい恒星と、その惑星系がある。それで、そこを見ようとした時、突然、何かがやってくる気配を感じたのです」エミリア・スタインバーグがそう話しはじめ、
「我々は突如宇宙空間に現れた、別の宇宙船に出っくわしたのです」
 シンクレア船長が話を引き取って、肩をすくめた。
「別の宇宙船ですか?」
 シンクレア大統領を初めとする四人はまた、いっせいに目を丸くする。
「そう。我々の船よりはるかに小さな宇宙船が、近づいてくる気配さえなく、急に目の前に現れたわけです。そして、我々はメッセージを受け取りました。それは言葉ではなく、頭の中に浮かぶ概念のような形で、伝わってきました。(我々の所に来てください)そんなような意味です」
「繰り返しますけれど、それは言葉ではないんです。あくまで概念のようなものでしかない。声でもない、想念なんですが、言葉ではない。説明しにくいんですが、それでも、意味だけは伝わってくるんです」バートランド航海長が付け加えた。
「エミリーは相手の船を透視しました。中には二人の人間が乗っていると、彼女は報告してくれました」シンクレア船長が頷きながら続けた。
「人間と言っていいか……姿かたちは人間ですが、彼らは少し違っていました」
 エミリアの声には、隠せぬ畏怖が混じっていた。
「そのうちの一人が、あたかもわたしが見えているかのように見上げ、語りかけてきたのです。言葉にはならない声で……言葉は通じないのです。でも想念は通じます。その人は言って来ました。(神官長様はあなた方が来ることを、予見していました。あの方は、あなた方に会いたがっています。私たちの星に来てください)そう、言葉ではないのですが、明らかにそう言っていました。あの人たちとの会話は以降、ずっとこんな調子で、言葉ではなく、想念の形で伝わってくるのです。その人は、さらにこう言いました。(通常航海では、時間がかかります。私がそちらへ渡れば、我々の船と同じスピードで行けます。そちらに行っても良いでしょうか)」
「我々は、宇宙人とコンタクトしたわけですな」
 シンクレア船長は肩をすくめた。
「謎の宇宙船が目の前に現れた時、私は確信しましたよ。地球外生命体……出会う確率はほとんどないくらい低いだろうが、きっとどこかにいるだろうと、我々の時代には信じられていますから。生命が誕生する惑星が生まれる確率は高くはないけれど、宇宙には無限に近い星があります。たとえば〇.一パーセントだとしても、銀河系の中だけで一千億の星があるのですから、一億くらいがこれに該当します。実際、宇宙探索船の調査では、地球からわずか半径二千光年の範囲内でさえ、居住可能な惑星が七十近く発見されていて、そのどれもが生命が発生しているのです。その中で、さらに文明を持つほどの高等生命が発生する条件は非常に少ないですが、少なく見積もってもなお、我々の銀河系内でも、十個くらいはある勘定になります。宇宙には同じような銀河系が数百億あるわけですからね。ただ、光速の壁がある以上、実際に出会う確率はほとんどないだろうと信じられていました。それが、銀河系外に出て、図らずも出会ってしまったわけです。みなさんは信じないかもしれませんが」
「いえ……でも、本当に、驚くべき話ですね」
 シンクレア大統領は驚きを隠せない表情で首を振り、他の三人も同様のようだった。
「我々自身も、実は半信半疑ですよ。これはすべて壮大な夢ではないかと、そんな気がしています。超新星爆発の余波を受け、歪んだ時空間を通り抜けてしまって、ここへ出てきた。それだけにした方がよっぽどすっきりするし、みなさんに不信を抱かせることもなかったかもしれませんね」
 エルマー・シンクレア船長は自嘲気味に言い、二杯目のコーヒーをすすった。
「いえ、ぜひ聞かせてください。どんなに突拍子もない話でも構いませんから。みなさんが体験されたことを、すべて」
 シンクレア大統領は、心持ち身を乗り出した。
「そう言ってくださると助かります。我々も、誰かに話さなければならないような気が、ずっとしているのです。あなた方は、話すにふさわしい方々のように思われます」
 シンクレア船長はテーブルの上に手を組んで一同を見回し、話を続けた。
「どこまで話しましたかな。ああ、エミリーが相手の船を透視し、そのうちの一人から、そちらへ行っても良いかと打診されたところまででしたね。私は彼女からその話を聞いて、半信半疑でしたが、彼女にこう伝えてくれと頼みました。我々は友好的でいたい。だからあなた方も友好的でいてくれるなら、喜んでこの船に迎えると。彼女は思念で、相手にそう伝えたようでした。そのとたん、みなの頭の中に、相手から想念のメッセージが届きました。(我々はみなさんに危害を加えるつもりは、まったくありません。みなさんの銀河系に帰るお手伝いがしたいだけです)『おお!』私は思わずそう叫びましたよ。『それなら助けてください、お願いします』そう声に出していました。そうしたら次の瞬間、船内に見知らぬ人間が現れたのです」
「宇宙船同様、完全に何もない空間から出現したようでした」
 ギルバート・スタインバーク航海士が頭を振り、言葉を挟んだ。
「本当に、仰天することの連続だった」シンクレア船長は頬をかき、話を続けた。
「それで我々は相手の姿を目の当たりにしたのですが、そう、相手は人間でした。人間というのは不適切な表現かもしれませんが、まったく同じようなつくりでした。頭があって胴体があって手足があって、そう、我々と同じパーツと構成でしたよ。だから人間と言っても差し支えないと思います。背は我々くらい……そうですな、私とさほど変わりはないです。ただ私と違い、非常にすらりとした体型で、長い、踝まで届くような赤い上着を着ていました。肌は少し浅黒く、髪は黒くまっすぐで背中まであり、わたしは片方だけですが、その人の髪は左右対称で、両翼にひと房色違いの髪があり、それは衣装のように赤かったです。顔立ちは非常に整っていて、目は非常に深い、黒に近いような灰色でした。ただ、男性なのか女性なのかはわかりませんでした。本当に恐ろしいほどの威厳と気品がありました。その人は我々を見、再び想念の言葉で語りかけてきました。彼らの母星に連れて行ってくれると。その人は操縦桿に手をかけると、前方を見つめました。柔らかい光が溢れ、次の瞬間、再び衝撃が私たちを襲いました。気がつくと、我々は見知らぬ大地に着陸していたのです」
「一瞬で、ですか?」アラン・タッカーが思わず声を上げた。
「そう、ほとんど一瞬でした。到着すると、その人は我々に、外に出るようにメッセージを送り、再び消えたのです」バートランド航海長が頷いていた。
「外に出ると、その人が外で待っていて、さらに続いて隣に、我々が出会った小型の宇宙船が着陸してきました。その中から別の人が降りてきましたが、その人もまた、先に出会った人と同じような感じでした。髪は黒くて、一房ずつ両翼が赤く、ただ着ている長い衣装は黒い色で、目は黒に近い茶色でした。二人はついて来るように伝え、歩き始めたので、我々もみな船から下り、歩き始めました。その大地には、緑色がかった柔らかい銀色の草が一面に生えていて、白い太陽光の元で、きらきらと輝いていました。かすかに風が吹いていました。空は少し緑がかった青で、その向こうに白銀に輝く都市の門が見えました。非常に幻想的な光景でした。我々二千人の乗組員は、畏怖の感情に打たれ、黙りこくって歩いていました。先導者二人は後ろを振り返らず歩いていき、都市の門まで来ると、我々に中に入るように伝えてきました」
 シンクレア船長の口調にもなお、畏怖の感情が混ざっているようだった。さらに、宇宙船から降りてきた未来からの訪問者四人は、その未知の惑星での様子を新世界からの四人に語ったが、その様はあまりに幻想的で、容易に想像すらしがたいものであった。シンクレア大統領も、ジョンソン、アーヴィング、アランもみな、半ば現実ではない夢の話を聞いているように、彼らの話を聞いていた。
「都市の中央には広い広場があり、その真ん中に、かすかにピンクがかった白い石で出来た、大きな神殿がありました。そう、神殿としかいいようのない建物です。我々は先導してきた二人が伝えるとおり、その広場に腰を下しました。そうしたら不思議なことに、我々の疲労感が、嘘のように消えてしまったのです。ギルバートとエミリーの娘、ここにいるエルザは船が遭難した時、非常に高い熱でうなされていて、エミリーがずっと道中抱きかかえてきたのですが、広場に下してすぐ、熱は下がり、再び元気になったのです」
 シンクレア船長は話し続けた。
「神殿の中から、十数人ほどの人々が出てきました。中心の二人は、先ほどの二人と同じような背格好でしたが、一人は髪の毛が薄い茶色で両翼が緑、紫の上着を着て、頭に銀色の羽根のような装飾をつけていました。もう一人は薄い金色の髪で、両翼が青、白く長い上着を着て、頭に金色の同じような羽根の装飾をつけていました。後になってわかったのですが、その金髪の人がこの星の神官長で、星を統べる人だとわかりました。傍らの茶色の髪の人物は、行政官だということでした。たしかに彼らは他の人たちとは――もともと他の人たちもかなりの威厳と気品がありましたが――段違いに光り輝くようでした。あとの人々は、みな水色の長い服を着て、額のところに輪をはめていました。この二人に仕える人々のようでした。中央に立った神官長様は私たちに、この星の名前と、どこにあるのかを語ってくれました。そこはエルファン・ディアナという名前の星で、なんと、地球より二億光年も彼方だというのです」
「二億光年?!」新世界側の四人は、いっせいに絶句した。
「『どうしたらいいのですか?』私は思わず叫びました。『お慈悲を。どうか、お願いします。私たちはどうしたらいいか、お教えください。お救いください』神官長は仰いました。(あなたたちは、どうしたいのですか?)と。それからすぐに、また仰いました。(あなた方は故郷を出てきたのですから、そこに帰ることは出来ないのですね。出来たら本来の目的地に向かいたいと。それは少し難しいでしょう。でも、この銀河系では、あまりに見知らぬ場所だけに、あなた方は心細い。せめて出発してきた近くに戻りたいのですね)まったく、我々の心の中を読まれたようでした。『仰るとおりです!』私は平伏しました。(今すぐには、無理だと思います)その方は仰いました。(二日ほど、ここに留まるといいでしょう。宇宙船に戻って、待っていてください)私は言われたとおり、再びみなを率いて、宇宙船に戻り、少々ほっとしていました。実際、あそこに二日も留まるのは、どうも落ち着かなかったからです。あまりにも浮世離れしすぎていて、妙にふわふわした気持ちになりすぎるのです。神殿に仕える人たちが、もてなしにと花と水を出してくれましたが、そう、花が彼らの食料のようでした。しかし、私たちは手が出ませんでした。あたかもそこで何か食べたり飲んだりしたら、私たちは現世に戻れないのではと、そんな妙な考えにもとらわれたようでした」
「はあ……」
「まったく、とんでもない話だと我々も思います。あなた方もきっとそう思われているでしょうな」シンクレア船長は、再び自嘲気味の苦笑を浮かべた。
「いえ……ただ、あまりに途方もないので、驚いているのです」
 新世界大統領は首を振った。
「無理もありません」船長は再び肩をすくめた。
「さて、でもまだ途方もない話は、これで終わりではないのです。我々が宇宙船に待機して、二日と三時間がたった頃、突然神官長様からメッセージが届いたのです。いつものごとく、頭の中にですが。元の銀河に帰還できる機会がもうすぐ訪れる。そちらに行ってもいいかと。『もちろんです』私が答えると同時にあの方は船の中に出現し、すべるように操縦室に行くと、私どもを振り返って仰いました。(これから現場に向かいます)――そして、光です。最初にあの方たちの一人がこの船を導いたように、光に包まれたと思うと軽い衝撃を感じ、船はあっという間に宇宙空間におりました。その方は私たちを振り向き、もう一度メッセージを伝えてきました。(みなさんがここへこられたのと同じ方法で戻ります。航海士の方、このままの方向で舵を固定させ、ずっと持っていてください。何があっても離さないように)ここにいるギルバートが進み出て、その方から舵を引き継ぎました。その時、我々は気づいたのです。ここは別のブラックホールの近くなのだと。エミリーは同じような金色の泡のようなものを、再び認識しました。その方は操縦室にしばらく佇んでおられましたが、私たちに頷き、私に小さな丸いオパールのような球を手渡して、再び仰いました。(たぶんあなたたちは帰ってからも、目的地にはたどり着けないでしょう。でも、あなた方の故郷の近くには帰れます。もし困ったら、その珠を握ってわたしに呼びかけてください。一度なら、答えることが出来ます)そう言ったと思うと、かき消すようにその方はいなくなりました。次の瞬間、再び衝撃が来たのです。気がついた時、私たちは懐かしい銀河系に戻っていました。それも、数時間の航海で地球に帰れるほどの近くにです。そこで我々は、少し戻ってみようと思い、ここに着陸したのです。二度目の衝撃の際、二本ほどボルトが抜けたようですし、点検にもなると思いましてね。そうして、ここに来たのですよ」
「はあ……そのような事情でしたか」
 シンクレア大統領は、なお当惑した顔で頷いていた。
「我々は、あの方たちを光の民と呼ぶことにしました。そうとしか形容しようがないからです。地球に戻ってきた今、私は不思議な感じがしています。あれはすべて夢だったのではないかと。最初のブラックホールに遭遇したことだけが現実で、その結果五千年前の地球に飛ばされたと考えるべきだ、と。ですが……これがあります」
 シンクレア船長は上着のポケットに手を入れ、中から何かを取り出し、手を開いた。それはかすかにピンクがかった乳白色の、直径二・五センチほどの球で、降り注ぐ太陽の光を浴びて、白い輝きを放っていた。
「これは? その……神官長から渡されたという、オパールのような球なのですか?」
 大統領が息をのんだように、そう聞いた。
「ええ」船長は答え、再びポケットにしまった。
 しばらく、一同の間に沈黙が下りた。
「あの方の言われたことは、本当だった」
 やがて船長が空を仰いで言った。
「五千年前の地球というのは、予定外だ。もうエスポワールには向かえない」
「どうしてですか? 宇宙地図がまだ有効なら、行けるのでは?」
 ジョーンズが不思議そうに問いかける。
「地図は有効だし、ナビゲートも壊れていないから、たしかに向かおうと思えば、到達できます」船長は相手を見、ついで全員に視線を移し、再び空を仰いだ。
「でも、今から出発したら、千年でエスポワールに着いてしまう。地球からのロボット探索船が到達する二千年も前に、ですよ」
「二千年もあれば、一つの文明が築かれてしまうでしょう」
 エミリア・スタインバーグが娘を見、ついで同じように視線を相手に移した。
「でも私たちの歴史では、エスポワールは無人の惑星でなければならないのです。それが、私たちが出発した時点での、過去の事実でした。今から私たちがエスポワールに向かっては、時間軸が狂ってしまう恐れがあります」
「時間軸が狂うとは?」
「過去は改変されてはならない、ということですよ」
 船長が深いため息をとともに言った。
「当初の目的地には着けないだろう、というあのお方のお言葉は間違ってはいなかった。かといって五千年も待っていたら、いくらウラシマ効果でも、船の中でさえ八十年が経過してしまう。我々はみな、船の中で一生を終えてしまいます。それもありがたくない」
「……ここに留まられては、いかがですか?」
 新世界大統領が相手を見て、口を開いた。
「みなさんが行く場所がないなら、我々は歓迎します。文明はあなた方の時代よりも遅れているとは思いますが、何もない所で一から始めるよりは、快適な暮らしが出来るでしょう。それに今の世界は、圧倒的に人口が少ない。人が増えるのは、我々には大歓迎ですよ。どうですか、この地球で私たちと一緒に、新しい文明を起こすというのは」
「ありがたいですが……」
 シンクレア船長は一瞬心を動かされたように視線を泳がせた後、相手を見返した。
「それもまた、過去を改変することになってしまいます」
「ですが……あなた方がここに来られたことを記録に残さなければ、問題はないと思いますが……」
「私たちの時代の文献では、二三世紀初頭の新世界の人口は六千人弱です。急に八千人に増えた、などという記述はないんです。お気持ちはありがたいですが、私たちはここに留まるわけにはいきません」エミリア・スタインバーグが静かに頭を振った。
「君の知識はそう言っているんだね、エミリー」船長は女性を見やった。
「ええ」
「それならば、やはり留まるのは正しくないようだ。どうすればいいか、だ」
 船長はポケットに手を入れ、白く光る球を取り出し、それを握りしめた。
「少し時間をください、大統領。それと、申し訳ないのですが、アルミニウムと鉄、それにセレンとチタンを少々、いただけないでしょうか。船は自動修復できるし、金属も積んでいるのですが、この分の損傷は計算に入っていなかったので」
「ええ、それはもちろんですが……オタワまで来ていただけますか?」
「いえ、お手数をおかけして大変申し訳ないのですが、届けていただけるとありがたいです。いきなりこんな大勢で訪れては、あなた方の時代のみなさんを驚かせるでしょう。大丈夫ですよ。私たちはこの宇宙船内で十分生活が出来ますので」
「そうですか。それでは明日、仰られた材料を持って、またここに伺います。もう少し詳しいリストをいただけますか?」アーヴィングが傍らの大統領を見、相手が頷くのを見たのち、再び船長に視線を移して言った。
「わかりました」
 バートランド航海長が頷き、必要な品物を記して渡した。

「しかし……何もかもが驚きだ。そうとしか言いようがない」
 帰りの車の中で、大統領が深いため息とともに口を開いた。
「そうですね」あとの三人も、いっせいに頷く。
「会話は記録したかい、ジョーンズ?」
 大統領は傍らの男を見やる。
「はい。しかし、これは記録に残していいものでしょうかね」
「彼らが差し支えないと言えば、いいだろう。」
『老水夫の詩』という、旧世界文学を子供の頃読んだことがありますが、あの船長もそんな感じを受けますね」アーヴィングが窓の外を見つめ、口を開いた。
「私も読んだことがある。話さずにはいられない。それが定めだ……そうだな、たしかにそんな印象でもあった。やはり我々も、記録は残しておいた方がいいのだろうな。ただし、六十世紀半ばくらいまでには消すか、ロックしなければならないと思うが」
「そうですね。少なくとも宇宙移民計画が始まるころまで残していては、不都合ですね」
 ジョーンズが頷く。
「そうだ。それにしても、本当に途方もない話だ……」
 シンクレア大統領はそう繰り返し、再びため息をついた。

「私たちは三日後に、出発することにしました」
 翌日の午後、シンクレア大統領一行四人が依頼された材料を届けに再び宇宙船を訪れた時、出迎えたエルマー・シンクレア船長はそう告げた。彼の他にギルバートとエミリアのスタインバーク夫妻、娘のエルザ、バートランド航海長がいたが、その他にも数人が加わっていた。
「どこへ行かれるのですか? やはり当初の目的地へ?」
 大統領の問いかけに、船長は首を振った。
「いえ。別の星を目指します」
「別の星?」
「まだ我々の時代では発見されていない、未知の惑星です。距離はエスポワールより二倍遠い、二千百光年先だそうです。長い航海になるでしょう。そこまで行くのに、船内経過時間で三四年かかります。中にはそこへ着くまでに寿命が尽きて、死んでしまうものも出るでしょうな。でも、我々はそこを目指すことにします。もう位置はナビゲータに登録しました」
「未知の惑星なら……どうやって、場所がわかったのですか?」
 大統領が訝しげに聞いた。
「あの方が教えてくださったのです」
 船長はポケットから再び玉を取り出した。それは昨日と同じように太陽の光のもとで輝いていたが、少しその光は失せているようにも見えた。
「私は昨夜、この石を握り締め、どうすればいいかお導きくださいと、あの方に訴えました。そうしたら、夢を見たのです。あの方の声が聞こえました。そして、私に道を示していただきました。少し遠いけれど、未知の惑星がある。そこを目指すと良い、と。その惑星の位置と、様子も見せてくださいました。私は生きて、その地を見られるとも言って下さいました。私はその新天地を、プレーリアと名づけました。そう、ちょうどこんな風に、一面に緑の草がなびいている、広い大地なのです。もちろん、その星は未知の星なので、ロボットが一つ都市を開発して待っているわけではない。すべて最初から、我々の手で開発しなければならない。しかし、この船内にも百体近いロボットがいます。船には工場設備があるし、その星は水や鉱物を始め、とても天然資源に恵まれていると言います。役に立ちそうな、家畜にもなりそうな、おとなしい野生生物もいるということです。きっと、やっていけるでしょう」
「夢……ですか。しかし、本当に大丈夫なのですか?」
 大統領一行はいぶかしさを隠せぬ口調で、そう問い返した。
「私はあの方を信じます。エミリーも、船の乗組員のほとんども」
 エルマー・シンクレア船長はきっぱりとした口調で言った。
「ですが大統領、一つお願いがあるのです。我々二千人のほとんどは、新天地に向かう決意をしています。しかし、中には決意が揺れている者もいる。これから三四年も宇宙船の中で暮らすことに、さらに開発を一から始めなければならないことにも、少なからず抵抗を感じている者がいるのです。私は彼らを責める気はありません。しかし、出来れば全員の意思が一致しているほうがいい。彼ら、九八人の脱落者たちを、この時代に迎えてやってくれませんか。その程度の人数なら、今後の歴史にもそれほど支障はきたさないと思います。彼らにとってはここに留まる方が、彼らも我々も、お互いに幸せだと思うからです。彼らには過去の歴史――これから先の未来のことは決して話さないよう誓わせ、エミリーもそれを確認しました。ですから、よろしくお願いします」
「ええ。それはもちろんです。歓迎しますよ」
 シンクレア大統領は頷いた。
「ありがとうございます」船長は感謝のまなざしを向けた。
「お手数ですが、三日後の十五時ごろ、もう一度この場所にご足労願いませんでしょうか。我々の旅立ちを見送り、残る者を引き取ってほしいのです。あと、お渡ししたいものもあります」
「わかりました。もちろんです。しかし、渡したいものとはなんですか?」
「この宇宙船の、基本設計図です。これを過去の時代に残さないと、我々の宇宙船は作れないのだそうです。そうあの方が仰いました」
「……そうですか」
「時期が来るまで、厳重に保管して置いてください。そうですな……あと千年くらいは」
「わかりました。大統領室の管理庫に厳重に保管しておきます。以降の大統領への、申し送りとしておきましょう」
「よろしくお願いします。それと我々の除染技術も、設計図をお渡しいたします。きっとお役に立つと思いますので」
「おお、それはとてもありがたいです」大統領は感謝を込めて頷いた。
 地平線の彼方まで続く緑の絨毯は、吹きすぎる風に微かに揺れていた。船長はその光景を眺め、目の前の人々に視線を移した。
「愚かだと思われるでしょうな。夢の話を真に受けて、新天地を目指すなど。もしそれがただの夢だったら、我々は宇宙の藻屑と成り果てるのですから。でも私の心には、微塵も疑いなど起きないのですよ。みな、同様だと思います。それほど、あの星での体験は強い印象を刻んだ。あの方の仰ることは、夢の中でさえ、真実だと思えます」
「その印象ゆえに、船長は夢を見たのだと、あなた方は思われるかもしれませんが」
 エミリア・スタインバーグが静かに口を開いた。「そして、この光景ゆえに草原の星を夢に見たのだと思われるかもしれませんが、私ははっきり確信できます。そうではないと。これが私たちのとる道であると、“知識”は私にはっきりとそう告げています」
「エミリーの“知識”は、外れたことはないんですよ」船長は頷いた。
「あなた方の航海の幸運と無事を祈ります」
 新世界の四人は相手を見つめ、そう答えた。未来からの訪問者たちは、感謝のまなざしを向け、静かに頷いた。草原には、かすかな風が吹き続いていた。




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