Part 7 of the Sacred Mother's Ring - A Path to the Light

第3章 流れの出会う時(2)




 真夏が初秋の気配に移り変わる八月半ばごろ、エマラインは女の子を産んだ。エミリアより色彩が明るいが、エマラインの髪よりはやや濃い金髪の巻き毛に、ぱっちりとした濃い灰色の瞳、笑うとえくぼの浮かぶピンク色の頬をした、愛らしい顔立ちの赤ん坊だった。出産から四日後、夫に付き添われ、赤ん坊の娘とともに家に帰ってきたエマラインを、待ち構えていた子供たちが、いっせいに取り囲んだ。有頂天になって、新しい家族を眺めている。
「可愛いわねぇ。名前はなんて付けたの?」エミリアが弾んだ声を上げた。
「まだ決まっていないわ。これから付けるのよ」
 エマラインは赤ん坊を抱いたまま、答えた。
「パパとママが?」
「そうねえ……」
 エマラインはアレイルと顔を見合わせたあと、双子たちに目を移した。
「今回は、アリストとアディルに決めてもらおうと思って。お兄ちゃんお姉ちゃんになった記念に」
「ええ、良いの?!」二人はぱっと顔を輝かせた。
「あー、いいなぁ」
「でも、まあ、いいや」
「なんてつける?」
 上の三人は、口々に言っている。
「クローディア」
 アリステルが一瞬考えるように黙った後そう言い、
「ロゼッタがいい」と、アディルアが直後に声を上げる。
 そして二人で顔を見合わせ、次いでアディルアが言った。
「じゃ、アリストの方が早かったから、クローディア・ロゼッタ」
「それじゃ、そうしましょうか」エマラインは微笑み
「決まりだね。この子の名前は、クローディア・ロゼッタ・ローリングス・ローゼンスタイナー。ちょっと長いけれど、いいだろう」
 アレイルは小さく肩をすくめ、微笑を浮かべると、小さな名付け親たちの頭をなでた。
「いいじゃない、なかなか。じゃ、呼ぶ時にはローディアって呼んだら、なんとなく両方の音が入るみたいでいいと思うわ」エミリアがそう提案し
「じゃ、それで決定!」と、アレンとセルスは、ほぼ同時に声を揃えていた。

 クローディア・ロゼッタがローゼンスタイナー家の八人目の家族として加わってから二週間後、リンツとシェリーのスタインバーク夫妻とミルトがお祝いにやってきた。二歳半になるロレンツも一緒だ。彼らは新しい赤ん坊のために、ピンク色のベビードレスと白いブラウス、そして転がすと音の出る、花模様のピンクのボールを持ってきた。
「まあ、服はエミリーやアディルのお下がりがあるだろし、おもちゃもあるだろうと思うけどな。ま、新しいのもあってもいいだろうと思ってさ」リンツが言った。
「ありがとう」エマラインは感謝して受け取った。
「それとね、あたし、もう一つ報告に来たのよ。来年の春に、もう一人家族が増えるの」
「あら、おめでとう、シェリー!」
「はは、おれもがんばらなくちゃな、もっと。子供が増えるんだし」
 リンツは照れたような笑みを浮かべていた。
「本当にね、あなたたちが結婚して家庭を持って、もうすぐ二人の子供の両親だなんて。早いものね」エマラインは微笑み、二人を軽く抱擁した。
「それでこの子は、体質的にはどうだった?」ミルトが聞いた。
「検査はまだだけれど、ローディアは二七パーセントだって。普通の子よ。アレイルに降りた知識が、そう告げていたらしいわ」
「そうなの。よかったわ」
 シェリーは微笑んだあと、キャビネットに上に白い箱が乗っているのに目を止めた。
「あれは?」
「ジャックとヘレナからのお祝いよ。ローディアの」
 エマラインは簡単にそう答えた。
「……開けてみてもいい?」
「ええ」
 中から、細くやわらかい糸で編まれた白いケープが出てきた。所々に、ピンク糸で編んだ花が散らしてある。
「あら、可愛い」シェリーは一瞬声を上げ、手に取って眺めていた。
「これ、編んだのかしら、ヘレナが。それとも取り寄せたのかしら」
「わからないわ。わたしも編み物を少しやるけれど、彼女はそういう趣味はないと思うし」
エマラインは努めて感情を抑えたような声で、そう返答した。
しばらく、みなの間に沈黙が下りた。
「……使わないの、これ?」
 やがて、ためらいがちにシェリーが聞いた。
「夏には暑いだろ」リンツが少しとりなすように言い添える。
「まあ、そうだけど……」
「……冬になったら、使いたいとは思うわ。でも……」
 エマラインはかすかに首を振った。
「ごめんなさい……」
「あなたが謝らなくてもいいわよ、シェリー」
 エマラインは笑顔を浮かべた。
 シェリーはケープを元通りたたみ、箱の中に戻して、元の位置に返した。

 再び、二人同時の夢が訪れたのは、十一月に入った、ある夜のことだった。その日は、朝から雨が降り続いていた。六月に六歳になったアリストルとアディルアは九月から自宅の教育システムと学校、双方で学び始めたが、学業開始から一ヵ月半あまりで、もう初等過程をあらかた終わらせてしまい、今月から三歳上の兄セルスと同じクラスに行っていた。セルスも通常の子より勉強が早く進んでいて、二歳上の兄アレンと同じクラスにいる。アレンとて同じ年齢の子供たちより、学習の進みは速かったのだが。
 十四歳のエミリアは中等教育過程にいるので、下の子たちと同じ学校ではなく、登校日も違うが、同じクラスの四人は、登校日には毎朝連れ立って出かけ、連れ立って帰ってくる。一週間に一回は、学校からそのままスウィート家に立ち寄り、アーサーと遊んでから、夕方帰ってきていた。
 その日は登校日だったが、雨の日には別の日に振り替えられる。朝食を済ませ、しばらくくつろいだ後、子供たちはいっせいに各自の部屋にこもって勉強をする。教育カリキュラムは各部屋に備え付けられた端末を通して、双方向的に行われる。かつての教育システムはそれだけだったが、新しい世界連邦下では週に三日間の登校日があり、学校の教室で、専用端末を通して勉強を行うことになっていた。
 自宅勉強の場合、たいていカリキュラムが終わるのが、お昼をはさんで、十四時半から十五時くらいなのだが、双子たちはたいていお昼前に終わらせてしまう。そしてエマラインが昼食の支度をする間、赤ん坊のクローディア・ロゼッタの面倒を見ながら、母親のお手伝いもしていた。
 いつもと変わらぬ、普通の一日だった。子供たちが眠ったあと、エマラインはいつものように部屋を巡回した。そしてみなよく眠っているのを確認したあと、寝室に戻った。赤ん坊のクローディア・ロゼッタも、コットの中ですやすやと眠っている。まだ夜中の授乳が必要なので、早く眠らなければ――そう思い、目を閉じた。
 アレイルは何も言わないけれど、しかし彼は予感している――目を閉じた一瞬後、エマラインはそう悟った。前回は一気に二五世紀まで戻ってしまったが、今度はどこへ行くのだろう。どこまで戻るのだろう――そんな思いを感じながら、彼女は眠りに落ちていった。

 眼下に、どこまでも広がる草原が見えた。それ以外、何も見えなかった。上には、薄い青さをたたえて、果てしなく広がる空。下には少し茶色がかった緑の絨毯のような、どこまでも広がる大地。どうやら自分たちは、中型のエアロカーに乗って飛んでいるらしい。いや、意識は同化しているが、乗組員は見知らぬ人間ばかりだった。二十代初めの年代の、黒髪にすみれ色がかった深い灰色の目をした運転者。その横に二十代後半くらいの、とび色の巻き毛に灰緑色の目の、紺色の服を身につけた人。その後ろには三十代後半くらいの、栗色の巻き毛に灰青の目の、整った顔立ちの人物が、金の縁取りをした白い上着に明るい紺色のズボンを身につけ、座っていた。その隣には三十前後の実直そうな、茶色の髪を短く刈り込んだ人が、やはり濃い紺色の上下に身を包んで、いくぶん遠慮がちに座っている。夢ではエマラインの意識は運転者と、アレイルの意識はその隣にいる人間と同化しているようだった。
「しかし、初めて外へ出たが……本当に、広大だな。それに荒涼としている。もうかれこれ三時間以上こうしているが、景色がちっとも変わらない」
 後部座席に座った白い上着の男性が口を開いた。
「そうですね」
 男性の隣の、濃紺の上着の人が頷いている。
「今どのあたりだ、アラン?」
 白い服の男性は運転者に向かって声をかけた。
「オタワ市から千キロほど西、二百キロほど北の地点です。あと三十分ほどで、現場に到着する予定です」
 アランと呼ばれた運転席の若者は答えた。
「そうか」白服の人物は頷き、ふぅっと吐息を漏らした。
 車の内部を、再び沈黙が支配した。
 運転席の若者が見下ろす制御版には、北米カナダ地方の中央部分らしい地図が表されている。現在地が薄緑色の光点で示され、進行方向の少し先に、赤く点滅する点が見える。どうやら一行はそこへ向かっているらしかった。
「それにしても……」白い上着の男性が再び口を開いた。
「どう思う、アーヴィング? 何もないところから突然発せられた、救難信号の意味は? 誰かの悪戯だろうか」
「私にはわかりませんが」運転席の隣の人物が、かすかに首を振って答えた。
「ありえないと思うのです。今、オタワ市以外にこの地球上に住んでいる他の人間など、絶対にいないはずです。十年ほど前に行われたロボットの調査結果でも、そうでしたし。ですから、調査で見落とされたほどの小さな、旧世界から残された物体があって、そこから救難信号がなんらかの原因で誤射されたか、さもなければ……」
「さもなければ?」
「大統領はどう思われます?」
「わからないな。何か尋常ならざる事態だろうというほかは。それだけはわかったから、ここまで来たんだ。でも、何か君にはもっと具体的な考えはあるのか?」
「いいえ。ただ……あなたはお笑いになるでしょうが、空想的になって申し訳ありませんが、地球上の人間でないなら……宇宙から来たのではないかと」
 運転席の隣の男は、かすかに頬を赤らめて答えた。
「宇宙人?!」運転席の若者は声を上げた。
「そう来たか!?」白服の男は膝をぴしゃりと叩いた。
「それは、本当に空想的過ぎやしないか、アーヴィング」
 後部座席に座る、濃紺の上着の男は、少し眉をしかめている。
「いや、自分でもそうは思います。でも、他に巧い考えが浮かばないんですよ。あの救難シグナルは非常に明確だった。遠隔レーダーでは、何か大きな物体を捕らえている。そうなると、どこから来たかということになるんですが、それに関しては仮説を二つ立ててみたんです。一つは、旧世界からの生き残りがどこかにいて、しかし十年前の調査結果では見つからず、今になって救援を求めてきたか、さもなければ……」
「地球外からやってきたか、か」
 白い上着の男が腕組みをし、天井をにらんだ。
「しかしな、たしかに地球外生物の存在は、完全否定は出来ないだろうが、完全肯定も出来ないだろうな。ましてや地球を訪れるなど……いや、待てよ。旧世界が滅んだのは、もしかしたらその宇宙人の攻撃を受けて……しかし帰還途上で何らかのトラブルが置き、地球に不時着して我々に助けを求めたと?? だめだ、だめだ……私まですっかり空想に乗ってしまったじゃないか、アーヴィング」
「おそれいります」
 アーヴィングと呼ばれた男は、照れたようにかすかに肩をすくめた。
「あと十分ほどで現場に到着します。たしかにこのエアロカーのレーダーでも、何か大きな物体を捉えているようですね」運転席の、アランという若者が告げた。
「万一にもそんなことはないと思うが、我々としては相手の正体がわからない。くれぐれも用心したほうがいいな」白い服の男が、声を低くする。
「現場に着きましたら、我々三人が様子を見に参ります。残留放射能の濃度も測らなければなりませんし。それまで大統領はエアロカー内にてお待ちいただいたほうがよろしいかと存じます」白服の男の隣に座った、濃紺の服の男が提案した。
「いや、お一人では、それも良くないと思う。君は一緒に、ここに残ってはどうだ、ジョーンズ」アーヴィングが振り向いて言う。
「そうだな。それも一理あるが……君たち二人で大丈夫か、アーヴィング?」
 ジョーンズと呼ばれた男は、いくぶんほっとしたような表情で問い返した。
「大丈夫だろう。念のために銃も持ってきた。それほど残留放射能も濃いとは思えないし、一応防御シールドも身につけている」
 アーヴィングは膝においた武器を伸ばした。それはレーザーや熱線銃ではなく、弾を込める方式のようだった。
 
「見えてきたぞ、あれはなんだ?」
 十数分のち、白い上着の男が身を乗り出すように前方に目をやった。
 見渡す限りの荒野の中に、丸みを帯びた流線型の、銀色の物体が見えた。まだ距離があるので小さく見えるが、近づいてみるとかなり大きそうだ。実際に現場に近づくにつれ、大きさを増している。その銀色のオブジェは、高さと幅は八十メートル、長さは三百メートル近い、巨大な物体だった。
 アランという運転者は、その物体から百メートルほど離れた地点に、個人用エアロカーを止めた。
「大統領はしばらく、ジョーンズとここで様子をご覧になっていただけますでしょうか。私とアランとで、まず行って調べてまいります」
 アーヴィングは後部座席の二人を振り返り、一礼した。
「ああ、気をつけるんだぞ、アーヴィング」白い服の男性が頷く。
 アーヴィングは再び一礼し、銃を手にして降りた。アランも続いて、もう一丁の銃を手に取り、あとに続く。アーヴィングはまずポケットから取り出した別の装置のスイッチを入れ、出た数値を見て頷いた。
「放射能の濃度は、それほど問題なレベルではないな」
「あれから百五十年近くたっているからね」
 もう一人もそれを見ながら、首を振っていた。
 二人はそろそろと、目の前にそびえる銀色の物体に近づいていった。
「本当に……これは、宇宙船なんじゃないだろうか、アーヴィング。君の考えを突拍子もないと笑ったけれど……けっこう君は先見の明があったかもね」
 アランが固唾を呑んだように、かすれた声で言った。そして、ぎゅっと銃を握りしめる。
「本当にそうだとしたら……用心しなければいけないな。中からどんな姿の生物が降りてくるかわからない。それに、言葉は通じるだろうか」
 アーヴィングも銃を握り締めながら答える。
「急に攻撃されたら、どうしよう」
 アランはおちつかなげに、周りを見回した。
「そのためにこれがある。でも、連中も救難信号を発してきたからには、困っているはずだ。それに、今ふと考えたんだが……宇宙人の救難信号が我々と同じだなんて、考えたら、変じゃないか?」
「ああ、そういえば……そうだね!」
 二人は銀色の物体の目の前まで来ていた。そして、同時に立ち止まった。
「これは……巨大なカプセルだね。もしかしたら旧世界の人たちがこれに乗って、地球が死の灰に覆われていた間、宇宙に脱出していたのかも……」
 アランが再び、半信半疑のような口調で口を開いた。
「それも考えられなくはないが……でもそこまで旧世界の宇宙技術が発達していたとは、文献にはないな。それにもし本当にこれがそう本当ならば、今まで何をしていたんだ?」
「冷凍睡眠とか……」
「開発していたんだろうかね、旧世界で」
 アーヴィングは肩をすくめ、目の前の物体を再びしげしげと眺めてから、言葉を継いだ。
「それにしても、これはどこが入り口なんだろうな」
 その時、銀色の巨大なカプセル状の物体の中ほど、二人から五十メートルほど離れたあたりの壁が、横にスライドした。かなり早く動いたので、二人にはあたかもそのあたりの五平方メートルくらいの壁が、いきなりすっと消えたように見えた。二人は一瞬びくっとしたように立ちすくんだ。
 中からスロープが伸び、三人の男性が降りてきた。三人とも姿はまったく自分たちと同じ、人間のように見えた。ただ、服装は少し違っていて、三人とも光沢のある、普通の布ではなさそうな素材で出来たかぶり式の上着と、同じ素材の、くるぶしまであるズボンを身につけている。服の色はそれぞれで違っていて、真ん中の男性は銀色、右隣は銀色がかった緑、左隣の人はブロンズ色だった。三人とも、首筋が隠れるくらいの長さの髪だ。真ん中の人物は四十代半ば、黒髪に少し白いものが混じり始めているが、左側の耳の上の髪がひと房だけ金色になっていて、目は青かった。左隣の人は三十代後半くらいの年代で、とび色の髪に緑がかった茶色の目の、穏やかな印象を与える人物だ。右隣の人はもう少し若くて、せいぜい三十になったところくらいだろうか、少し赤みがかった茶色の髪に緑色の瞳の、どこか陽気そうな雰囲気を感じさせる。中央の人物がアーヴィングとアランのほうに一歩進みで、口を開いた。それは二人にも十分にわかる言葉だったが、その言葉の内容が二人を戸惑わせた。彼はこう問いかけたのだ。
「君たちは、ここの人だね。ここは地球だろう? 今は何年なのかい?」
 アーヴィングとアランは顔を見合わせ、ついでアーヴィングが当惑気味に答えた。
「ここは……地球です。今は、NA八二年。二二世紀になって、七四年がたちます」
「なんと……」
 巨大カプセルから降りてきた男は、信じられないように目を見開いた。一緒に降りてきた二人も、心から驚いたような表情をしている。
「いや、もう何があっても驚きはしないと思ったがな……しかし、予想外だった。回りの様子から、なんとなくいやな予感はしていたが……そうだな、たしかに。宇宙の泡を通ろうなんてマネは……しかも二度も……宇宙の法則が左右しなくなる場所だ。距離と同じく、時間も保障されはしないんだ。まあ、どこかをあてどなくさまよったり、粉々になったりするよりは、我々は運がいいんだろうが……エミリーが言ったとおりだな。たしかにここは過去なんだ。しかも、新世界ごく初期か……旧世界でなかっただけ、ましだが……しかし本当に、なんてことだ」
 最初に降りてきた黒髪の男は、驚きと困惑がない交ぜになったような口調だった。
「あの……」アーヴィングは混乱の中から、かろうじて言葉を搾り出した。
「あなたがたは、どなたですか?」
「ああ、名乗るのを忘れていたね。私はエルマー・サザーランド・シンクレア。このエスポワール一三号の船長だ。こっちは」そう言って左側の男を指し「航海長のデュアン・カーライル・バートランド、こっちは」右側を向いて「操縦士のギルバート・ホワース・スタインバーグだ」
「私はアーヴィング・ロズマン・アンダーソンと言います。こっちはアラン・パートリッジ・タッカー。ともに中央管理部の職員です」
「そうか。よろしく」エルマー・シンクレアと名乗る男は右手を差し出した。
 アーヴィングは握手を交わし、そして質問を口にした。
「あなた方は、どちらからいらしたのですか? これは、宇宙船でしょうか」
「そうだ。長距離宇宙航海用に作られた、宇宙船だよ。我々は地球を離れ、新たな移住先へ向かうところだったんだ」シンクレア船長は背後の船体を振り返った。
「我々はどこから来たか。来た場所は地球だ。ただし、NA五一二〇年の、だがね」
「NA五一二〇……」
 アーヴィングはアランとともに絶句した。
「信じられるかい? 本当に信じられない話だろう。我々もそうだ」
 シンクレア船長は肩をすくめた。
「話せば長くなる。ここへ来たのは、君たち二人だけかい?」
「いえ、この新世界の大統領と、ジョーンズという職員も来ています」
「そうか。この時代の大統領がお見えになっているのか。そうか、この時代はまだ大統領だな。我々の時代では……ああ、いかん、ともかく、大統領がお見えになっているなら、話は早い。話をさせてもらえないか」

 やがて、エアロカーから降りてきた大統領とジョーンズが一行に加わり、シンクレア船長たち三人と対面した。大統領たちもまた、驚きを禁じえぬ表情だった。
「初めまして。新世界第三代大統領、ジェラルド・ローリングス・シンクレアです」
 大統領は手を差し出した。
「ほう、同じシンクレアですね。これはまた。それに、お若いんですね。ああ、しかし三代目なら、わかります。まだ新世界は生まれたばかりの頃ですから」
 シンクレア船長は握手をしながら、笑みを浮かべている。
「ええ。私は三年前、二代目大統領のアンセット・ローデス・カーライル氏から、あとを受けたばかりです」
「それでは、シンクレア大統領、一つご相談に乗っていただきたいのですが、ああ、その前に、船内の乗組員たちを、外で休憩させても構いませんか? 久しぶりの外気を吸いたいでしょうし……五年前、地球を離れてから、またここで故郷の土を踏むとは思いませんでした。しかも、五千年前の故郷の土をね。本当に、宇宙というところは恐ろしいところですな。私たちは運が良かったほうなんでしょうが」
「いったいどのような経緯で、ここに来られたのですか、船長?」
 大統領は聞いた。
「それは、おいおいお話します。その前に、まずみなを船から降ろしたいのですが、いいですか」
「ええ。しかしここには、本当に何もないですが。それに、この世界にはまだ残留放射能がありますので、あまり長時間いるのは危険かと……」
「ああ、そうでしたね。しかし、大丈夫です。我々には除染技術がありますから。それに何もなくとも、大丈夫です。テーブルやシート、それに食料も宇宙船にたっぷりありますから。あなた方の食料をお分けいただかなくとも、大丈夫でしょう。それに私たちは二千人以上おります。それだけの人数は、あなたたちの時代にはご負担ではないですか?」
「二千人ですか。この中に」大統領は感嘆したような声を出し、言葉を継いだ。
「私たちは今、やっと人口が五千七百人を超えたばかりです」と。
「それはそれは」船長は肩をすくめた。
 銀色に輝く宇宙船の内部から、数人がおりてきた。彼らの一人が銀色のボックスのような装置を抱え、そばの地面に置いた。そこから薄い少し紫色がかった霧が吹き出し、半径五百メートルほどにわたって広がっていった。
「宇宙に出るからには、いろいろな環境を想定しなければなりませんのでね。当然、放射性物質の危険もありますから、除染器具は用意しているのですよ」
「そうなんですか」大統領は再び感嘆したように言っている。
 やがて宇宙船の中から、次々と人が降りてきた。男も女もいる。年配の者も、若者も、小さな子供もいた。
 船長とバートランド航海長、スタインバーク航海士の一行に、三歳くらいの女の子を連れた二十代後半くらいの年配の、長いまっすぐな栗色の髪に澄んだ灰色の瞳の、ほっそりとした女性が加わった。
「彼女はエミリア・ディラ・スタインバーグ。スタインバーク航海士の奥さんで、我々エスポワール一三号の水先案内人でもあります」船長はそう紹介した。
「初めまして。エミリーと呼んでください」
 女性は落ち着きを感じさせながらも、はっきりとした声でそう告げた。
「この子は娘のエリザです。航海中に生まれたんです。おとなしくしている子ですから、話の邪魔はしないと思いますよ」
「ええ、どうぞ」大統領一行四人は、笑顔で迎えた。
 一同は、宇宙船内から持ってきたという白く軽い樹脂で出来た円形のテーブルを囲んで座っていた。ギルバートとエミリアのスタインバーク夫妻は、一行にコーヒーを振舞った。
「コーヒーも積んでいるんですか?」アーヴィングは驚いたように聞いた。
「中で栽培しているんですよ」スタインバーク航海士が答えた。
「十六年かかる航海だから、長丁場でね、基本的には中ですべて自給自足できなければ、話にならない」シンクレア船長はコーヒーをすすり、笑みを浮かべた。
「船内の地下階層は、すべて農園になっていて、そこであらゆる作物を栽培しています。もちろん、成長促成剤をフルに使って。船内には牧場もあり、牛と羊、それに豚と鶏がいます。食物や衣類、日用品の加工工場設備も、水を合成・精製する設備も、調理設備も、リサイクル処理工場も供えています。半永久的にも暮らせるように。もちろん、船内はすべて人工的に重力場を生み出し、地球にいる時とほとんど変わらない条件で生活が出来るようになっていまして。出来ないのは船外への外出だけです」
「大変な科学の進歩なんですね」アランが感嘆したような声を出した。
「五千年もあればね」船長は再び肩をすくめた。
「みなさんは、宇宙移民なのですか……」
 シンクレア大統領が、感嘆をこめて繰り返す。
「そうです。七二世紀の地球では、人口は二億を超えていまして、コンピュータが計算した適正人口が三億人くらいなので――地球環境に影響を与えることなく、文明を持って快適に生存できる人間の数が、ですね。ですから将来的な展望を考え、余裕を持って、少しずつ時間をかけて地球から宇宙に人を送って、地球の人口を適正に保とうとしているんですよ」
「そうですか。そうですね……旧世界でも、人口が増えすぎたのが、世界崩壊の間接的な一因とも言われていますから……そのまま増え続けると、やがては地球が荒廃して、遠からず自然収束するという算出結果も出ていたくらいですし」大統領が言った。
「旧世界の人口は、どのくらいだったのですか?」
「八十億くらいと聞いています」
「なんとまあ!」船長は驚いたように声を上げた。
「それは、増えすぎだ! PAXにそんなデータを入れたら、エラーになりますよ!」
「PAXとは?」
「ああ、我々の世界を統括するコンピュータシステムです。PAXとRAY、このツインシステムは、もうかれこれ二千五百年以上動いていますよ」
「ほう、ずいぶん息の長いコンピュータですね」
「自動修復機能と学習機能付きで、ダブル・デュアル・システムですから、半永久的に持つんじゃないでしょうかね。七百年ほど前に、第三のコンピュータ、STARも完成しました。こちらは名の通り、宇宙開発を受け持っていて、PAXやRAYとも連動して動くことができます」船長はコーヒーを一口飲むと、言葉を続けた。
「地球の人口を適正に保つために、二百年ほど前から宇宙移民プロジェクトが開始されています。大体四十世紀ごろから――途中で千年ほど中断されていたこともありましたけれど――宇宙へ無人の探索船を飛ばして、移住可能な星をリストアップし、半径約千二百光年以内の宇宙マップを完成させ、同時に大規模居住型宇宙船が開発できたのが、大体七〇世紀の初め頃なんです。それから二世紀で、かれこれ二百万人ほどが、宇宙の新天地へ旅立ったのではないでしょうかね」
「そうなんですか……かなりの数ですね。それだけの人数を宇宙に旅立たせるには、この船が標準規模として……千機ほど必要になりますね」アーヴィングが言葉を挟んだ。
「でも二百年間にですからね。年間五、六隻程度です。今は他の惑星系からも資源を豊富に調達できますし、ロボットもたくさんいるので、問題はまったくありません。いったん設計図ができてしまえば、あとはそれに従ってロボットが組み立てていくだけですから」
 船長が答え、そして説明を続けた。
「移住先の星には、出来るだけ地球に環境が酷似していて、なおかつ先住の高等生命がいない星を選びます。そして移民が向かう前に、主な建材や加工機械、それに三百体ほどのロボットを乗せた船が行き、都市を一つ建設して待っているので、我々が行った先でも、ほぼ地球と同程度の文明を持って移り住めるわけです。乗ってきた宇宙船も、基地に利用できますしね。そして、そこから新たな世界を起こす……ちょうど、この新世界のように。一つの星に、二、三万人が移住しますから、新世界のスタートよりも大人数での出発です。ロマンだと思いませんか。我々が世界を起こすのです。みなさんも、今まさに一つの世界を起こそうとしている。その結果が私たちです。私たちもまた、同じように別の世界を起こそうとしているんです」
「そうですね。たしかに……」
 新世界側の四人は、魅入られたように頷いている。




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