Part 6 of the Sacred Mother's Ring − The Grand Design

第6章 夜明け (2)




「作戦は失敗したんだろうか?」
 ヴァーノン・スミソンズは、声に出してそう言った。
「作戦発動から一週間だ。だが開始シグナルのあと、何も音沙汰がない。失敗したと見るべきだろうな」クラークソンが腕組みをし、これもまた声にして言う。
「だから、こんな作戦は無駄だと言ったんだ。すぐに見破られるに決まっている。我々があれほど用心し、声にも出さず、どこへも表示させないようにして決めた今までの作戦も、ことごとく見破られていた。まったく……こうやって我々が頭を悩ませて考える作戦に、どんな意味があるというんだ」
 クラークソンは激したように、背後の壁にドスンと音を立てて寄りかかった。
「焦るな。焦ったら負けだ」
 そう言いながら、スミソンズも焦燥を隠し切れなかった。
「あと一つだぞ。ここだけだ。もう後がないんだ。焦らずにいられるか?」
「だから貴様は、最終選考で私に負けたのだろう」
「なに?!」
「焦りは、ろくな結果を生み出さん。おまえの言うとおり、本当に残されたのは、ここだけだ。もう後がない。だからこそ今まで以上に、慎重にせねばならないんだ。そもそも、こうやって口に出して話し合うなんて、愚の骨頂だと思わんか?」
「だが、結果的にどんな違いがあった? 言葉に出そうと出すまいと、見破られたことに変わりはない」
 そう返されて、スミソンズはしばらく返答に窮した。音を立てて椅子に腰を下ろし、相手をチラッと見てから、壁に視線を移す。
「あいつは……二号は、どのようにして、我々の作戦を知るのだろうか。PAXの予測では、二号は透視能力者だという。いわゆる千里眼という奴だ。それで現在を見通し、未来を見る。だが具体的に我々が超能力について、どれくらい知っていると言えるだろうか」
「超能力などという、物理法則をまったく無視した力が実在するなどと、私は信じれらなかったがな。実際に能力者との追いかけっこが、そして戦いが始まるまで」
 クラークスンはシガレットのカートリッジを取り出し、スイッチを入れた。
「そんな物理法則を超える力を、認めてはならないのだ。だから具体的な能力自体については、考えたことも分析もしたこともない。しかし敵を知る上では、第一にやっておくべきことではなかったか? たしかに個々の能力についてのある程度の推測は、こちらも行った。一号の移動能力や四号の破壊能力、二号の透視能力、五号の防御能力、さらに三号のテレパシー能力も。PAXの分析能力は、我々には及びもつかないほど優秀だ。それゆえ、ある程度の能力輪郭はわかった。だが、細かいところはわからない。実際に連中に会ったこともなければ、その能力を目の当たりに見たわけでもない。そもそも、どのようにして特殊能力が発生したのか、本当に遺伝子のランダムエラーなのか、他の要因が関係しているのか、それすらわからないのだからな」
「そうかもしれん。超能力のメカニズムや発生条件が正しく解明されれば、今後そのような力が再び発生するのを防ぐ、手立てにはなるだろう。だが、今では遅い。連中は今にもここに進撃してくるかも知れず、そしてここも他の場所と同じく制圧されれば、世界連邦は終わりなんだ。そんなことを悠長に研究している暇はない」スミソンズは首を振った。
「ここが制圧されれば、我々もまた死ぬのだろうな……」
 クラークソンは嘆息するように言い、天井を仰いだ。
 その言葉に、スミソンズは針でかき回したような、小さいが鋭い痛みを伴った動揺が、一瞬間わき起こるのを感じた。死ぬ――私が? 彼は反射的に言った。
「私は死ぬことなど恐れはしない」
 政府上級職たち――精鋭軍はもちろんだが、他の分野専攻の人間も、己を捨てることを小さい頃から教えられる。いや、己を持たないことを。それゆえ、彼らは生に執着がなく、死を恐れない。同時に他者の命をも尊重しないのが常だった。しかし、ここ一ヶ月ほど、スミソンズは心の中に微妙な変化を感じずにはいられなかった。多くのことを考えるようになった、それゆえかもしれない。それはクラークソンも同じなのだろう。さもなければ、相手を知ることが肝要だとか、死を恐れるように取れる発言など、とても出来ないはずだ。そして自分も、それに同意などはしないだろう。
 彼らは第一連邦第一都市にある、世界連邦ビルの地下部に自分たちの居住スペースを持ってきていた。第二、第七連邦から通信員が知らせてきた短い情報によって、連邦ビル地下は爆発を免れることを知ったためだ。地下一階にあった食堂を上層階へ移設し、研究室と居住室を地下一階に持ってきた。総督室も同じ階に移転が完了したばかりで、第一連邦総長の居室も同じ階に持ってきている。そして第一連邦ビルの地下には、二百人の精鋭軍が警備していた。第一連邦の全精鋭軍を六つの部隊に分け、三時間交代で、二四時間体勢だ。三時間で交代にしたのは、それ以上長くなると、集中力が落ち、反応が鈍くなるとPAXが分析したためだった。
 世界連邦ビルの方は、総督と第一連邦総長を守るための部隊が五十人ほど、こちらは四時間交代でついている。PAX本体は連邦ビルのはるか下方、隔絶された深地下にあるので、警備は事実上不可能だった。そこまでトンネルを掘って到達してみたものの、本体のコンピュータルームは分厚いアグノイトとハードグラファイトの壁に囲まれ、中に入ることはおろか、穴を開けることさえ不可能だった。地下五階部の床からPAX本体のコンピュータルームまでの、垂直に落ちた三十メートルのトンネルは落下したら即死する危険性を残すだけで役に立たないと、すぐに埋め戻された。

「なんとかならんのか?」
 ジョグスレン世界総督はその夕方、焦燥に満ちた口調で言った。
「我々が直接コンピュータルームを警備できないというのは、もどかしくてならん。連中はお構いなしに中へ入ってくるが、我々が近づけないとは。いったいなぜこんなに、コンピュータルームを絶対に中には入れないよう、強固に作ってしまったのだろうな」
「入ることが必要になるとは、思わなかったせいでしょう。逆にみだりに入られて、コンピュータに危害を加えられたり、プログラムを改竄されたりする危険を避けるため、絶対に外部から侵入されないように設計されたのだと思います」スミソンズは答えた。
「だが現に入ってこられているではないか、連中は!」
「瞬間移動能力など、考慮には入っていなかったのだと思います」
「そうだろうな、たしかに……だが、現実にはそういうものが存在するわけだ。だから、超能力者には注意しろと言われていたわけか。あれほど厳しく規制されていたそのわけは、こういう事態を防ぐためにだったのだな」
 ジョグスレン総督はデスクに両肘をつき、頭を抱えた。総督はここ一、二ヶ月でめっきりと痩せ、目の下には焦燥の隈が出来、顔にはしわが増え、頭は半白になっていた。
「私は歴代総督に申し訳が立たない。七百年の歴史を持った栄えある世界連邦が、たった七人の特殊能力者のために滅ぶとは……情けない。私は世界連邦最後の総督として、歴史の上で永遠に汚名をさらすのだろう」
「それほど悲観されてはなりません、閣下」
 第一連邦総長、ハリガン・ジョーンズが緩やかに頭を振った。しかしその総長もまた総督同様、疲労とやつれの目立った表情をしていた。しかし口調はあえて鼓舞するように、きっぱりと言い切っている。
「まだここが残っています。ここを取られない限り、逆転のチャンスはあります」
 ジョグスレン総督は、その気力もないようだった。
「だが、警備的には他と変わりはないのだろう? 第二や第七連邦でも、同じような警備体制をとっていた。だが結果的に、負けてしまった」
「もう一つやれることがございます、閣下」
 スミソンズが申し出た。そしていつものように、キーボードを使って話し始めた。
『精鋭軍全体の宿舎を、庁舎の外に作ることです。第二や第七では時間も確証もなかったので実行できませんでしたが、この近くに候補地を選定しました。閣下のサインをいただければ、実行に移せます』
『千二百人の宿舎をか? 完成までには、どのくらいかかるんだ?』
『簡易宿舎ですから、急げば二、三週間くらいで完成します』
『そんなに悠長に待っている時間があるのか?』
「さようですね……」スミソンズは唇をかみ、しばらくキーを打つ手を止めた。
『第七連邦の報告を聞いた時から、すぐにこの案を思いついて準備すべきでした。少々遅れを取りました。申し訳ありません』
『だが、間に合うかもしれないから、準備はしておいても良いかもしれないな』
 ジョーンズ総長が会話に入ってきた。
『だが、仮に外に宿舎を作ったとしてだ、建物の地上階を全部空にするわけにはいかん。全部を移転させるには時間がかかりすぎるし、その間の警備もしなければならん。もちろん地下シフトについている連中は当然だが。それに、何か異常があった時、速やかに移動できる距離でなければならん。それに、そこを連中につけ込まれる恐れはないのか?』
 総督はそう聞いてきた。
『と言いますと?』
『今まで我々の作戦は、ことごとく向こうに筒抜けになっているようだ。たとえ我々が用心して、このようにまだるっこしい方法で話していてもだ。当然、相手も宿舎が外に出来ることを知るだろう。そうすると、どうしてくると思う。PAXはどう予想している?』
『私もしくは私の子機を破壊したあとRAYにつなぎかえる前に、他連邦で行ったようなロック戦法を取る可能性が高いです。ですから、簡易宿舎でもあることですし、ドアはコンピュータロックにしないほうが良いでしょう。自動ドアも止めたほうが良いです。私は止まってしまうと、電源などのすべての動力パワーを遮断するので、ドアも開かなくなりますし、エレベータも停止します。可能な限り、手動にしておいたほうが良いでしょう。ただその場合も向こうが予測するでしょうから、別の戦法を取ってくる可能性があります。宿舎自体を爆破しようとするかもしれません』
 PAXのボイスシステムが答えた。
「爆破?」ジョーンズ総長が声を出した。
『そうです。彼らには制圧した他連邦の武器も、そこに属するすべての資料も自由になるのです。そして七号の頭脳としかるべき軍事資料があれば、ビルの一つくらい吹き飛ばせるくらい、強力な爆弾が作れるでしょう。そして二号は、その宿舎内の死角を検知します。どんなに大勢の人間がいても、どんなに見回りをしても、壁で区切られた建物では、どこかに、ほんの一分くらいでも、誰もいない空間が出来てしまいます。そこを二号は見逃さないでしょう。そこへ一号が行って、爆弾を仕掛け、すぐに戻る。そうすれば爆破は可能です』
「なんということだ」ジョグスレン総督が声を上げた。
『そのためには、極力死角を作らないことが重要なのですが』スミソンズがキーを打った。
『完全に壁を作らないのは、難しいですね。ベッドルームの境をなくすのは何とか可能でも、シャワールームやトイレットも必要でしょうから』
『この居住室だって、そうだ』総督は居心地悪げに回りを見回した。
『回りに兵がうろうろしている状態で、いつもいなければならないのは、はなはだ落ち着かん。眠るのにも監視つきとは』
『私も同感ですが、いつ連中が現われないとも限らないわけですから、致し方ないのでしょうな。逆にシャワー時やトイレの時には、びくびくしますよ。こういう時に狙われたらと思いますと』ジョーンズ総長が肩をすくめた。
『極力壁のない状態にしておかないと、死角を作ってしまいますし、動力が落ちた時には分断される危険性があります。第二連邦や第七連邦がそうだったように。ですから、今しばらくご辛抱願います』クラークソンが言う。ボイスシステムの声なのですまなそうな響きはないはずだが、どことなくそう聞こえた。
「今しばらくか。連中はいつごろ来るかだな」
 総督が声に出して言い、ため息をついた。
『精鋭軍宿舎移転の件については、いかがいたしますか?』スミソンズが問いかける。
『間に合わない可能性もあり、爆破される危険性もあるわけか。それなら、見合わせよう』
 ジョグスレン総督はしばらく沈黙の後、そう答えた。
「しかし、閣下……」スミソンズは思わず言葉を口に出した。
「私の判定に不満なのか。それなら私に裁定を求めるな!」
 ジョグスレン総督はドスンと拳でテーブルを叩き、声を荒げた。
「私ははっきり言えば、自信がない。どうすればいいか、よくわからんのだ。きっと有効だと思った作戦も、裏をかかれて失敗する。万全の備えをしたつもりでも、たった数人に突破される。かえって裏目に出る危険性もあるうえ、実際の勤務に支障をきたす可能性があるのなら、あえて実行するだけの甲斐はないかもしれんと思っただけだ。何が有効なのか、何が成功するのか、そんなこと私にはわからん。私はコンピュータでもなければ、透視能力者でもないのだ。PAXに判定してもらえ!」
 自分たちの新しい居室に帰りながら、スミソンズはクラークソンに漏らした。
「閣下は疲れて、焦っておられるようだ」
「疲れて焦っているのは、閣下だけではないだろうさ」
 クラークソンは肩をすくめる。
 スミソンズは無言で自室に引き取った。たしかにその通りだと思いながら。


「まだ寝てなかったのか、ヘレナ?」
 ジャックは眠そうな顔をしたまま、ヘレナの居室のドアを開け、覗き込んできた。
「あら、どうしたの、ジャック。こんな夜中に」
 ヘレナはコンピュータ端末から頭を上げて、見やった。
「いや、目が覚めて、トイレに行こうとしたんだ。そうしたら、君の部屋のドアの隙間から、灯りが漏れているから、まだ起きているのかと思ってな。二時過ぎなのに」
「ごめんなさい。面白い資料を見つけて、夢中になってしまったのよ」
 ヘレナは肩をすくめて答えた。
 アレイルが目を覚ましてから、三日がたっていた。仲間たちは彼の回復を喜び、彼もまた仲間たちに感謝したあと、七人はいつもの生活の流れに戻っていた。アレイルは体力的に十分回復しておらず、まだあと最低でも十日ほどの休養が必要だろうと、ヘレナは判断していた。そしてその間、彼らは来るべき最終決戦までに、楽しめる生活の穏やかさをできるだけ味わおうとしていた。食事、ティータイム、ゲームや新しい娯楽用具、そして会話を。夜それぞれの部屋に引き取った後は、ヘレナはよく端末から様々な資料を読んで過ごしていたのだ。
「で、何を見つけたんだ?」
 ジャックは相変わらず眠そうな目で、画面を覗き込んだ。
「世界連邦以前の記録を見つけたの」へレナは答えた。
「なんだって?」
「ここだけよ、こんなことは、今までには、なかったわ。ここよりも長くいた第三連邦でも。でもここは……医療品の宅配でも驚いたけれど、他の薬品も調達できるのよ。簡単なラボ装置さえ」
「ほう?! それなら中和剤を作るのにも、苦労しないな」
「そうよ。どんな毒が来てもね。第一連邦では何がくるかわからないけれど、わざわざ地下の倉庫に調達しに行かなくても、大丈夫そうなのよ。でもそれだけじゃないの。どうもここのコンピュータのサーバーは――本体は他の連邦と同じ、RAYの子機なんでしょうけれど、他のところではPAXのデータベースの上で動いていたのよ。データベースはプログラムと違って、書き換え可能に出来ているから、制御するのがPAXだろうとRAYだろうと、問題はないの。でもね、ここの子機はもしかしたら、RAY自体のデータベースにも、つながっているのかもしれないわ」
「なんだって? どういう意味だ?」
「世界連邦下では考えられなかった情報が出てきているの。世界連邦以前の記録なんて、まさにそうじゃなくて? PAXが、いえ、正確にはソーンフィールド総督が、でしょうけれど、こんな記録を残しておくとは思えないわ。いえ、もともとPAXのデータベースにも存在していたけれど、アクセスは不能だっただけかもしれないから、確実なことは言えないけれど……」
「まあ、俺にはよくわからんが……」ジャックは頭をぼりぼりかいた。
「今は三九九五年よね。その数字が何を意味するかわかる?」
「数字? 年を表している数字だろう? 他に何があるんだ?」
「そうよ。でも何を起点にした数字だと思う?」
「さあな……もともと俺は考えるのは得意でない上に、今は頭も回らんからな。眠くて」
 ジャックはあくびをした。
「今の文明が始まった時なのよ」
「はあ……?」
「つまりね、世界連邦の前に、三千年以上もの歴史があったのよ。でも、わたしたちは今までほとんど習ったこともなく、文献もなかったの。暗黒の動乱期が、ひどい時代だったということ以外は。でも、ここでは詳しい歴史が見られるのよ。アレイルやエマラインが言っていた動乱の百五十年期の詳しい状況も、ちゃんと記録に残っていたわ」
「そうか……」
「でもね、それ以上の驚きだったのは、今の文明以前の世界があったことよ。アレイルが前に一度だけ、そんなことを言っていたけれど、それはたしかに本当だったの。ジャック、今は三九九五年ね。そして六一世紀。でも百年で一世紀なら、計算が合わなくない? 紀元一年が一世紀の始まりだとしたら、今は四〇世紀のはずだわ。なぜ六一なのか、その空白の二一世紀というのは、それ以前の文明が栄えていた時期なのよ。それが、文献を読んでいてわかったの」
「ああ……まあ、君の知的好奇心には、面白い話なんだろうな」
 ジャックは再びあくびをした。
「だがまあ、夜中の二時にじっくり話すには、向かない話題じゃないか。とりあえず君ももう寝て、明日にでもみんなに話してみればいい。俺ももう、寝に行くぞ」
「そうね。おやすみなさい」
 へレナは肩をすくめ、ジャックを見送った後、コンピュータのセッションを切った。

 それから四日後、みなはテーブルを囲んで座っていた。昼食が終わったばかりの頃だった。アレイルもようやく長い時間座っていられるほどに体力が回復したので、全員が顔を揃えている。ミルトは食事を終えると床に滑り降りて、配給センターから買ってきた、小さなエアロカーのおもちゃを走らせて遊んでいた。
「順調に回復しているようで、よかったわね。もうあまり眩暈はしない、アレイル? 回復具合を図らなきゃならないから、正直に答えてね」
「ありがとう。大丈夫だよ。ただ立ち上がる時には、まだちょっとね。それに長い間立っているのは、少ししんどい。僕も正直に答えると」
 ヘレナの問いかけに、アレイルは微かに笑って返した。
「まあ、それは仕方がないわね。あなたはあの時に死んでいても、おかしくなかったくらいだから。でも鉄剤も少しずつきいてくるはずだし、できる限りは起きていて、体力を戻したほうが良いわ」
「ヘレナ、本当にお医者さんって感じだなぁ」
 リンツが感心したように頭を振っていた。
「だから彼女はメディカル・プログラマーなんだから本物の医者以上だって言っただろ」
ジャックは笑い、少し得意そうな眼差しで恋人を見やっている。
「でも本当に、改めてありがとう、みんなに……シェリー、ヘレナ、リンツ、ジャック、ミルト、それにエマライン。今こうしていられるのも、みんなのおかげだよ」
「つーかさ、アレイル、エマラインが最後で良いのかよ」リンツが笑って小突いた。
「それにおにいちゃん、目が覚めてから、お礼ばっかり言ってる。もう何回目?」
 シェリーも笑って首を傾げる。
「それとな、おまえさんが俺たちに感謝してくれるのはありがたいがな、アレイル、俺たちに大きな義理を作ったとは思うなよ。お互い持ちつ持たれつなんだしな。だから、これっきりにしようぜ。それから自分のせいで作戦が遅れたとか言うのもなしだ」
 ジャックが指を振った。
「そうだなぁ、それを言ったら、おれも第三連邦でやっちまったし」リンツも頷く。
「ありがとう。でも、ジャック、よくわかっているね。僕が思っていたことを」
 アレイルは肩をすくめた。
「エマラインみたいな力はないがな。だいたいこのくらい長くいると、おまえさんだけでなく、みんなの性格や考えそうなことは、わかってくるぜ」
「そうね。それが本来あるべき姿なのだと思うわ。本来の家族や、友達の」
 エマラインは頷き、アレイルも同意するように言い添えた。
「そして、今までの世界連邦ではタブーだったものだね」と。
「新しい世界連邦では、そういうものも、きっと育まれていくのでしょうね。他の人たちの家庭でも」エマラインの口調は憧れるようでもあった。
「実際問題としては、あと一つ大きな、最後の山場が残っているわね。本格的な開放は、そのあとよ」へレナが軽く首を振り、釘を刺すように言う。
「最終決戦かぁ」リンツが頭をぽりぽりかきながら、首を捻った。
「泣いても笑っても、あと一つで終わるんだな。そう考えると、変な気持ちだな」
「負けたらその場でジ・エンド、勝てばそこから先は……俺たちはみな、完全に自由だ」
 ジャックが鼓舞するように手を突き出し、
「なんだか怖いわ。緊張する」
 シェリーは神妙な面持ちで、ぶるっと震えていた。
「でもある程度は、先になるのでしょう、最終決戦は? 少なくともアレイルの体力が完全回復してからでないと、戦闘は難しいわよ」
「実質俺一人になると、いくらなんでもきついからな」
 ヘレナとジャックは、少し気づかわしげでもあった。
「そうだね……決行は、十日後にしよう」
 アレイルは両手を組み合わせ、しばらく考えるように黙ったのち、口を開いた。
「十日で大丈夫なの?」ヘレナはやや心配そうに問いかける。
「ああ。大丈夫、十日あれば。今回は……少し戦法を変える必要があると思う。それだと……あまり体力は必要ない可能性もあるんだ」
「ほう? 戦法を変える? どういうものにだ?」
「それは、もう少しはっきりしてから話すよ。決行三日前くらいに。今準備しなければいけないのは、中和剤と、それから空気ボンベだね。出来れば潜水服も、あったほうがいい」
「中和剤はわかるわ。でも空気ボンベに潜水服?」
 へレナが驚いたようにきいた。
「海にでも潜るのかよ」リンツも驚いた顔だ。
「いや、海じゃないけれど、PAX本体のコンピュータ室で、活動可能にするためにね。PAXが納められている部屋は、真空状態なんだ」
「真空? こりゃまた!」ジャックが声をあげる。
「ああ……でも、考えられるわね。人が入ることが決して想定されていないコンピュータルームで、しかも完全隔絶されているのなら、コンピュータを理想的な状態に保つには、真空のほうが望ましいわ、たしかに」ヘレナは納得したように頷いていた。
「その場合、最初に潜水服を着て空気ボンベを持ってコンピュータルームに行き、そこで空気を部屋に充満させてから、みなを呼ぶのね」エマラインが考えるように言う。
「そうなるね。連邦のコンピュータルームで毒を中和させる場合と、基本的には同じだよ」
「今回の中和剤は、何に対してのものを用意すればいいの?」ヘレナは問いかけた。
「セプトスX。濃度は一立方メートルに対して一グラムくらいかな」
「あら、ちょっと厄介な毒物ね。それに、かなり濃いわ。でも……なんとかなると思う。ここはかなりいろいろなものが宅配で調達可能なようだから。空気ボンベと潜水服もきっとここの端末から、調達できるのではないかしら」
「そうだろうね。この連邦だけは、解放プログラムが少し特殊なものになっているようだから。かなり僕らの後押しをしてくれているみたいだよ」アレイルは頷いた。
「何でここだけなんだろうな」リンツが首をかしげた。
「ここが最終決戦に備える最後の場所になるから……なのでしょうね。予知能力者マリア・ローゼンスタイナーには、それがわかっていたのだと思うわ」
 エマラインはかつての夢の残像を追いかけながら答え、
「ああ、彼女はわかっていたんだろう。どこまではっきり見えていたのかは、わからないけれど……彼女は未来に、僕らの姿を見ていたんだろうね。湖の向こうに。彼女がいつもそのほとりに佇んでいた、そして最後にその中で命を絶った湖の対岸、そこから数十キロの場所に、ここは位置しているんだ。僕らの第十二都市が」アレイルも頷く。
「あら、そういう位置関係なのね」
「ああ。この世界ができた時、ニューヨーク市は――第一連邦第一都市の元の名前だけれど――四八世紀までは、もっと南、今の第三都市の位置にあったみたいだ。でも四九世紀になって、首都移転して、今の位置になった。元のボストン市――なぜそこを新たなニューヨーク市にしたのか、わからないけれど。その時、元のニューヨーク市はフィラデルフィア市になり、今は第三都市だ。そして湖の対岸、カナダ地区――今の第二連邦に、グリーンズデイル市――今の第十二都市が新しく作られた。最初はその都市名を、ニューボストンにしようという案もあったけれど地区が違うから、またそれは新しく作ったらいいと言って。今のところはまだ、できていないけれど。そのあたりの歴史を、三日前の夢で知ったんだ」
「四九世紀というと、まだ動乱の百五十年樹のかなり前ね。本当に、なぜだったのかしら」
 ヘレナも不思議そうに首を傾げている。
「でも昔の時代ってのは、よくわからねえな」リンツが首を捻り、口を挟んだ。
「動乱の百五十年期とか、女予知能力者に世界連邦創立者……おまけに、それよりずっと昔の話となると……いや、それなりに面白いんだけど、今の自分がそれの一部にかかわっているんだって感覚が、よくわからないんだ。不思議な気分にはなるけど、実感はわかないっていうかさ」
「そう……ね。不思議な感じは、たしかにするけれど」シェリーも同意していた。
「君の知的興奮も、彼らにはわからないらしいな、ヘレナ」ジャックが苦笑する。
「それは、あなただってそうでしょ」へレナは笑って切り返していた。
「でもね、それはともかく……知的好奇心が強いのは私の宿命みたいなものだから、悪く思わないでね、みんな。一つ、みんなに聞きたかったことがあるのだけれど、今まで聞きそびれていたの。あなたがたは、生まれながらの特殊能力者だったの?」
「生まれながらの、じゃねえと思うな、おれは」
 リンツは思い出そうとするように首を捻りながら、答えた。
「それでは、あなたが最初に瞬間移動できたのは、いつごろ?」
「奴らが家にやってきた、ほんの一週間くらい前さ」
「そんなに直前なの?」
「ああ。それまでは全然出来なかったぜ。おれは物心ついた頃から、よくクロゼットに閉じ込められてたけど……ああ、まあ、家族に言わせれば、おれが悪い事をしたから、お仕置きだって言うんだが、おれにしてみれば、それほど悪いことはしちゃいないつもりだったんだ。あの時も姉貴の服をウォッシャーから出した時に、何かに引っ掛けちまって、ちょっと端っこを破いたんだ。それでお仕置きとして、またクロゼットの中さ。しかもご丁寧に鍵かけて、三日も放っておかれて……死ぬかと思ったぜ。腹は減るし、窮屈だし、身体は痛いし、すげえ臭くなってくるし……ともかくここから出してくれって、願い続けたさ。願って願って、気がおかしくなるくらい思い続けてたら、ふっと光に包まれたみたいな気がしたんだ。その光がおれの中に入ってきて、そうしたらふっと身体が軽くなった気がしてさ。声が聞こえたみたいな感じだった。『行きたいところをイメージし、願ってごらんなさい。自分はそこにいると』そう言っているような。で、その通りやってみたら……出来てた。おれは部屋の中にいたんだ。おれはパンとミルクを、がつがつ食った。その時おふくろが帰ってきて『どうやって外に出たんだ』って、おれをぶってぶって殺されそうになったんで、またここじゃないどこかへ出たい、と思ったら、クロゼットの中に戻っていた。お袋は悲鳴を上げて、慌てて家から出てったようだった。おれはまた外へ出て、そのうちに家族が帰ってきて、親父がおびえたように、おれを見た。『二度とそんなことはするな』それだけ言うと、それきり誰も話しかけなくなって、誰もおれを構わなくなった。まあ、二度とするなとは言われたけど、でも本当にできるのかなって思って、一、二度試しちまったけどさ。それで、な……奴らにめっかったんだろうな」
「光なの?」シェリーが驚いたように声を上げた。
「光? ああ、力が発動する最初はな。ミルトなんか力発動するたびに、光を発しているだろ。あれと同じようなもんじゃないか?」
「でも、あれはミルトの光とは、少し違うでしょう。やわらかくて、暖かいの。あたしも感じたの。はじめて、カレンお姉ちゃんの怪我を治せればいいのにって、願っていた時に。あたしが九歳の時。でも、その前にはできなかったし、それからはママがやってはだめって言っていたから、やらなかったわ」
「シェリーも?」ヘレナは少し驚いたように声を上げた。
「うん。それにミルトもね。ミルトは、見つかってしまって怖い人たちが来る、十日くらい前だったわ。おもちゃのボールがね、とても取れないところへ落ちてしまって、ミルトは泣いて、取ろうとしても取れなくて、そのうちに光が落ちてきて、ミルトの中に入ったような気がして……そのあと、ボールがひとりでに転がり出てきたのよ。それから……」
「それはまるで……超能力とは中から自然発生した力ではなくて、外部から侵入した力のようにさえ感じられるわね」
 へレナは考え込むように少し沈黙したあと、言葉を継いだ。
「アレイル、エマライン、あなたたちは? あなたたちもやはり光を取り込んだの?」
「いや……たぶん光は、僕は感じてないな」アレイルは首を振った。
「最初は、ニコルがいなくなって一週間後、彼が僕の夢に最初に出てきてから……それからなんとなく自分の中でも、予感めいた思いが強くなってきたんだ。もうすぐ監視カメラが作動するとか、そんなようなことが。それから一年近くたって、母が亡くなった一か月後くらいに、リビングに父と座らされている妹の姿がはっきり見えた。夢で外の世界へ出たり、未来のことや他の場所で起きていることを体験したりしはじめたのも、そのころだった。でも、これは呪いの力だと思って、極力意識して使うのは止めようと思っていたけれど」
「わたしも、特に光を感じたわけではないわ」
 エマラインも首を振り、去年のクリスマス集会から今年の三月までの出来事を、簡単に話した。
「精神系と物理系の力は、根本が違うのかしらね」
 へレナは不思議そうに首を傾げている。
「君は歴史探訪だけでなく、超能力のメカニズムも解明するつもりなのかい?」
 ジャックは苦笑していた。
「興味はあるわ」へレナは微笑して、肩をすくめる。
「それに、もう一つ興味深いことを発見したの。ここの端末は、いろいろな文献にアクセスできたり、様々な宅配が可能だったりするけれど、もう一つ、個々の記録が閲覧できるのよ。もちろん第二連邦内の住民だけだけれど、どんどん前に家系を遡っていけるの。ここからだとアレイルとエマラインの記録しか辿れないけれど、ずうっと遡っていったら、とても興味深かったわ」
「わたしたちの家系が?」エマラインは問い返す。
「ええ。無断で見てしまって、ごめんなさいね。どうか気を悪くしないで」
「大丈夫よ。それは良いんだけれど、でも、わたしたちのご先祖様たちを遡っていっても、知らない人の羅列でしょう?」
「まあね、七百年前――約二二代前までは。でも、それまでにもあなたたちの家系は、七回クロスしているわ。そしてアレイルのお母さん、アルシア・ローゼンスタイナー・ウェインさんの二三代前の祖先は、リーフ・シンクレア・ローゼンスタイナーなのね。マリアとエレノア姉妹の弟の。その人の次男が結婚後、家族とともにここ第十二都市に移住していて、そこから発展した家系なのよ。そして、アレイルのたぶん遺伝子上の父親である、ケイン・バーネット・ミッチェルさんとエマラインのお母さん、マーゴット・ターナー・ローリングスさんはともに、家系を遡っていくと、エレノアとピエールの長女、オリヴィアにいきつくの。彼女の末娘も、ここに移住していたのね」
「まあ!」エマラインは思わず声を上げた。
「それはまた……なにかの因縁としか言いようがないな。ゆがめられた世界連邦を本来の姿に戻そうとしているのが、元の連邦の創始者の子孫たちとは」
 ジャックが感慨深げに言う。
「それはあれだな、正統な復讐というか、だなぁ」リンツも頭を振っていた。
「なんだか、運命の戦いという感じね」
 シェリーも手を組み合わせ、そんな感想を漏らしている。
「それは知らなかったな。でも、そうだったのか……二十代以上も遡れば、僕らだけでなく、子孫はたくさんいるだろうけれど」アレイルも少し意外そうな表情を見せ、
「そうね。それはたぶん……」
 エマラインも両手を組み合わせて、頷いた。だが同時に、彼女は感じていた。ヘレナが熱心に二人の家系を遡ったのは、純粋に知的興味からだけでなく、自分たちには決して持てないルーツ、憧れにかりたてられたせいもあったのだろうと。ヘレナもジャックも、遺伝上の親は決してわからない。その切なさが、エマラインの心にも感じられた。
「これから作る家系図もあるわよね。もし新しい世界が生まれたら」
 エマラインはヘレナとジャックを見、言葉をかけた。
「そうだろうな」ジャックはヘレナの手を取り、頷いていた。




BACK    NEXT    Index    Novel Top