Part 6 of the Sacred Mother's Ring − The Grand Design

第5章 自由を求めて (5)




 その部屋は、すべての家具が撤去されていた。二人の男が玄関に続く廊下から、エマラインを引きずってくるのが見えた。その身体に撃たれたような傷は見当たらないが、彼女は意識がないようで、眼を閉じ、ぐったりとしている。どさりとその身体が部屋の真ん中あたりに投げ出されると、その男たちを含め、合計五人の男たちが、彼女の周りを取り囲む。全員、ジャックのような屈強な体つきをし、グレーのシャツに、それより少し濃い色合いのズボンをつけ、髪は短く刈り込まれている。制服こそ着ていないが、彼らは第二連邦の精鋭軍兵士だと、アレイルは瞬時に悟った。そのうちの二人が、乱暴にエマラインの身体を引き起こした。彼女はぐったりとしたままだ。
 窓際に、蒼白な顔の男が立っていた。髪の毛は真っ白で、非常に面やつれし、やせこけて、ぶるぶると震えている。エマラインの兄、エドワードだろう。その両側に、挟み込むように二人の男が立っている。他の五人と同じように、この男たちも精鋭軍兵士のようだった。
「し、死んだのか……」かすれた声で、エドワードが聞いていた。
「いや、麻酔銃だ」
 エマラインのそばにいた男のひとりが顔を上げ、にやりと笑って答えた。
「ど、どうしてひと思いに、殺さないんだ」
「殺して欲しいのか?」
 もう一人の男が嘲るように答える。
「あたりまえだ」エドワードは吐き出すように、かすれた声を上げていた。
「こいつは、僕の人生を、めちゃめちゃにしたんだ! あれから、どれほどひどい目にあったことか! おまけに、危うく殺されるところだった」
「でもなあ、おまえさんがそれだけひどい目にあったのなら、その張本人の妹が、ろくろく苦痛も恐怖も感じずにあっさり死んだら、おまえさんも張り合いがないんじゃないのか?」隣にいた男の一人が、クックと笑った。
「それはそうだが……どうする気なんだ。仲間の居所でも、吐かせるのか?」
「いや、居所は、もうとっくにわかっている。配給センターの親切な職員が検索端末を使わせてくれた」
「どうやって……脅したのか? それにわかっているなら、どうして攻めていかないんだ」
「ここでは、手荒な手段は使わないという作戦なんだ。そんなことはしない。ここの体制が変わったあとに仲間の一人がセンターに行き、知り合いの子供に買ったものを送りたいのだが、住所をど忘れしたと言って、あいつらの一人の名前を挙げて、窓口に問い合わせただけだ。以前作った偽のIDのおかげで、別に疑われもしなかったさ。それに、攻撃はいつでもできる。ただ、効率的にやりたいんでね」
 男はエマラインの身体を引き起こし、服を脱がせると、ゴム製の拘束衣をかぶせた。その背中についた二本の輪に両手を通し、手首のところでがっちりと固定する。そして両足を引き上げ、腰の所についた輪に足首を通して、さらに固定した。エマラインの身体は、変則的に跪かされたような形に曲げられた。そばにいた男が、伸びて肩に垂れ下がっている金色の髪を乱暴につかみ、引っ張った。
「起きろ、三号!」
「うっ」エマラインは髪を引っ張られる痛みに、目覚めたようだった。目を開き、呆然とした表情で、部屋の中や男たちを凝視している。洋服を引き剥がされ、下着一枚にされたその身体の、腕や足の皮膚の白さが妙に目についた。彼女は身体を動かそうとし、それが無理なことがわかると、激しい恐怖の色を浮かべた。不自然な体勢に固定された彼女は跪くことも立っていることも出来ず、なすすべもなく床に転がるしかない。その目が絶望に曇り、宙を泳ぐ。そして冷酷な表情で彼女を見ているエドワードと目が合った。
「兄さん……」エマラインはかすれた声で呟いた。
「いいざまだな」エドワードは微かな笑みを浮かべていた。
「僕もその拘束衣を着せられた。三日間ずっと。おまえがどこに行ったのか、話せと言われて。どうして僕がそんなことを知っているというんだ。まったく家にも帰っていない、おまえになど、クリスマス集会の時にしか会わないというのに。それなのに、そんなことを聞かれるんだ。知らないと何度言っても、許してはもらえなかった。どんな思いだかわかるか。食事はおろか、トイレにさえ、行くことはできなかったんだぞ。眠ろうとしても、身体が痛くて痛くて、寝れやしない。三日目の夜、ようやく奴らは外してくれたが、その後の一週間、身体がいうことをきいてくれなかった。それだけじゃない。捕らえられている間の扱いときたら、話したくもないほどひどかった」
「……ごめんなさい」
「おまえに謝ってもらいたくなんかないさ。謝ったところで、何の足しにもなりはしない。あの信じられないような苦痛と絶望に満ちた日々も、この身体に受けた痛みも、失った人生も、取り返せはしない」
「……だからわたしを、罠にかけたの?」
「協力すれば、命は助けてやると言われた」
 エドワードは激しく瞬きをしながら、答えていた。
「今にも処刑されるという、最後の最後の瞬間に。僕は一も二もなく飛びついた。作戦が成功して、おまえたちを殲滅できたら、元の地位に戻してくれるとも約束してくれた。どうして断る理由がある?」
「失敗したら、殺されるとも言われたのね。だから……」
「どうしてわかる? やはり、おまえも化け物なんだな、おまえの仲間と同じに。おまえが人の心をのぞき見できると言うのは、本当だったんだな」
「化け物じゃないわ。人間よ。ただ、他の人にはない力を持っているだけよ」
「それを化け物というのさ」エドワードは吐き捨てるように、言葉を投げつけていた。
「吐き気がする。今までおまえに心をのぞかれていたとはな。そんなことなど、知りもしなかった」
「違うわ。わたしが人の思いを感じることが出来るようになったのは、去年のクリスマス集会が最初よ。自分で意識して使えるようになったのは、今年の三月からだわ」
「そんなことは、どうだっていい。聞きたくもない。自分の妹が穢れた血だなどと、知りたくもない。なぜ、おまえは呪われたんだ!」
「わからない! わたしだって、わからないわ。それに、自分が呪われたとは、思いたくない……」エマラインの表情が変わった。はっとしたように目を見開いている。
「気をつけて、兄さん! この人たち、兄さんを殺そうとしているわ!」
「なんだって?」エドワードは驚いたように頭を起こす。
「ばかな! 僕はちゃんと協力した。おまえを捕まえることも出来たじゃないか。なのに……約束を破るというのか? そんなばかな……」
 エドワードは蒼白な顔で、言葉を止めた。両隣にいる二人の男が、熱線銃をぴたりと押し付けてきたのだ。一人はわき腹に。一人は頭に。
「約束はな。だが、おまえの妹は特Eと確定された。おまえは掟を知っているか? 特Eの親兄弟は、すべて抹殺だ。だから、おまえにも死んでもらう」
 その言葉が終わらないうちに、ボタンが押された。微かな光と、エドワードの断末魔の叫び声、そしてエマラインの悲鳴が同時にこだました。
 驚いたような顔のまま、エドワードは床に倒れ、動かなくなった。
「兄さん!! エドワード兄さん!!」
 エマラインは髪をふり、拘束から逃れようとするかのようにもがきながら、叫んでいた。そして傍らの男たちを振り返り、きっとにらんでいる。
「卑怯者! あなたたちは、最初から兄さんを殺すつもりでいたわね! わたしを捕まえるために、利用するだけ利用して……」
「本来この男は、三週間前に処刑予定だった。今まで生かしておいただけでも、ありがたく思うんだな」男の一人が嘲りの笑いを浮かべて答えていた。
「それに、ほとんど苦しむこともなく、ひと思いに死ねたわけだ。それが我々の温情だ。だが、おまえはそうはいかない」
 別の男がエマラインの肩を乱暴に引き起こし、無理やりに跪かせ、言葉を継いだ。
「それに、家の外にいるもう一人の奴もな。おい、そろそろドアを開けろ。わかっているだろうが、玄関の開閉ボタンじゃないぞ。リビングについている奴だ。ありがたいことに、そういう操作もできるようになったからな、今は」
「わかっているさ。俺はバカじゃないぜ」
 別の男が苦笑いしながら、リビングスペースの壁についている操作ボタンを押していた。そこから玄関ドアを開閉できるのだが、解放前は無効だった。でも今、RAYの制御下では動くようだ。

 突然、目の前の扉がすっと開いた。はっとしたように、アレイルは今現在の自分に立ち返った。同時にこの瞬間、彼はすべてを悟った。一瞬のうちに走馬灯のように、一連の映像が彼の脳裏を駆け抜け、はっきりとした知識とともに、計画の全貌を浮かび上がらせたのだ。
 この計画が仕組まれたのは、第三連邦を解放してから、二週間近くがたったころ。連邦主席プログラマー、ヴァーノン・スミソンズと第一連邦主席プログラマー、カートライト・クラークソン、それにPAXによって考え出され、隠密に第二連邦首長と主席プログラマー、そして一部の精鋭軍にのみ伝えられたものだ。アレイルの能力をかんがみると、見破られる可能性も高いが、見落しや能力が疲弊して減衰する可能性も少しではあるがあるというPAXの見通しの下、周到に練られた作戦。ここ第十二都市に七人の精鋭部隊を送り込み、隠密に活動させるというものだ。彼らはPAXの支援を受け、偽の住民IDを作って、三週間ほど前にこの都市にやってきた。彼らは自分の感情を表に出さないよう、脳波を検知するプログラムによって、訓練を受けた。エマラインの特殊能力がテレパシー系である可能性が高いと、処刑寸前から尋問室に再び引っ張ってきたエドワードの面接と、今までに記録されていたエマラインの映像から、PAXが導き出したからだった。
 この街に着くと、彼らは来るべき実行の日に供えて、準備を始めた。アレイルの家族のかつての居室に行き、死せる父と妹にさらに残酷な仕打ちをしたのも、その時だった。それまでは二人の遺体はそのままさらし者の意味で、ベッドに放置されていたのだ。それは、アレイルの精神に打撃を与え、感情をかき乱すことで細かい予知をさせないための方策だった。それからエマラインの家族の居室へ行き、家具類からコンピュータまで一切を撤去した。両隣の住人に、少々騒がしいこともあるが気にしないでくれと、高価なプレゼントとともに挨拶も済ませていた。
 第二連邦が解放された二日後、工作員は問い合わせのふりをして彼らの住処を突き止め、該当する区の配給センターに出向いて、そこに居合わせた専門学生数人に、調査に協力して欲しいと申し出た。彼らが見せたのはアレイルとエマラインの写真のみで、二人に用があって探しているので、見かけたら知らせて欲しいと頼んだのだ。それも周到に、ゲームのように話して、彼らを抱きこんだ。携帯用通信機を渡し、見つけたら知らせて欲しい、ただし暗号で、と言い含めた。先ほど配給センターで話していた若者こそ、そのうちの一人だったのだ。母親に品物を確認するように見せかけ、その中に暗号を隠していた。『テーブルクロス』とは、彼らが二人だけで来ている、という意味だったのだ。もし誰かが一緒ならば、『カップ』になった。二人でなければ作戦は発動しないので、同伴者が誰か総勢何人かなどということは、知らせる必要はなかったのだ。その他の事は、単なるカモフラージュに過ぎない。もちろん、その若者には自分が何に加担しているかなどという、意識はない。ただ成功すれば欲しい品物がもらえるという、ゲームのようなものなのだ。その若者には、すでに男たちの一人が褒章として、約束の品――新しい靴を贈っている。すべてが仕組まれていたのだ。あの手紙を書いたのは工作員の一人であり、スタイン氏はまったく関知していない。作戦開始の合図と同時にセンターに赴いた男たちの一人が、スタイン氏の使いと名乗り、配送センターの管理者に手紙を委託したのだった。
 遅い――今、知っても。何もかも。アレイルはその場で自分を手ひどく殴りつけたい衝動にかられた。もうすでにエマラインが敵の手に落ちてしまった今、その作戦の全貌を知っても、取り返しはつかない。力は戻ってきた。だが、遅すぎた。アレイルにはこれから先の未来を見る気力も、時間もなかった。扉は開かれ、その奥に愛する女性が、七人の残忍な男たちにとらわれの身になっている今、彼に出来ることは中に踏み込んで、救出を試みるしかなかったのだ。

 リビングルームの光景は、実際に目のあたりにしても、先ほど精神的な目で見た時と、ほとんど同じだった。エマラインは下着姿で不自然な形に拘束され、彼女の後ろと両脇に、三人の男がぴたりと張り付いている。残りの四人はその回りを取り巻くように立っていた。七人全員が、手にレーザーや熱戦銃を握っている。エマラインの左側に寄り添っている男は、手にした銃をぴたりと彼女の頭に押し付けていた。床にはエドワードが、目を見開いたまま横たわって死んでいる。
「そこで止まれ、二号! 動くな」男の一人が叫んだ。
「我々の命令が聞けなければ、この女を殺す」
「アレイル、逃げて!!」エマラインは蒼白な顔で、そう叫んでいた。
「逃げて。このことを、みんなに知らせて! わたしのことはいいから!」
「そんなことは……そんなことは、できない」
「だめ! 今なら逃げられる! どうせこの人たち、わたしのことは殺すつもりなのよ。わたしのことは構わないで、逃げて。そうすれば、みんなは助かる。リンツやシェリーやミルトやヘレナやジャック、みんなが。わたしがいなくても、先へ進んでいける。でも、あなたがいなければ、進んでいけない。だから、お願い……逃げて!!」
 その通りなのだろう。アレイルの理性的な部分では、エマラインの言葉を肯定していた。自分一人なら、この場から逃げ去ることは可能だ。確実に彼女は殺されるだろうが、他の仲間は救うことが出来る。ここで踏みとどまっても、エマラインを人質に取られている以上、彼女だけでなく自分も、なすすべもなく殺されるだろう。二人とも殺されてしまったら、後の五人は――危険があるなどと何も知らない五人は、あっという間にやられてしまう。敵の今後の作戦も巧妙に出来ていた。無防備な五人を葬り去る術を――。
 だが、それでも――理性の上ではこの場から逃げ去ることが最上の策だとわかってはいても、アレイルは動けなかった。彼の脳裏には、逃亡を決意した朝の光景が浮かんできていた。妹を連れては逃げられないから、彼女を切り捨てる道に進まされた、自分でも気づかないうちに。そして今、エマラインを切り捨てる道を進まなければならないのか――? それは絶対、耐えられそうにない。
「うるさい女だ!」
 男の一人が銃の台尻で、エマラインのこめかみを殴った。エマラインは短いうめき声を上げてよろめいたが、男たち三人に床に跪かされたような形で支えられているため、倒れることも出来ないようだ。打たれた部分は青く腫れ上がり、血がにじみ出ている。
「やめろ!!」アレイルは声を上げ、一歩前に踏み出した。
「動くなと言ったはずだ」
 男の一人が威嚇した。エマラインを取り巻く男たちは、いつでも彼女を殺せるように、ぴたりと銃を押し付けている。他の四人のうちの一人が、嘲るような薄ら笑いを浮かべ、二、三歩近寄ってきた。
「どうした。逃げないのか、二号? おまえはこの事態を予測できなかったのか?」
 アレイルは無言で、相手を見た。細い目にごつごつとした顔立ちのその男は、目と口元に言い知れぬ残忍さを漂わせていた。
 ドアはすでに閉まっていた。ここからドアまでは、約五メートル。撃ちかけられるであろう熱線やレーザーをかわしてドアまで走り、内側から“開”ボタンを押して、開いたドアの外へ走り出ることは、冷静に攻撃を予測しきれば、不可能ではなかった。だがその場合、エマラインを助けることは百パーセント出来ない。彼女は残酷な方法で殺されるだろう。でも自分がここに踏みとどまっても、エマラインを助けられる可能性など、あるのだろうか。わからない――その可能性は低いかもしれない。未来を探ってみる勇気は、今はもてなかった。アレイルは凍りついたようにその場に立ち尽くし、エマラインは絶望に曇った瞳で、見つめていた。
「もう少し中へ入って来い。そこの壁際まで」
 近寄ってきた男が軽くあごをしゃくり、そう言葉を継いだ。
「僕が従っても、彼女を助けてはくれないんだろう?」
 アレイルは相手を見、かすれた声でそう問いかけた。無駄なことだとはわかっていたが。
 男はふんと鼻で笑い、手にした銃で自分の肩をとんとんと叩いた。
「チャンスはやっても良いぜ。だが、おまえたちは世界連邦始まって以来の、最大の重罪人だ。特E能力者にして、国家転覆を企てる反逆者だ。ここまでに七つの連邦を転覆させ、それぞれの総長閣下を含め、多くの中央職員や精鋭軍兵士たち――我々の同僚たちを殺した。そのおまえたちを生かしておく理由は、俺たちにも、もちろん政府にとっても、これっぽっちもない」
「しかし、おまえが我々の指示に従わず、逃げるというのなら、この女におまえの分まで、その罪を償ってもらおうか。ゆっくり、苦痛を味わわせて殺してやるぞ」
 横にいるもう一人の男が残忍な笑みを浮かべ、付け加えている。
「やめろ!!」
「たとえば身体を少しずつ切り刻むのはどうだ? それとも身体に燃料をかけて、燃やしてみるとかだ。もちろん、生きたままで。存分に辱めながら、ゆっくりといたぶり殺すのもいいかもしれないな。だが、おまえが仲間を引き連れてここに戻ってくるまでには、ことがすむようにな。帰りのウォーカーの中で、じっくりこの女の処刑を見物するといい」
「やめろ!! やめてくれ!! そんなことは聞きたくない!」
「それなら、我々の指示に従って、向こうの壁際に移動しろ。両手は上にあげて」
 初めの男があごをしゃくり、命令する。どうやらこの男が全体のリーダーらしかった。
「そうすれば、そんな仕打ちは彼女にしないと約束してくれるのか?」
「そうだな。おまえが逆らわなければ、女の方は、もう少し楽に殺してやろう。この女の戒めを解いて、逃げるチャンスを与えてやる。我々はもちろん撃つが、十数えてからだ。その間にこの女が服を着て、運良くドアまでたどり着ければ、逃げられる。我々は家の外まで追いかける気はない。ことを荒立てずというのが、基本方針だからな」
「……本当なのか? エマラインがかりに生きて帰ったら、作戦の存在が他のみんなにもわかってしまう。それでもおまえたちは……」
 アレイルは言葉を止めた。そうなのだ。それは、すべて最初から練られた作戦。エマラインが万に一つの可能性を潜り抜けて仲間のもとへ帰還し、隠密部隊の存在をみなに知らせても、作戦遂行には少し回り道をするだけで、最終目的――七人の全員抹殺というゴールにはたどり着けるという、確証があるのだ。連中がこの場で本当に抹殺したいターゲットは、自分なのだ――アレイルの脳裏に、ジャックや政府の首席プログラマーたちが言っていたことが、よみがえってきた。リンツとミルトとアレイルは、政府側にとっては最悪のコンボだ、だがどこかの一角がなくなれば、機能しなくなる、と。これまでは行動の要であるリンツやミルトが、最先端のターゲットだったが、この隠密作戦では行動指針と状況把握、いわゆるアンテナであり指揮役の自分が最初の標的となったのだと。
『指揮官さえ倒せば、あとは烏合の衆だ――』
 この作戦を考えた二人の主席プログラマーは、そう言った。その言葉が、その表情とともに、アレイルの脳裏をかすめていった。思わず震えを感じた。
「おい、三号。おまえは人の心が読めるんだろう。それなら我々が嘘を言っているかどうか、見てみるといい。嘘なら嘘で構わん。そう言ってみろ」
 エマラインは相手を見上げ、何も言わなかった。男はその髪を再び乱暴に引っ張り、声を荒げた。
「言ってみろ! 我々は嘘を言っていないと証明しろ!」
「やめろ! 彼女に乱暴なことはするな!」
 アレイルは思わず声を上げ、そしてトーンを落として言葉を継いだ。
「わかってる。おまえの言うことが嘘なら、エマラインはそう言うだろう。何も言わないなら、おまえたちは本当のことを言っているんだ」
「よくわかっているじゃないか」男たちが嘲るように笑った。
「でも、アレイル……あなたは殺されるわ」エマラインはかすれた声を上げた。
「言うことを聞いたら、あなたは確実に殺される。でも、あなたはここで死んではいけないのよ、絶対に。みんなのことを考えて……お願いよ。逃げて」
「わかってるよ」アレイルは短く答え、言葉を継いだ。
「でも、君がひどい殺され方をするのがわかっていて逃げるなんて、絶対にできない」
「わたしはいい……わたしのことはいいのよ。どんな仕打ちを受けたって……」
「僕は耐えられないんだ!」
 アレイルは叩きつけるように声を上げると、男たちに目を移し、ゆっくりと両手を挙げて、部屋を横切り、壁際に歩き始めた。実際にこの後どうなるのか、力を働かせなくとも、自分の運命はわかる。他の六人の運命も。でももう一つの道を取ることは、どうしてもできなかった。
「アレイル、止めて!!」エマラインの声は、悲鳴に近くなっていた。
「うるさいぞ、女! 少し黙れ!」傍らの男が激しく小突いた。
「そうだな、あまりうるさいと、両隣の連中も変に思うかもしれないな。かといって気絶させるのも面白くない。口の中にクロスでも丸めて突っ込んで、その上からテープでふさいどけ。万が一舌でも噛まれたりしたら、台無しだしな」
 リーダー格の男がそう命令し、男たちの二人が、その通り実行した。エマラインは声に出しては何も言えなくなった。ただ悲しげなうめき声が漏れるだけだ。
 
「壁を背中にして立て。そのまま動くな」
 男はアレイルにそう命令した。言われたとおりにすると、男が二人やってきて、両手を広げさせ、手首にゴム製の枷を嵌めると、そのまま背後の壁に金具で留めつけた。
「その固定具は見た目よりは丈夫だぞ。おまえの力では引き抜けまい」
 男が嘲るように言う。たしかに重かった。自分の力では抜けないことを悟ると、アレイルは言いようのない無力感に襲われた。わかってはいたことだったが、もう逃げられないのだ。後戻りは出来ない。
「さてと、では処刑を始めるか。国家最大の七人の反逆者、その首謀者だからな、罪は重いぞ、二号。だが、その前に一つ聞きたい。どうして女を置いて逃げなかった? 世界連邦上層部の方々からこのプランを聞いた時、私はここの部分だけは、納得がいかなかったのだ。私は、おまえはきっと逃げるだろうと思った。最初の逃亡の際に、自分の家族を皆殺しにするような奴がだ。それもおまえと妹は仲が良かったのだろう。妹がおまえの部屋に来ようとした映像があるくらいだからな。その妹を冷酷に殺す奴が、仲間の女の一人を見殺しにせず、我々の言うことを聞くとは思わなかったんだが」
「ルーシアは、僕が殺したんじゃない」アレイルは首を振って答えた。
「手を下したのは父だ。間接的には、僕が殺してしまったようなものかもしれないけれど。父を殺したのは、たしかに僕だけれど……殺すつもりじゃなかった。はずみだったんだ」
「ほう、そうなのか。まあ、以前なら下手な言い訳だと思うだろうが、おまえは性格的には情に脆い可能性があるという、PAXのプロファイリングは、やはり正しかったわけだな。だから女を見捨てることが出来なかったというわけか。甘いな」
「エマラインは、僕の一番大事な人だ」
「自分自身よりもか?」
「そうだ」
「そして女の方も、自分は殺されても良いから、おまえに逃げろと言う。こいつも自分より、おまえのほうが大事らしいな」
 アレイルは何も答えず、エマラインを見た。声さえも封じられた彼女は、ただ首を振り、大きな目を見開いて、涙を流しながらじっと見つめている。
「何が、おまえたちをそうさせるんだ?」
 男の声は戸惑いと苛立ちが含まれているように響いた。
「それは、愛だろう。僕とエマラインだけでなく、ジャックとヘレナも愛し合っている。種類は違うけれど、リンツもシェリーもミルトもみんな含めて、僕たちは愛でつながって生きているように思うんだ」
「愛だと」男たちの顔は、言い知れぬ軽蔑でゆがんだ。
「くだらない。そして、おまえはその愛のために死ぬわけか」
 リーダー格の男は吐き捨てるように言った。
「僕は、まだ死ぬつもりはない」
 アレイルは激しく首を振った。こんなに絶望的な状況でも、なお彼にはこみ上げる一つの思いがあった。(僕は死ねない。エマラインも死なせたくない。もちろん他のみんなも――でも、どうすれば、そうできるのだろう――)と。
「そのざまで、どうやってだ? おまえには物理的な超能力はないだろう。そして、おまえには自分の死に様が見えるだろう。違うか?」
 男はあざけるような薄笑いを浮かべて、仲間から渡された包みを受け取った。その中には、別の銃が入っていた。レーザーや熱線銃より幅が広く、銃身は短い、重量のありそうな銃だった。男は自分の銃を仲間に手渡してから、それを手に取ると、二、三歩近寄ってきた。
「こいつは特別製だ。おまえたちに殺された総長閣下が連邦ビルを訪れた折に、世界総督閣下からじきじきに手渡されたものだ。これは、かの偉大なソーンフィールド総督閣下が、反逆都市ネオ・トーキョーの市長を処刑する時に、使った銃だ。その後、総督室のキャビネットの奥に、ずっとしまわれていたという。再び国家反逆者が現れたら、使うようにと。六百年近く待って、やっと出番が来たわけだ。光栄だろう? ネオ・トーキョーの市長はグレン・ローゼンスタイナーといった。おまえのご先祖か? いや、市長も弟も子孫はいなかったようだし、連邦も違うから、違うのだろうな」
 しかし、シェリーとミルトの家系のように、世界連邦が出来て分断される前には、どこかでつながっていた、同じ底流を持つ家系なのだろうと、アレイルは漠然とではあるが思っていた。そして継ぐ名前こそ違え、エマラインも、リンツもそうなのだろうと。ジャックとヘレナに関してはわからないが、みな同じ流れを持つ仲間なのかもしれない。
 かつてネオ・トーキョーの廃墟で見た、あの都市の市長が処刑される時の映像が、再び脳裏によみがえってきた。市長はコンクリートの柱に首と足首を鎖で縛られ、固定されていた。柱には横木があって、広げた両手をその先でまた、鎖で固定されていた。そう、ちょうど今の自分と同じような形だ。アレイルの場合、固定されているのは両手だけだが、この体勢ではよけられるのはせいぜい足に来る弾ぐらいだろう。しかし、それさえも自分には許されないのは、わかっていた。




BACK    NEXT    Index    Novel Top