Part 6 of the Sacred Mother's Ring − The Grand Design

第5章 自由を求めて (1)




 ヴァーノン・スミソンズは総督室に向かう自分の足取りが、日を追うごとに重くなっていくのを感じていた。最初に第八連邦とのリンクが切れたとPAXからの報告を受けた、その日から。その朝、さっそく総督室から呼び出しコールが届いた。
「どういうことだ?」と、ダンカン・ジョグスレン世界総督は問いただした。スミソンズは夜のうちにPAXから受けた報告を、簡潔に繰り返した。
「つまり、こちらがなんら手を考えないうちに、連中に出し抜かれたわけか」
 総督は大きなため息をつき、手を頭にやっていた。
「しかし、まだ一つだけです。これから、いくらでも取り返せます」
「本当なのだな?」
「はい。今回は連中に出し抜かれましたが、次は必ず阻止して見せます」
「頼んだぞ」
 総督は言った。その時にはまだ、不安げではあったが、怒ってはいなかった。
 しかし、それからわずか二日後に第五連邦とのリンクが切れ、その三日後には第四、さらにその翌日に第六。失われていく連邦が増えるに連れ、総督の機嫌は悪くなり、苛立ちと不安はエスカレートしていくようだった。そして昨夜、第六連邦とのリンクが切れてから三日ほどしかたっていないというのに、第三連邦のリンクが失われたとの報告がPAXから入った。まだ、就寝時間前だった。即座に、総督から呼び出しコールが来た。
「今すぐ来い!」怒号に近い声だった。
 もう就寝の支度をしていたスミソンズだったが、即座に制服に着替え、居室を出た。二三階の居住区から、四十階にある総督室へと向かう。総督室のドア前で立ち止まり、コールボタンを押すと、返答は返らないまま、ややあってドアが開いた。
 中に入ると、ジョグスレン総督は怒りに顔を紅潮させ、苦りきった表情で腕組みをして、机の前に立っていた。遠隔操作でドアを開けたらしいアンドロイドの秘書がその脇に、当たり前のことだが無表情で佇んでいる。
「閣下には、ご機嫌麗しく……」
 定例の挨拶をしかけたスミソンズを、ジョグスレン総督はじろりとにらんで、遮った。
「機嫌なんぞ、麗しくはないわ!」
「まことに、ごもっともでございます。本当に申し訳ありません」
「おまえの詫びや言い訳は聞き飽きた」
 総督は手をふり、部屋の向こう側を指差した。
「そこにおれ。もうすぐ他の連中も来る」
「他の、と申しますと?」
「おまえだけでは埒が明かぬから、ジョーンズとクラークソンにも来てもらうことにした」
「ジョーンズ総長と、クラークソン、ですか」
 スミソンズは小さく繰り返した。ハリガン・ジョーンズは第一連邦総長であり、カートライト・クラークソンは第一連邦の主席プログラマーである。
 第一連邦第一都市だけは他の都市と違い、中央にそびえるビルは二棟あった。一つは第一連邦中央ビル、もう一つは世界連邦の総合ビルだ。二つのビルは同じ大きさで、都市の中心点を挟む形で建てられていて、建物内に居住する職員たちからは、『ツインビル』と呼ばれていた。第一連邦ビルから来る二人は、同じ連邦総合ビル内から来ている自分より、少し遅れるのだろう。スミソンズは言われたとおり、一礼して部屋を回り込むと、壁側に行った。
 スミソンズもジョグスレン総督も、そしてこれから来るはずのジョーンズ総長もクラークソンも、第一連邦ビル内で生まれ育った、政府上級職の人間だった。その中でも特に優秀な人材が、コンピュータに選抜されて、上級官僚や、さらには総長、総督となる。その時に初めて普通の人と同じように、名前生成プログラムによって名前が与えられる。普通の人とは違い、姓は一つだけだが。他の一般上級職と比べ、権威も待遇も格段に上がるが、やはり生涯独身で、職務だけに一生を捧げて過ごすのだ。
 ヴァーノン・スミソンズとカートライト・クラークソンは、同じ年度の出生で、ともに四十歳になる。上級プログラマー育成カリキュラムの中に組み込まれた幼少の頃から、常に二人で成績の首位争いを繰り広げてきた。そして六年前、スミソンズは世界連邦主席プログラマーに、クラークソンは第一連邦主席プログラマーになったのである。その時に、二人は名前も得た。地位的には、第一連邦主席より、世界連邦全体のほうが上とみなされている。それゆえ、スミソンズは自分が今の地位についたことに対し、誇りと優越感を持っていた。そして同時にクラークソンが野心家であり、自分の地位をうらやみ、いつか取って代わる機会があればと狙っていることも、気づいていた。クラークソンにとって、これは絶好の機会になるかもしれない。スミソンズは唇をかみ、前方のドアを見据えた。

 時間にして、二、三分ほどの短い間をおいて、再びドアが開き、二体の秘書ロボットに付き添われた二人の男が深々と一例をした後、部屋に入ってきた。第一連邦総長、ハリガン・ジョーンズは暗い色合いの金髪に、淡い茶色の眼、彫りの深い赤ら顔の、背の高い男だ。クラークソンの髪は黒く、少し縮れていて、肌の色も少々浅黒い。背は決して高くはないが、低くもなく、顔の造作は大振りだが整っていて、決して見苦しくはない風采だ。クラークソンはちらりとスミソンズを見やり、ほんの微かな笑みを浮かべていた。
「大変なことになってきましたな、総督」ジョーンズ総長が口を開いた。
「ああ、まったくだ」ジョグスレン総督は苦りきった口調だった。
「この調子では、来週あたりには、ここまで来てしまうのではないですか?」
「そうなるのだろうな。しかし、我々には連中の手口が読めないのだ。失われた連邦とは何一つ連絡が出来ない。状況もわからない。それではさっぱり、どうしていいのやらだ」
「総督、総長、恐れながら……」
 スミソンズがおずおずと口を開きかけると、たちまち怒号が飛んできた。
「わかっておるわ! だが、話ぐらい、自由にさせろ! だいたいあの小僧だとて、四六時中ここを覗いておるわけでもあるまい!」 
「それはそうでございますが……」
「それに今、重要な作戦を話しているわけでもないだろう! 第一、貴様に秘密にしておくだけの有効な作戦など、立てられたのか?! いつもいつも出し抜かれおって!!」
「はっ、申し訳ございません!」
 スミソンズは頭を下げた。それを見て、またクラークソンがちらりと笑ったような気がして、我知らず顔が赤くなるのを感じた。
「奴らがこんなに早急にことを進めてくるとは、思わなかった」
 ジョグスレン総督は、うなるように言葉を継いだ。
「だれも、そこまで予測はしなかった。完全に失敗だ。だが、本当にこんなに早急にこられては、準備も出来ないだろう。いったい、どうしたらいいものか」
「おまえはどう思う、クラークソン」
 ジョーンズ総長が振り向いて、傍らの男を見やった。
「総督閣下からの資料は、三日前に渡したな。おまえはそれを見て、どう思う?」
「大変困難な問題でございますね、閣下」クラークソンが慇懃な口調で口を開いた。
「ただ私が気になるのは、リンクが切れた、すなわち、中央サーバーが破壊された五つの連邦の内部が、今どうなっているかということです。各連邦には、それぞれの総長閣下や、精鋭軍、上級職など、いわば我々の体制側の人間が大勢おります。治安維持軍や警察などは、コンピュータの体制が変わった場合、さほど抵抗なく新体制に移行すると思いますが、中枢はどうなのでしょう。彼らはそれだけの人数を、こんな短期間で一気に排除したのでしょうか。それとも、何らかの手段で掌握したか、コントロールしたか、したのでしょうか。それが非常に気になるところです。それがわかれば、もう少し対策も見えてくると思うのですが」
「三日前、第六連邦のリンクが切れた時、スミソンズも同じことを言っていたな」
 ジョグスレン総督は、壁際に立った世界連邦主席プログラマーを見た。そしてしばらく思案しているような表情で沈黙した後、再び口を開いた。
「スミソンズ。おまえにチャンスをやろう。だが、おまえ一人より、二人の方が有効な知恵も出るだろう。クラークソンもおまえに負けない切れ者だと、ジョーンズは言っている。今後は二人で作戦を考えろ。ただ、時間は少ない。さっさと考えて、成果を出して見せろ」
「はい」スミソンズは内心の不快を隠して敬礼し、
「光栄でございます、閣下」クラークソンは深々と一礼した。

 スミソンズとクラークソンは、ジョーンズ総長とともに総督室を辞した。そして中央エレベータ内で、クラークソンは総長に告げた。
「総長閣下。恐れ入りますが、私はスミソンズとともに、今後の作戦を考えたく、彼と少し話したいことがございます」
「そうか。それでは私は帰ろう。いい作戦を考えつくことを、期待しているよ」
 ジョーンズ総長は頷き、手を上げた。二人の主席プログラマーは深々と返礼し、総長と二体の秘書ロボットと別れて、三十階にあるスミソンズの仕事部屋に行った。
 もとよりスミソンズも、その夜悠長に眠っているつもりはなかった。ことは一刻を争うのだ。クラークソンとともに、というのがなんともやりきれなかったが、五回も続けてしてやられたのでは、いたし方があるまい。任務をおろされなかっただけ、ましというものだ。それにまだまだ、逆転のチャンスはあるのだ。自分の案が功を奏して、忌々しい反乱分子を一掃でき、失われた連邦を再び統制下に入れることが出来れば、再び自分の地位は安泰となる。その際には、これは自分の発案であり、クラークソンのものではないことを強調しておかねばならないが。そしてたぶん、クラークソンも同様に思い、成功した暁には自分が世界連邦主席プログラマーの地位につこうと狙っているだろうことも、わかっていた。
 二人はどちらも、余計な再会の挨拶などはしなかった。無駄な皮肉の応酬もしなかった。スミソンズは自分の執務室に入ると、予備の端末が置いてあるテーブルを示して「君はそちらの端末を使ってくれ」と言うと、椅子に座った。そしてセッションを開き、イヤレシーバーをつけ、キーを打った。
【まだるこしい方法だが、やはりこの方が安全だろう。特に今は作戦を考えているところだ。相手に知られると、まずい】
『そうだろうな』
 クラークソンの返答が、レシーバーから聞こえてきた。彼もまた同じ方法をとっているので、聞こえてくるのは相手の肉声ではなく、コンピュータの合成ボイスだが、本人の声を基に合成されているので、比較的自然な感じに響いてくる。お互い、三メートルと離れていないところに座っているので、姿は見えているのだが、二人ともスクリーンに映る相手の姿のみを見ていた。
【まず今までの状況と、相手七人のプロファイルを見直してみることにしよう】
『そうだな』
 画面に、特E第一号、こと、リンツ・バーネット・スタインバーグの逮捕失敗、逃亡から、第三連邦のリンクが失われた経過まで、詳細がPAXの音声システムを通して流れてくる。新しく被害にあった連邦が付け加わるほかは、スミソンズにとって何回となく再生した記録である。クラークソンにとっては、いつ総督から話がいったかにもよるが、せいぜい二、三回くらいしか聞いたことのないものであろうが。
『この三号の女は、特Eなのか?』
 一通り聞き終わったあと、クラークソンが聞いてきた。
『第三号、エマライン・ターナー・ローリングスに関しては、具体的に能力者であるという証拠は、何もつかんでいません。ただ、彼女は失踪当時、異端レベル四段階で監視中でした。そして、何らかの精神的能力を秘めている可能性もあると疑っていました。しかし、もう少し疑惑の精度を上げようと、データを収集している間に、失踪してしまったのです』
 PAXの合成ボイスが答えていた。
『三号が二号とともに出て行き、今も行動をともにしているという根拠は?』
『第三連邦で、四号と五号に逃げられた時、二号と三号がともにいて、彼らの脱出に手を貸したという目撃情報があります。四号の処刑に向かっていた第三連邦第五都市の治安維持軍の一人が、それを目撃しています。そのものは四号の攻撃を受け、壊滅した追跡部隊で唯一生き残ったものなのですが、その時の負傷が元で、それから一ヶ月と三日後に、死亡しております。しかし、証言は非常にはっきりしていました』
『そうか。それで、第五連邦の、特Eでない六号と七号は、彼らと行動をともにしているという証拠は、得ているのか?』
『はい。六号の居室に処刑に赴いた執行隊が、一号、二号とともに、二人が消えるのを見ています。ほんの一瞬なのですが、数人の目撃情報があります』
『この七人は、お互いに面識はあったのか? ああ、もちろん、四号と五号は姉弟だし、六号は七号との交際が元で転落したのだから、それは当然だが、それ以外は』
『事前に接触が確認されたのは、二号と三号のみです。彼らは同じ第二連邦第十二都市第三区に居住していまして、一度だけ配給センターで遭遇しています。監視カメラの映像がありますが、見てみますか?』
『ああ。見せてくれ』
 クラークソンはスクリーンに出てきた映像を見た。それは今年の三月、第二連邦第十二都市第三南配給センター五階のカメラで捕らえた映像で、第二号、アレイル・ローゼンスタイナーと、第三号、エマライン・ローリングスとの接触場面だった。
『これで見る限り、こいつらは初対面ではなかったような話し振りだな』
 クラークソンが感想を述べた。
【私もそう思った。二人は去年のクリスマス集会で会っていたようだ。だが、会話のチャンスはなかったと思える】スミソンズが口を挟んだ。
『しかし、この女の反応は妙だな。女が何かを落とし、二号にそれを渡されたところで一瞬動作が止まり、そして何かに非常に驚いたような感じを受ける。たぶんものは配給チケットなのだろうが、なぜそれで驚くのか。やはりなにかあるのではないのか?』
【この女も能力者なのだと、私も思う】
 スミソンズは頷き、キーを打ち続けた。【この映像だけでは、具体的なところはわからないが、少なくとも何か精神的な力だ。それも接触によって、何かが発動されたような感じを受ける。さらに第三連邦での追跡に加わった兵士が遺した証言に、もう一つ興味深いものがあった。二号と三号はそれぞれ四号と五号を連れて逃げていたが、二人は言葉を交わさずとも、お互いに進路がわかっていたようだと。こちらの進路をわかっているように、巧みについて逃げているようだったとも言っていた】
『二号と三号が、似たような能力の持ち主だということは、考えられないだろうか』
 クラークソンがそう問いかけた。
「そうだとすると、かなり厄介だな」スミソンズは思わず、声に出してうめいた。
『三号に関しては、もう少しデータが必要です』PAXが言った。
「データか……」クラークソンは言葉に出し、そして再びキーを打っていた。
『この女を知るものから証言を得られれば良いが、家族は処分済みだろうしな』
「エマライン・ローリングスの家族に関しては、まだ生き残りがいます。彼女はまだ特Eと特定されたわけではないので、最初、家族は監視していたのみでした。第三連邦で四号と五号を逃す手助けをしたことが確認されたのち、家族全員を監禁し、父親を処刑しました。その後、第八連邦とのリンクが切れた時点で反逆の罪で母親を処刑しています。兄エドワードは明日処刑される予定です」PAXの合成ボイスがそう答えた。
「待て、その男はまだ殺すな!」
 クラークソンは即座に声をあげていた。
【どうしようというのだ? 反逆者の家族を生かしておくのか?】
 スミソンズは怪訝そうに眉を上げてみせた。
『殺す前に、情報提供させるんだ。妹のことを、何でもいいから洗いざらい話せと。話せば助かるとでも言っておけば、何でも言うだろう。殺すのは、いつでもできる』
【それは、すでにやった。もうこれ以上、引き出す情報はないと判断したんだ】
 スミソンズは苦笑いを浮かべた。
『情報収集のために、おまえは三号の家族を生かしておいたのか?』
 クラークソンが問い返してきた。
【それもある。三号は特Eと認定するには、まだ証拠が足りなかった。あの時点では二号に拉致された可能性も、ないともいえない状態だった。だからひとまず、もう少し詳しく状況がわかるまで監視ということにして、処分を保留しておいたのだ】
『だが、四号と五号を助けた時点で、普通は全員処刑だろう』
【そうだろうが、全員処刑は反逆罪か、特殊能力が確認してからの方が良いだろうと、とりあえず見せしめに父親だけを処刑した。それに、三号の情報をもっと引き出したかったからだ。反逆罪が確定した後も、兄を極限まで脅して情報を少しでも引き出そうと思った】
『それで、めぼしい情報は引き出せたのか?』
【ある程度はな。ただ、決定的なものはなかった】
 スミソンズは苦笑した。そして再びスクリーンに眼を落とした。そこにはあの七人のデータが表示されている。相手に見られる可能性も無きにしも非ずだが、見られて困るようなことは、何も書いてはいなかった。
『三号の能力は未知数として、一と二と四のコンボは、かなり強力だな』
 クラークソンがそう言ってきた。
【ああ。だが逆にどこか一角が壊れれば、脆い】スミソンズは返した。
『おまえは崩すとしたら、どこから崩す?』
【普通に考えれば、一号か四号だろう。あの二人がいればこそ、我々にはなんとも手のうちようがない密室のコンピュータルームに飛び込んで、中央サーバーを破壊するなどという芸当が出来るのだ。四号は、しかし二歳半の赤ん坊だ。破壊力は驚異的だが、単体では非常に脆い。一号の移動能力は非常に厄介だが、いつかは隙ができる。その隙に飛びついてしまうか、捕獲銃を使えば、捕まえられる。PAXが一号の移動能力を分析した結果、非常に興味深い可能性として、一号は自分の身に触れるものを一緒に移動させてしまうらしい、と示唆してきた。それが選択的なものか、絶対的なものかはまだ未検証だが、もし絶対的なものであるならば、なおさら、捕獲は可能だろう。そしてビルの柱にでもつないでしまえば、その重量で逃げられなくなる公算が高い。そこを処刑すれば良い】
『そうだな。ただ、問題は、どうやってそこまでこぎつけるかだが。実際に、連中にのっとられた連邦では、どういうプロセスを通って、してやられたのだろう。サーバーを壊すこと自体は簡単だろうが、精鋭軍との戦闘は、避けて通れないはずだ』
【ああ。私は第八連邦のリンクが切られたあと、残った全連邦に、夜勤の兵士を増やすように指示した。そして待機している部隊もコールがあり次第、増援に向かうようにと。六号の戦闘能力を警戒して、ガードスーツの増産も指示し、あとの方の連邦では着用している兵士も多いはずだ。そうだ、さっきおまえが言ったとおりだ、クラークソン。私も不思議なのだ。中央ビルに配備されている精鋭軍全員と戦って、あいつらが勝ち残れる可能性は、PAXの予想でもせいぜい三パーセントだ。まともに戦っているとは、思えない。何らかの大量破壊兵器を用いているか、さもなくばマインドコントロールの類の可能性が高いのではないかと、私も思う】
『私もそう思った。たとえば中央ビルそのものを吹っ飛ばすとかだ。だが、四号の能力も、そこまでは高くないだろう。それにそれほどの力なら、逆に自分も吹っ飛ぶだろう。そして今は武器庫にも、それだけの大量破壊兵器はあるまい』
【仮定だが、もし三号の女にマインドコントロール系の力があれば……つじつまは合うな】
『証明は出来ないがな。それを裏付ける事実も、一つもないわけだろう』
 クラークソンはキーを打つのをやめて眼を上げ、デスクに座っているかつての同僚を見た。「ところで、コーヒーが欲しいな、スミソンズ。もう深夜だ」
「そうだな。持ってこさせよう」
 スミソンズはコールボタンを押し、アンドロイド・メイドに大きめのコーヒーポットとカップを二つ持ってこさせた。カップに注ぎ、一つをクラークソンに渡す。部屋に芳醇な香りが満ちた。
「しかし、我々がこうやってあれこれ苦心惨憺している姿を、奴に見られているとしたら、内心愉快ではないな」クラークソンはカップを手に、苦笑を浮かべた。
「まったくだ。しかし、我々のやり取りは見えてもいないし、聞こえていないはずだ」
「だが、おまえが総督閣下にどやしつけられている姿を見て、笑っているかも知れんぞ」
「くそ!」スミソンズは思わず悪態をついた。
『内部の状況がわかれば、いいんだが……』
 クラークソンはカップを置き、再び画面に向かっていた。
【もし連邦内の精鋭軍に、コンピュータのプロトコルに干渉されることのない、純粋な無線装置を持たせ、外部に通信させることが出来たら、一人でも生き残りがいれば、あるいは、可能かもしれない】スミソンズは提案した。
『コンピュータのプロトコルを介さない、純粋な無線はドームに跳ね返されるだろう。遮蔽塗料を塗ってしまったからな』
【では、新コンピュータにプロトコルを変えられることのない、PAXサーバーのみに動く通信機器の開発はどうだ? それを持たせておけばいい】
『開発にどれくらいかかる? コンピュータルームに穴を開けるのと同じくらいにかかるのではないのか?』
【いや、それほどはかからないだろう。PAXに予想してもらったところ、三週間ほどでできるそうだ】
『それまで連中が待ってくれるというのか? これまでずっと、最長でも三日しか間隔をあけずに来ているというのに』
【わかっている。だが一応開発は進めているところだ】
「役に立ってくれればいいがな」
 クラークソンはそう声に出して言い、ため息をついた。
 スミソンズも深くため息をつかずにはいられなかった。相手のスピードは早すぎ、何もかも未知数が多すぎる。阻止することなど、不可能とさえ思えた。

 第三連邦のリンクが切れてから十日後、第一連邦第一都市の世界総督室に、九人の男が集まっていた。世界連邦総督ダンカン・ジョグスレン、世界連邦主席プログラマー、ヴァーノン・スミソンズ、第一連邦総長ハリガン・ジョーンズ、主席プログラマー、カートライト・クラークソンの他に、まだPAXとのリンクが切られていない二つの連邦、第二と第七連邦の総長と、それぞれの主席プログラマーが来ていた。通常のスクリーン・セッションではなく、実際にここまで足を運んできた他連邦からの訪問者たちも含めた九人は、総督室の大きな楕円形のテーブルに座っていた。目の前にはイヤレシーバーと一台ずつ、PAXの端末が置いてある。
「諸君、わざわざここまでご足労だった」
 ジョグスレン総督が立ち上がり、回りを見回して口火を切った。
「とんでもございません、総督閣下」
 第二連邦、第七連邦の総長とそれぞれの主席プログラマーが、かしこまった返答を返す。
「世界連邦の危機でございますから、こうしてはせ参じるのは当然でございます」
 第二連邦総長ジェイ・ガーランドが、さらにそう付け加えた。
「さよう。世界連邦始まって以来の危機だ。だが、我々はなんとしても、しのがねばならん。たった七人の若造に世界をのっとられたとあっては、我らは永遠に歴史上の笑いものだ」ジョグスレン総督は苦々しげに言い、腰を下した。
「みなさまがた、ここからは大変申し訳ありませんが、声に出しての会話はお控えください。今後のことに関して、機密のご相談をいたしたいと思いますので」
 スミソンズが慇懃にそう申し出た。出席者たちは、いっせいにレシーバーを耳に装着した。これからの会話はボイスシステムのみで、入力はキーボードを使い、会話内容は表示もされず、外部にも聞こえない。
『それにしても、この十日間、連中は鳴りを潜めておるのだな』
 ジョグスレン総督が、ボイスシステムを通して、そう言ってきた。
『はい。珍しいことではございますが、それに関してはPAXが、興味ある分析をしております』スミソンズはクラークソンと軽く頷きあってから、返答した。
『興味ある分析とは?』
『彼らの特殊能力は、それを施行する術者本人にとって、肉体的精神的に、かなり負担のかかるものである可能性が高い。ことに物理系の力には、その傾向が強いのではないかと、PAXは言っております。今までの侵略で、一号、もしくは四号、さもなければその両方がかなり疲弊をきたし、休息している可能性が高いと。今までの戦闘パターンからして、可能であるならば、最後まで行くか、少なくとも行けるところまで行こうとするのが、普通です。時間を与えればそれだけ、こちらの装備を整えることも出来、彼らにとって不利になっていくはずです。そのことは二号も――奴が作戦全体を指揮していると仮定してですが、能力的にいっても、そうである可能性が非常に高いと、PAXも報告しています――当然わかっているでしょう。仲間を無駄に遊ばせておくとも思えません。今までの行動パターンからいっても、可能ならばすべての目的を果たしてから、ゆっくり休息すればいいことです。ことに、こちらにはほとんど状況がわかっていない状態なのですから、なおさら彼らにとって有利なはずです。でも、彼らはこれ以上侵略してこない。あえて裏をかき、時間を置いている可能性もありますが、しかし何か急いでは来れない要因があるのではないかという可能性の方が高いでしょう。そして一番疑わしいのは、物理的力を駆使する能力者の疲弊である、と判断しました』
『なるほど。だが、十日間もあれば、もう十分休息は出来ているのではないのか?』
 第一連邦のジョーンズ総長が、そう聞いてきた。
『可能性はあります。それゆえ、第二、第七、両連邦には、今まで以上に臨戦態勢に入ってもらいたいのです。どちらから先に来るのか、確率は五分五分と、PAXは報告しています。移動効率を考えれば、七から二、一と来た方が移動距離は短いですが、しかし同時に、連中が今いる第三連邦からの距離が近い方から来るのではないかという、予想もあります。ことに一号の能力が回復間もない場合は、その方が負担は少ないと思えるからです。ですから、どちらも警戒は怠らないでいただきたいのです。第一連邦は、必ず最後になるはずです。PAX本体を最後に壊さなければ、連中の侵略は完成せず、そしてそのPAX本体は、ここ世界連邦ビルにあるからです。第一連邦の中央サーバーを破壊し、そのままPAX本体を破壊するのが、彼らにとってもっとも効率の良いルートでしょうから、それをあえて裏をかく確率は、非常に低いでしょうということです。それゆえ、次の標的は第七か第二になるはずです』
『我々もそう思う』第二連邦のガーランド総長と、第七連邦のダドリー・ホーソン総長が緊張した面持ちで答え、傍らに控える二人の主席プログラマーも頷きあっている。
『両総長にお願いしたいのは、これまで以上に、夜勤の兵士を増員してもらいたいということです。そして、もし連中があと一週間休息してくれていたら、さらに策があります』
『策とは?』
『まず一つに、PAXサーバーのみで動き、代替コンピュータにプロトコルを変更されない通信機が、予想より早く仕上がってくれそうなのです。ただし今のところ量産している時間はないので、二台だけですが、一週間後には制作されるはずです。それを各連邦に一台ずつお届けしますから、精鋭軍のえり抜き一人にそれを持たせ、できれば市庁舎ビルから少し離れたところで、待機させて欲しいのです。こちらからは、都市の外に何台か飛行艇を待機させます。その通信機は、通信距離が短いので、そのままではここまで届かないからです。そして状況を、こちらに知らせてください。不幸にして中央サーバーがやられた場合でも、いったいどのようにしてやられたのか、状況を送ってください。その後、可能ならこちらからも指示を送りますから、もし街中で彼らを見かけたら、チャンスを見て、彼らに近づいて殺してください。優先順位は、まず一号、もしくは四号、次に二号。後はランダムで構いませんが、六号だけは正面切って殺そうとすると、やられる確率が高いですので、無理はしないでください。庁舎内での戦闘でも、基本的にこの優先順位でお願いします』
『わかった』二人の総長は、相変わらず緊張を隠せない面持ちで頷いている。
『それともう一つ、一万度を出せるバーナーも、一週間後には完成する予定です。それで、地下五階にあるコンピュータルームの壁に、穴を開けてください。直径二センチ程度の穴だけで結構です。出入り口を作ろうとすると、はるかに膨大な時間がかかりますし、こちらとしてもコンピュータルームでの戦闘は、極力避けたいのです。巻き添えで、誤って破壊される危険性がありますから。穴が開いたら、そこから何でもいいですから致死性のガスを、内部に注入してください。そしてその後、その穴を塞いでください。ただし厳重にではなく、外部に漏れない程度に、軽くでかまいません』
『わかった』総長たちは、軽い驚きの色を浮かべながら、頷いている。
『そして、地下五階の守りを固めてください。常時五十人くらいは、交代で当たれるように。ガードスーツも、地下五階の守備要員にすべてまわしてください』
『わかった。だが、連中が毒ガスの充満するコンピュータルームに飛び込んだら、その時点で死ぬのではないかね?』第七連邦のホーソン総長が尋ねた。
『そうです。それが理想です。しかし、たぶん二号はそれを予測するでしょう。ですから、そのままでは飛び込まない公算が高いと思います。では、彼らはどうするか? 七号は化学知識も豊富ですから、彼女に中和剤を作らせる可能性はあります。リンクが切れた五つの連邦内にも、ここ同様に、危険物工場などに防毒マスクがあると思います。それらを装着し、コンピュータルームに飛び込んで中和剤をまく。もしくは廊下側から塞いだ穴の外壁をはがし、そこから中和剤を注入する。穴は軽く塞ぐだけで良いといった狙いは、ここにあります。防毒マスクは、子供用はないでしょう。一号や五号はまだなんとかサイズをあわせることは可能でも、四号には無理です。なので、四号を五号とともにどこかに待機させておいて残りのメンバーで直接部屋に飛び込み、中和剤をまくか、全員で外に待機している兵を一掃してから、中和剤を外から注入するか、どちらかの手を使ってくると思います。それゆえ、待機している兵は多い方が良いのです。出来れば精鋭軍全員を地下五階に待機させても良いくらいですが、裏をかかれる危険を考えると、そこまで思い切った手は打てません。これが、私どもの考える、今のところの最善策です』
『なるほど……これなら、連中もちょっとやそっとでは勝てまい』
 第二連邦のガーランド総長が、低いうなり声を上げて頷いた。
『だが、連中はあと一週間も、待ってくれるのか?』
 ジョグスレン総督が、少し焦れたような表情を浮かべ、そう聞いてくる。
『確率は五分五分です。それまでに一号や四号が回復しているかどうかは、実例がないだけに確実な予測は困難です。しかし最悪の場合でも、連中が第一連邦に来るまでには、間に合います』
『我々は、踏み台なのですな』ホーソン総長は、苦笑いを浮かべていた。そして続ける。
『しかし、踏み台がいやだなどと不埒なことは、申しますまい。世界連邦のためです。そのためには、我々は喜んで踏み台になりましょう』
『私どもにも、異存はありません』ガーランド総長も頷いている。
『しかし対策が間に合わない場合でも、今から地下五階の守りだけは、固めておいてください。武器も熱戦銃とレーザーだけでなく、火炎放射器や小型爆弾なども用意し、補助手段として催涙ガスや麻酔弾なども使うと良いでしょう。総勢五十人で、それだけの装備があれば、かなりの勝率があると思います。警戒すべきは四号の破壊力ですが、所詮二歳児です。四号が出てきた場合、あらゆる手段を使って気をそらせ、狙い打つことです。そして一号は、移動係という性質上、どの場所にも一度は必ず出てくるはずです。見かけたら必ず狙い打つよう。五号の防御力も侮れませんが、発動する前にターゲットを狙い打つことです。敵はどこからともなく出現します。不意打ちに供えてすばやく反応できるよう、日ごろの訓練も強化しておいてください。これは、第一連邦においても、同じです』
『わかりました』三人の総長は、頷いている。
『しかし、こうしている間にも、我が連邦が攻め込まれているのではないかと、少々やきもきしますな』ホーソン総長は再び苦笑を浮かべた。
『みなさんをここに招集したのは、万が一に供えての意味もあるのです』
 スミソンズはそう付け加えた。
『というと?』と、ガーランド総長が問い返してくる。
『万が一、今第二、もしくは第七連邦のリンクが切れたとしても、みなさんはここに残っておられる。一緒についてこられた護衛の精鋭軍も含めて、全滅は免れるわけです。敵の手に落ちた五つの連邦内部がどうなっているかはわかりませんが、いまだに何の動きも観測されないところを見ると、中心幹部や精鋭軍は監禁、もしくは全滅しているのではないかという予測を、PAXはしています。しかしみなさんは最悪の場合でもここに残って、我々に手を貸してもらえるではありませんか』
『なるほど』二人は再び、頷いていた。
『だが、帰ったとたんに狙い打たれたりはしないのだろうかね?』
 ホーソン総長は、再び苦笑を浮かべて聞いてきた。
『その可能性は十分にありますね。いかにも二号のやりそうな手口です。我々の忠告として、みなさんがお帰りになる時間帯の警備を強化することと、そして、お二人には護衛の精鋭軍も含めて、市庁舎ではなく、どこか周辺地域に一時的に居住されることをお勧めします。状況を総合すると、市庁舎は破壊されているのではないかという可能性が、PAXの予測では非常に高いのです。守りを固める精鋭軍はいたしかたないですが、十数人ほどは、通信機が完成したら、通信係の部隊も含めて、できるだけ市庁舎ではなく、周辺地域に居住願います』
『そうだな。しかし、相手は我々の居所も知るのだろうな』
 ホーソン総長は不安げな表情を隠せないようだった。
『そうでしょうね。そして遅かれ早かれ、殺しにやってくるでしょう。そのためにも、護衛はできるだけ多いほうが良いですね』
『そうだな』第二と第七連邦の総長たちは、顔を見合わせて頷いている。
『それではみなさん、今夜はここの宿泊室にお泊りいただいて、ホーソン総長閣下は明日お帰りになってください。ガーランド総長閣下は申し訳ありませんが、もう一泊願います。第二連邦に関しては、実は内密の別作戦を考えました。それをご相談いたしたいのです。両閣下とも、市庁舎地下の守りに関しましては、ぜひ今日中にご指示をお出しください』
「わかった」二人は声に出して、頷いた。
「頼んだぞ」
 ジョグスレン総督が立ち上がり、そう言葉に出して言うと、大きくため息をついた。
「どこかで終わりにしたいものだ。一刻も早く……」
「総督閣下の御んために、世界連邦のために、全力を尽くします」
 第一連邦のジョーンズ総長も含め、三人の総長はそれぞれの主席プログラマーとともに深々と一礼した。




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