Part 6 of the Sacred Mother's Ring − The Grand Design

第4章 戦いの始まり (5)




 彼の精神的な眼は、別の風景を見ていた。広そうな自宅の書斎で、端末の前に座る五十代初めくらいの男性――半白の髪に、少し鷲鼻で、口元にはしわが刻まれているその男は、第八連邦第一都市治安維持軍の最高司令官、ドミトリー・サンダース将軍だ。彼の眼は、端末のスクリーンを見ていた。そこには『暫定新総長』テイパー・マクニコル・トラバースと名乗る、あの男の映像が映っている。
「出来るだけ早急に、市庁舎の復旧を」と、暫定総長は言っていた。
「はい。出来るだけ急がせます」
 サンダース将軍は、かしこまった様子で答えていた。
「瓦礫は砕いて、リサイクル工場へ持って行くといい。そして新市庁舎の建設材料にするんだ」
「はい」
「死者の処理は、今のところ従来通りで良い。ただ中央庁舎地下の処理場は使えないから、生産区にある第二処理場を使ってくれ。今後は少し変えていくつもりだが」
「はい、かしこまりました」
「放送局は新庁舎が出来るまで、市庁舎ビルの隣の、管理センタービルに仮設した方が良いだろう」
「恐れながら、スペースがありませんが」
「なんとかして作りなさい。都市管理官と相談して。ワンフロアのスペースをあけるくらい、なんとかなるだろう」
「はい。かしこまりました。もうしわけありません」
「頼むぞ。精鋭軍や上級職を失った今、君が頼りなのだから」
「はい。精一杯がんばります」
 サンダース将軍は背筋を伸ばして目礼し、問いかけた。
「新暫定総長殿は、今どちらにいらっしゃるのですか? ご警備に当たらせますので」
「私は今、わけあって第一連邦にいるのだ」暫定総長は答えていた。
「第一連邦、ですか?」将軍は驚いたようだ。
「三ヶ月したら戻る。その時に、君にも会えるだろう。ところで、君に折り入って内密に相談したいことがある。そのために私は今、第一連邦にいるのだが」
「はい。なんでしょう」
「実は今、大きな陰謀が進行しているというのだ」
「ええ! なんですと!」将軍は目をむき出した。
「わが連邦の市庁舎が爆発したのも、それに関係しているらしい」
「なんと……それは……本当ですか?」
「ああ。だが、内密に頼む」
「……わかりました。しかるにその陰謀とは……?」
「今、それを詳しく調べ、裏付けを取っている途中だ。結果がわかるまで、君には詳しいことは言えない。ただ、これだけは言っておこう。彼らは架空の政治犯や超能力者を作り、その連中が逃亡しているなどと言って、精鋭軍や治安維持軍、警察などの戦力をすべてそこに注ごうとしている。それはなぜかわかるか? おとりだ。それこそが、実際の陰謀から眼を背けさせ、まったく別のものに注意を向けさせるために、でっち上げられたものなのだ」
「なんと……しかし、わが第八連邦の手配者などは、追っ手の前から本当に煙のように消えうせたのですが……」
「それが何だというのだ。新手の手品かもしれん。それが陰謀を仕掛けたものが仕組んだ壮大な芝居なのだと、誰にわかる。いいか、これ以上『特E手配者』などに、かかわるな。そんなものが本当に実在したとて、実際何の害になるというのだ。放っておけ。それでなくとも、こんどの件で我々は精鋭軍を失った。これ以上貴重な軍の勢力を、敵の陽動戦と知りながら、余計なものにとらわれたくない」
「しかし……それでは、暫定総長、手配したのは、世界総督、ダンカン・ジョグスレン閣下なのですが、まさか閣下まで陰謀にかかわっていると……」
「世界総督閣下は、何もご存じないだろう。しかしPAXはもう見抜いている。疑うならば、問い合わせてみればいい。『特E手配者の手配を解いてよいか』と。たぶん『そうすべきだ』と出るはずだ。そうしたら、その通りにしてくれ。あまり詳しい説明をすることが、今はできないが、そうする必要があるのだ。そんなことより、一刻も早く市庁舎を復旧する方が肝心だ」
「かしこまりました。仰るとおりにいたします」将軍は深々と一礼した。
「ところで新総長閣下、非常に困ったことに地下部はシャッターで閉鎖されたまま、入ることが出来ないようですが、いかがいたしましょう。あそこには軍の武器庫も、コンピュータルームもあるのです。しかしあのシャッターを切れるようなカッターも、悪いことに武器庫に入ったままなのです。それに、データベースを更新できる端末も地下にしかありません」
「ああ。建物が爆発した時、地下に害が及ばないよう、防災シャッターが閉じてしまったのだろう。致し方ない。三ヵ月後、私が戻る時にシャッターを開けられる特別な鍵を、一緒にもって行こう。私はあと三ヶ月、どうしても戻ることが出来ない。それまでは君とも、こうしてスクリーンを通じてしか話が出来ないが、私がこれから指定するアドレスに通信してくれれば、必要な指示はその都度出そう」
「はい。承知いたしました」
「コンピュータのデータベース更新は、緊急措置として、管理センタービル内の二一階にあるオペレーション室の端末から更新できるようにした。これから言うパスワードを打ち込めば、できるようになるはずだ」
「そうですか。ありがとうございます」
「それでは、一刻も早い市庁舎の復旧を頼む。しかし、くれぐれも焦って過重労働はさせないように。通常勤務の範囲内で行うように。私が不在の間、君が暫定司令だ。頼んだぞ」
「はい、かしこまりました。新総長閣下のご信頼は、決して裏切りません」
 将軍はスクリーンの前に立ち、敬礼をした。スクリーン上の人物はふっと微笑み、消えた。将軍はしばらく不動の姿勢で立っていたが、再び端末の前に座り、問い合わせを打ち込んだ。【PAX。特E手配者の手配を解いても良いか】と。つなぐ先がPAXではなく、RAYの子サーバーになっていることは、むろん将軍は知らない。すぐに答えが返ってきた。【解いて結構です。むしろ推奨します】と。
「よし。やっぱりそうだったのか」
 将軍は頷くと、各治安維持軍と警察の司令官に、次々と指示を出し始めた。市庁舎の復旧を第一に。瓦礫はリサイクルし、死者は通常通り処理し、暫定放送局を作り、跡地を整地して、新たに市庁舎を建てよ、と。同時に、データベースの更新は管理センター内二一階にあるオペレーティングルームの端末から行えることとそのパスワードを教え、さらに現在逃亡中の特E容疑者グループへの追跡命令を撤回した。故あって、彼らを追いかける必要はないとわかった。放っておくように、と。他都市へは、追跡命令の撤回のみを伝えた。市庁舎の復旧や第一都市のデータベース更新は、他都市には関係のないことだからだ。しかし暫定新総長の命令で、陰謀の一端である可能性もあり、しかもPAXに推奨されたことであるからには、追跡命令の撤回は徹底しなければならない、と。

 サンダース将軍は、自分が会話している相手が実はコンピュータなのだとは、たとえば第一連邦の主席プログラマーの男がPAXと会話するのと、同じようなものなのだとは、決して気づいていないだろう。アレイルは架空の総長相手に敬礼する将軍の姿にどことなく滑稽さに似た思いを感じながら、仲間たちを振り返った。
「大丈夫。ここではもう、僕らは自由だ。夕方、配給センターに行こう」
「おお、とうとう自由か!」リンツが両手を上げた。
「まあ、ここだけの話だけれどな。これからまだまだ、忙しそうだし」
 ジャックが指を振り、釘を刺す。
「わかってるよ。でも、つかの間の自由を楽しんだって、いいだろ?」
「まあ、それには反対しないな」
 ジャックはヘレナと顔を見合わせ、微笑した。
「また配給センターに、堂々と行ける時が来たのね」エマラインはにっこり笑った。
「でも、安心したら、なんだか眠くなってしまったわ」
「僕らの時間では、今は夜中の四時くらいだからね。少し寝ようか」アレイルが提案する。
「おれ、眠くないや。さっき寝たからな」
「あたしも」
 リンツとシェリーは同時に言った。ミルトも目覚め、さっそく新しい家を探検し始めている。
「あんたら今まで起きてたんなら、寝なよ。おれら、ここでミルト坊主と遊んでるからさ」
 リンツの提案を感謝して受けると、年長の四人は別々の寝室へ引き取り、二時間ほど仮眠した。あまり深く眠ってしまうと、今度は夜眠れなくなる恐れがあるからだ。
 
 夕方、眠い目をこすって起きた四人は、配給センターへ行った。新しいRAYのシステムでは、彼らは『解放者』として認識され、かなりの金額が支給されたので、配給のパンとミルクだけでなく、新しい洋服や寝具、食器などを買うことができたのだ。そして買いこんだ多くの荷物を手分けして持ちながら、新たな我が家へ帰る途中、四人は一日の作業を終えて家に帰る治安維持軍の一団と会った。そのうちの二人ほどが彼らに目を止めたが、ほんの一瞬だけで、通り過ぎていく。
(どこかで見た奴らだな。ああ……例の手配者か。でも、もう捕まえても得にはならないし、どうでもいいな。こっちはくたびれているんだ)
(うん? 今の奴らは……? ああ、思い出した。逃亡中の特E容疑者って奴か。おっと、追跡撤回命令が出たんだった。放っておけ。俺には関係ないことだ)
 エマラインは二人の、そんな思考を聞いた。アレイルも二人の未来時間軸をその場で追ってみて、自分たちのことはすぐに忘れ去ることを確認したようだ。二人は心の中で安堵のため息をつき、ジャックとヘレナに頷いてみせた。彼らもまた、了解したようだった。住民登録をした時に新たにIDをもらい、新しいIDカードやチップも発行されたので、オートレーンも使えたし、ストリートウォーカーにも乗ることが出来た。家に着くと、持ってきた荷物をリビングのソファやテーブルに広げた。パン、ミルク、七人分の食器、寝具、洋服。彼らは新しい食器で、もらってきたばかりのパンとミルク、そして配給されてきたシチューで食事を取った。
「これ食うの久しぶりだけど、味はそんなに変わんねえな」
 リンツがシチューを食べながら、そんな感想を漏らしていた。
「明日から、少しずつ変わっていくよ、きっと」
 アレイルは少し肩をすくめて、答えた。
 七人はシャワーを浴び、就寝着に着替え、ベッドに新しい寝具を広げた。そして眠りについた。就寝時間は相変わらず二三時だったが、ライトの消灯点灯が手動でできるようになったので、子供たちが眠っている部屋の照明は、二一時に落とした。木々を渡る風の音が聞こえないのが少し寂しかったが、みな疲れていたのか、すぐに眠りに落ちた。なによりも、この場所は安全だという意識が、一番の睡眠剤だったようだ。


 真夜中、突然に響いたアラーム音で、ヴァーノン・スミソンズは浅い眠りから飛び起きた。その三日前、世界連邦総長ダンカン・ジョグスレンに呼び出され、驚くべき、そして恐るべき将来の可能性について、聞かされたばかりだった。それに対し、彼は三日のうちに対案を考えると答えた。それから見られる限りPAXの資料を当たり、夜遅くまで、頭に浮かぶ様々な案を検討しては、PAXにかけて、成功の見通しを聞いたりしていた。しかし考えた案はどれも、PAXによって、【効果がないか、阻止する有効な手立てとは考えにくい】という判定をされたものばかりだった。
 何より厄介な点は、PAXの詳しいデータを当たってみた結果、八つの連邦の中央サーバーはどれも、想像以上に硬い壁に囲まれた完全密室にあるという点だった。地下二階のコンピュータルームにあるのは、データベースと中継サーバーだけで、本体は地下五階だということは、スミソンズも知っていたが、そこがそれほど強固だというのは知らなかった。その部屋に出入り口を作るのは、一から技術開発をしなければならず、壁に穴を開けるだけでも、二ヵ月半から三ヶ月はかかるだろうと、PAXは予測していた。人が通れるくらいの出入り口となると、四、五ヶ月かかる。入れないものは、防御しようがない。それを知った時には、袋小路に入ったような気分だった。スミソンズはその夜も、イヤレシーバーをつけ、キーを打った。打ち込まれた言葉はスクリーンには表示されず、ただ合成音声として、レシーバーから聞こえてくる。
【各連邦の中央サーバーが壊されたら、どうなるのか?】
『バックアップコンピュータの中央サーバーが動き出します』
 レシーバーを通じて、PAXの返答が聞こえた。
【バックアップコンピュータの中央サーバーはどこにあるのか?】
『現在私のネットワークに属する中央サーバーがあるコンピュータルームの地下、約五十メートルの所に作られた密室にあります』
【壊すことは可能か?】
『不可能でしょう。サーバーが納められている密室の壁を壊すのは、コンピュータルームの壁に穴を開ける以上に困難です。しかも、深地下にあるのですから。外側から爆弾などを使ったとしても、アグノイトとハードグラファイトの外壁で守られていますから、内部まで損害を与えることは出来ません』
【それではせめて、配線を切ることは可能か?】
『ファイバーケーブルは同じくアグノイトとハードグラファイトの側柱の中を通っていますので、切断は不可能です。それに私の子サーバーを壊さない限りは、その配線に触れることも出来ません』
「くそ!」
 スミソンズは思わず口に出して、悪態をついた。アグノイトは、ここ数百年製作されたことはないが、世界連邦初期までは、よく使われていた素材であった。現存する都市のドームも、アグノイト製である。本来は透明だったものを、遮光フィルムと塗料を使って、光を通さない現在のものに変えたのだ。アグノイトは、硬度はダイアモンドと同じ、つまり地球上でもっとも硬く、それゆえ切断や加工が必要ないように、鋳型に流して作るというのが一般的だった。都市部を覆うドームは、世界の何カ所で、都市外の広い土地に工場を作り、巨大な鋳型を建設して、八カ所に仕切りを立て、その上から一万度の熱を加えられ流動状になった原料を流して、冷やし固めて作られていた。透明な半球を八等分したものが出来上がるが、その接続部のバリを同じアグノイト製の研磨機で滑らかにし、十六台の輸送機で吊り下げて都市まで運び、かぶせたあと、接続部を強化プラスティックで覆う。ドームを開く時には、まずその接続部のプラスティックを先に壁の中に回収し、ついでドーム自体も壁の中に収容できるような構造だ。そうして都市のドームははるか昔に、作られてきたのだ。それほどに強固な樹脂が、しかもハードグラファイトと層をなしているという。ハードグラファイトはアグノイトの黒樹脂版とも言うべきもので、しかも熱を通さないので、溶かすこともできない。この樹脂は加工初期段階で材料を混ぜ合わせ、鋳型に入れて固まると、ハードグラファイトとなる。それ以上の加工はしようがなく、リサイクルに困るので、世界連邦初期でさえ、重要配線の防護以外は、ほとんど使われていない代物だった。アグノイトやハードグラファイトの製作工場自体、六百年ほど前に閉鎖され、機械も動かなくなっていた。
 バックアップサーバーが事実上破壊不可能ならば、現在のPAXサーバーを壊されないようにする他はないのだが、そのサーバーは密室にあり、こちらは少なくとも二ヵ月半から三ヶ月先まで出入りできないというのに、相手は密室などお構いなしに入ってきて、破壊していくだろう。
【バックアップサーバーに制御権が移った場合、その連邦はどうなるのか?】
『わかりません。私のデータには、ありませんので。私にわかることは、ただその連邦の中央サーバーとのリンクが失われたことだけでしょう』それがPAXの答えだった。

 そんなやり取りのあと、スミソンズは就寝時間ぎりぎりまで考え続け、しかしこれといって有効な対策は何一つ思いつけず、明日の朝総督に得られた限りの情報を話し、さらにあと三日間期限を延長してもらうように説き伏せるには、どうしたら良いだろうかと考えながら、落ち着かない眠りに着いたのだった。その眠りも、まもなく破られた。
 スミソンズはアラーム音の鳴り響く端末に近寄り、レシーバーをつけ、キーを叩いた。
『第八号中央サーバーとのリンクが失われました』
 PAXはそう報告した。その声は、何も感情を反映してはいない。
「なんだと!」
 スミソンズは思わず声を上げ、そして壁に埋め込まれた時計を見やった。二時十九分。なるほど、夜襲というわけか。しかし、まさかこんなに早く来るとは。第八号サーバーというと、第八連邦か。
 彼は気を落ち着けようと精一杯努めながら、震える指でキーを叩いた。
【第八連邦の現在の状況はどうなっている?】
『わかりません。リンクが失われましたので、何の情報も入ってきません。私の方からはプログラムを送り、応答を促しましたが、何も返ってきません。着信信号すら返ってこないので、システムダウン、もしくはサーバーダウンと考えられます』
「サーバーダウンだと?」
 スミソンズは再び声を上げた。そして首を振り、再びなんとか気を落ち着かせようと努めながら、キーを叩く。
【しかし世界連邦が始まってから、サーバーダウンなど聞いたことがない。中央サーバー自体、トリプルCPU、トリプルシステムのはずだ。そうめったなことではダウンしない】
『そうです。きわめて異例のことです。私が管轄してきた、ここ六百年間でも、一度もなかったことです。第八号サーバーが破壊された確率はきわめて高いですが、単なるサーバーダウンである可能性も、確率は非常に低いとはいえ、ゼロではありません。信号を送り続けてみることにします』
【ああ、そうしてくれ。だが、そうなると、今第八連邦の状況というのを知る手立てはないのか?】
『通信が回復しなければ、直接現地まで行くしかないと思いますが、ドームの入り口が閉まっている確率が高く、中へ入れる可能性は低いと思います』
【外から、無線通信は出来ないか? 残っている連中に、ドームを開けさせるのだ】
『無線通信は可能ですが、もしも第八号サーバーが壊され、バックアップサーバーに制御権が移っていたならば、通じない可能性も高いです』
【なぜだ?】
『無線通信機は、通信端末と一緒にセットされています。その時に通信端末を制御するシステムが別のものならば、そのシステムにあった周波数に変えるプログラムを送って、プロトコルを変化させてしまう可能性があるからです』
【その可能性はどのくらいだ?】
『私はRAYのプログラムに関しては、関知していませんので、わかりません』
【元は同じプログラムではなかったのか?】
『今は別々です。そして私とRAYとは、いかなるリンクもありません』
「むう」
 スミソンズは額に手を当て、うめいた。そしてしばらく沈黙。再び彼はキーを打った。
【だが、まだRAYとやらは動いていないのだろう】
『はい。私が壊れなければ、RAY本体が動き出すことはないはずです』
【では、バックアップサーバーは、今はおまえの指揮下ではないが、もうひとつのほうの指揮下でもないというわけだな?】
『はい。ただバックアップサーバーのプログラムはRAYのシステムを反映して動いているはずです』
【だが、そのサーバーをおまえとリンクするのは、不可能ではないはずだな?】
『はい。接続を私の方につないでくれれば、私の指揮下に入れることは出来ます』
「それでは、まだ完全にやられたわけではないということか。それが救いだな」
 スミソンズは声に出して言い、大きく息をついた。
『この後の指示をお願いします』PAXはそう言ってきた。
【とりあえず第八号サーバーに信号を送り続けてくれ。そのほかは今までどおりで良い。今のところは。それからのことは、明日考えよう】
 明日……いや、今日か、総督閣下に報告しなければならないな。きっとひどい不興をこうむるだろう――スミソンズはこみ上げてくる怒りを感じながら、スクリーンをにらんだ。そこには何も映っていない。してやられた――しかし、戦いはまだ始まったばかりだ。逆転のチャンスは十分にあるはずだ。


 第八連邦に落ち着いた翌日の夜、七人は海を越え、ジャックとヘレナの故郷、第五連邦に進撃した。時間は三時四五分。眠っているところを起こされたミルトは不機嫌だったが、その鬱憤をぶつけるように中央サーバーを壊すと、再び枕を抱えて眠ってしまった。そして三十秒後に、中央庁舎は爆発した。エマラインは隣の制御ルームから、パスワードを入力して解放プログラムを起動した。ここでのパスワードは――もし暗黒の時代がやってきても、というものだった。これはなにかの文章の一部だろうか、エマラインはふとそんな疑問を感じた。そして第一フェーズ有効期間延長のパスワードが、【In the Name of Faith】。第八ではHopeだった。そして期間を九十日に設定する。
 ジャックとアレイルは外に出て、地下部分に残っていた八人の精鋭軍兵士と三人のプログラマーを殺した。その後、第八連邦とまったく同じことが起こった。まったく同じ『暫定新総長』が現れ、同じ指示が出された。そして第五連邦でも、彼らは自由の身になった。

 その後、第四、第六も、計画の進行を妨げるような事態は何も起こらなかった。夜中に起こされるので、ミルトはいつも眠そうだったが、彼の小さな心にも、ことは重大であることがわかっているようだ。不機嫌そうではあるものの、駄々をこねたり、暴れたりすることはなく、指示通り中央サーバーを壊し続けていた。そしていつも壊し終わると、コトっと寝てしまうのが常だった。
 プログラマーの数は変わらないものの、地下の警備に当たっている精鋭軍は、少しずつ多くなっていった。第四が十二人。第六は十五人。だがジャックの腕とアレイルの予測の前には、このくらいの人数は問題にならなかった。
 第六連邦が解放された日に、彼らは四回目の住民登録をし、四回目の新居に落ち着いて、もう四回目になる『新暫定総長』演説を、端末のスクリーンから聞いていた。
「しかし、このテイパー・トラヴァースという新暫定総長は、いったい何人いることになるんだ?」ジャックが苦笑いを浮かべ、そんなことを言った。
「うまくいけば、八人でしょうね」へレナも苦笑を浮かべている。
 彼らはダイニングのテーブルの上で、昼食を取っていた。リンツの移動負担をできるだけ軽くするために、寝具、衣類などは新しい連邦に行く都度に、配給センターまで取りに行っていた。ミルクとパンは、残っていれば前の連邦から持ってきていて、食器もずっと第八連邦で支給されたものを持ち歩いていたが。そして食糧供給管から出てきたスープを皿に注いだ。
「でも、こんなにどこも同じ人で、変に思われないかしら?」
 シェリーが首をかしげた。
「今はまだ解放プログラムも第一段階だから、連邦間での通信は出来ないんだ。だから他の連邦でも彼が新暫定総長だなんて、みんな夢にも思っていないよ」
 アレイルが微笑してそう答える。
「そしてみんな、見事にだまされているわけだな」ジャックが笑った。
「でも、三ヵ月後にはわかってしまうわね」
 エマラインは考え込むような表情で言う。
「そうだね。でもその時には、どちらに転ぶにせよ、すべての決着はついているから、八人の同じ暫定新総長なんて、どうでも良くなっているよ」
 アレイルは窓の外を見やるような眼で、そう答えた。
「その時のことを思うと、いろいろ複雑だな」
 リンツがあくびをしながら言った。「ふあぁ、腹いっぱいになったら、眠くなってきたぜ。なんかもう、ここのところめちゃくちゃ疲れたな」
「君には本当に負担が大きいだろうね、リンツ。無理させて、ごめんよ。今のうちに休養するといい」アレイルは気づかわし気に少年を見やり、
「本当にね、ゆっくり休んで」と、エマラインも優しく声をかけた。
「んじゃ、悪いけど、おれ寝るわ」
 リンツは再びあくびをしながら、寝室へ引き上げている。
「やっぱり疲れてるんだろうな、坊主。まあ、無理ないな。ここのところ強行軍だったからな」
「そう。それにミルトもね。どうしても夜中になってしまうから、一回起こされることになる。まあ、昼寝をしているからいいけれど、あまり度重なると、負担だろう」
 ミルトはシェリーの膝でスープを飲んでいたが、いつの間にかスプーンを取り落とし、うつらうつらはじめている。
「わたし、寝かせてくるわ。シェリーも一緒に来る? あなたも眠そうよ。少しお昼寝したら?」
「うん」シェリーは頷いていた。
 エマラインがシェリーの膝からミルトを抱き取り、寝室へ運んだ。シェリーが、そのあとに続く。少女もまた、眠そうだった。やはり一時間ほどとはいえ、夜中の進撃はこたえているのだろう。
「一週間で四回ですものね」へレナが三人を眼で追いながら、頷いた。
「だからあなたも、全部一気に行く作戦は立てられなかったのね、アレイル」
「ああ。本当は向こうに余裕を与えないうちに、全部行ってしまうのが理想的なんだけれど、リンツの負担を考えると、第三までがぎりぎりなんだ。三日後に第三連邦への襲撃が成功したら、二週間か三週間ほど、休もうと思う。相手に時間を与えることになってしまうけれど、こっちの負荷を考えると、やっぱり最後まで突き進むのは無理があるんだ」
「そうね。それはわかるわ」
「それに、相手にとっても肩透かしになる。それだけは良いかも知れない、とも思うんだ。相手はだんだんと警戒を強めている。夜勤の兵士を増やし、見張りを増やしている。でも幸い、解放された連邦で実際に何が起こっているのかは、まだ相手には何もわかっていないんだ。通信途絶状態になっているから。だからまだ精鋭軍を外で待機させたり、連邦総長を避難させたり、ということはやっていない。時間の問題かもしれないけれど、でも向こうにはまだ解放後の状況が、まったく伝わっていないから、中央サーバーが壊れた三十秒後に市庁舎が爆発炎上していることさえ、知らないはずだ」
「そうか。それじゃ、おまえさんが見た限り、本部の連中は、どのくらい状況を把握しているんだ?」ジャックが問いかける。
「今のところ、PAXとのリンクが途絶えた四つの連邦の各都市に探索隊を送って、通信無線で呼びかけているけれど、内部には通じなくて、ドームも閉まったままだから、どうしようもなく引き返しているところのようだ。ドームが透明でないのも、中の状況を知りにくくしているみたいだし。でも、本部がこれからどんな作戦を立ててくるのかは、直接的には僕もわからない。相手は話し合っていることを、声に出したりスクリーンに表示したりということを、極力避けているようだから。入力はキーを使って、スクリーン表示なしでボイスファイルに変換して、そのままイヤレシーバーをつけて聞いているようだ」
「考えたわね……」ヘレナは頷きながら、呟いた。
「でも、どうして無線も通信不能なんだ?」ジャックが問いかける。
「新しいサーバーが、周波数と通信プロトコルを変えてしまったからだよ。通信手段全体を有線無線含めて、PAX体制下で通じていたものとは違うシステムに切り替えてしまったんだ」
「そうか……まあ、俺にはよくわからんけどな」
「考えてみれば、外部からの通信手段をシャットアウトしなければならないというのは、解放プログラムとしては不可欠なことね。わかるわ」
「子供たちは、疲れているようね」
 エマラインが部屋に戻ってきて、椅子に座りながら言った。
「ああ。だからあと一つ取ったら、しばらく休憩だよ」アレイルが繰り返す。
「こんどは第三連邦でしょう? シェリーとミルトの故郷ね」
「そうだね。でも二人は第五都市の出身だけれど、どうするんだろうか。住んでいたところへ戻りたがるかな」
「あなたの予想では?」エマラインはちょっといたずらっぽく問いかけた。
「たぶん、今の段階では戻りたがらないと思う、シェリーはね。失ったものを鮮明に思い出させてしまうだろうから。ミルトはどこまで意識しているかわからないけれど、自分の家に戻ればやはり、パパやママを探してしまうだろうな。この戦いが勝利して、世界連邦全体が解放されて、そして何年かたったら、彼女たちも帰りたがるかもしれない。でも、今はね……」
「そうね。わかるわ……」
 エマラインは幼い姉弟を救出したあの夜を思い出しているようだった。
「でも、あれだけあの子たちを追い回して、多大な被害も出した第五都市治安維持軍が、撤回命令にあっさり従ってくれるのかしら?」
「第八連邦でも、あれだけリンツを追い回していた連中が、あっさり僕らに興味をなくしただろう? もう関係ないことだって。第四や第五でも、僕らの追っ手はいた。でも、逮捕撤回命令が出たら、もう関係ない、とみな無関心だ。結局、彼らのほとんどは上の命令で動いているだけなんだ。上が追うなと言ったら、あえてそれでも追っかけようと思う人は、今の世の中ほとんどいないよ」アレイルは首を振り、微かな苦笑を浮かべた。
「まあ、そうだろうな。精鋭軍ですら、撤回命令が出たなら、これ幸いに放っておく奴らも、結構多いだろう。みんな、上官の機嫌を取ることの方が大事だからな。それに、おまえらに個人的な恨みがあるわけじゃないしな。たしかに逃げられてばかりだとかっとして、あの野郎、こんどは絶対捕まえてやる! と思うが、だからと言って、それはゲームに近いものだからな。そんなに尾を引くような恨みじゃないさ」ジャックも苦笑していた。
「それじゃ、あの……シェリーたちのお父さんを殺したイーストン副将軍も、そうなのかしら」エマラインが首をかしげた。
「イーストン将軍は、シンクレア将軍の後任になったから、もう副将軍じゃないんだ。彼は撤回命令に従うよ。それは大丈夫」
 アレイルは両手を前に組み、数分間、未来の時間軸を眺めるように黙ったあと、言った。
「彼は……命令でさえなければ、将軍を殺しはしなかっただろう。彼は自分に不利になるのをわかっていて、それでも将軍に好意的だったことを明かしたくらいだから。もし彼がシェリーとミルトに再会したなら、彼は二人に詫びると思う。ただ、今は二人の前に姿を現すべきではないと思うけれどね。落ち着いたら……すべてがうまく行って、二人がもう少し大きくなって、心の傷がいえて……それから……」
「よかったわ……」エマラインは笑みを漏らした。
「だがまず、第三連邦を解放してからだな」ジャックが頷きながら言い、
「あさっての夜ね?」へレナが念を押す。
「そうだね。時間は二二時四三分」
「就寝時間の前か?」ジャックは驚きの声を上げた。これまでの四つは、みな一時三十分から四時までの深夜時間帯に行っていたからだ。
「でも、外を歩いている人はいない。爆発に巻き込まれることはないはずだよ。第三連邦の場合、この時間が一番、地下に配備されている警備兵が少ないんだ。そしてプログラマーは二人だけになる」
「そうか。で、地下の警備兵は何人だ?」
「十七人」
「それほど多くないな」
「ああ。でも十人は防御服をつけているから、胸を撃ってもだめなんだ」
「そうか。それなら、ねらい目は首か、顔だな。顔はあまりやりたくはないが、そんなことも言っていられないか」ジャックはひゅっとボタンを押すまねをした。
「でもまた、ミルトは寝ているところを起こさなければならないわね」
 ヘレナが心配そうに言う。
「その日は長めにお昼寝をさせて、その時間まで起こしておくのはどうかしら」
 エマラインがそう提案した。
「そうだね。途中で寝てしまうと、だめだけれど、その日、たっぷり昼寝させて、その後はできるだけ静かにさせて、夜しっかり遊んであげれば、起きているだろうと思う」
「なかなか難しい注文だな。まあ、だがあさっての夜だ。それまで俺たちも、少しのんびりしよう」ジャックが笑って、大きく伸びをした。

 そして三日後の夜、第三連邦の中央サーバーも壊れ、市庁舎も運命をともにした。十人の武装兵も、ジャックが巧く無防備な急所を狙い打ち、一掃に問題はなかった。シェリーはやはり第五都市に戻るのを躊躇したので、七人は第一都市にそのまま落ち着き、五回目の新居で、五回目の暫定総長演説を聞いた。最初に第八連邦へ行ってから十日、新しい街に落ち着く暇もなく、次から次へと進撃してきた彼らだが、やっと小休止となる。いつもの昼食を取りながら、七人とも今は、不安より安堵の方が大きかったようだった。




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