Part 6 of the Sacred Mother's Ring − The Grand Design

第4章 戦いの始まり (3)




 翌朝、砂浜に下りていくと、ちょうどジャックがレーザー銃でしとめたばかりの大型ネズミが六匹、波打ち際にずらりと並べられていた。ジャックとヘレナは肉の解体作業中らしく、手元を血だらけにしながら、包丁を振るっている。波打ち際でその作業をやっているわけは、血を海水で洗い流すためらしかった。
「よう、お二人さん。やっと起きてきたか」
 ジャックは振り返り、にやっと笑った。
「おはよう。本当に食べる気なんだね」
 アレイルは苦笑し、波打ち際に屈みこんだ。
「射撃練習にもなるしな」
「あまり気持ちの良い見ものじゃないわね」エマラインは顔をしかめた。
「火を起こしてくるわ。昨日集めた薪が、まだあるから」
「じゃあ、僕は芋を取りに行こう」
 アレイルは森に行きかけたが、途中で振り返った。
「ああ、ジャック。その肉、全部解体したら海水で洗って、バケツの中に入れておくと良いよ。少し海水を足して。お昼には良い塩味がついて、ちょうど良いんじゃないかな。葉っぱに包んで焼くと、臭みが取れて良いと思う」
「詳しいんだな。というか、力で探ったのか。この肉の調理法を」
 ジャックは笑い、アレイルは軽く肩をすくめた。
「もうじきチビさんたちが起きてくるから、急ぎましょう」
 ヘレナは手を止めることなく言う。
「ヘレナは大丈夫なの? 気持ち悪くはならない?」
 エマラインは火を起こしながら、かすかな感嘆のこもった口調で聞いていた。
「私は慣れているのよ。医療技術班だったから。簡単な手術とか、人体解剖なんかもやったことがあるわ」へレナは目をあげず、微笑する。
「だから、ヘレナは肉の捌き方も知っていたわけさ」
 ジャックはにやっと笑い、ついで言った。
「でもあいつらにもな、下手に隠したりせず、堂々と説明した方が良いと俺は思うがな。生きていくためには、他の生き物の命を奪うことも必要になるってことが。ことにこれから、ネズミじゃない、人の命の奪い合いになる修羅場に飛び込んでいくとあらば、なおさら、これくらいでひるんでちゃ困るんだ」
「たしかに気持ちの良い見ものじゃないよなあ」
 砂浜にやってきたリンツが、赤くなった波打ち際に眼を向けながら、肩をすくめていた。シェリーがミルトの手を引いてその後ろから来ていたが、やはりびっくりしたように立ち止まっている。
「だが、貝や魚と同じだぜ、元は。まあ、初めて見る分にはたしかに気持ちが悪いだろうがな。この程度でひるんでいたら、戦いなんて出来ないぞ」
 ジャックはチラッと三人に眼をやってから、作業を続けた。
「さて、これで全部だな。肉はバケツに入れて、海水漬けか。お昼には、ちょっと変わったものが食えるぞ。皮と骨は森に埋めておこう」
 ジャックとヘレナは肉の始末を終えると、残骸を森に埋めに行った。その間に、赤く染まった海水は少しずつ、元の色を取り戻していった。やがてアレイルが芋を持って戻ってきた。エマラインはシェリーと協力して芋を洗って皮をむき、串に刺して焼いた。ジャックとヘレナも残骸の始末を終わり、海で手を洗って戻ってきた。昨日とってきた残りのココナッツを半分に割り、中のジュースを飲んで果肉を食べ、焼きあがった芋をほおばって、簡単な朝食が終わる。ミルトは食べ終わると、一本海岸に取り残されていたネズミの尻尾を不思議そうにつまみあげ、振り回して遊んでいた。
「今日も暑くなるわね」
 エマラインは火の始末をしながら、流れてきた汗をぬぐった。
「あのさ、おれ、思ったんだけど」
 リンツが少しだけ残った、まだ使えそうな燃え残りの薪を集めながら、言い出した。
「あと二週間なんだろ。おれたち、戦いなんてしたことないじゃないか。訓練とか、した方が良いのかなあ」
「おまえさんたちを訓練しても、精鋭軍に太刀打ちできるとは思えないが……やらないよりは、ましかもしれないがな」ジャックは頭をかいた。
「やっぱり正面からの戦闘って言うのは、避けたほうが良いんでしょうね」
 エマラインは首を傾げて問いかける。
「まあな。たとえば俺たち七人で、精鋭軍百人を相手にしたとする。俺は、三、四十人はやれると思う。が、あとはどうだ? なんとかなりそうなのはアレイルくらいなもので、それだって一人か二人がせいぜいだろうなあ。あとは女子供だ。特にチビ助は自分で身を守ることも、戦うことも出来ないだろう。たしかにな、ミルトには百人くらい一発でやっつけられるほどの力はあるのかもしれない。だが、その前にやられたら、元も子もない。が、二才の子供に戦の心構えだの、機を見て動けだの、無理だろうが」
「ミルトを戦闘には出したくないけれど、でもこの子の攻撃力がないと、物量戦になったら勝ち目はないだろうね。けれど実際に撃ち合いの修羅場に飛び込めば、真っ先にやられてしまう可能性は高いだろうと、僕も思うよ。相手方もきっと、誰よりも先に狙い撃ちしてくるはずだ。この子は相手方にとっては、最も危険性の高い存在だから。最初に狙ってくるとすれば、ミルトと、あと、リンツだろう」アレイルも真剣な顔で頷く。
「げ、おれもかよ!」
「君は移動の要だからね。君が倒れれば、僕らは逃げられなくなる。だから、相手にとっても最重要になるんだ。攻撃のミルト、移動のリンツ。極端な話、この二人さえいれば、コンピュータを壊すだけなら十分だ。だからこそ、二人を前線に出すのは極力避けなければならないんだ。どうしても戦闘の場に二人を出さなければならないなら、後ろの方で、シェリーのシールド内に入れて、そこからミルトに攻撃してもらうのが最善だと思う。そしてシェリーのシールドが切れる前に、かたをつけることだね」
「お嬢ちゃんの念動シールドってやつは、どのくらいもつんだ?」
「第三連邦へ救出に行った時には、だいたい三分くらいだったと思う」
「三分でかたをつけるのは、なかなか大変だな」ジャックは肩をすくめた。
「そう。実際に戦闘が起きたら、ということは、これから考えていかなければならないね。いろいろな場面が想定されるだろうから。出来るだけ避けては通りたいけれど、完全に避けて通ることは不可能だと思う。でもまず、具体的な僕らの相手と、戦場になる場所を知ることからはじめよう。最初の目的地は、第八連邦第一都市だね」
 アレイルは砂浜に地図を広げた。
「第八連邦。都市数十一、人口約七百五十万人。世界連邦では最小ね」
 ヘレナが暗唱するように言った。
「そう。そして第一都市はここ。都市半径十一キロメートル。人口は約八十万人。東海岸にあるから、ここからの距離は、ちょっと遠い。もしかしたら第五連邦の第一都市と、あまり変わらないくらいかもしれないな」アレイルは地図上を指差した。
「連邦ビルは円形都市の中心部にある。これはどこも同じだね。八つの連邦の中央ビルは世界連邦創立当時に建てられたものがそのまま使われていて、地上四五階、地下五階建て。円形の建物で、直径百二十メートル、各フロアの面積は約四万五千平方メートル強。この中に行政と科学機能がすべて集約されている。精鋭部隊が常駐し、専門職の人たちや行政官、プログラマー、そして連邦総長と彼に仕える人たちがいる。第八連邦の総長はドナルド・ジョンストン氏だね」
「ああ、知ってる。あのおっさんか。やたら話が長いんだよ。しかもつまらなくてなぁ。クリスマス集会の時には、本当にきつかった」
 リンツが肩をすくめ、うんざりしたような表情を浮かべた。
「連邦総長をおっさん呼ばわりするとは、良い度胸だな、坊主。特殊能力がなくとも、それだけで異端処刑確実だぞ」ジャックがからかうように笑った。
「もう関係ないじゃんかよ、どうせお尋ね者なんだからさ。それに、総長も結局殺さなければならないんだろ?」リンツは首を振って言い返す。
「やっぱり殺さなければならないのかしら」
 エマラインが気遣わしげに問いかけた。
「出来ればチャンスは残してあげたいけれどね。新しい制度下に従ってくれたら、別に殺す必要はないかもしれないから……」アレイルは考え込むような表情を浮かべた。
「甘いな、本心はどうだかわからないぞ」
 ジャックは腕組みをしながら、疑うように言い、
「でもエマラインがいれば、本心かどうかはわかるわ」と、ヘレナは言い足した。
「ああ、そうか。そうだな」ジャックは思い出したように頷く。
「それにアレイルには、その行為の先がわかるのだから、危険となったら承知はしないでしょうし」
「そうだな。二人がいれば、裏切られるとか、危険だとかの心配はないわけか。なるほど……こりゃ、考えてみれば面白い場面だな。俺たちが連邦総長に銃を突きつけて、投降を迫るわけか。で、だめだったら……」
 ジャックはボタンを押すまねをし、ひゅっという音を出した。
「でもその前に、護衛部隊がなだれ込んでくるような状態は、避けなければならないわ」
 ヘレナが考え込むようにゆっくりと言う。
「順番としては、最後なのでしょうね、連邦総長の処遇は」
 エマラインも首をかしげた。
「具体的には、どういう順番で行くのが良いのかしら。まずコンピュータを壊して……」
「そうだね。たぶんそれが最初で良いだろう」
 アレイルは宙をにらみながら、そう答えた。
「コンピュータルームは、地下五階にあるんだけれど、完全密室なんだ。外からの出入りは出来ない。オペレータやプログラマーは別室にいる。連邦ビルは精鋭軍によって警備されているけれど、彼らも今のところは、コンピュータルームに行く手段を持っていない。将来的には通路を作る可能性があるけれど」
「それなら、壊すこと自体は簡単に出来るんだな」ジャックが問いかけた。
「ああ……」
 アレイルは頷き、再び空に眼をやった。そして片手を頭に当て、言葉を継ぐ。
「ただ、問題は警備の精鋭軍をどうするかだけれど……ジャック、第五連邦の精鋭軍は、どのくらいいる?」
「俺がいたところか? だいたい八百人だ。百人で一連隊。全部で八連隊あった。治安維持軍は、その十倍はいるはずだ」
「じゃあ、第八だと、少し規模は小さくなるけれど、それでも五、六百人はいるだろうね。治安維持軍は……あまり問題にしなくても良いと思う。彼らは都市全体の警備だし、命令が出なければ動かないから。警察官はさらにその十倍いるだろうけれど、それも同様だろう。問題は建物を守る精鋭軍だけだろうけれど……」
 アレイルは膝の上に両肘をつき、手を組み合わせて屈みこんだ。
「昨夜、夢で見たんだ。世界総督と、連邦主席プログラマーが話していた。相手は、僕らが反撃に転じる可能性と、双子のコンピュータの仕組みを知ったらしい。世界総督に請われて、主席プログラマーが、三日時間をくれれば、有効な対策を考えると答えていた。彼はその前に、いろいろな可能性をもらしていたよ。でも……」
 彼は言葉を途切れさせ、じっと足元を見つめていた。しかし実際に見ているのは地面ではなく、頭の中に展開する別の風景なのだ。それはみなが知っていた。
「……彼らは、僕らがいつ行動を起こすかは、まだ予測していない」
 アレイルは半ば放心したように呟いた。
「……どこの連邦から手をつけるつもりなのかも、予測していない。まだ僕らの場所がつかめていないから。もし……」
 彼は目を閉じた。数分間の完全沈黙。みなも、その間は沈黙を守っていた。ミルトも砂を掘って遊ぶのに夢中で、比較的静かだ。ただ波の音だけが聞こえてくる。
 突然、アレイルが驚いたように顔を上げた。はじかれたように両手を離し、眼を見開いて、小さく声に出す。「なんてことだ……」
「まあっ?!」エマラインも彼の想念を即座に共感したように、声を上げていた。
「どうしたの?」へレナが問いかけた。
「PAXの子サーバーを壊せば、連邦ビルは爆発するんだ」
「えっ!」他のみなも、一様に驚いたようだった。
「そういうシステムになっているようなんだ。ただし、壊れるのは地上部分だけのようだ。コンピュータが破壊されると、まず地下一階部分にシャッターが下りて、地上部とは完全に分断される。外部とのシャッターも下りるから、脱出は出来ない。エレベータも止まる。そして三十秒後に起爆装置が働いて、連邦ビルは崩壊するんだ」
「それだと……ビルの中の人はみな、選択の余地なく死んでしまうことになるわね。連邦総長も精鋭軍も、上級職や行政の人たちも」エマラインが小さな声で言い、
「だがまあ、手間が省けるといえば、その通りだな」
 ジャックは驚きが抜けない様子で、頭を振っていた。
「どこに爆破装置が仕掛けられているの?」へレナが乾いた声で聞いた。
「たぶん……いや、まちがいなく……建物の中心を通る柱の中だ。エレベーター・シャフトの中心の……でもきっと、そのことは誰も知らない。いや、PAXは自分自身に組み込まれたプログラムの一部だから、知ってはいるだろう。でも、コンピュータはプログラムによって動く。人工知能は持つけれど、あえて感情は持たないように、設計されているはずだ。人間とは違う。ソーンフィールドが上書きしたPAXのAIが発展すれば……理念に合わないプログラムは排除するように……そう、それが、彼が新しいAIに仕込んだことの一つだ。ソーンフィールドには、もとからあるプログラムのスキャン能力はないから……念写はできるけれど、透視は出来ない。だからAIを上書きし、不都合なものを排除するようにした。でも、壊されたら建物自体を破壊するというのは、理念に合わないとは、みなされなかった。だから、そのまま残されている。そのことは……誰も知らない。最初に爆破が起きれば、相手も気づくだろうけれど……その時には、もう遅い。PAX本体のプログラムは改変できない。ソーンフィールドのような特殊能力者でない限り。外からのコマンドでデリートしろと命じても、できないように設計されている。AIによる自己排除でも……そのことをPAXが知れば、それはさすがに不都合なものとして認識されるだろうから、排除に動くはず……ああ、でもいくつかは、不可能なものがある。そう最初に設計されたから。これも、その一つ。だから、デリートできない……では、建物そのものに手をつけることは……? いや、解体は危険すぎる。柱を壊したら、爆発する。爆発させずに撤去することは、出来ないようになっている。それなら……」
 アレイルはさまようような視線を海に向けながら、言葉を継いだ。
「最善は……少なくとも第八連邦に関する限りは……相手が有効な対策を打ってくる前に……出来れば夜がいい。一般の人たちは、宿舎に帰っているから。上級職や精鋭軍の宿舎はビルの中だし、連邦長官やお供の人たちも同様だ。彼らの中には危険分子も当然多いだろうから、そうでない人には気の毒だけれど……危険は一気に排除できる。戦闘になることも、ほとんどないかもしれない。夜は、一部隊の半分が夜勤に当たっている。五十人……それも、地下に配置されているのは七、八人だ」
 彼は言葉を止め、そのままの姿勢で両手をおろし、目を閉じた。頭の中に展開される様々な風景、可能性――選択の流れを追い、行く先を見る。再び、沈黙が支配した。その傍らでエマラインがその手を相手の腕にかけ、張り詰めた表情で佇んでいた。アレイルの頭の中で展開されている映像の残響に、聞き入っているかのように。ジャックとヘレナはそんな二人を、緊張をはらんだ無言のうちに見つめ、リンツもじっと視線をすえている。ミルトだけは相変わらずで、掘り返した砂の中に野鼠の尻尾を埋め、上から土をかけるのに余念がなかった。シェリーは幼い弟と仲間たちの方を交互に見やりながら、傍らに落ちていた貝殻を拾い上げ、無意識の動作のように手で玩んでいる。
「四日後……現地時間の二時十八分……それが最適な時間だ」
 長い沈黙の後、アレイルは眼を開き、一息おいたあと、言った。
「四日後?!」無言で見守っていた仲間たちが、いっせいに驚きの声を上げる。
「二週間先じゃなかったのかよ!」リンツが真っ先に声を上げた。
「最初はそう思ったんだ。この場所に偵察隊が来るのが、二週間先だから。だけど、その頃には、相手方もなにかの作戦を考えてくるだろう。それよりは、まだ相手が有効な策を何も考えていないうちに、いわば無防備な状態で決行した方が、ずっとやりやすい」
「奇襲戦法ってわけか」ジャックがうなった。
「こっちも、ほとんど何も準備が出来ないわね」ヘレナの声は心配を滲ませていた。
「まあそうだが、しかし準備ったってな、朝も言ったが、この一団じゃ、二週間くらい訓練したところで、実際の戦闘には使えないだろうよ。俺は……考えてみれば、良い作戦だと思うぞ」
「現地時間の二時十八分って、真夜中ね」エマラインが空を見上げた。
「今、ここでは何時なのかしら。そして第八連邦では」
「第八連邦も、第一連邦第一都市の時間に合わせているわけだから、今は……」
 アレイルは海の彼方に眼をやり、一瞬言葉を止めた。彼の精神的な“眼”は、その間に第八連邦内の近隣都市へと飛んでいっているようだ。
「二〇時二三分……市庁舎の時計表示はそうなっている。今は夜だ。夕食時間が終わって、みんな家で放送プログラムを見ているようだ。そしてここは……」
 アレイルは現実の風景に眼を移した。
「太陽の位置からすると、十時から十時半の間くらいだ」
「ということは、二時十八分は、ここの時間にすると……十六時くらいになるのかしら」
 エマラインが首をかしげた。
「時計が欲しいところだな」ジャックが苦笑いする。
「ここの時間に合わせた時計なんて、ないわよ」
 へレナも苦笑して首を振った。
「お昼が終わって、また腹がすき始めたくらいのところか」
 リンツは鼻をこすりながら、そんなことを言う。
「あなたらしいわね」
 エマラインは笑った。みなも笑い、一瞬、少し緊張がほぐれたようだった。
「具体的には、どうやるの?」へレナが聞く。
「まずはコンピュータルームへ行って、ミルトに本体を壊してもらうんだ。その後、接続を切り替えて、ヘレナとエマラインは秘密のコントロールルームへ行って、移行プログラムを起動してもらうことになる」
「秘密のコントロールルーム?」
「ああ、コンピュータルームに隣接した小部屋で、ここにも出入り手段は、何もないところなんだ。この部屋の存在は、今のところ誰も知らないと思う。そこで第八連邦をPAXからRAYの子サーバーへ、コントロールを切り替えることが出来るんだ。僕らの逮捕命令も自動的に撤回される。そうプログラムされているらしいから。その後、ジャックと僕とで地下に残った兵士を片付け、プログラマーたちを拘束する。その時だと兵士は六人、夜勤のプログラマーは三人しかいないはずだ。第八連邦に関する限りは、それで大丈夫だ」
「それで終わりか? 本当に、あっけないな」
 リンツが頭の後ろに手を組み、そんな感想を漏らした。
「そうね。まるで、ゲームみたい」シェリーが首を傾げて言う。
「ゲームか。たしかにそうかもしれない。七百年前にデザインされた壮大なゲームの、僕らはプレイヤーに過ぎないのかも知れないな」アレイルは砂浜に眼を落とした。
「ゲームねえ。そういや、あるなあ。勉強カリキュラムが終わったあとに遊べるゲームの一つにさ、迫ってくる敵を打ってく奴。あれ、結構はまったぜ」
 リンツが思い出すように言った。
「あたし、あれ嫌いだったわ。パズルの方が好きよ」シェリーは首を振る。
「女の子は、そうかもしれないわね。わたしもやったことはないわ。あまりゲーム自体、遊んだことがないのよ」エマラインが肩をすくめた。
「ゲームやらなきゃ、放送プログラム見てたのか?」リンツは不思議そうな表情だ。
「いいえ、まあ、見ていたけれど、内容は見ていなかったわ」
「器用だな。おれ、放送プログラムはつまらねえから、ゲームばっかしてたぜじゃ」
「ゲームもつまらなくない? 同じことの繰り返しで」
 エマラインは言いながら思った。その頃の自分は、本当に生きてすらいたのだろうかと。
「私もゲームは数学パズルだけよ。自由時間なんて、一日に一時間もなかったし」
 ヘレナも苦笑して、首を振っている。
「子供の頃から? それ、少なくない?」シェリーは驚いたように聞き、
「そうね。でも、政府上級職で育つ人間には、それが当たり前なのよ」
 ヘレナは物憂げな笑みを浮かべていた。
「俺は結構やったな。ゲームっていうか、シミュレーション訓練だ。現れる標的を、次から次へ撃っていくんだ。自慢じゃないが、第五連邦精鋭軍じゃ、一、二を争う腕だったぞ」
 ジャックがにやりと笑う。少し得意そうな表情だった。
「それは訓練の延長だね、本当に。でも、想像はつくな。そういえば、僕もあまりゲームはやったことがないよ、暇つぶしにはいいんだろうけれど」
 アレイル軽く頭を振り、立ち上がった。
「とりあえず、今日の分の薪を集めてくるよ。向こうの浜辺に流木が流れついているみたいだし、まずはあれを引き上げて乾かしておけば、明日の薪は確保できるね。だから、そう多くはいらないかな」
「それじゃ、あたし、夕飯のスープに入れる貝を掘ってくるわ。ミルト、おいで」
 シェリーはバケツを手に、弟の手を引いて波打ち際に行った。
「ンじゃ、おれも行くか」と、リンツがその後についていく。
「お昼は、あのお肉を食べるんでしょう?」
 エマラインは焚き火跡に残った燃え殻や炭をかき出しながら、そうきいた。
「そうだな。それじゃ、俺たちは付け合せの芋でも掘ってこよう。葉っぱの形は、覚えたからな」ジャックはそう言うと、ヘレナとともに森の奥へと進んでいった。
 あと四日間なのか――おそらく誰もが胸の中でその言葉を呟いたに違いない。しかし、誰も口には出さず、それぞれの日課にかかっていた。こうして自然の中で、食べ物を確保する生活も――苦労もあるが、また楽しくもある日常が、あと十四日は繰り返されると思っていたが、いきなり十日も短縮された。その先に待っているものは、つかの間の平和なのだろう。第八連邦への奇襲が成功すれば。しかし、その先は――?
 誰も、その疑問をあえて口には出さず、意識にものぼせないようにしているようだった。

「さてと、荷物はまとめたか?」ジャックがみなを見回し、声をかけた。
「大丈夫。必要なものは全部まとめた。ジャックとヘレナも大丈夫だね?」
 アレイルが問い返した。
「おう。準備OKだ」
「お肉もちょうど、良い具合に乾いたわよ」
 エマラインは茶色の皮状になった乾し肉を、小さな袋に詰めていた。第八連邦進撃の日を決めたその夕方、ジャックが新たに打ちとめてきた大型ネズミの肉を一日塩水につけ、焼いた後二日間陽に乾して、乾燥させたものだ。椰子の実のジュースも、以前都市から調達してきたミルクの空ビンをよく洗って乾かし、その中に入れた。焼いた芋とバナナも、同じように以前都市から調達してきた、テーブルクロスに包んで持ち出した。アレイルが戦闘後の流れを追っていったところ、治安維持軍や警官に逮捕命令撤回がいきわたるのは、市庁舎が壊れた日の午前中であり、それまでの時間、コンピュータルームで待機する必要がある可能性が高いと知ったからだった。年長の者たちはそのくらいの間なら、普通に待っていることが可能だろうが、幼いミルトはきっと我慢できまい。それに体力はできるだけ確保しておいた方が良い。それゆえの非常食だった。
 その他のものは、多くは持ち出さなかった。アレイルが逃亡する時に持ち出してきた非常用道具一式と、ジャックが持ってきたレーザー銃と熱戦銃、各一丁ずつ、そして毛布2枚。着替えは行った先で調達できるだろうことを見越して、持たなかった。鍋は持っていくが、バケツなどはここに残し、密林の中に作った即席の家も、そのままだ。
「今、向こうじゃ何時だい、アレイル?」
 リンツが問いかけた。その声はいつになく緊張しているようだった。
「二時になったところだね」アレイルはしばらくの間をおいて、答えた。
「あと二十分ないわけか」ジャックが首を左右に振る。
「なんかもう、おれ、めちゃくちゃ緊張してきたぜ。ふるえそうだよ」
 リンツは神妙な顔つきになり、自分の両肩に手を回した。
「うん……怖い。怖がっちゃいけないんだけど、やっぱり怖いわ」
 シェリーが弟をぎゅっと両手で抱き、小さく震える。
「どこか、いくの?」ミルトは一同を見上げ、不思議そうに聞いた。
「ええ。別の所にね。でも、ここからのお引越しは、今までとは少し違うのよ」
 エマラインは屈みこみ、幼児の頭をなでた。
「これ、もってく」
 ミルトは左手を差し上げた。その小さな手には、虹色に光る貝殻が握られていた。
「あら、きれいね」エマラインの声に、シェリーも眼を上げた。
「……あたしも、持って行って良い?」
 しばらくのち、そう問いかける。
「いいわよ」エマラインが頷くと、少女は砂浜をさがしはじめ、やがて拾い上げた。丸くて真っ白い、彼女の指の幅、三本くらいの大きさの貝殻だった。
「あら、それもきれいね」
「宝物を持っていくのは良いが、それに気を取られすぎるのは危ないぜ。水はさしたくないがな」ジャックは姉弟を見ながら、決して険しくはない口調で言った。
「なくさないように、服のポケットに入れると良いわ」
 エマラインは二人に言った。シェリーは素直に従い、ミルトも不承不承といった様子ながら、小さなポケットに入れている。
「よし、二人ともいい子だ。それじゃ行く前に、もういちど手順の確認をしておいた方が良いんじゃないかな、隊長」
「隊長はあなたの方が適任だよ、ジャック」アレイルは肩をすくめた後、言葉を継いだ。
「でもたしかに、もう一度確認しておいた方が良いね。まず時間になったら、第八連邦第一都市、コンピュータルームに移動する。場所はわかるね、リンツ」
「ああ、ばっちりさ」
「飛び先の座標は正確にね。昨日描いた見取り図の、赤い丸で囲った場所だよ。そこなら赤外線センサーにひっかからない」
「センサーに引っかかると、その時点で地上の兵たちが地下に来てしまうからなあ。でも、センサーが床にくまなく張り巡らされていたら、どこにいようとダメだろうが……」
 ジャックがそこで首を振った。
「いや……僕が見たかぎりだと、三メートルほどの間隔がある。みなでかたまりになって、その間に着地できれば、引っかからないよ。それからミルトにコンピュータを壊してもらって、ビルが爆発するのを待つ。それから接続を切り替える。そしてリンツはヘレナとエマラインを、コントロールルームに連れて行く。二人がプログラムを動かせば、コンピュータルームとコントロールルームの間の壁はなくなるから、後のみんなはその場待機で良い。中央ビルが爆発して崩壊すると、地下の警備兵は地上を見に行こうとするだろうが、地上への道は断たれている。彼らを排除するために、ジャックと僕はいったんコンピュータルームの外へ出る。場所は指定するから、その時は頼んだよ、リンツ。僕らを移動させたら、君はすぐにみんなのところへ帰ってくれ。それで、すべてかたがついたら、僕がエマラインに想念で連絡するから、悪いけれどリンツ、もう一度迎えに来てくれないか。完全に新体制に切り替わるまで、みんなでコンピュータルームに待機して、それから、外へ出る」
「それで晴れて自由の身かあ。まあ、第八連邦の中だけだろうけどな」
 リンツは頭を振り、少し感嘆したような声を出した。
「それじゃ、想定どおりうまく行くように、みなでがんばるとしようじゃないか」
 ジャックはレーザー銃を担ぎ、熱戦銃をアレイルに渡した。
「撃ち方は練習したとおりだ。おまえさんは、なかなか射撃の筋は良い。能力のせいだろうがな。ネズミを撃つのと同じような調子でやれば良い」
「ああ」アレイルは手を伸ばし、銃を受け取った。ここ二日、ジャックについて射撃訓練をして、使い方は慣れてきていた。それでも、初めは銃を使うことには抵抗があった。ことに弾みとはいえ、銃で人を殺してしまった経験を持つ身には。しかし、この状況で躊躇は許されないのだ。
 アレイルは空いたほうの手でバッグを取り上げ、ジャックも布に包んだ荷物を持ち上げた。ヘレナは毛布の束を抱えている。エマラインはシェリーとミルトを呼び寄せた。みなの間には、無言の緊張が満ちているようだった。ミルトさえ神妙な顔で、何も言わない。ただ姉に身を摺り寄せ、眼を見開いて周りを見ている。シェリーは真っ青な顔で、そんな弟をぎゅっと抱いていた。
「今、何時だ?」リンツはもう一度問いかける。
「二時十六分」アレイルが一瞬間をおいたあと、答えた。
「あと一分だな。そろそろ準備するぜ」
「ああ。頼む」
「みんな、おれに触ってるか?」リンツは回りを見回し、確認した。
「大丈夫」みなはいっせいに頷く。アレイルとジャックは銃を荷物と同じ手に持ち替え、ヘレナも荷物を片手に持ち替え、空いた方の手でリンツの肩や腕をつかんでいる。エマラインは右手でシェリーの肩に手を回し、左手でリンツの手を握った。シェリーはずっと両手で弟を抱きしめている。彼らは直接リンツに触れてはいないが、エマラインを通して間接的に接触する形になっているので、一緒に運ばれるはずだ。荷物を一緒に持ち運ぶのと同じ原理で。リンツの瞬間移動は自分に触れるもの、さらにそのものが触れているもの、と接触が切れない限り、一緒に移動させることが出来る。逆に言えば、触れているものは自動的に一緒に移動してしまうことになり、選択的にあとに残しておくということは出来なかったのだ。唯一の例外は、足の下の地面だけだった。
「時間だ」アレイルがささやくように言った。
「わかった」リンツが頷いた。
 次の瞬間、七人は移動していた。

 飛び出した先は、六メートル四方ほどの小部屋だった。回りの壁はうす青い白さで、床は白のタイル張り。その部屋の壁際二メートルほどの所に、七人は着地した。センサーには引っかからなかったようで、アラームはならない。
 部屋の真ん中に、一メートル四方ほどの黒い箱が置いてあった。そこから無数の線が伸びている。
「あれがPAXの子サーバー?」エマラインがささやくように言った。
「そう。あの中に入っているんだ。あの黒い箱は外壁のようなもので、本体はあの中にある。ミルト、わかるかな。ここから動かないで……あの島で、大きな石を壊したような調子で、あの箱の中にあるものを壊してくれないかな」
 アレイルは幼児の両肩に手をかけ、機械の方を向かせた。
「アレを?」ミルトは不思議そうに問い返す。
「そうなんだけれど、あれは箱でね、箱そのものは壊さなくても良いんだ。壊しちゃっても良いけどね。中身を壊してほしい。そうだなあ……このくらいの」
 アレイルは両手で、大きさを示した。
「岩を壊したような、あんな感じで良いんだ」
「うん!」ミルトはどことなく嬉しそうだった。彼には遊びの一種のようなものなのだろう。それも物を壊すのは、ここ数日岩を壊す遊びをさせてもらった以外は、ずっと禁じられていたことだから。
 ミルトは小さな両手を広げた。一,二,三と数えるくらいの時間、小さな身体はうっすらと金色の光を帯びてくる。そして、その手から光が放たれた。
 衝撃波と、金色の閃光が走った。目の前の黒い箱は真っ二つに割れ、さらにそこから光がはじけていく。金色に、銀色に、ほの赤く、青白く――その光の中に、ばらばらと金属片があふれ出し、弾けていき、散らばった。
 PAXの子サーバーの一台が、第八連邦を統制する心臓が壊れた。
 一瞬ののち、非常警報が響き渡った。これは侵入者を知らせる警報ではなく、コンピュータに重大なエラーが発生した時に鳴るもので、予測はしていたものの、防ぐすべはない。建物内は混乱するだろうが、なにかの対策をする時間は、もうないはずだ。コンピュータが壊された瞬間作動したシャッターが、地上部と地下部を遮断している。エレベータも停止し、非常階段への通路も、自動的に下りた遮断壁で閉鎖された。各部屋のドアさえ、開かなくなっているはずだ。
 七人はその場に立ち、時間が過ぎるのを待った。三十秒という短い時間が、しかしこの時には無限に長く感じられた。
 衝撃が走った。地震が起きたような振動が、部屋を揺るがす。
「爆発したんだな」
 ジャックが言い、アレイルは無言で頷いた。
「こっからだと、何が起きたのか、わからないけどなぁ」
 リンツが天井を見上げた。少し上擦ったような声だ。
「でも今頃、上じゃ凄い騒ぎだろうぜ。とはいえ、ビルにいる連中には、騒いでいる余裕すらないだろうがな」
 ジャックもつられたように上を見上げ、そして部屋の中央に眼を移した。
「しかし、あっけなく壊れるものなんだな……」
「普通はあっけなく壊れたりなんかしないよ。ミルトだからこそさ」
 ミルトは興味深そうに、床に飛び散った部品を拾っては吟味していた。メモリーチップの残骸や、金属片、その他コンピュータの残骸を。その一つを口に持っていこうとして、「あ、食べちゃだめだよ!」とアレイルに諭され、断念したようだが、きらきら光る小さな金属片のいくつかを、ポケットに収めてもいる。彼には島から持ってきたきれいな貝殻同様に、PAXサーバーの残骸も宝物の一つに過ぎないのだろう。
「こいつを敵に回したくないな。いろんな意味で」と、リンツは首を振り、
「同感だ」と、ジャックも苦笑する。
「それじゃ、仕上げをしよう。もう部屋の中を自由に動いても、大丈夫だよ。センサーに引っかかっても、相手は地上部からここには、もう来られないから」
 アレイルは部屋の中央に歩み寄ると、黒い箱のふちから垂れ下がった線の束を引き抜き、壊れた箱を無造作に投げ捨てた。そして、まだかすかに熱の残る砕けた部品を回りに落とし、かつてPAXの子サーバーが乗っていた台座をあらわにした。その下は、白く硬いプレートになっている。その真ん中が一部、スライドすれば動くようになっていた。動かすと、そこが接続口になっている。アレイルはそこへ手にした線を接続した。同時に声をかける。「リンツ、エマラインとヘレナを隣に、そこの壁の向こうに連れて行って。そしてすぐにこっちへ帰ってきてくれないか」
「わかった」
 リンツは頷き、二人の女性とともに消え、アレイルがもう一組の配線を接続し終える頃、帰って来た。
「連れてったぜ。でもあっちは狭い部屋だな」
「じゃあ、彼女たちが壁を開けるまで、しばらく待とう」
「残りの連中を撃退するのは、その後か?」ジャックが銃をなでながら聞き、
「そうだね」と、アレイルは頷いた。




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