Part 6 of the Sacred Mother's Ring − The Grand Design

第4章 戦いの始まり (1)




「本気なのか?」
 ジャックは相手の目を覗き込むようにして、問いかけた。
「ああ」
 アレイルはその視線を受け止めるように目をあわせると、短く頷いた。
「自棄になったのか?」
「違う。僕らが生き延びられる道があるとしたら、それしかないんだ。だから」
「生き延びられる? たった七人で、世界連邦に戦いを挑むことが、生き延びられる道だって言うのか?」
「とてもありそうにないことなのは、わかっているよ」
「あなたには勝算があるの?」
 ヘレナが静かな口調で、そうきいてきた。
「勝算というほど、たしかなものではないんだ。確実に勝てるかどうかは、僕にもまだわからない。でも、道が見えたんだ。僕ら七人が、これからもずっと生きていかれる道が」
「政府と戦って、自由を勝ち取って、生きていかれるという道が?」
「ああ。たしかにその道は細い。百パーセントの確率でたどれる道じゃない。未来はまだ、この時点では不確定に思える。でも、たしかに道はあるんだ」
「本当よ、信じて」エマラインも熱っぽい口調で訴えた。
 熱く、乾いた夜だった。彼ら七人は森と砂浜の境界線の湿った土の上に、木の幹を切って作った椅子を置き、丸くなって座っていた。夕食のために起こした焚き火が、まだほのかな赤みを残している。食べ終わったあとの貝の殻、ココナッツや椰子の殻は、あとでまとめて地面に埋められるよう、一箇所に集められていた。みなは夕食の後、椰子の実の果汁と昼間降った雨をためた水とで、のどを潤した。やがてミルトは遊びつかれ、エマラインの膝で眠り始めた。不安な中にも平和なそのひと時に、アレイルは以前から彼とエマラインとで考えていたことを、みなに話したのである。逃げるばかりでなく、立ち向かって開いていく道を。
「世界連邦一億人を相手に、勝てるというのか?」
 ジャックは懐疑的な表情で肩をすくめた。
「僕らが相手にするのは、一億人じゃない。世界連邦の一億人のほとんどは、一般の市民たちだよ。彼らは僕らの敵じゃないし、彼らにとっても、僕らは敵じゃないはずだ」
「まあ、そうだな。一般市民の連中なんて、たいして何も考えてやしないだろうし。だが、精鋭軍と治安維持軍、それに警察――戦うとすれば、この連中との激突は避けられない。その数は七十万人以上いるぞ。精鋭軍一万、治安維持軍が十六万人、警察官が五四万人だ。勝てると思うか? それだけの数を相手に」
「普通にいったら、無理だよ」アレイルは首を振って、即座に答えた。
「だから、考えていたんだ。とてつもなく厚く、堅固で巨大な壁に、僕らが穴を開けられるか。最初は、不可能だと思った。諦めようかと思ったこともあるよ。でも、どこかで諦めきれない自分がいた。もちろん、大半は希望だろうと思う。生きていることが楽しい、幸せだと思える今、いつまでも生きていたい、それは当然の願望だから。だからきっと、自分の願望が未来予知の精度を下げているような、そんな気も拭えなかった。エマラインに戦ってみることの可能性を相談された時も、完全には確信がもてなかったんだ」
「あなたは透視能力者なのよね、アレイル」
 ヘレナが相変わらず穏やかな声できいた。
「ああ。たぶん僕はそうだと思う」
「未来透視も出来るわけね。そしてあなたには、私たち七人全員が、新しい世界で生きている未来が見えるのね?」
「それほどはっきりとしたヴィジョンが、見えているわけじゃないんだ。まだ今は。僕の力は、どちらかといえば空間系のほうが時間系より強いようで、今現在のことなら、やろうと思えば、この地球上のどこでも透視できると思う。でも時間系は、自分で意図して透視しようとした場合は、制約があるようで、前後十五日くらいがせいぜいみたいだ。ただ、外から来るヴィジョンは――自分でコントロールできない、予期しない時に飛び込んでくるようなものっていう意味だけれど――それはかなり遠い未来や過去から来ることもあるんだ。ネイチャーコロニーのピアジェックで見た幻も、八百年の時を経たものだった。でも自分で意図しては、そこまで遡ることはできない。未来も同様だよ。でもやっぱり同じように、外からヴィジョンが来るんだ。僕ら七人が平和に暮らしている世界が。普通の市民として、追われてもいず、生活を楽しんでいる未来が。初めは、ただの願望だと思った。でも、そこにつながる道は必ずあるはずだと、僕の力は言い続けていた。僕の能力は見るだけじゃない。知ることも出来るんだ。漠然とだけれど。だから、そこに至る道を探ろうとした。それで昨日、ようやく答えが見つけられたんだ」
「そう……」へレナは静かに頷くと、ついでエマラインを見た。
「あなたはテレパスよね、エマライン。人の心を知る事が出来る。あなたはアレイルの言葉を裏づけできる? 彼は真実を言っていると」
「ええ、もちろんよ」
「悪く思わないでね。懐疑的になるのは、私の育ちや職業のなせる業だから。でも、あなたと彼は恋人同士よね。彼をかばったりはしていない?」
「そんなこと……」エマラインは耳まで赤くなりながら、頭を振っていた。
「わたしは、そこまで盲目になってはいないわ。もしアレイルが偽りを言っていたのなら、わたしには、はっきりとわかる。もし彼が不誠実なら、わたしは……わたしは、彼を愛したりはしないと思う。悲しいけれど、それは認めて、みんなのために……」
「わかったわ。ごめんなさい。意地の悪いことを聞いてしまって。でも、これだけは理解して。あらゆる可能性を考慮してみないといけないのよ。特にこんな、一見突拍子もない提案の前ではね。私たちがあなたたちの決断に同意すれば、非常に大きなリスクが伴うわ。このまま逃げ続けて、いつか追い詰められて終焉を迎える場合より、きっと残りの日々は短くなる。そこに賭けるには、ほんの何パーセントでも良いから、生き延びられるという一縷の望みが必要なのよ。でもそれは、アレイルの言葉だけが頼りなのよね。私たちには確かめられない。あなたたちはこれまで、彼の言葉を百パーセント信じて動いてきたのでしょう。その結果、なんとかここまで逃げてはこられた。でも彼の言葉が百パーセント正しかったかどうかは、直接的にはあなたたちにはわからない。エマラインをのぞいてはね。でも、あなたたちは彼に従ってきた。言ってみれば、アレイルとエマラインを百パーセント信頼してきたわけね」
「だってな……」リンツは当惑気味に、シェリーと顔を見合わせている。
「わかるもん、あたし。二人とも良い人だって。あたしたちのことを思ってくれてるって。本当のことを言っているって」シェリーは頭を振って、声を上げていた。
「おれだって、まあ初めのころは驚いたけど、でもなあ、信用したからこそ、ここまで来れたんだしな」リンツも付け加える。
「あなたたちは人を疑うことを知らないのね。それだけ純真なのね。ああ、気を悪くしないでね。決して悪く言っているのじゃないのよ。あらゆる可能性を考えてみて、ということなの。そして今のところ、アレイルの判断が正しかったことは、客観的に私とジャックが確認しているわ」
「ああ。おまえさんたちと政府軍のおっかけっこは、俺はよく知ってるぜ。おまえさんたちは逃げたあとだから、わからないだろうがな」ジャックは肩をすくめた。
「そして、今になって信じてくれないの?」
 エマラインは傷ついた表情を浮かべて、ヘレナを見た。少し赤みを帯びた炎の灯りに照らされて、その灰色の目は少し緑がかって見えた。
「いえ、信じたいわ。だからこそ、慎重になっているのよ。あなたになら、わかるでしょう」へレナはその視線を受け止め、見返した。
「ええ……」
 エマラインにもわかったようだ。微かに微笑むと同時に、瞳から緑の色彩が消えた。
「あなたの目は、気分や光で色が変わるのね、エマライン」
「ええ。そうみたいね。でも、外に出るまでは気がつかなかったの。ずっと灰色の目だと思っていたわ。それまでは感情も光も、ほとんど動かなかったせいだと思うわ」
「そうなのね、きっと。では、本題に戻るけれど、あなたたちを信用するとして……信用するとなったら、これからも疑ってはいけない。絶対的な指針として信頼するしかない。だからこそ、あえて意地悪な質問もしてみたの。それでは、具体的なプランを聞かせてちょうだい。もし勝機があるのなら」ヘレナは頭を振り、微笑んで、そう続けた。
「ああ。それこそが肝心だな。無理か無理じゃないか、まずはきいてみようじゃないか」
 ジャックも頷く。
「ああ。でも、具体的なプランというのは、まだ考えていないんだ。どうすれば良いかはわかるんだけれど、そこに至る正しい道筋というのは、まだ完全には検証していないんだ。まずは目的に到達するまでに一つ一つのステップを考えて、それが正しいかどうか予測してみて……」
「どうやって予測するの?」
「二つ方法があるんだ。正しいか、正しくないか、僕の内なる力に判断してもらうのが一つ。もう一つは、もしその選択肢をとった場合の未来を予測してみる」
「わかったわ。それでは、目的は何なの? たどり着く先は」
「PAXを壊すこと」アレイルは一息おいた後、答えた。
「無理だろ、それは」ジャックが一瞬目をむいた後、即座に声を上げる。
「……あれは絶対、不可侵なものよ。プログラムの改変すら出来ない、本体がどこにあるかさえ、わからないものでしょう?」
 ヘレナも一瞬絶句したように黙ったあと、問いかけていた。
「本体がどこにあるかは、わかったよ。そこまで行けば、壊せる。ミルトの力で」
 アレイルは、エマラインの膝の上で眠っている幼児を見た。
「もし壊したら……全都市の機能が麻痺してしまうわよ」
「麻痺はしないんだ。別の中枢に切り替わるだけだよ。もともとPAXは双子の片割れだ。世界を統率するコンピュータは二台あるんだ。世界連邦が創設された時に設置されて、PAXがメイン機で、もう一つはリザーバーとして、PAXが万が一ダウンした時のために用意されていたのだけれど、機能的には二台とも同じで、同一プログラムで動いていたらしい。そして、もともと外部からの侵入もプログラムの改ざんも出来ないようになっていたはずだった。でも今から約六百年前に、ある特殊能力者によって、PAXのプログラムが改ざんされた。第四代世界総督、ルーガー・ソーンフィールドによって」
「ルーガー・ソーンフィールド総督?!」
 ジャックとヘレナが同時に声を上げた。
「有名な奴なのか、そいつ?」リンツが怪訝そうな顔で見る。
「有名というか……伝説の英雄とされているんだ。俺ら中央専門教育組には」
 ジャックの言葉に、ヘレナも頷いた。
「絶対不可侵な、もっとも偉大な存在とされているわね」
「歴史のカリキュラムでも習うよ。だから、一般の人も知っているはずさ」
 アレイルは微かに笑みを浮かべ、赤毛の少年を見た。
「おれ、覚えてねえな。歴史の人物の名前なんざ、試験を通過するために、その時にだけ覚えて、後はきれいに忘れてるからなあ」
「あたし、知ってる。『総督の中でも一番偉かった総督』さんでしょ、その人」
「一般的にはそう習うね、シェリー。でも本当は、歴代総督の中でも、一番狡猾で残酷で、稀代のプログラマーで、特殊能力者でもあった人だよ。そして世界連邦を今のような姿に変えた人さ」
「能力者?!」みなは一様に、驚きの声を上げた。
「ルーガー・ソーンフィールド総督も超能力者だったというの?」
 ヘレナが上ずった声で問いかける。
「ああ。だからこそ、彼はPAXのプログラムを改ざんできたんだ。いかなる侵入も改ざんも出来ないはずのPAXを。ただもう一台の方には、彼も力が及ばなかった」
「ソーンフィールド総督の特殊能力は、どんなものだったの?」
 ヘレナが重ねて問いかけた。
「念写って、知っている? 何もない紙に写真を浮かび上がらせる力。あれと同じ原理で、手で触れることによって磁極を変えたり、微細な変化を起こさせたりする、念動の一種なんだけれど、それで彼は直接PAXの内部にプログラムを転写できたんだ。ただそれには、直接その対象に触れていなければならない。少なくとも物理的につながっていて、その範囲も一メートル以内。もう一つのコンピュータに関しては、彼もそれが存在することは知っていた。でも、それがどこにあるかは、知らなかったんだ。それにそのコンピュータはPAXが壊れなければ動き出すことはないし、お互いの回線もつながっていない。だから彼もあきらめたようなんだ」
「もう一台のコンピュータはどこにあるの」
「海の底にあるんだ」
「海の底?」リンツが素っ頓狂な声を上げた。
「まさか、そのままということはないはずね。完璧に防水しなければ、壊れてしまうから」
 へレナが乾いた声で言う。
「海底二十メートルの地下に、完全防水した部屋を作って、そこに収めたようだよ。もちろんロボットの力を借りてだけれど」
「どこの海にあるの?」
「第二連邦の東の海岸から少し離れたところに、小さな島があるんだけれど、その沖合い百メートルくらいの海底にあるんだ。それは……確かめた。そこから海底ケーブルで、各連邦につながっているんだ」
「透視で見たのね」
「ああ」
「PAXの方は、どこにあるの?」ヘレナは重ねて問いかける。
「本体は第一連邦中央本部ビルの深地下。地下五十メートルのところに作られた密室にあるよ、今は。誰も外から出入りできない場所に。昔は……ソーンフィールド総督の頃には、地下十階にあった。でも彼が今の場所に移したんだ。今後万が一、自分と同じ能力者が現れて再びプログラムを改ざんされる危険を冒さないために」
「それも確認済みね」
「ああ」
「双子のコンピュータの経緯は、どうやって知ったの? あなたの『知ることの出来る』力?」
「ある程度はね。あと、ニコルに教えてもらったものもあるんだ。昨夜、夢に見て……」
「ニコル……ニコル・ウェイン……あなたの双子の兄弟ね。三年前になくなった、やはり特E容疑を持たれていたという……」
「そう。彼は僕以上に強い精神能力の持ち主で、死んでもなお、時々夢の中に現れるんだ。信じてもらえないかもしれないけれど」
「あなた方に関しては、常識は捨てないとだめだわね」
 へレナは苦笑して、小さく肩をすくめた。
「それで、PAXを壊すと、バックアップのコンピュータが動き出すわけね。プログラムを改ざんされていない、本来の世界連邦のあるべき姿が。それは今と、かなり違うの?」
「とても違ったものだよ。少なくとも、超能力は迫害されない。異端も迫害されない。本来の世界連邦は、かなり自由のある世界だったんだ。今のような姿に変えたのは、ソーンフィールドなんだ」
「それでは、目指すのはそこなのね。世界連邦を本来の姿に戻す」
「だがな、どうやって」ジャックが首を振り、そう問いかけてきた。
「PAXを壊すというが……まあたしかに、ミルトとリンツのコンボなら、隔絶された密室に飛び込んで、本体を壊すことはできるだろうよ。だけどそれで本当に事が済むほど、簡単なのか? そんなにあっけないものなのか?」
「あっけないといえば、そうかもしれない。無防備な状態なら、それも可能だった。もっとも、壊すのは本体だけじゃないんだけれどね」
「本体だけじゃないというと……?」
「子機の方ね。各連邦の中央コンピュータよ。PAXは各連邦の中央コンピュータにつながっていて、ネットワークが出来ているから」へレナが頷いた。
「そう。PAXは本体から八つの連邦の中央コンピュータすべてにプログラムを送って、動かしているんだ。本体を壊しても、子コンピュータのほうは新たなプログラムの供給がなくなるだけで、これまでのプログラムを保持して動いていく。それも壊さない限り、その地区はそれまでと変わらない世界が続いていくだけだ」
「でも、それぞれの中央コンピュータを壊すと、その地区の機能は麻痺しないの? それとも、もう一つのコンピュータによるネットワークが別にあるの?」
「ああ。もう一つのコンピュータのネットワークが機能し始めるんだ。PAXともう一台は、システム形態も完全に同一で、もう一台の子サーバーの方は、各連邦第一都市の地下深くにある。やっぱり完全密室に遮断されているんだ」
「なあ、おれ、よくわからないんだけどさ……」
 リンツが首をかしげ、言い出した。
「街は全部、コンピュータ制御で動いてるわけだろう? その大元がPAXだろうと、もう一個の奴だろうと、変わりなく動くのか? ってことは、つながってるのか?」
「ああ。つながっているっていっても、端末のようにファイバー線でつながっているわけじゃないけれどね。ほとんどの都市機能は無線信号のやり取りで動いているから、その発信元が変わっても、関係ないんだ」
「端末は?」ヘレナがそう聞いた。
「端末は、大元の接続先を変えてやらなければならないね。中央コンピュータに接続されているファイバー束を別の所に差し込む作業が必要だ。もう一組の子サーバーにね。その差込口は、中央コンピュータが壊されなければ、現れない。接続先を変えてしまえば、その連邦は新しいコンピュータ、ソーンフィールドが改変する前の、もっと自由な世界の法の元での暮らしに戻れるんだ。パスワードさえわかれば新しいサーバーにアクセスして、僕らの追跡命令も撤回できる。そこの住民として登録することも可能だ」
「じゃあそこで、おれらは大手を振ってコンパートメントに住めるわけだな。食料に困ることもないわけだ。相変わらずスープとパンとシチューだろうけどなあ」
「いや、食料プログラムも、もう少し多彩になるはずだよ、リンツ」
 アレイルは微かに笑いを浮かべ、相手を見る。
「わお、そりゃ、たのしみだ!」
「そうなったらの話よ。でも本当に、そうなったら良いわね」
 エマラインも微笑し、両手を胸の前に組み合わせていた。
「他の都市はどうなるの? 第一じゃないところは」
 シェリーも熱心な様子で、きいてきた。
「連邦内の他の都市にも、それぞれ市庁舎に中央コンピュータがあって、それはやっぱりネットワークで第一都市のマシンとつながっているの。大元のファイバー束も、地下を通って来ているから、それを新しい所につなげばいいのよ。そうすればもう一方のコンピュータから新しいプログラムが送り込まれて、動き始めるはずよ」
 エマラインは説明し、同意を求めるようにアレイルを見ている。
「そう。それぞれの連邦では、他の都市は、第一都市のメインコンピュータが切り替わった場合、そこから新しくプログラムを送るようになっているんだ。PAX本体と、各連邦の子サーバーの関係とは違って。そういうプログラムになっているみたいだ。だから第一都市の子サーバーを壊せば、その連邦全体が解き放たれるんだ」
 アレイルはエマラインと目を合わせ、微かに笑って頷いた。
「それじゃさ、八つ全部と本体を全部壊すのは大変だろうから、みんな壊さないで、連邦一つだけでも、なんとかなるんじゃないか? そこでおれらが市民として暮らせるんなら」
 リンツが言いかけた。
「甘いぞ、坊主。そうやって逸脱した連邦を、他の連邦や中央政府が黙認していると思うか? 他の連邦からの破壊工作員が、どんどんやってくるだろうし、最悪戦争になるぞ」
 ジャックが腕組みをしながら、そう遮る。
「そう。確実にそうなる。遅かれ早かれね。新しいコンピュータは都市間の移動を認めているから、外部から来ることが可能になってしまう。とりあえず数か月は、外部の侵入を遮断することはできるけれど。本体はまだ制御権を取っていなくて、子サーバーのみが独立した場合は、そういうプログラムが働くらしいんだ。でもその期間が過ぎると、ゲートを開く。都市間の交通手段の建設が始まる。同時に外部から来ることも出来るようになってしまうんだ」
「そうかあ……ってことは、やっぱり全部やらないと、だめなんだなあ」
「だが、場所が増えるだけで、理屈は変わりないな。第一都市のコンピュータ・ルームへ行って、機械を壊す。接続を切り替える。これを八回繰り返し、最後に本体を叩く。それで終わりか? いや、そんなに簡単に行くはずはないだろう。末端の治安維持軍や警察はそれでも良いだろうが……追跡撤回命令をメインコンピュータから出せば、俺たちのことは放っておいてくれるだろうからな。だが、世界総督や連邦長や市長、中枢部や精鋭軍の連中が黙っていると思うか?」
 ジャックは太い眉を寄せながら、腕組みを崩さないまま問いかけた。
「黙っていないだろう。いや、コンピュータを破壊するには、彼らとの戦いは避けて通れないと思う。殺したくはないけれど、彼らが考えを変えなければ、そうするしかないとも思う。そう……みんな、人を殺す勇気があるかい?」
 アレイルは首を振ると、みなを見回した。
「俺は気にしないが、他の連中はどうかな」
 ジャックは苦笑し、同じように周りを見る。
「本当は、誰も殺したくないわ」エマラインは身震いをしていた。
「人が人を殺す権利なんて、誰にもないと思うから。たとえどんな理由をつけても。本当は誰も殺さないですめば、良いと思うのだけれど。殺さなければ殺されるような場合でも……気絶させて切り抜けられるなら、そうした方が良いと思うけれど……」
「甘いな、お嬢ちゃん。気絶させられて攻撃を諦める輩なら、それでも良いが、中枢や精鋭軍の連中なんて、大半が腐りきってる。息を吹き返したら、また俺たちを追ってくるだろう。連邦が別の体制に切り替わったなんぞ、連中の知ったことじゃない。どこまでも俺たちを追い、警察や治安維持軍を抱き込もうとし、俺たちを殺して、もう一度連邦の統制を取り戻し、手柄を得ようとするだろう。自由の国に初めから、飛び切りの破壊分子をまとめて抱えることになる。無理だな。それじゃ、状況は今と変わらん」
「そうね……」エマラインは悲しげに頷く。彼女にもその真実がわかったように。
「あたしたち……あの時、あたしたちを追いかけていた兵隊さんたちを、たくさん殺してしまったわ」シェリーは眠っている弟の髪にそっと触れながら、呟くように言った。
「あの時は夢中で、何も考えなかったけれど。パパやママやカレンの敵だ、って、ちょっと気分がすっとしたりさえしたわ。でも……あたしたち、考えてみたらあの時、人を殺したのよね。正確にはミルトが、だけれど。でも、ミルトはなにもわかってなかったから。それに二度目にやらせたのは、あたしたちだもの」
「おれは、よくわかんねえな。敵は殺せで良いんじゃないのか?」
 リンツは赤毛の頭をかきながら、そう言う。
「軍隊式の考え方だな。だが、そうだ。戦うとなったら、それしかない。敵か味方か、どちらでもない無関係な奴らか。ひとたび戦うと決心したら、人間にはその三通りしかいなくなる。そして無関係な奴らは出来るだけ巻き込まないとして、敵は殺す、それしかないんだ。いやなら、じっと殺されるのを待っていれば良い」
「ああ。ジャックの言うとおりだ。さすがに、戦いのエキスパートだね。本当に……戦うとなったら、相手を殺すことに躊躇していたら負けなんだ。普通の状態とは違う。僕らは、いわば革命を起こそうとしているわけだよ。たった七人で。成功させるためには、たぶん何千人もの人間を殺さなければならない。それだけの犠牲を払って、その罪悪感も背負っていかなければならない。つまりね、僕らが生き延びるためには、他の人を殺さなければならない。殺しても、僕ら自身もまた戦い途中で死んでしまうかもしれない。そのリスクは常にある。僕も出来るだけそういう事態にならないよう考えていきたいけれど、でも完全じゃない。だから、もしそういうことはしたくないって、みんなが言うなら、僕もその意思を大事にするよ。戦えなんて、強制はしない。出来るだけ逃げられるよう、やってみるつもりだ。ただ、どうがんばっても、あと三週間くらいしかもたないだろうけれど」
 アレイルは探査衛星の話も語った。逃亡の限界はもう見えていると。ジャックとヘレナも、その話を裏付けた。彼らも元政府側の人間として、その計画は知っていた。
「あと三週間か……」リンツは頭を振った。
「どうしたもんなんだろうなあ。おれは敵を殺すのには抵抗ないんだけど……だってさ、戦いってそういうもんだろ? でも自分も殺される危険が大きいわけだしなあ」
「あたし、怖いわ」シェリーは身震いをした。
「怖い。戦うのは、怖い。もうあんな思いをするのは、いや。殺すのも、殺されるのも、いや。このままみんなでずっと、暮らしていけたら良いのに……」
 少女は膝に顔を伏せ、肩を震わせた。泣いているようだ。
「酷な話だが、お嬢ちゃん。このまま行っても、最後にまた同じ目に会うことは避けられないだろうな。現実は冷酷なもんだ。このままずっとなんて、いけやしない。三週間が過ぎたら、何度も同じ修羅場が展開され、そして俺たちは最後にはみな力尽きて、死ぬんだ」
 ジャックの重々しい言葉に、シェリーはびくっと身を震わせ、涙に濡れた顔を上げた。
「シェリー。ジャックは意地悪を言っている訳じゃないわ。本当のことなのよ」
 エマラインは傍らの少女の髪をなで、そっと自分の肩にその頭を寄りかからせていた。
「リンツ、シェリー。できればあなたたちには、こんな決断はさせたくなかった。このままみんなで平和にずっと暮らせていけたら、どんなにいいかって、わたしも思ったわ。でもそれは不可能なのよ。このままみんなで平和に暮らすためには、戦うしかないの。それがいやなら、限りある未来を精一杯楽しんで生きるしかない。でも最後には、戦いに巻き込まれてしまうけれど。いやおうなしにね。きっとそれは一度ではないわ。何度か繰り返され、そして最後にはわたしたちは逃げられなくなって……負けるのよ」
「……それは、百パーセントなのかよ」
 リンツがいつになく真剣な声で、そう問い返してきた。
「逃げ続けていったら、最後に負ける確率は、かい? ああ、それは百パーセントだ。時期は一ヶ月より少し先になるだろうけれど。でもせいぜい四十日逃げのびられたら、いいほうだよ」アレイルが同じように真剣な調子で答えた。
「戦って勝てる可能性って、どのくらいなんだ? PAXとその子機をみんなぶっ壊して、お偉いさんたちや兵隊を一掃できるってのは」
 リンツは再びそう問いかける。
「今の段階では、まだわからない。うまく正しい道を進めれば……半分くらいだろうか」
「それだと、半分よりは少なくなるわね」へレナが苦笑を浮かべた。
「でも、完全に不可能な道ではない……か」
 ジャックが焚火を見つめたまま、呟く。
「俺は最初、戦いを挑むなんて突拍子もなさ過ぎる、自殺行為だと思ったが、話を聞いてみると、完全に出来ないわけでもなさそうだ。だが、失敗の可能性も十分にあるということだ。問題は、やるかやらないかだな」
「一ヶ月あまりの完全に行き詰った未来と、それよりたぶん短いけれど、どこかにもっと長い年月へつながる道がある未来……選ぶのは私たちというわけね」
 へレナが静かに言った。みなの間に、長い沈黙が下りた。
「……本当はとっくの昔に、逃げ始めた時に殺されてたとしても、おかしくなかったって思や、別に失敗しても惜しかないかな」
 しばらくの沈黙の後、リンツが思い切ったように頭を振って言った。
「うん。きっとあたしもミルトも、あの時に殺されていたのよね、みんなが助けに来てくれなかったら」シェリーもエマラインにもたれかかったまま、そう呟いた。
「それは、俺たちも同様だな」
 ジャックが苦笑し、ヘレナと顔を見合わせる。
「あたし……勇気があるかどうか、わからないけど、みんなが戦うなら、がんばる」
 しばらくの後、シェリーは身を起こし、そう宣言した。
「それじゃ、一か八かやってみるということで、話は決まりだ。な、お二人さん」
 ジャックは拳を片手に打ち合わせ、ついでアレイルとエマラインに目を向けた。
「ええ」エマラインは両手を胸の前に組み、そして頷いた。
「勇気を持って、犠牲の重さにひるまないで……進みましょう。前へ」
「ああ」アレイルは頷き、みなを見回したあと、軽く笑って続ける。
「あ、まだミルトの意思を確認してなかったけれど……無理だろうね」
「坊やの人生も、わたしたちの決断にかかっているのよ。この子を守るためにも、負けたくないわ」エマラインは自分の膝に眠る幼児の柔らかい栗色の巻き毛をなでた。その口調には、強い決意を感じさせた。




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