Part 5 of The Sacred Mother's R ing - Call of the Time

第4章 新世界創立伝説(5)




 長い記述のあとに、画像が流れてきた。旧世界末期から二四世紀へとタイムリープし、再びもとの時代へ帰還してこの世界を作った、六人の創立先導者たちの肖像だ。
 最初に出てきた人には、短い記述がついていた。
 ロバート・ダニエル・ビュフォード(マネージャー) AD一九八四年九月出生、二〇三八年十一月没、五四歳と。ついで出てきた人には、マイケル・プレスコット・ストレイツ(シンセサイザー奏者) AD一九八九年九月出生、二〇二六年二月没 三六歳と記され、続いて、ジョージ・マーティン・スタンフォード(ドラムス奏者) AD一九八九年十二月出生、二〇二五年八月没 三五歳、そしてその次のテロップは、ロバート(ロビン)・テレンス・スタンフォード(ベースギター奏者) AD一九九三年三月出生、二〇二二年七月没 二九歳、と記されている。
 写真は新世界来訪当時のものと、後にパンフレットと呼ばれる本から転載した写真――その十年後のものの、二枚がついていた。二枚目の写真は十年の時を経ていて、それぞれ大人になっているが、それほど劇的な変化はない。一度は歴史の波間に消え、そののち新世界の科学と人々の助けを得て、再びその血が復興した彼ら。でも当の彼ら自身はそんな事実など知らずに、歴史の波間に消えていくことを悲しみとあきらめを持って受け止め、死を迎えたのだろう。四人はさほど人目を引く容貌ではなかったが、そんな感慨を持って、パトリックもジェレミーもその肖像を眺めていた。
 次の写真には、さらに深い興味を覚えた。奇しくも彼らと同じ姓のローリングス・ファミリーの源流、その人の登場だからだ。
【ジャスティン・クロード・ローリングス(ギター奏者)
 AD一九九三年三月出生 二〇三二年八月没 三九歳】
 その表示とともに現れた当時十七才の少年の肖像を、二人はじっと見た。
「かっこいい人だね、この人は。なんとなく雰囲気が、パットに似ている感じもして……」
 ジェレミーがそんな感想を漏らした。
「そうかなあ。似ていたら光栄だけど、ただ髪や目の色が同じようだから、じゃないかな。それに僕はこの人ほどハンサムじゃないし、真面目そうでもないよ」
 パトリックは苦笑して頭を掻いている。
 彼には同じく十年後の写真と、さらにもう一枚、映像がついていた。ローリングス家のファミリートレジャーに納められていたという、一枚の写真。いろいろな飾りをつけた木の前で笑っている彼。右手に金髪の小柄な女性、左手に七歳くらいの男の子を抱えるようにしている。一緒に映っているのは彼の最初の妻と子供で、彼の兄で、偉大な三賢者の一人であるジョセフ・ローリングスが、旧世界が終わる前の年のクリスマスに撮影したものだと記されていた。もう十七才の少年ではない、二七才の夫であり父である、幸福な満ち足りた青年の姿だ。一緒に映っている妻と子供も、幸せと満足にあふれた笑顔だ。でも、彼はこの家族をアイスキャッスルで失ったのだ。そう思うと、ジェレミーとパトリックも胸が締めつけられる感じがした。
 映像が再び切り替わり、最後のテロップになった。この人も二人にとってはかなり興味を引かれる対象だ。初代大統領の曾祖父、数々の不可思議を持った新世界のガーディアン。
【アーディス・レイン・ローゼンスタイナー(歌手) 
 AD一九九六年六月出生 二〇二二年九月没 二六歳】
 このテロップとともに画像が出た瞬間、二人とも思わず、「おおっ!」と、小さな叫びを上げた。
「たしかにすごい……超がつく美少年だなあ。というか、美少女っぽい。普通に見たら、女の子だよ! それに確かに、さっき見た新世界初代大統領に似ているね」
 パトリックがそう感嘆の声を上げ、
「そうだね。でも、それ以上にインパクトがある子だね」と、ジェレミーが頷く。
 彼にも一枚多く画像がついていたが、二枚目、三枚目の画像は、見たとたん二人とも「うわぁ!」と叫んだ。最後のものは、ファイルでも言及されていた、雑誌の表紙から転用された写真らしい。十四才のまだあどけなさの残る少年ではなく、その前のファイルで見た『夜明けの大主』の肖像そのものだ。髪の毛が海の青でなく、輝く光の色に変わり、その中にひと筋青い流れがあるだけで――だが受ける印象は、初代大統領ほど冷たくはない。優しさと芯の強さと躍動感を一緒にしたようなインパクトだ。
「この人って、いったい……」
 パトリックもジェレミーも、思わず絶句する。そしてしばらく黙った後、ジェレミーがこう言いだした。
「普通、芸能人や歌手って、僕たちの世界では、重要視されてないよね。ファイルにあった政策の影響なんだろうけど……君も前に言っていたよね。女優や歌手に過ぎないからって。でもこの人の場合、絶対そうは言えないよ」
「言えるわけないよ。初代大統領の曽祖父で、何人もの大統領を出した家系の父祖で、新世界の創立先導者のリーダーで、守護神なんだもの……」
「うん。でも、そういう事実以上に……いや、それを知らないで、いきなり見たって、やっぱりそう思えるかもしれない。特にこの……あとの写真はね」
「ああ……たしかにね」パトリックも真剣に頷き、続けた。
「それにやっぱり、そうじゃなかったとしても、誰にたいしてだって、そんな言い方は失礼だ。僕も以前、言ってしまったけれど。でもファイルを読んで、わかったよ。それは政府の政策で、たいして重要じゃないなんて、それは正しくないんだろうって。だって、彼らは音楽で新世界を導いたんだ。この記述を読んでいると、そう感じるよ。想像を絶するような混沌とした状況を、音楽で切り開いた。その音楽って、どんなのだったのだろうね」
「うん」ジェレミーも強く頷く。
「このあとに、選択ファイルがあるよ。社会構造と、科学文明の発展史と、それから音楽もある。夕食のあとに、この続きを見てみようよ」
「ああ、もうそんな時間か、また。じゃあ、行こうか」
 二人はそこでもう一度夕食のために中断し、一時間後にまた戻ってきた。

 新世界創立伝説のあとの、三つの枝ファイルへのインデックスを前に、二人は頷きあった。
「やっぱり音楽だね、それから見よう」
 ポインタを動かし、音楽ファイルを選択すると、まず概要の画面に出た。アイザック・ゴールドマン・ジョンソン、ヘンリック・ジョンソン・メイヤーという二人の共著の形で、彼らが過去からやってきた創立先導者たちとどのように知り合い、どうやって親交を深めたか、彼らの音楽を聴いた時の新鮮な衝撃と、音楽を教えてもらうようになった経緯が書いてある。そのあとドラムス、ベースギター、シンセサイザー、ギターの、四つの楽器について、その構造と弾き方、基本操作と簡単な応用技術が綿密に説明してあった。
 パトリックとジェレミーは、かつてアイド・フェイトンがかき鳴らし、すっかり魅了されたエレクトリック・ギターという楽器の正式な奏法を、この時初めて知った。パトリックは楽器を取り出し、解説に合わせて弾いてみたりもした。
「この方が、ずっとすてきな音だね」ジェレミーは感嘆した口調で言い、
「ああ、本当だ。このファイルで練習しようかな。そうすれば、弾けるようになるかも」
 パトリックも興奮した様子で、なおも弦を弾いている。
「ねえ、パット。でもこのファイルでは、エレクトリック・ギターにはアンプリファイアーという増幅器が要るって書いてあるけれど、これには必要ないの?」
「ああ、この時代のは、増幅器を内蔵してるんだよ。改良されたんだろうね」
 ひとしきりギターの練習をしたあと、彼らはファイルを進めた。次は基本的な音楽理論の解説だ。和音、スケール、長調や短調、転調やリズムチェンジ、シンコペーションなどのテクニック。そのあまりの盛りだくさんさに、二人は音を上げた。
「こんなにいっぺんに覚えきれないよ!」と。
「本当に音楽をやるんだったら、何度もこのファイルを読んで勉強しなきゃダメだね」
 ジェレミーがため息混じりに、そう付け加え、
「でも僕は音楽専攻じゃないしね。それは芸能局の範疇だから」
 パトリックは肩をすくめた。
「僕も二ヶ月半しかないから、無理だなあ」
 ジェレミーもため息をつく。
 音楽の世界は、魅力的なもののように思えた。時間があればもっと極めてみても良いが、今のところその余裕はなさそうだ。二人は顔を見合わせ、ちょっとため息と苦笑をかわしてファイルを進めた。やっと出てきた。ついに『音源ファイル』だ。それにはアイザック・ジョンソンの署名で、こんな説明がついていた。

【最後に、彼らAirLaceが残した音源を収録します。これは彼らの帰還後一年がたって、やっとタイマーロックが解けたローリングス家のファミリートレジャーボックスの中から発見された五枚のCDを、コンピュータのデータベースに落として再現しました。この箱はまだ新世界が創立される以前に、科学の父祖アドルファス・ルーク・ステュアート・ローリングスが、彼らの音源が失われるのを惜しんでトレジャーボックスに残し、しかしシークエンスが壊れる危険を考慮して、彼らがこの世界に現れて帰るまで、実に三百年ほどもタイマーロックをかけていたのです。のちに新世界初代大統領、夜明けの大主が各ファミリーのボックスから回収した音源や映像、記録を、同じくロックをかけて残しておいてくださったので、最終的にはその必要はなかったのかもしれませんが、その思いはとてもありがたく、幸いなことでありますし、彼のほかにも、彼らの音源を何とかして残そうと努力した方々がいたことも、その気持ちも理解できます。彼らの音楽は、ただの音楽ではないからです。それを残さないなど、とても考えられません。
 初めて彼らの音楽を聴いた時、僕たちは衝撃を受けました。その衝撃はもちろん彼らの音楽が優れていたからですが、同時に僕らの時代には全くなかった音だったから、という理由もあります。いわば、半分くらいは目新しさもあったわけです。しかし彼らが帰還後に封印が溶けて発見された、ここから帰って二年目から最後までの間に作成された作品群を聞いた時、僕もヘンリーも全身鳥肌が立ち、震えが止まりませんでした。涙さえ流れてきました。それはもはや、音楽というジャンルを超えた音楽です。わけがわからない? ならば、聞いて下さい。ここで僕が千の言葉を並べて激賛するよりも、その方が確実です。
 ただ、放送プログラムの音源には全曲入っていますが、後世に残すために編纂されるこのファイルに残す音楽は、数を限って、厳選するようにとのことでしたので、ほんの一部の作品しか収録できません。非常に残念なことなのですが。たとえ旧世界独特の主題でも、彼らの音楽は明確に僕らの心に届き、揺さぶるのです。それに思想的に問題があるとも、僕には思われないのですが、仕方がありません。収録された音源だけでも、彼らのすごさは十分実感できるはずです。
 その中でも、特筆すべきはガーディアン――バンドの歌手である、アーディス・レインの力でしょう。まさに彼の力をして、彼らの音楽は音楽を超えていると言っても過言ではありません。十四才の頃、僕らの世界で歌ってくれた時にも、彼は非常に素晴らしい歌い手でした。ですが、この音源で聞かれる彼とは比べものになりません。何がいったい彼に起こったのか、と不思議に思ってしまうくらいです。なお、特に注釈がついていない楽曲は全て彼の作詞作曲であり、その方面の能力も群を抜いています。
 しかしもう一つ誤解のないように言っておけば、エアレースというバンドは、決して百パーセント彼の力だけで成り立っているわけではない、ということです。アーディス・レインはたしかにその中枢であり、原動力でもありますが、楽器担当の四人も非常に素晴らしい音楽家であり、彼の描き出す世界を、ほぼ完璧にサポートしています。彼ら五人のつむぎ出す音楽の衝撃は、実際に聞いてみれば体現できるでしょう。
 なおファイルの構成上、楽曲は一部と二部に分けました。一部は彼らが帰って二年目から三年目にかけて制作し、旧世界で最初の大成功を納めた、通算三枚目の作品から、その翌年の秋に制作された四枚目、さらにその翌々年の春に発表された五枚目までの三枚から、十二曲をセレクトしました。五枚目からの選曲が少ないわけは、思想的な問題がかなり絡むと思われます。非常に残念ですが、仕方がありません。
 二部は六枚目と七枚目から五曲ずつ、そして楽譜のみの作品、さらにこれはエアレースではないのですが、アーディス・レインが他のミュージシャンと組んで作成したプロジェクト、アクアリアの二曲が入っています。これは初代大統領、夜明けの大主が、同じくタイマーロックをかけて歴代大統領の間で残してくださったものです。特に『A Brand New World』は新世界のアンセム的な意味合いでシルバースフィア時代に歌われてきたという事実から、一緒に編纂することにしました。
 映像作品については、初代大統領が各ファミリートレジャーの中から保管し、残してくださった中に、ミュージックビデオという、音源ファイルの映像付きのものと、コンサートを撮影したものがいくつか残されていて、もちろん僕たちの時代ではすべてアクセスでき、人々を魅了しているのですが、ここに残すのはそれぞれ一曲に絞れ、という非常に厳しい制限がつきました。しかも隠しファイルにして、容易に見つけられないようにしろと。この新世界創立伝説ファイルは緊急避難的なものであり、長い将来にわたって、歴代大統領の間で引き継がれていくファイルとなるので、万が一今ある創立先導者たちの音源、映像ファイルが消されても、半永久的に残されるものであるから、必要最小限にするべきだ、と大統領閣下が仰るからです。先の時代は、どうなるかわからないからと。
 どの映像を残すかについては、僕らに任せると仰ってくださったので、ヘンリーと僕は何日も議論した後、ミュージックビデオ作品は「Polaris」を、ライヴ作品は、最終コンサートの映像を納めたビデオの中から、本当に最終トラック「Evening Prayer-Reprise」を残すことにします。彼らAirLace最後の演奏であり、この直後に旧世界が崩壊する、非常に衝撃的な瞬間です。ここまで皆さんがたどり着けることを、切望します。ぜひ見つけ出してください。
 
 なお、彼らエアレースの三枚目の作品からずっと、CD本体かカバーデザインの裏側に、新世界国旗の図案が登場しています。
 
  第一部(2013−2016)、曲目 
・Turn of the Light (Children for the Light 2013/1)
・Beyond the Night(Beyond the Light)
・Evening Prayer
・Photograph
・Neverlands*
・Abandoned Fire (Eureka 2014/9)
・Remember Your Moment*
・One of the Action
・(No one could be an)Angel
・At the Storm of Midnight
・Morning after Dark(Vanishing Illusions 2016/5)
・Talk with Nature

*印の曲は、ジャスティン・ローリングスが共同作曲で入っています。それ以外のものの作曲と全曲の作詞は、アーディス・レインの自作です。全曲の編曲は楽器担当の四人の名義になっています。いわばすべてを自分たちで作り上げ、構築し、演奏しているわけです。それだけでも、かなり驚きでしょう。しかも、その楽曲の素晴らしさと言ったら! あなたもきっと、納得してもらえるはずです。

 なお、後半期の音源ファイルは以下のとおりですが、再生は前半期が終わると出来るようになっています。
 
 第二部(2018−2021)
 ・Here I Stand(Polaris 2018/4)
 ・Stop and Go
 ・Polaris
 ・Far Beyond
 ・The Arc of Gaia
 ・Cutting Edge(Neo Renaissance 2020/10)
 ・Light and Darkness
 ・Spinning Wheels
 ・Fancy Free
 ・Mother
 ・Between Dusk and Dawn(Birth/Aqualea 2020/1)
 ・A Brand New World
 
 楽譜: The New World Rising
 
 それでは、まずは前半期音源からどうぞ】

赤い文字でこんな注意が出てきた。
【音源ファイルを聴くためには、イアフォンを付けて下さい】
 
「ああ……外に音が漏れないようにするんだね」
 二人はこのファイル自体が極秘閲覧であることを思い出し、納得しながらイアフォンを取り出した。パトリックの部屋には専用の一つしかないので、ジェレミーは部屋にとって帰し、自分の分を持ってきた。フォンの端子は一つだが、ディヴァイダーという二つに分ける装置をそこに差し込み、それぞれのイアフォンをつなげば、二人同時に聞ける。
 二人はレシーバーを耳にかけ、ファイルを進めた。ただの音楽ではない音楽とは、いったいどんなものなのだろう。それに自分たちだけで一から作り上げ、構築し、演奏する音楽とは――。
【PLAY】ボタンを押す。二人の胸の鼓動が聞こえてきそうな、期待に満ちた短い静寂のあと、突然弾けるような音が飛び込んできた。何の音だろう。そうだ――音楽ファイルにあった、エレクトリック・ギターの音だ。思わず全身の毛が逆立ったような感じがした。ファイルの練習編の音とは比べものにならないくらい衝撃的で、躍動感と情感にあふれている。続いて、轟くようなビート――ドラムスと呼ばれる打楽器群の音だろう。同時に、ド、ド、ドとうねるような低音は、ベースギター。その二つを合わせて、リズム・セクションと呼び、その名の通り音楽のリズム面を担当する――解説にそう書かれてあったが、まさに実感できる。躍動するリズム、その上を縦横無尽に駆けめぐるギター。それに絡んでいくシンセサイザーの音色。この二つはリード楽器だと、ファイルにあった。担当は和音とメロディ。
 四つの楽器が織りなす音はこの上なく鮮烈で激しく、思わず身体が動き出すような活気にあふれている。なるほど、ファイルに書いてあったとおり、この楽器群の調和は実に素晴らしい。こんな音を今まで聞いたことがないが、一度聞いてしまったあとでは、現代の音楽プログラムなど、つまらなく感じてしまうだろう。そんな気さえした。
 その驚きから回復しないうちに、さらなる大きな衝撃が二人を見舞った。楽器群を切り裂くように、音の渦の中から急激に立ち上がるように、別の音が響く。音――?いや、違う。これは人間の声だ。「YEAH!」とも「AHH!」とも聞こえる叫び声なのだが、なんという響きと衝撃を持った声だろう。言葉ではない叫び一声で、すべての楽器群をしのぐインパクトを放射しているなんて。パトリックもジェレミーも思い切り頭を殴られたような衝撃を感じ、全身が震えた。間髪を入れずに、その声は素晴らしく印象的で躍動的なメロディに乗って、言葉に変わる。

 僕は闇の中にいた。
 暖かく安全な、無知の闇の中に。
 でも僕は退屈し、焦り、切望した。
 誰かこの闇に光を与えてくれと。
 僕の知らない多くのことを見て、知りたいと。
 
 突然、あたりは明るくなって
 一瞬、僕は眩惑された。
 そして見ることが出来た。
 知りたいと思っていた、多くのことを。
 でも、見ることは恐怖だ。
 知識は時々、畏怖を与える。
 知ることで、深淵が口を開く。
 ああ、あの無知の闇に戻れたら。
 でも、もう引き返せない。

 光の向きを変えて
 見えなかったものを見て
 そして何を知って、何を思う
 混乱の中、でも目を閉じるな
 背を向けるな
 それはきっと何かを教えてくれる

 その言葉以上に迫る、強い感情は何だろう? 二人の心に直接響き、激しく揺さぶってくる思いは何だろう? 葛藤と苦悩と当惑と、それでもなお真実を見ようとする無垢の勇気――それが二人の心に強い衝撃となって飛び込み、激しい感動と共感をもたらし、陶酔させる。なるほど――これはただの音楽じゃない、本当に――。
 最初の曲が終了したあと、二人は深い深いため息とともに、心からそう認めた。
 その余韻に浸るまもなく次の曲が始まり、また新たな感情と情景が展開する。二人はまたその激流に揉まれ、立ちすくむ。何も考える余裕などない。心は飛び込んで激しく揺さぶってくる有言無言のメッセージと感情に支配され、深い感動の中で彼ら自身の感情も同調し、揺り動かされる。時には切なさに涙を流し、時には優しい気持ちになり、時には勇気を鼓舞される。
 あっという間に、十二曲が終了した。二人は涙が止まらず、最後のトーンが消えたあとも、しばらく余韻が回復しなかった。それから数分の間、二人とも呆然と座っていた。その後、やっと自分たちの感情を回復した二人は、顔を見合わせ、深い深いため息をついた。なお、何と言っていいか言葉が出ない。
「すごい……ね」
 やっと絞り出した言葉は、それだけだ。
「音楽で、ここまでできるなんて……」
パトリックが吐息とともに、そう付け加える。
「僕、もう他の音楽を、聞けなくなりそうだよ……」というジェレミーの言葉に、
「うん。まったくね……」と、パトリックが強く頷く。
「もう一回、聞いてみたいね」
 ジェレミーの言葉にパトリックも深く同意し、二人はもう一度PLAYボタンを押した。そして再び展開する音楽世界に、激しく深く浸った。十二曲の再生が終わると、もう一度PLAY。聞くたびに、その衝撃は強くなるようだ。ますます強くその世界に引きつけられ、離れられなくなっていく。
 四回目の再生が終わった時、二人は同時に、強い畏怖を感じた。これ以上再生をかけたら、もう二六時中この世界に浸っていたくなりそうだ。さらに、聞くたびに感情が強く揺さぶられ、心の底から名状しがたい思いが湧きあがってくる。もっと周りを見てみたい。自分自身も――そして強く前向きに生きていきたい。そんな思いが。だから――だから、あの二五世紀末に、当時の大統領が封印してしまったのか。新世界を立ち上げるのに有効だったこの力は、平穏で安定した社会にあっては、危険分子となり得る。穏やかに波風を立てないためには、あまり感情を強く動かさない方が無難だ。そう思われるのかもしれない。でも、それでよいのだろうか、本当に――。
 その思いを強く感じた時、パトリックもジェレミーも思わずはっとして、お互いに顔を見合わせた。
「と、とりあえず……今日はもうこれ以上、再生しないでおこう。なんだか怖くなってきたよ」パトリックがかすれた声で言った。
「うん……」ジェレミーも頷き、深い吐息をついた。頭を振り、ふと窓に目をやると、いつのまにか外が明るんでいる。
「ねえ、パット。もう五時だよ。朝になってる……」
「ええ! 僕ら、夜明かししちゃったのかい?」
 パトリックも言われて初めて気づいたように、驚きの声を上げた。
 
 二人は窓辺に立ち、外を見やった。街は透明なドームの中、紫と鴇色を混ぜたような、夜明けのベールに覆われている。空が少しずつ明るさと光を増していく。二人は初めて見た夜明けの美しさに心を奪われ、じっと見つめていた。
「今日、僕は多くのことを知った。今まで想像もしなかったようなことを。本当に、あの最初の歌の通り、僕は今まで無知の暗闇にいたんだ。でも、この夜明けのように光が射し込んできて……不思議な物語を知った。でも知ることは本当に、恐怖なんだろうか……?」
ジェレミーは深くため息をつき、考えていた。




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