Part 5 of The Sacred Mother's R ing - Call of the Time

第4章 新世界創立伝説(4)




【翌年、NA二四九年が明けてまもなく、タッカー大統領が私を呼ばれた。
「執務室のキャビネットの奥に、箱が一つあるんだ。歴代大統領の間で引き継がれていく資料の一つらしいんだが、今までタイマーロックがかかっていて、開かなかった。それが今年になって、封印が解けたんだ。中身を見て、私もわけがわかったよ。今まで封印してあった理由がね。見てごらん」
 私は机の上に置かれている、その箱を開けてみた。中に入っていたのは、三百冊以上の古いノートと、プラスティックの薄い箱に入った数枚の円盤――CDやDVDと呼ばれる記録媒体、そして何冊かの本だった。その上に、なにかが書かれた紙がのっている。こう書いてあった。
【タイマーロックのかかったローリングス家のもの以外、全世帯のファミリートレジャーボックスの中を点検し、このまま残しては不都合なものを回収した。日記、雑誌、ラストコンサートのパンフレット(この中にバンドの公式資料も記されている)、CD、DVD。これは第一世代の人が亡くなった時、HDプレイヤーとともに回収するよう定められていたのだが、中にはやはり何人か、掟を破って手元に残し、子孫たちが慎重に隠す形で残していたようだ。最終公演の映像記録の一部も、スタッフグループのファミリートレジャーから出てきたので、これも回収した。CDやDVDはそれぞれ一枚ずつこの箱に残し、残りは廃棄とした。雑誌も基本は廃棄し、パンフレットも一部のみをここに残す。日記はすべてこの箱に保管する。この箱は、NA二四九年まで封印する。それ以降は、内容を知られても、さしつかえないだろう】
 その紙には、こう署名があった。
【NA一九年十月十三日。 アルシス・リンク・シンクレア・ローゼンスタイナー】
「おお! これは『夜明けの大主』の直筆ですか!」
 私は思わず感慨にとらわれ、そう声を上げた。
「私もつい感激して、同じことを言ったよ」
 タッカー大統領は苦笑して言われる。
「つまり、そういうことなんだ。旧世界末期や過渡期を知る上で、これは非常に貴重な資料なのではないか? 彼らの追跡調査をする上でもね。私も日記を二、三読んでみたが、なかなか感動的な内容だよ。だから君に渡して、まとめてもらおうと思ってね」
 私は早速その中に入っていた日記をすべて家に持ち帰り、一冊ずつ読んでいった。ほとんどはアイスキャッスルに来ていた無名の一般観客たちだが、中には関係者や親類縁者たちのものも混じっている。日記という性格上、たいてい一人の人が複数冊にわたって記録していて、プライベートな記述もかなり多かったが、カタストロフ前後からその過渡期の激動の記録は、書き手が異なっても、どれも涙なしには読めぬ。ファミリートレジャーに入っていたということは、この百人以上の著者たちはいずれも子孫を残し得た、幸運な人たちなのだろうが、あの時代を生き抜くことは想像を絶する苦難であったことを、改めて思い知らされた。
 すべての記録を読み終えるのに一ヶ月以上かかったが、その時代を生き抜いた証人たちの生々しい記録は、知られざる暗黒の過渡期の様子を甦らせるに十分だった。ただ惜しいことに、あの六人が残した記録というものは、存在しなかった。エヴェリーナ・ラズウェルの手紙によれば、ジャスティン・クロード・ローリングスは記録を残しており、またアンダーソン市長もそのために記録を残すよう、彼に要請していた。その記録はたしかに存在していたようだが、それはローリングス、ラズウェル、また双方の傍系のファミリートレジャーのいずれにも残っておらず、もちろん大主が回収したものの中にもなく、タイマーロックのかかった箱も他にはなかった。どうやら途中で子孫たちによって処分されたと思える。残念だ。残っていれば、私の仕事はそれでことたりただろうに。しかし、他の人たちが残した数百冊にも及ぶ記録は、あらかたの事実を知るには十分だった。彼らの心の機微も、その間からある程度は読みとれるだろう。
 
 彼ら六人は過去に戻ったあと、音楽活動を続けていた。最初からかなりの成功を収めていたが、帰ってから二年半後より、世界規模での爆発的な人気を獲得する。それは残されていた公式ファイルの資料より、容易に確認できる。一作品につきそれぞれ五千万から六千万というCD音源の売り上げ数や、それを上回るやダウンロード回数、一シリーズ百数十回の公演回数で数百万人という観客動員数など、旧世界の人口は桁外れに多いことを考慮に入れても、まさに驚嘆すべき数字が並んでいる。
 彼らの音楽の愛聴者たちは、強い愛情と忠誠心を楽団に持っていたようだ。それは残された一般観客たちの日記からも明白だ。だからこそ、アイスキャッスルに残された八千人余の人々は、当然起こってしかるべきパニックや混乱、暴動、無気力などの無秩序状態にさして陥ることなく、暗黒の過渡期を乗り越えて、新世界を築いていけたのだろう。
 すべての記録を再構築すると、状況は明らかになっていく。彼らはアイスキャッスルに、それぞれの妻子と、可能な場合は親兄弟、親類縁者、友人数人を伴って行った。楽団関係者たちや媒体記者、それに圧倒的多数の一般観客たちは、それぞれ単独で行った人がほとんどだ。友人同士、恋人同士、兄弟姉妹という小グループは存在したが、すべて一般観客という立場に変わりはない。
 楽団のメンバー五人は、ここに来た時より、十一才年をとっている。楽団では最年長のマイケル・プレスコット・ストレイツとジョージ・マーティン・スタンフォードは三二才前後で、前者は妻と両親、後者は妻と十才の娘、七才の息子、さらに両親を同行していた。十七才だったジャスティン・クロード・ローリングスとロバート・テレンス・スタンフォードは二八才になっていて、前者は妻と八才の息子、両親と兄、姉を、後者は妻を同伴だ。アーディス・レイン・ローゼンスタイナーは二五才で、妻と二人の娘(七才と四才)、それに妹、継父と継兄が一緒だった。最年長だったロバート・ダニエル・ビュフォードはもう三八才だったが、同伴は妻のみで、妻もまた楽団関係者だったようだ。
 そして二〇二一年十一月二日、彼らは最後の演奏会をアイスキャッスルで行った。記録によれば、演奏会は十六時過ぎより始まり、二三時四一分に終わった――いや、正確には公演が終わるのとカタストロフが起きるのが、ほぼ同時だったようだ。

 その後知り得た経過を、彼らの周辺のみに限って述べることにしよう。彼らのうち三人は幼い子供たちを伴ってアイスキャッスルに来ていたが、劣悪な環境と厳寒の影響で病気になり、翌年の四月までにすべての子供たちが死んでしまった。ロバート(彼らはロビンと呼んでいたので、今後はフルネームを使わない時には、そう呼ぶが)・スタンフォードの妻は妊娠したが、途中で流産し、彼女もそれが元で死んだ。その後、ジョージ・スタンフォードの妻とジャスティン・ローリングスの妻が、放射性障害で命を落とした。さらにスタンフォード兄弟の母は厳寒の中、孫娘(兄弟の姪だ)を追って戸外に出て凍死し、父は放射性障害と思われる急病で死去。マイケル・ストレイツの両親も同じく放射性障害が原因の病で世を去り、ジャスティン・ローリングスの父は心臓発作で死亡。なお、四月の終わりに飛行機の離着陸が可能となったので、外界の調査に出かけたがとても移住不能とわかり、調査に行った人々は全員亡くなったらしい。
 一同はアイスキャッスルに留まるしかなかったのだが、七月上旬にはとうとう食料が尽きた。そこで彼らは、やむを得ない選択をする。生きていくために、トロント市まで飛行機で行き、倉庫やシェルターと呼ばれる核避難所に保管されている食料を探して、飛行機に積めるだけ積み込み、アイスキャッスルに運んできたのだ。もちろん、都市部はすべて致死量を上回る放射性物質があふれていたので、調達に行ったものは全員死ななければならない。それは、実にぎりぎりの重い選択だった。
 私たちの時代を訪れた六人の中で、最初の犠牲者がこの時に出ている。ロバート・テレンス・スタンフォードだ。彼はどうやら最初の食料調達に行き、七月十日に出発、トロント市に赴いて食品倉庫から食用可能な物資を運んだあと、七月十三日にアイスキャッスルに帰ってきた。そして、それから九日後の七月二一日に、現地で死亡している。享年二九才だった。
 食料を取りに行くものは常に命と引き替えになったが、高い自己犠牲の精神と博愛の念に支えられた人々から、毎回申し出があり、食料調達は定期的に行われていた。こうして七月中旬から九月の上旬までは、それで命をつないでいたようだ。
 だが同年九月十五日にトロント市へ調達に行った飛行機が、三日後の十八日に放射線濃度を測るためオタワ市に向かい、翌日これから帰るという通信のあと、迷走して墜落したことから、アイスキャッスルの人々に最大の危機が訪れる。操縦助手が通信で報告してきたのだ。気流が大幅に変化し、コンパスも当てにならなくなっている。普通のコンピュータ制御で操縦していると、目的地には着けないと言い残し、燃料切れで墜落したようだった。一同は困惑した。このままでは彼ら全員、食料のないままアイスキャッスルで立ち往生するしかなく、遅かれ早かれ全滅は必至であった。
 そこで翌二十日、新たな一団がこの危機を救うべくアイスキャッスルを出発した。この一団のリーダーは、アーディス・レイン・ローゼンスタイナーだった。彼こそは楽団の象徴であり、一般の人々のリーダーでもあったわけだが、いわばそのリーダー直々の登場である。だが食料調達というのは常に命と引き替えだ。出来れば一同、この選択は避けたかったらしいが、しかし同時にこの最大の危機を乗り越えられるとしたら彼しかいない、という悲壮な覚悟で送り出したという。そして彼は期待に応えた。困難な状況の中、なんとかオタワ市まで到着し、そこで食料を集めて積み込んだ。が、翌々日の九月二二日午前中に、オタワ市に激しい嵐が起き、離陸不能だと彼は連絡してきた。この嵐はそれから四日間吹き荒れ、彼とその一団がアイスキャッスルに無事帰還できたのは、九月二六日のことだった。その帰還で、アイスキャッスルは救われた。待望の食料がもたらされ、しかもオタワに居住可能になったのだ。離陸直前に放射線濃度を測ったところ、汚染はかなり薄まっていたという。嵐の影響だろうか。彼はまた帰りの飛行機の中で新しい条件下での飛行地図を作製し、残ったメンバーに手渡した。そして彼は死んだ。帰ってきたその日に。カタストロフの翌年、九月二六日十四時二十分――帰還後、わずか三十分たらずだったらしい。享年二六才だった。
 そこまで知って、私は一瞬おやっと思ったものだ。アーディス・レインは、アイスキャッスルで死亡している。ならば、子供はどうなるのだ。彼の娘たちは冬の間に死んでしまったし、一度子孫が途絶えた形になるのだがと。ところが彼が死んで十日のち、妻の妊娠が発覚するのだ。まさにぎりぎりで、子孫を残していたのである。なお彼にはこの時期、伝説的なエピソードがかなりあるようだ。アイスキャッスルでは、九月十七日に食料が底をついている。おまけに遠征失敗と、嵐での足止めで相当飢餓期間が延びた。実に九日間である。長い避難生活で弱った体力にこれだけ長期間の飢餓は、致命的にもなり得るだろう。しかしこの間、アイスキャッスルにほとんど死者は出なかった。九月二四日の午前中に、オタワからの通信が施設全体に流れ、それを聞いた後、全員がある程度体力が回復したような気がしたという。一般の人々が、真剣に日記にこう書いていた。『エアリィがオタワからヒーリングをしてくれた』と。ヒーリング? それは人を癒すという超能力だ。だがあの子はBBではあったが、超能力者だとまでは知らない。だが同様の力で、オタワに同行した調達隊の全員をアイスキャッスルに帰還するまで生かしたという記述も見受けられる。それは本当だろうか? さらには、嵐の力を利用して除染したのも彼だ、その夢を全員が同じ時期に見た、という話も伝えられているようだが、これはさすがに偶然の結果としたほうが無難だろう。もう一つ、彼は死後ほどなくして、身体が空中分解して消えたそうである。ほとんどの人がそう記述しているのだから、間違いはないのだろう。しかしこれに関しては、ある程度あり得る話だと私は理解した。彼はBBだからだ。しかも、相当純度の高いブルーブラッドである。BBは老廃物や死んだ細胞を、一定のパーセンテージで単分子まで分解してしまうという特徴がある。彼ほど純度が高ければ、かなりのパーセンテージで細胞を分解したとしても不思議ではない。それがあたかも消えたように見えたのだろう。
 だが、とにかく彼は死んだ。アイスキャッスルの人々の命を救い、オタワへの未来を開いて、しかし自らはそこに参加することなく、その命を捧げた。以前から彼を非常に崇拝し、慕ってついてきた一般の人々にとって、その事実がどういう作用を及ぼしたかは、明白だろう。彼はその後も、姿なきリーダーであり続けたという。しかも、生前よりも強い求心力を持って。あの雑誌の表紙に書かれていた言葉がはっきりと示すように、『私たちはあなたが開いてくれた未来を守る。希望を消さない。だから見ていて下さい』という強い決意となったのだ。さらに、その死の前後に起きた超自然的な現象もふくめて、一般の人々は彼を人間以上の存在に押し上げた。『新世界の守護神』として――そう、私も耳にしたことがある。新世界のごく初期に存在していた、『ガーディアン信仰』というものについて。だが、その内容については知ることが出来なかった。今は、その理由も納得できる。

 その年の十月七日より、人々はアイスキャッスルからオタワに脱出した。すべての移動が完了したのは同月十二日で、こののち彼らはオタワ市内にある、シルバースフィアと呼ばれる、カタストロフの二年前に作られた、透明な屋根に覆われた施設――三階までは地下にあり、広い中央通路を挟んで両側に十棟ほどのビルの立ち並ぶ区域らしい。ここには七百世帯ほどの集合住宅と商店や様々な施設があり、通路を覆う屋根の上から簡易シールドも貼れるという。この区域の動力源は市内のほかの場所とは独立していて、地下にシェルターもあったという。それゆえ、放射能の心配がある程度ないならば、移り住むには最適だった。ジャーメイン、アランのステュアート親子にジョセフ・ローリングスを加えた始源の三賢者たちも、エヴェリーナ・ラズウェルが残し、六人が未来世界から過去に持ち帰ったデータをもとに、ロボット制作の研究を始めた。だがこの冬は体力の衰えのためもあり、健康被害がピークに達し、以前から伝えられていた資料の通り、八百人近い死者を出した。ジャスティン・ローリングスの母親も、この時に亡くなっている。
 しかしオタワの環境はアイスキャッスルほど過酷ではなかったため、春と同時に出産が増え始めた。最初の第二世代の子供は、カタストロフから二年目の三月十二日に生まれたイヴ・ローラ・マリ・ストレイツという女児で、この娘はマイケル・プレスコット・ストレイツとその妻の、最初の子供であったという。しかし残念ながら、この子は三歳で病死してしまったようだ。そして同年五月二七日、アール・ランディスとオーロラ・ロゼット・ローゼンスタイナーが産声を上げた。彼らはアーディス・レインの息子と娘であり、夜明けの大主の祖父母である。アール・ランディスは特に第二世代の子供たちの中心人物であったらしい。この年四八人の子供たちが誕生し、そのうち三二人が無事に成長して大人になった。
 その後の歩みは、比較的緩やかだ。毎年三、四百人ほどの人が死に、百人前後が生まれていく。死亡率は年々下がり、出生率は逆に上がっていったが、それでも全体の人口はゆっくりと減り続けていった。三年目の冬には、ジャスティン・ローリングスの姉も死んだようだ。
 そしてカタストロフから四年近くたった八月十八日に、ジョージ・マーティン・スタンフォードが急性白血病で死亡した。享年三五才であった。そして、その翌年の二月十六日、マイケル・プレスコット・ストレイツも同じく白血病の急性増悪で、三六歳で死亡する。しかもその後、同じ年の六月に一人娘のイヴが病死し、それを苦にした妻が、七月に自ら命を断ってしまうのである。悲しい事実だ。同年の十月には三賢者の一人、ジャーメイン・ステュアート博士も心臓発作で急死してしまった。しかしロボットの基本スペックはもう完成していたので、あとは二人でも研究はやっていかれたのが幸いだ。
 楽団メンバーは、この時点で四人が死んでしまい、ただ一人残ったジャスティン・クロード・ローリングスは、翌年の四月に再婚した。新しい妻はエステル・フローラ・ステュアート――アーディス・レイン・ローゼンスタイナーとアラン・スコット・ステュアート博士の妹であり、ジャーメイン・ステュアート博士の娘だ。そして翌年の九月二六日に、二人の間に双子の姉弟が生まれるのである。姉はエヴェリーナ・メイ・ローリングス、後のラズウェルで、未来世界を訪れる彼らに手紙を書いた、あの娘である。彼女は成長してフェリックス・ラズウェルという若者と結婚し、二男三女の五人の子供に恵まれた。長女は生まれてまもなく死亡し、三女は六歳で病死するも、あとの三人は無事に成長、次女のヴィクトリア・ルイーザは私にとって、曾祖父の曾祖父の祖母である。
 エヴェリーナの弟はアドルファス・ルーク・ローリングス。彼の妻、エディス・バーネットとともに三賢者のあとを引き継いで初期科学の発展に多大な寄与をなし、科学の父祖と称される。夫妻の一人息子、クレアランスは後の二代大統領の祖父であり、ローリングス・ファミリーの直系である。アドルファスには妻の他に恋人がいて、その女性との間に、一男二女をもうけた。しかし長男は夭折している。
 エヴェリーナとアドルファスの双子の母であり、ジャスティン・ローリングスの新しい妻、エステル・フローラ・ローリングスはお産が重く、子供が産まれたその日、九月二六日の午後、急性心不全で死亡している。双子は父親であるジャスティン・ローリングスが養育していたようだが、彼もまた四年後の八月二日に、多発性ガンのため死去した。享年三九才であった。
 ここで楽団メンバー全員が死に絶えるわけだが、彼らの後見人であったロバート・ダニエル・ビュフォードはその後も生き続け、楽団メンバーたちが残した子供たちの養育や、コミュニティ全体の管理などに携わり、カタストロフから十七年後の十一月一日に、睡眠中の心臓発作で死亡した。享年五五才であったから、その時代としては長生きな方であっただろう。
 ロバート・ビュフォードの死去に伴い、コミュニティの管理はクレイグ・ロビンソンという一般観客出身の一人に引き継がれ、ロビンソンの死去後はアール・ランディス・ハミルトン・ローゼンスタイナーが引き継いだ。(この頃、戸籍が規定され、第二姓がフルネームに付け加わる)彼は妻との間に一男二女をもうけたが、長女はごく幼いうちに死亡し、成人したのは二人だった。だが彼は妻の他にもう一人恋人がおり、その女性との間にも一男二女をもうけた。この女性との間の息子がアリステア・ショーン・ライト・ローゼンスタイナーであり、彼とポラリス夫人との間に生まれた長男が、後の夜明けの大主、アルシス・リンク・シンクレア・ローゼンスタイナーである。なおポラリス夫人はオーロラ・ロゼットとエフライム・ジョセフ・シンクレアの間に生まれた第四子であり、いとこ同士の結婚であったことは前にも述べた。
 なおエフライムとオーロラのシンクレア夫妻には、ポラリスのほかに二人の息子と一人の娘がおり、オーロラはポラリスの出生に伴って、亡くなったそうだ。そしてポラリスの兄で、シンクレア夫妻の第三子、パリス・ジョセフ・ローゼンスタイナー・シンクレアの曾孫の一人が第三代大統領、ジェラルド・ジョン・ローリングス・シンクレアである。
 アール・ランディス・ハミルトン・ローゼンスタイナーは孫にあたるアルシス・リンクが生まれた翌日に、死亡している。死因はくも膜下出血とされている、とのことだった。彼の死後、中央部のリーダーは同胞であったアンドリュー・レナード・ジョンソン・パーキンスに引き継がれ、パーキンスの死後はアリステア・ショーン・ライト・ローゼンスタイナーが継いだ。アリステアが二〇九一年十月に急病で亡くなった時、中央執行部のリーダーを投票で決定し、その人に『大統領』の称号を与えることが決められた。
 そして同年十二月、初代大統領として、アリステアの長男である、アルシス・リンク・シンクレア・ローゼンスタイナーが、二一才の若さで就任するのである。翌年の二〇九二年二月一日に新世界建国宣言が行われ、NA紀元がスタートするのは、先述の通りだ。過渡期の社会機構や科学技術の発展については、それぞれの関連ファイルで詳しく説明する。

 より詳しく詳細を記したレポートを大統領に提出し、預かっていた日記を全て持ち主の子孫たちに返却したのは、それから半年後だった。その後、私はアイザックとヘンリーを伴って、新世界ゆかりの地を訪ねた。最初はランカスター島――この地帯は旧世界では地続きだったらしいが、カタストロフの時に周辺地域は水没した。現在はカナダ地方東岸二五キロの沖合に浮かぶ、直径四百メートルほどの小さな小島である。その島の真ん中に一本の木が立っている。今では樹齢四百年近い大木だが、この木は新世界の象徴として祀られているのだ。これは初代大統領からの申し送りであった。なんでもこの樹は地球に自生する植物とは少し異なり、新世界を導く象徴であるという。それは美しい樹であった。幹は黄金色に輝き、葉はエメラルド色に透ける。そしてこの木は、カタストロフの際にも他の木のように枯れず、育ってきたようだ。カタストロフを生き延びた唯一の木――それゆえに、この木は新世界の象徴と言えるのかもしれない。この一帯は水没したにもかかわらず、ここだけが残ったという意味でも。ただ、それ以外は何もない場所だ。ここが残ったのは偶然なのか、それとも何か意味があるのか――それは理解できないまま、そこを去った。そして次の訪問地、アイスキャッスルは非常な感慨を起こさせてくれた。
 アイスキャッスル――ここは八代大統領の任期中に整備され、カタストロフ当時の施設は残っていない。慰霊祭のあと、この地は長らく立入禁止になっていた。やっと大統領の許可が下り、私たちは百数十年の時を経て、この地を訪れたのである。私たちが訪れたのは四月であったが、まだあたりは雪と氷が残る、一面の白い大地であった。そして、冷厳に静まり返っていた。空気はしんとして冷たく、厳粛な雰囲気に包まれている。二三世紀に建立された白い慰霊塔の台座には、この地で逝った二四三九人の名前が刻まれ、その上部には国旗のモチーフ――正確には彼らの楽団のシンボルマークだろうが、子供と星の彫像が建っていた。台座の上に、こんな言葉が刻まれている。
【安らかに眠って下さい。あなたたちの心は私たちの中にあります。あなたたちは私たちの中で、決して死にはしません。これからともに、新たな世界を築きましょう】
 慰霊塔の裏は、共同墓地だった。二四三八人の墓碑が、一面に並んでいる。二三世紀になっても、この地は極寒に閉ざされていたため、施設内に安置されていた遺体は白鑞化、もしくはミイラ化していたが、腐乱はしていなかったという。名前と生年月日、没年月日と享年が、遺体とともに紙に書かれていたため、それに基づいて一人一人棺に入れて埋葬し、墓碑を刻んだのである。実際の作業はほとんどロボットの力だろうが、大変な行程だ。敬意と熱意がなければ、とても成しえなかった作業だろう。
 その広い共同墓地の中から、ロバート・テレンス・スタンフォードの墓碑を見つけた私は、いっそう厳粛な気持ちになった。あのはにかみやで真面目な少年の面影が、眼前に甦る。彼はその十二年後、妻と生まれるはずの子をここでなくし、食料を運ぶためにその命を犠牲に捧げたのだ。だが彼は、歴史の波間に埋没しようとしている。自らの命と引き替えに食料を運んで他の人々を生かした、その高い自己犠牲の精神に殉じたのは、アーディス・レイン・ローゼンスタイナーの場合と、基本的に変わりはない。だが、『新世界の守護神』となり、大勢の子孫を残した彼と違い、ロビン・スタンフォードの場合、後世の認知度も無名に近く、子孫も途絶えてしまった。その事実に非情さを感じた。
 墓地を巡ったあと、私たちは隣接する小さな礼拝堂へと入った。ここはアイスキャッスルでなくなった人々のうち、遺体が残らなかったため、ただ一人墓碑を建てることの出来なかった人――アーディス・レイン・ローゼンスタイナーのためのモニュメントだ。壁には彼の肖像がかけられていた。これはオタワに移動後、イラストレーターを職業としていた一般女性が、彼を偲んで書き上げたという作品で、シルバースフィアの中央広場に、長らく飾られていたという。その後、シルバースフィアから地上の住居に脱出する際、初代大統領が保管し、いずれアイスキャッスルの慰霊祭が開かれるようになったら、そこに移設するようにとの申し送りの元、大統領室のキャビネット奥に保管されていたという。
 それはまさに『新世界のガーディアン』と呼ぶに足る、インパクトと神々しさを持った作品だった。あの『夜明けの大主』の肖像より、さらに衝撃度は強く感じる。私の記憶に残る、十四才の明るく屈託のない、人並みはずれて美しいがちゃめっ気もある少年というイメージの彼が、それから十二年間で人間以上の何かに変貌したのだ。
 畏怖に満ちた思いを感じた。壁面に言葉が刻まれている。
【過去は大切に思うだけで良い。昨日ではなく明日を見つめて、進んでいこう。愛と希望と勇気をもって。一人一人が英雄になれば、世界はまた輝き始めるから】
 この言葉は人々がオタワへ移ってから新世界が創立されるまでずっと、人々の心を支えた信念、スローガンだったことは追跡研究の結果で知ってはいた。それをもとに、新世界建国宣言がなされたことも。それは彼が残した言葉――この思いを信念として、オタワに移った人々が、新世界を築き上げたのだ。

 私たちは再び外へ出た。空には北極光が現れていた。その不思議な光の下に、私たちは言葉もなく立ち続けた。アイスキャッスルは、まさに白い静寂の大地だ。旧世界と新世界をつなぐ唯一の地となったアイスキャッスルは、今から三百二十年前には、どのような様相だったのだろう。一切を失った人々が、未来の希望をたよりに、無秩序状態に陥らず生きた。だがこの地での十一ヶ月間は、苦悩の日々だったに違いない。それは人々をまとめる立場の彼らとて、同じだっただろう。家族を亡くし、友人から切り離され――最愛の子供たちや妻たちが目の前で死んでいくのを、なにも出来ずに見守るしかない、それはどれほどの悲しみと無念だっただろう。豊かさも安寧も、以前享受できたほとんどのものが、旧世界と一緒に潰え去った。最低限の食料と当時アイスキャッスルにあった設備や備品、それに自ら携えていった着替えやわずかな日用品――それだけしかない耐乏生活の中、愛する者たちも次々と力つきていく中、一年近い歳月を太陽も射さない暗いドームの中で過ごさなければならない。それはきっと想像を絶する艱難辛苦だったはずだ。
 人々の日記に書いてあった事実が、痛いくらいに胸に突き刺さってきた。それでも人々を支えた希望――それは人間としての生きる本能と、未来はつながるのだという、彼らが語った新世界の話だったという。人々の記録によれば、七月、食料が全て尽きて、すべての希望が潰えかけた時、彼らはこの話を一般の人々に話したという。その模様に関しては、ある一般女性の日記から引用することにしよう。私が記述するより、すべてを理解できるはずだ。
【今日、集会があった。とうとう、ここの食料が明日で切れるという。ショックだった。いつまでここにいなければならないかわからないのに、食料がなくなるなんて。冷静に考えてみれば、これだけの人数がいるのだから、いくら倉庫が大きくても、そんなにもたないことは当然なのだが――じゃあ、私たちはここで、みんな死ぬのだろうか? 世界が滅んで、私たちだけが助かったと思っていたけれど、結局ここで飢え死になんてことになったら、惨めすぎる。二つの選択肢がある、とエアリィは言った。一つは誰かが犠牲になって、外から食料をとってくること。一つは――恐ろしいことだけれど、死んだ人を――ああ、書きたくない。彼もそれは個人的に、とりたくない道だと言っていた。私もそう思う。昔の大飢饉の時には良くあることらしいが、今はそんなことまでしたくない。それとも今はまだ、それほど飢えが深刻じゃないから、そんな悠長なことを言っていられるのだろうか――頭が混乱しそうだった。誰かが外の街から食料を取ってくるしかない。それは、たしかに良い案だけど、行った人は生きてはいないだろう。でも、みんなを助けて死ぬのも、結構かっこいいかも――なんて生やさしい話じゃないだろうけれど。放射性障害は苦しいのよね。それに、女の子は力仕事に向いていないから――ああ、そんなことを言っている場合じゃない。今は男だの女だの、関係ない。でも本当に、希望はあるのだろうか。いえ、疑っちゃだめ。信じるしかない。たとえ突拍子もない話でも。ここから未来世界が続いていく。私たちはオタワに無事、行ける。何百人かは脱落してしまうけれど、それは絶望に続く道じゃない。本当なんだ。信じたい。信じる。気休めなんかじゃなく――だから、私たちもがんばらなければ。もう私たちには、信じるものは他にないんだもの。
 わかっていたけど、なにもできなかった――? それで責める人なんて、いやしない。だって他に仕方がなかったのはわかっているから。だから、そんな悲しそうな顔はしないで。私たちはここに来て、生きていることを感謝する日が、いつかきっと来るに違いない。そう信じるから――あなたは私に多くのものをくれた。ファンになって九年間、とても幸せだった。世界が滅びて自分が助かった、その日々をあなたたちと過ごせるのは、私にとって救いなのだから。私はあなたを、あなたたちを信じる。だから、私たちに希望を下さい。その世界の話を、もっと聞かせて。その未来が本当になることを、私たちは信じるから――その未来を実現するために、私たちはがんばるから。そして調達に行ってくれると名乗りを上げた人たち――ロビンさんも含めて、ああ、昔背景クンなんて呼んでしまって、本当にごめんなさい! ありがとう! ありがとう! 私も、いつか私の順番が来たら、命を捧げてもいい。みんなのために――】
 アイザックとヘンリー、そして私はじっとその場に立ちつくし、空を見上げていた。この季節でも風は冷たい。彼らが過ごさなければならなかった日々は、想像を絶する過酷な寒さだったという。室内でさえ氷点下だという記述が、どの日記にもあった。我知らず、涙が流れてきた。ただ一つの希望を信じて、過酷な日々を耐え抜いた人たち――だが、それでもここで力つきなければならなかった二千五百人弱の人々の心中は、いかばかりだったか――。

 私たちはアイスキャッスルを去ったあと、オタワ市へと向かった。シルバースフィアの跡地を中心とした一キロメートル平方の区画は二二世紀半ばより高い壁に囲まれ、完全封鎖されて、立ち入り禁止区域となっていたが、今年からその壁が取り壊され、再整備されて、『新世界記念館』として公開されている。そこに隣接した場所に、初期の共同墓地があった。ここにはアイスキャッスルよりもはるかに多い、二万人近い墓碑が並んでいる。NA十二年にシルバースフィアを完全脱出するまでに没した人々が、第二世代、三世代、さらには四世代まで葬られているのだから、数が多いのも無理はない。
 ここで探したのは、四つの墓碑だ。ジャスティン・クロード・ローリングス、ジョージ・マーティン・スタンフォード、マイケル・プレスコット・ストレイツ、ロバート・ダニエル・ビュフォード。そう、二年前に会った六人のうち、アイスキャッスルに眠る二人を除いた、四人の墓碑だ。そこでも私は最後の三つの墓に同じ感慨を抱いた。それはアイスキャッスルでロバート・テレンス・スタンフォードの墓碑を見つけた時に、感じたものと同じ思いだ。歴史の波間に消えようとしている四人――だが、それではあまりに悲しい。

 ニューヨーク市へ帰る時、私はあることを思いついた。しかし、それはあまりに人為的すぎはしないか? そこまで人間が手を加えることは、許されるだろうか――だが、彼ら四人のためになんとかしたいという思いは強く、私は帰るとすぐに、生理主任学者のスタンディッシュ博士に連絡をした。
「彼らの細胞サンプルは、保存されているだろうか?」と。
「BBの子以外は、一応、凍結保存してある」と、博士は答えた。
 そこで私は思っていることを、彼に伝えた。博士は仰天した面持ちで声を上げていた。
「アイデアとしては面白いが、かなり問題が多そうだな。それに、大統領や市長連合や中央委員会の許可がいるし、協力者も必要だ」
 そう――私が思いついたことは、とんでもないことかもしれない。子孫を残し得なかった彼ら四人に、改めて子孫を残してやりたいというのは。
 この件では、大統領や市長閣下、委員方たちにも賛否両論があったようだった。
「君の気持ちはわかる。私たちも、できればなんとかしたいという気はある。だが、人工子宮でクローン人間を作るというのは、許可できない。それは人間が踏み越えてはならない領域だ。そこまで、人間がやってはいけないよ」
 協議が終わったあと、大統領はきっぱりとそう言われた。
「だが、生殖細胞を使った顕微体外受精、というなら、許可しても良い。代理母が見つかったならね。ただ、受精卵を移植するのは、彼ら一人につき代理母二人だけだ。それも一回に一個ずつだ。それで失敗したのなら、それは自然に逆らっていると言うことだ。あきらめるんだね。もし成功したら、その子は生存を認められたと解釈できるから、成人したら、本来の父親の姓を名乗らせると良い」
「わかりました。ありがとうございます」
「それから、スタンディッシュ君に言ってくれ。その実験が終わったら、彼らの細胞サンプルはすべて消却するように、と。後世に悪戯を考えるものがいたら、困るからね」
「はい、承知いたしました」私は頷き、博士にその旨を伝えた。

 計画は実行に移された。母親希望の女性八人も見つかり、それぞれの女性の卵子と、科学検査の時に採取され、保存されていた彼らの生殖細胞とを顕微授精させた受精卵が、二人ずつに移植された。精母細胞は全てY精子を使ったので、産まれる子供は全員男子になるはずだ。そして、なんと全員が同じ結果になった。一人につき一人ずつ失敗し、一人だけが成功することとなったのだ。つまりジョージ・スタンフォード、ロビン・スタンフォード、マイケル・ストレイツ、ロバート・ビュフォード、それぞれの子供が、一人ずつ生まれたのである。
 子供たちは今、それぞれの母と養父の元で養育されている。成人すれば、その本来の親の姓を名乗るはずだ。彼ら本人たちには伺い知れないことだろうが、ともかく血統を保つことが出来て、私はほっとしている。願わくは私のやったことが、それほど自然に反しませんように。

 このファイルを編集している今現在で、彼らの帰還後六年半が過ぎた。今やこの世界に彼らのこと、彼らが先導して生まれたこの新世界創生の伝説を知らないものは、誰もいない。彼らの音楽は他のすべてのプログラムをあわせたよりも頻繁にリクエストがかかり、その代表曲の数々を知らないものも、誰もいない。彼らは今、この時代に生きている誰よりも、歴史に残る他の人々よりも有名だ。アイスキャッスルもシルバースフィアも、年々増加する観光客でにぎわい、アイスキャッスルには一昨年、ついに簡易宿泊施設まで出来た。
 しかし、それは単なるブームで終わってはならないのだ。一体どれほどの人が、真の悲劇を体感できるだろうか。その思いに、未来の希望に、現在の新世界はふさわしいだろうか? 私たちは自らに問わなければならない。大いなる見えざる力によって出来たこの新世界、旧世界からの八千人あまりの先達が悲劇と艱難辛苦を乗り越えて作り上げた、ただ一つの希望――その新世界に我々がふさわしいかどうかを。もしそうでないなら、少しでもそれに近づいていけるよう、努力しなければならないのだ】




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