Part 5 of The Sacred Mother's R ing - Call of the Time

第4章 新世界創立伝説(1)




 納得のいく出来ではないものの、ともかく論文を仕上げてしまったジェレミーには、今無為の時間が残されていた。これといって見たい資料などなく、セッションを開いたものの、どうすればいいか当惑するばかりだ。だが、ぼーっとしているより、なにかを見ていた方がまだ気が紛れる。どうせなら宇宙学とは、まったく関係のないものを見てみよう。文学、歴史、そんなようなものを。歴史ならパトリックの専門だし、彼と共通の話題が持てる。それに自分自身、興味のある分野でもあった。そんなことを思い立ち、まさに歴史関連の資料インデックスにアクセスしようとしていたその時、パトリックが部屋にやってきて、誘いかけたのだった。
「ジェレミー。新世界黎明期の資料とリンケージ出来たんだ。今日から閲覧できるんだよ! それで共同閲覧者を認めてもらえるらしいから、勝手だけれど君を登録したら、許可されたんだ。君の再研修期間中だけの、限定だけれどね。良かったら、これから僕の部屋に来て、一緒に見ないか?」
 ジェレミーは驚き、次の瞬間、歓喜にぱっと顔を輝かせた。
「僕が見ていいの!? ああ、うれしいな。でも、学術員の専用ファイルを僕が見て、大丈夫なのかな。それに黎明期の資料なんて、極秘でしょう?」
「ああ、絶対、他言無用だって。違反が発覚したら、僕はコースの資格を剥奪されてしまうらしい。もう一度適性の受け直しさ。そうなると、もう雑務局の下級オペレータか労働局しか行けなくなるから、こっちも必死で守らないとね。ということは、マーティにすら話せないってことなんだ。でも幸いなことに、共同閲覧者が認められたんだ。君は公認された共同閲覧者だよ。君の再研修期間限定だけれどね。だから、良かったと思って。もし君が一緒に見てくれたら、僕は誰かに話したいって、悶々とすることはなくなるだろうし」
「そう……うん。一緒に見るよ、喜んで。僕を登録してくれて、ありがとう、パット。実は僕も昨日論文を書き終わったから、これから二ヶ月半の間、どうしようかなって思っていたんだ。歴史の文献でも見ようと、今セッションを開いたところだったんだよ」
「そうか。偶然だなあ。僕もきっと君なら、興味を持ってくれるだろうと思ったんだ。じゃ、そっちのセッションは切って、僕の部屋へおいでよ、ジェレミー。これからセッションを開くところなんだ」
「うん」
 ジェレミーは頷くと、自分の端末のセッションを切り、立ち上がって隣室へ行った。
「ただし、ジェレミー。もう一度注意をしておくけれど、黎明期ファイルの内容は、絶対誰にも……僕以外には、誰にもしゃべっちゃダメだよ。僕たちが話す時も、他に誰もいないところでないとダメなんだ。それは守ってくれよ。さもないと、君も僕も面倒なことになるかもしれないからね」部屋へ入ると、パトリックが再びそう警告し、
「うん。わかった」と、ジェレミーも真剣に頷いた。

 ジェレミーはスツールを移動させてパトリックと並んで腰かけ、スクリーンをのぞき込んだ。パトリックはキーを操作し、リンケージを開いた。と、画面が一瞬黒くなり、ついでメッセージが表示される。
【新世界黎明期、及び旧世界の関連資料インデックスへ、ようこそ。あなたのIDとパスワードを、入力して下さい】
「パスワード?」パトリックは当惑したように、声を上げた。
「ええ? 昨日は、そんなものはなかったのに。何を入力すれば良いんだろう」
「昨日は何を入力したの?」ジェレミーはそう問いかけた。
「昨日はIDと、それから姓だった。僕の場合は、Barton Rollings」
「じゃあ、それかもしれないよ」
「ああ、そうかな。ありがとう、ジェレミー」
 パトリックは頷いて、昨日と同じ入力をした。が、しかし出てきたメッセージはこうだ。
【パスワードが違います。もう一度入力して下さい】
「ええ?!」パトリックは困惑しきった表情で、髪をくしゃくしゃとかきむしりながら、絶望的な声を上げた。
「なぜだ? 昨日はこれで登録できたのに。他にはパスワードなんて、登録していないはずなのに。何か他のパスワードが要るのかなあ」
「落ち着いて、パット。普通に考えれば、昨日君が入力したものがパスワードになっているはずだと思うんだ。それで登録されているのだろうから」
「でも、現にこれでは、開かないよ。ああ、なんてことだろう。せっかく扉が開いたと思ったのに……」
「ねえ、パット。ひょっとしたら……」ジェレミーの頭に、ふと考えが閃いた。
「もしかしたら、パスワードはどちらか一方なんじゃないかな。Bartonか、Rollingsか」
「ああ……そうかもね。じゃあ、どっちなんだろう……」
 パトリックも画面を見つめながら、しばし考え込んでいるように沈黙した。
「BARTONか、ROLLINGSか……うーん。でも、ジェレミーとも共通な姓は、Rollingsの方だから、とりあえずこっちから入力してみよう。どうかな……」
 パトリックは真剣な眼差しでスクリーンを見つめながら、二人に共通な姓を打ち込んだ。Rollingsと。ジェレミーも固唾をのんで、その操作を見つめていた。と、見ているうちに、ふっと画面が消えた。一瞬ブラックアウトしたスクリーンが、今度は白く染まる。そこに出てきたのは、二人にはかなり見慣れた図案だった。子供と星――新世界の国旗だ。左側の子供は伸びゆく可能性と力を象徴し、右の星は宇宙を表す。その中の二つの象形文字は、古代の言葉で『永遠』と『無限』を表す――初等科の一般教養でそう習った。この図案は創立以来変わらず、途中何度か改変案も出たが結局具体化せず、新世界の伝統として、そのまま継承されているものだった。国旗のデザインの下に、文字が見える。
【The New World――Neo Mundus Societas   Founded @2092AD】
「あれ?」パトリックが小さく声を上げた。
「二〇九二年に創立? そんな文字は図案にないぞ。第一、今は一九八七年じゃないか」
「うん……」
 ジェレミーも首を傾げながら見つめる。ふと、彼は気づいた。
「パット、よく見て。紀元が違う。NAじゃないよ。ADだ」
「あっ、本当だ!」パトリックもついで声を上げた。
「でもADって、なんだろう? 新生紀元じゃないとすると……」
 しかしその答えを考えるまもなく、国旗はスクリーンから消えた。かわって、こんなメッセージが表示されている。
【禁断のファイルへ、ようこそ。
 これからあなたたちを二六世紀以前の世界、新世界の初期及び黎明期へとご案内します。あなたが自らの姓をパスワードに入って来られたということは、とりもなおさず、あなたが新世界創立先導者たちの直系子孫である証明でもあります。
 このファイルは「新世界創立伝説」関連以外のすべてを、NA四三三年に、主任歴史学者である、私こと、アンソニー・ラーセン・ローリングスを中心とした学術研究員グループ七名が編集しました。まずここまでの歴史の概要を、NA二五〇年までの前半期と、それ以降の後半期とに分けて、解説します。なお順序は逆になりますが、後半期の方から解説しましょう】

「アンソニー・ラーセン・ローリングスだって?」
 パトリックとジェレミーは、その編纂者の名前を見たとたん、声を上げた。偶然にもパトリックの父でありジェレミーの伯父である人と、第二姓まで含めて、同姓同名だ。もちろん本人であるはずもないが。彼らの知っているアンソニーは、NA一九二六年の生まれだ。NA四三三年にファイルを編纂したのは、同姓同名の他人だ。もっとも同じローリングス姓だから、ご先祖かもしれないが。
 その驚きがさめると、二人は顔を見合わせた。お互いに、頬は紅潮し、目は輝いている。あのパスワードで正解だった。ついにリンクが開けたのだ。禁断の世界が今、目の前にある。二人は同時にぶるっと身震いし、ついでお互いに手を取り合って、「やった!」と小さく叫んだ。しかし、自らの姓をパスワードにしてここにアクセスできたことには、何か意味がありそうだ。新世界創立先導者たちの、直系子孫――? それは、いったいどういう意味だろう。それになぜ最初からでなく、後半期の方から解説がスタートするのだろう。
 訝りながら二人は、【次へ進む】のキーを押した。

【NA二五〇年、二四世紀前半に当たるこの時期、当時の大統領は第十五代の、ジョン・パストレル・タッカー氏(NA二〇六〜二七八 大統領就任期二四五〜二六五)でした。当時の社会システムは、現代と全く変わりありません。各都市の市長を頭とする都市の行政府が連邦として連なり、その中央にすべてを統括するものとして、大統領を頂点とする中央政府が位置しています。中央政府には大統領の下に七人の中央委員がおり、各行政府の長たちもここに属しております。大統領は基本的に七人の中央委員の中から、全員選挙制で選ばれます。五年ごとに信任投票があり、信任が得られれば次の五年も就任することが出来、最長で二十年まで勤めることが可能です。また中央委員は推薦投票制をとっています。
 この頃人口は約二万二千人で、北米大陸の東部五都市に限定して住んでいました。社会科学システムは完全に整っており、労働は管理職と知的活動が大半で、有職成人男子の七割弱が管理関係、残りは学術研究者として活動をしていました。肉体労働は完全にロボットと機械に任され、家事労働も大半が機械化されて、料理も完全宅配システムを取り、女性も育児期間が終われば、もしくは子供のいない夫婦の場合、男性と同じ職に就くことが出来たのです。職業の選択は完全に個人の自由で、政府の中央管理職以外のものなら、学者でも工場や農場のマネージャーでも、流通管理のオペレータでも、必要な学習課程の履修が終われば、なんでもなれたわけです。
 このころはまだ動物の再生が始まったばかりで、数種の家畜が数十頭だけ飼育され、まだ一般利用は出来なかったので、動物性蛋白質は主に大豆の合成品を使っていました。教育システムは在宅コンピュータ教育を主とし、個人の能力がその水準に達した時点で、数ヶ月の休暇を挟んで次のステップへ、というシステムが取られていました。娯楽施設は図書館、博物館、公園、遊園地があり、交通はオートレーン(動く歩道)とエアロカー、都市間の連絡にはインターシティ・シャトルが使われていました。つまり、この時代にはもう現代の――といっても二六世紀前半のことですが、これからも基本システムはこれ以上改良しない方針らしいので、たぶん君たちが見ている時代でも、あまり変わっていないと思います――基本的社会システムが、ほとんど完備していたのです。
 なお、この時代の病気治癒率は八二パーセント、標準出生率は二・八人、不妊率十パーセント、流産率七パーセント、奇形障害出産率は約四パーセント強という数字です。この時代では、まだ遺伝子選別や受精卵診断は希望者以外、行っていません。人口増加比率は一世代で約二十パーセント前後でした。

 この時代のもっとも大きな特徴は、いわゆる芸術復興と呼ばれる風潮が始まったことです。文学、演劇、音楽、放送芸術――そういうものは旧世界からの伝承以外に、新世界がスタートして半世紀後には、すでに創造されていたのですが、二三世紀に入る頃より機械化され、ほとんどがコンピュータによるランダム制作で、人間がそれをアレンジし、再びコンピュータという媒介を通して表現するというものになっていました。ですがこの時代から再び、芸術を人間の手に戻そうという動きが高まりました。まず自分の手で音楽を演奏し、制作もしようという試みが始まり、ついでそれは文学や演劇へ、放送芸術へ、そして絵画へと広がり、同時にスポーツのあり方と価値が見直されて、さまざまなスポーツが復興し、広まりました。芸術の発表やスポーツでの交流の場として、新たな娯楽施設、コミュニティホールも新設されました。
 この風潮はタッカー大統領の任期終了後も、第十六代大統領ジョセフ・ジョンストン・シンクレア氏 (NA二一五〜二八六 就任期二六五〜二八五)、第十七代のドワイト・シーモア・ローゼンスタイナー氏(NA二四三〜三〇八 就任期二八〇〜三〇五)の時代にさらに広がりを見せ、芸術とスポーツがすっかり庶民的な娯楽として定着しました。それまで与えられた娯楽を一方的に享受することしかなかった人々は、自らが作り出す音楽や演劇、文学に新鮮な興味と楽しみを感じ、自分で行ったり、また人の作品を鑑賞したりという娯楽に、すっかり夢中になりました。しかし、それによって社会の発展自体は特に妨げられたというわけではなく、この間にガンの画期的な治療薬が発明され、野生動物のバイオ再生の試みが始まるなど、順調に発展しています。人口も第十七代の任期末期の頃には三万五千人に達し、居住都市も八都市へと拡大しています。
 その後、この風潮は第十八代大統領、セオドール・ローゼンスタイナー・クラーク氏(NA二四七〜三二三 就任期三〇五〜三二〇)、第十九代のパーシヴァル・スタインバーグ・ライト氏(NA二六九〜三三六 就任期三二〇〜三三五)、第二〇代のフランクリン・シンクレア・バンディット氏(NA二八〇〜三五一就任期三三五〜三五〇)という三人の大統領の時代にも順調に発展し、社会システムとしても完全に定着した観がありました。しかし二〇代大統領の任期末期から、少しずつ問題の影が見えてきたのです。
 第二一代大統領であるアンドリュー・ローリングス・スティーヴンス氏(NA二九七〜三六五 就任期三五〇〜三六〇)の任期時に、問題が一気に噴出を始めました。長年発生ゼロを記録し続けていた犯罪が増加し始めたこと。それもきっかけは芸術やスポーツを自分たちでやっているうちに興味が加熱し、誰かに下手だと非難された、スポーツで負けた、演劇の受けが良くなかった――そのようなフラストレーションを抱えた人たちが喧嘩を始めて、傷害事件が起こるようになったのです。また有職成人男子の比率が低下し、働かずに趣味に生きる人が増え始めたこと、育児をおろそかにして趣味に熱中する母親まで現れ始めました。もちろん全体としては少数派で、まっとうに楽しんでいる人々も多かったのですが、平和な社会の中での一部の不調和は、目立つ問題となり、中央政府でもこの状態が続くようならば少し統制が必要なのではないかと、危惧しはじめた頃でもありました。
 次の大統領、第二二代のスティーヴン・ラーセン・ハーディング氏(NA三〇六〜三八〇 就任期三六〇〜三七〇)、そして第二三代のベンジャミン・ローデス・ホワース氏(NA三一六〜三八四 就任期三七〇〜三八〇)の時代にも、引き続き問題は起こり続けました。そこで、ハーディング氏は有職者の報償を引き上げ、育児手当を増やしましたし、ホワース氏は犯罪の刑罰を重くしました。そして両氏ともあまりに芸術活動やスポーツに熱中しすぎて日常生活をおろそかにするのは愚かなことだと、放送を通じて人々を啓蒙しようとしました。それによって、問題はいくぶん改善されたかのように見えたのですが、結局効果は長続きせず、相変わらず問題は起こり続けました。
 なおこの時代、つまり二五世紀の初めには、世界人口は六万人ほどで、医療成功率は八五パーセント、まだ居住地域は北米大陸のみでした。科学技術の発展は少し停滞気味で、動物たちはほぼ順調に増え続けていましたが、新種の技術開発はあまり成功せず、それが余計に問題意識を強くさせたのでした。

 第二四代大統領、ロデリック・ターナー・ハーマン氏(NA三三一〜四〇〇就任期三八〇〜三九五)の時に、ついに大英断が行われました。スポーツはともかく、まだまだ発展途上の社会に、かかる芸術の爛熟は好ましくない。しかもその内容たるや、本当に価値のあるものなど百に一つもなく、ほとんど自己満足の素人芸術で終わっている。そんなものは鑑賞に堪えず、単に時間の無駄である。にもかかわらず、そんなものに熱中して貴重な生産エネルギーを空費するのは、社会にとって重大な損失であると、彼は考えたのです。
 しかし、いきなり芸術を禁止すると、人々から反発を招き、リコールされる危険がある。そこで彼は慎重な方法で、素人芸術を追放にかかりました。まず社会的な職種を増やし、人々を出来るだけ生産的な方法で職業に就けること。無職者の基本手当を四十パーセント削減すること。もちろん、これはかなり賛否の別れた政策でしたが、それまでのプロパガンダが効を奏し、『怠け者が楽をするなど、許せない』という考えを持つ一般の有職者たちの共感を得て、可決されました。
 さらに政府はコミュニティホールを半分ほど閉鎖し、かわってショップを作りました。そこに美しい洋服や装飾品、便利な道具や遊具など数々の魅力的な商品を並べ、その番号を打ち込んで必要な対価を払えば、その品物が出てくる仕掛けです。そして放送プログラムなどを通じて、人々がそれらの商品を欲しがるように仕向けました。しかしそれらの品は高価なので、働いて報酬を得なければ、購入は難しく、そのために人々は、職について働かざるを得なくなりました。コミュニティホールの使用料も倍近くに引き上げ、さらにもう二つ、思い切った手を打ちました。
 一つは大統領直属の、芸術評価団の結成です。このメンバーに選ばれた人はいずれも名高い学識者で、もちろん公正に評価することは確かなのですが、判断基準はかなり高く、九五パーセント以上のものが「無意味だ」「つまらない」「駄作だ」「下手だ」「単なる自己満足だ」などという痛烈な言葉で、翌日のニュースで酷評されることになりました。公演のたびに現れる評価団は芸術愛好家たちの恐怖の的となり、観賞する方もそう言われると、とたんにつまらなく感じる人も出始め、人々の意欲も興味も徐々にそがれていったのです。
 そしてもう一つ、ハーマン氏が行った大英断は、旧世界の伝承芸術を一切シャットアウトしたことでした。それまで伝承されていた文学や音楽を、目立たないものから徐々にプログラムからはずしていき、最後には新世界創立伝説とその関連音楽まで、一般からのアクセスを不能にしてしまいました。なぜならば旧世界からの伝承芸術は、評価団も認めざるを得ないほど、非常に優れたものが多かったからです。ことに新世界創立伝説に関わる音楽は言語に絶するほど強力で、『精神的影響が大きすぎる。暗黒の過渡期には必要だったかもしれないが、今の時代にはかえって危険だ。せっかくの政策が、すべて水泡に帰しかねない』と、ハーマン氏をおびえさせたほどの力があったのです。もちろんそれらの伝承音楽は、なお一般に強力に愛聴されていたので、プログラムから消えた時には、かなりの騒ぎがありました。しかしハーマン氏はこう言って陳謝し、切り抜けたのです。
「データが消去されてしまいました。時限式に消去されるものだったのでしょう。大変申し訳ないし、残念だと思いますが、致し方ないのです。もうデータは失われてしまったので、取り戻せません」
 もちろん嘘ですが、人々は受け入れざるを得ませんでした。

 ハーマン氏の後任である、第二五代の大統領、ドナルド・アンダーソン・モンゴメリー氏(NA三五〇〜四二一 就任期三九五〜四〇五)、さらにその次の第二六代であるポール・ホワイト・バーナデット氏(NA三六〇〜四三二 就任期四〇五〜四二〇)も、基本的に先代と同じ考えを持ち、その政策を維持しました。そしてハーマン氏が打ち出した数々の政策の効果は、ちょうどその世代が変わったころ、つまり、さらに次の代の第二七代である、女性大統領カーラ・マッコール・ゴールドマン氏(NA三七六〜 就任期四二〇〜)の在任中あたりから、顕著に出始めたのです。このころには旧世界からの伝承も新世界創立伝説も人々の記憶から消え始め、芸術への情熱もかなり下火になってきていました。
 彼女はそこで、芸術というものの社会的地位をはっきりと定めることに力を入れました。芸術はやはり気晴らしとして、あった方が良い。しかし本当に才能のある、優れたものだけが行う資格があると。
 彼女は芸術者という職業を明確に定めました。演劇者、劇作家、小説家、作曲家、音楽家、歌手、グラフィッカー、アニメーター、ゲームデザイナー、この九部門が職業芸術家という範疇に定められ、希望するものにテストをし、ふるいにかけ、合格したものを認定したのです。このうち劇作家と小説家はコンピュータのシナリオ機能を使いこなせ、作曲家は音階モチーフプログラムを使うという、創造者というよりアレンジャー的な才能とセンスが求められます。グラフィッカーは絵心も必要ですが、CGの知識を持たなければなりませんし、アニメーターは小説家とグラフィッカーの両方の特性を持たなければなりません。ゲームデザイナーは最低限のプログラミングの知識と、劇作家、アニメーターとしての総合的な力量が問われます。音楽家はシンセサイザーなどの電子音源をいかに使いこなせるか、その腕が問われ、演劇者は演技力、歌手は歌唱力が問われたことは言うまでもありません。さらにあとの二つの職業に関しては、力量もさることながら、見た目、つまり容姿に優れることが、重視されました。歌手には新規採用は二二才まで、という年齢制限も付きました。なお職業芸術家志望の者は、他方面に優れた技術なり才能がないかどうかもチェックされました。より生産的な分野に才能や適性が認められたら、そちらの方が優先されます。
 NA四二一年に、このテストを合格した、初の職業芸術家たちが誕生しました。演劇者二十名、劇作家十二名、小説家二二名、音楽家九名、歌手九名、グラフィッカー十五名、アニメーターが八名、ゲームデザイナーが十一名、合計で百六名です。うち男性が五八名で、女性が四八名でした。参考までに述べると、この時代の総人口は約八万二千人で、第十一番目の都市として初めて北米大陸以外の都市、ロンドンが復興しました。誕生したばかりの職業芸術部門はロンドンに活動本拠を起き、選別された百六名と、関係職員百十五名は、すべてヨーロッパ大陸に移住を余儀なくされました。
 さらに、ゴールドマン大統領が注意を払ったことが、一つあります。選別された百六人の職業芸術家たちを、決して“社会的に尊敬”させないこと。彼らにも自分が特別で偉いなどとは、決して思わせてはならないこと。職業芸術家たちは、一般の人々たちに娯楽を提供することが仕事だ。ただそれだけにすぎない。その認識を徹底させ、その方針に乗っ取って、決して彼らをつけあがらせないように扱えと、関連職員たちに通知しました。一般の人たちにも放送プログラムや媒体を通じて、『職業芸術家たちは我々を楽しませるためにいるのであって、いわば社会の奉仕者だ。重要なものでは決してない』という認識を植え付けることを怠りませんでした。こうして芸術は単なる娯楽、気晴らしとして、定着したのです。
 これが正しいことだったのかどうか、私にははっきりとはわかりません。しかし、芸術の野放図な解放が問題を引き起こしたことはたしかですし、やはり囲いに入れて制御する必要のあるものだということは、確かなのでしょう。歴代大統領たちは社会のために、出来る限り最善の策を取ったのだと評価すべきです。
 そのおかげで社会は多様化しました。新世界前期に比べ娯楽の種類もかなり増大し、人々の生産意欲も増しました。人口も八万二千人ほどになり、北米大陸を脱出することが出来ました。不妊率も九パーセントになり、流産率は六・五パーセントに減少、奇形障害出生率は変わりませんが、出生率は三・一人に上がり、人口増加率も一・三三に増えました。このまま増大していけば、四百年後には人口は百万人近くに、八百年後には一千万人に、さらに千二百年後には一億人に達するでしょう。まさに希望の持てる数字だと言えます。
 そしてもう一つ、大統領が行ったことは、これまで普通の職業として認知されてきた学術研究を、職業芸術に似た立場へと転換させたことです。学術研究部門は、非生産に携わる特殊な職業として認知されることとなり、希望する者の中から他にこれといった適性を持たず、なおかつ非常に高い好奇心と勉学心があるもの、そして一定以上のIQの持ち主を選抜するという形が取られることとなりました。その仕事は、主に一般教育カリキュラムや一般閲覧用の資料の編纂であることも決められました。芸術家ほど特別というわけではなく、彼らほど軽視はされていないものの、非生産事業であるということから、あまり社会的な認知を受けなくなったのです。もちろん文系ではなく科学系の研究者、開発者は、社会の発展を支える上で非常に大切なエリートなのですが。
 
 二年ほど前、我らが女性大統領はもう一つの変革を行いました。職業を自由に選ばせるのではなく、できるだけその才能を発揮できるようなものにすること――職業適性テストの導入です。基本の教育課程が終わり、専門分野に分化する時、これまでは本人の希望だけで決められていました。しかしそれは往々にして、本人に適している分野ではないこともあり、そうなると生産性は減少することになります。その能力をより生かして、より多くの生産性を発揮することこそ、社会の発展に必要であると判断した大統領は、専門課程に適正テストを設けたのです。それをパスしなければ、そのコースを選択することは出来ず、別の分野を選択し、再びテストを受けなければなりません。職業芸術者や学術研究者のように、他に適正のある部門がないかという、総合的な適性検査ではなく、選択制にしたのは、手間はかかるものの、まずは本人の意思で選ばせようという、大統領の恩情なのだと思います。
 このシステムが定着し、社会が再び安定し始めた今、大統領は学術研究者の歴史主任である私に要請したのです。新世界が発足してから現在までの歴史を概要せよ。NA二五〇年を節目とし、前期と後期に分けよ。後期は芸術の興亡を中心にまとめ、科学技術の発達や社会機構などは別項で詳細せよ。前期に関しては事実に基づいて簡潔にまとめよ。新世界創立伝説の関連ファイルについては、元からあるファイルをそのまま使用せよ。音源ファイルの再生限度を設定する以外、手を加えてはならない。さらに旧世界からの伝承ファイルも含め一括してリンケージを作り、一般アクセスから隔絶するように。いかなる手段においても一般人が見ることがないように。ただし職業学術研究者で、以下の姓の者だけは閲覧を許可するとのことでした。その姓とは、次の十九です。
 Rosenstainer、Synclair、Stainberg、Bernett、Marshall、MacAll、Carlile、Tucker、Rollings、Stuart、Larsen、Turner、Raswell、Goldmann、Andersen、Stanford、Straits、Bufford。
 なお、このシステムは後世までずっと引き継がれる予定だと言うことでした】

 その後、第二七代のカーラ・ゴールドマン大統領から、第十五代のジョン・タッカー大統領までの歴代十三人の首長の写真が、逆順に次々とディスプレイに登場してきた。それが終了すると、次の画面になる。
【選択して下さい】
・ もう一度見る。
・ 次の項目へ。

 息をつめて画面を見守ってきたパトリックとジェレミーは、どちらからともなく、ふっとため息をついた。だいたいの概要は、一回読めばつかめる。二四世紀半ばから二六世紀初めまでの歴史――人口の少なさには驚くが、二六世紀初めで約八万人という数字は、歴史を勉強している者なら常識だ。その百五十年前なら、二万人強でも不思議はない。だがそのころから、基本的な科学文明はある程度変わらないのだ。違う点は、新世界の初頭にはまだ畜産は再生が始まったばかりのレベルにあり、人が本物の動物たんぱくを食べる機会がなかったという点と、同じ理由から、野生動物がまだ再生されておらず、今のようにドームの外へ出れば地域によっては動物がいる、という環境にはまだなっていなかったということ。社会的には、規定出生がまだない時代で、職業適性テストの原始的な形が導入されたのが、このころ――二六世紀初めだということだけだ。そして都市には、すでにオートレーン(動く歩道)が設置され、エアロカーは宙を飛んでいた。ロボットもいた。現在では人口が増え、都市規模が拡大したので、より高速に移動するためのシャトル網が地下に貼り巡らされているという、違いだけだ。
 興味深い内容かもしれないが、とりわけ驚くようなことは、何も書いてはいなかった。二人はもう一度ファイルの内容を読み、顔を見合わせた。仰天するような内容ではたしかにないが、二、三引っかかる言葉がある。『新世界創立伝説とその関連音楽』それに『暗黒の過渡期』――それは、いったい何なのか? 閲覧を許された十九の姓と、冒頭の導入部にあった、『新世界創立先導者たちの直系子孫』という言葉は、何を意味するのか。
「先を読めば、わかってくるかな」パトリックはそう呟き、
「うん、そうだね」と、ジェレミーも頷いた。
 そこで彼らは、【次の項目へ】を選択した。
 入力すると、画面はホワイトアウトし、もう一度最初の国旗図案が現れる。
 【新世界連邦――AD二〇九二年に創立】という、言葉とともに。
 しばらくすると、また画面が変化し、本文が流れ始めた。





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