Part 5 of The Sacred Mother's Ring - Call of the Time

第2章 望む道(2)




 九月も半ばになって、いよいよマーティンとパトリックの十六才の誕生日、すなわち彼らの職業適性検査の日が来た。当の二人はもちろんのこと、両親もその姉たちも朝食の席での会話がいつもより極端に少なく、食べるものも半分くらいだ。マーティンに至っては、玉子は気分が悪くなるといけないからいらないと言い、パンはのどにつかえると首を振る。フルーツと野菜のミックスジュースだけ、やっとのどを通ったようだ。パトリックの方はなんとか食べられたが、やっぱり半分以上残した。今まで「心配しても仕方ないよ」とマーティンに言っていた彼だったが、当然のことながら、不安はあったのだろう。ジェレミーも従兄たちのために、うまくいってくれればいいと切に願うあまり、ほとんど朝食がのどを通らなかった。
 仕事に出かける時間になって、アンソニーはため息とともに首を振っていた。
「やれやれ、帰る頃には結果が出ているな。今日は仕事に身が入るかどうか、心配だよ」
 ヒルダとヘイゼルもそれぞれの職場に出勤する途中で、こんなことを言い合っている。
「パットはともかく、もしマーティが希望コースへ行けなかったら、どう慰めるか、今から考えておいた方がいいかしら」
「きっと落ち込むわね、あの子。女性は結婚したら、一番下の子供が専門課程に入るまでは在宅の軽勤務になるけれど、男の人は六五歳になるまで、ずっと同じ仕事ですもの。一生ものよ。マーティが落ちつかないのも、無理はないわ。それにパットだって、内心は結構悩んでいるのよね。あの子の場合、表にはあまり出さないけれど」
「でも、どうかしらね。あの子たち。希望は叶うのかしら」
「マーティは頭がいいわよ。それに努力家だし。あの子は理系向きだと思うから、もしかしたら、大丈夫かもしれないわ」ヘイゼルは考えこむように言う。
「まあね。せめて一人くらいは、希望が叶って欲しいわね」
 そう口に出してしまってから、ヒルダはうっかり妹の心の傷に触れたのではと少しあわてたようだったが、ヘイゼルはちょっと寂しげに微笑しただけだった。
「でも、パットはどうかしらね?」
 ヒルダはこれ以上まずいことを言わないように思ったのだろう。口調を変え、そう言葉を継いでいた。「あの子のなりたいものと言ったら、歴史研究家か音楽家でしょ? でも芸能は問題外だし、学術だって、ものすごく特殊分野だしね」
「パットはまず、無理でしょうね。あの子だって、ほとんどあきらめているわよ。でも趣味で続けていく、なんて言っているわ」ヘイゼルは苦笑して答え、
「そうだわね。パットらしいと思うわ」ヒルダも肩をすくめている。
 二人はステーションで、それぞれの職場行きのシャトルに乗り込んだ。ヒルダは資料局へ、ヘイゼルは教育局へと。コンピュータ通信が発達している現在、集中的なオフィスワークはあまり必要ではないのだが、職場も教育課程のように在宅制にしてしまうと、社会的接触の機会がなくなるという配慮から、社会人たちは子育て中の女性や、自分や家族の病気などで通勤が困難な場合以外、週に五回、職場に出勤して六、七時間の仕事をすることが義務づけられているのだ。通勤時間帯には、コミュートシャトルと呼ばれる大型シャトルが、郊外地区からオフィス街に向かって、職場別にかなり頻繁に運行していた。そのシャトルには座席がないが、床には寄りかかれる棒がたくさん立っており、人はそれに捕まって、目的地まで運ばれるのだ。

 夫と娘たちがそれぞれの仕事場で落ちつかない時を過ごしている頃、メラニーは自宅のリビングで、ソファの間を行ったり来たりして、なんとか気分を落ちつけようと努めていた。どこの家庭でも、適性テストというのは人生を決める重大イベントだ。
 人は六歳の誕生日に、最初の適性テストを受ける。教育適性と呼ばれる検査だ。この結果によって、初級から中級の教育課程のカリキュラムが組まれる。その中で特に優秀な知能を持つ子供たちは特別コースに振り分けられ、八年で全課程が修了するが、大半の子供は標準コースの十年に設定される。劣った知能であると判定されると、十二年の過程になる。このコースになることは、人生最初の恥とされる。
 中級課程まで修了すると、次の誕生日に職業適性テストを受けることになる。これは個人の適性を測り、専門課程に振り分けるテストで、もっともその能力が有効に生かされると判定された分野の、専門コースへと進む。そこで職業人になるための専門知識を何年間か勉強したあと、社会人となるわけだ。
 科学技術研究開発者たち、宇宙開発局の技術者と一級プログラマーたち、一般科学局、中央管理局の管理者、都市設計、建築設計技師、各種上級技術者、メディカル・エキスパート、つまり医師たちのような、いわゆるエリート、一流とみなされる職業につくのは、ほんの一握りの成績優秀者だけだ。大半は、さまざまな政府機関のオペレータとしての職に就く。それが普通であり、中流であるので、たいがい彼らはその地位に満足している。そして自分たちが最下層である労働局の職員、つまり肉体労働者ではないことを、ある者は密かに、ある者はおおっぴらに誇る。ここには一般コースのひどい成績不振者と劣等コースで勉強をしている者のおよそ半分が行くことになっているが、ロボットでも出来る仕事をすることになる労働局に振り分けられることは、ひどい恥とされ、若者たちの恐れと軽蔑の的になっていた。
 その他、特殊な職業として、学術研究局、つまり人文学系の学者としての仕事がある。閲覧書の文献作成を担当する他は特に仕事らしい仕事はなく、研究することがすべての非生産部門だ。振り分けられる人数も非常に少なく、社会的な認知もほとんどない。労働局よりはるかにましではあったが、学術に振り分けられるということは、ある種の『変わり者』的なレッテルを貼られることでもあるので、若者たちはあまり歓迎していないのが普通だ。パトリックの希望はまさにこのコースなので、普通の家族ならばその望みが叶えられないことを望んだだろう。しかし、アンソニー自身もかつてはこの部門を志したことがあり、息子の望みに大いに共感を持っていたため、家族に公認されていた。

 ジェレミーもその日は落ちつかなかった。彼にとってかけがえのない友達である二人の従兄の望みを、自分で叶える力があったらと願いながら、実際は何もできない。それがもどかしく、二人が今頃どうしているかも気になって、なかなか学科がはかどらない。
 十二時になって、メラニーが昼食に呼びに来た。
「今日は二人だけね、ジェレミー君。だから簡単にすませて良いかしら。栄養ビスケットとミルクだけでもかまわない?」
 ジェレミーは微笑して頷いた。
「部屋に持ってきましょうか? それとも、リビングでわたしのお相伴をしてくれる?」
 伯母に笑顔で頷くと、ジェレミーは一緒にリビングへ行った。
「今日は、本当に落ちつかないわね」
 メラニーはミルクを飲みながら、吐息をついた。
「息子たちの一生が決まるんですもの。落ちつかないのが当たり前なんだけれど。でもね、ここのところわたしたち、適性テストは立て続けに蹴られているんですもの。不安なのよ。五年前には、娘たちの職業適性だったの。ヒルダは初等教育カリキュラムの専門家になりたかったし、ヘイゼルはコンピュータ・プログラマーを目指していたのよ。それはそれは、憧れていたの、あの娘たちも。でも二人とも、望むところへは行けなかったわ。アンソニーだって、そうだし。結局今まで職業適性で自分の希望の所へ行けたのは、わたしだけなのよ。だいたい四十パーセントほどの確率で、自分の希望が叶えられるはずだっていうけれどね、今のところ我が家では三対一だわ。ちょっと分が悪いわね」
【パットとマーティが、望む道に行ければいいと、僕も願っています。でも僕が願っても仕方のないことなんだろうし、他にどうしたらいいのか、わからないんです】
 ジェレミーは当惑したような微笑を浮かべた。
「そうね。でも、それはあなただけでなく、わたしたちみんながそうよ」
 メラニーは微笑み返し、ミルクのカップを下に置いて、ため息をついた。
「そう……願ったとおり叶えば、それは素晴らしいことだわ。でも、願いは叶わないこともある。いえ、叶わないことの方が多い。それでも、願わずにはいられないの。たとえそれが希望の実現に何の足しにもならないって、わかっていてもね」

 簡単な昼食のあと、再び勉強に戻ったジェレミーが、普段より一時間以上も余分にかかって、やっとカリキュラムをこなし終わった時には、五時を過ぎていた。部屋で待っているのもなんとなく落ちつかず、リビングに行くと、メラニーは編み物をしている。
「ああ、ジェレミー君。学科が終わったのね」
 彼女は顔を上げて、笑顔を浮かべた。
「今日は仕事が手につかないことはわかっていたから、今週分はもう、がんばって済ませてしまったのだけれど、逆に仕事をしていればよかったと思ったわ。ただ待っているのも、所在がなくて耐えられないの」
 最初の子供を妊娠してから、末子が一般教育課程を終わるまでの間、女性は在宅軽勤務、つまり家の端末を使ってできる仕事を、決められた時間数こなすことになっている。時間数ノルマは一週間単位で、どの時間帯でもできる。赤ん坊から二歳までの子供を育成中は完全免除で、妊娠中と初等教育課程で週十八時間、それを超えると二五時間に伸びる。メラニーの場合は、まさにその期間が今月いっぱいで終わる。来月からは、現場復帰のために研修が始まるのだ。今日は金曜日なので、彼女は仕事ノルマをそれまでに終わらせたのだろう。
 メラニーは苦笑を浮かべ、手にしているものを振った。白い、ぐるぐる渦を巻いた糸の固まりのようだ。
「だから、何か手を動かしていれば、気が紛れるんじゃないかと思って、こんなことをしてみているのよ。でもね、見てちょうだい。レース編みで花瓶敷きでも作ろうと思ったんだけれど、こんなになってしまったわ」
 ジェレミーもちょっと笑い、それを手に取って見てから、キーを打った。
【僕は、ぼんぼん飾りでも作っているのかと思いました】
「あら、言ったわね!」メラニーは笑う。
「まあ、あなたも来てくれたし、編み物はおしまいにしましょう。ほどくのが大変なだけだわ。そろそろあの子たちも帰ってくる頃だし」
【結果は通信で連絡が来るんですか?】
「どうかしら。携帯通信端末を審査会場に持ち込むことは禁止だから、会場にあるものを使うしかないけれど、混んでいるでしょうしね。ヒルダとヘイゼルの時も、直接帰ってきて報告していたわ。たぶんマーティとパットもそうでしょう」
【そうなんですか】
 ジェレミーは頷いた。彼の場合、会場に赴くことはせず、すべて通信端末を通して行われたので、通常の適性検査がどういう感じなのかは、知らなかったのだ。
 
 メラニーが作業かごを片づけてすぐ、玄関でチャイムの音がした。と、ドアが開いて、誰かが勢い良く駆け込んできた。マーティンだった。
「やったよ!」
 彼はリビングに入ってくるなり、開口一番、興奮した口調で言った。
「やったよ、母さん! それに、ジェレミー。僕、科学A−2になったんだ。宇宙開発局へ行けるんだよ。夢が叶ったんだ! ああ、父さんや姉さんたちも、早く帰ってくればいいな! 通信端末は混んでるから、早く報告したくて、すっ飛んで帰ってきたんだ!」
「まあ、おめでとう、マーティ!」
 メラニーは弾かれたようにソファから立ち上がり、思わず息子に駆け寄った。
「うれしいわ! 本当に良かったわね!」
「うん。僕も信じられないよ! こんなにうまく行くなんて。本当に今日は朝から、ドキドキしっぱなしで、緊張して気分が悪くなりそうだったよ。パットがなんとかリラックスさせてくれなかったら、僕は本当に気分が悪くなって、倒れていたかもしれないよ。でも、なんとかちゃんと試験を受けることが出来て……結果を待っている間の長かったことといったら、なかったよ。でも通知を見た時の気持ち、一生忘れられないな。思わずその場で飛び上がってしまったほどなんだ!」
『おめでとう、マーティ』
 ジェレミーもキーを打つのを忘れ、そう言った。やはり声は出なかったが、マーティンにもその言葉を読みとることができたようだ。
「おめでとうって言ったのかい? ありがとう、ジェレミー! これで僕も、君と同じコースだよ。君の方が二ヶ月先輩だね。これから二人で、一緒に宇宙局で仕事をするかもしれないんだね。ああ、なんだか楽しみだなあ!」
 マーティンは従弟の手を取り、二人は笑顔で頷き合った。
「本当に良かったわね、マーティ。あなたはわたしたちの誇りよ」
 メラニーが涙を堪えるように、息子の腕に手をかけた。マーティンは母の顔を見、少し照れたような、誇らしげな笑みを浮かべた。
 子供の頃からの夢の第一歩を踏み出すことの出来た、その歓びの表情を、ジェレミーも歓喜の思いで見守った。そして、まだ帰らないもう一人のことを思う。パトリックはどうだったのだろう、と。
 マーティンもそのことに気づいたのだろう。すぐに告げた。
「パットはね、二次選考に回ったから、結果が出るのが、ちょっと遅くなるらしいんだ。僕も待っていようかって言ったんだけれど、本当は自分の結果を早く知らせたくてうずうずしているのが、彼にもわかったんだね。先に帰ってって言われたんだよ」
「あら、そうなの。珍しいわね、二次選考に回るなんて」
「うん。だから、ちょっとびっくりしてね。僕がなんとか落ちついて試験を受けられたのも、パットのおかげなんだ。だから、彼にも良いコースへ行ってもらいたいんだけれど」
「ええ、そうね」
 メラニーは少し心配げな顔で頷いたが、すぐに笑顔にかえった。
「でも、あなたは本当に良かったわね、マーティン。今夜はお祝いをしなければね」
「ありがとう、母さん。でも、僕のお祝いはパットの結果が出てからにして欲しいんだ。彼の結果も喜ばしいものでなかったら、僕のお祝いはいらないよ。僕は将来宇宙局へ行けるんだ。それだけで、もう十分うれしいんだ。でも、できたらパットと一緒に喜び合いたい。そうでないと、お祝いの意味はないような気がするんだ」
「そう? わかったわ」
 いかにも仲良しの彼ららしい言葉に、メラニーは笑顔で頷いていた。

 それからまもなく、アンソニーと娘たちが帰宅した。三人とも一歩玄関に入ってメラニーの顔を見るとすぐに、息子たちの結果を聞いていた。メラニーは、三回同じ言葉を繰り返した。
「マーティンは科学A‐2よ。あの子の希望通り。パトリックは、まだわからないわ」と。
 三人とも、前半部分については一様に驚きと喜びを表した。
「凄いじゃないか、マーティン。やったな!」
 アンソニーは小躍りせんばかりに、息子の肩を叩いた。
「本当に良かったわね、マーティ!」
 ヒルダとヘイゼルの第一声は同じものだった。そしてヒルダは悪戯っぽく妹に囁く。
「もしだめだったらどうやって慰めようか、なんて無駄な心配だったわね」と。
「そんなことを話してたの、姉さんたち。イヤだなあ、初めからダメみたいに言わないでよ」そう抗議する弟に、姉たちは笑って肩をすくめていた。
「ごめんなさいね。でも本当に、そうならなくて良かったわ!」
 
 やがて、みんなは夕食のテーブルについた。パトリックの席だけは、まだ空いている。
「パットが帰ってくるまで、待っていようか?」
 アンソニーの提案に、みなが頷いた時だった。玄関のドアが開く気配がし、やがてパトリックが食堂に姿を現した。目をきらきらさせ、頬を上気させて。その顔を見た家族は結果が悪いものではなかったことを悟ったようだが、パトリックが荷物を置いて、努めて感情を抑えたような口調で告げた時には、一様に驚きの声を上げていた。
「僕はB‐13になったよ。学術研究局に……」
「まあ、本当に学術になったの? 信じられないわ! だってあそこは、ものすごく特殊な部門なのよ。十万人に一人くらいの」
 ヒルダが椅子から立ち上がり、目を丸くして言う。
「僕はきっと、それだけ変わり者だったんだろうね」
 パトリックは肩をすくめた。「だから、マーティみたいに胸を張って、第一希望が通ったよとは言えないんだけれど、僕はすごくうれしいのと、信じられないのがごっちゃになっているんだ。まさか本当に行けるなんて、自分でも思わなかったもの。でも本当に凄く特殊な部門だから、みんなは困るかなって、ちょっと心配なんだ」
「そんなことはないぞ、パット!」アンソニーの口調には、熱がこもっていた。
「おまえが希望したんだ。叶ったんだ。良かったじゃないか。おまえは満足なんだろう? うれしいんだろう?」
「うん」
「だったら、何も恥じることなんてない。学術研究局は、たしかにとても特殊だし、一部には変わり者の証拠だ、などと見られているのもたしかだ。だが、それがなんだ? 学術局だって立派な職業だ。僕らも本当に喜んでいるよ」
「そうよ。気にすることはないわ」と、メラニーが再び目頭を押さえながら、強く頷き、
「良かったじゃない。自分の夢が叶ったんだから」
 ヒルダとヘイゼルは笑顔で頷く。
「僕もこれで、心おきなく歓びに浸れるよ」
 マーティンは弟の腕をポンと叩いて笑った。アンソニーは最後にこう言い足した。
「実は父さんは、おまえが少しうらやましいんだ、パット。僕も三十年前におまえと同じ希望を出したんだが、見事にはねられてね。でも、おまえは晴れて学術員になれるんだからな。まあ、特殊分野だから社会的な評価は得られないかもしれないし、仕事自体も自分で見つけていくものだから、大変だろう。でも、がんばれよ。応援しているぞ」
「ありがとう、父さん、みんな……」
 パトリックも最後には、感極まったように目を瞬いている。
【おめでとう、パット。本当に良かったね】
 ジェレミーも思わず声を出そうとし、それが無理だとわかると、同じ言葉をキーで打った。ああ、それ以上に自分の気持ちを、どうやって伝えればいいだろう。だがその表情の中に、パトリックも従弟の気持ちを、真の祝福を読みとったのだろう。
「ありがとう、ジェレミー。本当に良かったよ、自分でもそう思う」
 彼は従弟の手を取り、にっこりと笑った。

 二ヶ月後の日曜日、マチルダが息子夫婦の家を訪れた。一人で留守番をしていたアンソニーが母を迎え入れ、リビングに通してお茶を勧めた。
「悪いね。せっかく母さんが来てくれたのに、みんな留守で」
「いいのよ、あなたに会いに来たんですもの。子供たちがいないのは、残念ですけどね」
 マチルダはソファに腰を下ろしながら、微笑して息子を見上げた。
「マーティンとパトリックの進路が決まったから、遅ればせながら、あの子たちにお祝いを持ってきたのよ」
「それはありがとう。きっと息子たちも喜ぶよ。あの子たちは今、図書館に行っているんだ。ジェレミーも一緒に。たぶん帰りには、少し公園で遊んでくるんだろうね」
「遊んでくるなんて、まあ、まるで子供みたいね」
 マチルダは肩をすくめていた。
「でもまあ、ことにマーティンは良くやったわ。あなたも鼻が高いでしょう、アンソニー。ダニエルの所のマルコムと同じ、エリートコースですものね」
「マーティは本当に良くやったと思っているよ。あの子の望みの道でもあったし、家族みんな喜んでいるんだ。それに、パットのことでもね、喜んでいるよ。父さんや母さんからみれば、あの子の進路は失敗だと思えるかもしれないけれど、僕らはそう思っていないのだから」
「まあ……ね。あなたたちらしいと言えば、そうよね。学術局なんて、変わってはいるけれど……」
「パットも世間一般のその見方を、ちょっと気にしていて、学術局に決まった時には、うれしいけどみんなに迷惑かな、なんて心配していたけれど、僕は言ったんだ。おまえの望んだ道だ。非生産部門で、たしかに特殊な見方をされるけれど、誇りをもてって」
「あなたはそうでしょうね。あなた自身が行きたかった道ですもの。そうでなくて、わたしたちはほっとしたけれど……仕方ないわね。それに、マーティンが十分その埋め合わせをしてくれるでしょうし。ええ、まあ学術局だって、労働局よりは、かなりましですからね。あなたは知っていること、アンソニー? エセルの息子のモーリスが八月に適性テストだったのだけれど、労働局に決まったということを。あの子は元々劣等生コースだったし、おまけにろくに勉強もしていないようだったから、そうかもしれないと、ある程度は覚悟していたけれど、本当にがっかりしてしまったわ。エセルとバリーも、気の毒なくらい落ち込んでいるわよ」
「そうか……まあ、労働局ではね。わかる気がするよ。でも僕は肉体労働だって、生産に関与できるんだから、立派な仕事だと思うけれど」
「ロボットでじゅうぶん出来ることを、わざわざ人間がやることが、立派ですって? あなたっていう子は、本当に変わっているわね、アンソニー。あまり変わりすぎていると、カウンセリング局から呼び出しがきそうで怖いわ」
「自分から出向くならともかく、当局からの呼び出しは勘弁願いたいものだね。そこまでは変わってないつもりだけれど」
「自分からも、出向いて欲しくはないわね、カウンセリングなんて。悩んでいたなら、なぜわたしたちに相談してくれなかったの、アンソニー。そうすれば、あなたの人生ももう少し変わっていたでしょうに。あなたもまだまだ若かったのだし、これから素敵な出会いもたくさんあったでしょうに」
「もういい加減に、その話を蒸し返すのはやめてほしいな、母さん。僕らの結婚は幸せだし、良い子供たちに四人も恵まれた。僕は彼女に会えて、良かったと思っているよ」
「ええ、もう今さら何を言っても、仕方のないことですものね」
 マチルダは大きなため息をついていた。
「でもせめて、孫たちには立派な結婚をしてもらいたいものだわ。順番から言えば、あなたたちの所のヒルダとヘイゼルが最初ね。ヘイゼルは一度だめになったそうだけれど、今は二人とも誰かいい人がいるの? 適齢期限までには、まだ三年以上あるけれど、こういうことは早い方がいいわよ。わたしは二十歳で結婚したのですからね」
「母さんも相当早いからね。一般水準より三、四年くらいは」
 アンソニーは小さく笑って肩をすくめた。
「ジェフリーがどうしてもって、きかなかったのよ」
「はいはい、母さんは若いころきれいだったから、父さんが一目ぼれしたんだろう? その話は何回も聞いたよ」アンソニーはやんわりとした微笑を浮かべ、肩をすくめる。
「でも僕も、母さんを安心させてあげられるニュースがあるんだ。ヒルダの結婚が決まったんだよ。通信局の技師とね。アルバート・スタインバーグという、二歳年上の感じのいい若者でね。二級プログラマーだから、なかなか将来有望だよ。ヘイゼルのこともあるから、万が一不許可になった場合も考えて、早めに申請を出したら、大丈夫だったんだ。一週間前に、二人は晴れて婚約したんだよ。来年のあの娘の誕生日に、式を挙げる予定なんだ。今日もあの娘は、そのお相手とデートに行っているんだ」
「まあ、それは良かったわ! しかも、良いお相手で!」
「ヘイゼルも結局以前の恋人とは、どうやってもダメだから、早く思い切った方がいいと本人もようやく納得したらしい。それで、二週間前にお相手探しのネットワークへ登録したんだよ。そこで一人の若者と知り合って、今日会ってみることになったんだ。それであの娘も、いないんだよ」
「まあ、そうなの? うまく行けばいいわねえ。お相手はどんな方?」
「僕らもあまり知らないんだけれど、ヒルダの話では、エドガー・ハーツさんという人で、二八才の医者らしいよ」
「メディックスですって? まあ、エリートじゃないの! そんな人がなぜ、二八才まで独身でいらしたのかしら?」
「なんだか仕事に一生懸命で、女性には興味がなかったらしいって……これもヒルダが言っていたんだけれどね。僕らはヘイゼルからは直接何も聞いていないけれど、ヒルダには、あれこれと相談しているらしいから」
「それでヘイゼルは、その人と会いに行っているの? まあ、本当にうまく行けば、これ以上すてきな結婚はないわね!」
「でも僕らにしてみれば、幸せな結婚とは、肩書きや職業よりも、その人の人となりだと思うけれどね」
「相変わらずね、アンソニー。でも、本当にうまく行けばいいわね。それで、メラニーさんは、どこに行っているの?」
「メラニーは今月から職場復帰したから、仕事に行っているよ。今日は当番の日なんだ」
「そう、そうだったわね。マーティンとパトリックが専門課程に進んだのだから、育児期間も終わりですものね」
 マチルダはお茶をすすった。彼女自身は物品管理局のオペレータとしての仕事を持っていたが、結婚前に一年半と、末子シンシアが専門課程に入ってから彼女の妊娠が発覚するまでの三年ほどしか、現場勤務経験がない。シンシアが自然出生で計画外だったために、普通の人より育児期間が長かったうえ、ジェレミーが出生してからは育児補助者として(年若い娘の場合、母が補助につくことが認められていた)、さらにシンシアが結婚してからは孫の養育者として、再び育児期間となったためだ。ジェレミーが専門コースに入るころには、彼女はもう六五歳を超えていたので、七十歳までは再び在宅勤務になっていた。それは男性も同じだ。夫ジェフリーはマチルダより五歳上なので、もうすでに定年で引退していたが。




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