Part 4 of the Sacred Mother's Ring - The Children of the Light

ACT 4  AGE Purple (紫の時代) (3)




 アーヴィルヴァインは微笑して、思考の言葉で語り続けた。
(先達と後継、その両方の星の融合で生まれたのが起源子だと言いましたが、具体的には彼らはどのように誕生するのか。基本的には遺伝子融合とクローニングなのですが、これも融合する民族の特徴はそれぞれ微妙に違うので、そのプロセスは完全に同じというわけではありません。アーディスさんの場合だと、魂はアルフィアさまの本体転生ですが、肉体の方は簡単に言えば、アルフィアさまの細胞を土台にして、それにアリステア・ランカスターさんと、それにほんの少し私の因子を混ぜたクローンです。いや、クローンと言うより、キマイラに近いかもしれませんがね。アルフィアさまの原始卵細胞の核を造血幹細胞から取った核に置き換え、刺激を与えて受精卵にする。この段階では、百パーセントのクローンになりますが、そのままでは地球で生きて行く上で不都合なので、地球に適応するために、アリステアさんの因子を十五パーセントほど混ぜました。それが適合限界なので。そして私の因子を一パーセントほど混ぜたのは、将来私が転生する時の道標になるようにです。我々も地球人と同様に二三対の染色体を持っていますので、融合は比較的楽なように見えるのですが、DNAの構成因子は完全に同じとは言えないので、理想的に機能するハイブリットを作るのは、複雑なプロセスを必要とします。この異種間融合の正解は、ただ一つ。一つでも操作を誤れば、身体を発生できずに卵細胞自体がアポトーシスを起こしてしまう、なかなかスリリングな実験とも言えます。結果はすでにわかっているので、実験とは言えないのかもしれませんが。細胞の基礎もDNAの比率も圧倒的に我々の遺伝子の方が多いゆえに、アーディス・レインさんはあなたがた地球人には、多少『浮世離れ』して見えたのでしょう。そして特殊な代謝系のメカニズムや水陸両生の特性も、その身体に生きていました。海に落ちても水の中を二、三時間くらいは生きていられますし、皮膚や髪、目など外見はほとんど海洋人と同じです。海洋人は水圧の変化に適応できるので、気圧差にも強く、それゆえ飛行機移動が苦もないことが一番の利点だと、アーディスさんは以前仰っていましたね。アリステアさん因子のために、髪にウェーヴがゆるく入りましたが、それ以外、外見はほぼ以前のアルフィアさまと同じでした。ですから、女性と見られるのも無理はなかったですね。外見は我々とほとんど同じでも、さほど問題はないのです、生きるうえでは。エネルギー代謝の問題だけですね。我々は食物の栄養を吸収するのではなく、その生体エネルギーを吸収するのです。それには生きている植物が一番ですが、つみたての野菜や果物、ハーブなどが食物としてはいいですね。生ならば果汁も効果があるので、ジュースなどもいいです。アルフィアさまも起源子として生きていらしたころは、果物やスムージー、サラダを好んで召し上がってましたが、それもアクウィーティアンの好むエネルギーだったせいですね。同じ生体エネルギーでも、ミルクを除く動物系は、雑味が強すぎて向きません。特に神殿に仕えるものにはタブーで、我々は『穢れ』のエネルギーと言ったりもします。しかし地球に暮らすのに、咲いている花や果実や草ばかり食べていたら、変に思われますし、不都合です。普通に食物の栄養も吸収し、それでエネルギーを賄えるような、そんなハイブリットの機能も必要だったのです。アルフィアさまも、タブーだとはいえ、その時には神官ではないので、動物性たんぱく質も召し上がっていらっしゃいましたね。やはり多くは、受けつけないようでしたが。それにアイスキャッスルでは保存食ばかりなので、新鮮な生体エネルギーを得ることができず、空腹ではないものの、慢性的な倦怠感は感じていたことと思います)
「そうなんですか……」
(そして起源子はその性格上、ミトコンドリアは先達種由来になりますので、運動能力が突出しますし、エネルギー代謝の点では、いつも難しい問題になってしまうのですよ。でもなんとか地球の環境に、一通りは適応できました。何といっても非常に不安定なハイブリット系ゆえ、常に危ういバランスなので体調も崩しやすく、人工の化学物質に対する過敏反応も起きやすいのですが、ともかく両者が上手く融合して機能する器が作れたわけです。しかし最後にも、少し驚かせてしまったようですね。我々の身体は老廃物をほとんど最終的に単分子まで分解しますし、死んだ細胞も自然に自己崩壊して気化するように出来ているので、身体が死んだ場合は、特殊なエネルギーの元で保管しないかぎり、数時間で気化してしまいます。それがアーディスさんの場合、元々不安定な系で作られている上に、実際の肉体死亡から少し時間がたっていたゆえに、生体エネルギーがなくなった後、爆発的に細胞崩壊が起きて、ああいうことになったのです)
「そう……。それで……消えたように見えたんだ……」
(そうです。しかしそれでも、なんとか地球の環境に適合でき、生きている人間としての身体を作り出せたのは、融合がアリステアさんの遺伝子と行われたからこそ、可能だったのです。双方の遺伝子を取り込んで発生させるためには、他の何びとでもだめなのです。それゆえ、我々には適合子であるアリステアさんが必要だったのですよ。最初の融合種を作るために、そしてまた、その種をのばすためにも。そう、我々の因子を発展させていくためにも、また必要になるのが、アリステアさんの持つ因子なのです)
「子孫を得るために……?」アールはしばらく考えた後、問い返した。
(そうです。子孫を得るための、我々の因子の受け皿が必要なのです。概してハイブリットは生殖が非常に難しい。たとえは悪いですが、異種の動物を掛け合わせて作った珍獣は、その二代目がなかなか生まれないのと同様です。起源子もその星の種とは異なる生命体ですので、普通の地球人との間に子供は望めない。唯一可能な相手が、我々の遺伝子と結びつき、その特性を伝えていける因子を持った唯一の人間である、アリステア・ランカスターさんの子孫なのですよ)
「それが……母ということ? でも僕らの母は……」
(実はあなたの母上は、アリステア・ランカスターさんのお孫さんなのです。あなたの母であるアデレード・ハミルトンさんの母、あなたの祖母に当たる人は、アリステア・ランカスターさんと、ある新進女優との間に生まれた娘でした。レナさんと結婚される、二年ほど前のことです。その赤ん坊は両親の素性を秘密にしたまま、生まれてすぐに養女に出され、オタワで雑貨商の一人娘ミランダ・ランバートとして育ち、結婚してあなたの母上を産んだのです。彼女の子供はアデレードさんと、幼くして死んだその弟、さらにシルヴェスター・バーンズさん――シルーヴァ・バーディットさんと言った方が、あなたにはわかりやすいかも知れませんが、この人も実はミランダさんの子供です。もっともその事実を知る人は、地球上では誰もいませんが。結婚する直前、ミランダさんは不幸なことに、知人の男とその友人に暴行を受け、妊娠してしまったのです。その後結婚し、産まれた子供が明らかに父親の違う混血児であった時、ミランダさん自身もその夫も、言いしれぬショックを受けました。子供は生後一週間でアメリカへ養子に出され、夫妻は子供の戸籍を抹消すべくトロントへ転居しました。そしてその後アデレードさんが生まれたのですが、ご主人がこっそりDNA鑑定を依頼したことがミランダさんにわかってしまい、絶望して気持ちが離れてしまったのです。それでお互いに愛人を作り、決して幸せな夫婦生活ではなかったようです)
「そう……そんな事情が。母が言っていたっていう、祖父母の不幸な事件って、そのことだったのか……」
 アールは頷いた。ジャスティンの記録にあった、母の話――『父は心を広く持つことが出来なかった。母も強くなれなかった。でも誰が悪いわけではない。不幸なめぐり合わせなんだと思えた』と語っていた、母の家庭の不和の元が、はっきり納得できた。
(アリステア・ローゼンスタイナーさんには、四人の子供がいました。正式な子供はアグレイアさんだけですが、他に三人いるのです。ミランダさんと、それからヴィエナ・ライトさんの祖父に当たるアリステア・ライトさん。三人目はジョセフ・シンクレアという人です。この人はご存じかもしれませんが、オーロラさんのご主人であるエフライムさんのお父さんですね。この人の母親は、映画スタッフでした。ジョセフさんを身ごもったまま、故郷のイギリスへ帰り、そのまま他の人とは結婚せず、未婚の母としてジョセフさんを育て上げました。ジョセフさんは成人後、就職する時に母親とともにアメリカのシアトルに移住し、そこで結婚したのですが、その前にイギリスで、その当時の恋人との間に娘が生まれていました。その恋人はジョセフさんの子供をつれて別の人と結婚したのですが、その子が、メアリさんの母方のお祖母さんなのですよ)
「じゃあ、ヴィエナだけでなくて、メアリも……?」
(そうなのです。そしてあなたは今、一瞬思いましたね。アリステアさんも恋多き男だったのか、と。たぶん彼の場合は、情に流されやすかったのだと思いますよ。ただ、三人のお子さんが生まれたのはどれも、結婚前や、奥さんとの死別後ではありましたが。いえ、別に私は何も思っていません。魂の核は変わりませんが、それが別にいいとも悪いとも)
 アーヴィルヴァインは微かに笑った。アールも思わず苦笑をうかべた。
(しかし、子孫を残すという大命題のためには、必要なことなのかもしれませんね。それも、神のお計らいかもしれません。あなたもアリステアさんも。アリステアさんが四人お子さんを残してくださったので、彼の因子もまた残され、広まっていくことが出来ましたから。彼から子供の代への特有因子伝達率は七五パーセントなのですが、四人全員にうけつがれることができましたし。そのおかげで、アグレイアさんの娘エステルさんの子孫を初め、ヴィエナさんの妹さんと弟さん、メアリさんの弟さんたち、それにメアリさんのお母さん、マーガレットさんの弟さんの子供たち、エフライムさんのお姉さんたちの子供たち、そしてさらにその子供たちと、あなたたちの血族以外にアリステアさん特有の因子を受け継いでいる人たちが、このコミュニティでも二十人以上存在できたのですから。アリステアさんの場合、遺伝子変異なので、子供への遺伝確率が高かったのですが、その子供たちの代からは、基本的に半分の五〇パーセントになります。しかし実際には運のいいことに、七〇パーセントほどの確率で、今のところ伝わっているようです。さらに子孫の数が増えるにつれて、もっと広がっていくことでしょう)
「それが、いわゆる未来世界で言うところの、PXLS因子というものなのですか? 特殊遺伝子に適合できるという」
(そうです。PXLSは優勢形質なので、どちらか片方でも発現できますし、その因子は今後も、非常に重要なものとなっていくはずです。あなたにしてもオーロラさんにしても、我々の因子はすべて父方由来ですから、遺伝子が偏った状態です。それゆえ、子孫に伝わる時も、あなた方の比率に近い三十パーセント台後半から四十パーセントの子と、ほとんどないかせいぜい数パーセントの子供の、二種類に分かれることになります。代が経ると、少しずつ我々の因子のパーセンテージは減っていきますが。遺伝子乗換えが起きますからね。しかし、適応因子がなくとも対応できる二五パーセントを切るまでには、あと五代ほどはかかると思います)
「ああ……それじゃ、僕たちの問題は、子供たちの問題でもあるんだね。誰がどういう比率なのかは、わかりますか?」
(知ったほうが良いですか? ではお教えしますが、我々の因子を三十台後半から四十パーセントほど持っておられるお子さんは、オーロラさんのお子さんでは、ライラスさんとポラリスさん、あなたのお子さんは、因子が父方なのですからY遺伝子のある側で、みな男の子になります。ですから、ランディスさんとアリステアさんですね。併せて四人です。あとは、みな十パーセント以下の、低い値になります。アリステアさんとポラリスさんは結婚されたので、ともに濃いほうの遺伝子が合わさり、アルシス・リンクさんは七四パーセントの、未来の人々が言うところのブルーブラッドという特殊体質――非常に我々に近い体質ですね。それになりました。あの子の本来の遺伝子型はXY、男性なのですが、一部の変異と因子の干渉が働いたために、男性性が発現せず、無性となってしまいましたが。お二人には、あと四人お子さんが生まれる予定ですが、濃い遺伝子同士の対はもう起こりませんし、そういう変異も起こらないでしょう)
「そうなんですか……」アールはほっとしたような気分を感じた。
(それに、ランディスさんの奥さんは、エフライムさんのお姉さんのお孫さんですし、ライラスさんの奥さんは、ヴィエナさんの妹さんのお子さんです。そこはうまく、因子が働くようになっているのですよ。その点は心配要りません)
「そうなんですか……」アールは不思議に思いながら、再び頷いた。
(ところで適合子の時の性別が、その人の基本性別になるのですが、十三人のうち十人が男性、三人が女性です。男性優位なのは、たぶん男性の方が遺伝的に突然変異を起こしやすい土壌があるのかもしれませんね。生命の基本形は、どの種族もたいてい女性ですから。女性の適合子は第二番目のニアルィス、七番目のセスタリア、そして十二番目のアクウィーティア、三人だけです。起源子も基本、適合子の性別を引き継ぐのですが、プログラムによっては、女性では不都合な場合が生じます。他の二人は女性でも問題なかったのですが、今回は典型的に女性では不可なケースでした。ですが起源子はその前世の身体を母体として生まれるため、元が女性ですと、完全に男にすることは出来ません。たぶんに両性的になってしまうのは、避けられないのです。しかも、我々と後継の民との性決定システムが違うため、より問題が複雑になりました。アクウィーティア人は、聖太母神の環の中で、もっとも特殊な人種なのです。水陸両生もそうなのですが、性別に関しても。私たちアクィーティアの民には性染色体が存在せず、すべての人が二三番目の染色体はXXで、生まれてから思春期に入るまで、外見的には中性なのです。思春期に入る頃、性が分化しますが、それは二三番目の染色体上にある性遺伝子の組み合わせで決まります。でも、地球人の性決定システムは違う。このギャップをどう埋めるかが最大の難関でした。それでアリステアさんのY染色体を置換したのですが、全体を置き換えることは無理で、四分割卵の一つだけが適合限界でした。細胞の四分の一だけがXYでも、残りはXXですから、それだけで完全に男性性を発生させるのは無理です。ですから発生の初期に男性ホルモンを浴びせ、なおかつ体内に小さな、男性ホルモンを発する腺を埋め込みました。それは、私のものなのですが、十五歳くらいまではコンスタントにホルモンを供給し、後は起源子自身の男性機能に引き継がれることになるのです。アクウィーティア人は思春期にならないと性分化しないので、初期にホルモンをかければ、地球人の因子と相まって、男性としての機能、外観を作ることは可能だったのです。しかし、やはり少々問題が残りました。子供のころはそれで良くとも、成長するにつれ、アクィーティア人本来の性決定システムが働きだしてしまいますからね。言うまでもなく、もとはアルフィアさま自身の細胞を母胎にしているのですから、本来の性決定遺伝子は女性型です。それゆえ、成長するにつれて、徐々に男性機能は失われていき、逆に女性機能が目覚めてくる。三十才前に――二九才あたりで男性機能を喪失し、完全な女性へと変化してしまいます。現実には、そこまで生きていませんでしたがね。ともかくアーディスさんが部分的にであれ、男性機能を保持できている間にアデレードさんと出会い、四人の子供が生まれた。彼女はアリステアさんの子孫の中で一番子供が出来やすい体質だったために、まさに意図したとおりの適合が得られたわけですが、しかし惜しむらくあなたの二人のお姉さんたちは、アイスキャッスルという試練をくぐらなければならなかったので、最初から淘汰される運命だったと言えるでしょう。それでも、アーディスさんが持っていた我々の遺伝子を、あなたとオーロラさんに渡すことが出来た。しかも最後の最後で。まさに、奇跡に見えるでしょうね。でも、私たちにすれば、これも決められた道に過ぎないのです。そこまでたどり着くのには、相当大変な道でしたが)
「お父さんが言っていた、自分は不完全な男だっていうのは、そういう意味だったんだね。そしてお父さんがオタワに行く前、お母さんが言っていたらしいけれど、『仮にあなたが将来的に女になっても、わたしはかまわない』……お母さんも、知っていたんだ……」
(結婚する時に、その辺の事情も話したのですよ。あの方は一度知ったすべての道――ご自分のゴールまでの道筋を、再び無意識下に封印してされてしまったけれど――未来が見えているなんて嫌だと仰って。アルフィアさまらしいですが、それでも女になれなかった事情を鑑みれば、たぶん自分が完全に女性化するまでは生きていない。それだけは悟っておられました。ですから、あえて語らずとも良かったのかもしれませんが、やはり秘密を隠したまま結婚することは、躊躇されたのだと思います)
「そうなんだ……」アールはそう言った後しばらく黙り、そして続けた。
「でも父と母の出会いは、あらかじめ決められていた、ということなんですね。子孫を得るために……」
(本人同士には、運命的な出会いに見えたでしょうがね。アーディスさんにとって、子孫を残すと言うことは、それほど意識にはのぼせなかった命題ではありましたが、本能的なものは感じて、あなたの母上に対して、一歩踏み込んだお付き合いをしようと思ったのでしょうね。あの方には、苦手な分野だったでしょうが――なにせ私たちはもう、物質的な愛など、とっくに縁がなくなっていますから。しかし、それほどショックですか、アールさん? オーロラさんがエフライムさんと結婚したのも、あなたがメアリさんと結婚したのも、彼女と結婚していながらヴィエナ・ライトさんを愛したのも、すべて同じ理由なのだとしても)
「えっ?」
 アールは軽い衝撃を感じた。ヴィエナもアリステア・ランカスターの子孫である。でも、彼は父から受け継いだ特殊因子を効果的にのばすために、彼女を選んだわけではない。そんなことなど、意識したことはない。最初から、わかっていたことでもなかった。メアリだってそうだったということも、今知ったばかりだ。オーロラもエフライムがアリステア・ランカスターの子孫だとは、まったく知らなかった。二人はただ出会って、愛し合っただけだ。自分とヴィエナも。メアリも。それだったら、父の場合も、きっとそうなのだろう。自分がヴィエナやメアリを愛しているように、彼もただパートナーとしての愛情を、母に感じていただけなのだろう。『僕は君が好きだよ。君と暮らした日々は、幸せだった』と、父が最後の遠征前に母に言った言葉は、偽りのない想いだったに違いない。
(あなたにも、わかっていただけたようですね。そしてあなたやオーロラさんのお子さんたちにも、同様のことが言えるのですよ。それは天の配剤としか言いようがありません。いえ、聖太母神様のおはからいでしょうね)
 相手は微笑すると、語り続けた。
(話が少し、脇道にそれたようです。本筋に戻さなければなりませんね。地球の起源子、アーディス・レイン・ローゼンスタイナーさんの肉体の殻は、私たちの宇宙船のラボで生まれた。それが正しい言い方でしょうね。受精卵が十六分割した時点で私は一度フリーズさせ、もう一度地上へ行って、アグレイア・ローゼンスタイナーさんを船につれてきました。彼女は草原で花を摘んでいた。その背後に私は降り立ち、深く眠らせたのち、船へとつれてきたのです。彼女をベッドに寝かせ、今度は少しスピードを下げて再び近隣宇宙を航海している間に、私は受精卵のフリーズを溶いて、再び発育させたのです。アグレイアさんの子宮に移植することは、不可能でしたから。たとえ受精卵の形を取っていても、これだけ我々の遺伝子が強ければ、やはり地球人とは言えませんのでね。地球人と同種の細胞であると認識するには、異質でありすぎた。子孫の世代であれば、地球人の血が最低でも半分は混ざるので、地球人の子宮ではぐくむことが出来ますし、相手にもし我々と同じ因子が存在したなら、同じ意味で可能なのですが、起源子だけは無理です。いくら相手に適合因子があっても、まだ片側由来。父方だけしかなく、優性遺伝なので、形質は発現できるのですが、十分ではありません。いわゆるブルーブラッドを発現させるためには、父方母方、両方に適合因子が必要なのです。しかもアグレイアさんには、我々の因子がまったくない。それでは、これだけ我々の因子が濃い受精卵を発育させることは出来ません。でも、最低でも我々の因子が八十パーセント以上なければ、アルフィアさまの魂が転生できない。それゆえ複雑な遺伝子切り張りを必要とするハイブリット・クローンにならざるを得なかったのですし、その受精卵を地球人女性に移して妊娠させることも出来なかったのです。それは最初から私にもわかっていたので、少し特殊な方法で発生させました。すなわち私が必要なエネルギーを与え、細胞が自らの力で分裂、増殖をはじめる。それは究極のクローンです。我々の力でのみ成し遂げられることですが、かなりのエネルギーを要しました。ですが特殊な力の元で行われるので、驚異的なスピードでクローニングが完成します。遺伝子操作後の受精卵から、自力で生きていける新生児のレベルになるまでに、地球時間にして五時間ほどしかかかりませんでした。アルフィアさまの魂も、同時に転生しました。あの方にとっては、まるで瞬きをする間もないほどの、恐ろしく短いインターバルでの転生です。起源子への転生はいつもそうですが、しかしそこでしか、これほど短い、休息もない転生は起こりません。しかしあまりに間隔が短く、なおかつあまりに環境が変わりすぎているので、起源子への転生は、自我を切り離してスタートし、時期を見て統合させることになります。それがいわゆる覚醒という状態なのですが。ともかく、私はアグレイアさんに、この赤ん坊はあなたの子供ですから、どうぞ責任を持って育ててくださいという催眠暗示をかけ、二人を再び地球上に戻したのです)
「……でも、どうしてわざわざ祖母を……あなたのお話からすると、実際の祖母ではないことになるけれど……血縁はあるけれど……彼女を一年も失踪させたんですか?」
(そうですね。アグレイアさんは宇宙船の中では、実際には五時間と少ししかいなかったのですが、どうみても出産を控えた妊婦には見えなかった女性が、いきなり赤ん坊を連れてきて、自分の子だと主張しても、誰も信じないでしょう。ですから、しかるべき時を置く必要があったのです。実子かも知れないという可能性を持たせるために)
「それはたしかに。でも……」
(どうしてアグレイアさんにもまわりにも、自分の子だと思いこませる必要があったのかと、あなたは疑問に思っていますね。アリステア・ランカスターさんの時のように、単純に捨て子にして、誰かに拾われて育っても良かったのではないかと。しかし、それではこの場合、困るのですよ。起源子を取り巻く物語は個々の星特有なので、それぞれプログラムが違います。ある場合は、単純に捨て子にしても良い。初代、五代、六代、そして九代と十代の起源子はそのパターンです。その場合は適切な場所に捨てれば、定められた人が拾って、正しい流れに乗せてくれるからです。適合子をタイムリープさせる必要もありません。これは一番楽なケースと言えます。また、普通に適合子と親子にできる場合もあります。二代、三代、七代、そして十二代目の起源子はこのパターンです。もっとも適合子が父側であれ母側であれ、実際の子供を起源子とすりかえる必要があるのですが。起源子はみな、同じような方法で先達の光を母体とし、影によって宇宙船内で生み出されるのですから。すり替えはどれも、両親に不審を抱かせないようなプログラムでなされます。アクウィーティアの起源子、最初から見て第十二代目のエルファスもそうでした。彼は同じように二億年前、私の先駆者、ヴェリアによって同様の方法で宇宙船の中で生み出され、適合子アルディーナ・マディフィスの元へ託されたのです。彼女も一歳の頃に一度、実の両親の元から宇宙船へ連れてこられ、そこでエルファスを作るための細胞を採取して、設定した時期へ移動させられました。アルディーナの場合、このリープ期間はかなり長い一二四年でしたので、元の彼女を知っている人は誰もいませんでしたがね。しかし二度目は、特に失踪させる必要はありませんでした。彼女はその頃、ちょうどロリスとの子供を身ごもっていましたから、ヴェリアは特殊な結界を張って出産間際の彼女のところへ行き、出産させて、産まれた子供をすり替えたのです。アルディーナの記憶は、ヴェリアによって操作されていました。この自分の部屋で、一人で子供を生んだ、と。彼女は紛れもなく出産を控えた妊婦であって、そして現に赤ん坊がいる。出産した記憶もある。この子が自分の子だという、ヴェリアの催眠暗示も利いている。それで疑いなくエルファスを我が子と信じたのです。しかし実は彼女とロリスの本当の子供は、双子の女の子でした。アクウィーティアにも超音波診断技術はあったのですが、彼女の妊娠は人目を忍んだため、医者には行かなかったのです。それが幸いしました。その子たちは別々に、捨て子として親切な養い親に拾われるよう、ヴェリアは計らったのでした。双子だったケースは三代目もそうでしたが、その時には片方の子をすり替えて、ことが足りたようです。しかしアルディーナの場合は、先に言ったように、あとでロリスの父親が放った刺客に襲われてしまうので、二人赤ん坊がいると両方は守りきれないプログラムゆえ、二人とも取り上げざるをえなかったのです。そしてリマレンディアと名付けられた姉娘は後にエルファスの妻になり、アヴェレットの母親になりました。先達の民の血をのばす受け皿として適合子の本当の子供というのは、まさに打ってつけでした)
「へえ……でもそれだと、まるで兄妹みたいな……」
(感覚は近いですね。血縁的にも、かなり近いですし。でも、まったく他人として育ったのですから、当人同士は気づきませんでした。少なくとも、意識の上では。そして妹娘エマリティスと、アルディーナがアヴァスティアで生んだ息子、レルヴィナン。この子は幼馴染の恋人で最初の夫だったスピアラスに託して、おいてきた子です。この二人の子孫が側面から、その因子を伸ばす助けをしてくれたのです。二人ともリセフィールのコミュニティにいましたからね。アヴェレットの最初の妻フェリアラはレルヴィナンの娘で、二度目の妻ナリヴェーネはエマリティスの子でしたし、またナリヴェーネの兄の一人はアヴェレットの姉と結婚しました。レルヴィナンには四人、エマリティスにも四人子供がいて、それぞれ三人が因子を引き継ぎましたので、またその子孫たちの代でも、受け皿となってくれたのです)
「そう……」
 頷きながら、アールの脳裏に、ふっとジャスティン伯父の記録にあった一節がかすめた。父が語っていた『人魚姫の夢』――劇薬がコーヒーに混入していることを知らせるために魔女が出てきて台無しになったと言っていたあの夢は、適合子アルディーナの頃の記憶なのだろうか。海に住んでいて、恋する若者のいる陸に上がりたい。でも海を出るためには大きな代償が必要だ、と。その代償は人魚姫のような声ではなく、幼馴染の恋人と、幼い一人息子――『名前が浮かんできたんだ。レルヴィナン――そしてスピアラス。そうしたら、心のうんと奥深くで、細い針が刺さったような感じがしたんだ。海を出る代償は、彼らなんだって』父がそう言っていたという。それは二億年前の、太古の記憶――太古の痛み。それだけの膨大な長い年月がたってさえもなお、忘れられない針。
(そうなのです)
 アーヴィルヴァインは思考を読んだように、頷いた。
(彼女は二人のことを、とても気にかけていました。そのためにひどく悩んだのですが、やっぱりロリスに会いたいと、その恋を貫くために、大きな代償を払ってしまった。その思いは、二億年たっても残り続けたのですね。同じような原始の情動の影響を受けたゆえに、よみがえって来たとも言えますが、心の奥深くにずっと眠っていたのです)
「わかります……なんとなく」
(ええ。そして話を元に戻せば、四代、十一代、そして十三代目の起源子は、他より少し複雑なプロセスになりました。適合子との間が飛んでいて、そして捨て子では正しい道を通れないプログラムでしたので。必要があったから、わざわざ手間をかけたのです。個々の起源子は、生まれる前から最後まで、歩むべきコースが決められています。誕生する時期、環境、一緒に歩む仲間たちとの出会い、タイムトリップ、覚醒。そしてグランドパージから、危機回避まで。我々影はその、あらかじめ決められた道を歩めるよう、セッティングする必要があるのです。アグレイアさんの失踪という事態も、ご本人にはお気の毒ですが、必要だったのです。ことは予定通り成就しました。アーディス・レインさんはアリステア・ランカスターさんの因子を受け継いでいるのですから、親子鑑定には問題ありません。もっともその際に、あまりのDNAの特異性や特殊な遺伝子キマイラの形態が注目されてしまう危険性がありますが、当時のDNA鑑定はそれほど詳細なものでなく、赤ん坊の細胞を採取したところは、ちょうどY遺伝子の乗ったもの――四分割のその一つ、Y遺伝子を置換した部分から発生した部位だったゆえに、遺伝子キマイラは発見されず、性染色体の不一致も見つからず、ただところどころに未知の塩基がある――それだけしか、わからなかったので。それゆえ、鑑定をした人は深く研究してみようとは思わず、その人自身も十年ほど後に亡くなっています。幸運なことにといえばそうですが、それも定められた運命の一つなのです。私はアルフィアさまが生前かけておられた神殿素材のペンダントを赤ん坊に持たせ、二人を地上に戻した直後、地球の近くを通ったごく小さな小惑星を一つ破壊しておきました。この小惑星はこのまま行くと、五千年後くらい後に、地球に衝突してしまいますから、ついでに後の憂いを取っておこうと思ったのです。その影響で、時ならぬ流星雨が降ったわけですが、それは未来の災いを防ぐ布石であると同時に、最後から二番目の、原点帰りの生を生きるために地球へ送られたアルフィアさまへの、私からの精一杯のはなむけでもありました。私は急いで船を発進させ、急スピードで太陽系から遠ざかりました。そして私の力が及ぶ範囲で、なおかつ地球で打ち上げられた宇宙船に見つからない距離のところに停泊し、起源子の成長を見守っていたのです。すべてのことはアルフィアさま自身が解決し、乗り越えていかなければならないこと。これは、あの方にとって、最後の試練とも言えます。長い間、ほとんど闇のないアクウィーティアやクィンヴァルスで光に満ちた人生を送ってきたアルフィアさまが、闇で覆われた地球に生まれるということは、多くの闇の洗礼を浴びるということです。それに侵されず、光を持ち続けること。それを保っていかなければならないのです)
『闇が襲ってきたら、流されないで、抗わなきゃいけない。外側は仕方ないにしても、内側まで侵されちゃいけない。心に闇を入り込ませないぞ……そう思い続けてた』
 アールは思い出した。かつて父がインドで、覚醒直前にジャスティン伯父に語ったというその言葉は、闇の試練を乗り越えるための、信念だったのだろう。
(ええ。私も時に、見ているのが辛かったです。そして、何も出来ないことが。でも、アルフィアさまは、お強い方ですよ。昔から……)幻影は頷いた。
(一度ジャスティンさんにも同じことを言いましたが、起源子の時代は、もっとも不安定な時期です。起源子は我々の基準から言えば、赤ん坊よりも無力ですし、なおかつ原始的な情動にも影響されている。アルフィアさまは元々かなり情動的な方なのに、さらに理性が三分の一しか入らなかったので、本当に情動的になっている。その情動性ゆえに、音楽を通してのコミュニケーションやデリバリーも、あそこまで強力に出来たのだという利点はありましたが。そして、闇の妨害も激しい。あれだけ起源子が生命の危険にさらされたことは、かつてなかったですよ。それゆえ私は気をもみつつ、じっと見守ってきました。生まれてから、グランドパージが起きて、新世界が発足するまで。そのほかに私がアルフィアさまの起源子時代にできたことは、時折姿を見せて、言葉を交わすことと、アルフィアさまの覚醒時に、混乱状態から自我と自己を統合するまでの三週間、外界からの干渉のない場所を提供しただけです)
「ああ……あの、父が失踪した三週間?」
(そうです。あのマインズデール郊外にある森の中に、私が結界のようなものを作ったのです。その中にいれば外界からは見えず、生体エネルギーも消耗されない。それは非常時のシェルターのようなもので、覚醒時にはたいていの起源子が、必要となるものでした。期間はそれぞれで違いますが。短い人は二、三日ですみますが、アルフィアさまは、かなりかかったほうでしょう。私はインドで覚醒したアルフィアさまの元へ投影を送り、とりあえず感情に蓋をして、カナダまで戻ってきてくださいと伝えました。法的な問題もありますので。アルフィアさまの自己が、アーディス・レインさんの自我を抑えた状態で、物理的にモントリオールまで身体を運んできてくれましたので、私は誰も回りに人がいない時を見計らって直接そこまで行き、彼を結界に送り込んだのです。あのルートをたどってモントリオールまで来たのは、その時間にその空港内の特定の場所に行けば、ほんの十秒足らずですが、まわりに誰もいない空間ができる。もちろん監視カメラなどにも映らずに。そのスポットを目指して、逆算した結果です。もちろんアルフィアさま本体の意思が。『自分じゃない他の誰かが行動しているみたいだった』と、アーディスさんは仰っていましたが、無理もないことです。あの時には、自我と自己との間に、まだ乖離がありましたから。それを統合させなければならない。そのための結界です。私が直接手助けできることは、それだけでしたが)
「そう……どこでもない場所と言うのは、あなたが作った結界だったんだね」
(ええ。そしてここで私は、あなたに重大なことを告げねばなりませんね。グランドパージ。それは地球人たちが我々の後継となるためにくぐらなければならない、必要なプロセスなのです。母星の生態系へのダメージが致命的で不可逆なものとなる前に、増えすぎた人類と暴走した文明をいったん精算し、調和のとれたものへと再構築するために。さらには、核が炸裂することによってまかれる放射性物質が、地球人たちの遺伝子を変化させ、最終形態へ進化するためにより最適な突然変異を起こさせること。それも目的に含まれます。それは我々の神が起こす、後継への祝福なのです)
「えっ!」アールは思わず声を上げた。
「それじゃあ、あなたたちの神が……以前の世界を終わらせた、ということ……?」
(ええ、その通りです)相手は静かに頷いた。
(なんと恐ろしいことを……そう思うかもしれませんね。地球人たちにとっては、我々の神は悪魔にすら思えても、不思議はないかもしれないでしょう。私たちも、かつてはそうでした。アクィーティアの初期文明が滅んだ時、私自身もそう思ったことがあります。しかし、やがてはその神が私たちの神となり、さらに未来においては、あなたがたの神ともなるのです。それが、The Sacred Mother。聖太母神と呼ぶ、我々の唯一神です)
「The Sacred Mother――」
(ええ。母なる神。聖太母神、神聖なる太母、聖なる母。様々な呼び方がされていますが。でも、これだけは知っておいて欲しいのです。グランドパージはたしかに大変な荒療治ですが、こうするより他に、文明が暴走してしまった星を根本的に救う方法はないのです。増えすぎた人間を極端に減らしておけば、彼らが再び増えていくのに時間がかかります。その間に健全な地球環境を取り戻す。さらに、彼らには過去の教訓というものが浸透します。地球のホメオスタシスを保つために、適性人口はどのくらいが良いかをしっかり自覚し、臨界を踏み越えないようにすれば、地球と人類は半永久的に平和共存できるのです。しかし、もし以前の世界が続いていたならば、文明の暴走を止めることは出来ません。何度か揺り戻しはあるにしても、やがては母なる星を殺してしまう。その結果、資源の減少や温暖化、環境破壊で星の環境は悪化し、自然も人心も荒廃した中で、ゆっくりと滅亡していくでしょう。ただその高等生命がいなくなれば、その星は再生できるでしょう。かなり長い年月はかかりますがね。しかしたいてい高等生命が発生するような星は寿命も長いですから、たとえ再生に数十万年を要したとしても、全体で見ればほんの短い時でしかありません。我々のサテライトの中にもそのような、かつて文明が栄え、暴走し、滅びたあとの惑星がいくつかあります)
 アールは思わず壁に身体をもたせかけた。衝撃的な相手の言葉を頭の中で反復しながら、混乱した中で必死に言葉を探していた。
「それだと……それなら、以前の世界は滅びて……良かったなんて……そんな……」
(もし、あなたがた地球人が真の至福を、永遠の生命を望むなら、絶対にそうです。我々アクィーティア・セレーナの民と同じように、地球人もまた宇宙の選民になり得たのですから。じわじわと滅び行くかわりに、これから広がる果てしない未来を得たのですから)
 アールは頷くかわりに、深いため息をもらし、黙っていた。




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