Part 4 of the Sacred Mother's Ring - The Children of the Light

ACT 4  AGE Purple (紫の時代) (2)




 アールは飛び上がりそうな衝撃を感じ、振り返った。そして声の主を認めると、驚きのあまり、床に座り込みそうになった。青みがかった紫色の、長いガウンのような服に身を包んだ人が、そこに立っている。その荘厳な清らかさを漂わせる顔、腰の辺りまで垂れている、滑らかな濃い琥珀色の髪。その髪の両側の二房は鮮やかな緑色で、その緑はまた透き通る瞳の色でもあった。かつて少年の頃、一度だけ夢に出てきた人だ。父たちのタイムリープ体験を語ってくれた人。そしてジャスティン伯父の記録に繰り返し出てきた『紫の幻影』――そう認識しつつも、アールはこう問わずにはいられなかった。
「あ……あなたは、誰ですか……?」
(私はアーヴィルヴァイン。アヴァルディア・アーヴィルヴァイン・セルートと言います)
 相手は答えた。その声は空気を通しての振動ではなく、アールの頭の中に直接響いてくるようだった。
「そう……アーヴィルヴァインさん。そうだ。ジャスティン伯父さんも、そう書いていたね」アールは固唾を呑み、身体の位置を変えて相手を正面から見つめた。
「僕の夢の中にも、一度来ましたね。お父さんたちのタイムスリップを教えてくれて」
(ええ)
「ジャスティン伯父さんも書いていた。あなたは知識を与えるために、定められた人のところに来る。それは……僕もその、定められた人ということですか?」
(そうです)
「お父さんがジャスティンさんの夢の中で言っていたという『選ばれた四人』の一人なのですか、僕も」
(ええ。そうですよ)
「あなたが今日、僕に会いに来てくれたのは、知識を与えるため?」
(そうです。あなたの心の中にある、普段はあまり意識にのぼせない、様々な疑問に答えるために来たのです)
「そう……」
 アールはしばらく黙り、それから椅子に腰を下した。椅子を反転させると、相手もその正面に来ている。アールは相手を見上げ、再び口を開いた。
「……それじゃ、僕もそう長くはないってことなんですね。お父さんが言っていたって、ジャスティン伯父さんが書いていたから。『キーライフの終わりに、知識のおさらいをすることになる』って」
(ええ。そうです)
 奇妙な戦慄が、アールの身体を駆け抜けた。彼は両腕を自分の身体に回し、ぎゅっと抱くように震えた。
「そう……でも、しかたがないな。それも運命なら」
(あなたは充分、強い人だと思っていますよ)
 幻影は微笑み、静かにそう語りかけてきた。ひと時、沈黙が流れた。アールは膝の上で手を組み、視線を床に落としたあと、再び目を上げて相手を見た。
「……あなたは疑問に答えてくれるって、言いましたね」
(ええ。全部答えられるとは、お約束できませんが)
「最初に聞きたいんだけれど、今日生まれたアリステアとポラリスの子供に、アルシス・リンクとつけた。これは正しかったのかな? あの子は本当に将来、新世界の初代大統領になるんでしょうか」
(ええ。あなたの判断に間違いはありませんよ)
「そう……」アールは頷き、しばらく黙ってから、再び問いかけた。
「それじゃ、あなたの事を聞きたいのだけれど……あなたは、いったい何者なのか、あなたはどこから来たのかを、教えてください」
(我々がどこから来たか、それはジャスティン・ローリングスさんの記録にありませんでしたか? あなたのお父さんが夢の中で語っていたことが、残っていたでしょうが、覚えていませんか?)
「ああ……クィンヴァルス・アルティシオンという、三億七千万光年彼方の遠い星から来たっていうあの話? それに発生の星はさらに遠くて……たしか、アクィーティア・セレーナ……」
(そうです。それは夢ではなく、真実です。私たちアクィーティア・セレーナの民は、地球の民たちの年長種『エルダーレース』なのです)
「エルダーレース? いったいそれは……?」
(生命の星に発生した高等生物は人間と呼ばれ、進化し、やがて文明を起こします。およそ一万年に一度くらいの確率ですが、全宇宙のどこかで、そのような文明の星が生まれます。やがて、増えすぎた人口と爛熟した文明はいずれ自然と科学のバランスを崩し、臨界を踏み越えて母星の生態系を破壊して、その結果自ら絶滅していきます。その過程は最初の文明を起こしてから、約二万年から三万年、長くてもせいぜい十万年ほどです。とは言っても、それぞれの星において、一年という単位はまちまちですけれどね。とりあえず地球の一年に換算して、というふうにとらえて下さい。そう、地球年にして数万年間の繁栄のあと、ほとんどの星の高等生命たちは、この運命をたどる。しかし二億年に一度、選民の星が生まれるのです。文明の初期段階において、臨界を踏み越える前にグランドパージに会い、初期文明が滅亡したあと、そこから新世界が始まる。そう、今の地球がそうです。そしてまた、その物語は今から二億年前のアクィーティア――まだ単にそう呼ばれていたころの、私たちの故郷でも、起きたことなのです。繰り返す輪の、地球の前にある輪。それが、私たちアクィーティア・セレーナなのです)
「じゃあ、あなたたちの星も……?」
(ええ。ちょうど今の地球と同じステージの頃のアクィーティア……今から二億年前に、私たちの星で起きた物語を聞かせて上げましょうか)
 幻影は静かに語り始めた。アールの頭の中だけに響く、概念の言葉で。
(私たちの故郷アクィーティアは六億光年と、距離こそ非常に離れていますが、地球とたいへん良く似た環境で生まれました。太陽の大きさ、スペクトル型、連星を持たないこと、惑星の大きさや太陽までの距離、自転周期、公転周期など、ほとんど地球と太陽のそれと変わりありません。太陽系の第三惑星であることも、同じです。ただ、月は二つありますけれどね。地球と異なる点は、私たちの惑星は地球より十パーセントほど海の面積が広いということです。その分、平均水深は浅いのですが。地球という言葉が『土』と言う意味であるように、アクィーティアというのは、私たちの星の共通語で『水』を意味します。偶然、あなたがたの星の言葉である『アクア』と、語感は似ていますね。そういえば、アーディス・レインさんがご自分のプロジェクトにアクアリアと付けたのも、語感の相似に惹かれてのことでしょう。最初に思いついたのはアクアなんだそうですが、それは同名バンドがいて、諦めた。それでより語感の近いアクアリアと。それは真の故郷アクウィーティアへの連想につながりますから)
「そう……だから……」
(水の惑星という名の通り、私たちの星は全面積の四分の三近くが海です。海のうち十数パーセントほどは水深数十メートルの浅い海で、大地は平野と高地部とにはっきりと分かれます。そう言う条件の下に発生した高等生物は、あなたがた地球人とほとんど同じ形態の人間となりましたが、一つ決定的に違うのは、水陸両生であったことです)
「水陸両生……ということは、水の中でも息が出来たということ?」
『水の中で肺呼吸はできません。それはあなたがた地球人と同じです。水の中では肺に水が入らないよう、気道の入り口が一時的に閉じます。ただ、皮膚を通して水から酸素を吸収できるので、水の中に長くいられる。そして、水深二、三十メートルの水圧程度なら適応できる。それが、我々アクィーティアの民の特長です。幸い、アクウィーティアの海洋生態系には、獰猛な大型肉食生物はいませんでしたので、そういう進化も出来たのでしょう。浅い海の中に浮かんだボールのような泡や、海面に浮かんだフロートで生活し、外へ出る時には泳いで移動する、そんな海の泡に住む民たちを、私たちは海洋人と呼んでいます。彼らは海草や魚、それに海水から抽出する塩や貴金属の生産や貿易を、主な生業としていました。海洋人はアクィーティア全体の人口の、二十パーセントあまりを占めています。彼らは特に皮膚呼吸率が高く、水の中で三、四時間くらい過ごすことができます。その皮膚や髪は塩分に強く、撥水性も高くなっています。彼らの髪は太陽光に晒される機会があまり多くないので色が薄く、空中で光を受けるときらきらと輝きますが、それは髪の表面の撥水成分によるものです。同様に皮膚も白く、眼の色も青や紫色が多いです。水の中にいる時間が長いため、体温が逃げにくいよう、非常にきめ細かい表皮層の下に、薄い断熱性のある組織があり、それゆえ皮膚の色素が少なくとも、ピンク色にはならず、白いままなのです。ただ、発汗して発散する能力はあるのですが、もともと海の住民なので、暑さには弱いです。そして水中滞在時間が長いゆえ、水分が奪われないよう、空気透過性の薄いジェル状の膜が眼球表面を覆っていて、その分少し潤んだような、輝きのある目になります。アクウィーティア人の起源は海から生まれているので、もっともその民族特性の強い人種なのですが、全体では最も少数派です。早い段階で海から陸地へと上がった人間は、別の人種になりました。多数派は平野部に住む低地人と呼ばれる人種で、長い間地上に住んでいるために、水の中での生活力は海洋人の半分ほどですが、力は強く、体格も良い人が多いです。彼らは髪が黒、もしくは黒に近い茶色で、肌は比較的浅黒く、目も黒に近い茶色か濃い灰色が多いです。陸地は夏には気温が上がるので、彼らは暑さへの適応をある程度身につけています。そして農耕文化と工業を生み出し、アクィーティアの人口の約半数を占めていました。アクウィーティアの陸地には、なだらかな高地部もかなりあり、そこに住む人たちは低地部とは違う特徴がありました。高地人というこの人種は、海洋人と低地人の中間、という感じでしょうかね。背は高く、体格も細い人が多く、髪は明るい茶色で、目も明るい茶色か緑。皮膚はクリーム色です。高原は冷涼な気候が多いので、暑さ適応は海洋人とそう変わりはないですが、体温が逃げにくい構造ではないので、多少はましだと思いますね。高地人は牧畜と狩猟文化の発祥者で、農耕、おもに果樹や高原植物の栽培ですが――も行っていますし、山から採取した鉱物資源も扱っていました。彼らは全体の人口の三割を占めます。多少血の融合はありましたが、その基本的特徴は二億年が経過した今になっても、私たちの中に受け継がれています。私たちの外見からもだいたいの察しはつくと思いますが、私の起源は高地人でしたし、アルフィアさまは海洋人出身でした。私たちの星には四つの大陸と十五の大きな島があって、低地人の国が二一、高地人の国が十四、そして海洋人の国が十一ありました。ですから、全部で四六の国があったわけです』
「そう。僕らの昔の世界の地球では、二百以上も国があったと聞いたから、あなたたちの星には国は少なかったのですね」
(国は少なくとも、昔は地球と変わらないくらい、戦争は多かったですよ。お互いに星の覇権を目指して、同じ大陸同士で、また別の大陸の同じ民族同士でさえも。アクィーティアに文明が生まれてからの数千年は、まさに戦いの繰り返しでした。自然は荒廃し、人々は殺気だち、とうとう最終戦争では核兵器まで投入されました。その戦争では、数千万人の人が犠牲となり、あまりの被害の大きさに、ようやく私たちも戦いの無意味さを悟ったのです。出来ることなら、戦わずに共存しよう。そういう意識が芽生え、世界は平和の道を歩み始めました。それから二百年あまりは平和で、国の間で盛んに交流が行われました。それぞれの国には固有の言語がありましたが、世界全体での共通語というものもあり、どの国の人々も基本教育課程でそれを学ぶので、言葉のコミュニケーションには、さして不自由はしませんでした。こうして戦いが無くなると文明は爛熟し、人口も増えて、初期文明の末期には五十億人を超えました。しかし発達しすぎた文明と増えすぎた人口は自然を破壊し、アクィーティアの生態系自体が危うくなりかけていたのです。しかも平和な時代になったとはいえ、長い間の争いの本能はそう簡単に消えはしません。お互いに他の国を心から信用することが出来ず、相手への威嚇の意味であまりある核兵器を、なおも隠し持っていたのです)
「そのあたりはまるで……地球の、以前の世界の歴史を、聞いているみたいだ」
 アールは思わずそう言った。
(ええ。本当にそうです。どこの星でも、高等生命は似たような歴史をたどるのかもしれませんね)相手は微笑みを浮かべ、頷いた。
(ちょうどその時代。アクィーティア初期文明の末期に、アルフィアさまと私も生きていました。ちょうどあなたがたで言えば、アリステアさんとヨハン神父と同じステージで。アルフィアさまはそのころ海洋人の娘として、アヴェスティア──大洋の真中にある浅瀬の国で、昔沈んだ大陸の跡だとも言われていましたが、どこの大陸からも遠かったために、あまり回りの戦いに巻き込まれずにすんだ、中立国に住んでいました。そのころはアルディーナ・マディフィスという名前で、私が初めて会った時にはまだ十五才の、人を疑うことを知らぬ、無邪気で明るい少女でした。海洋人は比較的皮下脂肪が厚い人が多いのですが、彼女はとてもほっそりとしていました。そう、小柄で華奢な人でした。淡い金髪を長くして頭のてっぺんで束ねて流し、身体にまつわる衣を着て……海洋人も断熱性のある、薄い生地の服を着ますからね。まるでそれは、カラフルな海草のようです。そして、そう、あの頃から非常に美しい人でしたよ。気性はわりと激しい、お転婆娘でしたがね。私は四つの大陸のうちでは一番力のないところにある、小さな国の高地人でした。芸能関係の仕事をしていて、ある程度は成功していたのですが、ある時乗っていた飛行機が、誰かが仕掛けた爆弾のせいで爆発して海に落ち、ちょうどそこが、アヴェスティアがあるところだったので、私は奇跡的に彼らに助けられたのです。私はそこでアルディーナに会ったわけですが、そのころの私は四二才で、その事故で妻と一人娘を亡くし、失意のどん底だったのです。ですから私にはまるで彼女が失われた娘のかわりのような気がして、また彼女自身も捨て子で孤児院育ちだったことから、いつしか私たちは本当の親子のように心を通わせあうようになっていました。彼女はよく私の枕元に座って、歌を歌ってくれました。海洋人の家は泡の中にあって、陸地と同じく空気があるので――そして空気の石で補充され続けていたので、音は普通に伝わるのです。その声が素晴らしく、私は聞きほれてしまいました。そして、私は決心したのです。この娘を陸上に連れていき、アクィーティアの歌姫に育てようと。世界の中心は、やはり陸の上、特に低地人の国でしたから。でも、彼女は最初いやがりました。海を離れるのはイヤだ、陸の上は怖いと。無理もないです。生まれた時から海に住んでいたのですし、彼女の国は特に他の国からの干渉も接触もほとんど受けない、いわばユートピアだったのですから。私も危険は承知でしたが、とにかく彼女を説き伏せて、一年後、二人で一番大きな低地人の国に行きました。そこが、芸能の中心地でしたから。そしてなんとかオーディション番組に彼女を出演させて足がかりをつかみ、デビューも決まったところで、私は死んだのです。突然の病気で)
「ええっ!」
(でも、この死は必要だったのですよ。私が次の生で果たさなければならない役割、今のジャスティン・ローリングスさんと同じ使命が、私を待っていたのです。それは、非常に猶予がありませんでしたから。そして、一人残された彼女、アルディーナは別のマネージャーに見出されて、非常に人気のある歌手となったのですが、十九歳の時、ある権力者の息子に横恋慕されて攫われ、一フェーズ半ほど、お屋敷に監禁されていました。表向きは病気休養中ということだったのですが、しかしそこから彼女は低地人の青年によって救い出され、彼女は芸能界を引退して、海に帰りました。それゆえ彼女は、幻の歌姫と後世で呼ばれるようになったのです)
「そうなんですか……」
(その青年は親切にも、自家用船で彼女をアヴェスティアまで送ってくれ、その道中で二人は惹かれあったらしいのですが、身分も違うといったん諦めて、アルディーナは故郷に帰り、四年間を過ごしました。故郷には幼馴染の恋人がいて、二人は結婚し、子供も一人生まれたのですが、ある日その青年が再びアヴェスティアにやってきたのです。どうしても彼女が忘れられないと。それは彼女も同様だったのですが、今は夫を裏切れない、と追い返しました。しかし半年後、彼女はやはりその青年が忘れられず、話し合った末夫と別れ、子供を相手に託して、海を出たのです。そこで二人は再会し、その低地人の青年と結ばれたのですが、その結末はハッピーエンドではありませんでした。相手の男、ロリス・ロンダセレーンは、その国の実力者の一人息子でした。ロリスの父親は、自分の息子を有力な取引相手の娘と結婚させようとしていましたので、二人の結婚には大反対でした。しかし息子の決意は固く、まともに二人の仲を裂くことは無理だと悟った父親は、さまざまな卑劣な妨害を仕掛け、それでも二人の絆が変わらないどころか、かえって強くなるばかりであるのに激怒し、ついに彼女を殺してしまったのです。しかし、すでに二人の間には子供がいました。いえ、正確には少し違うのですが、私たちの星の起源子エルファスが二人の子供として、すでに生を受けていたのです。アルディーナはロリスの父親が放った刺客に襲われた時、当時生まれて三フェーズほどの赤ん坊だったエルファスをかばい、両手でしっかり抱きしめたまま、わずか二五才で絶命しました。彼女の最期はかなり壮絶だったのですが、命がけで子供をかばったおかげで、エルファスは無事ロリスに救い出されることになったのです。あとでそれがみな父の仕業だとわかったロリスは激怒して親子の縁を切り、自ら世捨て人となって息子を連れ、世界を放浪することになりました。そうしてエルファス・ラヴィータ・ロンダセレーンは自然の中で浮き世を離れて成長し、十四才の時に父が死んだために、一人で都会へと出ていったのです。そこで彼が生まれる一年ほど前に生まれ変わった新しい私、パレーヴィン・スパトラーヴィスやその仲間たちと知り合い、ともに舞踏劇団を結成することになりました。その初期に私たちは数百年ほど未来の世界にタイムトリップし、自分たちの世界の運命と、これからなすべきことを知りました。そう、ちょうど地球であなたのお父さんたちがタイムトリップを経験したのと同じように。戻ってきた私たちはやがて大成功し、アクィーティアの若者文明を席巻することになり、タイムトリップからちょうど十二年後に、私たちの星でのグランドパージが起きたのです)
「そう。でも……でも、そのいきさつは、まるっきり地球と同じというわけではないんですね。タイムトリップは同じでも、お父さんたちはロックバンドだったし、あなたたちは舞踏劇団だった。猶予期間もお父さんたちの方が一年短い。それにお父さんは曾祖父さんの孫として生まれたけれど、その人はお父さんの子供として生まれた。しかも、お父さんでなく、お母さんだったなんて……」
(アルフィアさまは基本的に女性でしたからね。男性として生まれ変わることは、数えるくらいでしたよ。アヴェレット・ロンダセレーン、セリース・アルフェディアス、それからアーディス・レインさん。主要なところではこのくらいでした)
「最初の二つの名前も……なんだか、聞き覚えがある」
(ええ。セリース・アルフェディアスは、セリス・アルフェディアと言い換えれば、あなたもピンとくるのではありませんか? 『水晶の神殿』つまり、地球でも映画になった、クィンヴァルスの聖戦の勇士ですよ)
「ああ! そうだ!」アールは思わず手を打ち合わせ、頷いた。
(それから、アヴェレット・ロンダセレーンは、エルファスの息子です。グランドパージの後、リセフィールのコミュニティで生まれ、第二世代のリーダーになった。ちょうど今のあなたと同じステージにいる頃の人格ですよ。アルフィアさまが覚醒された時、この人格が少し出てきまして、それをジャスティンさんが記録に書いていたので、あなたも多少は知っていると思いますが)
「ああ……あの時出てきた人は、アヴェレットさんとセディフィさん、だったと」
(その二人はアルフィアさまの第一ステージ期の、キーライフの人生だったので、意識の球が残っていたのだと思います。私もパレーヴィンやディラスタの頃の意識の球がありますので、セディフィは懐かしかったですね)
「セディフィとディラスタ……ジャスティンさんも書いていたけれど、この二人は……」
(それは、あなたたちで言えば四千年後の、最後の答えがわかる時の、アルフィアさまと私の人生でした。ドーリスからアクウィーティアへ、十二番目の環つなぎが終わった時の)
「それは……」
(詳しいお話は、これから説明していきます。今の段階では、説明できないこともありますが)幻影は柔らかな笑みを浮かべた。
(アルフィアさまが覚醒時に、あの二人を表に出してきたのは、あの場の時間をつなぐため、という意味もあったのですね。まだ起源子自我は混乱しているので、表に出すことは出来なかった。寝かせておくことは出来るけれど、ずっと寝かせたままでは統合が進まない。それゆえ一度あの二人でクッションを置き、知識の整理をしながら、二人にも路の行く末を見せ、再び休息させた。あの場には他に人がいたので、それにまったく勝手の違うほかの国にいたので、それしかできなかったのですが)
「そうなんですか……」
(話が少しそれましたが、このアヴェレット・ロンダセレーンは、あなたと非常に共通点が多いです。同じステージなのですから、当然といえばそうですが。グランドパージのあと、起源子の子供として生まれ、コミュニティの次世代を指揮し、その生の終わりに、今のあなたと同じように、グランドパージとそれを取り巻く真実を知ったのです。私の先駆者である、ヴェリアを通じて)
「そうなんだ。じゃあ、そのあたりはほとんど同じなんですね」
(ええ。でも基本的な要素は同じでも、それぞれの星には固有の文化や歴史があり、また起源子となる人を取り巻く環境も違いますから、まったく同じ物語になることはありません。あなたが次の星で起源子になる時にも、あなたたちを取り巻く物語は違うものになります。あなたはとりわけ演劇系に天性のある人ですから、最終的にもまたその方面を中心に活躍することになるでしょう。アーディスさんは適合子のころ歌手だったため、あなたもご存じのこういう展開になったわけです。適合子の時の適性が、起源子となった時に最大限発揮されるのです。エルファスはかつて彼の星で適合子であった時、ダンサーでした。だから起源子としても、舞踏劇団を率いることになったのです。そして起源子は必ず、その後継の星の影と組むことになります。ジャスティンさん然り、そして私もそうでした。私たちは同じ舞踏劇団の仲間でした。今も、彼の姿を思い出すことが出来ます。非常に美しい顔立ちを持ち、眼はいわゆるオッドアイで、右目が青、左目が深い灰色でした。髪も濃い青に金髪が七対三くらいで、混じっていました。非常にすらりとした体型で、踊るとその手足がまるで生き物のように動き、非常に優美で力強く、見るものをひきつけずにはいられないダンスでした。エルファスはまた、政治的にも多少手腕のあった人ですので、最後の年に独立国を、万人のユートピアを作ると宣言し、今まで貯めたお金と、支援者たちの援助も得て、海の中にリセフィールのコミュニティを作りました。そしてそのコミュニティが、グランドパージを唯一生き延びられたのです。その海域だけが、海流や風の関係もあって、アクウィーティアで唯一そこだけが、“救いの手”を差し伸べられる場所だったのです。ちょうどアイスキャッスルと同じように。リセフィールのコミュニティは、百数十年にわたって機能したので、あなたがたのように決死の大脱出などは、しなくても大丈夫だったのです。もっとも、一度大きな危機はありましたが)
「そう……ほんとうに似た話でも……詳細は違うんですね。地球と、あなたの星では」
(そうです。ですから、あなたがたの星のこれからの物語も、私たちのグランドパージ後の歴史とは異なる部分も多いと思います。ただ、詳細は違っても基礎は同じなので、重要なポイントだけは変わりません。適合子の選別、パートナーの選択、起源子の誕生、タイムリープ、グランドパージ、新世界の発足、そしてパイロットの旅立ちは)
「パイロットの旅立ち?」
(ええ、でもそれはまだ、今は詳しいことは言えません。時が来なければ)
「そう……それは、長い時?」
(四千年後です。それは、変わらないはずです)
「長い時ですね。二億年から見たら、一瞬だろうけれど……」
(あなたがた地球人から見れば、長い時でしょうね。でも、それだけは好奇心を鎮めておおきなさい。今はまだ、知る必要のないことです)
「それは……最後の答えは……僕たち四人が現世で出会った時にわかる。お父さんがジャスティンさんにそう言っていた、あのことなんですか?」
(そうですね)アーヴィルヴァインは緩く微笑んだ。
 これだけはまだ、自分が得られない答えだ、アールはそう悟った。しかし、他のことなら答えてくれそうだ。アールは幻影の緑の瞳を覗き込むように見つめながら、考えていた。ジャスティンの記録を読んでから意識の底に渦を巻いていた、数々の疑問符を。
 アールは再び立ち上がり、一歩、相手に近づいた。アーヴィルヴァインは静かな眼差しで見返している。アールが動くと相手も、常にある一定の距離を置いてその正面に来るように位置が変わるが、それには動作を伴わない。一瞬の明滅のあと、ふわりと変わるのだ。この人に触れることは出来るだろうか。アールは一瞬、手を伸ばしたい誘惑にかられた。しかし、相手は幻影なのだ。この人に、他に何を聞きたいだろう――。
「アリステア・ランカスターさんという人は、僕の曽祖父にあたるアリステア・ローゼンスタイナーさんと、同じ人?」
(そうですよ)
「それをしたのは、あなた? 赤ん坊のアリステア・ランカスターさんを四十年先へタイムリープさせて、ローゼンシュタイナー神父さんに拾わせたのは」
(そうです。タイムリープとは、ちょっとニュアンスが違いますけれど。アリステア・ランカスターさんは、私が船に連れていったのです。あの子の父親には気の毒でしたが、そうする必要があったのです。アリステア・ランカスターさんはヨハン神父に拾われて、アリステア・ローゼンスタイナーさんになった。それからいくばくかの時を経て、ヨハン神父はジャスティン・ローリングスさんに、アリステア・ローゼンスタイナーことアリステア・ランカスターは、あなたに生まれ変わったのです。あなたたちは、共に私たちの後継の道を歩む運命にある人です)
「僕が……ひいお祖父さんの生まれ変わり?」
 そう言えば、ジャスティンの記録の中にも、それを暗示する記述がいくつか出てきた――でもその時には、自分は父やエステル叔母の祖父である映画俳優、アリステア・ローゼンスタイナーに関する知識もほとんどなかったゆえ、あまりピンとこなかった。不思議な思いを、アールは改めて感じた。
(そうです。しかし、生きているうちは前世のことなど無用の記憶ですから、あまり深く考えてはいけませんよ)
 アーヴィルヴァインはちらりと微笑み、言葉を続けた。
(私がアリステア・ランカスターさんを船に連れていったのは、まだ彼がほんの小さな赤ん坊のころでした。池に落ちた母親を追って、必死で水際にはいずっていこうとしていましたから、あのまま放っておいたら、いずれ水に落ちてあの子も死んでしまいますし、拾い上げるタイミングは最上でした。母親の方は残念ながら助けられなかったので、池から引き上げるくらいしかできませんでしたが)
 紫の幻影は言葉を止め、再び微笑を漏らした。
(訝ってますね。アール・ローゼンスタイナーさん。私の説明はあなたが抱いている疑問の、決定的な答えにはなっていない。なぜアリステアさんを私の船に連れていかなければならなかったのか、不思議に思っているのでしょう)
「ええ……」
(もう今なら、すべてをお話ししても良いでしょうね。グランドパージから半世紀近くが過ぎ、当事者が一人も生存していない今なら)
「教えてください、ぜひ」
(アルフィアさまと私は、何万回目かの生を、クィンヴァルス・アルティシオンで生きていました。アルフィアさまは神官長、私は行政官で。いえ、正確には私はまだ、生きていますがね。ある日我々は神託を受け、最後の使命に赴くことになったのです。そのために私たち二人が地球に来たのは、あなたの前世であるアリステア・ランカスターさんが生まれてまもなくのころ、今から百八十年あまり前のことです。もっとも地球に来たわけではなく、月の裏側ですが。宇宙船を率いての三億七千万光年の瞬間航海は、さすがに多くのエネルギーを必要とします。アルフィアさまはそのためのエネルギーと、さらに残ったすべての生体エネルギーを放出しなければなりませんでした。その生を終わらせないと、あの方の使命は成就できないので)
「それは……自殺?」
(自分で自分の命を終わらせなければならないという点では、そうでしょうね。そしてアルフィアさまがお亡くなりになった後、その細胞が消えてしまう前に、私は彼女の身体から原始卵細胞を取り出しました。もう繁殖期は終わっていましたが、まだ残っていましたから。造血幹細胞もいくつか取り出して、消えないように特殊なエネルギー下に移しました。この一連のプロセスはとても恐れ多い作業でしたが、これは私の使命ですので。そのあと私は地球へ行き、赤ん坊のアリステアさんを船に連れてきたのです。そして、すぐに船を動かしました。そのころにはまだ地球人たちは宇宙開発に手を染めてはいませんでしたが、近くにいて発見される危険を冒すことは出来ませんからね。私たちの船は、通常動力では限りなく光速に近いスピードで動きます。船の中にアリステア・ランカスターさんがいたのは、ほんの数時間ほどでした。私は連れてきた赤ん坊を深く眠らせ、十数個の原始生殖細胞を取り出しました。原始細胞を取り出す際、器具などは使わないので、他の組織に傷をつけることはありません。それは、私たちの力でできることですから。それゆえ、赤ん坊には傷一つつけてはいません。その作業は数分で終わったので、あとは彼をそのまま眠らせておいて、再び地球へ戻しました。その間に地球上では、四十年が経過していたのです)
「それは、光速に近づくほどその中の時間は遅れるという、あの理論ですね」
(そうです。そしてその間も、スピードは落としましたが、船は動き続けていました。私はその航海中、アリステア・ランカスターさんを地上へ戻した後の数時間を費やして、アルフィアさまの細胞とアリステアさんの生殖細胞の融合を試みていました。地球人とまったく同じというわけにはいかないまでも類似の生体機能を持ち、なおかつアルフィアさまが転生できるだけの、我々の遺伝子をもった身体が欲しかったのです)
「転生っていうと……肉体と魂は、関係があるのですか?」
(基本的に、魂は同じ遺伝子の流れにそって転生します。あなたとアリステアさんの関係がもっとも典型的な例ですが、ジャスティン・ローリングスさんとローゼンシュタイナー神父との間にも、少し遠いですが血縁関係があります。神父とシスターの兄妹の大叔母に当たる人が、先にカナダに渡っていますが、その人の娘がジョン・アーヴィング――ジャスティンさんのお父さんの母親、クララ・シュナイダーさんなのです。つまりローゼンシュタイナー神父にとって、ジャスティン・ローリングスさんはまた従妹の孫に当たるのです。そしてシスター・アンネ・マリア――神父さんの妹さんは、同じ血筋の流れを持つ、エヴェリーナさんへと生まれ変わりました。魂は遠い近いの差はあっても、以前に生きていた肉体と同じ遺伝子に、まず引かれていくのです。アドルファスさんはジャスティンさんの生まれる前に消えた息子、ルークさんでしたが、その前は幼くして亡くなった、シスター・アンネの弟でした。オーロラさんは前世ではあなたの奥さんで、曾祖母に当たるレナ・メイアリングさんの転生ですし、あなたの息子、ランディスさんはあなたのお母さんであるアデレードさんの、事故で亡くなった同じ名前の弟さんの転生です。そしてオーロラさんの息子ライラスさんはアグレイアさんとカーディナル・リードさんの息子カーライルさんの、パリスさんは、アデレードさんの最初の子供、あなたがたにとって異父兄の生まれ変わりです。あなたの下のお姉さん、ティアラさんは同じ名前のあなたの娘さんになり、上のお姉さんロザモンドさんはあなたの末娘、エイプリルさんの娘さんとして生まれる予定ですし、ジャスティンさんの息子、クリスチャンさんは、アドルファスさんの息子、クレアランスさんの上の息子さんになります。この二人は、今生では結婚するはずです。そしてプリシラさんはセオドア・スターリングさんの娘さんに、ジョーイさんはミルカ・ジョンストンさんの息子になりました。そう、みんな、まずは近い血縁に引かれていくのです。最も本人たちは、転生前の生は覚えていませんがね)
「そうなんですか……そう思うと、なんだか、不思議な感じがします……」
(生のルーツは、生きている間に自覚することは、通常ないですから。今の地球人の段階では)幻影はちらりと微笑み、説明を続けた。
(地球人と我々とは、基本的な発生因子が非常に似通っています。同じような進化の道をたどるべく作られていると言っても良いでしょう。それゆえに、我々の後継となれるわけなのですが、しかし基本的には同じでも、すべてにおいて同一とは必ずしも言えません。異種間の適合は、概して非常に困難です。地球人の中で唯一我々と適合したのが、アリステア・ランカスターさんでした。彼は非常に特殊な突然変異の持ち主で、我々のDNAと共存可能で、なおかつそれを独自に解読できる因子を持つ唯一の地球人なのです。そしてそれが、適合子と呼ばれる人たちなのです。それは先達の星、年長種の民に融合できる因子を持った、その後継の星で唯一の人間、地球のアリステア・ランカスターであり、アクィーティアのアルディーナ・マディフィス、本来の姓はフェアスタルであるわけですが、そう、最初に適合子がありきなのです。適合子が存在しなければ、その星は決して後継に選ばれることはありません。適合子がいればこそ、流れを保っていけるのです。彼らは光の流れを持つ、いわば神に選ばれた人たちです。適合子が現れると、すぐにそのパートナーが選別されます。彼らを支える影、私やヨハン神父がそうです。この選別の基準は何なのか、それは私にもわかりません。適合子が出会える範囲の人間の中から、それぞれの適合子の素養と性格にもっともふさわしい人が選ばれるそうですが、具体的な選別は神の御意思のままに、と言ってもいいかもしれませんね。アルフィアさまは巻き添え、などとおっしゃっていましたが。先達の光と影は最後の神託が下された時に、その後継の星の光と影がだれかを、同時に知らされます。どういうシナリオで、進んでいくかも。それも、大いなる『知識』なのですよ。二億年の時が流れ、物理的にも精神的にも進化が進み、最終ステージに来ると、信託が下され、後継の星へとバトンを渡す時が来ます。その時、かつての適合子であった人は、今度は起源子となり、後継の星へと生まれ変わるのです。アクィーティアのエルファス・ラヴィータ・ロンダセレーン、地球のアーディス・レイン・ローゼンスタイナー、あなたもまた二億年後には、その運命を持つでしょう。そして起源子とは何か? それは先達の星からその後継の民たちへの輪の接点、かつての適合子と後継の適合子、その両方の因子の融合によって生まれる子供です。彼らは浄化から再生へ、そして私たちが地球へ来た最終目的、今は明かすことが出来ませんが四千年の時が過ぎた時に明らかになる第二ステージへの変貌のために、後継の星という畑に蒔かれた種なのです)
「種……?」
(そうです。なぜ、彼らが起源の子なのか。それは新たな路の起点。後継の星への、先達種の血の導入だからです。アクィーティアの民の上にエルファスが導入してきたのは、彼の身体の八十パーセント以上を構成する、先達の星の民の因子です。それが二億年かけて、アクィーティアの民すべてと混ざり合い、融合し、完全に同化しました。そして今度は同化した後の、アクィーティアの民の因子を、地球に導入するのです。アーディス・レイン・ローゼンスタイナーさんを通じて。我々の因子は、無事あなたとオーロラさんへと受け継がれました。あなたの身体は四十パーセント、オーロラさんの方は四三パーセント、我々特有の遺伝子で構成されています。その因子はあなたたちの子供たちへと受け継がれ、広がっていきます。さらに二億年が経過する間に、すべての地球の民と完全に融合し、同化していくでしょう。そう、まさしく種なのです。でも、なぜと問うてはいけませんよ。なぜ先達する進化種との融合が必要になるのか。あなたは今、その疑問を感じていますね、アールさん。でも今は、それは教えられません。その答えは、あと四千年待って下さい)




BACK    NEXT    Index    Novel Top