Part 4 of the Sacred Mother's Ring - The Children of the Light

ACT 1  AGE White (白の時代) (4)




「あの二人も、やっぱり父親の面影が残っているな。はっと息をのむような、浮き世離れした美しさはないにせよ、アールもオーロラも、初めて会ったころのエアリィに少し似ているよ」
 ロブはドアを閉めながら、首を振り、懐かしむような口調で言った。
「もうあの子たちも、来年は十四才になるんですものね。ちょうど同じくらいの年輩だわ」
 レオナが顔を上げて、そう頷いている。
「最近わたしも、時々そう思うわ。基本的にはアールは隔世遺伝だし、オーロラは目と輪郭以外、お母さん似だと思うけれどね」
「たしかにな。特にアールの方は大きくなるにつれて、ひいお祖父さんに、ますます似てくるように思うよ。あの目のせいかな」
「そうね。不思議な瞳ね。灰色、青、紫、緑と、いろいろな色に変わる。虹色の瞳って言われていたんでしょう? わたしはアリステアさんを、あまり知らないけれど」
「僕だって個人的な知り合いではないよ。僕が生まれた次の年に亡くなっている人だからね。映画のDVDで見ただけだ」
 ロブは苦笑して肩をすくめ、言葉を継いだ。
「それにしても、やっぱりアールは基本的に隔世遺伝で、オーロラは母方優勢の父母ブレンドで、ジャスティンのところの双子は、見事に十文字遺伝だな」
「そうね。アドルは完全にお母さん似で、エヴィーはお父さんそっくりですもの。あの子たちを見てると、わたしは時々思うわ。生命って、不思議だって。親たちがいなくなってもなお、確実に自分自身の存在を伝ええている……」
「エアリィがアデレードさんとエステルちゃんに、最後の遠征に行く前に言ったことを、思い出したよ。『君たち二人が生きていれば、希望が生まれる、未来がつながる。そんな気がするんだ』って。本当だったな。アデレードさんからアールとオーロラが生まれ、エステルちゃんからエヴェリーナとアドルファスが生まれた」
「そうね。あの子たちは確実に、未来へつながる希望なんだわ」
「我々にも、自分の子供が望めたら、よかったんだがね」
「無理だったんだから、仕方がないわ。お医者さまに言われたんですもの。かなりたいへんな治療をしなければ、子供は望めないって。そのためには仕事をやめなければならないし、それで努力しても、実を結ぶ保障はない。だからわたし、仕事を取ったんですもの。母親になることは、あきらめて。あなたも賛成してくれたし」
「そう。あの時の僕自身、いずれ今の世界は崩壊すると知っていたからね。もちろん、何かの間違いかもしれないという半信半疑な気持ちはあったが、それでも、わざわざ未来が途切れているかもしれない中に、子供をあえて努力して作ろうという勇気はなかったんだ。本当に世界崩壊が起きたら、きっとアイスキャッスルで亡くしていたことは、目に見えているしね。実際メンバーの子供たちはみな、あそこで死んでしまったし、ロビンとセーラさんも、本当に悲しい結果になってしまった」
「そうね……わたしたちは子供を持たない選択をしたのは、間違っていなかったのかもしれないわ」レオナは寂しげな笑みを浮かべて頷いた。
「それに、わたしたちには、今はちゃんと子供がいるしね。アール、オーロラ、アドル、エヴィーが」
「あの子たちは、孫なんじゃないのかい?」ロブがからかうような口調だった。
「いやあね、それほどお祖母ちゃんじゃないわよ。でも、そうね……あの子たちは子供であり、孫でもあるのね。エアレースのメンバーたち、わたしにとっても子供か、年の離れた弟たちみたいだったんですもの。それぞれに性格は違うけれど、みんな良い子たちだったわ、本当に」
「ああ。最後のメンバーだったジャスティンが死んで、もう四年か……」
 ロブは宙を睨んだ。「僕が一番年長なのに。ミックやジョージとさえ、六歳ほど年上なのに。ジャスティンとロビンとは十歳、エアリィとは十三歳違う。その僕が、一番後に残るとはな。一番役にたたなさそうな僕が」
「そんなことはないわ、ロブ」
 レオナは夫の肩に手をかけ、そっと首を振った。
 夫婦はしばらく沈黙に落ちた。少し落とした照明は薄暗く、ストーブのない部屋の中は、いくぶん寒かった。エアコンは十五度に設定してあるので、それだけでは部屋の中に忍びよってくる冬の夜の寒さを、完全には防ぎきれない。だが、冬はこんなものだ。過ごしやすさは、あの一年目の地獄とは比較にならない。
「もう十二月か。今年もそろそろおしまいだな……」
 ロブは壁にかけられた手書きのカレンダーを見上げた。リビングスペースの壁だけでなく、各部屋にもあるそのカレンダーは、住民たちの自作だ。ここ来た頃は、エステルがその絵の腕前を生かして、美しいカレンダーを描いていた。彼女が亡くなってからは、『わたしはエステルちゃんほど、絵はうまくないけれど』と言いながら、アデレードがシンプルながら、色使いにセンスの良さを感じさせるカレンダーを描いていた。彼女も亡くなってからは、それはレオナの仕事になっている。小さな花や果物のイラストを添えてはいるが、どちらかと言うと機能的なカレンダーだ。
「また一年が過ぎる。ここに来て、もう十四年なんだな。世界が壊れてから十五年。ああ、あの時……二六年前に世界の終わりを知らされた時ですら、こんな状態は予想できなかった。今でも時々不思議な気がするくらいだ。なぜ僕はここにいるのだろうと」
「そうね。わたしもそれは思うわ。これは現実なの? それとも悪い夢なの? 本当に、世界は滅んだの? わたしはどうして、まだ生きているの? そう……この疑問をあれから十五年間、繰り返し自分に問い続けてきたわ。わたしたちは、本当に選ばれて救われたのかしら? それは感謝すべきことなのかしらって」
「選ばれて……救われたには、違いないんだろうな。それに感謝すべきことも。だがね、僕にとっても疑問はつきないよ。そもそもの発端、あの未来へのタイムリープと、そこで知った、自分たちの世界の終焉。それを僕らが体験したのは、本当に僕らだけの必然だったのか? それとも単なる偶然だったのか」
「単なる偶然だとは思えないわ。あなたたちでなければならない、必然的な理由があるじゃないの。アイスキャッスルでコンサートを開いて、そこの暗黒時代を乗り切って、シルバースフィアへ移住して、最後にエヴィーが手紙を書き残して、その娘さんに託す。完全な輪よ。あなたたちにしか出来ない、必然的な輪だわ」
「それは、たしかにそうだ。僕もそれは否定できないが……だが、全部の輪をつなげるのに、本当に必要だったのは何人なんだ? 果たして全員が必要だったと言い切れるのだろうか。そんな疑問も拭えないんだ。ミックやジョージ、ロビン、それに僕も含めて、僕たちは互換可能だったんだろうか? そう、僕が感じている偶然か必然かというのは、エアリィとジャスティン以外の、僕たち四人に関してなんだ。あの二人は、あきらかに必然だったのだろう。それは間違いない。でも、僕たちはどうなんだ。アイスキャッスルにきた観客たちは。彼らは何かの運命の理由のために、ここに来たのだろか? 抽選をしたのは僕たちなのだが。それに、アイスキャッスルやシルバースフィアの初期に脱落した人たちと、ここまで生き残った人たちとは、はじめから振り分けられて、決められていたのだろうか」
「わからないわね、それは。それにジョージとロビンは、アイスキャッスル関連では、必要な人じゃないのかしら。オフシーズンに臨時営業させることが出来たのは、あの二人がオーナーの息子だからでしょう? 二人とも必要ではないかもしれないけれど」
「そうだな。あの二人は、確かにそうだ。それにアイスキャッスルを今の位置に持っていくための助言も、彼らに託された役目だった。あの手紙に書いてあった」
「それにミックだって、ストレイツ大臣に働きかけて、あそこをシェルターにするようにしたことに、少し貢献しているかもしれないわ」
「ああ……たしかにそうだな。それも手紙に書いてあった。そう思うと、偶然に巻き込まれたのは僕だけか。まあ、僕も書類の保管役を任されたわけだが、これは僕でなくとも、誰でもできそうだしな」
 ロブは苦笑して頷き、しばらくの沈黙の後、再び続けた。
「まあ、しかし、たとえ僕自身は偶然に付き合わされただけだったとしても、ここに来ないで人類と運命をともにしたほうがよかったとは、決して思わないがね。そう、長い年月を経て、今は本心からそう思えるよ。だが子孫を残せないで、名だたる発明もせず死んでいく人たちにとっては、本当にすべてが必然的な運命だったのだろうかと、僕は時に思うんだ。少なくともみんな一生懸命やってきたのに、そういった人たちは未来をつなぐことなく、やがて歴史の波間に消えてしまう運命にあるのだからね」
「そうすると、わたしたちの八十パーセント以上が、その運命にあることになるわ。最初から換算すれば。悲しすぎる見方よ、それは。みんな一生懸命生きてきたのよ。絶望や悲しみと戦い、少しでも希望を見いだそうとして、この長い暗黒の時代を懸命に。その努力が、その思いが、すべて無駄だったはずはないわ。みんなの努力がなければ、シルバースフィアのコミュニティだって、とうてい成り立っていかないでしょう」
「それは、たしかにそうだ。偶然にせよ必然にせよ、我々はみんなここで生きてきた。そのことには、絶対意義があるはずなんだ」
「そうよ」
 夫妻は頷きあい、一頻り沈黙した。
「そう言えば、DVDを忘れていたな。あとで渡してやらないと」
 ロブはCDを出した後の引き出しを閉めようとして、ふと手を止めた。
「ああ、そうね。これも元住民の部屋にあったのよね。MV集とライヴDVDが四枚。それと映画……」
 レオナはそれを手にとって、しばらくじっと見つめていた。
「この映画……クリスタル・カセドラル……水晶の神殿。これも、あの子が関わったプロジェクトの例に漏れず、記録的な成功を収めていたけれど……どこか遠くの星を舞台にしたSFだったわね。奇跡の星と呼ばれるほど、神秘的なエネルギーにあふれた星に、別々の惑星からほぼ同時に着いた二隻の移民船、片方は宇宙神の神殿を建てるために来た二千五百人の選民たち、片方はその銀河に発生した邪悪な帝国が派遣した一万人。この星のエネルギーを悪用されてしまうと、銀河全体の危機になると選民たちは戦い、ついに星の覇権をとって、邪悪なものたちを滅ぼす。そこに建立された聖なる神殿のパワーで、最後は悪の帝国も滅んでしまう。劇的な展開を省いて簡単に言えば、そんなストーリーだったわね。エアリィが演じた主役、セリスっていうのは、移民船の中で生まれた、いわば宇宙っ子なのね。それが移民先で起こった戦争を通じてだんだん成長し、戦いのキーパーソンとなり、自然界の精霊の力も借りて、最後には若きリーダーとなっていく。最後には宇宙神をまつるその水晶神殿の祠祭となるわけだけど……」
 彼女はしばらく言葉を止め、考え込むように黙った後、先を続けた。
「これは彼の遠い昔の……自分自身の物語だって、言っていたそうね。だから、あれだけ自然になり切れたって」
「ああ……?」
 ロブはしばらく考え込むように黙った後、思い当たったように膝を叩いた。
「ああ、あの夢の下りか? ジャスティンが倒れる直前に見たっていう。そういえば、あの記録の最後の方に、そんなことが書いてあったな。『僕の故郷は遠い星だ』とか、『クリスタル・カセドラルは、その故郷の創世の歴史だ』とか、エアリィが言っていたという。彼の魂は光の民の神官の生まれ変わりで、身体の方はその光の民とアリステア・ローゼンスタイナーとのハイブリット・クローンだという、あれか。だが、あれは完璧に夢だろう。ジャスティンの潜在意識が熱に浮かされて、そんな突拍子もない夢を組み立てただけさ」
「ええ。潜在意識の中の疑問が、そんな形で答えを提供したという考えは、たしかに否定できないわね。でも、ここまではっきり細かい事実まで、単なる夢で組み立てられるものかしら。たとえばその故郷の星の名前はクィンヴァルス・アルティシオンといって、地球から三億七千万光年離れている。クリスタル・カセドラルの舞台クインヴァースと語感が似ているのは、偶然ではない。でも連星系だから、四季変動は激しくて、公転周期は十二倍ある。発生の星は六億光年離れていて、アクィーティア・セレーナという、祝福された水の星という意味の名を持つ星。その上、星特有のカレンダーの解説とか、人種特性の話とか、そんなことまでジャスティンの潜在意識だけで出てきたとは、信じられないわ」
「じゃあ、それは真実だというのか? ばかばかしい! それこそナンセンスだよ。第一ジャスティンが夢を見た時点で、エアリィはその十年前に死んでいるわけだ。霊魂の存在さえ明らかにはなっていないのに、あの世に半分つっこんで話を聞いてこれると考える方が、どうかしているぞ」
 ロブは苦笑を浮かべて首を振ったあと、考え込むように続けた。
「だから結局は、潜在意識の問題なんだ。夢は潜在意識のいたずらだという見方が、大半だろう。カール・ユングの分析にしてもだ。ジャスティンがあんな夢を見てしまったのは、常々感じていた疑問が潜在意識に残って、病気で判断力の弱まった思考の制御を越えて暴走し、そういう突拍子もない形になったにすぎないさ」
「理論的には、一応そう言う解釈も可能ね。ジャスティンの記録を読んでいると、紫装束の幻を見たり、マインズデールのシスターから神秘的な話を聞かされたり、エアリィが一回失踪した時ずいぶん混乱状態になったり、トランス状態に落ちた時に不思議な言葉を話したりするので、いろいろ疑問を感じていたことは頷けるわ。本人もこの点は深く追求したくなかったようだけれど。それを潜在意識の中で疑問として抱き続け、一つの回答を探し当てた。それが夢の形で提供された。科学的に見れば確かにそうよ」
「そうだろう。だったら、いいじゃないか」
「でもそれは、いろいろの疑問点に目をつぶって、理論的に一応説明づけることは可能だということにしかならないわ。かもしれない、きっとそうに違いないと、無理矢理常識の中に当てはめて考えようとしているだけよ。一種のこじつけね」
「それはちょっと言い過ぎじゃないかい、レオナ。科学的に解明できることなら、無理にSF的なこじつけをするより、ずっと自然だ」
「じゃあ、あなたがたが未来世界へ行って帰ってきたという事実には、どういう科学的な説明を付けるの? それにさっきアールたちに言った、最後の楽譜の謎は?」
「それを言われるとな……」ロブは苦笑して頭をかいた。
「それともう一つ、あの子が死んだあと、空中に解けて消えてしまったことにも、科学的にきちんと説明が付けられる? それに、あの紫装束の幻影の謎も。あの幻影は、ジャスティンだけの幻想じゃないのよ。エアリィも見ているらしいし、さっきアールも見たと言っていたじゃない。あの子はジャスティンの記録をまだ読んでいないのよ。それなのに、その特徴は完全に一致しているわ」
「まったく、君も変に神秘主義者で、困ったものだな」
 彼は当惑した顔で、肩をすくめた。
「君は何が言いたいんだい、レオナ。エアリィが数億光年の彼方から来た光の民の子孫だと、本気で信じているのかい」
「そうね。わたしは、ほとんどそう信じかけているわよ」
「おいおい……」
「もちろんわたしだって、それほど空想好きの馬鹿ではないつもりよ。完全に疑問の余地なく科学的な説明が付けられるのなら、喜んで常識的な回答の方を信じるわ。でもね、完全に違うって否定するだけの確たる要素が、わたしには見付けられないのよ。むしろそうかもしれない、なんて思わせるようなことが、あの子には多すぎて。出生の経緯も謎だらけだし、オタワに遠征に行った時には、完全にヒーリングをやっていたわ。アイスキャッスルに力を送ったという話は有名だけれど、遠征隊の人たちが全員最後まで持ちこたえられたのも、ひとえに彼が自分の身体に反作用が来るのを承知の上で、癒していたためだっていうのも、ほとんどみんな知っているのよ。おまけにあの子がやった大除染、あれは事実なのよ。あなただって、さっきアールとオーロラにそう言っていたじゃない。嵐の方向を逆転させて、水を空の彼方へ吹き飛ばした。あれが壮大な除染になって、オタワの放射線濃度が劇的に薄まったから、わたしたちは一年でオタワに移住できた。どう考えても不可能だと思われていたのに。それは確実に事実よ。私たちみんなが同じ夢を見て、大騒ぎしたことを忘れたの? 空港で見つかった『奇跡の服』が、夢と同じ箇所で切れていることも。それにあの子がアイスキャッスルに帰ってきた時、右の頬に切り傷が残っていたのにも、気づいた? 出血はしていなかったけれど、白い線になって、すっと走っていたわ。夢で怪我した場所と同じに。それは現実なのよ。普通の人間に、そんなことができると思う? 死んだあとさえ、空気に解けて消えてしまうし」
「そこのところは、たしかにそうだが……」
「それにあの子って、視力は五・〇くらいあったし、普通人の二〜三倍の周波数の音を聞き分けられたし、読むスピードも異様に早かったわ。最初はぱらぱらめくって見ているだけかと思ったら、内容もしっかり読んでいたのよね。瞬間記憶術は前例がないことはないから置いておくとしても、語学のマスターも物凄く早かったし。ロードでいろいろ言葉の通じない国へ行った時も、一日二日で現地の人たちの言葉が理解できて、テレビを見て内容を話してくれたり、現地のスタッフの原語のジョークで吹き出して、向こうの人たちをびっくりさせたりしていたでしょう。それも一度覚えたら、忘れないし。運動能力もあの通りでしょう。本当に人間離れという言葉が、ぴったりだったわ」
「それはでも、人間の範疇でできないか。とんでもない大天才なら……五感が物凄く発達していて、図抜けた運動神経があって、頭もよかった、と。まあ、たしかに彼は超人だったかもしれない。でもだからといって人間じゃないなんて言ったら、本人は怒るだろうな」
「嫌がっていたものね、そう言われるのは」レオナは肩をすくめた。
「でも、あの子は単なる超人じゃない。他にも色々、不思議なことがあったじゃない。数えあげたら切りがないくらいよ。わたしは、時々考えてしまうの。あの銃撃事件の前日、ジャスティンが感情暴発してしまって、エアリィがショックを受けて着替え部屋に閉じこもって、寝てしまった時、ミックが言っていたことを。人間には到達し得ない領域が未踏の領域なら、そこに行きついてしまった彼は、果たして僕らと同じ人間なのだろうかって――。それにわたし、彼にはひょっとしたら超能力があるかもしれないって、前々から思っていたのよ。ルーレットやポーカーの強さも、ものすごかったしね。わたしが覚えている限りじゃ、あの子がゲームで負けたことって、一度もなかったんじゃないかしら。単に勘が鋭いだけじゃないような気がして、一回テストさせてって頼んだこともあったわ。断られたけれど」
「ああ、たしか『Polaris』のレコーディングをしている時だな。『やだ。僕はフリークにはなりたくないし』と、肩をすくめて言っていたな、エアリィは」
「もしやっていたら、全問正解かもしれないと、わたしは思ったわ。あの子のほかのテストのように。でも透視や予知能力がある、なんてことになったら、超能力の範疇よね。だからフリーク(化け物)にはなりたくない、と拒否したのかもしれないわ」
「いくらなんでも、そこまでぶっ飛びたくはなかったんだろう、エアリィも」
 ロブは肩をすくめた。
「それまでも充分、ぶっ飛んでいたけれどね。本人にあまり自覚がないだけで。そもそもモンスターとは呼ばれていたのだから、フリークよりひどいわよ。それも嫌がっていたけれどね。でもあの子は自分の本来の力、ポテンシャルを普段は抑えている。そんな風にわたしはいつも感じていたわ。でもアイスキャッスルへ来て、それが少しずつ外れてきた。濃い放射性物質を含んだ風が吹いてくることも予知したし、最後の遠征ではヒーリングをして、嵐の雨と風の方向さえ逆転させたわ」
「最後の奴は、超能力者だって出来ないだろうな」
 ロブは苦笑して首を振った。「でもひとつ、不思議なんだ。もしエアリィが本当にヒーリング能力を持っていたなら、なぜ彼は自分の娘たちを救えなかったんだろう。もし出来たのなら、絶対にそうしたはずなのに。他の子供たちにも……」
「その時には、出来なかったのかもしれないわ。もし、あの幻影のくだりが本当なら……ジャスティンも、同じ回想をしていたけれど、肉体が壊されると、能力は解放されるって。オタワで受けたダメージが激烈だったから、逆に潜在能力が解放されたとしたら……あの子自身も、夢で言っていたじゃない。『今なら出来るかも』って」
「それは、あの幻影の話からの類推だろう?」
「ええ。でも、まだあるわ。オタワの空港のB滑走路だけが、きれいに片付いていたわけが。あなたやメンバーたちは聞いていなかったかもしれないけれど、わたしは遠征隊の人たちを見舞った時、聞いてみたのよ。嵐のあとだったけど、滑走路は大丈夫だったのかしらって。そうしたら、みな同じことを言っていたわ。帰るために空港に来た時、いろいろなものが散乱して、これでは飛べないと思った。そうしたらエアリィが『みんな、向こうを向いて十数えて』って言ったって。言われた通りにしたら、その間にボンボンという音が続けざまにして、振り返った時には、滑走路が片付いていた、と。わたしは今まで言わなかったけれど……どうやったと思う? 十秒で、車やコンテナのような重量級の障害物を取り除くって」
「嵐を逆流させることが出来るなら、一瞬で障害物をどけることも可能かもしれない、と言いたいのか?」
「他に考えられないでしょう。肉体が能力を縛る枷なら、あの時のあの子は、肉体の枷はゼロに近かった。だって物理的には、すでに死んでいた状態だったのかもしれないと、ジャスティンが書いていたほどだったのだから。わたしも彼の見解は、当たっていると思うわ。それと力のベクトルは少し違うけれど、同じようにして、あの地図を描いた。気流の感知も、コンパスのズレも含めて、ほぼパーフェクトな航空地図をね。あれがなければわたしたちは、あの条件下でオタワへ移ることは出来なかったわ。それは事実なのよ」
「わかった。まあ、とにかくだ……エアリィが超人なのはわかった。とても考えられないような奇跡を起こして、オタワを除染して、我々をここへ移住させてくれた。そこまでは認める。事実だろうからな。だが、彼の出自については、まったく根拠はないだろう。たしかに現役時代から、いろいろと議論はされていたが、宇宙人と地球人のクローンというのは、いくらなんでも飛びすぎだ。そもそも、あの幻影とやらは、本体はどこにいるんだ? 数億光年の彼方から、地球に投影していると? 光速も何も超えて、一瞬で? 馬鹿な。それともどこかに宇宙船があって、地球から飛ばした観測船に見つからないところにいるというのか? それはあまりに、空想的すぎるぞ。光速の壁があるのに、何億光年も先から、どうやって来られるというんだ」
「そうねぇ、でも、完全に不可能とは言い切れないかもしれないわ。現にあなたが未来世界で聞いてきた話に、そんなのがあったじゃない。遠い未来に宇宙船が遭難してタイムホールにつっこみ、二億光年近く離れた光の民の銀河に出現したって」
「まあ、たしかにな……」
「それにもう一つ引っかかるのが、ジャスティンの記録にあった、未来世界で大統領室に紛れ込んだという話よ。あの時、新世界の大統領は、特殊因子について話していたと、書いてあったわ。そう……確かPXLという名の。新世界の人たちにも頻度は非常に少ないけど見受けられる、普通の人間とは明らかに違うDNAで、彼らはずっと放射能の突然変異だと思っていた。ところが二一世紀から来たエアリィが異例の高率でこの因子を持っていて、生物学者たちが仰天したっていう話を。大統領はこう言っていたそうじゃないの。『PXLPは進化遺伝子だといっている学者もいる』って」
「そうだ。きっとその話が、ジャスティンの潜在記憶に引っかかっていたんだ。だから彼はあんな夢を組み立てたんだよ」
「あなたはどうも、現実的に説明を付けようとするのね、ロブ」
「僕は現実主義者だからね」
「その現実主義者さんが、タイムリープなんて、この上もなく非科学的なことを体験するなんてね」彼女は穏やかに肩をすくめた。
「それを言うなよ」彼は再び苦笑している。
「じゃあ、現実主義者のロブさん。もう一つの夢も、ちゃんと科学的な説明を付けてちょうだいな。ジャスティン君が樹の下で赤ん坊を拾う夢よ」
「ああ。この赤ちゃんはアリステア・ランカスターで、アールはその子の生まれ変わりだっていう奴か? あれもジャスティンが昔マインズデールのシスターに聞いた話を、潜在意識の中で再現しただけにすぎんよ。こっちはもっとわかりやすい。シスターがその可能性を示唆していたわけだからね」
「なんでも潜在意識ね。あなたもミックと同じで、ユング派の信奉者なの? それとも、マーフィー博士のほう?」
「そういうわけじゃないがね」
「それに、ジャスティンとローゼンシュタイナー神父との関係も……彼の日記に書いてあった来世の姿がぴったり合致しているのも、ジャスティンが見た夢の話が、シスターの話とぴったり符合したことも、単なる偶然と言える?」
「……まあ、たしかに一致率は高いが、たまたま偶然が重なったという可能性も、ゼロとは言えないな」
「でも、ものすごく低いでしょうね」レオナは再び肩をすくめ、言葉を継いだ。
「それに少なくとも、アリステア・ローゼンスタイナーさんにまつわる赤ん坊の謎に関しては、理論的にも否定できないんじゃなくて? だって、あなたたちもタイムスリップを経験しているわけでしょう。なんらかの原因で赤ん坊のアリステア・ランカスターが四十年の時を超えてきて、ローゼンシュタイナー神父に拾われたのだとしたら」
「だが、何のために?」ロブはそう問い返した。
「タイムリープには理由がなくてはならない。僕らも場合もそうさ。それとも、それは単なる実験だったのか? 偶発的なものか? そんなことは認めないぞ。アリステア・ランカスターが四十年の時を超えて、アリステア・ローゼンスタイナーにならなくてはならない理由はなんだ?」
「俳優になるために……?」
 彼女はしばらく考えるように沈黙した末、半信半疑のような口調で答えた。
「本来の時代に生きていたって、俳優にくらいなれたんじゃないのか? そのころから、りっぱに映画はあったんだぞ。資産家の息子では難しいかもしれないが、方法はいくらでもあるだろう。だいたい君は、ジャスティンの夢や幻想を重く見過ぎているよ。まともに受け取れば、彼はローゼンシュタイナー神父の生まれ変わりで、アールはアリステアさんの生まれ変わりで、エアリィは遠い宇宙からやってきて、一緒に来た彼のパートナーが幻影となって、今もアールの前に現れているということになってしまうぞ。それがどれだけ現実離れしたバカな話か、君にだってわかるだろう、レオナ」
「ええ、ふつうに考えればね」
「だからもう、この話はやめよう」ロブは決然とした様子で、首を振った。
「あなたはいつもこの話になると、ムキになって反論するのね。そしてそうやって、話を打ち切ろうとするのよ」レオナは穏やかに笑って、再び肩をすくめている。
「そうかもしれない。僕は、考えたくないんだ。我々にはわからないことだし、知らなくてもいいことだと思っている。君は頭も良く、いろいろと物事を理論的に突き詰めて考えたい方だから、疑問にも思うのだろうし、謎を知りたいと思うのだろう。でも、僕は知りたくないんだ。僕はアーディス・レイン・ローゼンスタイナーという人間が、個人的に大好きだった。それだけだ。彼には途中から専属スタッフがついて、ほかの四人のメンバーより接触する機会が減ってしまったが、でも僕にとっては同じだった。僕が敬愛していたのは、彼の才能だけではないんだ。彼はどんなに回りが変わっても、本当に最後まで変わらなかった。ずっと僕に対してもオープンな信頼を寄せてくれていたし、仲間で保護者だと思ってくれていた。『ロブ』と僕に呼びかけるトーンは、最初から最後まで同じだったんだ。僕はその声と、その調子が好きだったし、それを聞いて嬉しかった、ずっと。それに、エアリィはたしかに、いろいろと人間離れしていたかもしれない。ものすごく気丈で強い精神力も、あっただろう。でも僕が一番記憶に残っているのは、あのラストコンサートの時、アンコールの途中で楽屋に戻ってきてしまった、彼の姿なんだ。君はあの時ビューイング中継所のほうに行っていたから、見てはいないとは思うが、モートンと、ネイトと、他のセキュリティもいる中に、半ば放心状態でやってきて、いきなり楽屋の椅子に座り、テーブルに突っ伏して泣いたんだ。僕が声をかけたら、『ロブ、どうしよう! もう止められない! 怖い!! やっぱり僕には負いきれない! どうしたらいい?!』と、半ば恐慌状態になって言っていた。僕はあの目の表情が忘れられない。恐怖と畏怖と、嘆きだった。僕は彼の背中を軽く叩いて、言った。『エアリィ、気持ちはわかるが、落ち着け。ただ、そのまま続けていくしかないんだ』と。『ただ、そのまま続けていく……しかない』彼は呆然と反復し、頷いた。『このまま行くしか……わかってた。ありがと、ロブ……』そして真っ青な顔で立ち上がり、ふらふらとステージに戻っていった。あんな彼を見たのは、初めてだった。エアリィは普段気丈で、めったに弱さは見せない。でもその彼がもろさを見せた、初めての瞬間だった。しかも、他のスタッフのいる前で。いや、二度目か、厳密には。彼が失踪してから戻ってきた夜の誕生会でも、そうだったからな。でもあのラストコンサートでは、それ以上に取り乱していた。完全に我を忘れていたように見えた。僕はそれを見て……何というか、安心した部分もあったんだ。根底では、同じ人間なんだなと思えた。純化はされていたかもしれないが、彼も僕らと同じ、紛れもない人間なんだと。あの時、ミックも続けて言っていただろう。『でも彼も、傷つきやすい人間的な部分も持っている。そして彼が実際に何であれ、僕たちは仲間だ』と」
「そんなことがあったのね……そうね」
 レオナは静かに頷き、しばらく沈黙した後、続けた。
「わたしはつい真実を知りたくなってしまうけれど、たとえあの子がジャスティンの夢のように、光の民だったとしても、それであの子に対する気持ちが変わるわけではないわ。わたしも個人的には、あなたと同じよ、ロブ」
「それなら君ももう、答えの得られない問いを議論するのは、よそうじゃないか。結局真実は、確かめようがない。いずれ……わかるのかもしれないが」
「わかるとしたら、たぶんわたしたちが向こう側へ行った時ね。そんな気がするわ」
 レオナは再び穏やかに笑って、肩をすくめた。
「向こうの世界、か。あるのかな、本当に。あったらいいがな。向こうでみんなに会えるとしたら、そう死ぬのも怖くはないかもしれない」
 ロブは微かに首を振り、苦笑を浮かべていた。
「それは、行ってみないとわからないわね。じゃあ、もう寝ましょう。つい話しこんでしまったけれど、もう十二時近いわよ」
「そうだな。よけいなことは考えず、もう寝よう。僕たちには、過去の神秘は必要ないんだ。ただ、このコミュニティをちゃんと運営する事だけに専念しなければ」
「そうね。過去は振り返らない。未来を見なくてはね」
 二人は手にしたものを引き出しに戻すと、寝支度をしに洗面所へ行った。




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