Part 3 of the Sacred Mother's Ring - In the Abyss of the Worlds

第7章 甦りゆく世界 (5)




「あともう一つ、知らせておきたい知識があるんだ。僕らのサテライトで一番遠いところ、それが、エルファン・ディアナだったってことを」
「エルファン・ディアナ……どこかでちらっと聞いたような名前だな」
 僕は記憶の糸をたぐった。「思い出した。そう。エスポワール号だ。未来世界で聞いた。七二世紀の宇宙船が遭難して最初についた星だ」
「そう。そのエルファン・ディアナという星は、僕らのサテライトの中では一番遠くて、一番新しいんだ。辺境の星。地球側への灯台役と観察のために、今から三千万年くらい前に数百人ほどの移民を送って作った、最後のサテライトなんだ。地球人と最初で最後の物理的な接触を果たすために」
「じゃあ……その星の『光の民』っていうのは、おまえたちのことなのか。地球の宇宙船が宇宙嵐のいたずらで、そこへワープすることも知っていたのか?」
「光の民っていうのは、あの船長さんが名づけた呼び方だけど、たしかに当たってるかもしれない。僕らは光に選ばれた星の民だから。でも、そういう点じゃ、地球もそうだよ。やがては地球人も光の民になるんだ」エアリィは少し言葉を切った後、続けた。
「あの船がその近くに来ることも知ってた。だからこそ、その近くにあった、居住可能な惑星エルファン・ディアナに、僕たちは移住したんだ。地球人に宇宙航法の原始的な技術を教えることと、もう一つ、生身の地球人を知りたかったから」
「じゃあ……ちょっと待てよ」
 僕はくらくらする頭を何とか落ち着かせ、筋道だって考えようとした。
「その……エスポワール号の乗組員たちは、そのエルファン・ディアナって星に住んでいるおまえたちの種族の人たちに導かれて、地球へ帰ったんだったな。出発する五千年前の地球へ。そして宇宙ロケットの開発方法を、その時代の人に託した……ということは、これも時間の円環なんだな。万能ロボットの工法と同じで、結果が結果を生んでいるんだ。僕らが未来へワープしなかったらロボットも出来ず新世界は確立しないのと同じで、彼らが五千年前の昔へワープしなかったら、宇宙ロケットは出来ないわけなのか」
「そう。これも時間の環なんだよ。エスポワール十三号が事故で、宇宙のボイド(空洞)を超えて二億光年の距離を飛ぶことも、あらかじめ決められていたんだ。僕たちと接触し、過去の地球に戻ることも。それなしには、宇宙航法は確立しないから。アクウィーティアでも似たイベントはあったし、それは十三の聖なる母の環を構成する星全部に、共通するプログラムなんだよ。より大きく、宇宙に軸足を伸ばして行くためにね。僕はエスポワール十三号の話を聞いた時、ものすごいデジャヴを感じたんだ。イメージと言葉があふれてきて、止められなかった。それでみんなやパストレル博士を驚かせちゃったんだけど、僕もその時にはすごく怖かった。でも、いわゆる覚醒状態になった後に、思い出したんだ。僕は実際、彼らに会っていたんだって。エルファン・ディアナで。ヴィヴァールと僕は、そのためにそこに転生したんだ。今から……四代前か、僕の人生からみれば。二万年くらい昔だよ。その時の僕は、エルファン・ディアナの神官長だったんだ。だからその記憶が残ってた。だから話を聞いた時、潜在意識の中で反応してしまったんだろうね」
「じゃあ、彼らが会ったっていう光の民の長って……おまえなのか?」
「ああ。まあ、そうだね。四代前の人生だったけど。それがその時代で二万年前のこと、つまり彼らは最初にワープしてきた時、時間を相当戻ったんだ。二万五千年くらい。僕たちは彼らを二万年ちょっと先の地球に送り返せるようにした。新世界初期の中だったら、もうちょっと後でも良かったんだけど、タイムホールの泡の出具合で、そうなったんだ。後は、おまえも聞いた話の通りだよ。ただし、あの船長さんにプレーリアへ行けって啓示を送ったのは、エルファン・ディアナの神殿長としての僕じゃなくて、彼女の魂……本体っていうか、精神だよ。今の僕も精神体だけど。だって、これから百年も未来のことだから。そのころの僕は今と同じっていうか、彼女の精神体……こっちの世界での姿だから。ヴィヴァールが未来世界のおまえに送ったメッセージと同じで。僕は未来世界で、彼女に『もう一人のわたし』って呼びかけられたしね。でも、僕の記憶はつながってる。神官長アルフィアル・アルティスマイン・レフィアス……何回くらいあったかな、この名前で、この職業で生まれるのは……うーん、ここ一億年間で、二万回くらい? でも、たいていはリピートなんだよね。アクウィーティア本星とクィンヴァルス、だいたいどっちかになるんだけど、最近は、っていっても二千万年くらいのレベルだけど、クィンヴァルスがほとんどだね。アクウィーティアの方は、二千万年前に無人化したから。あと、エルファン・ディアナで三回、他の星でトータル百回くらい。どっちにしても同じ人生を、また最初から繰り返す感じなんだ。だからその間は進化的にも、ほとんど変わらない状態になるけど、僕は新しい路を開くまで昇華できないから、そうなっちゃうんだよね。神官長としての人生は、穏やかで満ち足りてはいたけど、見方によれば、かなり単調だよ。ほぼ毎日、決められたルーティンをこなしてるだけだから。その長い人生がそれで終わって、休息して、また初めから繰り返す。それがあたりまえと思ってたけれどね。それがありがたいとも。肉体的にはほとんど刺激がなくて、精神だけ、それも満ち足りた喜びしかない世界で。だから今の人生、まあ、今って言っていいのかわからないけど、もう終わっちゃったから……忘れてた感覚のオンパレードだったな。ありがたくない感覚もたくさんあったけど、まあ、それも最後の試練なんだって思ってた」
 彼は懐かしんでいるような、もう取り戻せないものを名残惜しんでいるような、そんな表情になった。そして僕を見、再び話し始めた。
「話を戻すと、僕がエスポワール号の人たちに実際に会った時、エルファン・ディアナでの神官長の生は三回目だったけど、あの時の僕は聖なる母の神託を受けて、エスポワールの人たちの未来の運命を、すべて知ってた。だからプレーリアの記憶が、僕の中にもあったんだ。僕の自己はすべてを取り込んで、記憶してるから。あの時の僕はまだ地球人としての自我しかない頃で、壁は厚かったけど、その壁を通して、記憶が出てきてしまったんだ」
「そうか……おまえたちは本当に、人間より遥かに進んだ……光の民なんだな……」
 僕はそうつぶやくのがやっとだった。
「スタートが早いから進化が進んだ。それだけのことだよ。地球人だって二億年も種が続いていけば、そのくらいの進化はするから」
「だからおまえは、フェアじゃないって言ったのか、アランさんに。ゲームで言えば、チートのようなものだって」
 僕は問いかけた。エアリィは肩をすくめ、少し笑っただけだった。
 光の子たちは、相変わらず僕らのまわりを擦り抜けていく。彼は子供たちを指し示した。
「彼らは成長しきって純化された、自己の姿なんだ。これが個人としての進化の究極なんだよ。さっきも言ったように。人の魂がここまでなるには、相当の時間がかかるけど」
 僕は返事が出来ず、息をのんで子供たちの行進を見ていた。
「とりあえず目的は果たしたから、そろそろ帰った方が良いな、ジャスティン」
 エアリィはそう僕に告げた。
「今、僕が話せる知識は、ここまでだから。おまえはまだまだ納得してないだろうけど。でも、おまえがここにいられる時間も、そろそろ限界だよ。これ以上いると、戻れなくなる。寝てるうちにあの世に行ったら、困るんじゃない?」
「ええ?」これ以上ここに留まると、もう現世に帰れない? まだ困る。心の準備が出来ていない。子供たちのことも気がかりだ。
「じゃ、また!」
 エアリィはにこっと笑って髪を翻し、僕に背を向けた。
 瞬間、僕の足下が崩れた。そして、すべてが消えた。
 闇の中を、僕は落ちていく。どこへ――?

 僕は身を震わせながら目覚めた。カーテンの隙間から差し込んでくる光に、うっすらと照らされた部屋の中は静まり返り、子供たちの寝息の他は何も聞こえない。静寂の世界だった。夜着が汗でびっしょり濡れている。暑い。汗を拭うと、ため息をついた。身体が重い。ずいぶん熱っぽい。空気が重苦しく感じられた。ひどく咽喉が乾く。
 僕はゆっくりと起き上がり、子供用寝台で仲良く眠っているエヴィーとアドルの様子を見た。子供の寝顔は、いつも僕に非常な慰めと安らぎ、暖かさを与えてくれる。エヴィーは元の位置から九十度回転して、ベッドを横切って手足を投げ出し、アドルは姉に場所を侵食されたせいか、ベッドの隅に丸まって眠っている。
「まったく、これじゃ、どっちが女の子なんだかなぁ」
 僕はかすかに苦笑し、二人を元の位置に戻すと、子供たちに蹴飛ばされてベッドからずり落ちそうになっていた毛布を、かけなおした。出来るだけ、そっとやったつもりだったが、エヴェリーナは気づいたらしい。
「パパァ?」娘はぽっかりと目を開けると、不思議そうに呟いた。
「ああ、目が覚めちゃったのかい? ごめん。なんでもないよ。もう一回お休み」
 僕は娘の髪を撫でながら笑いかけた。
「ウン」エヴィーはにっこり笑って、安心したようにもう一度目を閉じている。そしてたちまち、すやすやと寝息を立て始めた。ちょっと眠りのレベルが浅くなっただけだろう。朝になって聞いてみても、娘は全然覚えていないだろうな。
 僕は軽く二人の上から手を触れ、その頬にそっとキスをした。エヴィーもアドルも、目を覚ます気配はない。ただ二人同時に寝返り、両方から僕の手にしがみついてくる。無意識の動作なのだろう。胸にこみ上げる感情を抑えながら僕は空いている方の手で二人の髪をなで、その手が緩んでから、そっと部屋を出た。

 窓のカーテン越しに差し込む光で、うっすらと明るいリビングには、誰もいなかった。自分の足音のほかは、何も聞こえない。時計を見ると、五時を少しすぎたところだった。この時期は、もう夜が明けている。だから明るいのだろうが、二時間も寝ていないのか――。僕は疲労感を覚えながら、キッチンに歩きかけた。
 誰かいる。キッチンの戸口に。見た瞬間、稲妻に打たれたように、僕はその場に立ちすくんだ。あの人だ。紫の幻影――。
「あなたは……」
 マインズデール郊外の草原で、ロンドンのホテルの廊下で、病院で、さらにアイスキャッスルでも見たあの幻影。紫色のフードから緩やかにこぼれ落ちている、濃い琥珀色の髪、胸元に光る銀色のマーク、手に持った銀の輪、目は鮮やかなエメラルドグリーン。
「アーヴィルヴァイン……」
 その名前が、ひとりでに口をついて出た。アイスキャッスルでこの幻影を見た時に、エアリィがそう呼んでいたことを、不意に思い出したのだ。今まですっかり忘れていたのに。さっきの夢で、彼は『ヴィヴァール』と呼んでいた。きっとそれは、この人の愛称なのだろう。彼の『アルフィア』と一緒で。エアリィは現世では『ヴィヴ』と、もっと省略した形で呼んでいたが。
 紫の幻は微笑を漂わせ、左手に持った銀のリングをくるりと回すと、ゆっくり頷いた。
(そうです)
 それは語りかける。口を通しての言葉ではなく、頭に響いてくる思考で。
(私はアルフィアさまとは、もう次元を隔ててしまいましたので、私が向こうに行くまで接触することは出来ないのですが、あなたの思念を追っていて、わかりました。まあ、アルフィアさまらしいご説明ですが……起源子は理性部分が三分の一になっているので、ますます彼女本来の性格が強調されますからね。でも、あなたの疑問には、だいたいの答えは出ましたか?)
「はい……まあ、だいたいのことは。でも、一番肝心のことは教えてくれなかったけれど」
 僕は思わず苦笑し、小さな声でそう答えた。
(私たちが何のために来たのか? ということでしょう? 後継の路を開くパイロット。それだけでは抽象的過ぎて、わからないと。それがはっきりわからなければ、後継者たる自分たちが、どういう定めを持っているのかもわからない。そうですね。それはよくわかります。でもそれは本当に、アルフィアさまの仰る『最後の質問と答え』ですね。今は、まだ知る時ではない。焦らなくても時がくれば、わかりますよ。進化の究極とは何か、宇宙の唯一神、聖なる母である聖太母神とは、何かということも。ですから、今は時が来るのをお待ちなさい、としか私にも言えません)
「やっぱり、そうですか……」
(そしてもう一つ、あなたの心の小さな疑問にも答えておきましょうか。私がなぜあの方をミストレス・アルフィアと呼ぶのか。光と影のパートナーとはいえ、光と影は対等ではないのか、なぜ相手に敬意を表するのか、と。一つには、地位上の立場ですね。神官長というのは、その星の最高指導者です。私は行政官なので、いわゆる副官になります。つまり、あなた方の概念で言うなら、彼女は私の上司に当たるのです。そしてもう一つは、私の個人的な問題です)
 幻影の崇高な表情は、微かな苦笑に近いものに変化した。
(私は二億年もの間、あの方に振り回されてきましたからね。適合子、起源子として、十三の『聖なる母の輪』の中で最大の問題児、そして最大の能力を持つ、あの方に。わたしはそんな彼女に手を焼きながらも、惹かれ続けてきました。あの方は本当に、私にとっては女王さまなのですよ、昔から)
「あなたは彼……いや、彼女を愛しているんですね」
 この世のものとも思えないほど、崇高な存在であるこの幻影の、妙に人間くさい一面を見て、僕はなんとなく安堵のような気持ちを感じていた。そしてアグレイアさん――実際には母親ではないが、遺伝子上のつながりはある彼女が、赤ん坊を抱いて戻ってきた時、最初に子供の名前を、アル――アルティス――レイアと呼んだのは、本来の名前、アルフィアル・アルティスマイン・レフィアスの不完全な記憶の断片であったこと。一番記憶に残っていたアルティスの部分から、音の近いアーディスという命名になったこと。そしてミドルネームのレインは、フランス語のレーヌ、女王の意味だと言ったことも、なんとなく納得がいった。
(そうです。私の想いが、彼女に催眠暗示をかける時、一緒に伝わってしまったようですね。私としたことが、不覚でしたが)
 幻影は再び、妙に人間くさい表情になる。が、それはほんの一瞬で、すぐにもとの厳粛な佇まいに返った。
(ジャスティン・ローリングスさん)
 アーヴィルヴァインは静かな口調に戻り、僕に呼びかけた。
(もう一つ、あなたに告げねばならない事実があります。なぜ今、あなたに語る時なのか。以前のあなたが、私から知識を与えられた時のことを、思い出してください。それ以上のことは、今は言いますまい。ただ、一つだけ……どうか勇気をもってください。恐れることはありません。この世の生は、一夜の夢です。夢を繰り返して、成長していくのです。私たちもそうでした。そしてあなたがたも、そうなのです)
 幻影はゆっくりと僕に笑いかけた。美しい慈愛に満ちた、超然とした笑みだった。手に持ったリングが再び回ると、やがてその姿は陽炎のように揺れ、空気に溶け込むように消えていく。僕はしばらく言葉を失い、そこに立っていた。

「ジャスティン、どうしたんだ?」
 不意にそう声をかけられて、思わず飛び上がった。ちょうどジョセフが洗面所から出てきたところだった。兄はその夜、研究所からここへ帰ってきていたのだ。
「ああ、ジョー兄さんか」思わず安堵の吐息がもれた。
「いや、ちょっとのどが乾いたから、水でも飲もうと思って」
「そうか。僕はトイレさ。今日はなんだか寝苦しいな」
 兄はそう言った後、問いかけてきた。
「おまえの他に、誰か起きていたのか? おまえだけか?」と。
「えっ、僕だけだよ。なぜだい?」
「いや、おまえが小さな声で何か言っていたようだったから、誰かいるのかと思ったんだ」
「えっ、独り言だよ」
 あの幻は、限られた人にしか見えない。エアリィと僕と、あとは――アールには、あれが見えるだろうか? 僕はふと、そう考えた。エステルが産気づく前の晩に見た不思議な夢が示唆したこと、そしてさっきの夢でエアリィが言っていたことが、もし事実なら。
 だが、あの幻影が最後に言った言葉が気にかかる。
(なぜ今、あなたに語る時なのか。以前のあなたが私から知識を与えられた時のことを、思い出してください)
 以前の僕――ヨハン神父だった時の僕が、夢で不思議な声を聞いたのは、たしか神父が急病で亡くなる数日前。そういえばエアリィも、さっきの夢で言っていた。
『キーライフの最後に、知識を知ることになる』
『ここへ来られる状態は、ちょっと危ない』と。
「まさか……」我知らず身体が震えた。
「どうしたんだ、ジャスティン。寒いのか、こんな晩に」
 ジョセフが怪訝そうな表情で、僕の顔を覗き込む。
「おまえ、ずいぶん顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だよ」僕はなんとか笑ってみせた。
 僕たちは別れていった。兄が自分の部屋へ(かつてミックたちが使っていた部屋は、今はアランとジョセフの部屋になっていた。相変わらず、あまり帰っては来ないが)入っていくのを見届けてから、もう一度リビングを見まわし、キッチンを覗き込んだ。もちろん、誰もいなかった。アーヴィルヴァインは幻影だ。あの人はメッセージを届ける時にだけ、僕の前に姿を現す。今はもう、メッセージは伝え終えたのだろう。
 僕はため息を一つつくと、キッチンに行った。ともかく喉が渇いた。水道水は放射性物質汚染の危険がまだあるので、シルバースフィアでは飲み水は、カタストロフ以前のミネラルウォーターか、アーケードの商店内に数台あるRO浸透膜でろ過した水を使っている。冷蔵庫を開け、水を入れたボトルを出すと、コップについで口に運んだ。コップを洗って戻しながら、再び深いため息が漏れた。身体がだるい。まるで鉛を飲んだように重い。とにかく、部屋へ帰ろう。

 その時、急に激しい吐き気が襲ってきた。あわてて洗面所に駆け込み、水道の水を出すが早いか、猛烈な嘔吐が始まった。吐いても吐いても、なお止まらない。おおよそ身体の中のものが、すべて出尽くしてしまったのかと思えるほどだった。何分かしてやっと治まった時には、全身の力が抜けてしまったような、やりきれない倦怠感が残っていた。そのまましばらくつっぷしたあと、冷たい水で顔を洗い、大きく深呼吸をした。
 洗面所の前にかかっている鏡に、自分の姿が映っている。自分でもびっくりするほど真っ青な顔をして、やつれてしまっている鏡の中の僕。頬は完全に落ち窪み、髪には白いものがちらほら交じり、肌は血の気をまったく失って、ただ目ばかりがぎらぎらしている。自分自身がこんなに変わったことを、今まで気がつかなかった。
 片手をのばして、肩に下がった髪を一房つかみ、ぐいっと引っ張った。手のひらの中に、髪が二、三本抜けてきたけれど、ばさっと束になっては抜けてこない。ある意味、当然かもしれない。もうあれから十年以上たっているのだから、急性症状が出るはずはないのだろう。でもここ二、三ヶ月ほど、身体中の妙なだるさや、時々起こる痛みに悩まされていた。避難生活が長かったから体力が衰えてきたのかと思い、たいして気にしないように努めていたが――。
「おい、しっかりしろよ、ジャスティン・ローリングス。それじゃまるで、病人みたいじゃないか」
 肩で息をしながら、鏡の中の自分に向って、そう語りかけた。身体が重い。なんだか半分自分の身体ではないような気分だ。でも、気をしっかり持たなければ。
 再び大きくため息をつくと、僕は部屋へ帰ろうとした。身体中の力が抜けてしまったようなだるさと燃えるような熱さを覚えながら、リビングの壁に捕まって、ゆっくりと歩いていく。
 途中まできた時、再び吐き気に襲われ、僕は膝をついた。出てきたのは吐物ではなく、胆汁や胃液でもなく、大量の血だった。それがかなりの勢いで、飛び出してきた。カーテンの隙間から差し込む薄明かりの下で、クリーム色の床や薄緑のガウンに飛び散った赤い色を、僕は唖然として見つめた。そして、右手に張りついた真っ赤な色を。恐れは間違いではなかった。いつかはこうなることは、覚悟していたつもりだった。でも決定的な証拠を見せられるまで、それを認めたくはなかった。身体の中に埋め込まれた時限爆弾が、ついに自分の中でも炸裂する時が来たのだということを。
 僕は本当に死ぬんだろうか――その思いが心を満たした。ヨハン神父のように、『知識を知らされて』ほとんどまもなく、いや、それよりも猶予がない。彼らの『知識』とやらを夢の中で聞いたのは、ついさっきじゃないか。ヨハン神父には、数日の余裕があったが、僕にはそれすらないのだろうか――。
 激しい恐れを感じた。畏怖にも近い絶望的な意識の中で、頭に浮かんだのは、エヴィーとアドルのことだった。あの子たちは、まだ四つなのに、両親を失ってしまうのか。コミュニティには助け合いの精神が広まっているから、大丈夫だろうが、もとより母親の愛を知らずに育った子供たちを、僕はエステルの分まで愛し、守っていこうと決心していたのに、それができなくなるのか。もう少しだけ――もう少しだけ待ってくれ。子供たちがもっと大きくなり、もう少し自分の足で人生を歩けるようになるまで。今の二人は、まだあまりに幼く、か弱く、おぼつかない――。
 クリスの顔が浮かんだ。ステラが朦朧とする意識の向こうから笑いかける。エステルが、少し戸惑ったような笑みを浮かべている。たぶん、彼女も子供たちが心配なのだろう。父親が、母親が、意識をよぎっていった。そしてロビン、ジョージ、ミックが――ああ、エアリィはさっき会ったんだったな。『寝てるうちにあの世に行ったら、困るんじゃない?』なんて言っていたが、せっかく帰ってきたのに、これじゃたいして変わらないぞ――。
 吐血はなかなか止まらなかった。床やガウンが赤い色に染まっていく。呼吸が苦しい。血が気道に入ってしまったようだ。自分のまわりの世界が回転するような激しいめまいと共に、意識が遠退きそうになる。本当に、死ぬんだろうか。僕はここで、誰も知らないうちに。そして朝、起きてきた誰かに、死んでいるのを発見されるのだろうか――。
(いやだ!)
 沸きあがる激情が、急激に身体を満たしていくのを感じた。まだ、死にたくない。いや、死ぬこと自体は、誰にでもいずれは訪れるものだ。ことにこんな状況なのだから、それなりの覚悟はしてきている。だが、今はいやだ。
 僕は自分の部屋のドアまで膝をついて這いずり、渾身の力をこめてドアを叩いた。正確には、身体ごとドアに倒れかかっていた。そして意識が空白になった。

 再び意識がつながった時には、病院のベッドの上だった。窓から微かなオレンジ色の光がさし込んでいる。たぶん夕方なのだろう。
「気がついたか、ジャスティン。良かったな。おまえ、あれからまる二日以上も、意識がなかったんだ。本当に心配したよ」
 ロブがひどく厳粛な顔つきで、僕を見下ろしていた。
「危なかったんだぞ、おまえ。もう少しで窒息するところだったと、医者が言っていたぞ」
 ジョセフの声は、努めて感情を押さえたような響きだ。
「そうか……」僕は小さく呟いた。
「誰が知らせてくれたんだい? 僕は部屋の前まで来たことしか、覚えてないんだ」
「子供たちだよ。エヴィーとアドルだ。おまえがドアの前で倒れた音で、二人とも目を覚ましたらしい。それで、僕らを起こしにきたんだ。凄い勢いでドアを叩いてね。僕の部屋が一番近かったから。虫の知らせ、だったのかもしれないな。その日、僕があそこに泊まる気になったのは。僕は寝入りばなだったんで目が覚めて、ドアを開けたら、二人でわんわん泣いているんだ。僕の手をひっぱって『パパが死んじゃう。早く来て!』と言うんだよ。それでリビングをひょいとのぞいたら、おまえが血だらけで倒れているじゃないか。腰を抜かしたよ。そう言うわけで、おまえが助かったのは子供たちのおかげなんだ。感謝しろよ」兄が子供たちと僕を交互に見ながら、説明している。
「そうか……」僕は頭をめぐらせて、二人を見た。エヴィーもアドルも、今にも泣きそうな様子で、僕をじっと見ている。
「ありがとう、本当に。おまえたちのおかげで助かったよ」
 僕は手を伸ばし、二人を抱きしめた。エヴィーとアドルは同時に、わっと激しく泣き出した。小さな手で僕の首にしがみつき、頭を胸にすりつけながら、途切れ途切れに言う。
「良かった! パパ、死んじゃうんじゃないかって……!!」
 あとは言葉にならないようで、ただ泣きじゃくるだけだ。
 僕は胸にこみ上げてきた塊を飲み下し、腕に力を込めた。
「大丈夫だよ、大丈夫だよ。心配させてごめんな。本当にありがとう」

 それから、一ヵ月が過ぎた。最初の三週間は高熱と痛み、混乱する意識、それだけしか記憶に残っていない。それは、初めて体験する、壮絶な病の苦しみだった。風邪をひいて高熱を出した時のような生易しい気分では、とてもない。高熱が身体の中で渦巻き、頭が割れそうに痛む時、火の中に投ぜられたような熱さの中で、ひたすら水を求める。ともすれば意識は薄らぎ、おびただしい夢を見る。楽しい夢ではない。浮かび上がろうとしても浮かび上がれない。前に進もうと思っても、身体が動かない。後ろから大きな暗い化物が追いかけてくる。そいつは逃げようとする僕にかぶさり、飲み込む。
 まだ平和な世界にいる僕たちの夢。ステラとクリスとともに公園で遊んだり、バンドの仲間たちと一緒に、大観衆の前でコンサートをしたりしている。一面に降り注ぐ眩しい光。それが急に火の玉に変る。大地はひび割れ、僕たちすべてを飲み込み、焼き尽くす。そんな悪夢にうなされ、叫び声とともに目覚め、病院のベッドの上で、一人ぼっちで寝ている自分を発見する。のどがからからに乾き、燃えるような熱さを覚えながら。
 痛みも容赦なく襲いかかってきた。本当に激しい苦痛というものは、人間のすべての思考を奪ってしまうものだと実感した。身体が中から引き千切られるような激痛の中では、ベッドの柵を思いっきりつかみ、のたうちまわりながら、ただその苦痛が引いてくれることを祈るしか出来ない。アスピリンやアセトアミノフェンの粉末は、医療ロボットを使って合成できるようになっていたが、この痛みはその程度の鎮痛薬では、まったく効かなかった。おそらく医療用モルヒネの類でしか止められないのだろうが、それはまだ材料が手に入らないので、合成できない。そういう状況なので、望みがないなら苦痛にさらされるよりはと、最近では末期症状に苦しむ患者たちが希望すれば、安らかに痛みを感じることなく死なせてくれる薬を、注射する場合もあった。実際、半月が過ぎた頃、ジョセフとロブが沈痛な顔をして、僕に聞いたことがある。
「もう、楽になりたいか、ジャスティン」と。
 僕はその時、苦痛の最中にあって、頭ももうろうとしていた。この痛みが止まってくれるなら、なんでも良いとさえ思った。しかしそう言われた時、思わず全身がすくみ上がるのを感じた。いやだ。死にたくない。僕は頭を振り、手を払いのけた。
「いやだ……僕は……逃げたくないんだ」
 そんな言葉が、我知らず飛び出してきた。そうだ、僕も苦しさから逃げるまい。みんな、そうして立ち向かってきたのだから。エステルもステラも、クリスも、ロビンもエアリィもジョージもミックも、父母や姉も、他の大勢の人たちも。みんな最後の瞬間まで、生きるために戦った。僕も、最後まで戦わなくては。兄もロブも涙を浮かべて頷いていた。そして二度とその言葉を言わなくなった。

 そんな日々も、とうとう終わりがやってきたようだ。ここ一週間くらい、症状は落ち着いている。身体を引き裂かれるような痛みも、意識がおかしくなるような高熱もやってこない。倒れてからほとんど食べられなくなり、調子の良い時にりんごジュースやスポーツドリンクを二、三口、あとはほとんど点滴のみだ。お腹や胸に水が溜まってきているらしく、時々圧迫されて息苦しくなる。その症状だけは消えないが、その他は本当に静かで穏やかだ。でもその中で、体の力がどんどん失われていくのを感じている。生命の火がだんだんと消えていき、ゆっくりと潮が引いていく。そんな感覚だ。でも今は僕の心も、静かで穏やかだ。抗しても逆らえない運命なら、身を任せるしかない。今まで生きてこられたのだから、満足しなければならないのだろう。そして、生への苦闘が終わることを、感謝するのだ。僕の魂は死なない。死ぬのは外側の肉体だけだ。僕の自己は生き続け、成長していくだろう。僕の自我――ジャスティン・クロード・ローリングスの精神も、しばらくはまだ生きているだろう。何も恐れることはない。本当に、ただいる場所が変わるだけの話だ。
 僕の心には、感謝でも喜びでも恨みでもあきらめでもない、全てを超越した静けさがある。まるで凪の海のように。世界がだんだんと透明になっていくのを感じている。ロビンが死ぬ前に、『今はとっても穏やかで落ち着いて、静かな気分だよ』と言っていた。今は僕も、その静けさを共感することができる。無の静寂――無の平和――そう呼ぶべきかもしれない。
 でもただ一つ、心に残ることがある。二人の子供たちのことだ。あの子たちはこれから、どうやって生きていくのだろうか。どう願っても、あの子たちのそばで成長を見守ることが許されないなら、せめて今の僕に出来ることを、子供たちに僕の思いを言っておきたい。でも幼いあの子たちに、それがわかるだろうか。
「パパ!」
 ドアが開いて、エヴィーとアドルが駆け寄ってきた。僕の枕元に身体を投げ出すと、同時に小さな腕を僕の首に回して、抱きついてくる。
「やあ、来たね。今日は何をしてたんだい?」
 僕は両手を伸ばし、二人を抱きしめながら聞いた。
「今日はね、アールお兄ちゃんやオーロラお姉ちゃんと一緒に、種蒔きしてたの、ねえ」
 エヴィーは金茶色の巻き毛を傾けて答える。
「ウン。早く芽、出るといいね」アドルもこっくりと頷いた。
「種蒔き? 何の種蒔きだい?」
「えーとねえ、えんどうとねえ、ジャガイモ」小さな娘が答える。
「ああ、菜園か。今年の、二作目だな」
 世界の滅亡から十年以上が過ぎ、もはや缶詰や小麦粉、調味料くらいしか、大幅な賞味期限切れでも、食べられるものがなくなってきた今、新しい食料の補給は急務だ。その試みの一つとして、二年前から、大学の農学部にいた学生たちや農場を手伝った経験のある人たちを中心にして、農業用カートリッジを入れたロボットを駆使した、植物栽培が始められていた。除染したあと地を耕し、肥料をまき、市内に残っていた植物研究所や農業試験場から持ち出した種を播いた。土はまだいくら除染しても完全には放射性物質の影響が避けられないので、温室を建てて、水耕栽培も同時に始められた。発芽率は十パーセント前後で、そのうち三十パーセントくらいは、とんでもない奇形植物が生えてくる。なかなか効率的とは言えなかったが、新しく編成された「農業プロジェクトチーム」のメンバー三百人は試行錯誤を繰り返しながら奮闘し、去年初めて最初の収穫を終えたのである。スフィアの子供たちも、許容時間の範囲で、種蒔きや草取りなどを面白がって手伝っていたのだ。
「あのね、じゃがいもはね、おイモを切って植えたの」
 エヴェリーナは身振りを交えながら、一生懸命そう説明し、
「エンドウは豆をサヤからだして、土にまくんだよ」
 アドルファスも得意そうに報告している。
「そうか。二人とも偉かったね。みんなのお手伝いをしたんだ」
 僕は子供たちに微笑みかけながら、手をのばして髪を撫でた。
 死ぬことに関しては、もうそれほど抵抗はないが、この子たちを置いて逝かなければならないのは、つらいことだ。母親はこの子たちを産んですぐに世を去り、伯父さんであるアランも開発に忙しい上に、もうそんなに長くはない。二人には従兄姉になるアールとオーロラは、本当の兄や姉のようによく面倒を見てくれているが、なんといっても彼ら自身、まだ九歳の子供だ。伯父に当たるジョセフは、アランと同じく開発が忙しいし、今はロブとレオナの厚意に甘えている。でも僕ら第一世代は、果たしてこの子たちが一人前になるまで、生きていられるだろうか。この困難な時代に、この子たちは誰を頼りに生きたらいいのだろうか。
 せつない。子供たちのことを考えるたび、生きていたかったという切望が押し寄せる。でもそれはもう、叶わない望みなのだ。僕は意を決して、二人を抱き寄せた。
「いいかい、エヴィー、アドル。パパはもうじき、おまえたちに会えなくなってしまうんだ。おまえたちのお母さんや、お兄ちゃんや、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんや、いっぱいいろんな人に、会いに行かなきゃならないんだよ。そこはもう、行ったら戻ってこれないんだ。だから僕は、もうすぐおまえたちと別れなくちゃならないんだよ」
 二人は驚いたような表情を浮かべ、ついで、じっと僕を見た。無邪気な瞳に悲しみと不安を浮かべて。その色が僕を悩ませた。二人をきつく抱きながら、僕は言葉をついだ。
「でも、おまえたちは強く生きなきゃだめだぞ。今、おまえたちの面倒を見てくれているロブ小父ちゃんや、レオナ小母ちゃん、ジョー伯父ちゃん、それにアラン伯父ちゃんも、いつまでも一緒には、いてくれないかもしれない。だから、おまえたちは自分の力で、生きなきゃならない。誰も頼らずに、自分で自分を育てていかなければならないかもしれない。アールお兄ちゃんやオーロラお姉ちゃんは、これからも助けてくれるかもしれないけどね。そう、助けてくれる人がいる限りは、みんなで力を合わせて生きるんだよ。これからは、おまえたちの時代だ。新しい世界を開いていくのは、おまえたちなんだからね」
 エヴィーとアドルは、戸惑ったように大きく目を見開いた。二人の年令では、僕の言った意味はわからないだろう。でも二人は「ウン」と、こっくり頷いている。
「いい子だね。生きていくのは、そんなに難しくはないのかもしれない。多くの人たちが、きっとおまえたちに親切にしてくれるだろう。人の好意や愛は、感謝して受け入れなさい。もし何か人にされたり言われたりして、嬉しかったら、いつまでもそれを覚えていて、感謝の気持ちを忘れずにいなさい。いやな思いをしたなら、早く忘れて、人には決してそうしてはいけないよ。困っている人がいたら、できる限り手を差し伸べなさい。その親切は、いつかおまえたちに戻ってくるから。いつも、どんな時にあっても、希望と勇気と愛を忘れずに、前に向かって進んでおくれ。僕の願いはそれだけだ」
「ウン。わかった」
 なんといっても来月の末にやっと四才になる小さな子供のことだから、希望や勇気や愛がどういうものなのか、そんな抽象的な言葉の意味を本当にわかったかどうかは、ちょっと、いやかなり怪しい。でも、その目に浮かぶ光は本物だ。この子たちは強い。エステル譲りの芯の強さに加え、時代の狭間に生まれてきた、逆境を跳ね返せる心がある。大丈夫だ――安堵の思いが、胸をよぎっていった。大丈夫――この子たちは、生きていける。周りには大勢、暖かい善意の人たちがいる。そしてエヴェリーナとアドルファスには、生きていこうとする力がある。それさえあれば、子供たちはこの社会で生きていける。やがて、この世界はもっと住みやすい、より困難の少ない、新たな世界になっていくだろう。その始まりを、見届けることが出来るかもしれない。そう、少なくともエヴィーは。

 オタワの夏の夜明けは早い。窓から差し込む光に、僕は目を覚ました。空は再び青い色を取り戻し、太陽が遮るものなしに、光を街の上に投げかけている。再び光を取り戻せたのは、うれしいことだ。それは世界の復活を約束する、希望の光のように思える。僕の心も、光の中では明るくなれる。その光は長い暗黒時代がようやく終わりに近付いてきたことを、悟らせてくれた。世界はこれから再生していくのだと。
 エヴィーよ。やがておまえが時の円環を閉ざす時のために、このノートをおまえに残そう。僕たちみなの、八千二百人あまりの人々の長い苦闘が、無駄に終わらないことを望む。いいや、僕は確信する。世界は再び昇るだろう。一つの世界が終わり、新しい世界が生まれる。回り続ける輪のように。すべてのものに、完全なる終わりは訪れない。三百年にわたる時の円環は、きっと閉じられるだろう。でも円とは不思議なものだ。どこが始まりで、どこが終わりなのか誰にもわからない。それは果てしなく回り続ける。
 でも一つ気掛かりなことがある。アドルよ。なぜ僕はおまえにノートを託さなかったのだろう。なぜ息子のおまえにではなく、娘のエヴィーに託したのだろう。おまえの身に、何かあるのだろうか。いいや、そんなことは思うまい。エヴィーの子孫があのラリー・ゴールドマン博士だから――きっとその理由で託されたのだろう。でもあの温厚な中年紳士が僕の遠い子孫だと考えると、なんだか奇妙な気分だ。

(記録はここで終わる)





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