Part 2 of the Sacred Mother's Ring - the 11 Years’ Sprint

七年目(3)




 部屋を出てリビングスペースに入ると、ジョン、ローラ、チャールズ、アニーの四人がそろってテーブルに座り、お茶を飲んでいた。どうやら兄の言いつけを守って、ずっとここにいたらしい。
「ジャスティンさーん。お帰りになる前に、こちらで、ぜひ、あたしたちと一緒にお茶を飲んでいってくださーい! お願いします!」
 僕の顔を見るなり、ローラが立ちあがって、素っ頓狂な声を上げた。
「ローラ! ジャスティンさんはもう僕の部屋で、お茶は飲んでもらったんだ。煩わせるんじゃない! 忙しい人なんだからな」マイクがそう制している。
「ああ、でもいいよ、マイク。帰りの飛行機は八時なんだ。まだ時間がある。ここでみなさんと一緒に、もう一杯お茶をいただいても、僕はちっともかまわないよ」
 ローラとチャールズは同時に「うわぁ!」と嬌声を上げ、ガタガタと椅子を直して、一人分のスペースを開けた。そこにジョンが、予備のものらしい椅子を持ってきた。アニーもにこっと笑って立ちあがり、カップを持ってきている。ポットの中に新しい葉っぱを入れ、わざわざお茶をいれなおしてくれた。そしてにこりと笑って、僕の前に差し出す。僕も微笑して受け取ると、用意してくれた予備の椅子に腰掛け、二杯目の紅茶を飲み、二個目のビスケットをつまんだ。
「ただし、おまえたち、プライベートな質問や音楽記者のインタビューのようなまねはするなよ。サインや握手も禁止だからな」マイケルが言うと、ローラとチャールズは「ええ?!」と、がっかりしたような声を上げる。
「いいよ。少なくとも、握手やサインぐらいなら」僕は苦笑した。
「やった!」
 二人は同時に声を上げ、立ち上がって部屋を出ていった。それぞれ自分たちの部屋へ飛びこんでいったようで、すぐに二人ともスケッチブックを抱えて戻ってきた。
「友達にもあげたいんで、四枚くださいませんか、サイン。名前をつけてくれたらうれしいんですけれど」ローラがまずスケッチブックとペンを差し出した。
「いいよ、名前は? 君はローラだよね。あとの三人は?」
「ジェーンとミリセント、それにエリザベスです」
「わかった」僕はペンを受けとり、四枚のサインを書いた。
「すみません、俺も!」
 ローラの分が終わるや否や、チャールズがスケッチブックを突き出す。
「俺は五枚。バンドの連中に持っていってやりたいんです」 
「いいよ」僕はチャールズのスケッチブックにもペンを走らせた。
「おまえたち、いいかげんにしろ!」
 マイケルがため息混じりに、そう怒鳴っている。
「すみません。申し訳ないんですが、僕にもお願いします」
 ジョンまでがスケッチブックを持ってきたので、僕は思わず苦笑し、マイクはあきれはてたという顔だ。
「本当にすみません。でも大学にも多いのですよ、あなたがたのファンが。とくに親友のピーターと、ガールフレンドのケリーには、ぜひ持っていってあげたいのです」
「わかった。君の分と三枚だね」僕は笑って、再びペンを走らせる。
「握手は帰り際でいいかい?」
「はい」ローラとジョンは頷いたが、チャールズはつと進み出て、僕の手を取ろうとする。
「すみません、ちょっと触らせてください。うわあ、感激だア! これがエアレースのジャスティン・ローリングスの手なんだア! ギターの天才の手なんだア!」などと叫びながら、僕の右手を取り、さわりまくっている。
「こら、チャーリー! いいかげんにしろ! だいたいおまえ、さんが抜けている。呼び捨てにするなんて失礼だぞ!」マイクとジョンがあきれたように、同時にいさめていた。
「別にいいけれど、それは……」
 僕は苦笑したが、面映くてしかたがない。やっとチャールズが渋々ながら手を放してくれたので、僕はいくぶんほっとして少年に向き直った。
「そういえば君も、バンドでギターを弾いているって言っていたよね。学校で?」
「はい。一年前に結成したんですが、バンド名は『Little Vigilantes』と言うんです」
「あれ、それはひょっとして……」
「そうです。あなた方のファーストアルバムの曲から取ったんですよ! あれって、アルバムタイトルと一部かぶりですから、あれと、それから『A Spirit in Calling』とのあわせ技ですよね。ファーストアルバムのタイトルって」
「まあ、そうだね。両方あわせてだから、二つとも実質上のタイトルトラックだよ」
「非公式フォーラム最大手も、同じ名前ですけどね。Little Vigilantes通称LV」
 ローラがお茶を飲みながら、口をはさんできた。
「ああ。そうらしいね。僕は見ていないけれど」
「あそこは結構、公式にない裏情報があって、便利なんですよ。名所マップとかストーカー情報とか。バンド名とは関係ないですけれど。ストーカー情報は一つ間違うと危ないから、会員でなおかつ完全に素性がわかってないと、そのセクションには入れませんが」
 チャールズは肩をすくめて、そんな説明をしている。
 ああ、ニコレットが言っていた名所マップとは、このことか――非公式ファンサイトの活動に、あまり口は挟みたくはないが、思わず肩をすくめたくなった。
「そうなんだ。まあ、非公式は僕らの管轄外だから、なんとも言えないけれど。君たちのバンドも僕らの曲名からだと、もしかしたら、僕らのトリビュートバンドなのかい?」
「ええ。あまりレパートリーは多くないですけれど、この名前を名乗るからには、そうです。そうでなければ、客に殴られますよ」
「あのレベルでトリビュートというには、おこがましいと思いますがね。逆にそれで客に殴られると思いますよ」ジョンが苦笑しながら、そう付け加えている。
「『Eureka』よりは、ましだと思うけどなぁ。いや、三年にそんな名前のバンドがいるんですよ。へったくそなトリビュートバンドで。まったく、おこがましいたらありゃしない。あのアルバムは神なんだから。CftLやVIもそうですが……名前変えろと言いたいです」
「あんたが言える義理じゃないと思うわ、チャーリー」ローラが肩をすくめ、
「でも本当に、そう思わないか?」と、チャールズは真面目な顔で言う。
「まあ、でも高校生たちが僕たちの曲をやってくれるのは、嬉しいよ。僕らも最初はSwifterのコピーをやっていたんだ。でも、プロを目指すならコピーだけでなく、オリジナルにも挑戦したほうが良いね。僕らは結成して三ヶ月目くらいから、オリジナル曲を作り始めたんだ」
「そうですね。オリジナル……作りたいです。でも、あなた方の曲をやっていると、オリジナルとか、とたんにつまらなくなってしまって」
 そう言うチャールズに「わかるわぁ」と、ローラが相槌を打つ。
「それにしても、AirLaceって凄いなぁって思います。結成したのって、ジャスティンさんロビンさん十六の時で、ハイスクール卒業から四か月でメジャーデビューって。しかもあなたがたってみんな頭が良くて、十七でハイスクールを出ていて、エアリィ、いえ、アーディス・レインさんに至っては、十四の誕生日前に卒業してて……若いですよねぇ、デビュー。チャーリーやあたしくらいの年には、もうプロだし」
「十七だったんですよね。ジャスティンさんのデビューは。俺と同い年だ。アーディスさんは十四で、それで俺より一こ下の年であの神アルバム『Childeren for the Light』を作ってて、大ブレイクしているわけだから」
「まあ、エアリィはいろいろな意味で、規格外だからね」僕は苦笑した。
「でも……そう、僕らは結成してからデビューまでは早かったけれど、アマチュアバンド時代がなかったわけじゃないよ。ハイスクールのギグにも時々出たしね。君たちのバンドは、君のほかのメンバーはどういう感じなんだい?」
「ドラマーとキーボーディストは年上の三年生で、ベースのボビーと僕が同級生なんです。なんとなくあなたがたと似ているでしょう?」
「偶然、偶然」相変わらずローラは水を差すのが好きだ。
「でも惜しいかな、ヴォーカルは年下じゃないんです。僕らと同じ学年ですけれどね。フィーナという女の子で……」
「へえ、女性ヴォーカル?」それだと、編成は完全に同じとは言い難いが――。
「いや、男も探したんですが、いないんですよ。あそこまでハイトーンの出る奴が。あれ、無理ですよ。フィーナだって結構うまい方なんですが、ものによっては出ませんから。それに男のハイトーンより、上手い女の子の方がイメージに近くて。だいたいエアレースのコピーやってるバンドって、シンガーは女の方が多いですよ」
「そう……?」
 僕は思わず苦笑した。エアリィも聞いたら、絶対に苦笑するだろうな、とも思う。たしかに、『ええ! エアリィって女の子じゃないの!?』などと、今も昔も本気で驚く人は多いのだが、コピーバンドまで、女性主流だなんて。たしかに彼の音域は高くて広いから、なかなか男には難しいとは思うが。
「でも僕に言わせれば、女性でもやっぱりちょっと、ニュアンスが違うね。男よりは近いというだけで。実力は桁外れだから置いておくとしても、アーディス・レインさんという人は、そういう点でも唯一無二の人じゃないですか? 男でも女でも出し得ない感触、両性的でもあり、中性的でもある。それは、ファーストアルバムの頃からそうでしたよ。あの人はルックスもそうですしね」ジョンが考えこむように、そんな感想を述べている。
「それは正解だね、たしかに。君は鋭いね、ジョン」僕は思わず頷いた。
「三人の中で一番ミーハー的でなくエアレースを聴いているのが、ジョンですからね」
 マイケルが弟にかわって、ちょっと肩をすくめながら言う。
「僕だって、ミーハー的に聴いているわけじゃないですよ。ローラは知りませんが。でもジョンみたいに頭が良くないから、冷静に分析することができないだけです。エアレースのトリビュートをやろうと思ったら、ヴォーカルの人選にはえっらく苦労するって言うことで、痛感してますから。しかも仮に力量があっても、ブサだと客に殴られるし。本当、やばいですよ」チャールズはちょっと頬を膨らませた。そして思い出したように、と言うより、前から機会を待ち焦がれていたような調子で、言葉を継いだ。
「そうだ、ジャスティンさん。僕のギターで『Morning after Dark』のギターソロを弾いてくださるっておっしゃってくださいましたよね! お願いですから、一度本物を聴かせてください。ああ、その前に僕が一度弾いてみますから、どこを注意すればいいのか、教えてくださいませんか」
「ああ、いいよ」僕が頷くと、
「じゃ、すみませんが俺の部屋に来てください!」
 チャールズが手を取り、引っ張った。

 チャールズの部屋はマイクとジョンの隣だったが、彼らの部屋の半分以下の広さしかなく、さらにニコレットの部屋のように、壁に目一杯ポスターが張ってある。部屋の真ん中に安っぽい小さなアンプと、同じく安物の赤いギターが置いてある。それでも少年がアルバイトでもして、一生懸命お金をためて買ったもの、精一杯の犠牲を払って買った宝物だということは理解できたし、チャールズ自身もそう言っていた。
 少年はストラップを肩にかけ、チューニングを直してから、弾き出した。僕らの最新アルバムからのナンバー、『Morning after Dark』インストの難易度は中程度といったところだが、その曲の中間、三二小節のギターソロを、その部分だけ取り出して弾いている。
 うん──新作は完全再演だから、この曲もランニングリストに入っている。何度となく弾いているので、頭の中にすべてのノートが叩きこまれているから、よけいにはっきりとわかる。他の音が何もない状態で弾いているのに、テンポがあっているというのは、よほど繰り返し弾きこんで、チャールズ少年の頭の中にも、すべてのフレーズが叩きこまれているのだろう。技術的には、まだまだ未熟だし荒削りだ。でもこれから磨きこめば、いいものを持っているかもしれない。そう感じさせてくれるプレイでもあった。失礼ながら、予想よりは、よほど良かったと言える。
「はっきり言って、技術的にはまだまだだけれど、いいものを持っている。練習次第で、プロになれる素養を身につけられるかもしれないよ」
「本当ですか!」
 チャールズは目を輝かせ、頬を真っ赤にして、飛びあがらんばかりだった。
「ああ、僕はお世辞なんか言わないよ。見こみがないなら、はっきり下手とはさすがに言えないけれど、楽しんでプレイすることが大切だとか、がんばったことがいい思い出になるとか、そう言うさ。練習には、ちゃんとヘッドフォンを使っているかい?」
「ええ、いつも練習の時には使っていますよ。お袋がずっと具合が悪かったし、ローラやジョンはうるさいと文句を言うから。わあ、でも夢みたいだなあ! まさかジャスティンさんに認めてもらえるなんて、思ってもみなかった。ねえ! 僕をあなたの弟子にしてくださいませんか! お願いします! ローディの見習いでも、なんでもやりますから!」
「こらこら、チャーリー。無理なことを言うんじゃない。ジャスティンさんの専属には、ジミー・ウェルトフォードさんというクルーが、ちゃんといるんだ。おまえのような青二才じゃない、本当にちゃんと弾ける人なんだぞ。それにギターのことにも詳しい。ローディをやるには、知識も必要なんだ。おまえには無理だ」
 マイクが苦笑して弟をいさめている。
「だから、僕はその人の見習いをやるから……お願いしますよ、ジャスティンさん! お給料なんて、要りませんから! どんなことでもしますから!」
 チャールズは必死の表情を浮かべて、僕に取りすがってくる。
 思わぬ展開に、僕はすっかり困惑した。
「あのね、チャールズ、ごめんよ。僕はまだ人に教えられる自信はないし、ローディを二人抱えることも、考えていないんだ。ジミーの立場も尊重したいしね。僕らはあまりスタッフの人数が増えることを、歓迎していない。あまり大人数になると、全体の把握ができにくくなるからね。それに、君はまだ若い。そうだな……あと三年バンドでがんばって、それでも今と同じ気持ちなら、そして君がその時に今より進歩して、ギターや機材のことにもある程度知識を持っていたら……それから、ロードは体力も必要だから、十分な体力を身につけられたら、もう一度考えてみよう」
「わかりました。三年、がんばるんですね」少年は真剣な面持ちで頷いている。
「ああ、でも本当に夢みたいだ。あのジャスティン・ローリングスさんが俺の部屋に来ていて、俺のプレイを評価してくれたなんて」
「そうよねえ。だいたいマイク兄さんは、あんな夢のような職業についているのに……友達もクラスメイトも、みんなうらやましがって、サインが欲しいとかコンサートのチケットを回してくれなんて言ってくるんだけれど、兄さんは頼みを聞いてくれないのよ。職権乱用だ、自分にはそんな権限はない、とか言って。バンドの裏話とか、プライベートな話も、話してはくれないし。それは外には話さない決まりだからって。だからクラスのみんなにも嘘だろう、なんて信用されなくなってきていたんだけれど、ああ、こうしてサインを持っていけたら、きっと信用してくれるわ」
 ローラは両手を握り合わせ、ため息をついていた。
「本当かい? じゃあ、もしかして君たち自身も、僕らのコンサートは見ていないの?」
「ええ。マイク兄はクルーの割り当てチケットはないからと取ってくれませんし、まともに買おうとすると、あなたがたのコンサートチケットは、本当に取るのが大変なんですよ。インターネットのエントリーはなかなかつながらないし、もたもたしているうちに、あっという間に売り切れてしまって。セカンドマーケットは、それほど数がない上に、恐ろしい値段になりますしね。だから、いつもDVDや動画サイトで我慢しています」
 ジョンが肩をすくめて答えている。
「おまけに、うちにパソコン買ったのも最近なんで、それにスマートフォンもないし、結局、誰も見ていないんですよね、俺たち。バンドの連中も見れたのは、ボブとフィーナだけなんです。『Eureka』ツアーの全米第二レッグなんですが。初めてのAn Evening with形式で、邪魔な前座がいないっていうんで、いつも以上に気合を入れて、学校サボって、プレセールが始まる十時前から必死でパソコンに張りついていたって、二人とも言っていましたよ。あれは運がなきゃ、取れないとも。どうして俺の分まで取ってくれなかったんだって、二人を殴りたくなりましたがね。最初は二人とも三枚でやってくれたらしいんですが、つながらないし、つながっても空きなしとでる。で、フィーナが焦って、二枚ならどうだ、と叩き込んだら、天井席だけど出てきたんで、この機会を逃したら取れないと思って決定してしまった。それ以降はシングルでも出なくて、十時半前にはソールドアウトと出てしまったと。一般発売にもう一度挑戦してみたけれど、こっちはそれこそあっという間で、つながらないうちにソールドで。それで、しぶしぶあきらめたんです。ケヴィンとジムは――あ、ドラムとキーボードですけど、両方とも玉砕したんで、そっちに頼むことも出来ずで。ボブとフィーナが言うには、席は遠かったけど、本当に感激のぶっ飛びライブだったって──あっ、俗っぽい言葉ですみません。ライヴDVDもいいけれど、エアレースのファンたるもの、ライブを見ないでは話にならない、なんてあの二人は言うんです。でも去年の全米は全員が取れなかったから、本当にがっかりして。シカゴはスタジアムにキャパ上げした分、楽になるかなと思ったら、全然で。最新アルバム完全再演、絶対に観たいんで、もしツアーが再開したら、たとえどれだけ苦労しようと、今度こそはコンサートを見に行くぞ、とバンド全員で言っているところなんですよ」
 チャーリーが力のこもった口調でそうまくしたて、
「あたしもジェーンやリズたちと、そう言っているわ。今度こそ、なにがなんでも見てやるって。プリセールの日にみんなで学校サボって、いっせいにパソコンとスマートフォンでエントリーしたら、どれかが引っかかるかもって。そう言いながら、今まで取れなかったけれど、今年はあたしも挑戦できるわ。ということでチャーリー、パソコンはあたしが使うから」ローラが弟にそう宣言している。
「えー! 俺はどうなるんだ! 俺だって使うぞ」
「あんたは一般でがんばりなさい。さもなきゃ、ネットカフェがあるわ」
「無理言うなよ。一般はプリセール以上の激戦なんだぞ。それにネットカフェなんて、どこも満員だよ、その日は」
「そうなのよねぇ。シカゴ公演のチケット売り出しの日って、平日にあたったら学校みんなサボるから、三時間目くらいまで、教室はガラガラ状態になるし。先生が『休日にやってくれんものかな』って、ぼやいていたわ。あたしだって家にパソコンがあったら、学校なんて行ってないのに、って去年までは思っていたけれど。掲示板を見ていると、一つのツアーで十回以上行っている人たちもいるし、運がよければ取れるはず。もし運悪く取れなくても、セカンドマーケッにトライして。だからがんばってアルバイトして、お金ためなきゃ」
「へえ、そうなんだ……」
 苦笑し、頷きながら、僕は考えた。そうだ。もしできれば──。
「いいよ。じゃあ君たちは、僕が呼んであげよう。もし活動が再開できたら、キャンセルされた分を、逆順に回ることになっているんだ。最初に北米を回る予定だから、シカゴに来たら、君たち全員とチャールズのバンドメイトたち、それからローラの親友さんたちにゲストチケットを上げるよ。僕のゲストとして」
 ローラとチャールズはぽかんとしたような顔になり、その意味が分かると、「うわぁ!」と歓声を上げた。ジョンも驚いたように小さな声を上げ、アニーは一層にこにこしている。
「本当に! 嘘じゃなくて!」
 ローラとチャールズが、せき込むように同時にきいてくる。
「ああ。それに。もし人数に余裕が持てたら、ジョンのガールフレンドさんと親友さんも呼べると思う」
「いいんですか、ジャスティンさん?」
 マイケルがちょっと心配そうに口を出した。
「そうだなあ……うん、大丈夫じゃないかな。だいたいどこもフロアのPA卓後ろがゲスト用席で、十五席くらい押さえてあるんだ。それで、ゲストが揃わなければ公演の二、三日前に、一般リリースされるんだよ。シカゴには、他のメンバーのゲストはいないはずだから。実際、ゲストが来るのはトロントとニューイングランド、たまにニューヨーク、それにロンドン、このくらいしか普通はないんだ。プレスや関係者席は別にあるし。だから、大丈夫だと思う。ジョンたちも入れて、全部で十三人か。ちょっと数は悪いけれど、行けるよ。バックステージパスも、今回だけ特別に付けてあげよう。メンバーと関係者専用ゾーンには入れない奴だけれどね。でもマイクが呼びに来てくれたら、僕は会いに行けるし、もし希望なら他のメンバーにも会わせてあげるよ」
「ええ、本当に! じゃあ、アーディス・レインさんに、ぜひお会いしたいです!!」
 ローラとチャールズが同時に叫ぶ。やはりそうきたか。僕は苦笑し、頷いた。
「ああ、会いたいなら、彼もきっと来てくれると思うよ」
「うあぉ、フィーナなんか、会ったら感激して卒倒するぞ!」チャールズがそう叫び、
「あたしも倒れるかもしれないわ……」
 ローラも胸の前に手を組み合わせながら呟く。
「おまえたちはなあ、頼むからそんなに興奮して騒ぐな。みっともない。ジャスティンさんが好意でコンサートに呼んでくれると仰っているんだから、もし本当に呼ばれたとしてもお行儀良くして、みっともないまねはしないでくれよ。僕が恥ずかしい」
 マイクは少し頬を紅潮させながら、苦笑を浮かべて弟妹たちを見ていた。
「でも、本気にしてもいいんですか、ジャスティンさん」
 ジョンも頬をこころもち染めながら、身を乗り出してきた。
「当てにしていてもいいんですか? ツアーが再開したら、僕らは兄にせっつくかもしれませんよ」
「当てにしていていいよ、本当にね。だから無事活動再開できるよう、君たちも祈っていてくれないか」
 僕は極力軽い調子で笑って言ったが、彼らは全員、「はい! もちろん! それはいつも祈っています! 『祈りの本』にも、何度も書き込みましたし!」と、大真面目な表情で、頷いている。
「ありがとう」僕は苦笑し、時計を見た。
「ああ、もう五時半か。そろそろ空港に行かないと。楽しかったよ、みんなと会えて」
「ええ、もう帰ってしまうんですか?」ローラとチャーリーが同時に声を上げる。
「しかたがないだろう。八時二十分発のトロント行きで、帰られる予定なんだから。ジャスティンさんは今オフで、トロントには奥さんとお子さんが待っていらっしゃるんだ。それなのに、わざわざこんなところまで僕に会いに来てくれたのだし、おまえたちのたわいない、うるさいおしゃべりの相手もしてくれたんだからな。これ以上、煩わせるんじゃない」マイケルは、ちょっと顔をしかめている。
「兄さん、ジャスティンさんを送っていくの? トロントまで」
 ローラがそうきいていた。
「ああ。明日はトロントへ行かなければならないって言っただろう。マネージメントでホテルを手配してくれているはずだから、今晩は向こうに泊まって、明日帰る」
「いいなあ、兄さんは……」チャールズがため息交じりに、声を上げた。
「あのエアレースのクルーなんだよな、マイク兄さんは。本当に凄いよ。あの人たちと毎日会っていて、コンサートも見ていて……ああ、兄さんコンサートは、ほとんど見られないって言っていたなあ。バックステージエリアに異常がないかどうか、巡回していることが多いって。それだけだよな、兄さんが仕事の話してくれたのって。だから、友達に自慢はしていても、実感が湧かなかったんだ。でもこうして、現にジャスティンさんが来てくれて……やっぱり本当なんだなあ。僕も将来、クルーになりたいなあ、絶対」
「ホント、うらやましい」ローラもため息をついている。
「あっ、ジャスティンさん! 忘れていませんか! 僕のギターで『Morning〜』を弾いてくれる約束!」チャールズがふと思い出したように声を上げた。
「ああ、そうだった!」
 危うく忘れるところだった。僕はチャールズの部屋に引きかえし、少年のギターを取り上げた。そして軽くチューニングを直し、アンプを調整して弾いた。『Morning after Dark』のギターソロに、少しアドリブをつけて。
「すげえ! 音が全然違う! 鳥肌もんだ!」
 チャールズ少年は息を飲んだように言い、
「うわぁ──」ローラとジョンは声を上げ、あとはじっと見ている。
「こんなものでいいかな。ちょっとやっぱり感触が違うから、百パーセントの出来とは言いがたいけれど」
 僕はなんとなく照れくささを感じながら、ギターを元のところに置いた。そしてポケットを探り、いつも使っているピックを一枚、少年の手に落とした。
「あげるよ。君もがんばって、たくさん練習するといい、チャーリー」
「あっ、ありがとうございます! うわぁ、これ、ネームが入ってる! 俺、一生の宝物にします!」少年は感極まったような声を出した。その熱心さには、こっちの方が照れくさくなってしまうほどだ。
 帰り際、僕は彼ら全員と固く握手し、再会を約束してホッブス家を出た。タクシーで空港へ向かう道すがら、凍てついた空気を通して星がよく見えた。マイケルはトロントまで同行し、マネージメントが用意したホテルに一泊することになる。僕は彼に送ってもらって、自宅へと帰った。




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