The Sacred Mother Part2 - the 11 Years’ Sprint

四年目(1)





 新しい家族三人だけで過ごす、初めての聖夜だ。テーブルに並んだ、昔ながらのクリスマスプディングとミンスパイ、詰め物をした七面鳥とクリームスープ、それにケーキは、ステラの実家であるパーレンバーク家から来た料理人のスミソンズさんと義母、それに家政婦のトレリック夫人の三人で作ったらしい。彼女たちは、すべての料理を二つずつ作ったという。今ごろパーレンバーク家でも、同じご馳走が並んでいるのだろう。ステラが自分で作ったものはサラダだけだと、恥ずかしそうに言っていた。でも、結婚後初めてのクリスマスを祝おうと彼女が一生懸命やってくれた、その気持ちは伝わってくる。
 飾りつけは、ステラだけの手でやっていた。真っ赤なバラとポインセチア、それにマーガレットをあしらったガラスの水盤は、ステラが三年ほど、彼女の親友メアリさんの母親からフラワーアレンジメントを習っていた、その成果なのだろう。本物のレース飾りをあしらった真っ白いテーブルクロスをかけ、秘蔵の大皿に並べられたご馳走に、華やかな生け花が彩りを添えていた。
「きれいだね。それに豪華だ。ステラ、君は飾り付けの天才だよ。どれもおいしそうだ。でも、二人分にはちょっと多いかな」
「あら、そうね。クリスちゃんはまだ食べられないし、二人なのよね。人数のことまで、考えていなかったわ」ステラは首を傾げて笑った。
「まあ、でも、がんばって食べよう。残っても、悪くならないうちに、食べ切れればいいしね」
「がんばって食べてね、ジャスティン」
「君だってさ、ステラ。君はクリスと二人分だよ」
「ええ。最近ずいぶんお腹がすくの。太ったらいやだと思うけれど」
「いいじゃないか。多少ふくよかになっても、僕は君を見捨てないよ。その方がもっと、かわいらしいかもしれないしね。それに君は今クリスに授乳しているんだから、普段より栄養をつけなければ」
「そうね。坊やのためにも、少しくらい食べ過ぎても、大丈夫かしら」
「大丈夫さ。じゃ、食べよう。メリー・クリスマス!」
 僕は笑ってシャンパンを抜いた。妻の手による作品ではないけれど、料理もみんなおいしい。さすがに量が多すぎて、半分も食べられなかったが。
「五年、いえ、十年くらいたったら、こういう御馳走をみんな自分で作れるようになりたいわ。だから、がんばってお料理を勉強しなくてはと思うの」ステラは熱心な調子でそう言いだした。
「はいはい、いつかは期待しているよ」僕は笑って頷く。
「もう、ジャスティンったら、わたしには出来ないと思っているのね」
 ステラはちょっとすねたような表情で、僕を睨んだ。
「そんなことないさ。君ががんばってくれるのは、うれしいよ。でも僕は今のままの君でいいんだ。今で充分幸せだよ」
「あら、そんなことを言うと、甘えてしまうわよ。でも、一家の主婦が、ろくにお料理もできないのでは、あなただって困らないこと?」
「トレリック夫人がいるじゃないか。彼女は家事のスペシャリストだ」
「それはそうよ。でも、いつまでも夫人頼みというのは、少し抵抗があるわ。わたしだって一家の主婦として、ある程度はできるようになりたいの」
「君がその意気込みなら、僕はうれしいけれどね」僕は笑い、ふと気づいて、言葉を継いだ。「そういえば、あのメイドさんは最近来ないんだね。どうしたの?」
「ああ、アリスね。来るのは、やめてもらったの。あの娘、なんだか、あなたに興味を持ちすぎているようだし……」
「ええ?」
「ママも新婚家庭に若い女の子がいるなんて不健全だっていうし。メイドさんはいなくても、やっていけるから」
「そう」僕は頷きながら、心の中で肩をすくめた。彼女が僕に色目を使ったとでもいうのだろうか。ろくに話をしたこともなかったはずだが。ピンク色の頬をしたぽっちゃり型の若いメイドにひそかに同情したが、あえて何もコメントははさまなかった。
「でも、少し心配していることがあるの」
 ステラはサラダを取り分けながら、再び首を傾げた。
「何が心配なんだい?」
「そのうちにわたしたちも、ホームパーティをしなければならないのかしら。バンドの方やご家族を招いて。あなた、以前ジョージさんやミックさんのホームパーティにお邪魔したと、言っていたでしょう。わたしたちも結婚したのだから、やった方がいいの? それに、もしまた呼ばれたら、今度はわたしも行ったほうがいいのかしら?」
「必ずやらなければならない、ということはないと思うけれど、たぶん呼ばれたら、向こうは夫婦一緒に、とは思うかもしれないな。でも、君はあまり付き合いたくないのかい? 僕の仕事仲間とは」
「いえ……少し気後れはするけれど、そんなにわがままでは、いけないと思うわ。あなたの奥さんになったからには、がんばらなければいけないと思っているのよ。夫の仕事上のお付き合いには、奥さんも協力したほうがいいって、昔パパやママが言っていたの。二人がいうのは、会社とか、もう少しかたいお仕事のお付き合いだと思うけれど、でも同じことだと、わたしは思うのよ。それに……そうね。わたしはあなたのお仕事に興味を持ちたいと思ってきたから、お仲間さんのことも……あなたのお友達でもあるし、もっと知りたいという気持ちはあるの。だから、ホームパーティが恒例だったら、トレリック夫人の助けを借りてでもしなければと思うし、みなさん夫婦同伴でパーティに来るのなら、わたしも行かなければ、と思うのよ。知らない人ばかりのパーティは、少し怖いけれど」
「それは、僕もそうだよ」僕は肩をすくめた。「それにまあ……そうだね。今はまだ、君にとっては僕の仲間たちやその家族も、知らない人たちなんだろうね。何回か会っていけば、だんだんと慣れていくとは思うけれど。だから僕も、君に無理にとは言わないよ。僕の世界に君を巻きこまないというのが、結婚した時の約束だからね。だからマスコミとか知らない人が来るような外部のパーティには、君は連れて行かないよ。僕もそういうのは、あまり好きじゃないしね。でも、内輪のホームパーティだったら……やっぱり君が一緒に来てくれたら、うれしいな。みんな良い奴だし、僕にとっては、大切な仲間たちだ。そのみんなに、僕の選んだ奥さんはこんなにすてきなんだぞって誇れたら、すごく得意になれると思う。僕のエゴなんだろうけれどね」
「ありがとう、ジャスティン。わたしはあなたがいうほどすてきな奥さんではないけれど、あなたが行くところで、わたしも行けるところなら、できるだけ一緒に行きたいし、あなたのお友達の方々とも、できるだけお知り合いになりたいと思うわ」
「ありがとう、ステラ。じゃあ、お返しに僕も君の友達に興味を持って、お知り合いになれたら……」
「それはいいわ」ステラは僕が最後まで言う暇を与えず、遮った。
「えっ?」僕は少し驚き、しばらく黙った後、きいた。「それは……僕だと、お友達に紹介するのが、恥ずかしいのかい?」
「そんなはずはないわ。逆よ。あなたはすてきすぎるから……紹介するのは嫌なの」妻は頬を赤らめながら、最後は口ごもるように言い、うつむいた。
「ばかだなぁ。そんなことないさ」
 僕は苦笑した。相変わらずステラは、やきもち焼きだ。でもそれはそれだけ、彼女が僕を思ってくれていることの裏返しだ。そうやって頬を赤らめ、うつむいている姿は可愛い。抱きしめたくなる。僕はその衝動の命ずるまま、手を伸ばして、妻を抱き寄せようとした。その瞬間、今までコットの中でおとなしく寝ていたクリスが泣き出した。さかんにむずがり、母を呼ぶように泣いている。ステラははじかれたように席を立ち、赤ん坊のもとへかけつけていった。やれやれ、息子という若い恋人には、僕も到底かなわない。
「ああ、ごめんなさいね。クリス坊やも一緒にいたいのよね」
 ステラはいとおしそうに赤ん坊の頬に自分の頬をくっつけ、にっこりと笑った。その微笑みを見るたび、僕は心の奥に、熱さに似た感情が広がるのを感じる。マドンナの微笑。幼子キリストを抱いた聖母マリアの微笑みのように。初めてその表情を見たのは、まだクリスが生まれる前、六月の末に最初のヘッドラインツアーを終えての、短い休暇中だった。『赤ちゃんがよく動くのよ!』と言いながら、ふくらんだお腹にそっと手を触れて微笑んだ、その顔に目覚めた母としての愛情。ステラは今までの、若くかわいらしいだけの女性ではない。母としての女らしい美しさが確実に芽生え、成長している。そう感じられる瞬間だ。
 窓の外には雪が降っていた。今年もホワイト・クリスマスだ。初めて自分だけの新しい家族で過ごした聖夜は、静かに更けていった。愛する妻と子供と三人で、我が家ですごしたこの夜を、僕は一生忘れないだろう。二人に何かあったらと、三日前の晩には、眠れないほど苦しんだ。ステラもクリスも何事もなく僕のそばにいてくれて、こうしてクリスマスと新年を迎えることが出来る。それ以上の幸せはなかった。

 新年が明けた。朝起きて、窓を開けると、一面の銀世界に太陽が昇り染めるところだった。新しい年よ、どうかよろしく。今年も良い年であってほしい。いろいろなことがあったけれど、やっぱり去年は僕にとって、素晴らしい年だった。ステラと結婚し、新しい生命を授かり、ミュージシャンとしても大成功した。でも時が過ぎ行くにつれて、別の不安も少しずつ大きくなっていく。世界はあの時に向かって、進んでいるのだと。あと何回、新しい年を迎えることが出来るだろう。僕の家族と、馴染み深いこの世界とともに。

 年が明けて一週間ほどは、双方の実家への帰省で過ぎていった。ステラとクリスはパーレンバーク家へ、僕は自分の実家へ。結婚一年目から夫婦別々にそれぞれの実家へ帰るのは妙かもしれないが、お互い変な波風を立てないために、一番妥当な選択なのだ。ステラはもとの我が家で両親に甘え、のんびりできるだろうし、僕は僕で母や兄妹たちとゆっくり過ごすことができる。
 まだ実家にいる時、ロブから電話がかかってきた。一月九日に、彼の家で新年パーティを開くからぜひ出席するように、と。発案者はロブの母親、エレノア・ビュフォード夫人、通称ビッグママで、僕らに会いたがっているから、とも言っていた。
「この機会に、みんな家族同伴で来て、家族同士の親睦も深めたいと思っているんだ。おまえの奥さんは他のメンバーとも、ほとんど初対面だろう」
「ああ、知ってはいるけれど、話したことはないだろうね」
 ステラの懸念が、さっそくやってきたか。でも、恥ずかしがり屋の妻をみんなになじませる良いチャンスだ。予定もないし、断る理由も毛頭なかった。それに、一昨年の春から秋までずっとお世話になったビッグママに、久しぶりに会うのも悪くはない。
「ああ、そうそう。参加者にはノルマがあるんだ」ロブが最後にそう言い足した。
「うちでも用意はするが、みんなも一品ずつ料理を持ち寄ってもらいたいんだ。ロビンには、飲み物を提供してもらうだけだがね。既婚組は料理を一つ持ってきてくれ」
「ああ。わかった」懸念がもう一つ。僕は苦笑して電話を切った。

 実家から戻ってきたステラは、冷凍保存用にパックされた料理を山のように持って帰ってきていた。トレリック夫人が一緒に来て、落ち着き払った様子で冷凍庫にパックを詰めると、帰っていった。彼女はこれから一週間、休暇をとって母親の家に行くらしい。
 僕らは冷凍保存された料理の一つ、ビーフシチューを電子レンジで解凍して温め、パンとコーヒー、ステラお手製のサラダで夕食にした。食べ終わり、食器を洗浄機に並べ、リビングのソファに戻ってから、僕は新年パーティの話を切り出した。案の定ステラは一瞬当惑したような表情を浮かべたが、行くことは承知してくれた。
「でも、お料理は困ったわね。トレリック夫人に頼もうかしら。ああ、でもあの人、明日から一週間、休暇でいないのよ」
「そうだなあ。それじゃ、頼ることはできないな」
「みなさんは、どんなものがお好きなの?」
「なんでも良いんだよ。マリネでもパイでもサンドイッチでもゼリーでも。熱いものやスープなんかは持っていくのが大変だから、それ以外で」
「でもわたし、みなさんに食べてもらって恥ずかしくないようなお料理なんて、自信がないわ。笑われたらいやだし、それだけたくさん残っちゃったら、いたたまれないわ」
「大丈夫だよ。そうだ。君だったら、サラダでいいじゃないか。新鮮なシーフードをたくさんいれて、シーフードサラダなんてどうだい? それなら君も作れるだろう」
「あら、いやね。バカにしているみたい」ステラは微かに首を傾げ、笑った。「でもそれで良いなら、たしかにわたしでも作れるわ。そうしようかしら。ちょっと恥ずかしいけれど」
「恥ずかしくなんてあるものか。君のサラダは本当においしいよ」
「サラダなんて、誰が作っても同じでしょう? 良い材料とドレッシングを使えば。うちで使うドレッシングは、お店で売っているものだけれど」
「でも君のサラダは水っぽくない。店によっては、水っぽいのがあるけれどね。かといって、ぱさぱさでもないし」
「なんだか、無理をして誉めているみたいね、ジャスティン。サラダは氷水に晒したあと、ちゃんと水切りをして、乾かないようにクロスをかぶせておけば良いのよ。トレリック夫人がそう言っていたわ。うちは水きり器があるから、簡単なの。それだけだわ」
 そう言いながらも、ステラはなんとなくうれしそうだ。
「パーティには、どなたがみえるの? バンドのみなさん全員?」
「ああ、それにその家族と、あとは主催者としてロブとレオナ、それにビッグママ、いや、ロブのお母さんだね。あとステージマネージャーの、レイチェル・フォーリー女史が来るよ。彼女はレオナのハイスクールの先輩で、親友だからね。それから彼女の恋人で、僕らの照明監督でもあるヘンリック・アンダーソン氏と。二人とも、トロントに住んでいるんだよ」
「わたし、その人たちには会ったことがないし、知らないわ」
「紹介するよ。大丈夫。二人とも気さくな良い人たちだし、フォーリー女史は四十歳、アンダーソンさんは五十近い大人だからね。挨拶程度で良いよ。ロブは結婚式に来てくれたから、顔だけは知っているだろう。レオナも親しみやすい人だし、ビッグママはそれこそ面倒見の良いお母さんというタイプだ」
「そう……」
「あとはメンバーだけだからね。エアリィとロビン、ジョージとミック。君はみんなのことは、どのくらい知っている?」
「ええと……お名前とお顔だけだわ。話したことはないの。考えたら、お会いしたこともないわね。ロビンさんは結婚式であなたのベストマンだったから、お会いはしたけれど、本当にお顔を見ただけだったから……それと、ジョージさんとミックさんはご結婚されていて、ジョージさんには小さい娘さんがいらっしゃることだけしか知らないわ。前にあなたが話していたから。それくらいなのよ。だから、いきなりお会いする前に、少し教えて、ジャスティン。みなさんのことを」
「ああ、もちろんだよ。どこから話そうか……そう、ジョージとミックは既婚者だよ。だから彼らの奥さんは、君にとっても奥さん仲間になるね。彼女たちも来るらしい。みんな家族同伴らしいから。ジョージの奥さんは二人目がお腹にいて、もう臨月らしいけれど」
「あら、そうなの。ジョージさん、上のお子さんはおいくつ?」
「今度の五月で三才じゃないかな。僕らのデビューの翌年に生まれたから。プリシラちゃんっていうんだ。一昨年の秋にホームパーティへ行って会ったけれど、その時にはまだ赤ちゃんで、人見知りがひどくて泣かれて大変だったな」
「あら、じゃあ、大丈夫かしら?」
「いや、君は子供好きだし、それにプリシラちゃんは女の人には、比較的大丈夫なんだ。男の人が大の苦手でね。今はどうかわからないけれど、父親のジョージでさえ、ロードやスタジオワークで留守が長いと、帰ってからしばらくは大泣きされて大変だったっていう話を聞いたからね。三日か四日は、だめなんだそうだよ。彼としては娘がかわいくてしかたがないのに、それに長い間会えなくて寂しがっていたのに、やっと会えたとたん怖いものを見たように泣かれたんじゃ、がっくりだって言っていたことがあるからね。そしてやっと慣れたと思ったらまた仕事で、帰ってきたら同じことの繰り返し、ってね」
「あらまあ、お気の毒に、ジョージさんも」
「そう。だから僕らも彼の家に行ってみたものの、怖がって大泣きされたから、早々に退散しようかと思ったくらいさ。ただあの子、エアリィには大丈夫なんだ。抱っこされて、泣き止んだりしてね。『おまえのこと、男だとは思ってないんじゃないか』なんてジョージが苦笑していたよ」
「あらまあ。そうね、わたしも間違えたもの。初めて見に行った時に」
「僕は手を出したとたん、泣き叫ばれたけれどね。少しはあの子の男嫌いが治ってくれていれば良いけど」僕は苦笑して肩をすくめた。
「二人目はどちらかしら」ステラは憧れるような表情を浮かべた。
「ジョージは絶対男の子が欲しい、しかも自分を見て泣かない子がいい、なんて言っていたけれどね。でも僕も、ひとごとじゃないかもしれないなあ。これからも何ヶ月も帰ってこない父親じゃ、クリスは僕のことをお父さんだとは、思ってくれないかもしれないし。『また来てね』なんて言われたら、ちょっと情けないかもな」
「しかたがないわよ。家にいる時に、しっかりお父さんだってアピールしてちょうだい」ステラはくすっと笑いを漏らし、再びきいてきた。「それで、ジョージさんもミックさんも、結婚されているのよね。奥さんはどんな方なの?」
「ジョージの奥さんはパメラさんといって、たしかジョージより三歳年上だよ。だから、今年二八歳かな。ジョージが学生時代、よく行っていたカフェの店員さんだったらしい。そこでコーヒーを飲みながらレポートを書いてたって、言っていたなあ。その方が落ち着くからって。それで彼が店に授業のノートを忘れて、彼女がそれを預かって渡したことがきっかけで、付き合い始めたらしいよ。笑顔にほれた、とか言っていたっけ。ミックの奥さんはポーリーンさんって言うんだ。ミックより一つ年上の二五歳、今年二六歳で――まあ、実質は半年くらいだけど。僕らと同じだね。二人は大学で同じゼミだったことで、知り合ったみたいだ。ポーリーンさんは日系ハーフで、ミックは東洋思想に興味を持っていたことから、意気投合したらしい。もっともミックの東洋思想って、中国なんだけれどね。レオナもロブより四つくらい上だから、みんな年上の女性に縁があるのかな。レオナとロブは、ロブの前の勤め先の銀行の上司がレオナのお兄さんだったことが、きっかけだったみたいだね」
「あら、そうなの」
「ミックのところには、まだ子供はいないんだ。ロブとレオナにもまだだから、今のところ子持ちはジョージと僕だけだね。ジョージのところの二人目が生まれるまでは、クリスが一番のちびっ子だよ」
「そうなの。あとは……ロビンさんはお一人? 決まった方はいらっしゃるの?」
「ロビンは、まだ完全にフリーだな。彼女ができれば僕に言うだろうから、いないっていうことさ。あいつも早く誰かいいガールフレンドを作ればいいんだけれど、どうもオク手でね。もうじき二一だけれど、ひょっとしたら初恋もまだかもしれない」
「あら、それはまた極端ね」ステラはちょっと驚いたように目を丸くした。
「じゃあ……アーディス・レインさんは?」
「エアリィはねえ……彼女はいる。僕はまったく知らなかったんだ。ロブからパーティの連絡が来て、あいつにメールするまで。おまえは誰と来るんだ?って。そうしたら、『妹と、ガールフレンドと行く』って返ってきたから驚いて電話して、『誰だよ、おまえのガールフレンド!?』って感じさ」
「あら、そうなの! どんな方?」
 そう声を上げたステラの表情は、驚いたというより、明らかにほっとしたように見えた。どういう意味だ? まさか、まだ女性疑惑を完全には払拭していなかったのか、とちらっと感じたが、まあこれで納得したなら、いいとしよう。僕はあえてそこは突っ込まず、答えた。「あいつのメールによると、アデレード・ハミルトンさんっていって、元はファッションデザイナーの先生の工房で働いている縫い子さんだったけれど、モデルさんもやっていた人らしいよ。ミッシェル・クロフォードっていう……」
「ええ! ミッシェル・クロフォードの?」ステラはこころなしか頬をピンクに染めた。「わたし、マダム・クロフォードの服は大好きなのよ。七着持っているわ。あのウェディングドレスもそうだし、一昨年ファッションショーを見たこともあるの。とてもすてきだったわよ」
「じゃ、ひょっとしてその時に、君も舞台の彼女を見ているかもね」
「まあ……お会いしてみたいわ。それに妹さんもいるのね、アーディスさん」
「ああ、エステル・ステュアートちゃんといって、とても可愛い子だよ。僕も昔よく会ったなぁ。懐かしいな」僕はステラの表情を見、笑って付け足した。
「大丈夫だよ。彼女は小学生だから。まだ九才くらいだよ」
「あら、そうなの。よかったわ。アーディスさんの妹さんなら、あなたが言ったように本当に可愛いでしょうし、少し心配してしまったわ」ステラはほっとしたように笑い、言葉を継いだ。「でも、少し年が離れているのね。それに苗字も違うのね」
「そう。異父兄妹なんだよ。エアリィのお母さんが今のお父さんと再婚して生まれたのが、エステルちゃん。まあ、彼の家は親が再婚同士だから、ちょっと複雑なんだ」
「そう……そういうの、聞いたことがあるわ。ステップファミリーというのよね……」頷いてステラはしばし何か考えていたようだったが、再びきいてきた。
「妹さんといえば、あなた、ジョイスさんは呼ぶの? そのパーティに」
「呼んでもいいけれど……」僕は妻の顔を見た。ステラの表情は、まるで(ジョイスさんが来るなら、わたしは行きたくない)と、物語っているようだ。妻と妹とは犬猿の仲、というほど極端ではないが、仲良しというには程遠い。『わたしはあの人嫌い』とジョイスが以前はっきりそう言っていたが、困ったことにその気持ちは、今もさほど変わってはいないようだ。僕の家に遊びに来た時も、妹が話しかけるのは、ほとんど僕だけ。義父母ほど極端ではないにせよ、やはり話が片一方だけに偏ると、もう一方は不愉快になるのだろう。ステラもまた義妹に対して、妙にこだわる。たぶんジョイスがステラを好かないので、ステラもジョイスのことを好きになれないのだろう。
「ジョイスには声をかけないよ。十日から新学期だから」
「あら、そう」ステラはほっとしたような表情を隠さずに頷き、着ていくドレスの思案を始めたようだった。

 パーティ当日、ステラはシーフードサラダをこしらえ、出かける準備を始めた。新調したばかりのカシミアのドレス(やわらかい象牙色で、裾と袖にスモークブルーの花模様が入っている。丈はくるぶしあたりまであり、同じ生地でできたボレロがついていた)をまとうと、鏡に向かい熱心に自分で髪を結っていた。サイドの髪をねじって上に留め、その上からピンクのバラがついた髪飾りをつけ、あとの髪の毛は自然のカールを生かして肩に垂らしている。ドレスの襟元には、真珠のネックレスをつけていた。そして白いタイツと白い靴。ヒールは高くない。赤ん坊を抱くことが多いから、転ばないようにという配慮なのだろう。クリスがお腹にいた頃から、彼女はハイヒールをはかなくなった。
 支度ができると、最後に毛皮の縁取りをした青灰色のコートをはおり、髪飾りをつぶさないよう、慎重な動作で帽子を被っていた。コートと同じ色のベルベットでできたこの帽子にも、ピンクのバラがついている。
「うん。きれいだね、ステラ。申し分ないよ」
 僕は恭しく彼女の手を取り、ステラは満足そうに微笑した。パーティなので僕も普段より少しドレスアップして、薄い緑のドレスシャツに、黒に近い濃いグレーの、光沢のある生地でできたスラックスを合わせ、同色のジャケットの上からダークグリーンのカシミアコートを着、金色のスカーフを巻いた。クリーム色のカシミア織りベビードレスと、同色の暖かいウールのケープを着せたクリスを抱き上げ、出発だ。

 会場になっているロブの家は、数年前に亡くなったお父さんが残してくれたものらしく、夫妻と母親の三人で住むには、かなり大きな家だ。パーラーとリビングルーム、ダイニングがつながって、大きな広間ができている。
 最初に、にこにこしながらビッグママが出てきた。銀鼠色のベルベットのドレスの上から白いエプロンを掛け、会場中料理や飲み物を持って動きながら、本当にうれしそうに挨拶をする。「あら、ジャスティン君。お久しぶりね。会いたかったわ! 元気にしていた? あらあら、かわいい奥さんと赤ちゃんね。ちょっと抱かせてちょうだい」
 彼女は料理をテーブルの上に置くと、クリスを抱き取ってあやし始めた。さすがに二人の子供を育てた母親、赤ん坊の扱いは慣れているらしい。クリスも安心したように、おとなしく抱っこされているようだった。
「良いわよねえ、赤ちゃんって。わたしも早く孫を抱きたいわ。娘の子はメキシコじゃ、めったに会いに行かれないから。レオナにも言っているのよ。お仕事で忙しいなら、赤ちゃんの面倒は、わたしが喜んでみてあげるって」 「だから母さん、子供を持つ持たないには、それぞれ夫婦の事情があるんだし、神様の授かりものでもあるんだからね」ロブが苦笑して母親に言っている。
 フォーリー女史やアンダーソン氏と話していたレオナも、僕らを見てやってきた。短く切った琥珀色の髪、クリーム色のパンツスーツという、いつもながらの軽快な姿だ。明るい茶色の瞳に心からの歓迎を浮かべながら、彼女はにっこりと笑った。
「あら、ジャスティン、ステラさん、いらっしゃい。新年おめでとう。あらあら、赤ちゃんも大きくなったわね。まあ、なんてかわいらしいんでしょう」
 その心からのトーンを感じたのだろう。ステラは顔をほころばせた。
「はじめまして。新年おめでとうございます、レオナさん。どうか今年も、よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。お会いできて、本当に嬉しいわ。どうか気楽になさって」
 そして僕らが持ってきたシーフードサラダを、「あら、おいしそう。ありがとう」と、にっこり笑って受け取ってくれ、トングを添えてメインテーブルに並べてくれた。
「コートはそこのハンガーラックにかけてね。お料理は自分たちで取ってちょうだいね。お皿は隅のテーブルにあるわ。ドリンクスタンドはあっち。ウィスキーとビール、それにロビン君が持ってきてくれたロマネ・コンティもあってよ。あの子も最近、ようやくワインの味を覚えたようね。ソフトドリンクは隣のテーブルよ。奥さんや子供たちには、そちらのほうが良いかしら。コーヒーとオレンジジュース、それにレモン水とコーラがあるわ。ミネラルウォーターもあるわよ」
 メインテーブルには、料理の大皿が並んでいた。保温器に入れたビーフシチューの大鍋、温野菜を添えたローストビーフ、鮭のマリネ、サンドイッチ、果物がたくさん入ったフルーツゼリー、レモンパイ。一口大のおすしが並べられた皿もあった。『それはポーリーンさんからよ』と、レオナ。ポーリーンは日系ハーフだ。なるほど。レモンパイはパメラのお手製らしい。そういえば、前のホームパーティでも出ていたな。僕の好みからいえばちょっと甘すぎるけれど、きっと得意料理なのだろう。
 会場には、多少飛び入りで人が増えても大丈夫なように、少し数に余裕を持って椅子が並べられていた。早く来た人たちは、それぞれ料理の皿とグラスを持ち、座って食べながら話している。決して時間に遅れたわけではないが、僕らが会場に来た時には、もうほとんど全員がそろっていた。まだ来ていないのは、エアリィのところだけだ。
 腹ごしらえをする前に、僕はクリスを抱いたステラを連れ、一渡り全員に挨拶にいった。ラメが入った黒のドレスを着たフォーリー女史と、スーツ姿のアンダーソン氏。彼らの正装はめったに見ないだけに、なんだか半分別人のようだ。二人とも愛想良くステラに話しかけてくれたが、ステラはちょっと気後れしているようだった。
 浅黄色のドレスシャツにループタイ、黒いベルベットのベストとズボンという出で立ちのジョージも、ベルベット地で出来たパールグレイのドレスを着たパメラも、気さくな様子でステラに話しかけてくれた。パメラはステラと同じくらい小柄な人だ。皮膚は少し浅黒く、切れ長の目ははしばみ色で、顔の作りは全体に小さい。くせのない鳶色の髪を首の辺りで短くカットし、真珠の髪留めをさしていた。はち切れそうなお腹を抱え、それでもきびきびと良く動いている。
「うちも、もうじき二人目が生まれるのよ。今月十七日が予定日なの。お宅の赤ちゃんと同じ年頃になるから、きっと良いお友達になれそうね。楽しみだわ」
 パメラはにこやかにそう言ってくれ、ステラも微笑んで返していた。「ええ。その時には、よろしくお願いします」と。
「それから、この子はプリシラ。五月で三歳よ」
 パメラはスカートの裾に捕まっている、小さな娘を紹介した。黒い髪をお下げに編んで黄色いリボンを付け、フリルのついた黄色いドレスを着たプリシラは、母親のスカートの影から、僕らの方をちらっと見やった。泣き出さないだけましだが、まだ人見知りはなおっていないようだ。僕はもちろんだめだが、ステラにもなんとなく警戒したようなまなざしで見上げている。
「こんにちは、プリシラちゃん」ステラはにこやかに話しかけていたが、幼女は無言で、ささっと母親のスカートの陰に隠れてしまっている。
「ああ、この子、人見知りが激しいのよ。ごめんなさいね」
 パメラは苦笑いをしながら、安心させるように娘の頭を撫でた。
「まったく、こいつは相変わらずなんだよな。俺が帰ってきた時も、べそをかいているんだ。慣れるまで三日かかったぜ。クリスマスパーティの時も、俺がいるからって、来たがらないんだからな。情けないぜ。こっちはかわいくて仕方がないってのに」
 ジョージはしんからやるせなさそうに、ため息をついていた。
「人見知りが強いのは、それだけ感受性の強い繊細な子なんだよ。個性だからね」
 そばに座っていたミックが言った。彼はラベンダー色のシャツに、濃いグレーのベロア地で出来たスーツといういでたちだ。悪くはないけれど、赤紫色の派手な柄ネクタイが少しミスマッチな気がする。そのそばに立っているポーリーンは、夫の言葉に微笑して頷いていた。彼女は黒い髪に切れ長の黒い目、背は高い。地味な顔立ちだが、半分東洋人の血を引いているせいか、エキゾチックな雰囲気がある。白いレースの衿がついた紺色ベルベットのドレスを着て、真っすぐな黒い髪を真珠のついたピンであっさりと横で押さえ、そのまま背中まで流していたが、その髪型は彼女によく似合っていた。
 ポーリーンもステラに愛想良く微笑み、挨拶をしてくれた。
「初めまして。あなたがステラさんね。まあ、かわいらしいこと。赤ちゃんもね」
 ステラはうれしいような、戸惑ったような笑みを浮かべた。
「初めまして。よろしくお願いします、ポーリーンさん」
「ええ、よろしくね」彼女もにっこり笑って答える。
 でも、なかなかそれ以上会話がすすまないうちに、パメラとポーリーンは談笑をはじめていた。二人は何度かお互いの家を行き来し、個人的にかなり親しいつきあいがあるようだ。年齢的にも近く、話も合うようで、人見知りの激しいプリシラでもポーリーンにはいくぶんなじんでいるのが、よく行き来している証拠だろう。この二人の仲にステラを混ぜて、というのは、少し難しいのかもしれない。パメラもポーリーンも、決して悪意はない。でも二人ともステラより年輩だし、いろいろな意味で大人だ。親しいお友達には、あまりなれそうもないかもしれない──。ステラもたぶん、そう思ってしまったのだろう。戸惑ったような笑みを浮かべながら、二人のそばを離れ、僕に寄り添ってきた。ああ、でもロビンはまだ独り者だし──。
 彼はジョージの隣に座り、レモンパイを食べていた。茶色系チェックのスラックスにベージュ色のシャツブラウス、茶色の上着という服装で、グリーン系のネクタイ。茶色の髪に茶色の目の彼が、茶色系の服を着るというのは、一つ間違うとくどくなるが、ロビンには似合っている。相変わらず、地味好みだが。ロビンはプリシラの叔父さんに当たるけれど、まだ姪にはなつかれていないらしい。彼女のロビンに対する反応は、僕やミックとそれほど違わなかったから。彼の性格をよく知っている僕は、ステラにたいして、にこやかに挨拶をしてくれることは期待していなかった。実際、ロビンは肩をすくめて、僕にこう言っただけだ。
「新年おめでとう、ジャスティン。でも、みんな家族が一緒だから、僕は寂しいよ」
「だから、おまえも早くガールフレンドを作って、つれてこいよ、ロビン」
「新年早々、無茶なことを言わないでよ、ジャスティン。こんな状況じゃ、理想的な出会いなんて、なかなか出来ないよ」
「まあ、そうだろうけどな。でも、そんなことを言っていたら、おまえ一生独身だぞ」
「僕は別に、それでもいいよ」
「まあ、人にはそれぞれの生き方があるんだろうがな。でも、もし一緒にいて心が安らげるような女の子がいたら、手をこまねいていないで、アプローチしてみるべきじゃないか」
「だから、そういう子はいないんだってば」
「今はそうかもしれないが、先はわからないぞ」
「そうだといいね。でもジャスティン、君もジョージやミックと同じことを言うね。妻帯者だからかな。やっぱり、結婚っていいものかな?」
「いいと思うよ。相手にもよるけどね」僕は笑って妻と息子を抱き寄せた。
「ごちそうさま」ロビンは微笑して肩をすくめている。
 一渡り挨拶がすんだので僕らは料理を取り、空いている椅子に座った。ふう、親睦とは言っても、これじゃ顔合わせだけで終わりそうだな。頼みの綱は、あとはエアリィだけか。ステラは元モデルさんだという彼のガールフレンドに興味を持ったようだったし、彼女が来てくれればいいが。




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