The Sacred Mother - Part1 The New World

第二章   異邦人(6)




 翌日、同じ面接室で、首席時空学者であるハロルド・パストレル博士と面会した。彼は五十代初めくらいの年配に見え、中背で痩せていた。ゴールドマン博士と同じ銀のラインが二本入った白の上下を着ていたが、スリムなデザインなのかあまり弛みもなく、身体のぎすぎすした線を、よけいに引き立てているような印象だ。少し逆立ったような硬い髪の毛は黒で、半分くらい白くなっていた。ふさふさした長い眉毛の下の眼はきらきら光る青い色で、派手にカーブした鼻、貯えた口髭など、かなり特徴のある容貌をした人だ。ほかに三十代から四十代くらいの三人の男女がついていて、歴史学者たちがしたように椅子に腰掛けて、僕たちのやりとりを記録していた。
「はじめまして。君たちに会うのを楽しみにしていたよ」
 パストレル氏は、ここの人たちの例に漏れず、柔和に微笑しながら手を差し出してきた。博士の声は少し擦れ気味で、早口にしゃべるくせがあるようだ。
「君たちのことは、私も興味津々でね。もっと早く会いたかったんだが、ゴールドマン博士が先にインタビューをやりたいと言っていてね。じゃあ私たちは、その間に過去の事例研究やら理論の整備やらをやっておるよと言ったんだ。彼から先に話を聞いておくのも、悪くはあるまいと思ったからね。君たちは、自分たちの世界の運命を知っておるね?」
「ええ」
「それでも、君たちは帰りたいんだね?」
「ええ」
「全員一致でかい?」
「はい。そうです」
 僕たちは、いっせいに答えた。おそらく誰もためらわなかっただろう。
「そうか……」パストレル博士は口髭をひねくりながら、しばらく黙ったあと、肩をすくめた。「意外だったね。君たちがそのことを知れば、もう元の時代には帰りたがるまいと思っていたんだが。私にはわからないな。どうして、わざわざ未来のない世界に戻りたいんだね?」
「それは……」何人かが言いかけ、言葉を探すように黙る。
 僕は頭を上げ、続けた。「僕たちは自分の時代が好きだからです。たしかに、あまり良くない時代ですけれど……先も見えているとしても……でも、あの時代が僕たちの故郷だから。僕たちの居場所は、あの時代にあるから……」
「なるほど。君たちはゴールドマン博士にも、そう言ったようだね。だが、ある特定の時代に属しているというのは、あくまで付帯的なものだ。運なり偶然なりが君たちを二〇世紀末に誕生させたわけだが、その君たちがここ二四世紀にやってきたのというのも、同じ因子が働いたからなのだ。あの時代に生まれたのが君らの必然なら、ここに来たのもまた君らの必然ということになる。今はまだ圧倒的比重で旧世界に属していた時代が長いわけだが、君たちはこれからの人生のほうがまだまだ長いのだから、時がたてばここが君らの属している時代、ということになるのではないかね?」
「それはそうですが……」
「故郷に愛着を感じる気持ちは、わからないではないがね」博士は宥めるような笑みを浮かべた。
「あなたもやはり、ゴールドマン博士と同じご意見ですか? 私たちは、ここに留まったほうが良いと」ロブが気遣わしげな口調で聞く。
「というよりも、ゴールドマン君は君らが帰れる可能性など、考えてはいないだろうからな。彼だけではなく、おそらくほとんどの人間がそう思っているだろう。それにその方が君たちにとって幸いだというのは、私も否定はしない。たとえ帰る手段があったとしても、わざわざ先が知れている所へ、未来ある若者たちを帰すのは忍びない。いくら君たちがそれでもいいと言っていても、やはり自殺の手助けも同然だ。君らはまだ若い。本当のカタストロフがどれだけ悲惨なものか、その只中にあったらどれほどの恐怖と苦痛を味わうことになるのか、本当には何も知らない。だからこそ、帰りたいなどと簡単に言えるのだ。それに、私が君たちに会うのは、君たちの帰還の手段を探すためじゃない。君たちがここへ来た、その事象の検証のためだ。そんなにがっかりした顔をしないでくれ」
 どうも感情が顔に出てしまったのは、僕だけではないようだ。博士は僕たちを見、苦笑して言葉を続けていた。「さてと。では、本題の研究を始めるかな。君たちがここに来た、だいたいの経緯は初日の面接報告でわかってはいるが、もう少し詳しい話を聞かせてくれ。ああ、前後の話はどうでもいいんだ。君たちが光を見てから、ここで気がつくまでの間だけで良い。短い間のことだから、たいしたことは見ていないかもしれないが、六人もそろっているんだ。全員の話をつなげば、いろいろなことがわかってくるかもしれない。どんな小さなことでも、どんなにくだらないと思えることでも良い。話してくれたまえ」
 僕らは光のカーテンと、その中にできたトンネルに吸い込まれたような感覚を抱いたこと、一瞬無重力状態に陥ったような感じだったこと、その中で旋回したような気がしたことなど、詳しい話を繰り返した。
「ふむふむ。真夜中に光のカーテンが空から降ってきて、その中にトンネルができた? ずいぶん幻想的な話だな」
「嘘じゃありませんよ!」僕は思わず抗議した。
「わかっておる。君らがここへ来ていること自体が嘘みたいな話なのだから、この上現実離れしたことが二つ三つ重なったところで、嘘だとは思わんさ」博士は、にやっと笑った。「それで君たちは、その光のトンネルの中に吸い込まれたのだね。その中で旋回し、まるで重力が消えたように思えたと」
「はい」
「トンネルは大きかったかね?」
「いえ、そんなに大きくはないような……最初は車の幅ぎりぎりくらいかと思いましたが、もう少し広かったようで……というより、中では空間って言うものをあまり感じなかったような気がするんですが」僕は考えながら、そう答えた。
「ふうむ」博士は口ひげをひねりながら、しばらく考えこんでいるようだった。
「理論的には考えられない話だが……タイムホールか、さもなければ、四次元の異空間の裂け目としか形容しようがないな、それは。ワームホールのようなね。しかし、よく無事に通れたものだ。下手をしたら、その場でつぶされかねない危険もあっただろうに」
「あっ!」ロブが不意に真っ青な顔になり、椅子から立ち上がりかけた。
「どうしたんだね?」
「あの事故が……僕はほぼ一年前に、同じ場所で事故にあったんです。光にぶつかって、衝撃を受けて……ひょっとして、同じ光のカーテンにぶつかったんでしょうか?」
「詳しく話してごらん」
 博士に促されて、ロブは以前起きた事故の話をしていた。
「ふうむ。前にも同じような事態が、同じような地点で起きているのだね。だが二度も不可能が続けて起きるとは考えにくい。ひょっとしたら君たちが見た光のエコー(残像)だったのかもしれないな。特殊空間では時間が逆に流れるという説もあるから、過去にエコーが来た。それは考えられる。もしぶつかれば、衝撃を受けてつぶれるのも無理はない」
「では、僕らは……こだまにぶつかったのか」
「それは先の場合のことだ。君の気持ちはわかるが、今はたいして重要ではない。君たちのケースが問題なのだ。明らかにそちらが本命なのだからね。君たちがその光のトンネルの中をくぐったのは、短い時間かね?」
「どのくらいだろうなあ……」僕たちは考えるように、顔を見合わせた。
「そんなに長くはなかったと思うけど……」僕が言いかけ、
「一分くらいだよ。抜けた時の衝撃で気を失っちゃったけど、あの中にいたのは」と、エアリィがあとを引き取った。
「時計見てたのか?」
「そこまで余裕ないよ。だいたいの感覚」
「いずれにせよ、それほど長時間ではなかったわけだね」博士は頷き、質問を続けた。「そのトンネルの中には、何もなかったかい?」と。
「赤い車に会いました」
 再びお互いに顔を見合わせたあと、僕が代表して、そう答えた。「たぶん、この世界で見たようなエアカー……空を飛ぶ車だったと思います。タイヤがなくて流線型で、やっぱりくるくるまわって飛んでいました」
「赤いエアロカー、かね」博士は少し驚いたように髭を放した。「衝突したのかい?」
「いいえ。ごく近くをすれ違っただけです」
「そうか。その車には誰か乗っていたかい?」
「それが、あの……」僕は口ごもり、ためらいがちに続けた。「僕たちの思い違いかもしれないし、向こうに写った像かもしれないんですが……向こうにも僕たちが乗っていたような、そんなふうに見えました」 「君たちが乗っていた?」パストレル博士の目は、真丸くなった。「それもまた、ずいぶん空想的な話だね。たしかかい?」
「たしかとは言えないけれど……でも、前にいた三人は全員見ています」
「ふうむ。では、単なる見間違いとも思えんな」彼は首をひねり、助手たちを振り返った。「これは検討する余地がある点だ。マークしておいてくれ」
 そして再び僕らの方を向くと、言葉を継いでいる。「時空学とは、難しい学問だ。それはほとんど証明されることのない、理論だけの学問だ。私たちがもてあそんでいるのは、すべて理論、仮説にすぎない。私たちが相手にしているのは、広大な宇宙だ。はかりしれない、数多くの謎を秘めた存在だ。しかしその真実の円の一番外側にだけでも近付けたら、それが私たちの念願なのだ。君らの時代の文献にも、数多くの貢献がある。真贋入り交じっているようだがね。私たちは決して真実の核心を知ることはできないだろう。しかし、それでも私たちは知りたいのだ。私たちを取り巻く広大なこの宇宙の神秘をね」
「まるで、天文学者のようですね」ロブが微笑しながら口を挟んだ。
「そう。時空学と天文学は、切っても切り離せないものだ。お互いに、宇宙の神秘を相手にしているのだからね。人間の力でたどり着けるところは、たがが知れているとも思う。私たち人間は、宇宙の果てへはたどり着けないだろう。その正確な歴史を知ることもなく、その全容をすべて解明することもできないだろう。時空間にしてもだ。人為的な操作など、できるものではないだろう。君らの時代の空想好きな作家たちはタイムマシンというものを仮定して、時間を自由に行き来させたりした作品を作り出したが、現実にはまず不可能だろうと私は思う。時空間は宇宙の聖域で、人間が決して手を触れてはならないものだというのが、私の信念だ」博士の言葉はだんだん熱を帯びたようになり、より早口になってきた。「君たちは因果律を知っているかね? 常に原因があって、結果が生まれる。昨日は常に今日より前にある。明日は常に今日より後になる。過去があって、現在があり、そして未来があるのだ。それは、川の流れのようなものだ。決して逆流することのないね。私の持論では、パラレルワールドもありえない。平行宇宙の考え方は知っているね? 宇宙が誕生して以来、歴史は常に偶然に満ちてきた。人類の歴史にも、さまざまな可能性の別れ道があった。幾多の偶然の選択を繰り返して、現在に至っている。そこで過去の或る可能性において、もし我々が通ってきた道と別の道を選んだとしたら世界はどうなるか、これがパラレルワールドだ。だが、実際には歴史は一つしか存在しないと、私は信じる。我々の通る道は、常に一本だけだと。パラレルワールドというのは、結局ネヴァネヴァランド(存在しない架空の世界)にすぎない。いくつも現実があったら、宇宙は崩壊してしまうだろう。現実は決して変えられてはならない。また、変えられないものなのだ。時間の流れというものは、すなわち宇宙の秩序である。これは私の科学者としての直感であり、信念だ」
「はい……」僕を含め、何人かが頷いていた。博士の熱意に押されたように。
「ただし自然現象において、未来に行く道が開かれることがある。準光速ロケットの中で起こる時間の遅延現象は、その典型的なものだ。光速に近づけば近づくほど、乗組員たちの上に経過する時間は、一般の時間の流れに比べてはるかに遅くなっていく。かなり光速に近い宇宙船ができたならば、数百光年の距離も数年ほどしか年をとらずに行けたりするわけだ。そもそも宇宙空間というものは四次元であり、距離も時間も伸び縮みするものだが、そこに存在する個々のエレメント、すなわち恒星や惑星においての世界というものは、常に三次元だと、私は信じている。そこでは常に空間は不変であり、時間は同じスピードを持って一定方向へしか流れない。つまり三次元の世界においては、過去への逆行は決して起こりえないはずだ。それは宇宙論理に抵触する。その存在すら危うくする、重大なタブーなのだ」
「え?」再び僕も含め、何人かがそう声を上げた。帰ることは不可能、そう宣告されたように思えたからだ。
「だがしかし、不可能が可能になる場所もたしかに存在する。そう、宇宙空間そのものは、四次元のコンセプトの上に成り立っているのだからね。宇宙には、特異点と呼ばれるものも存在する。ブラックホール内部やワームホールと呼ばれる捻れた時空間などだ。そこでは時間も空間も流動的になる。そのメカニズムは、はっきりと確認されているわけではないが。だが宇宙船の中のウラシマ効果をのぞいては、それだけが我々に許される、唯一の時間旅行なのだ。同時に空間旅行でもあるわけだがね。詳しい理論を述べ立てて君らを混乱させてもしかたがないから割愛するが、その捻じれた空間に突入し、そこを通過して、無事に脱出することが可能ならば、時間も空間も飛び越えることができる。別の時間、別の空間が支配する世界へとね」
「はあ……」
「それは理論だけではないんだ。実際に宇宙旅行中に時空間を飛び越えた人たちの記録が、ちゃんと存在している。それが『エスポワール13号』という宇宙船の乗組員たちなのだよ。彼らは七二世紀からの訪問者だった」
「七二世紀ですって?」再び僕を含めて、何人かが一斉にそう反復した。ここからさらに五千年近い未来? なんて遠いところから来たのだろう。そんなに長く、地球の文明が続いているなんて。
「今から百五十年ほど前の話だ」パストレル博士はゆっくり腕を組み直し、話しはじめた。「NA八二年……二二世紀の終わり頃、まだ第三代大統領が就任して間もない頃だ。カナダ地方の中央平原に、銀色の流線型をした巨大な船が着いた。そして救援シグナルを発射した。当時唯一の居住都市だったオタワ市の当局がその信号を感知し、そこに行ってみると、驚いたことに船の中には、男女あわせて二千人以上の人間が乗っているではないか。当時立ち会った政府関係者たちは、いきなりこんなに大勢の見知らぬ人々を目の当たりにして、相当驚愕したらしい。その当時の世界人口は、六千人足らずしかいなかったのだからね。二千人と言えば、その三分の一だ。だがその後判明した事実は、彼らをさらに仰天させるものだった。その船の乗組員たちはその時代の人ではなく、七二世紀からやってきた未来世界の宇宙移民だったのだ」
「なぜ、五千年も時を逆行したのですか?」ロブがそう質問した。それはたぶん、僕ら全員感じていた疑問だろう。
「それは後で説明するから、とりあえず話を聞きなさい。彼らの時代には地球人口も二億人を数えていて、環境を均等バランスに保っておくために、七十世紀前後から宇宙移民が始まっていたらしい。彼らもまた、地球から一千光年ほど離れた星へ移民するために旅立った。自分たちの前にもかれこれ一千万人が宇宙へ旅立っていったと、彼らは語っていた。彼らが行く予定だったエスポワール星へも、もうすでに二万人あまりが行っているらしい。しかし『エスポワール13号』と呼ばれた彼らの船は、航行中に大きな宇宙デブリと接触し、その地点がたまたまブラックホールの勢力圏に近かったこともあって、進路を変えられた拍子に、宇宙のどこかに存在するという、ねじれた時空間に突っこんでしまったらしい。その時の衝撃があまりに凄まじかったので、乗組員全員は気を失い、気づいた時には、再び平和な宇宙空間を航行していたという。しかし自動制御は機能しなかった。コンピュータの天文地図に乗っていない地域に出てしまったらしい。乗組員の中に特殊能力の持ち主がいて――そう、その時代には特殊能力者もいたらしいのだ――その人物をパイロットに、彼らはその見知らぬ宇宙を航行した。ところがいくらも航海しないうちに、彼らの前に別の宇宙船が突然出現した。そしてエスポワール号を誘導し、近辺の星に連れていった。その宇宙船に乗っていたのは、その星に住んでいた高等生命体だったのだ」
「宇宙人!?」
「そうだ。E.T。地球外生命体だ。それも非常に高度なね。エスポワール13号の乗組員たちは時間旅行、空間転移、そして地球外生命体との接近遭遇という未曾有の経験をした、唯一の人たちなんだよ」
 感極まったような口調だった。博士は咳払いを一つし、再び話し始めた。「地球外生命体というのは、理論上ではきっと存在するだろうとされているが、実際に会う確率はゼロに近い。特に高等生命体というのはね。広い宇宙に高等生命が発生する確率はごく低いであろうし、そうなるとかなり居住区が離れるだろう。光速の壁が存在する以上、お互いに出会うことは不可能に近い。ゆえに、その実在を確かめるすべはないというのが宇宙科学の常識だったが、空間転移という超常現象で、それが可能になったようだ。エスポワールの乗組員たちの話だと、この地球外生命体は友好的で穏やかであり、外見は地球人とほとんど変わらなかったが、非常に威厳に満ちて、同時に非常に高次な存在であるような印象を強く与えたという。そして、みな想像を絶する超能力者だったらしいが、詳しいことはあまり記録されていない。乗組員たちはその異星人たちを『光の人たち』、もしくは『光の民』と呼んだ。その『光の人たち』はテレパシーで会話し、告げたそうだ。この星は銀河系より約二億光年彼方の、別銀河にあるのだと」
「ええ! 二億光年!」想像もつかない遠さに、それ以上の言葉を失った。きっとその宇宙船の乗組員たちも、同じ気持ちだったろう。
「なぜ、それだけの途方もない距離をわずか数時間で飛んでしまったのか、そのメカニズムははっきりしないが、どうやら宇宙空間には、宇宙誕生時からさして時を経ない頃にできた別宇宙の泡ともいうべきものが、所々に存在しているらしい。その内部は四次元であり、この宇宙とは別の原理で動いているところだ。光の民たちは、そう言っていたそうだ。その出入り口が、ごく稀に泡が浮かんでつぶれるように、宇宙空間に一瞬だけ開くことがあると。どうやらエスポワール13号はその四次元の泡に突っこみ、そしてまた出てきたらしい。その時二億光年彼方の銀河へと飛ばされたのだと。それにしても、そんなに途方もなく遠いのでは、もう故郷の銀河に帰ることはできまいと、乗組員たちは途方に暮れたという」博士は腕を組み替え、深く息を吐いた。
「しかし帰れないとなると、彼らはどこへ行けばいいのか……その光の民の星は地球に類似した環境だったが、先住民たちとは文明水準も進化の度合いも違いすぎるので共存は難しいし、先方もその案はあまり歓迎しなかったようだ。やはり懐かしい銀河系に帰りたいという思いが、乗組員たちにも根強かったようで、彼らは光の民の長にどうすればいいかアドバイスしてくれと懇願し、その光の民の長は神秘の力を使って彼らを帰還させてくれたという。再び宇宙の泡の出現する場所を示し、自らがそこまで案内し、舵の固定方向を教え、そして泡の口が開く直前に、その長は瞬間移動で自星に帰ったという。その力に感嘆する間もなく、再び衝撃を受けて……そして彼らは、帰ってきたのだ。しかし、この物語は乗組員たち自身も半信半疑でね。すべては、時空間を飛ぶ際に見た夢のように思えるとさえ言っていた。別次元の世界へ迷いこんだように、すべてが幻想的だったと。しかし彼ら全員が同じ夢を見るというのは考えられないし、船長はその光の民の長からもらったという品を見せてくれたとも伝えられている。やはりその体験は真実だったのだろうと、彼らも私たちも思っている。ともかく、再び出た先の宇宙がなじみ深い銀河系であることはコンピュータの天文地図で確認できたので、みんな心からほっとしたそうだ。しかも、かなり地球に近い地点に出た。それならば一度地球に戻って少し休息しようと思い、着陸したのだ。ところが、そこは彼らが出発する五千年前の地球だったわけだ。どうやら、四次元空間においては時間の流れは必ずしも一定ではないということを、忘れていたのだな」
「その人たちは、それからどうなったのですか?」
 ミックがそうたずねていた。ロビンも少し身を乗り出している。彼はSF好きだから、なおさら興味深いのだろうが、生来の人見知りで質問はできないのだろう。
「記録によると、ここに四日ほど留まり、船の修理と休息をしたあと、また旅立っていったということだ。我々の祖先たちは、この時代に留まるように勧めたらしいのだが、彼らは固辞した。過去の時代に永住するという考えは、彼らの倫理感をして、許さなかったのだな。彼らはその宇宙船の設計図と宇宙工学の基礎知識を、我々の先祖に託していった。当面は封印し、宇宙開発が可能なほど社会的に成熟したら開けるようにと言いおいて。そして除染技術も伝えてくれた。おかげで我々も二三世紀初頭に大規模な除染を行うことが出来、外の世界において残留放射能の心配は、なくなったのだよ。だがそれ以外、彼らは地球の歴史については、何も話さなかった。これから五千年間の彼らにとっての歴史、それはつまり、我々にとっては未来の話となるわけだからな。『未来なんて、知らないほうが楽しいですよ。やがて時代が語っていくでしょう。ただ、一つだけお教えします。地球はこの五千年間、多少の紆余曲折はありましたが、かなり順調に発展してきました。私たちがいた七二世紀は安定した幸福な社会で、未来への不安も何もありませんでした。だから、安心してください』と、それだけを語ったそうだ。そして彼らは再び地球を飛びたった。ただし、目的地はエスポワール星ではない。五千年もギャップがあれば、彼らは地球人が発見してすらいない未開の星へ到着しなければならない。しかしロボットによる開発が始まる三千年も前のエスポワール星へ着陸したら、開発が始まるまでに一つの文明が築き上がってしまう。それでは不都合なのだ。タイムシークエンスを壊してしまいかねないからね。かといって、何度も地球とその星を往復して時間稼ぎをするというのも面倒だし、かなり時間がかかる。万が一誰かに発見されでもしたら、先の場合と同様にシークエンス破綻の危機になる可能性もある。まあ、そんな可能性はごく低いだろうがね。思い迷っていた時、船長は夢を見たそうだ。彼の星で会った光の民の長が現れ、約二千光年近い距離の所に、七二世紀の地球人にも発見されていない惑星があるが、そこは非常に良い星だと告げた、そんな夢だったらしい。その場所も指し示してくれたそうだ。その船の特殊能力者も、それは正しいと言った。そこで彼らは、その未知の惑星をめざすことにしたらしい」
「そんな……夢の啓示を真に受けて、もしめざす星がなかったら……それに、もしあったとしても、全然生存に適さなかったら、どうするつもりなんだろう」僕は思わず呟いた。
「けど夢って、時々意識以上の真実を引き出すこともあるからさ、大丈夫。プレーリアはあるよ。きっと、たどり着ける」エアリィは僕を見て言った。妙に確信があるような、はっきりとした口調だった。
「プレーリアだって?!」博士はその言葉を聞いて、驚いたようだ。
「私は惑星の名前までは、言っていないぞ。君はどこで、そのことを知ったのだ?」
「えっ!」エアリィ自身も、言われて改めて気づいたのだろう。目を丸くし、驚いたような表情になった。左手を口元に持っていきながら、不思議そうに首を傾げている。
「何にも考えずに……思わず出ちゃった。プレーリア……プレーリア。うん。あの人たちはそこへ向かった。大丈夫、行きつけるはずだって……なんか、すごくそう思えて。草原の星で、船長さんがそのヴィジョンを見て、そう名付けた。草原の面積は広いけど、海や山もあって、鉱物資源も豊富だから、金属精製の装置は船にあるし、ロボットもいるから、都市は作れる。完全に町ができるまでは、船で暮らすことにはなるけど。それに、船にも家畜積んでるけど、草原にはおとなしい土着生物がいて、それが牛や羊のような役割を果たしてくれる。え、え? ……なんだろう。昔読んだ本とか、知ってた話とか、そんな感じに思えちゃうんだ」エアリィは小さく頭を振ると、両手を膝に置き、視線を中空に据えたまま、半ば衝かれたように言葉を継いでいた。
「やばい。なんかすごく、ヴィジョンが浮かんでくる。デジャヴみたいな……エルファン・ディアナ……白い太陽の星。聖都エデルヴィアの真ん中に、ピンクがかった白い石でできた神殿が建ってて……船長さんたちが、たくさんの乗組員たちが、広場に座っている。ちょっと怖がってる……畏怖に近いような。船長さんは四十代半ばくらいで、黒髪で痩せてて、でも左側の耳の上にひと房金髪がある。エルマー・シンクレア、そう名乗った。それから女の人。二十代半ばちょい過ぎくらいかな……栗色の髪に灰色の目の、ほっそりとした……エミリア・ディラ……スタインバーグ。あの人の目は、気分とか光の加減で少し色が変わる。彼女は、知識につながっている人……僕の後継者……わぁ!!」
 エアリィはそこでいきなり声を上げ、両手を身体に回すと、大きく震えた。そして息を吐き出すように呟いた。「怖い……ものすごく怖い!」そうしてぎゅっと目を閉じ、両手で頭を抱えるようにして、うずくまるような体勢になった後、もう一度大きく震えた。  おそらくそこにいたみなが、あっけにとられていただろう。エアリィが何を言っていたのか、よくわからないものの、たぶんさっき聞いていた宇宙船の話――その話なのだろうと、漠然と感じた。でも彼は知っていたのだろうか? 今聞いた話なのに。
「おい、どうしたんだよ……」とりあえず、このままの状態ではまずい。博士は思いきり怪訝そうな表情をしているし、何とかしなくては、と、僕は手を伸ばし、声をかけた。
 その手が触れる前に、エアリィは身体を起こした。ぱちぱちっと激しく瞬きをし、博士を見、大きく息をついた。「ごめんなさい……なんか、変なこと言った……」
「君は……どうして、それを知っている?」
 パストレル博士も、飛び出たような目をさらに見開くようにして、きいていた。
「さっき君が言ったことは、まさしく資料に残されていたこと、そのものだ。そう、星の名前はエルファン・ディアナ。乗組員たちの名前も……それ以外のこともありそうだが……でもその資料は、ここでも大統領と委員会メンバー、そしてそれぞれの分野の主任博士しか閲覧が認められないものだ。仮IDさえ持っていない君たちには、どうやっても目にすることはできないものだ。君は、この話を知っていたのかい」
「知らない……ここで聞くまでは、知りませんでした」
「では……なぜなんだい?」
「知らない! なんか勝手に言葉が出てきたみたいな。イメージが浮かんできて、ひとりでにしゃべってるみたいな……わかりません!」エアリィは再び頭を手で押さえながら、激しく振った。その目には当惑と恐怖に近い色が浮かんでいた。
「……そうなのか……」
 博士はその様子をじっと見守っているような沈黙の後、静かに言った。「まあ、いい。君は本当に怖がっているようだ。おそらく本当に、君にもわからないのだろう。旧世界の超常現象というものを、私も少し文献で読んだことがある。荒唐無稽なものもたくさんあるが、もしかしたら何かが君にそう言わせたのかもしれない。それが何なのかは、わからないがね。だが……まあ、いい。わからないなら、わからない方がいい。忘れなさい。そしてもう、それ以上考えないことだ」
 エアリィは頭を上げてじっと博士を見、再び大きく息をついた。徐々にその目から怖れの色が除かれ、顔色も戻っていくような感じがした。
「はい……ありがとうございます……」
 珍しく完璧な敬語で息を吐き出すようにそう言うと、彼は頭を振った。
「大丈夫かね? ではちょっと話がそれたが、元に戻そう」
 博士は苦笑に近いような笑いを浮かべ、咳払いをすると、中断していた話を続けた。
「まあ、ともかくだ……エスポワールの乗組員たちがどうなったか、私たちには知る由もない。今ごろは、その未知の星に向かって航海中だからね。ともかく大事な点はだ、彼らもまた、君たちと同じタイム・トリッパーだったと言うことだ。彼らは時を逆行した。宇宙に存在する異空間を介在してね。ここが重要な点なんだ」  パストレル氏はもう一度咳払いし、メイドに運ばせてきたコーヒーを一口すすった。
「つまりな、宇宙においてはこういう悪戯も起こりえるんだ。だが、あくまで広大な宇宙空間においては、ということだ。この地球上ではない。完全に三次元空間である地球上では、そしておそらく宇宙に存在するどの星においても、空間も時間も決して歪まないし、人為的に操作することもできない」博士は言葉を止め、なだめるように微笑した。
「すっかり、がっかりしたようだね。そう、最初にも言った。ここの人間たちはほとんどが、君たちが元の時代に帰れるとは思っていなかったと。しかし、百パーセント不可能なことではないと、私は思っている。なぜならばだね、そもそも君たちは最初に不可能を可能にして、ここに来ているからだ。君たちが遭遇したのは、小型ではあるが、まさに宇宙空間に出現するねじれた時空間だ。そんな印象をどうしても私は拭えないのだよ。地球上にそんなものが突然現れるなど、あり得ないことだがね。でも他に理論的な説明がつかないのだ。それにもう一つ引っかかるのは、時空間旅行の時、君たちが赤いエアロカーに乗ったもう一組の君たちとすれ違ったと、言っていることだ。それがまぎれもない事実なら、君たちは実際にその時と逆の方向へ、つまり過去へと帰っていくと言えるのだろう」
「本当ですか?!」僕はぴんと頭を起こした。みなも同じような動作をしているようだ。
「完全に証明されれば、だがね。だが本当にそれが別の君たちだったか。投影や見間違いではなく。それを証明するのは難しい。一つ、可能な説明を引き出すことはできるがね。君らの時代に異空間への道が開かれた。その出口はここだ。だが出口は入口になりえるか? それが同じ時間であるならば、もうそれは閉ざされた。君らは帰れない。だが、本当に出口は閉じたのか? 君らはここに出てきた時、後ろを振り返ったかね? 相変わらず光のトンネルが君らの背後にあり、それはやがて閉じたかね?」
「いいえ、いいえ」僕は思わず首を振った。「ここへ出た時は何もなかったです。気がついてからですが……ただ真っ暗な、空っぽな空間だけで」
「うん。光が消えたと同時に衝撃が来て、衝撃と一緒に一瞬意識が切れたから、来た瞬間はわからないですけど、こっち側に光はなかったです」エアリィも頷いている。いつもの口調で、話の中断なんて、なかったような感じだ。
「そうか。では、はっきりとはわからないわけだが、一つの仮説を導くことは出来るね」
 博士も腕を組み替えながら頷くと、話を続けた。「双方の時空において、内部では交差しているものの、出口と入口は双方向にあったのではないかと思う。こちらの出口は、入口ではない。君らの側にしてもだ。だが、私には断言できない。確実なことは、何も言えないのだよ。それに未来へ行く道より、過去へ行く道のほうが、はるかに困難だ。因果律への抵触が、あまりに重大だからね。前にも言ったろう? 過去への道は、宇宙の存在を危うくする重大なタブーだとね。だから私たちも、そういう意味では君たちを帰すことに気が進まないし、またそういう可能性は高くないと、残念ながらはっきり言わざるをえないんだ。だがね、この問題は理論で考えれば不可能としか言いようがないが、そもそも最初から理詰めで考えてはいけないのだろう。ひょっとしたら、君たちは戻っているのかもしれない――我々のほとんどはその考えに否定的だが、私はここで君たちに会う前から、そんな疑問を感じていた。詳しいことは言えないが、そういう疑問を起こしうる根拠、もしくは疑惑があったからね。だが、君らがここからもとの時代に帰る方法は、あるとすれば一つだけしかない。それは、ここへ来た時と同じ方法だ。タイムホールのようなものが再びこの時代に現われ――君らの時代に現れたものの、こちら側の側面だな――それに君らが再び遭遇して無事に通過できれば、元の時代に戻れるだろう。それが可能か不可能か、それは宇宙の意志が決めることだ。我々ではない。因果律違反の危険を冒して、君らに過去へ逆行させる、時間の逆流をもし宇宙秩序が認めるならば、君らは帰れる。そうでないなら、ずっとここにいることになるのだ」
「つまり……運命に任せよということですか?」
 ロブは少し肩をすくめ、苦笑を浮かべていた。
「運命か。我々の時代では、一般的な言葉ではないな。『神』と同様にね。我々は普段、人生を左右するような見えざる手、もしくは力を意識することはない。ただ私は、そういう力のあることは認める。それは自然のリズムであり、宇宙のリズム、そして秩序だろう」
 博士は首を振り、再び咳払いを一つしてから、再び続けた。「まあ、そういうわけで、我々は直接的には君たちを過去に送り返す手段は何も持たないし、帰れるかどうかということも、はっきりとは断定できない。それで視点を変えて、はたして君らが過去に戻ったかどうかを、間接的に調べようと思う。私はゴールドマン博士の歴史班とアーノルド・ライト博士を筆頭とする社会班とに協力を要請して、この世界の人々の逆行調査を依頼しようと思うんだよ。私が知りたいのは、はたして新世界の住民の中に君らの直系子孫が存在するかどうか、ということだ。それがもしちゃんと確認できれば、取りもなおさず、君らが過去へ帰ったという証拠になる。まあもちろん、帰ったけれどもカタストロフに巻き込まれて、全員が死に絶えているということも、なきにしもあらずだがね。しかし私には、そうは思えないのだ。もし過去への逆行が許されるものならば、そこには規律違反を犯すだけの強い理由があるのではないかと、どうしても思えてね。しかし調査にはある程度時間がかかるだろうから、結論が出るまで待っていたまえ。では、私の面接はこれで終わりだ。お昼の後は、たぶん社会学者のライト博士との面接になるだろう。そう聞いている。そして明日は午前中に科学生理班の最終テストがあって、君らの面接日程は終わりらしい。その後はきっとシンプソン女史が、市内とその近郊を案内してくれるだろう。まあ、できるだけリラックスして過ごしたまえ」
 パストレル博士はゆっくりとコーヒーの残りを飲み干すと、僕らに目配せをし、立ち上がって部屋を出ていった。

 僕たちも自分の部屋に帰り、そこに用意されていた昼食をとった。じたばたしても始まらない。結論が出るまでの間が、さぞ長く感じられるだろうけれど、僕らができることは、ただ待つしかない。パンが喉につかえるような感じがして、苦労して飲み込んだ。何をしても落ち着かない。結論が出るまでの間、何を考えて待ったらいいのだろう。考えられることはただ一つ。ただ一つの問いしか、思い浮かばない。
 元の時代に帰れる可能性は、本当にあるのだろうか──?




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