The Dance of Light and Darkness : 光と闇の舞踏

第六章 氷の国セレイアフォロス(3)




 イメルは三十軒ほどの家が集まっただけの、小さな集落だった。宿屋や店すらなく、周りの家々より三回りほど大きいだけの礼拝所が、宿泊所や湯屋、店を兼ねているようだ。一行は礼拝所内に泊まり、神殿から借りた車を預けた。そして翌朝、日が昇るとすぐに、必要分だけのポプルや水、金品を持って、そこを出た。礼拝所の人々は、神殿からの連絡をすでに受けているようで、丁寧に一行を出迎えてくれ、船への案内のために、礼拝所の管理者が港までついてきた。
 その船は十五人くらいが座って乗れそうな大きさで、そのくらいの人数分の荷物を置く場所も、天蓋もついているが、身体を伸ばせるだけの広さはないようだ。
「ここは港とはいえ、利用者はほとんどいないのですよ」
 礼拝所の管理者は、微かに首を振って一行を見た。
「ここから西の海は、島が一つあるきりで、それ以外は果てまでずっと何もないはずです。南西に行けば、フェイカンの北部にある町、オージェに着きますが、あまり大きな町ではないですし、そもそもフェイカンとの間には、あまり行き来もないのです」
「まあ、火と氷だからなあ」フレイが苦笑して呟き、
「でも、フェイカンとアンリールが隣同士だけど、やっぱり正反対だしね」
 アンバーがちょっと笑って言い、
「まあ、そこからして変なもんだな」と、ブルーもぼそっと呟く。
「それなら、ここの港って、その数少ないフェイカンとの行き来のためにあるの?」
 リセラの不思議そうな問いに、礼拝所の管理者は首を振った。
「いえ、島への行き来のために使っています。あなた方の行かれるロンデロ島ではなく、さっきも言いましたように、ここから西の海上にある島、ジェレーラ島に行くためです。そこはわが国の領土で、氷の稀石が取れる場所なのです」
「ほう」数人が小さく声を上げた。
「それで、この船は――帆はないから、普通の船か? それとも人力船か?」
 ディーの問いかけに、礼拝所の管理者は「普通の船です」と答えた。
「それなら、よかった。ありがとう」
「お気をつけて」
 礼拝所の人間たちは帰っていき、クリスタを含めた一行十二人は船に乗り込んだ。

「この船、操縦するものが何にもない感じだけれど、どうやって動くの?」
 船に乗り込みながら、ミレア王女が不思議そうに言った。船は楕円形で、丸い部分には何もなく、その後ろに三人がゆっくり座れるくらいの座席が、五列ついている。さらにその後ろには荷物置き場があり、全体的に屋根に覆われている。それ以外は、何もない。一行がミディアルから乗ってきた船のような動力装置や操縦するための舵などは、見当たらなかった。
 先端の丸みを帯びた部分には、透明な、粘度がありそうな水が張られているように見えた。と、見ているうちにその部分が盛り上がり、座席の高さまで持ち上がった。その先端から、二本の角のようなものが、にゅっと伸びてきた。先には、眼玉がついている。その丸い目玉がくるくると動き、さらにぱちぱちと瞬きをした。
 サンディとミレア、そしてリセラが驚いたように声を上げた。
『びっくりしないでよ』そんな声が響いてきた。
「すまん。彼女らはミディアル育ちだから――まあ、サンディも似たようなものだしな――君が動かす船を知らないんだ」
 ディーが苦笑を浮かべ、そう声をかけていた。
『ミディアルにも、行っているはずだけれどなあ。仲間が』
「ほかの国から行く船は、そうだな。でも、ミディアルから出る船は、機械仕掛けの動力船だから、彼女らは知らないんだよ」
「これって……なに?」
 リセラが驚きを飲み込んだ表情で、問いかけた。
『これとは失礼な。ボクは、この船の船長だぞ』
「ああ、ごめんなさい。でも……船長?」
『そう。行先を教えてくれれば、そこへ連れてくんだ』
「それならば……このコも駆動生物?」
「船用のな。ファレークという」
 ディーがかすかに口元を緩め、そう答えた。
「これはエレメントを問わなくて、海ならばどこへでも行くんだ。エレメントを問わないから、どの民でも言葉は通じる。それに簡単な海図なら読めるし、話もできる。陸上の駆動生物ほど、数がいないんだが……頼もしい奴さ」
「賢いのね」リセラが感嘆したように呟いた。
「それで、君の名前は?」
 ディーの問いかけに、ファレークという駆動生物は『ポルク』と答えた。
「それでは、ポルク。我々はロンデロ島へ行きたいんだ」
『ロンデロ島ね……行ったことがないなあ。でも、わかった。オージェの北東、約八十キュービットのところか。それじゃ、行くよ』
 二本の眼が引っ込んで、盛り上がりが平たくなった。同時に、船の周りに、少しだけ透明度や粘度の違う広がりが現われた。そして船は動き出した。駆動生物が道を走る時の半分くらいの速度で、海の上を進んでいく。
「これが、普通の船なんですね、ここでは……」
 サンディが驚きと感嘆が入り混じったような声を漏らした。
「そう。ミディアルのものは人間が作った動力船だが、他の国では、船は三種類あるんだ。普通の船というのが、駆動生物ファレークが動かすやつで、定期船や貨物船も、ほとんどそうだ。大きなものは、複数で動かしている。その他には、人が何人かで漕いで進む人力船。これはミディアルにもあったな。主に小さい船で、川の渡しや、短い距離に使う。その他に風力船という、船の上に柱を立てて帆を張り、その力で動くものもあるが、これはエウリスの風使いでないと、使いこなすのが難しい」
 ディーの説明に、アンバーも「うん、エウリスにも五、六隻くらいあるだけじゃないかな」と、頷いていた。
 船はほとんど振動することなく、海の上を進んでいった。時々冷たい風が吹き、少し灰色がかった青い海原が、どこまでも続く。空は青灰色で、これも果てしがなく見えた。陸上ならば、前を行く駆動生物が見えるが、このファレークという生き物は半分液体のような感じで海と同化しているため、そして動いている間はしゃべらないために、ほとんどその存在を忘れそうになるくらいだ。

 太陽が真上を過ぎた頃、行く手に島が見えてきた。その向こうに、うっすらと陸地の影も見える。火山島のようだ。その島の手前、四半キュービットほどの位置で、船は止まった。再び船首が盛り上がり、目玉が出てくる。
『これ以上は行けないよ。この先は、岩礁だから』
「そうか。わかった、ありがとう。我々が戻るまで、ここに停まっていてくれ」
 ディーが駆動生物に声をかけ、ついで仲間たちを振り返った。
「ここからは、岩礁を渡って上陸する必要がありそうだな。ただ、全員で行く必要はなさそうだ……」
 彼はしばしあごに手を当てて、沈黙した。やがて言葉を継ぐ。
「ここはフェイカン領で、火守と対しなければならないから、火の民が不可欠だ。だからフレイ、それにリルもいた方が良いか。おまえも四分の一は、火の民だからな。何かあるといけないから、俺も護衛代わりに行く。そう……ここは三人だけで良さそうだ。あとはみんな、船に残って待っていてくれ」
「ぼくは、できれば行きたいです。ぼくのために、みなさんが行かれるのに」
 クリスタがそこで声を上げたが、一行のリーダーは首を振って制した。
「いや、ここは火の領域だ。氷の民には、つらいだろう。それに、発端はたしかに君の頼みだったが、今はセレイアフォロス全体の問題だ。だから、気にするな」
「ここは三人に任せておきましょ」
 レイニも微笑んで、少年の腕に触れる。
「はい……すみません。お願いします」
「じゃあ、我々は島へ渡ろう。リル、おまえと俺で、フレイを運んでいこう」
「そうね」
 リセラも頷いて、火の民の若者の右腕を取る。ディーは反対側をつかんだ。
「ありがてえ!」
 フレイは小さく叫んだ。火の民は、水が苦手だ。岩礁のとがった岩の上を四半キュービット、時々足を水に漬けながら歩くのは、いやだったのだろう。

 ディーとリセラの背中から翼が伸び、両側からフレイの身体を支えて、海面の上を飛んでいく。その光景を、クリスタは驚きの表情を浮かべて見ていた。
「飛んでいる人って、話には聞いたけれど、初めて見ました」
「私たち、翼を持たない民には、そうでしょうね。ずっとそこで暮らしていれば」
 三人の後ろ姿を見送りながら、レイニが低く言った。
「逆にエウリスじゃ、飛ばない人の方が珍しいんだけどなぁ」と、アンバーが言い、
「だからあそこで飛べない人は、恐ろしく居心地の悪い思いをすることになるわ」
 ロージアが首をすくめながら、微かに眉をしかめていた。
「泳げない水の民みたいなもんか。いや、アンリールに、そんな奴はいないなあ。四分の一になったらわからないが、半分あれば」
 ブルーがかすかに口の端を曲げて、首を振った。
「おいらは、行かなくてよかったんかなあ」
 ペブルがのんびりした調子で、声を上げる。
「君は火も水も、そう気にしないだろうけれどね。船に残る我々の方を守ってほしいんじゃないかな、ディーは。いつものように」
 ブランがかすかに笑みを浮かべながら言い、ついで空を見上げた。フェイカン領に入って、空の色がかすかに桃灰色をおびてきていたそこを、小さな影がよぎっていった。
「鳥だね」アンバーも上を見上げ、告げた。
「小さな赤い鳥が飛んでいる。いや、輪を書いてこの上をぐるぐる回っている感じかな」
「ただ飛んでいるのではないなら、野生ではないのかもしれないね。我々が国境を越えてきているから、注視しているのかもしれない」
 ブランは片手を目の上にかざし、じっと見ているようだった。
「大きさは変わっていないから、こっちに来る気配は、今のところなさそうだ。精霊様から許可をもらっていると、セヴァロイスの神官長様も仰っていたから、大丈夫だろうかね」
「そう信じたいぜ」
 ブルーは上を見上げ、ついで行く手に目をやった。みなも、同じように視線を移動させる。ディーとリセラ、フレイは岩礁の上を渡り終えて、島に上陸していた。
 
 ロンデロ島は、島としてはさほど大きくなさそうだった。赤茶けた地面に、赤いとがった葉をつけた、円形の灌木上のものがところどころに生えている。その地面を三ティルも歩かないうちに、険しい山肌が現われた。火山のようだが、かなり高く、以前フェイカンで炎の花を取りに行った時に登ったミガディバ山のように、登るものを拒否しているかのような傾斜だ。
「ここを登るのか? 俺たち三人で登るのは、厳しくないか?」
 フレイが山頂を見上げながら、眉をひそめた。
「外側からは、登れないだろうな。だが……これから俺が言うことを、繰り返してくれ。フレイ、リル」
 ディーは山肌に近づき、触れながら上を見、声を上げた。
「火守、オーゲン・ジエレよ。我々はセレイアフォロスを救うために、永遠の炎を取りに来た。どうすれば、それが取れるのか」
 その言葉をフレイとリセラが繰り返して叫ぶと、山頂に、中から盛り上がるようにして、赤い影が現われた。細長い体を持ち、全身燃え盛る炎をまとったように、その境界は揺らめいている。頭らしき部分には、金色に光る二つの目が見えた。
 声が聞こえた。ディーにはその言葉はわからなかったが、フレイとリセラには聞き取れた。それは言っていた。『入るが良い』と。
 目の前の山肌が、ふっと穴が開いたようになくなった。そこから内部に足を踏み入れると、中は広い空間になっている。真ん中に大きな池状の溶岩だまりがあり、空気はむっとして熱かった。
「これは本当に、レイニやクリスタ君は、来なくてよかったわね」
 リセラが小さく首をすくめた。彼女の肌にも、汗が光りはじめる。
 上から、声が響いた。
『永遠の炎は、その中にある』
「その中って、まさかこの溶岩の池! ……ですか?」
 フレイが驚いたように声を上げている。
『そうだ。おまえに取れるか?』
「厳しいですよ。この中は結構広そうだし、防御をかけてもこの中じゃ、一ティル持つかどうか、ですから」
『そこの若者、エフィオンが使えるなら、位置を探せ』
 言われた意味をフレイとリセラに伝えられたディーは、一瞬困惑した顔をした。
『我が名も、エフィオンで知ったのであろう』
 重ねて、そう声が響く。
「うまく働いてくれるといいがな……」
 ディーは微かに苦笑を浮かべ、溶岩池の縁に近づいた。距離が縮まるにつれ、余計に熱気が増す。エフィオンは、知らない知識を文献や誰かに教えてもらうことなく得る技だが、本人が意図して発動できる確率は、あまり高くないのだ。
 ディーは煮えたぎる溶岩の表面を見つめたまま、固まったようにそのまま立っていた。熱気にあおられ、その浅黒い顔に、幾筋もの汗が伝って落ちていく。リセラが気づかわし気にその様子を眺め、そして声をかけた。
「エフィオンの力、降りないの?」
「ああ」問われた方は首を振り、そのまましばらく溶岩の表面をじっと見ていたが、やがて何かを思いついたように振り返った。
「そうだ、リル。おまえの光レラを少し分けてくれ」
「ああ……エフィオンは光技でもあるのですものね。でも、あたしの力で役に立つかしら」
「おまえは、技は使えないが、レラそのものは強い。大丈夫だ」
「わかったわ」
 リセラは近づき、並んで立った。溶岩の熱気で彼女の肌もピンク味を帯び、汗がより一層激しく流れだす。リセラは手を伸ばし、ディーの腕をつかんだ。そこからうっすらと薄い金色のレラが、流れを作って吸い込まれていく。
「わかった!」
 しばらくのち、ディーが声を上げた。ぐいと腕を伸ばし、表面の一点を指さす。
「そこだ! この差した方向と表面がぶつかるところにある。深さは……おまえの身長の三分の二くらいの場所だ。頭まで潜って、ちょうど右太ももの半ばくらいだ。行けるか、フレイ」
「あのあたりか?」
 フレイが指で差して確認し、そしてぶるっと震えた。
「少し離れているな。迷ったら、終わりだ。でも思い切って、行ってみるしかないぜ」
 火の民の若者はその場に立ち、両手を胸の前に合わせて念じた。薄く赤い靄のようなものが、その身体にまとわりつく。フレイは溶岩池の縁に立ち、目標地点に向かって飛び込んだ。溶岩のかけらがいくつか飛び散り、地面に当たって小さな火花とともに、ジュっと音を立てる。すぐに彼は、再び浮かび上がった。その手に何かをつかんでいる。腕を伸ばして池の縁に手をかけ、身体ごと飛び上がった。ディーとリセラがそのそばに走り寄り、腕を取って引き寄せる。
「あっちい!」
 そう叫びながら、フレイの全身が池の表面から、地面に転がった。
「さすがに、この熱さは厳しいぜ! おっと、あんたらの方が厳しいだろうな、リル、ディー。大丈夫か?」
「大丈夫だ。少し手にやけどをしたが」
 ディーがかすかに苦笑して答え、
「あなたの身体自体が、ものすごく熱かったものね」
 リセラも手を振っている。
「俺もぎりぎりだったぜ。引っ張り上げてくれて、ありがとうな」
「おまえは怪我していないか、フレイ?」
「大丈夫だ。あと少し遅かったら、焼けてたかもだが」
「そうか。良かった。“永遠の炎”は?」
「これか?」
 フレイは握りしめていた左手を開いた。その中央には、小さな球がある。中心が少し黄色味を帯びた赤で、周りに薄赤い光が、ちろちろと炎のように燃えている。
「それだな」ディーがほっとしたように息を吐いた。
『その中には、いくつもの“永遠の炎”がある。が、おまえに手が届く範囲では、それだけだ。それは、持って帰るが良い』
 上から声が響いてきた。
「ありがとうございます」三人は一斉に礼を言う。
 一瞬の間ののち、再び声は続けた。
『火の民の若者よ。おまえにそれを取れる力があるのならば、シェクレの技を覚えていくとよい』
「ここで覚えることが、できるのですか?」
『できる。奥の壁が見えるか。ひときわ赤くなっているところが、あるであろう。そこに両手を当てよ』
「シェクレは……覚えられるものなら、覚えておいた方が良いだろうな」
 再びフレイとリセラに火守の言葉の意味を伝えられたディーは、その壁の方向に目を向け、ついでフレイを見た。
「それって、火の技? どんなもの?」リセラが聞く。
「炎ではなく、熱の波動を出す技だ」
「攻撃技?」
「攻撃にも使えるが、それなら今フレイの持っている技の方が強いかもな」
「そうなの? でも今、会得する機会があったら覚えておいた方が良いってことね」
「そうだ……そんな予感がする」
「それもエフィオンか?」フレイが二人を見やった。
「それなら、まあ、覚えておいた方が良いんだろうな。それに、シェクレは本じゃ覚えられない技だしな。生まれつき以外は。それがここで覚えられるなら、いい機会かもしれない。だが……」
 フレイは手に持っている、小さな炎を上げている赤い球に目をやった。
「あそこに両手を当てるとなると、これがな……俺はあまり熱くないんだが」
「あたしが持ってみるわ。あなたが持つよりは熱いでしょうけれど、ディーが持つよりはあたしの方が熱くないはずよ」
「まあ、そうだが……リルは四分の一だけの火だから、かなり熱いと思うぜ。おまけに手を火傷しているだろう?」
「やけどは後でロージアに直してもらうから、大丈夫」
「じゃあ、ぎりぎりまで俺が持っているから、ついてきてくれ」
 三人は池を回り込み、赤い壁のところまで進んだ。フレイはリセラに手の中の玉を渡すと、くるっと向き直り、壁に両手を当てる。
 壁から、微かな赤い光がほとばしった。それがフレイの手から体全体を包み込んでいく。身体がビクンと一瞬、大きく動いた。同時に彼は「うぉあ!」と声を上げた。
「大丈夫かしら、フレイ?」リセラが気づかわしげに見、
「新しい技を取得する時には、誰でもある程度衝撃が来るんだ」
 ディーがじっと目を注ぎながら、答える。
 やがて光が消え、同時にフレイが地面にくずおれるように座り込んだ。リセラとディーが走りよると、火の民の若者はにっと笑った。
「大丈夫だ。ちょっと熱かったが、習得できたみたいだ」
 そして手を伸ばしてリセラから炎の玉を受け取ると、立ち上がった。
「あんたも熱かったろ、リル」
「ええ、ちょっとね。でも、大丈夫」
 リセラはかすかに微笑んで、手を振ってみせる。
『求めるものが手に入ったならば、帰るが良い』
 その声に再び三人で「はい、本当にありがとうございました」と礼を述べて、元来た入り口から山の外に出た。同時に、背後で再び山肌が閉じた。
「ご協力、感謝いたします。火の精霊様にも、感謝をお伝えください」
 ディーが言い、その言葉を再びリセラとフレイが繰り返す。そうして三人は再びフレイを真ん中にして岩礁の上を飛び、船に戻った。

「永遠の炎は、無事に取れた。イメルに帰ろう」
 船に乗り込むと、ディーは仲間たちにそう声をかけ、駆動生物にも戻るように指示を出した。船はゆっくりと旋回し、元来た方へ帰っていく。
「大丈夫、三人とも? 怪我はなかった?」
 ロージアがそう声をかけ、
「ディーとあたしは手にやけどをしたから、治せる?」と、リセラが答えていた。
 ロージアが治癒技をかけて二人のケガを治している間に、三人は内部での様子をみなに語った。
「溶岩の中に飛び込むのか。俺には無理だな」
 話を聞いて、ブルーが少し身を震わせ、頭を振った。水の民は多少火に耐性はあるものの、さすがに限度を超えるのだろう。
「俺も、防御をかけてぎりぎりだったぜ。場所を正確に知らなかったら、無理だった。今でもちょっと、身体が熱いくらいだ。おまけに新技取得もあったしな」
 フレイが腕をまくり上げて、突き出した。火傷にはなっていないものの、その皮膚は熱く、熱を持っているようだ。
「傷ではないけれど、冷やした方が良いかしらね」
 ロージアもその腕に触れ、少し顔をしかめている。
「冷やすのでしたら、ぼくもできます」
 クリスタがそう言い出した。
「おお。じゃ、冷えすぎない程度の頼むぜ。それと、これにかからないようにしないとな」
 フレイは両手で、手にした“永遠の炎”の球をしっかりと包み込んだ。
「わかりました」
 クリスタはフレイの正面に座りなおすと、両手を前に出した。そこから薄青いレラが集まっていき、その手の先から冷気となって噴き出す。フレイの両隣に座っていたブルーとアンバーにも冷気がかかったようで、後者は「うわ、冷たい!」と声を上げていた。
「すみません。少し広げすぎました」
 クリスタはすまなそうな顔で、謝っていた。
「いやぁ、でも涼しくなったぜ。ありがとう」
 フレイは少年に感謝の目を向け、告げた。その皮膚はさっきと比べると、かなり赤みが薄れているようだ。触っても、いつもと変わらない温度になっている。
「どのくらいの時間がかかっただろうか、我々が島に行ってから」
 ディーの問いに、ブランが答えていた。
「一カーロンと、四分の一くらいかな。イメルの港を出てから島に着くまで、四カーロンと三分の二くらいだよ」
「我々は昼の二カルにイメルを出た。そうすると、今は八カルすぎくらいだな。帰るころには、夜の二カルくらいか」
「この船は、夜も走れるの?」
 リセラが聞く。駆動生物を使う乗り物は、その生物の種類によって昼間しか走れないものがあるためだろう。
『夜でも平気だよ』
 この船を進めている、ファルークという駆動生物がそう答える。
「それなら、良かったわ。ありがとうね」
 リセラがそう声をかけると、それに応えるように、船が小さく振動した。
 
 船が再び港に戻った時には、予想した通り夜になっていた。一行は船を降りると、街灯とカドルの灯りを頼りに、礼拝所を目指した。
「今日はもう遅いので、こちらにお泊りください。“永遠の炎”は、この中にお入れ願えませんか」
 出迎えた礼拝所の管理者は、透明なグラス状の器を差し出した。氷のように冷たい感触のその器の中に入れても、赤い球はそのままの勢いで、ぽうっと燃え続けている。
「寝ている間も持っていなくて済んで、良かったぜ」
 フレイがほっとしたような声を上げていた。この球は、火の民以外は直に持てない。水の民が持つと力が減衰してしまい、それ以外のものには、熱すぎるのだ。
「俺が触っちゃいけないのは、わかるけどな。でも、氷は大丈夫なのか?」
 ブルーが器の中に入った球を見ながら、そう問いかける。
「そこは、水と氷の属性の違いなのかもしれないわね。それに、この氷の器は、ただの氷ではなく、透明な石の成分がかなり含まれているから、大丈夫のようよ」
 レイニが小さく首を振りながら、そう答えていた。そして続ける。
「私も、触らない方がよさそうだけれど。半分水だから」
「そう。おまえたちは触れない方が良いだろうな。たとえ、器ごしでも。クリスタ君は氷だから、器は問題なくとも、中の炎は熱いだろう」
 言われて少年は、軽く触れてみていた。
「ああ、そうですね。ずっと持っていると、熱そうです。妙な感覚ですね」
「でも俺が持ってしまうと、今度は器に影響しないか?」
「そうだな、フレイ。これはむしろ、何のエレメントもない方が持つのに適任かもしれない。サンディや、ブランのような」
「それなら、セヴァロイスまでは私が持っていこうか」
 ブランがそう申し出た。サンディも条件に当てはまっているのかもしれないが、この世界のものはこの世界の人間の方がより適しているのかもしれない。彼女自身もそう思っていたので、あえて異議は唱えなかった。




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