The Dance of Light and Darkness : 光と闇の舞踏

第五部 水の国アンリール(4)




 アンリールの首都ローリアルネは、円形に広がる町の周りを壁に囲まれ、他の国の都と同じように、その門のところには二人の門番がいた。セアラーナとアマリラがそれぞれの証を見せると、「話はきいている。この道をまっすぐに進むと、神殿に行きつく」と、行く手を指さしていた。その先には広い水路がまっすぐに伸び、周りには様々な建物が並ぶ。遠くに神殿の建物がうっすらと見えた。
 やがて車が神殿の門に着くと、再び門番たちが証を確かめ、一行を中に招き入れた。
「車と駆動生物は、この小屋の中に入れておいてくれ。中から迎えのものが来るから、それまで待っていてくれ」と。
 水の神殿は、作りそのものは今まで訪れた三つの国のものと、ほとんど変わらないようだった。それまでの三つの神殿は四角い建物だったが、アンリールの神殿は円形である以外は。建材は青みがかった水色の石のようで、丸く太い柱がいくつも立ち、門の両側のものは、ひときわ太い。柱にも建物の壁にも、一面に細かい縦の線が模様のように刻まれ、上部には渦を巻いたような浮き彫り装飾が施されている。その中にいくつも青い稀石が飾られ、建物の屋根から壁に沿うように、薄い水が皮膜のように流れていた。その水が陽の光に反射し、微かにきらめいている。
 やがて中から、青い衣装に身を包んだ四人の神官が現れた。
「歌姫候補の二人はこちらへ。これから清めの儀式がありますから」
 二人がそれぞれセアラーナとアマリラの手を取って、建物の中へと導いた。残りの二人は、ディーたち六人に目をやる。
「君たちは精霊様が立ち合いを認められたから、この中に入ってもいいが、その前にこれを着てくれ」
 一人が腕に抱えた包みを、レイニ以外の五人に次々と手渡していく。それは長く青い上着だった。それぞれにサイズが違うようで、着ている服の上からはおると、袖は手首まで届き、その裾はふくらはぎの下あたりまで垂れた。
「服に付属している布をかぶってくれ」と、神官に言われ、レイニを除く五人が、襟のところについている袋のようなものを、頭にすっぽりとかぶった。
「では一人ずつ、この器の中の水に手を浸し、顔を洗い、それから中に入ってくれ」
 門の脇には、装飾のついた、大きな半円形の器があった。その中には透明な水がたたえられている。そこに手を入れ、その水をすくって顔にかけてから、中に入る。
「アンリールの神殿では、みんなこうしているのか?」
 問いかけたディーに、神官の一人は頷いた。
「清めをしてから、中に入るのは、みな同じだ。服装は自由だが。ただ、ここに水の民の血を引かない者たちが入るのは初めてなので、特別な服を着てもらっている。これは一度聖なる水に浸し、聖別を済ませたものだ」
 案内され、踏み入れた先は、礼拝の広間だった。これまで三つの神殿で訪れたものと、つくり自体は変わらない。広間も円形である以外は。壁は外壁と同じような細かい縦筋模様で、その間に渦巻き模様の浮き彫り部分が規則的に入り、幾多の稀石が青い輝きを放っている。その表面はやはり外側と同じように、薄く水が流れていた。その水の膜を通して、埋め込まれた稀石が、たくさんの青い星がきらめくように光る。かつて、ブルーが魅せられ、通っていたというその光景だ。広間の真ん中は、広い円形の池のようになっていた。大人の膝丈くらいの高さの壁と、稀石をはめこんだ、渦巻き模様の装飾を施した縁――大人の手のひらくらいの幅のそれにぐるりと囲まれ、その中には澄んだ水が、そして中心には高く吹きあがる水があった。
「これがアンリールのご神体ね。枯れることのない水。聖なる水――」
 レイニがそっと縁に手を触れ、ささやくように言った。
「あ、他のものは手を触れないように。あなたはいいが」
 その動作を見て、神官の一人が手で制した。
 手を伸ばしかけていたリセラは、ロージアと顔を見合わせ、ついでサンディ、ミレアと眼を映してから、ディーを見た。
「ご神体を収めた器に、よそ者は手を触れてはならないのだろうさ」
 ディーは微かに首をすくめ、眉を上げた。
 池の縁からは水があふれ、床を濡らして、流れを作っている。足元に目を落とし、リセラは小さく笑った。
「たしかにね、これはフレイが嫌がるかもね」
「本当だな。ブルーがここに入れない以上、留守番仲間がいてよかった――五人も残るとは、予想外だったが」
 六人は案内の神官に導かれ、奥の扉を抜けて控えの間に通された。
「神殿歌姫の選出は、神聖なる儀式だ。本来は君たちのような部外者が立ち合いを許されるものではないのだが、精霊様のお告げゆえ、致し方ない。粗相のないようにしてくれ」
「今までに三人の巫女様にお会いしましたので、そのあたりは心得ております」
 ディーが頭を下げ、女性たちもそれに習った。神官は一行を眺めた後、扉を開けた。
「では、ここでしばらくお待ちいただきたい。あと半カーロンほどで、選出が始まる」

 やがて時間より少し遅れて、今までの神官たちよりひときわ重厚な、光沢のある青い衣装に身を包んだ人が、部屋を訪れた。その衣装に、ディーたち六人は見覚えがあった。色こそ違え、今までの三つの国で神官長が着ていたもの――アーセタイルのマナセル神官長、ロッカデールのダンバーディオ神官長、そしてフェイカンのサヴェルガ神官長の衣装を、青くしたようだ。手にした錫杖も、はまっている稀石の色と、金か銀かの違い以外同じだ。その人はまだ若い、とはいっても大人の年齢の男のようで、少しうねった青い髪を肩まで伸ばし、青い眉毛の下の眼も深い青だった。ひげはなく、肉感的な唇の口角は少し上がっている。
「私はここアンリールの神官長、テェリス‐ロイだ。よろしく」
 その男はそう名乗った。一行は、少し驚いて頭を下げた。
「神官長様がお越しになるとは、思いませんでした」
 ディーが率直に言い、ついでリセラがさらに率直な言葉を継ぐ。
「それに、とてもお若いですね」と。
「失礼よ、リル」と、ロージアが少し慌てたように小突き、
「あ、すみません。失礼をするつもりはないんです」と、リセラは頬をピンクにして、謝っている。
「構わない。私は、去年選ばれたばかりだ。八つの国の神官長の中では、一番若い。その次が、フェイカンのライシャ・サヴェルガ。君たちは彼女にも会ったことがあるんだったな。私は彼女より二歳若い」
 テェリス‐ロイ神官長は微かに笑った。
「お会いになったことがあるのですか、サヴェルガ神官長様とは」
 リセラは少し驚いたように問い返す。
「神官長様に選ばれる方は、心的素養が高い。それに精霊様のお力も加わって、他の国のこともわかるんだ。精霊様同士が通じ合っておられるように」
 ディーが小声でそう説明していた。
 テェリス‐ロイ神官長は再びかすかに笑った。
「ミディアル育ちでは、わかりづらいことかもしれないな」
 そして半ば身をひるがえしながら、言葉を継いだ。
「ついてきてくれ。巫女様は君たちにも興味をお持ちのようで、頼みたいことがある、と仰っていた」
「あ、またこの展開」とリセラが小声で呟き、ついで「痛い」と声を上げた。ロージアが足を蹴飛ばしたからである。レイニは微かに笑いをかみ殺した表情をし、サンディとミレアの二人の少女も、顔を見合わせて小さく笑みを交わしている。
「そう。君たちにとっては、何度か経験したことだろう」
 若い神官長は振り向き、苦笑に近い表情を作った。
「今までに君たちがアーセタイルやロッカデール、フェイカンで神殿のための仕事をしたことは知っている。ここアンリールでは、それほど困ったことが起きているわけではない。今のところは。ただ、将来の憂いを除くために、君たちにやってほしいことがある、と巫女様は言われる。それは歌姫の選出が終わった後に、告げられるだろう」

 一行六人は、巫女の間に通された。
「選出の間、君たちはそこの椅子に座って、静かに見ていてくれ」
 神官長は壁際の椅子を指し示し、六人がそこに腰を下ろすのを見てから、中央に据えられた巫女の椅子の横、少し離れた場所に、片膝をついた姿勢を取った。その顔は巫女の座に向けられている。
 距離は少しあるが、六人にも水の巫女の姿が見えた。七、八歳くらいの年頃の少女で、まっすぐな青く長い髪を背中にたらし、見開いた青い瞳は少し紗がかったようになっている。今までに見た三人と同じように。巫女は精霊に身体を支配されていて、本人の意識はない。瞬きをしないため、精霊が離れた後の巫女は目が見えなくなってしまう――ロージアがかつてそう説明していた。一度だけ、巫女が瞬きをしたのを見たが。ロッカデールの岩の巫女が、『これからこの世界は、変わっていくやもしれぬ』と言う前に。
 巫女の座から少しだけ離れた場所に、セアラーナとアマリラがひざまずいていた。二人とも、この日のためにと親が用意したというドレスに身を包んで。セアラーナのドレスは少し生地の薄い布で仕立てられた、ふわふわと軽やかな印象で、アマリラのものはなめらかな生地の、流れるような線が美しい。
「ではひとりずつ、歌ってもらおう。まずはアマリラ・ファル・ライレイン。君から」
 巫女のそばに控えた神官長がそう告げると、アマリラが一礼して、立ち上がった。一息吸い込むと、両手を前に組み、歌いだす。それは言葉のない歌だった。高く、時には低く、その声は柔らかな雨のように、包み込むように、穏やかに響く。その声が四方の水の壁に反響して、無数の震えるこだまになって返ってくる。立ち合いを許され、聞いている六人も、一斉に小さく身を震わせていた。
 歌が終わると、アマリラはひざまずいた姿勢に戻った。神官長は頷き、「では、次。セアラーナ・カロラ・ヴェステ。君の番だ」と告げる。セアラーナが同じく一礼して立ち上がり、同じように歌いだす。旋律は先ほどのアマリラが歌ったものと、同じようだった。ただ、声質は違う。セアラーナの声は、澄み切った水の流れを感じさせた。すべてを洗い流すような。その声もまた周囲の水の壁に反響し、不思議なこだまとなって返る。同じくその声は、聴いているディーたち六人に、再び震えを走らせるものだった。
「ふむ」
 二人の少女が元の姿勢に帰ると、巫女が口を開いた。
「どちらも良かった。それぞれに違う味わいがある」
 そう言って、沈黙する。その間は、待っている二人の少女には恐ろしく長く思えただろう。実際に普段より長い沈黙があったようで、テェリス‐ロイ神官長が少し気づかわしげな表情で、巫女を見やっていた。巫女は神官長の方に少し顔を向け、二人の目が合った。若者は頷いた。
「精霊様は迷っておられるようだ。どちらも良いが、どちらがどちらより優れているというわけではない。ただ、少し異なる。それだけの違いだ。だが、どちらともに、精霊様が求めておられるものに、少しだけ足りないと」
 二人の少女は当惑気味に顔を見合わせていた。
「そうだわ……」
 その時、壁際の椅子に座って見ていたリセラが小さく言った。
「何?」レイニがささやき返す。
「し、静かにしていないとだめよ」ロージアが低く制した。
 若き神官長が目を向けた。三人の女性たちは慌てて、「も、申し訳ありません」と謝る。
「何を言いかけたのだ?」
「あ、いえ、あの」リセラは頬をピンクにしながら答えた。
「ふと思ったのです。二人の声は違うから、一緒に歌えば素敵な調和が生まれるかもしれないって」
「ああ、それはあるかもね」とロージアも呟き、そして慌てて「も、申し訳ありません」と、頬を染めながら付け加えている。
「彼女たちも歌を歌っているのです。これとは全く違う俗謡ですが。三人で歌うこともあるので、そういう発想に至ったのでしょう。神聖なこの場にそぐわない発言をしたのだとしたら、お許しください」
 ディーがみなを代表するように、頭を下げた。
「いや、よい」
 そう声を発したのは、神官長ではなく、水の巫女だった。
「やってみよ」
 そう言って、再び少女たちに目を向ける。
 二人の少女、アマリラとセアラーナは戸惑ったような表情を浮かべた後、立ち上がった。顔を見合わせ、頷いたあと再び正面を向き、歌い始める。
 二人それぞれの声も素晴らしかったが、合わさるとそれは荘厳な美しさと清らかさ、そして優しさを一緒にしたような、すべてを震わせるような響きが生まれた。ディーやリセラ、ロージア、レイニ、そしてサンディやミレアも、さっきよりも激しい、畏怖にも似た震えが全身を走るのを感じた。テェリス‐ロイ神官長さえ、驚いたような表情を浮かべている。
 巫女の表情も変化した。決して閉じないと言われた眼を閉じ、頭を微かに傾けて、聞き入っているかのように。
 歌が終わると、水の巫女は再び目を開いた。そして告げた。
「素晴らしい。これぞ、求めていたものだ」
 一呼吸おいて、テェリス‐ロイ神官長が頷き、告げた。
「アマリラ・ファル・ライレイン、セアラーナ・カロラ・ヴェステ――二人ともに、神殿歌姫を務めてもらおう。おまえたちは、二人で一人だ。それゆえ、報酬の方も完全ではなく、そうだな――半分にするのは忍びないので、一人につき満額の六割と五分、それが報酬となる」
〈はい! 光栄です〉
 二人はラリア(異言持ち)なので、その言葉はミヴェルト使いにしかわからないが、それにその技を持つレイニも、今は二人に触れていないので、わからないはずだが、その意味が頭の中に響くように、見ている六人にも伝わったようだ。精霊や、その意思を通じる神官長にも、もちろん伝わっているのだろう。二人の少女の喜びも。アマリラもセアラーナも表情を輝かせ、お互いに抱き合い、手を打ち合っていた。
 巫女は頷き、手にした錫杖を振った。この錫杖の先には、大きな水球に見えるものがついている。微かに音が鳴り、それを合図に一行は巫女の間を退去した。

「それでは二人を、歌姫の間へ案内しよう。おまえたちはこれからそこで暮らすことになる。おまえたちが声をなくすまで、そうだな、三年ほどになるだろう。そののちは、神殿から余生を過ごす住居が供給され、手当ても与えられる。おまえたちの家族のもとへも、報酬を届けよう」
 巫女の間を出ると、テェリス‐ロイ神官長は少女たちに向き直った。
〈神官長様、わたしの家族は今、セレイアフォロスにいます。知らせを飛ばしてもよろしいでしょうか〉
 セアラーナがそう訴え出ていた。この言葉も不思議なことに、意味だけはみなにわかった。
「そうだったな。元の住居に呼び寄せるがよい」
〈はい、ありがとうございます。それと、報酬なのですが――わたしは彼らに助けてもらった時、神殿歌姫になれたならば、お礼をすると約束したのです。ですから最初の報酬、わたしたちの場合は普通の六割五分だそうですから、その三分の一を彼らに渡していただけないでしょうか〉
「ふむ。わかった。一万二千ロナほどになるな」
「一万二千ロナ――?」
 レイニとロージアが同時に小さな声を上げた。ロナはここアンリールの通貨であるが、通貨単位が違うだけで、どの国も価値は変わらない。それはフェイカンでもらった報酬の三倍近い額だった。
「六割五分の三分の一で一万二千ロナって――神殿歌姫の報酬は、本当にすごいのね」
 ロージアが感嘆したように呟く。
「年間でのものだ。努めてもらっている間は、この報酬だ。退いた後は十分の一になる」
「それでも、相当なものね」
「じゃあ、アマリラの伯父さんが狂気にかられたのも、なんとなくわかる気がするわ。共感は決してしないけれど」
 神官長の説明に、ロージアとリセラがそう言いあっている。
「いや、そんなにはいらない。その半分で十分だ」
 ディーは微かに苦笑を浮かべて首を振る。
〈いえ、あなた方がいなければ、わたしは神殿歌姫には決してなれなかったでしょうから、受け取ってください〉
 セアラーナが訴える。その意味も、即座に頭に入ってきた。
「レイニがミヴェルトを使っていないのに、なぜあたしたちに、この子の言うことがわかるのかしら。それにディーの言うことや、あたしたちの言うことも――レイニとブルー以外はこの子に伝わらなかったのに、なぜこの子に今はわかるのかしら」
 リセラの不思議そうな呟きはまた、全員の思いだったようだ。
「この神殿の、精霊様の結界の力だ。ミヴェルトなしでも、ラリアの言葉が伝わる。そして、おまえたちの言うことがラリアに伝わるのは、その衣のおかげだ。いや、それに浸み込ませた聖なる水の力だ」
「ああ――なるほど」
 神官長の説明に、レイニ以外の五人は、身を包んだ青い衣装を眺めた。
〈それでは、わたしの報酬の三分の一も、彼らに上げてください〉
 アマリラがそう申し出た。
〈わたしも彼らがいなければ、神殿歌姫にはなれなかったでしょうから〉
「あら、あなたはあの伯父さんが競争者を排除しようと必死になっていたから、なれたんじゃないの?」
 ロージアが不思議そうに少女を見た。
〈いえ、伯父の所業は、いずれ精霊様のお知りになるところだったと思います。遅かれ早かれ、あの時は訪れたのだろうと。それだから、わたしにはきっと資格がないとされるだろうと〉
「下手をすれば、神殿歌姫の選出は白紙に戻ったかもしれなかっただろう」
 神官長が、重々しい表情で頷いていた。
「あのような不届きものが介入するとは、嘆かわしいことだ。それゆえ、君たちには感謝している。おかげで歌姫選出が無事にでき、あの男もあの程度の罰ですんだ。だからこそ、特例で付き添いを認めたのだ」
 テェリス‐ロイは微かに笑い、六人に目をやった。
「もらっておくといい。君たちがここを去る時に、二万四千ロナと与えよう。君たちにとっては、資金はいくらあってもいいものだろう」
「ありがとうございます」
 ディーは頭を下げ、他の五人もそれに倣った。
 神殿の神官たちが十人ほど集まってきた。そのうちの七人が歌姫となった二人の少女につき、新たな住居へと案内する。そして残りの三人は、こちらに付き添ってきた。
「のちに巫女様よりお話があるゆえ、控えの間で待っていてくれ」
 テェリス‐ロイ神官長がそう告げ、付き添いの神官たちが再び控えの前と、一行を先導していった。

「この聖水球を、大水守のウンベユーグに渡してほしい」
 それが、水の巫女からの依頼だった。
「セレイアフォロスとの国境近くにある山、我が国では唯一のポロメル山の頂上に、我が水の源があり、そこを守る大水守がいる」
 巫女の間から退去した後、再び控えの間で、神官長が説明を始めた。
「先日、その大水守が言ってきたのだ。水の源に微かな淀みがある、と。この聖水球を水源に投げ込めば、淀み程度なら解消できる」
「そのくらいの大きさのものならば、連絡鳥に託すことはできないのですか?」
 ディーが問いかけた。神官長が持っている水球は、手のひらに乗るほどの大きさだ。
「我が国の連絡鳥は、あの山の頂の高さまで飛ぶことができないのだ」
 神官長は微かに眉根を寄せた。「それに、精霊様同士のやり取りと違い、直接届けることもできない。だが君たちはフェイカンで、ミガディバ山の頂上に登ることができたと聞く」
「ああ――炎の花を取りに行った時ね」
 リセラとロージアが同時に頷いた。
「あの鳥も、では火守なのですか?」
 問いかけるディーに、神官長は答えた。
「そうだ。火守の一体だ。フェイカンには三つの、火の源がある。我が国には二つ。そのうちの一つが、ポロメル山の頂上にある。そこには結界があり、水の民以外が通るには、その衣が必要だ。だからその服は、返さなくともいい」
「今マーロヴィスに待機している仲間たちの力も必要と思われますが、彼らの分の衣はいただけるのでしょうか」
「用意しよう。四着で良いのだな」
「はい」
「ただし、疵人は結界を通ることはできても、山には入れない。衣を使ってもだ。それは承知しておいてくれ」
「はい。ただ、山を登るのは、翼の民の力が必要になると思います。この服に翼の穴をあけることはできますか?」
「加工か――」神官長はしばらく黙った後、再び口を開いた。
「加工に使う道具を清めの水に浸せば、可能だ。少し持ってこさせよう。ただし、その聖水も聖水球も、持つのは彼女だけだ」彼はレイニに目をやった。
「水の民以外が持つと、効力を失う。水の衣を着ていてもだ。水の民でも、疵人は論外だ。清めた後の道具なら、その者が水の衣を着ていれば、効力を失わずに使うことは可能だ」
「わかりました」ディーは頷き、ついで神官長を見た。
「報酬は、いただけるのでしょうか?」
「何が望みだ?」
「ブルーを疵人から、普通の水の民にしていただけたら、と」
 少し沈黙した後、ディーは答えた。リセラ、レイニ、ロージアも一瞬驚いたような表情を見せた後、真剣に頷く。
「疵人を赦せ、か」
 神官長は少し意外そうな顔をした。が、すぐに「巫女様がお呼びだ」と、席を外す。
 しばらくのち戻ってきたテェリス‐ロイ神官長は、重々しい顔で頷いた。
「よかろう。その男が真に罪を悔いていたならば赦す、と巫女様は言われた。それが報酬でよいのだな?」
「はい、ありがとうございます」

 翌日、一行六人はローリアルネをあとにした。行きに少女たちが座っていた席には青い衣が積まれ、指示席に座るレイニの首からは、聖水を入れた瓶と水球が入った、青い袋が下げられている。それは彼女以外が触れることを許されないが、いつも両手がふさがっていたら不自由だ、それゆえの処置だ。
「報酬としては、妙なものだったかもしれないな」
 ディーは帰る道で、微かに苦笑し、首を振った。
「でもあたしも、同じ気持ちだったわ」リセラが小さく笑い、
「お金は、彼女たちからもらったしね」と、ロージアも微笑する。
「でも、これからまた一仕事だ。大変だぞ」
「ブルーのためか、なんてフレイは文句を言いそうだけれど」
 そんなディーとリセラを振り返り、レイニが微笑んで言った。
「でもフレイも口では、そんなことを言うかもしれないけれど、きっと協力してくれるでしょうね」
「まあ、あの二人はいつもあんな感じだしね」と、ロージアも苦笑する。
 サンディとミレアも顔を見合わせ、微笑を交わした。空は柔らかい青い色で、水面も青い。その水の道を、残りの仲間たちが待つマーロヴィスへと、六人は戻っていった。




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