The Dance of Light and Darkness : 光と闇の舞踏

第五部 水の国アンリール(3)




〈本当にごめんなさい、セアラーナ。でも、わたしに説明させて〉
 後から助けられた少女、アマリラが口を開いた。そこから洩れる言葉は、他のみなにはわからないが、ラリア同士には通じるらしい。レイニがその言葉を通訳したので、一行全員にも理解できたが。
「なんだか事情があるようだな」ディーは苦笑いに近い表情を浮かべ、
「でもその前に、あなたも身体を乾かして服を着替えた方が良いわ」と、リセラが声をかける。アマリラは池にもぐって身を隠していたために、かなり濡れていたのだ。
「水の民は、濡れるのを気にはしないがな」ブルーが首を振り、「まあ、でも落ち着いた方が良いだろうな」と、言葉を継ぐ。
 その間にリセラとサンディは立ち上がって女性たちの部屋に行き、少女の体形に近い、サンディが着ていた服を持ってきた。アマリラは濡れた髪を布で拭き、部屋の隅で持ってきてもらった服に着替えた。
〈ありがとうございます〉
 アマリラは礼を述べた後、もう一人の少女を見つめ、一行に目を移した。
〈わたしはこの町に住んでいて、両親と姉がいます。姉がミヴェルト持ちです。わたしの枕元に歌姫候補の証が来た時には、それはそれはみな喜んでくれました。わたしも嬉しかった。両親は嬉しさのあまりか、親戚にもその話をしていました〉
 アマリラはその大きな青い目を少し戸惑ったように伏せ、そして上げた。
〈母の伯父は、一族の権力者でした。わたしの両親も、その決定には従わざるを得ない人でした。その人が、わたしが候補になったという話を聞いて、絶対にわたしを歌姫にするのだと、決心したみたいなのです。最初は伯父が応援してくれるのだと思い、わたしは嬉しかった。でも、巫女様の前でしか歌えない歌を、練習のために歌えと言ってきたり、それはできない決まりだと言うと、せめて発声だけでもしろと、毎日練習をしろと強いてきたりするようになりました。『他の候補に負けてはならないんだ。他の候補はおまえより優れているかもしれない』と何度も言い、他の候補は誰だ、と、わたしに教えるように迫りました。それを知ってどうするのか、と思ったのですが、わたしの一家は伯父には逆らえないので、言わなければなりませんでした〉
「じゃあ、その伯父が妨害者なんだな」
 レイニからその話の意味を告げられた一行は眉を寄せ、代表するようにディーが言った。彼の言葉は二人の少女には伝わらなかったが(ラリアはそのエレメントを持つ人の言葉しか解さないので)、レイニが「そう、その伯父さんが妨害者の中心のようね」と言い直すと、アマリラはこっくりと頷いた。セアラーナとアマリラ、二人の異言を仲介するために、レイニは両手でそれぞれの肩に触れている。ミヴェルトという、異言を理解する技は相手に触れていることが必要だからだ。
〈わたしは伯父が何をするつもりなのか、初めは知らなかった。でも三日前、夢を見たんです。一人の女の子が――エミティカというもう一人の候補の子だとわかりましたが、彼女の家族と、泣きながら町を去っていくんです。彼女の一家が伯父に脅され、神殿歌姫候補を辞退させられた後、彼女の家の近所の人や親戚から、神殿の意向に従わないなんて不敬だ、と責めたてられて町にいられなくなり、彼女の母親の伯母がいる街に去っていくところだったんです。彼女は、小さな弟を守りたかったから、伯父の脅迫に屈した。伯父はその子に危害を加えるとほのめかして――セアラーナのことも夢に見ました。彼女のためにその両親と彼女の弟は、セレイアフォロスに一時身を隠さなければならなかったことも。わたしは伯父がそんなことまでしていたのかと初めて知って、目が覚めて震えたのです〉
「あなたは『夢見』なのね」レイニは少女の言葉を伝えた後、そう付け加え、
「ああ、たしかにラリアの能力の一つだったな、それは」と、ブルーも頷いていた。
「夢見って?」リセラが代表して、問いかける。
「普通では見えないこと、知覚できないことを、夢を通して知る力よ。未来を知る夢見と、過去を知る夢見の二種類があるけれど、アマリラさんは後者ね」
「ラリアのうち、未来を知る夢見が、一番価値があって稀、と言われているがな」
「でも、過去の事象でも、夢見は比較的貴重よ」
「まあ、それはそうだ」
 水のエレメントの民であるブルーと、半分その血を引くレイニは、水と氷の国独特の、その現象に詳しいようだ。一行は頷き、続きを促すように少女を見た。
〈だけどわたしにとって、伯父は怖い存在でした。なかなか言葉で抗議できなかった。そんなことはやめてって言いたかったけれど。わたしは、そこまでして神殿歌姫になりたくない、と思いました。だったら、わたしが辞退すればいい。そうすれば伯父は、無理に他の候補たちを脅したりしない。エミティカはもうすでに証を返してしまったから間に合わないけれど、セアラーナはまだ辞退していないのだし、と。でも姉を通じて父と母に言ったら、二人とも真っ白になりました。辞退するのだけは絶対にやめてくれ。そんなことをしたら、自分たちはこの町にいられない、それに、伯父たちにひどい目にあってしまうと。それでわたしも、また考えてしまったのです。辞退ができそうにないなら、どうしたらいいだろうかと悩みました。どうしたら伯父たちに、セアラーナの妨害をさせずに済むだろうかと。でも、わたしにできることは何もないような気がして、気分がふさぎました。伯父たちがさせる練習にもなかなか身が入らず、怒られっぱなしで……それでお昼過ぎになって、耐えられなくなってわたし、思わず逃げ出してしまったんです〉
「それで、俺たちに行き当たったわけか」そこでフレイが声を上げた。
〈はい。伯父たちに見つからずに逃げられたと思ったのですが、伯父の言いつけで、ここでセアラーナを探している人に見られてしまったようです。その人が伯父に通信鳥を飛ばしながら、方向転換して追いかけてこようとしたので、わたしはとっさに水に潜り、その人も水に潜ったのを感じたところで歩道に出て、ひたすら走ったのです。そこでみなさんに会って……〉
 セアラーナの方は目を見開いて、耳を傾けているようだった。
〈あなたが真実を語っていることはわかったわ、アマリラ〉
 彼女は手を伸ばし、相手に触れた。相手は見つめ返した。
〈わたしを許してくれる、セアラーナ?〉
〈わたしはもともと、あなた本人には怒っていないわ、アマリラ。あなたがわたしたちのことを伯父さんに告げたことで、少し怒っていた部分もあったけれど、話を聞いて理解できたから、大丈夫よ〉
〈よかった〉もう一人の少女の顔に、笑みが広がっていった。
「すべては、あんたの伯父さんが悪いということだな」
 ブルーは頭を振り、新しく来た少女の方に向き直った。
「神聖なる巫女様の歌姫を決めるのに、私利私欲で首を突っ込むとは、罪深い野郎だ」
「アンリールにも悪い奴がいるんだな。タンディファーガよりはましだが」
 フレイも苦い顔をして、首を振っている。フェイカンのそのならず者一家は、火の神殿によって滅ぼされたのだが。
「セアラーナは巫女様にお目通りする時まで、俺たちが守っているから大丈夫だ。あと二日で、俺たちは彼女を連れてローリアルネに行く」
 ディーの言葉をレイニが伝えると、アマリラはほっとしたような表情を見せた。
「それで、あんたはどうする?」続けて、ディーは問いかける。
〈えっ?〉
「伯父の元へ戻るか?」
 その言葉をレイニが告げると、少女の眼に恐怖が浮かんだ。
「帰ればそれはそれで、大変だろうな。あんたは大事な神殿歌姫候補だから、お目通りに障るほど、ひどい目には合わないだろうが……」
「あなたもここにいたら? お目通りの日まで。みんなで一緒にローリアルネに行けばいいわ」
 ディーの言葉を受けて、リセラが声を上げた。
 その言葉をレイニ経由で知ると、アマリラはぱっと表情を輝かせたが、すぐに曇った。
〈ああ。そうしたいのですが、父母と姉が心配です〉
「あなたが行方不明になって、心配しているでしょうしね」
「伯父さんも怒っているだろうしね」
「ああ、八つ当たりというか、あんたの親御さんを責め立てるかもなあ」
 ロージアとアンバーの言葉を受けて、フレイも額にしわを寄せている。
 一行はしばらく、沈黙した。
〈やっぱりわたし、帰ります。みなさんにはご迷惑をかけて、すみませんでした〉
 白くなった顔のまま、アマリラが立ち上がった。セアラーナが彼女の競争相手を、心配げな表情で眺める。他のみなも、同じようだった。
「それでは、ご両親に連絡したらどうだ? 連絡鳥を飛ばして。少し伯父さんから離れたかったので、ここにいる。神殿へはここから、セアラーナと二人一緒に行く予定だと」
 ディーの言葉の意味が分かると、少女の頬に血の色――ここでは青だが――が上った。
〈そんな……そんなことをしたら〉
「恐れることはないはずだ。あんたの伯父さんがここへ来たとしても、悪いことは起こらないだろう」
〈ええ、きっと大丈夫〉
 ディーの言葉をレイニが伝えると、セアラーナも頷き、両手を前に合わせた。
〈大丈夫です。わたしには、わかる。きっといい結果になる〉
〈あなたの力がそう告げるの、セアラーナ?〉
〈ええ。きっと大丈夫。それにこの人もきっと、わたしと同じ力を持っている。いいえ、もっと大きな〉
 最初に行動を共にしていたラリアの少女は、ディーを見やった。
「ディーの場合は、エフィオンなんだがな。まあ、似たようなものか」
 レイニに言葉を通訳してもらった後、フレイがにやっと笑い、
「エフィオンは水の民にはいないから、彼女たちにはわからないだろうな。そのかわりがラリアなんだが」と、ブルーが表情を変えずに付け加える。

 宿の主人に通信鳥を頼み、アマリラが両親に向けてそれを飛ばしたその夜、七、八人ほどの男たちが宿にやってきた。宿の主人が止めるのを振り切り、まっすぐに部屋に来て、扉を激しく叩く。
「開けろ! アマリラ! そこにいるのはわかっているんだぞ! 早くうちへ帰れ!」
 本来は男女部屋が別だが、追手の到来を予期していたので、みな一つの部屋に待機していた。ディーが立ち上がり、扉を開けた。
「騒々しいな。なんだ? まわりには、もう寝ている奴もいるんだぞ」
 扉の外には、背が高く、同じように横幅も広い、中年を過ぎた年配の男が立っていた。飾りのついた白と青のストライプのシャツに、青いズボンをはき、短く刈り込んだ髪も青い。男は激昂しているようだった。その眼は吊り上がり、厚い唇の端から泡を吹いている。
 男はディーの風貌に驚いたようだったが、すぐに激しく言った。
「私の姪がここにいるはずだ。隠し立てはするな。すぐに返してもらおう!」
「おまえはあの時の、ディルトの一人だな!」
 その後ろにいた、見覚えのある男が声を上げた。
「おまえは嘘を教えたな!? なぜアマリラお嬢さんを連れ去った?!」
「彼女が逃がしてくれと頼んだからだ」
「嘘をつけ! 彼女はラリアだ。言葉がわかるわけがない!」
「言葉はなくとも、様子でわかる。それで事情がわからないながら、ここに連れてきた。ここへ来て、アマリラが説明してくれた」
「だから嘘をつくな。彼女はラリアだ」
「うちにもミヴェルト持ちがいるんだ。まあ、いい。入ってくれ。ただし、彼女を返すつもりはない」
「なんだと?」
 男たちは激しく声を上げた。中心である年輩の男が、唸るように付け加える
「ふざけるな。姪を連れ去ったかどで、治安兵に逮捕されたいのか?」
「彼女の意思だ。それは証明できる。それに、あんたたちが神聖な神殿歌姫を選ぶのに首を突っ込んで、対抗相手を脅したと知られてもいいのか?」
 ディーは扉を開けたまま、部屋の中に引き返し、少女たちの間に立った。他の仲間たちもセアラーナとアマリラ、二人の少女をかばうように取り囲む。
「なっ」
 部屋になだれ込んできた男たちは、言葉を失ったようだ。やがて再び、中心の男がうなるように声を上げた。
「セアラーナ・ヴェステ――おまえもここにいたのか?」
「彼女を先に保護していたんだ。時期が来たら、ローリアルネの神殿に連れていくつもりだった。そして今日、あんたの姪を保護した。彼女は二人で一緒に行きたいと言っている」
「ふざけるな!!」
 男の顔は、真っ青に染まった。つかつかと大股に踏み込むと、姪の手を乱暴につかんだ。
「帰るぞ、アマリラ! おまえは気が違ったんだ! 帰らないと、おまえの両親と姉がひどい目にあうぞ! それにセアラーナ! おまえには辞退しろと言ったはずだ! まだ出る気なら、セレイアフォロスにいるおまえの家族に、刺客を送ってやるぞ! 逃げられると思うなよ!」
 二人の少女は色を失い、震えはじめた。
「脅迫するなんて、最低な奴だな。神聖な神殿歌姫を選ぶというのに」
 ブルーが吐き出すように言う。男はそちらへ軽蔑に満ちた目を向けた。
「ほう。疵人ごときが神聖だなんだというのは、ちゃんちゃらおかしい」
「でもブルーが正しいわ。あなたは間違っている! それは誰が見てもそうよ」
 ロージアがかすかに頬を銀色がった緑に染めながら、鋭く言った。
「そう。ロージアの言うとおりだわ。脅迫するなんて最低!」
 リセラも頬の色を濃くしながら、言いつのる。
「何とでも言え! おまえらには関係のないことだ! アマリラ! 帰るぞ!」
 男は少女の腕をグイっと引っ張った。
 その時、少女の服の内側から、淡く青い光が湧き出てきた。同時にセアラーナの胸元からも、同じような光があふれてくる。その光が二人の少女たちを包むと、その腕をつかんでいた男が、はじかれたように後方に飛ばされた。同時に、二人の少女の表情が変化した。目を見開き、放心したような顔のまま、その唇から同時に言葉が漏れた。それは異言ではなく、はっきりとした言葉だった。
「不敬もの! 去れ! これ以上、関わるでない!」
 その口調には、聞き覚えがあった。まだ水の巫女には会ったことがないが、他の神殿の巫女と同じように、平板な口調。ただ、巫女とは違って、こだまするような響きはない。
 アマリラの服の光源から、一筋の青い光が走った。それは伯父の腕に当たり、そこに赤い刻印を残した。ブルーの腕に刻まれているのと同じ、『疵人』の刻印だ。
「ひ……精霊様が、お怒りになっておられる……」
 追手の男たちが、詰まったような声を上げた。そして我先にと踵を返し、走って部屋を出て行く。最後に残ったアマリラの伯父は、茫然とした表情で腕の筋を見つめた。
「は、あんたも俺と同じになったな。どうするよ。もうここでは、ろくな扱いは期待できないぞ」ブルーが乾いた声を出した。
 男は真っ白な顔になり、わなわなと震え出した。
「あんたが威張ったって、もうあんたに従うものは誰もいない。今頃あんたの財産も神殿に没収されているだろうよ。幸い俺は、まだ半人前だったから、没収されるものもほとんどなかったがな。技もほとんど使えなくなる。俺に残ったのは、水防御と水耐性だけだったからな」
「神殿に逆らった時点で、こうなることは予期しておくべきだったな」
 ブルーに続いて、ディーも平板な声でそう告げた。
「わ、私は神殿に逆らった覚えは……」
「大ありじゃないよ。本来は公正に選ばれるべきものを、捻じ曲げようとしたんだから」
 リセラが髪を振って、相手に目を向けた。
 アマリラとセアラーナ、二人の少女は普通の様子に戻り、驚いたように男に目を向けている。ディーはその二人の間に立ち、言葉を放った。
「さあ、精霊様は去れと仰った。立ち去ってもらおうか。二人は我々が、神殿に連れていく。もうあんたが首を突っ込むことは許されないんだ。アマリラの家族をひどい目に合わせることも、セアラーナの家族のもとに刺客を送ることも、もうできない。あんたは最下層になってしまったし、その権力もない。さらに、そんなことをしたら、ますます精霊様のご意志に背くことになるだろう。その勇気が、あんたにあるか?」
 男は真っ白な顔になり、激しく震えたまま、ふらふらと踵を返して、部屋の外へと出て行った。ディーと数人はその後ろ姿を見送り、扉を閉めた。

「大丈夫って言ったのは、こういうことだったのね」
 再び部屋の中で、リセラがそう声を上げた。
「具体的に、ここまでわかったわけじゃないがな、俺は」
 ディーが苦笑いを浮かべ、その言葉を伝えられたセアラーナも首を振った。
〈ええ。わたしもはっきりとはわかりませんでした。でもきっと、大丈夫だと〉
「ラリアって、精霊様の言葉も伝えられるの?」
「精霊様から頂いた証は、手をかざすとそのエレメントに人は、言葉が読み取れるでしょ。フェイカンでも、通行証に手をかざした人々がおののいたように。ラリアは、それを言葉にできるのよ」
 リセラの問いかけに、レイニが答える。
「そうなのか」フレイも頷くと、ふと思い出したように問いかけた。
「そう言えば、ブルー。おまえいつもその疵人の印を服で隠しているが、あの男はそれがわかるのか? アンリールの門番もそうだったし」
「アンリールの民には、服に隠れていても見えるんだよ」
 ブルーは苦いものを噛むような表情をし、付け加えた。
「だから、あいつもこれから大変だろうな」と。
 二人の少女の服の胸元が、再び青く光った。二人はそれを取り出し、そして告げた。
〈精霊様が仰っています。神殿へは、ディルトのみなさまも、いらして大丈夫だと。疵人の方はダメだそうですが〉
「そうなのか……俺たちも、行っていいわけか」
 ディーはため息を吐くように言い、
「神殿歌姫の歌って、聞きたかったからうれしいわ。あ、でも……」
 リセラは一瞬表情を輝かせたのち、当惑したような表情でブルーを見た。
「まあ、俺は神殿に入れないのは、わかっていたからな」
 ブルーは表情を変えず、ただ下を見て、ぼそっと言った。
「それじゃ、俺もおまえに付き合って残ってやるよ」
 フレイがその肩に手を回した。ブルーは驚いたように相手を見た。
「同情はいらねえよ、特におまえのはな」
「なんだと? おまえが一人宿屋にくすぶっていたいなら、それでもかまわないがな。同情じゃねえ。俺は何となく、水の神殿と言うのは居心地が悪いだろうと思うだけだ」
「ふん。火の民にはそうかもしれないな。水が至る所に流れているからな」
「じゃ。僕も残ろうか?」アンバーがそこで言いだした。
「おまえは関係なくないか? 火も水も。それに、神殿嫌いじゃないだろう?」
「でも二人で残すと、喧嘩を始めるかもしれないし、誰か止める役がいないとね」
 驚いたように言うフレイに、アンバーは目をくるくるっとさせて笑った。
「それに僕も、もう少しこれをやりたいから」
 そう言って、手元の装置を見下ろす。それは彼の父親が残したもので、すべての課題を解くとメッセージが現れるものだ。
「けっこう進んだんだな」
 フレイがその画面をのぞき込んでいた。残り四分の一くらいになっている。
「暇な時が多かったからね」
「それでは、私も残ろうか。いつも留守番をしていたし」
「おいらも残るよ。用心棒に」
 ブランとペブルもそう提案した。
「それなら、おまえたち五人はここに残るか? ブルーはローリアルネには、行きたくないのだろうし。俺たちは向こうで用が終わったら、ここに戻ってくるから」
 ディーの言葉に、ロージアが微笑んで立ち上がった。
「それでは明日から一部屋だけ、五日分延長してもらってくるわ。ペブル、一緒に来てね」

 翌朝、宿にアマリラの家族が訪ねてきた。両親は背が高い細身の中年男性と、小柄な中年女性で、母親の方は腕に青い布の包みを抱えている。姉の方はすらりとした身体を青いブラウスとスカートに包み、長い青い髪を後ろで一つにまとめている。
「本当に、ありがとうございました」
 三人は深々と頭を下げた。そして母親の方が、娘に包みを渡す。
「がんばってね、アマリラ。これは、巫女様の前で着るドレスよ」
〈ありがとう〉
 娘はそれを受け取り、一瞬嬉しそうな笑顔になった後、もう一人の少女に目を向けた。母親も同じようにし、そして再び三人は頭を下げた。
「あなたがセアラーナさんですね。本当に、兄がいろいろとご迷惑、ご心痛をかけてしまって、申し訳ありません。あなたのご家族は、セレイアフォロスへ逃れられたと聞きましたが、あなたはドレスをお持ちですか?」
〈用意はしてくれました。大丈夫です。ここに逃げてくる途中で隠したのですが、みなさんが取ってきてくれました。心配しないでください〉
 ミヴェルト持ちであるアマリラの姉が軽く手を触れてその言葉を聞き取ったので、伝えると、両親は安堵の表情を浮かべていた。
「それでは、あなたも頑張ってくださいね、セアラーナさん。どんな結果になっても、私たちは満足です。兄もおとなしくなりましたし」
 アマリラの母親は、最後に苦笑に近い表情を浮かべていた。
「あの伯父さんはどうなったんですか?」リセラが問いかける。
「人が変わったようにふさぎ込んでいます。家も財産も神殿に没収されたので、今は私たちの家の離れに泊まっていますが、あの威圧的だった兄が信じられないほど、へりくだってしまって――やったことは本当に悪かったですが、私にとっては兄には違いありませんし、ああなってみると、少しかわいそうにもなりました」
 母親は当惑したような笑みを浮かべていた。
「だからあの人も、仮におまえが選ばれなくとも、もう昔のようにひどいことはできないから、安心して、アマリラ」
 彼女の姉が妹の気を引き立てるように笑いかけ、アマリラの方も笑みを浮かべていた。




BACK    NEXT    Index    Novel Top