The Dance of Light and Darkness : 光と闇の舞踏

第五部 水の国アンリール(2)




 やがて車は、マーロヴィスの町の門をくぐった。今までの町でも、門に人がいることはなく、自由に出入りできたが、ここも同じようだ。街の門が見えてきたころから、セアラーナは座席の間に身を伏せ、リセラたちはその上から大きな敷物をかけた。
 町に入ってしばらくのち、反対側から来た車(この国ではほとんど船に近いが)に乗った男たちから、『一人でいる、ラリアの少女を見なかったか?』と聞かれた。
「いや」ブルーは首を振って答えた。
 男たちも車をちらっと一瞥しただけで、納得したようだ。
「まあ、ディルトの旅人連中が、知るわけはないか」
「あの人たちが、この子を追っていた連中なのかしら」
 男たちの船が遠ざかってから、リセラが小さく言い、
「まあ、そうなのだろうな。だからこの子も、この町に来るのは嫌がったわけだ」
 ディーが苦笑して、同意していた。座席の間に身を潜めていたセアラーナも、男たちの声を聞いていたのだろう。ちらっと敷物をめくって顔をのぞかせた。その表情は不安に満ちていた。レイニがその手を取り、「大丈夫よ。もう行ってしまったわ」と笑いかけると、ほっとしたような笑顔になる。
「でもそうなると、あなたは宿に着くまで、ずっとそうしていた方が良いわね。他にも追手がいるかもしれないわ」
 ロージアが眉根を寄せながら言い、レイニも頷いてその言葉を伝える。ラリア(異言持ち)の少女セアラーナには、水か氷のエレメントを持つ者の言葉しか通じないためだ。少女も言葉を伝えられると頷き、再びうずくまって敷物を被った。リセラが手を伸ばし、宥めるようにその背中を、敷物ごしに撫でていた。
 
 宿屋を見つけて入る時も、一行はその前に相談しあった。宿屋の主人やそこで働く人、通りがかった人々にもし少女の姿をはっきり見られると、あの男たちが探しに来た時に、教えられてしまうかもしれない。それゆえ、まずラリアであることがわからないように、セアラーナは部屋にいる時以外は、決してしゃべらないことを言い含められた。さらに一行と同じような仲間であるように見せるためには、どうすればいいかと。
「あなたもあたしたちと同じディルトだと思われればいいのだから、その服を脱いで、例えばこれに着替えるとかね」
 リセラが荷物の中から、ロッカデールで買っていたグレーのワンピースを取り出した。
「でも、髪の色が普通ね。ディルトっぽくないわ」ロージアが首を振ると、
「それなら、これを被ったらどうでしょう」と、サンディが同じく荷物の中から、オレンジの布を取り出した。フェイカンで買った、大きな四角い布で、肩にかけたり、頭にかぶったり、また荷物を包んだりもできるものだ。
「いい考え。でも、この子だけだと、目立つかもね」
「それなら、わたしたちもみな被ればいいかもしれないわ」
 こうして一行の女性たち六人は、それぞれに荷物の中から色とりどりの布を取り出して頭からかぶり、宿屋に入った。主人は少し驚いたような目を向けたが、宿泊代金を受け取りながら、こんなことを言った。「少しでもディルトが目立たないようにしているのか。いい考えかもしれないが、すぐにわかるだろうね。せめて、全部青にした方が良いぞ」と。
「明日買って来るさ。でも、ミディアルじゃ流行していたんだぜ」と、フレイがおどけたように目をぐるぐるさせながら、付け加えていた。
「あんたたちはミディアルから来たのか? どうりで。マディットに滅ぼされる前に出てきたのか?」
「そうだ」ディーが頷いてみせると、
「それは運が良かったな」と、宿屋の主人は微かに笑っていた。

「嘘ばかりだな。まあ、ここじゃ仕方ないが」
 部屋に入ると、ブルーがあきれたように首を振っていた。やはり十二人が泊まれる部屋はなかったので、六人部屋二つに分かれているが、今はみな同じ部屋に集まっている。そこでポプルと水を取ったあと、一行のリーダーは切り出した。
「それで、どうすれば我々は君を助けられるのかな」と。
 ラリアの少女、セアラーナはそこで口を開いた。その言葉は他の人にはわからないが、ミヴェルトという意思疎通技を持ったレイニには通じる。それゆえ、彼女がそれを伝えた。
〈七日後に、神殿で巫女様にお目通りすることになっているんです。神殿歌姫の候補として。これがその印です〉
 セアラーナは服の内袋を探ろうとして、着替えたことに気づいたのだろう。最初に着ていた青いワンピースの中から、青く光る金属片を取り出した。金色に縁どられたその中には、白く水の紋章が描かれている。
「それは、神殿歌姫候補として選ばれた者の証なんだな」
 ディーの言葉をレイニが繰り返すと、青い髪の少女はこっくりと頷いた。
〈巫女様にお目通りできる日の、二シャーラン前に、枕元に現れるのです〉
「相手の勢力は、対立候補に辞退させたと聞いたけれど、それはどうやって?」
 ロージアの問いかけを再びレイニが繰り返す。
〈その証に触ると、他の候補のことも読み取れます。できるのは、わたしたちラリアのものだけだと思いますが〉
「とすると、その相手――君の邪魔をしている連中が推そうとしている子が、知らせたわけだな」
 ディーの言葉が仲介を通して伝わると、再びラリアの少女は頷いた。〈たぶん〉と。
「辞退するというのは、どうやるんだ?」
〈巫女様にお目通りをする三日前までに、この『証』を神殿にお返しするのです〉
「当人が行かなくても、それは大丈夫なのか?」
〈いえ、選ばれた人自身が行かなければなりません〉
「だから、対立候補の連中は、この子を追っているわけね」ロージアが眉をひそめ、
「彼女自身に、証を替えさせなければならないとなるとね」と、ブランも頷く。
「それで、君としては、我々にどうしてほしいんだ?」
 ディーは少女を見据え、問いかけた。その言葉をレイニが伝えると、ラリアの少女は一瞬ぶるっと震え、訴えるように周りを見た。
〈わたしを、その日に神殿に送り届けていただきたいのです。図々しいお願いですが……〉
 セアラーナはそこで言葉を切り、うつむいた。その肩は震え、頬に涙がこぼれていく。
〈本当にごめんなさい。みなさんの旅のご迷惑とは思うのですが……わたしには、頼れる人は他にいないのです。もし無事に選ばれたら、お礼もしますので……お願いします〉
「巫女様にお目通りする日は、たしか七日後だと言っていたな?」
〈ええ〉
「七日間も、足止めを食うのか」
 レイニを通じて意味が伝わると、フレイが即座にそう声を上げた。
「しかも神殿へ行くには、ローリアルネに行かないといけないんだな」
 ブルーも渋い顔になっている。「それに、水の神殿には、よそ者は入れないんだぞ。氷だけは例外だが。俺は『疵人』だから神殿には入れないし、レイニしか付き添えない」
「中に入ってからだけなら、私だけでも大丈夫だとは思うけれど」
 レイニは少し首を傾げながら、セアラーナを見た。
「あたしたちみんなで神殿の入り口まで車で行って、そこからレイニとこの子だけで中へ入ればいいわ」リセラが頷いて言う。
「もうすっかりやる気だね、リセラ」ブランが苦笑を浮かべながら首を振り、
「ここで七日も足止めはきついぞ。とはいえ、いろいろなことに巻き込まれるのは、いつも通りだからなあ。ミディアルを出てから、ずっとそうだ」
 フレイの言葉に、アンバーが付け加える。
「ミディアルでも、そうだったよね」と。
「まあ、俺たちが今の十一に人になったのも、ミディアルでいろいろあったからだしな」と、フレイも首を回し、苦笑いを浮かべた。
「それで、おまえはどうする、ブルー。やっぱりローリアルネに行くのは嫌か?」
 ディーに問いかけられると、ブルーは即答した。「いやだ」と。その後、訴えるように見ている少女と眼が合うと、視線を落とし、首を振った。
「そんな目で見るな……」
 さらに黙って下を見たあと、顔を上げて首を振った。その顔の色は濃く染まっていた。
「ああ、いいさ、わかった! 俺が我慢すりゃいいんだろ。行ってやるよ!」
「まあ、おまえの我慢なんて、自業自得だしな」
 フレイの言葉に、ブルーはますます色を増して「なんだとぉ!」と声を上げる。
「やめなさいよ、フレイ。言いすぎよ」ロージアがそうたしなめる。
「わかってるさ。まあ、言いすぎたら謝る」
「謝って済む問題か! ……まあ、おまえの言うことも間違ってはいないが」
「そういうところは進歩したな、ブルー。おまえの勇気、俺は買うぞ」
 ディーがかすかに笑って声をかけ、言われた方は少し極まりの悪そうな顔をした。
〈本当にすみません!〉
 ブルーとレイニの言葉しかわからないラリアの少女も、おおよその話の流れはつかめたらしい。瞳を潤ませ、深く頭を下げた。
〈ごめんなさい。でもきっと、このお礼はしますから!〉
「あんたが神殿歌姫になれりゃ、俺らも報酬にありつけるわけだしな」
 ブルーはちらっと少女に目をやった。ややぶっきらぼうな口調だ。
「がんばってね」と、リセラがその背中を軽く叩く。
「それでは、五日の間、ここで待機か。その後一日かけてローリアルネまで行って、翌日お目通りだ」
「それなら、今から五日間分の宿賃払ってこないとね」
 ディーの言葉を受けて、ロージアが立ち上がった。用心棒代わりのペブルを引き連れて、二人は部屋を出て行き、しばらくのち、戻ってきた。
「これから五日間、ここで過ごすのね。長くなるわね」

 一日何もしないで待っているだけというのは、これまでにも何度かあった。朝と夕方のそれぞれ二カーロン程度は、食事や水を飲むために一つの部屋に集まるが、それ以外は男女別だ。
 三日目の夕方、六人の女たちは部屋で話していた。セアラーナとの話には、レイニが橋渡しをしなければならなかったが。いろいろな話の中で、リセラがふと口にした。
「神殿歌姫の歌って、どんなものか聞いてみたいわ」
〈ごめんなさい。それは巫女様の前でしかできないのです〉
 ラリアの少女は少しすまなそうな表情で、首を振った。
「そうなのね。じゃあ、あたしたちは神殿に入れないから聞けないのね。残念」
 リセラはそのピンク色の髪を揺らして、首をすくめた。
「みなさんもミディアルでは、歌を歌ってましたよね」
 サンディが思い出したように声を出し、
「ああ、わたし好きだったわ」と、ミレア王女がぱっと表情を輝かせる。
〈みなさんも歌い手だったのですか?〉
「まあ、あたしたちの場合は、神聖には程遠いけれど。みなを楽しませるためのものよ」
〈聞いている人を?〉
「そうね。神殿歌姫が巫女様のためにあるものなら、私たちは普通の、聞いてくれる人たちを楽しませるためのものなのよ」レイニがそう付け加える。
〈どんなものなのですか?〉
「じゃ、やってみましょうか、ここで」
 リセラは両手を合わせ、少しいたずらっぽい表情で立ち上がった。
「何日もただじっとしているのもつまらないし、考えたらあたしたち、ミディアルを出てから興行的なものは、なにもしていなかったのですもの」
「聞いてくれる人もいないしね」
 ロージアは苦笑と微笑を混ぜたような笑みを浮かべた。
〈聞かせてください〉
「わたしも聞きたい」と、ミレアも声を上げる。
「それじゃ、ミレア、何が聞きたい?」
「うーんと」
 ミディアルの元王女はしばらく考えているような沈黙の後、答えた。
「『さすらいの歌』」
「いいわよ」
 リセラ、ロージア、レイニの三人は歌いだした。彼女たちの声はきれいに調和して、優しく、美しく響く。ミディアルでは、大勢の観客たちを魅了してきたものだ。サンディも入場係をしながら聞こえてきたそれに、耳を澄ませていたそのころを思い出した。
 
 私は故郷を持たない
 空と大地が私の家
 情けから情けへ 愛から愛へ
 渡り歩いて幾年月

 私は炎
 私は水
 私は氷
 私は大地
 私は岩
 私は風
 私は光
 私は闇
 私はすべて

 この世界はどこにも属さない
 時の扉をほどけ
 さすればすべてが交じり合い
 存在へと還るだろう

 歌い終わると、聞いていた三人の少女たちは手を叩いた。
「これは、どなたが作ったものなんですか?」
 ふと湧き上がってきた疑問を、サンディは口にした。
「これはね、あたしのお父さんが歌っていたもの、元はね」
 リセラは微かに笑い、髪を振りやった。
「わたしたちは、リルに教わって覚えたのよ」
 ロージアもかすかに頭を振りながら、再び座った。
「私たちの歌は、どれもそうね。リルのお父さんはミディアルに来て、パディを鳴らしながら、町で歌っていたらしいわ」
 レイニの言葉に、サンディは問いかけた。「パディって?」
「私たちが歌っている時に、ディーが弾いていた楽器よ」
「ああ、あれなんですね」
 サンディは思い浮かべた。丸い中空の胴体に棒が突き出ていて、そこから七本の糸を張り渡し、片方の指で押さえて、もう片方の手ではじく。と同時に、サンディの脳裏を思いが掠めた。似た様なものは、見たかもしれない、と。
「あれも、あたしのお父さんの形見よ」リセラは視線を遠くに向けた。
「リセラのお父さんって、そういう素敵な歌を自分で作っていたの?」
 ミレアの問いかけに、問われた方は首を振っていた。
「違うと思う。あたしも前、同じことをきいたから。お父さんがユヴァリスにいた頃に聞いたもの、と言っていたわ」
「ユヴァリスにも、歌があるのかしら」
 レイニの言葉に、リセラは首を振っていた。
「うーん、よくわからない、ユヴァリスのことは。でもお父さん、ユヴァリスでは歌っていなかったらしいから、そういう仕事はなかったと思うわ」
「そう言えばわたしたち、誰もユヴァリス出身はいないのよね。血を引いている人はいるけれど」ロージアの言葉に、リセラは頷く。
「うん、そうね。あたしのお母さんはユヴァリスの人だけれど、会ったことはないし、あたしもたぶん、住んだことはないから。ああ、いえ、生まれたのはあそこだけれど、一節しかいなかったらしいから、記憶なんてないもの。ディーもアンバーも、お母さんお父さんが光のディルトっていうだけだから、住んでいたわけじゃないし。でも……」
「何、リル?」
「いえね、その話を前にしていた時……ああ、ディーと二人の時ね、たまたま。彼が言っていたのよ。『でも鍵は、ユヴァリスにあるのかもしれないな』と」
「なんの鍵?」
「知らないわ。彼も漠然としか知らないみたいだし。エフィオンなのかも」
 鍵はユヴァリスにある――その言葉を聞いた時、とくんと胸の鼓動が一瞬強くなったのを、サンディは感じた。光の国ユヴァリス・フェと闇の国マディット・ディルの巫女候補は外の世界から連れられてくることがある――ディーがかつてそう言っていたことを思い出した。サンディは巫女候補の『巻き添え』だろうと言われたことも。そうであるなら、本来の巫女候補はユヴァリスかマディット、どちらかへ連れて行かれたのだろうか。それは彼女とかかわりのある人なのだろうか。それともたまたま近くにいて、巻き込まれただけなのだろうか。だが思い出そうとしても、手繰れる記憶はない。いつか――そう、もう一節と少しで、この忘却の呪いが解けた時、思い出すのだろうか。
 小さな震えが突き上げてくるのを感じた。他のみなは、彼女の思いには気づかなかったようだ。神殿歌姫候補、セアラーナの〈わたしの知っている「歌」とは、まったく違いますね。でも素敵だと思いました〉という言葉の方に注意が向かったらしい。
〈また聞かせてください〉そう言う彼女に、
「ええ。わたしからもお願い。とても懐かしかったから」と、ミレアも同意していた。その目は輝いていたが、同時に曇り、そして涙が一筋落ちていった。小刻みに震える元王女の肩を、リセラは慰めるように、そっと抱いていた。

 翌日、一行は町に湯あみと買い物に出かけた。まずセアラーナ以外の女性五人が街へ出、青い服を六枚と、青い布を同じく六枚買う。そしてポプル屋で色付きポプルを買った後、一度宿へ帰り、改めて女六人で湯屋へ向かった。セアラーナを探しているかもしれない追手を警戒して、全員が同じ青い服を着、できるだけ髪の毛が見えないように、青い布を被る。ただし、セアラーナ以外はほんの少しだけ、髪の毛がはみ出るようにした。すれ違う人々は、青い布を頭からかぶったそのスタイルに注意を引かれるようで、視線を向けるが、すぐに目をそらしてすれ違う。ときおり、すれ違いざまささやきが聞こえた。
「なんだ、ディルトなのか。だからわからないように、あんな格好をしているんだな」
「完全には隠せてないぞ。ばかだな」
 その反応は、承知の上だった。そうすればセアラーナも、ディルトの一人だと思ってくれるだろうという思惑だ。湯屋では、彼女は他の四人と離れ、レイニと二人で行動した。そうすれば居合わせた他の客も、『完全なディルトが四人の一組、そしてセレイアフォロスとのディルトが二人』と認識してくれ、セアラーナ自身には、あまり注意を払われないで済む。もちろん彼女がラリアであることを知られないように、話はしない。湯を使い終わると、再び六人は青い布をすっぽりかぶり、セアラーナを中にして、宿へと向かった。
「大丈夫だったか?」
 男性陣の部屋を訪れると、ディーがそう声をかけてきた。
「大丈夫。見つからなかったと思うわ」
 レイニとリセラが同時に返答した。
「それなら、俺たちも行こう。帰るまで部屋にいてくれ」
「ええ。それじゃこれ。お湯代とお買い物代よ」
 ロージアがディーに代金を渡す。
「俺たちはそのままでいいんだよな。何も被らなくとも」フレイがそう確認し、
「俺たちは、その必要はないだろう。ただ、人の視線は覚悟しないといけないがな」と、ディーは苦笑いをする。

 ディー、ブルー、フレイ、アンバー、ペブルとブランの男たち六人が道を歩くと、あからさまに道行く人々の視線が飛んできた。
「ディルトか。しかし、本当に色々いるな」
「一人はうちの民みたいだが」
「なんで一緒にいるんだ?」
 そんなささやきが聞こえてくる。その声はフェイカンほど嫌悪に満ちてはいないが、ロッカデールのそれよりも、いくぶん冷たく感じた。それでも、ミディアルを出て以来、多少温度差はあれ、好奇の目にさらされてきた一行は、もう慣れている。彼らは湯屋へ行き、身体を清めた後、店で白ポプルと水を買い求めた。そして、宿へと帰る道をたどっている時だった。
 歩道の上を、向こうから若い女性が駆けてきていた。年齢はセアラーナと、それほど変わらないだろう。長く青い髪をなびかせ、青いドレスの裾をからげて走ってくる。アンリールの人々の特徴で唇はぽってりしていたが、目鼻立ちははっきりしていて、美しかった。だがその顔には、あきらかな恐怖が浮かんでいる。少女は六人のところへ駆けてくると、ブルーに腕を回して何か言った。しかしその声はやはりささやきのようで、聞き取れなかった。
「またラリアか」
 ブルーは唇をますますへの字にしながら、困惑した声を上げた。
「何を言っているのか、俺にはわからねえ。怖がっていることは、確かだが」
「後ろから走ってくる男たちがいるけれど、それかな」
 アンバーが行く手を凝視しながら、少し緊迫したような声を出した。
「見えるか……? それなら、そうかもしれないな」
 ディーも行く手を見、そして少女を振り返った。
「ブルー、この子に伝えてくれ。仲間にミヴェルトがいるから、そこまで一緒に行って話を聞かせてくれと」
 ブルーがそれを繰り返すと、相手は頷いた。
「それならアンバー、おまえはこの子を連れて、飛んで宿屋の近くまで行ってくれ。見つからないように」
「飛ぶの?! 無理だよ、目立つよ」
「もう追っ手がきそうだ。事を荒立てずにこの子を逃がすには、それしかない。できるだけ高く、早く行けば見つからないかもしれない。今は幸い、人通りが少ないようだからな」
「わかった。じゃあ、怖がらないように伝えて。宿の裏で待ってる」
「わかった」
 ブルーが少女に伝えると、相手は驚いたように目を見張っていた。微かに頷くと同時に、アンバーがその腰をさっと抱え、空中に飛び出した。
「僕の言うことはわからないだろうけど、大丈夫だからねぇ!」
「安心しろー!」ブルーがかぶせるように言う。
「ぎりぎりだな。だが、気づかれてはいないようだ、幸い」
 ディーが行く手に目をやり、息を吐き出した。男が数人、今ははっきりと視界に入ってきていた。それは数日前、セアラーナを探していた男たちと同じようだった。
「女の子が一人、こっちへ走ってこなかったか?」
 男たちの一人が、そう切り出した。そして改めて気づいたように、目を向ける。
「おまえたちは、いつかのディルト集団か」
「いったい何なんだ?」
 ディーはあきれたような表情を作り、そう問いかける。
「おまえたちディルトがいったい、この町にいつまで滞在しているんだ」
「用があったんだ。それはあんたたちには関係ないだろう」
「まあ、そうだな。それでだ、さっきの質問だが」
「女の子か? かなり慌てていたようだが、そこの角を曲がっていった」
「そうか」
 相手は特に疑った様子はなく、足早に角を曲がっていった。五人は顔を見合わせ、宿へと向かった。

 宿の敷地に入ると、裏庭にアンバーが立っていた。
「あの子は?」と問いかけると、「そこの池にもぐっている」という答えだ。ブルーが呼ぶと、水面から少女が顔を出した。
「隠れて、って伝えるのが大変だったよ。でも身振りで、なんとかわかったみたいだ」
 アンバーが苦笑して言い、続けた。
「それで、この子、どうやって中に入れる? 普通に入って、大丈夫かな」
「そうだな。セアラーナ同様、探されていたら、面倒だな」
 ディーはしばらく考えるように黙ったのち、ペブルが持っている大きな水の袋に目を止めた。「そこに入れるか、この子を」
「水のかわりにかい?」太った若者は、驚いたように声を上げる。
「そうだな。そこに入っていた水は、俺たちがめいめい袋に入れて持っていこう。幸い袋は紫色だから、中身が女の子でも、わからないだろう」
「じゃあ、そうしようか」
 一行はペブルが運んでいた水をそれぞれ自分の袋に入れ、手分けして持った。そしてからになった袋に、少女がすっぽり収まる。そうして部屋に帰った。

「おかえりなさい。でも、ずいぶんたくさん水を買いこんだのねえ」
 リセラが声を上げた。男性軍が帰ってきたので、食事をとるために、女性六人も部屋に集まってきていた。
「いや、これは水じゃないんだぜ。おかげで俺たちも重かった」
 フレイが水のボトルが入った袋を床に置き、他の五人も同じことをする。そしてペブルが置いた袋の中から、青い髪の少女が顔を出した。
「え?」女性たちは一斉に、目を丸くして見ている。
「拾い物だ。この子もラリアらしい。話を聞くために来てもらったんだ」
 ディーが苦笑し、女性たちを見回した。
 袋の中から立ち上がった少女は、驚きの表情で女性たちを見ていた。いや、その視線は一点に注がれている。その視線を浴びた方も、驚きの表情を浮かべて見返していた。お互いにラリアの二人の少女の口から、言葉が漏れた。
〈セアラーナ〉
〈アマリラ〉
 言葉が通じないラリア(異言持ち)でも、相手の名前は言える。わかっている場合は。
 セアラーナが震え出した。激しい調子で、何かを言った。レイニがその手を握り、彼女の言葉を伝えた。
〈この子の身内が、わたしに辞退するようにと、わたしと家族を脅した〉と。




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