The Dance of Light and Darkness

第三部:岩と山の国ロッカデール(8)




 六人はその翌日、朝のうちにふもとへ着いた。急斜面を下りるのは、登るより危ないと、“翼の民”アンバー、ディー、リセラが、それぞれフレイ、ペブル、ブランを抱えて、飛んで下りたために、一カーロンもかからずに山を下りられたからである。下で待っていた五人との再会を喜び、晴れやかな表情の神官たちにも迎えられて、彼らはそのままカミラフに帰った。下に待機していた人々からは、山頂の様子は暗くてほとんど見られなかったが、そこからあふれる光とレラの雨に、“浄化”の成功を悟らせたのだ。
「本当に、よくやってくれた。褒章の残りを、あとで神官長から受け取るが良い」
 カミラフの神殿で、巫女は一行にそう告げた。
「はい。ありがたきことです。ところで巫女様、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
 ディーはその前に跪き、そう問いかけた。
「あまり込み入った答えはできぬが、何だ?」
「“清心石”は使ってしまいましたので、もしまた“欲の獣”が生まれてしまった時には、どうなるのでしょうか?」
「再び“獣”が生まれるまでには、五百年はかかるであろう。その間にまた、清き心の聖人が生まれるか、いや……」
 巫女は言葉を止め、パチッと瞬きをした。瞬きをしないはずの巫女のその動作に、控えていた全員が驚いたようだった。が、再び巫女は元の表情に返り、言葉を続けた。
「いや、そんなことは、きっともう起こらぬ」
「それは……」
「この世界も……変わっていくやもしれぬ。その存在意義は保ったままで」
 巫女は杖を振った。その退場の合図で、一行は御前を下がるよりほかはなかった。

 感謝の言葉とともに、かなりの金額を褒章としてもらった一行は、宿に帰った。
「お客さんたちに、連絡鳥が来ていますよ」
 その時、宿の主人はそう告げた。
「昨日の夕方来たのだけれど、部屋に入れないから、ドアの前で待っているはずです」
「わかった」ディーが代表して頷く。
 一行が部屋に戻ると、灰色に少し茶色が混じった、黄色いくちばしの鳥が、ドアの前、廊下側の張り出し窓にちょこんと止まっていた。その鳥が口を開いた。
「リセラ。みなさん。今カミラフにいるなら、そしてもし神官さまに会える状態だったら、きいてもらってください。なぜ妹は帰ってこれないのかを。お願いだ!」
 ローダガンの声だった。最初に神殿に赴く前に、彼に向かって連絡鳥をリセラが飛ばしたので、それの返答だろう。
 一同は当惑した表情で、お互いを見やった。ローダガンの妹、ファリナはヴァルカ団にさらわれ、フェイカンに売られたが、神殿同士の話し合いで戻ってくる。そう警備兵たちから聞かされていた。
「明日、神殿で聞けたら聞いてこよう、できたら君もカミラフまで来られないか、と伝えてくれ」
 ディーがリセラに言い、彼女は頷いて同じ言葉を繰り返した。鳥は飛び去って行った。

「ああ、ヴァルカ団にさらわれた子供たちのことだね」
 翌日、再び訪れた神殿で、ダンバーディオ神官長は重々しい顔をして、答えていた。
「そのことについては、精霊様同士で意思を通じ合い、七人のうち四人は戻ってきた。正確にはマディットからの二人は、まだこちらへ向かう船の中だが」
「あとの二人は?」
「ミディアルに売られた子たちは、一人は最初の襲撃の時に殺され、一人はその後マディットで神殿奴隷として働くうち、死んでしまったらしい。ほんの二シャーランほど前だという。生き残った一人と、そして元々マディットに売られた子は、今戻ってきているところだ。だが、フェイカンに売られた一人は、買い主が手放すのを渋っている、ということだった」
「手放すのを渋っていると言っても、事情は話したでしょうし、お金も返すのでしょう? なぜ?」リセラが、納得いかなげにそう問い返したあと、「あ、すみません、失礼で」と、慌てたように付け加えていた。
「構わぬ。我々も頭を痛めている。相手は富豪の若者で、フェイカンの神官長の親戚筋らしい。なんでもその子を気に入ってしまったので、返すのを渋っているそうだ。だが、条件付きなら返すと言ってきた」
「条件?」
「彼の頼みを聞いてくれたら、だそうだ」
「その頼みとは?」ディーが問い返した。
「それは、彼から直接言いたいらしい」
「ってことは、フェイカンまで行くのかよ」
 フレイが微かに表情をゆがませ、独り言のように呟いた。
「そうなる。相手はフェイカンの首都ダヴァルに住むヴェイレル・タンディファーガというものらしい」
「本当かよ、ダヴァルのヴェイレル・タンディファーガか……」
「知っているのか、その男を?」ディーが問いかけた。
「ああ。ちょっとした名士だ。俺は会ったことがないが、名前だけは知っている」
 フレイは頷いて、ますます顔をゆがめた。
「タンディファーガかよ。関わりたくねえ。あいつらのせいでつぶされた家を、いくつも知ってるぞ」
「悪い意味での名士だな。その感じだと」ディーは苦笑いを浮かべた。
「そうよね。事情がわかっても、素直に返さないなんて」リセラも憤った表情だ。
「我々も弱っていたところだ。ちょうどいい。その子と知り合いなら、君たちが行ってくれないか?」
 ダンバーディオ神官長は少し膝を乗り出してきた。
「俺たちは便利屋じゃないぞ」
 フレイがそう声を上げ、ついで、「いや、申し訳ない。失礼した」と謝っていた。
「俺たちはその子と、直接の知り合いではない。が、その子の兄とは知り合いだ。そうだな……」ディーは考え込むように言葉を止めた。
「どうせなら、最後までやりましょうよ。そのファリナちゃんがローダガンのところへ帰れるまで。あたしはそうしてあげたいわ」リセラが声を上げた。
「そうか。他のみなはどう思う? 向こうでまた、どんな無理難題を言われるかわからないが」ディーは仲間たちを見回し、
「そうだろうな。あのタンディファーガ相手じゃ」と、フレイも言い添える。
 他のみなは、少し考えるような表情になった。だが返事をする前に、ダンバーディオ神官長が立ち上がった。
「失礼する。巫女様がお呼びだ。また来るゆえ、待っていてくれ」
「巫女様がお呼び……わかるんですね、あの方には」
 神官長が退出すると、サンディとミレアが同時に、不思議そうに声を出した。
「それができなければ、神官長様にはなれないのよ」
 レイニが微笑んで説明する。
「そう、神官長を指名するのは巫女、正確には精霊様だしな」
 ディーがそう言い添えた。
「さっきの質問の答えは、神官長様が戻ってからでもよさそうだな。巫女様のお告げが何か、それが俺たちに関係あるものかどうかわからんが」

「君たちに、フェイカンに行ってほしいというお告げだった」
 部屋に戻ってきた神官長は、椅子に腰を下ろすなり、そう告げた。
「向こうの精霊様から要請されたという。アーセタイルを助け、ロッカデールを救ったディルト集団になら、今フェイカンを悩ませている問題も解決できるかもしれないと」
「……俺たちは問題解決屋か……?」ブルーがぼそっと呟き、
「まったくな」と、フレイも顔をしかめて頷く。
「結局行かなければならないのなら仕方がないですが、フェイカンは俺たちのようなよそ者やディルトの差別は厳しいと聞きます。それと、さっきの話ですが。フェイカンの名士に売られた女の子を取り返す。それは精霊様のお力ではできないのでしょうか?」
 ディーはやはり相手が神官長ゆえか、いつもより丁寧な口調で聞いている。
「ここだけの話だが、火の精霊様はタンディファーガ家を良くは思っておられないようだ。あそこの神官長はたしかにその家の出だが、分流で、同じように本家を快くは思っておられないらしい。たぶん最終的には、その家を滅ぼすことになると」
「ほう!」フレイがそこで、感極まったような声を上げていた。
「今の問題が解決できたら、それと連動してその結末になるだろうと、それはわが岩の巫女様、あちらの火の巫女様、共通の見解のようだ。だが、その前にそのファリナという子を救出しなければ、一緒に滅ぼされてしまうだろう。それと、そのタンディファーガ家の難問を君たちがどうさばくか、それも君たちの力量を知るうえで見たいと、あちらの精霊様は仰るのだ」
「わたしたちは、試されているわけですね」
 ロージアが低い声で問い返す。
「まあ、そういう部分もあるだろう。それでだ、これを巫女様から預かった」
 神官長は薄い紙、いや、金属のようなものでできた、四角い小さな板を取り出した。それはオレンジ色を帯び、真ん中に金色で何か紋章のようなものが刻まれている。
「これは火の神殿の……」
 フレイがそれを見、息を呑んだように呟いた。
「向こうの巫女様から、こちらの巫女様に送ってきたものだ。それを先ほど預かってきた。これを持っていれば、向こうで宿や店を利用するのに、断られることはないらしい」
「早いのですね……先ほど話に行かれたのに」
 リセラが驚いたようにそう呟き、
「精霊様同士は、話も物の転送も一瞬だ。驚くことじゃない」
 ディーは差し出されたものを受け取りながら、低い声で言う。
「ミディアルでは、縁のない話だろうがな。だがこれが、精霊様の世界だ」
 ダンバーディオ神官長は微かに首を振った。
「タンディファーガの方は、報酬が期待できないだろうが――その子以外はな。だがフェイカンの神殿では、相応の報酬が期待できるだろう」
 一同はお互いに顔を見合わせ、お互いの表情を読んでいるようだった。
「俺たちに選択肢はないようですね」
 ディーが苦笑気味に神官長に告げ、一行も頷いていた。多少の不安と懸念は隠せないようだが、それでも進んでいくしかないと。
「よろしく頼む」神官長はうっすらと笑みを浮かべた。
「巫女様は、それも君たちなら成功できるだろうと仰っている。そしてたぶん、フェイカンに売られた子の兄も、同行するであろうと。その者が合流するまでの宿代は、わが方でももとう。それから出発してくれ」
「わかりました」
 ディーが代表して答え、みなで頭を下げると、一行は神殿を退出した。

 宿に帰った翌日、ローダガンから連絡が来た。「今カミラフへ向かっている。あなたたちが泊まっている宿を教えてほしい」と。それに対しリセラが、今自分たちが泊まっているところと、神殿で聞いた話を繰り返し(タンディファーガ家に関するフェイカン神殿の対応は機密のため、できなかったが)、再び連絡鳥を飛ばした。そして彼が合流してくるのを待った。
 それから三日後、ローダガンが合流してきた。
「なんだか、またあなたたちの世話になってしまうようだが……本当にすまない。感謝する」若者は開口一番にそう告げ、
「成り行き上そうなっただけだ。君が気にすることじゃない」と、ディーが答えていた。そして改めて聞いた。
「君も我々と一緒に、フェイカンへ行くか?」と。
「もちろんだ! 行けるものなら!」
 ローダガンは即座に声を上げていた。
「それなら、一緒に行こう。ただ火の神殿までは、付き合わなくてもいいだろう。君は妹さんを取り戻したら、先にロッカデールへ帰ってくれ。それでいいなら」
「わかった。ありがとう、ディーさん!」
「さんはいい。それは君と同じだ。我々の車には君一人くらい余分に乗る場所はあるし、カミラフの神殿から新しい駆動生物ももらった。君のカラムナは駆動生物屋にとりあえず預けて、明日出発しよう。フェイカンの国境まで、二日ほどかかるだろう」

「しかしまたフェイカンに帰ることになるとは、思わなかったな」
 翌日、街道を車で走りながら、フレイがぽつりと言った。
「そう言えば、フレイさんはどうして、フェイカンを出たの?」
 ミレア王女は不思議そうに聞く。
「まあそれは、向こうに着いたら話すさ。おいおいな。ただ、大した話じゃない」
 フレイは小さく苦笑いをし、首を振った。
 街道の両側には、相変わらず少し茶色い野原と森林が広がっていた。空は少し灰色がかった青だ。その光景は変わらないが、草原にはナンタムたちが動いていた。アーセタイルのそれと変わらない動作で、ぴょんぴょん飛んだり、くるくる回ったりしている。
「ナンタムたちも、元気になったみたいね」
 リセラがそれを見ながら、嬉しそうな声を出した。
「レラが戻ったからな」
 ディーもその生物に目をやり、微かに口元を緩めた。
「鉱山も、そろそろ再開されるらしい」
 ローダガンが言い、一行を見た。
「ロッカデールは救われたんだ。本当に、あなたたちのおかげだ」
「あとはあなたの妹さんが救い出せれば、完璧ね。ミディアルに売られた二人は、かわいそうだったけれど」
 リセラは髪を振り、若者を見やる。
「もしファリナがミディアルに送られていたら、その子たちと同じ運命だったのかもしれないな。フェイカンに行った子たちは、帰ってきたが。妹以外は」
 ローダガンは表情を曇らせた。
「タンディファーガは少し厄介な相手だぜ。心してかかった方が良いな」
 フレイが赤い髪を振り、少し顔をしかめる。
「あとはねえ、フェイカンに入る時、バラバラにならないように気をつけましょ。あたしたち、アーセタイルもここも、入る時バラバラになったから」
 リセラが思い出したように少し笑い、みなも「そうだな」と声を上げていた。
 上空を、鳥が行き過ぎていった。みなは一斉に、空を見上げた。
「あれは、エンダだね。ただ、昼行性の普通種だ」
 ブランが薄い日よけ眼鏡の上に手をかざし、言った。
「あたしたちがさらわれたのは、夜行性の変異種だったわね、もう少し大きくて」
 リセラが思い出すような表情を浮かべ、そして続けた。
「あのヴァルカ団も、やっていたことはとんでもないけれど、“欲の獣”が生み出した犠牲者だったのね。あの人たちも、あの鳥も。ヴァルカは欲しいと思う心ゆえに親に捨てられて、その“欲しい心”が集まった“獣”に職を奪われた……でもね、ディー、あなたが巫女様に問いかけたこと、あたしも気になっていたの。この心は、完全になくなることはないとしたら、また何百年かたった時に、新たな“獣”になりはしないかしらって。あたしたちはもちろん、そこまでとても生きてはいないけれど。その時にもし“清い心”がなかったら、どうなるのかしらって。そうしたら、あの巫女様が仰ったのよね。そんなことはもう起こらぬ。この世界は変革していくのかもしれない、と」
「それは、俺も気になっていた」
 ディーは頷いた。そしてしばらく黙った後、続けた。
「変わっていけばいいがな。良い方向に」
 一行十二人みなが、同じ思いを心に抱いているようだった。周りは相変わらず茶色とグレイ、そして深い緑だが、ところどころに小さな湖水が見え、空はだんだんと晴れていった。アーセタイルの空のように、それより少し白っぽい空から、太陽の光が降り注いでいる。三頭のカラムナたちは勢いよく車を引っ張り、指示席に座るペブルも、特に指示を出さなくてもいいようだ。道は一本、まっすぐに伸びている。フェイカンとの国境の町、リオエヴァまで。彼らは新たな国を目指して進んでいた。




BACK    NEXT    Index    Novel Top