The Dance of Light and Darkness

第三部:岩と山の国ロッカデール(5)




 やがて遠くに、ポツンと小さな赤い点が現れた。それは坑道の入り口奥から、だんだんと近づいてくるようだった。息をひそめて見ていると、それは車の指示席から長く張り出した、カドルの光だということがわかった。その光に照らされて、二頭のカラムナが走っていた。彼らが引いているのは、木製の車。天蓋もなく、座席もない、ちょうど鉱山の入り口にあったような、運搬用の車だろう。それが二つ連なっている。最初の車には七人の男たちが乗り、後ろの車には荷物がたくさん積んであった。その上に、あのエンダという鳥が止まっている。
「ヴァルカ団だ――」ローダガンが絞り出すような声を漏らした。
「俺たちはヴァルカの人相風体を知らないが、あれがそうか?」ディーが確認する。
「ああ。間違いない。おれももちろん、直接は会ったことはないが、あいつは警備兵に手配されているんだ。人相書きは見ている。あの前の車に乗っている奴――真ん中で腕を組んでいる奴がそうだ。あの鳥もいるんだ。間違いない」
 ヴァルカ団の車が坑道から外に出ると、怪鳥エンダは羽を広げ、空へ飛び出した。だが、車の上空を旋回するようにして、あまり離れずに飛んでいる。
「行くぞ! 街道に入る前に、ここで決着をつけよう!」
 ディーがそう指示し、同時にローダガンが弓を引いた。指示席に座る男をめがけて。矢は男の腕に命中し、男は悲鳴を上げた。続いてフレイが小さな火の玉を、ポンポンと二発飛ばす。それは二頭のカラムナと車をつなぐ弦を焼き切った。駆動生物たちはしばらく走ったところで止まり、前進力を失った車は止まった。
「どうした!?」車の上から、大きな声が上がった。
「ペブル。ここから荷物の車をめがけてダムルを打て。ローダガン、フレイ、ロージア、相手の攻撃に気をつけて、行くぞ!」
 ディーが声をかけ、同時に四人は走り出し、相手の前に立ちはだかった。
「なんだ、おまえらは!!」
 荷車の上の男が立ち上がる、と同時に、後ろの車が爆発した。車から撃ったペブルの攻撃が当たったのだ。一番後ろにいた二人ほどが、地面に倒れた。
「ヴァルカ! よくも妹をさらったな! おれはずっとおまえを追っていたんだ!」
 ローダガンが声を上げた。
「妹を――ファリナをどこに売った!?」
 相手は返事をしなかった。驚いたようではあったが、すぐに怒りがとってかわったのだろう。男は荷車から飛び降り、怪我をしていない仲間たちも続く。手には鉱山で使う道具、硬い岩を砕くためのものが握られていた。それを振り上げ、襲いかかってくる。しかし、勝負はあっけなくついた。相手の男たちは、力はあったのだろうが、攻撃技は持っていないらしい。道具を振り上げたまま走ってくる男たちの一人の足を、ローダガンの矢が貫き、同時にロージアとフレイの攻撃が、別の男たちの同じく足に当たった。三人がつんのめって倒れ、さらにディーが勢いを弱めて打った黒い球が近くの地面にさく裂する。ヴァルカだけが一人突っ込んできたが、ローダガンはその攻撃をかわし、ヴァルカがつんのめったところを、ディーがその背中を素手で打った。それは攻撃技ではなかったが、充分に威力があったのだろう。ヴァルカは地面に膝をつき、武器を取り落した。
 上空に、黒い影が差した。主人の危機を察したのか、茶色味がかった黒い鳥が突っ込んでくる。が、ディーの方が早かった。彼は右手を鋭く振り、そこから黒い矢が飛び出す。パルーセという技だ。その矢は鳥の胴体を貫き、怪鳥は一声鋭い悲鳴を上げて、地面に落ちた。その胴体には大きな穴が開き、一瞬で絶命したようだ。
「ヴァラ!!」ヴァルカが絶叫した。
「何をするんだ! よくも!!」
 彼は立ちあがりかけた。と、ロージアが右手を上げると同時に、彼女の手から緑の弦のようなものが伸びていき、まるでそれ自体が一つの生き物のように、ヴァルカとその仲間たちに絡んだ。そしてまとめて縛り上げるように、その動きを封じた。
「おまえたちは何者なんだ!?」
 緑の弦で動きを封じられたヴァルカは、驚愕と怖れの色を浮かべていた。
「おまえたちは警備兵ではないな! ここの国のものでもない。その若造以外は。何があって、おれたちの邪魔をする。それに、なぜ俺のヴァラを殺した!」
「その鳥に、俺たちの仲間がさらわれかけたんだ」
 ディーは傍らに落ちた怪鳥の死骸に目をやった。
「だが幸い、ここにいるローダガンのおかげで助かった。話を聞いたら、彼も妹をさらわれ、おまえたちを追っているという。だから彼のために、おまえたちの居場所を探そうとした。それが成功したから、ここでこうして待ち伏せしていたんだ。おまえたちは用心して、今夜居場所を変えるだろうと思ってな」
「どうして俺たちの居場所がわかった? 今朝ヴァラが珍しく朝に帰ってきたのは、そのせいか?」
「そうだ。明け方まで捕獲しておいて、放したんだ。後をつけさせるために」
「どうやってだ? カラムナはそれほど速く走れない……」
「俺たちには、あいつの速さに追いつける仲間がいるんだ。同時に、朝まで鳥を生け捕りにしておける技を持った仲間もいる」
 ディーは銀髪の女性に目をやり、ついでその緑の弦につながれた盗賊どもを見た。
 ヴァルカは驚きの表情を浮かべた後、「ちっ」と小さく呟き、下を向いた。彼は思ったよりも小柄で、どちらかといえば痩せた男だった。ぼさぼさの茶色の髪が肩まで伸び、眉毛は太い。その下にある、焦げ茶色の目は小さく、さかんに瞬きをしていた。
「なぜヴァラを殺した……そいつは俺の友達だったのに」
 ヴァルカは地面に目を落とし、ためらうように鳥の死骸を見て、再びそらした。
「そういう名前なのか、そいつは」ディーもその方向に目をやった。
「ああ。そいつはひな鳥のころ、巣から落ちていたのを俺が拾って育てたんだ」
「じゃあ、おまえを親と思っていたんだな。だからおまえが危ないと思って、攻撃に来たんだろう。なぜ殺したか、は単純だ。やらなければ、やられていたからだ。急所を外して生かすことはできただろうが、おまえたちを警備兵に引き渡したら、こいつの手当てをする者はいなくなる。それに人間に長い間飼われていたこいつに、傷を負いながら、野生に戻って生きていく力はないだろう。だから殺した」
 ディーの言葉に、ヴァルカは下を向き、口の中で何かをぶつぶつ呟いた。呪詛の言葉のようだが、ディーは意に介していないようだ。鋭いまなざしで男を見つめ、言葉を継いだ。
「たしかに、こいつには罪はない。こいつには、自分のしている事の善悪は分からない。ただおまえを慕っていたから、おまえが喜ぶことをしただけだ。恥じるべきは、そうした何も知らない、善悪の区別のつかない生き物に命じて悪い行いをさせた、おまえだ。おまえはこの鳥を殺されて、憤った。愛するものを奪われたからだろうが、同じようにおまえたちは無慈悲に、何の罪のない少年少女をさらっていったんだ。彼ら彼女らから、その家族たちから愛するものを奪ったんだ」
 ヴァルカは何も言わなかった。ただ地面に視線を落として、黙り込んでいる。
「ファリナをどこにやったんだ!」
 ローダガンがたまりかねたように一歩踏み出し、そう声を上げた。
「そう。彼の妹も含めて、さらった七人の子供たちはどこに売った」
 ディーも冷ややかな眼差しで、そう問いかける。
「……知らねえな」
 ヴァルカは地面を見たまま、そう答えた。かたくなな暗い光が、その眼に見て取れた。
「ふざけるな!」
 そう声を上げたローダガンを制し、ディーは目の前の男を見下ろした。
「言いたくないか。それなら、いい。……フレイ」
「なんだ?」
「車に行って、無事捕まえたから、ここに来てくれるように言ってくれ。ああ、ペブルとブランとアンバーは残ったままでいいが――用心のために、車に誰かは残しておいた方が良いからな――あとのみなに。特にレイニに頼むことがある」
「わかった」
 フレイは駆け出し、まもなく他の仲間たちもやってきた。
「……おまえたちは、四人だけじゃないのか」
 ヴァルカが驚いたように、小さく声を上げた。そしてミレアとサンディに目をやり、納得したようだった。
「なるほどな……仲間がさらわれというのは、そいつらのどちらかか……」
「そういうことだ。それで、おまえに言う気がないなら、こっちにも手がある。レイニ」
 ディーは水色髪の女性を呼んだ。
「こいつにデルフェをかけてくれ」
「わかったわ」
 レイニは頷くと、ヴァルカからほんの少しだけ離れたところにしゃがみ込み、相手を見た。その青い瞳が、ひたと相手を見据える。ヴァルカもいきなり目の前に、普段目にしたことのない色白水色髪の若いディルト女性が現れたので、驚いたのだろう。そちらに目をやっていた。彼はすぐにまた地面に視線を落とそうとしたようだが、目が合ったとたん、まるで視線に捕らえられたように動かなくなった。その眼は驚いたように見開かれ、茶色っぽい顔には汗が浮かんでいる。
「あなたは七人の少年少女をさらった。どこに売ったの?」
 レイニは相手の目を見据えたまま、静かにそう問いかける。
「……俺は知らない」ヴァルカが目を見開いたまま、答えた。まるで強制的に言わされているかのような口調だった。
「仲介してくれる奴に、売っただけだから」
「その仲介者は誰? どこに住んでいるの?」
「ドンケナという男だ。ドンケナ・ピレウアケナという。タイガルの町にいる」
「ここからタイガルの町まで、どうやって人を運んだの。それとも、その男の方が拠点に来たの?」
「いや。縛って眠らせて、布袋に詰めて、タイガルまで荷車で運んでいったんだ。俺の仲間たちが二人で」
「どうやって眠らせたの?」
「仲間のダネクが眠り技を使える。タラナ――岩の技だ。あいつはあんたたちの最初の攻撃で吹っ飛ばされて気絶したから、戦えなかったがな」
「そう。それは私たちにとっては幸運だったわね」
 レイニは相手を見据えたままにっこりと笑い、質問を続けた。
「あなたは他にも悪事をしている?」
「泥棒やかっぱらいは、やった。人さらいは金にはなるが、最近はみな用心しているので、それだけでは厳しいからな。俺は顔が知られているからダメだが、手下どもを街に送り込んで、泥棒はさせていた」
「あなたはなぜ、人さらいなんてやったの?」
「復讐してやりたかった」ヴァルカは絞り出すように答えた。
「俺は十の時、両親に売られた。俺には五人の兄妹がいて、男ばかり四人の、一番下だ。その下に妹がいる。父母は一番上の兄と、その妹ばかりをかわいがった。それで、別に困っていたわけでもないのに、真ん中の俺たち三人は、住み込みの鉱山夫として、バラバラに売られたんだ。十二年働くということで、十二年分の給金を両親は受け取った。きっとその金は、あいつらとお気に入りの二人に、良い服やきれいな道具を買ってやるのに使われたんだろう。俺たちが汗水たらして働いた金なのに。十二年の期限が過ぎても、俺が帰る家はなかった。だからそのまま鉱山で働き続けた。ところが最近、仕事がなくなった。鉱物が取れなくなり、あちこちの鉱山が閉山になったからだ。俺は数人の仲間とともに、山の中で暮らしていこうと思った。野生のポプルと水があるところならば、なんとか暮らせるからな。閉山になった山なら、なおのこと良い。雨の時には鉱山の中に入ってしのげる。だが、なかなか水とポプルの豊富なところはない。鉱山近辺はなおさらだ。それで時々町へ行って、水売りやポプル屋からくすねてきた。ヴァラは――あの鳥だが、まだ鉱山で働いていたころに拾ったんだ。ずっと俺と一緒だった。山に戻ってからも。あいつは時々エサを捕まえてくるが、俺も罠をかけたりして捕まえて、あいつにやっていた。あいつはある時、ポプルを取ってきた。袋ごとだ。街の誰かが買ったものか、荷車の積み荷だったのかもしれない。俺たちがそれを欲しがっているのが、わかったようだな。それで俺たちは褒めた。あいつはそれから、ポプルの袋を取ってくるようになった。そうして何節かたったころ、あいつは袋と一緒に、若い男の子を連れてきた。袋にくっついてきたらしい。盗られまいと、あいつの足に捕まったのだろう。俺たちはそいつの処置に困った。山に放そうかとも思ったが、途中でのたれ死ぬか、もし街に無事に戻れば、俺たちのことを訴え出るだろう。それで、俺はドンケナのことを思い出した。あいつは子供のころの俺を買った、仲介商人だ。鉱山が相次いで閉山になりだしてからは、他の国に人を売っていたから、こっそり売り飛ばしてもらえないかと。あいつはそういう後ろ暗い商売もやっていたからな。それが結構な稼ぎになった。それで、思ったんだ。そうだ、ぬくぬくしているガキどもにも、俺と同じ境遇を味わせてやる。それがこれだけの稼ぎになるのだから、言うことはないと。それでヴァラに、今度は年若い子を連れてこいと教え込んだ。そうして今に至っているのだが、俺がヴァラを飼っていたことは、昔の鉱山仲間は知っていたから、俺の仕業だと途中でばれた。だが、居場所さえつかまれなければ大丈夫、そう思っていたんだ」
「わかったわ。ありがとう」
 レイニはにっこり笑い、視線を外して立ち上がった。同時にヴァルカははっとしたような、驚いたような顔になり、目をパチパチとさせていた。
「これはいったい……」
 ローダガンは驚いたような顔で、レイニとヴァルカを交互に見た。
「デルフェ――氷の技だ。相手の心を操り、本当のことを話させる。彼女はミヴェルトもそうだが、この手の技が強いんだ」
 ディーはレイニを見、ついでローダガンを見て説明していた。
「そうなのか……水や氷は、おれはよく知らないが……」
 ローダガンは驚きが冷めやらない顔だ。
「とりあえず、知りたいことはわかったな。さらわれた子供たちの行方は、タイガルという町のドンケナという奴が知っているということだ。こいつの言い分には全く同意はできないが、苦労したことだけは認めてやる」
 ディーはうなだれているヴァルカを見やった後、ブルーとフレイに「ちょっと手伝ってくれ」と声をかけて、三人で男たちのひっくり返った荷車の中を探し、太い綱を取り出した。きっとさらわれた若者たちを縛るために使っていたのだろうそれを、今度はその首謀者たちに結ぶ。七人全員をきつく縛り終わると、「ありがとう、もうピルセクを解いても大丈夫だ」とロージアに声をかけ、男たちを縛った綱を、木の幹に結んだ。さらにもう少し細いひもを探して取り出すと、男たち一人一人の手首と指に巻き付け、動かせないようにした。
「それでは、帰ろう。ここの駆動生物が夜も走れるなら、朝まで待たなくともいいだろう。エダルに戻って、警備兵たちにこいつらのことを報告して、あとは任せよう」
 ディーは仲間たちを振り返って告げる。ヴァルカ団が使っていた、棒の先につけられたカドルをフレイが拾い上げ、紐を使って操作席に取り付けた。
「こいつらはここに放っておいていいのだろうか」
 ローダガンは少し不安そうな面持ちで、縛られた男たちを眺めている。
「厳重に縛ったから、そう簡単には抜けられないだろう。万が一抜けて、逃げたとしても、もうあの鳥はいないし、仲介屋の男も捕まるだろうから、同じことは繰り返せないだろう」
 ディーは男たちを見やり、そして鳥の死骸に視線を映した。それは少しずつ溶け始めていた。月のない、ディエナの節の夜は暗い。男たちのカドルも今、車に取り付けてしまったから、取り残された男たちを包むのは、暗闇だけだ。街の警備兵たちの詰め所は夜も開いているから、夜明けにはやってくるだろう。
 一行はヴァルカ団の男たちをあとに残し、エダルの町に向かって戻っていった。カドルの光の中進むカラムナたちのスピードは、昼間より落ちているようだが、真夜中、夜の七カルを過ぎたころ、みなは再びエダルに帰り着いた。宿屋に車と駆動生物を入れた後、ディーとローダガンが連れ立って警備兵の詰め所に行き、起こったことを報告した。

 夜が明けて、かなり日が高く上ったころ、二人の警備兵が宿を訪ねてきた。
「君たちの言ったとおり、ウェトラ鉱山の入り口で、ヴァルカとその一味が木につながれて、縛られているのを見つけた。あの鳥の残骸らしきものもあった。男たちはヴァルカ以外、みな怪我をしていたが、命に別状はない。捕縛に協力、感謝する」
 警備兵の一人が、そう口を開いた。その表情や口調には、感謝と同時に、驚きと少しの悔しさもあるような感じだった。自分たちが苦労して追い回していた盗賊の一味を、よそから来たディルト(混血)の集団が、あっさり捕まえてしまったせいだろう。
「タイガルにも知らせをやって、さっき返事が来た。ドンケナという男を捕まえたらしい。君たちはヴァルカ団捕縛の貢献者だし、そっちの君は妹さんがさらわれたそうだから、当事者だ。妹さんの行方がわかったら、また報告に来る」
「よろしくお願いします」ローダガンは小さく目礼していた。

 翌日の夕方近くになって、また二人がやってきた。
「君の妹さんを含め、さらわれた七人全員の行き先がわかった。ドンケナはすべての売買を、こっそり記録に残していたんだ。幸いなことに。その七人については、カミラフの神官様を通じて、相手国に依頼して返還を要請することになった。その際支払った金はわが国負担だが、致し方ない。ミディアルに売られた三人も含め、マディットに二人、フェイカンに三人。君の妹さん、ファリナ・マルカ・フリューエイヴァルは、最初はミディアルに売る予定だったのだが、フェイカンから来た客に気に入られて、そっちへ行ったらしい。相手の名前は残っているので、神官様同士話し合えば、いずれ戻ってくるだろう」
「ありがとうございます」
 ローダガンは喜びの色をにじませて、礼を述べた。そして警備兵たちが帰ったあと、一行を見回し、声を上げた。
「本当に、あなたたちのおかげだ! ありがとう。どんなにお礼を言っても言い足りない」
「本当に良かったわねぇ!」リセラもピンクに頬を染めて声を上げ、
「良かったです」と、サンディとミレアも手を組み合わせて、感嘆の声を出す。
「いや、君にはその三人を助けてもらった恩もあるからな。役に立てて良かった」
 ディーがかすかに笑って言い、他のみなも頷く。
「最初から意図して助けたわけではないが……あの鳥を見かけて矢を打ったのは、たまたまだったからな」ローダガンは少しきまりが悪そうに、視線を落とした。
「成り行きだったんだ。でも今はその偶然に、幸運に感謝している」

 一行はその翌日、ロッカデールの首都、カミラフに向けて出立した。
「カミラフに着いたらあなたに通信鳥を飛ばすから、妹さんが戻って来たら知らせてね」
 家に帰るローダガンに、リセラがそう明るく声をかけた。
「ああ。ありがとう。本当にあんたたちには感謝している」
 ローダガンは熱っぽいまなざしで一人一人を眺め、そして手を振った。
 エダルの町の北門から広い街道へと、二頭の駆動生物と車は十一人を乗せて、北へ向かった。カミラフまでは、途中の町で一泊して、二日がかりの旅になる。細かい石が敷き詰められた道を、車は走っていった。

 太陽が真上に来た頃から、周りの景色は山が多くなり、道は山の間を縫うようにうねり始めた。日が傾き始めた頃、一行は山間の小さな村、リトバに到着した。そこは家が三十軒ほどしかなく、店も水とポプルを売る店と、雑貨を扱うものの二軒だけで、宿屋も一軒だ。それも、普通の民家が兼業でやっているようで、庭に小さな小屋が建ててあって、その中を人間と駆動生物、車用に区切ってあった。一組が泊まったらいっぱいになるようなものだったが、幸いその日先客はなく、一行はそこに泊まることができた。
 その宿は中年のおかみさんが一人で経営してるらしく、一行の応対に出てきたが、驚きの声を上げていた。それはディーたち十一人が、この辺でも全く見かけないディルトであることだけでは、ないようだった。
「ペブルじゃないか! なんてこと!」
 彼女はそう声を上げていたのだ。
 呼ばれた方は怪訝そうに相手を見ていたが、やがて驚いたようにこちらも答える。
「もしかしたら、母ちゃん?」
「え?」それには、他のみなも驚きの声を上げていた。
「ペブルの母さんって、ロッカデールの人と再婚したって言ってたが……」
 フレイが驚いたように相手を見つめ、
「そう。それも、たしかあいつをアーセタイルに置き去りにして、じゃなかったか」と、ブルーも首を振りながら言う。
「ペブルは大食いだから、相手に迷惑をかけると思ったのよ」
 宿屋の女主人は地面に目を落としていた。
「だからって、自分の子を?」リセラが非難するように言う。
「あの子のことは、どこか住み込みで働かせてもらうように、村長に頼んだの」
「まあ、もういいよ、母ちゃん。おいらもあれから、なんとか生きていけたからさ」
 ペブルはのんびりしたような声を出した。
「……悪いわね」
「でも旦那さんとマレヴィカは、どこ行ったんだい?」
「夫は金属を精製する工場で働いていたのだけれど暇を出されて、今はアーセタイルに出稼ぎに行っているのよ。マレヴィカも。あの子はあんたと同じディルトだから、ここでは仕事がなくて」
「そうなんかぁ」息子の方は屈託なさげな様子で頷く。
「あなたはどうしていたの? あれから。まさかここで会うとは思わなかったわ」
「うん。おいらはさ、ここの南の鉱山で七年働いてさ、それからミディアルに行って、みんなと知り合って、で、ミディアルがマディットに滅ぼされたからアーセタイルに来て、今ここに来てんだ。おいらたち、これからカミラフに行くんだよ」
「そうなの。カミラフに?」
「うん。アーセタイルの精霊様から頼まれたんだ」
「まあ――」母親の方は驚きで、言葉が見つからないようだ。
「あ、それでさ、ここが母ちゃんの宿なら、ちょうどいいや。泊めてくれない? おいらたち十一人だけど」
「ええ。今日はお客がいないから、かまわないわよ。少し狭いけれど」
 それからあとは、彼女は普通の宿屋の主人と同じようにふるまっていた。鍵を渡し、やはりその上からセマナをかけてくれるようにと言い、百二十ロロの宿代を請求した。一行はそれを支払い、一晩泊まって、翌朝出立した。その時も、ペブルと女主人の間には、それほど多くの会話はなかった。
「ほんじゃあね」と、息子はのんびり手を振り、
「ええ」と、おかみさんの方も微かに笑みを浮かべて頷いただけだ。

「しっかし、あっさりしてんな。九年ぶりの対面なんだろ?」
 再びカミラフへ向かう道中で、フレイが首を振りながら振り返った。
「しかも自分を捨てた親とな」
 ブルーは顔を少ししかめ、連れに向かって続けた。
「しかし、ペブル。おまえには、恨みはないのかよ。あのヴァルカってやつは親への恨みでねじ曲がっちまってたが、おまえも似たようなもんじゃないのか、境遇的に」
「そうなんかな」言われた方は、あまりピンとこないようだ。
「でも、おいらもなんとかこうして生きていけたし、母ちゃんもマレヴィカもなんとかやってるんだから、良いんじゃないかな。それにおいら、昔からしょっちゅう食いすぎるって怒られてたけど、みんなは怒らないし」
「単純なのか、鈍感なのかな」
 フレイがあきれたように首をすくめていた。
「でも、それがペブルなんだと思うよ。我々みなが、性格は違うし、家族環境も違う。それでも我々は今、家族以上の集団になっているんだと思う」ブランが静かに言った。
「本当にな」ディーが同意し、そしてみなを見回して続けた。
「さて、いよいよカミラフだ。たぶん到着前に日は暮れるが、ここの駆動生物は夜も走れるから、多少暗くなっても平気だろう」
「いよいよここに来た本題に入るんだな」フレイが頷く。
「カミラフの神殿で、そんな話は聞いていない、と追っ払われなきゃいいが」
 あくまで懐疑的らしいブルーが、そんなことを口にした。
「それなら、俺たちもさっさと立ち去るのみだな」ディーは苦笑した。
「ロッカデールは国民でさえ、今はなかなか仕事がない状態なら、よそ者の俺たちはなおさらダメだろう。ここに長居をする理由はないし、次へ行った方がよさそうだ。かと言って、フェイカンは差別がきつそうだ。そこもさっさと通り抜けるだけだろうが」
「アーセタイルはかなり牧歌的でよかったけれど、他によその国の人やディルトにそれほどきつく当たらない国って、ないのかしら」リセラは少し困惑した顔をした。
「アンリールは、あまり期待はできないな」ブルーは首を振り、
「セレイアフォロスは……うーん、アンリールより少しだけましという程度かしらね。アーセタイルよりも、たぶん少し閉鎖的だわ」と、レイニも少し表情を曇らせる。
「エウリスは、まあ、働くことはたぶんできるけどね」と、アンバーは言い、
「ええ。だから、わたしたちのようなディルトがいるわけだしね」と、ロージアも少し苦笑している。
「でも、エウリスよりユヴァリスの方がもうちょっと寛容だ、とは聞いたよ」
 アンバーがそう付け加える。
「そこまでの道は遠いな」フレイが苦笑いをして首を振り、
「新しいミディアルに至っては、いつになったらできるんだか」
 ブルーもぼそっと言う。
「先のことはわからないけれど、希望は持っていましょうよ」
 リセラが明るい声を出す。
「希望ね――夢ではなく」ロージアが小さく呟く。
 仲間たちの話を聞きながら、サンディは考えていた。その夢は、希望は叶うのだろうか。その時自分は、どうなっているのだろうか、と。

 その日一日、車は駆動生物たちに引かれて、街道を進み続けた。両側には細い葉を茂らせた木々が集まった森や、赤みがかった茶色や白灰色の肌を見せた山々、その間に広がる野原――そんな光景が続いていた。空は少し雲が多めだが、雨が降るような感じではなく、空気は冷たい。
「アーセタイルではほとんど晴れていたけれど、ここはそうではないのね」
 リセラが空を見上げ、そして付け加えた。「少し寒いし」と。
「カミラフで上着を買うか? ここでは茶色か灰色しかないだろうが」
 ディーが連れを振り返り、そう提案する。
「もう少し明るい色の方が好きだけれど、贅沢は言えないわね」
 リセラは微かに首をすくめていた。
 ミディアルでは、さまざまな色があった。赤や青、緑、黄色、白、紫、ピンク、オレンジ。それぞれの色を組み合わせた布も、とても人気があった。でも、アーセタイルでは、緑と茶色、ベージュ、たまにオレンジ。そのくらいしか見なかった。ここの衣服を作る基になる植物が、少し薄緑や茶色がかっているために、それ以外の色はきれいに発色しないのだと、そこの町で働いていた時、人々は言っていた。でも、衣服だけでなく、車の座席や家具、小物の色も、ほとんど同じようだ。今使っている車も、アーセタイル神殿からの贈り物だけに、本体は緑で、ブロンズかかった茶色に縁どられ、幌も敷物も緑だ。ここロッカデールに来てからも、それほど変わりはしなかった。いや、緑系やオレンジがなくなり、その代わりに灰色が現れた分、余計に色彩が乏しくなったような気がする。木々や草は緑だが、アーセタイルのそれより少し茶色がかっているためか、少しくすんで見えた。
 途中の野原で、一行はナンタムの群れとまた遭遇した。ロッカデールへ来てからナンタムの群れを見るのは二度目だが(リセラ、サンディ、ミレアは別行動だった故、これが初めてだ)、南へと向かって移動していた前回とは違い、今回は茶色い塊のようになって、草原にじっとうずくまっているような感じだった。
「あのナンタムたちは、ちょっと元気をなくしているみたいだね」
 ブランが、そんな感想を漏らしていた。
「ロッカデールでレラが減衰しているのなら、ナンタムたちも影響を受けているのだろうな」ディーはその方向に目をやり、そして言葉を継いだ。
「以前見かけたナンタムたちは、たぶんアーセタイルへ向かっていたのだろう。あそこならレラが豊富だし、同じ土系だから問題ない。身体の色が緑になるだけだろうからな。だがここは少し遠いから、そこまで移動はできないのだろう」
「それにしても、なぜロッカデールでレラが減衰しているのかしら。何か原因があるはずよ」ロージアもその生き物たちに視線を向けながら、小さく首を振る。
「原因はわからんが……たぶん、アーセタイルの精霊が心配していたのも、そのことなのだろうな」
「それは類推かい? それともエフィオン?」ブランがそう聞く。
「いや、エフィオンじゃない。単なる類推だ」
 ディーは苦笑いを浮かべた。
 エフィオンは、普通は知ることのない真実を知る力――サンディは、そう思いだした。自分では今思い出せない彼女のことも、その力である程度は知っていると、かつてディーが言っていたが――『でもそれを知って何になる? 時期が来れば、自然と思い出す」そう告げられたことも。
「困ってはいるでしょうね、たしかに。レラが減衰するということは、この国にとっては主要な産業である、鉱山関係の仕事に影響してくるから。だから人々が貧しくなり、犯罪も増えるのかもしれないし」レイニも頭を振り、
「ミディアルはもともとレラが少ないから、それに頼らない仕事がたくさんあったけれど。いえ、ほとんどそうだったわね」リセラが思い出すように、そう続けた。
「でも、今までレラ頼りで暮らしていたここでは――いや、ミディアル以外はみなそうだろうが――今からミディアルのような産業を発展させろと言っても、難しいだろうからな」
 ディーの言葉に、何人かが頷いていた。
 やがて日が落ちたが、一行はヴァルカ団捕縛の際に持ってきたカドルを制御席から掲げ、進み続けた。そして夜の三カルを過ぎた頃、ロッカデールの首都カミラフの門に着いた。




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