The Dance of Light and Darkness

第三部:岩と山の国ロッカデール(4)




「本当に、君には感謝する。ローダガンさん、と言ったか。正式な名前は?」
 改めて全員が部屋の中に座ると、ディーがそう口火を切った。
「いや、まあ、名乗るほどのものじゃない。偶然の成り行きだ。それにさん付けはやめてほしい」
 ローダガンは相変わらず少し照れたような、きまり悪げな顔で一行を見回した。
「本当に、聞きしに勝る、色とりどりなディルト集団だな……」
「ああ、まあ俺たちは、元はミディアルから来ているからな」
 フレイの言葉に、ローダガンも「そうだったな。そう聞いた。なかなか想像できないが」と頷いている。そして彼は赤髪の若者を改めて見ると、「でも、あんたは純粋な火の民に見えるが。それに……」さらにブルーに目を向け、「そっちは水だろう、どう見ても」と、少し不思議そうな表情をしていた。
「まあ、そうだ。俺とブルーはディルトじゃない。だがまあ、事情があってそれぞれの国を離れているのさ」フレイは簡単に、そう答えていた。
「でも本当に、会えてよかった。もうとっくに次に出発しちゃったかと思っていたわ」
 リセラが改めてそう声を上げると、
「いや、次に行くと言っても、何も手掛かりがなければ、仕方がないからな」
 ディーは頷いて、ここ二日ほどの夜に試していた、おとり作戦のことを話した。
「なるほど……あんたたちなら、そういうこともできるんだな」
 ローダガンは感心したように呟いている。
「でも、昨日も一昨日も不発で、今晩試してみてダメなら、次の手を考えないといけないかしらと思っていたところなの。あなたたちが見つかって、本当に良かったわ」
 ロージアもほっとした様子を隠さずに、四人を見ていた。
「それなら……あんたたちは、もうヴァルカ団を追う理由はないんだな。仲間たちとは合流できたし。とりあえず、この三人の水とポプル代さえ払ってもらえれば、おれは帰る」
 ローダガンは立ち上がって、ふっと息をついた。
「もちろんよ。それだけでなく、リルたちを助けてもらって、ここまで連れてきていただいたお礼はするわ。本当にありがとう」
 一行の会計係であるロージアは、かなりの額を若者に手渡していた。
「こんなにいいのか?」
「ええ。本当にあなたのおかげで、助かったから。あなたも、妹さんが見つかるといいわね……」
 ロージアはそこで、何かを気付いたようだった。同じように、他の仲間たちも。
「妹さんの行方は、たぶんヴァルカ団しか、わからないのだろうな」
 ディーが首を振り、そして何かを考えているように宙をにらんだ。
「そうだ。ねえ……そのおとり作戦、今晩も実行してみてくれない?」
 リセラがそこで、同じく気づいたように、みなを見回した。
「それだったら、わたしがおとりになってもいいです」
 サンディもそう申し出る。
「ブランよりは適任かもしれないが、危険だぞ」
 ディーは苦笑して、少女を見た。
「大丈夫です!」
「……あんたたちは、もう仲間は見つかったんだし、あいつらを追う理由はないだろう」
 ローダガンは驚いたように一行を見た。
「まあそうだが、君には恩がある。君がヴァルカ団を追っているなら、俺たちもやりかけていたことでもあるし、少し協力してもいい。それだけだ」
 ディーの言葉に、ローダガンは「しかし、そのお礼は、もうもらったしな……」と口ごもる。
「それはそれとして、取っておいて。わたしたちはどのみち、今日もその作戦をする予定だったのよ。そのために昼間寝ていたのだし。ただ、成功するかどうかはわからないし、もし失敗したとしたら……そうね。あと一日くらいは試してもいいけれど、それから先は……」ロージアはそこでディーの顔を見、彼が後の言葉を引き取った。
「そう。そろそろ本来の目的をしに、カミラフへ向かわなければならない。俺たちが協力できるのは、あと二晩くらいだ。もし不発だったら、その時には申し訳ない」
「いや……そんなことはない。あんたたちには感謝する」
 ローダガンは半ば驚き、半ば感嘆したような表情で一行を見ていた。
「そうだ。アンバー、おまえに意向は聞いていなかったが、おまえも協力してくれるか?」
 ディーが思い出したように黄色髪の若者にそう問いかけ、
「ここで断ったら、僕が恩知らずみたいだよ。それに不発だったら僕の出番はないから、今までも何もしていないしね」
 アンバーは少し抗議するように頭を振る。
「じゃあ、大丈夫だな。うまく行くように願おう」
 ディーの言葉に、一行はみな頷いていた。
 
 夜が来た。その夜がかなり更けた頃、おとり役のサンディと見張り役のディーとロージアの三人は、第三広場へ出かけて行った。
「さあて、俺たちはやることはないから、寝ようぜ」というフレイの言葉を合図に、残った人々は部屋で寝た。ローダガンもその日は一行と行動を共にし、同じ部屋に泊まることになったので、片隅に横たわっていた。
 一方、広場に着いた三人は、同じようにディーとロージアは灌木と木の陰に姿を隠し、サンディは広場の隅、二人から少し離れているが、離れすぎない距離に敷物を敷いて座った。前にカドルを置いて。サンディは、もともとここの民のように髪は茶色なので(皮膚はかなり白いが)、ブランがかぶっていた頭巾をかぶる必要はなかった。それで、ロージアがそれをつけた。彼女の銀色の髪がもし光ると、鳥に警戒を起こさせるかもしれない――そう思ったためでもある。
 三人がそこに来て一カーロンほどが過ぎた頃、上空を黒い影が飛び去って行った。それからさらに半カーロン以上が過ぎてから、もう一度影が飛んできた。と、それは急降下してくる。
 サンディは立ち上がって、上を見た。あの時の鳥だ。ミレア王女をつかんでいった――それがみるみる大きくなってくる。彼女は思わず屈みこみ、目を閉じた。鳥の足が触れると同時に、灌木の陰から緑色の光の玉のようなものが飛び出してきて、鳥に当たった。さらにしゅっと緑色の弦のようなものが素早く伸びてきて、鳥の足に絡む。鳥は鋭い鳴き声を上げて、地面に落ちた。
「やったぞ!」
 ディーが声を上げて、灌木の茂みから飛び出してきた。ロージアもすかさず駆け寄り、手をすっと上にあげる。鳥の足に絡んだ緑の弦のようなものは、たちまち鳥の身体全体に巻き付き、もがくような動きも泣き声も封じるように、絡みついていく。さらに彼女は右手に銀色のレラを集めると、かけ声をかけて、それを鳥に投げつけるように触れた。鳥は動かなくなった。
 改めて見ると、かなり大きな鳥だ。黒っぽい茶色で、羽を広げるとサンディの背丈よりはるかに大きい。が、今は目を閉じて、おとなしくなっている。
「死んじゃったんですか?……」サンディは目を丸くして聞いた。
「いいえ。マヒさせただけよ。ペナディムという風の技。わたしが風系で使える、唯一の技ね」ロージアは首を振り、鳥を見下ろしていた。そしてディーと二人がかりで灌木のところまで引きずり、木の下に横たえる。
「この技は二カーロンくらいしか効き目がないから。もう二回くらいかけなければならないわね」
 ロージアはディーとともに、横たえた鳥の傍らに座った。彼女の手には、鳥の身体に巻き付いている緑の弦のようなものが握られている。
「あなたはもう、宿に帰って寝てもいいわよ、サンディ。一人だと危ないから、ディーに送っていってもらえば。わたしたちは昼間寝たけれど、あなたは眠いでしょう」
「大丈夫です。ここでも眠れますし」
 サンディはそう答えた。ロージアは鳥にかけた術が解けるのを防ぐため、ここを離れられないが、宿屋に行って帰ってくるまでに、半カーロンはかかる。それが、少し心配でもあったからだ。もちろんロージアは攻撃技も持っているし、強いだろうが――サンディは木の幹に寄りかかって、座った。そしていつのまにか、眠っていた。
 
 目が覚めた時には、あたりは微かに明るくなりかけていた。目の前にはまだあの鳥が横たわり、ロージアが手に緑の弦を握ったまま、その鳥を注視している。
「今、ディーはアンバーを起こしに行っているわ」
 ロージアはサンディが目覚めたのを見て、小さな声でそうささやいた。
「もう少しで日が昇る。あと十ティルちょっとで、マヒも解けるわ」
「そうなんですか……」
 サンディも鳥に目を注いだ。その閉じた瞼が、かすかにぴくぴくと動き始めている。翼の先も。
「離したら、襲ってくることはないですか……?」
「この鳥は、そこまで狂暴じゃないみたいね。ブランが調べたところによると」
 ロージアがささやき返す。「でも、万が一ということもあるから、あなたはディーが戻ってきたら、彼の後ろに隠れなさい。その方が安全だわ」
「はい……」サンディは少し緊張を感じながら頷いた。

 やがてディーが、アンバーを連れて戻ってきた。
「うわ、こうやって見ると、大きいなぁ」
 アンバーはまだ少し眠そうな顔だったが、鳥を見ると驚いたような声を出していた。
「今はペナディムでマヒさせているけれど、そろそろ解けるころよ」
 ロージアは頷くと、右手をかざした。鳥の身体を縛っていた緑の弦のようなものがシュルシュルとほどけ、手の中に回収されていくように戻っていく。それと同時に、全員が後ろへ下がり、木の向こう側に避難した。サンディはロージアに言われたとおり、ディーの真後ろに避難した。彼も片手を背中に回し、サンディの肩に触れる。
 空がだんだんと紫色がかっていき、少しずつ明るさを増していく。まだ太陽は顔を出していないが。鳥はマヒが解けたようで、むっくりと起き上った。しばしその場に静止し、ついで激しく体を震わせた。そして一声泣き声を上げると翼を広げ、灌木の上を薙ぐように飛び出し、空高く上がっていく。その鳥のシルエットが小さな点になろうとする頃、アンバーがぽんと手を幹に叩くように触れ、翼を広げて飛び出した。
「アンバー、無理するなよ! 深追いはするな! 気をつけろ!」
 ディーがその後ろから、そう声をかけた。
「わかってる!」
 声が上から降ってくると同時に、その姿も小さくなっていった。
「アンバーさん、速い……」
 サンディは思わず、小さくそう声を上げた。
「あの子は本気を出せば、単独でなら、あのくらいの速さで飛べるのよ。逆風が来なければ」ロージアはもう小さな点になった姿を見送りながら、付け加えた。
「同じ風でも、わたしはマヒ技しかないけれどね。あの子はわたしより四分の一、風エレメントは多いけれど。それに光も飛行能力があるから、減衰はしないし」
「まあ、いろいろな特性があるということだ。だから、いろいろ寄り集まって、普通の単独エレメント持ち集団には、できないこともできる」
 ディーも空を見上げ、首を振って続けた。
「さあ、俺たちは宿に帰って寝るか。あとはアンバーの報告待ちだ」
「アンバーさん、追いかけて行って、ここに帰ってこられるんですか?」
「目印をつけていったから、大丈夫よ。そこの木に」
 ロージアは、さっきアンバーが触れた木を指さした。そのあたりが、ほんのりと銀色に光っている。
「パラエという風の技ね。飛ぶ人以外役には立たないけれど、かなり離れても、その位置に戻ってこられるの。百キュービットくらいは。あの鳥は八十キュービットくらいしか飛行範囲がないらしいから、大丈夫なのよ」
「そうなんですか」
 サンディは頷いた。この世界の技はいろいろありすぎて、覚えきれないと思いながら。

 アンバーが宿に戻ってきたのは、それから三カーロン半ほど過ぎた頃だった。宿には普通に歩いて帰ってきたが、広場までは飛んできたらしく、「遊んでいる子供たちに、鳥人間だって騒がれた」と、ちょっと苦笑いをしながら、部屋に座り込んでいる。
「ロッカデールでは、飛ぶ人間なんて見たことがないからな。それは騒がれるだろう。町の門からは、歩いて帰ればいいだろうに」
 ローダガンは首を振りながら、少しあきれたように、そう声を上げていた。
「無理なんだよ〜。パラエでつけた目印に戻るには、飛んでいないと」
 アンバーは首を振り、そして続けた。
「すごく疲れた。お願い、風ポプルをちょうだい」
「はい。お疲れ様」
 レイニがにこりと笑って、袋の中から銀色のポプルを三つ渡している。
「それで、どうだった?」
 リセラがせき込むように聞いた。仮眠していたディーとロージアも起き上がっている。
「山の中腹くらいに入っていったところは確認した」
 アンバーはポプルを食べながら、答えた。
「何という山だ? この近辺だと、三つくらいしかないが」
 ローダガンが身を乗り出して聞いていた。
「地図は見ていないから、わからないよ。でも麓の木に印をつけたから、そこまでは行けるよ」
「……行くとしたら、早い方が良いな」
 ディーはしばらく考えるように中空をにらんだ後、首を振った。
「あのエンダという鳥は、術で使うものではないから、何があったのかは飼い主にはわからないだろうが、いつも夜帰ってくる鳥が朝を過ぎて帰ってきたということを気にして、また拠点を変えようとするかもしれない。今は……もうじき昼の四カルだな。アンバー、あいつらの拠点があるかもしれない山まで、どのくらいの距離だ」
「僕の全速力で、一カーロンくらいかな。帰りはもっとゆっくり飛んできたけれど」
「おまえの全速力で一カーロンなら、あの車で行って、二カーロンと少しくらいか。今から行って、七カルくらいには着けるか」
「今から行くのかい?」
「もたもたしていると日が暮れるし、あいつらが拠点を変えてからでは遅い」
「わかった。でも、ちょっとだけ休ませて。まあ、エレメントは補給したけど、またあそこまで飛ぶのは、ちょっと疲れるよ」
「おまえには、そうだな。向こうへ着いたら、車の中でペブルやブランと一緒に休んでいろ。それに、出発準備までに二十ティルくらいはかかるだろうから、その間もな。あと、風ポプルをもう一つ持っていった方が良いな」
 ディーが頷き、「そうしてくれると助かるな〜」と、アンバーは声を上げていた。
 やがて一行は、ローダガンとともに宿を出発した。出かけるだけで、もしかしたら今日は夜遅くなるかもしれないが、まだ宿泊はすると、宿の主人に告げて。

 ローダガンを含めた一行十二人は車に乗り、町の北門を目指した。鳥が逃げていった方角からして、そちらだろうと見当がついたこともあり、追跡していったアンバーもそれを確認したからだ。そして町を出ると、アンバーも翼を広げて、空へ飛び出していった。彼がつけた印――風の技パラエは、その印の所在を技のかけ手に教えてくれるが、飛んでいる状態でないと感知できないからだ。
「なんて指示を出したらいいんだろうな。名前を言って通じるかな」
 駆動生物に指示を出す役のペブルは、ちょっと迷っているようだった。
「あの飛んでいる彼の後についていって、でいいのよ」と、ロージアが声をかける。
「はいよ」ペブルは頷き、同じ言葉を繰り返す。
 そして車は駆動生物に引かれて、その後を走り出した。
「それにしても……飛んでいる人間を見たのは、初めてだな」
 車に乗ったローダガンは少し驚いたような表情で、その後ろ姿に目をやり、
「ロッカデールでは、そうでしょうね。でも、あたしも飛べるのよ。あの子ほど早くも高くもないけれど」と、リセラが少しいたずらっぽく言う。
「そうなのか」ローダガンは再び驚いたような眼を、リセラに向けた。
「それで、目的地に着いたらどうするの?」
 ロージアが一行のリーダーにそう問いかける。
「目的地がどこになるのか、今の段階ではわからないが……」
 ディーは視線を宙に向け、しばらく考えるように黙った後、続けた。
「山の中に拠点があるとして、移動するには、まずいったん山を下りなければならない。そして夜の間に移動を終わらせなければならないから――昼間そんな大きな鳥を連れて街道を移動していたら、目立つからな。ところで、ローダガン。アーセタイルでは駆動生物は昼間しか走れなかったが、ロッカデールの駆動生物は、夜は走れるのか?」
「走れる。あまり得意ではないだろうが、カドルで道を照らしていけば可能だ」
「そうか。それなら移動には車を使うのだろうな。まあ、それでも、それほど遠くへは行けないだろう。七、八カーロンほどで移動できる山なり森なりがあるところで、拠点とそこを結ぶ道――山を下りるにも、やっぱり道を通るだろうから、地図と照らし合わせていけば、道筋を推測することが可能だろう。だから、まずは鳥が入っていったという山のふもとまで行き、具体的にどのあたりに鳥が下りて行ったのかをアンバーに教えてもらって、そこから道を割り出し、その途中で待ち伏せする。連中も、やはり動くのは夜だろうが――あの鳥は夜行性なら、昼間は寝ているだろうしな――まあ、荷車に乗せて運ぶ手もあるが、どのみち昼間は街道を通れないことを考えると、せいぜい動くのは夕方だろう。そしてうまく連中と遭遇できたら――捕まえる」
「そうなると、戦いになるのだろうなあ。でもペブルは留守番だし、ディーの攻撃じゃ強すぎて相手を殺すから――俺とロージアだけじゃ、心もとないぜ」
 フレイが少し不安そうに、首をすくめる。
「俺もパルーセは無理だが、ダムルの威力を控えめにして、命中させないようにすれば、殺さないようにはできるだろう。けがはさせるだろうが」
 ディーは微かに苦笑を浮かべた。
「おれも戦う。おれは、攻撃技はないが、弓は使える。フィーダをかけて打てば、少しは力になれるかもしれない」ローダガンがそう申し出た。
「そうか。だが、相手も攻撃技持ちがいるかもしれないし、その点は気をつけてくれ。それに下っ端はまあ、多少犠牲が出てもいいだろうが、親玉は殺してしまうと、さらった子たちの行方を喋らせることができなくなるから、できるだけ急所を外して、打ってくれ」
「わかった」
 
 目的地までは、アンバーの全速力で一カーロン、この車の速度では二カーロンほどとディーが見積もっていたが、実際には二カーロン半以上かかった。空を飛ぶのは直線距離で行けるが、車は街道沿いにしか行けない。いや、草原は何とかなるが、アーセタイルでの思恨獣昇華の時のように、振動がひどくなるし、森の場合はどうにもならない。それゆえ、先導するアンバーの方も、できるだけ街道に沿って飛んだせいもある。アンバーが目印をつけた木にたどり着いた時には、太陽はもうかなり西南、西寄りに傾いていた。もう昼の八カルを過ぎた頃だろう。
 一行の前には、それほどは高くない山があった。「だいたいあの場所に鳥が入っていった」と、アンバーがさしたところは、山の中ほど、少し西寄りのところだった。
「この山は、ウェトラ鉱山だ」ブランが地図を読みながらそう言い、
「そうだ。ここは裏側だが――向こう側に、鉱山への入り口があるはずだ。ただウェトラ鉱山は二節ほど前に、閉山されたが」ローダガンも頷く。
「ここもやっぱり鉱物が取れなくなったのか?」というディーの問いかけに、
「そうだ。ここは銅山なんだ。でも今年に入ってから、めっきり取れなくなったという話を聞いた。だから今は、誰もこの辺りには近づいていないと思う。山の裏側は、余計だ」と、ローダガンは頷いていた。
「この山は、向こうから鉱山入り口に伸びている広い道があるようだね。その街道を三十キュービットほど行くと、森がある。」
 ブランは地図を熱心に読みながら、少し黙った後、言葉を続けた。
「こっちの裏側には、山頂へ向かう一本の道がある。でも、あまり広くはないようだ。人が二人並んでやっと通れるくらいの細さだろう」
「それでは、車は通れないな」ディーは考え込むように黙る。
「こっち側から鉱山への抜け道があるかもしれない」
 ローダガンは思いついたように、そう言った。
「ああ、向こう側へ突き抜けてることは、たまにあるからなあ。おいらが働いていた時も、先へ進んでったら、いきなり向こう側へ出ちまって、びっくりしたことがあったからなあ」
 ペブルも思い出したように声を上げる。
「もしそうなら――そうだな。その方が確実かもしれない。そのヴァルカという男が元鉱山で働いていたなら、たぶんここもその男が働いていたところなのかもしれない。そうすれば抜け道には詳しいだろうし、やぶだらけの細い山道を下りるより、坑道を通って鉱山入り口へ抜けた方が、道も広い。車も通れるだろう。もしかしたら、奴らの拠点自体が鉱山の中にあるのかもしれない。鳥はこちら側から出入りしているのかもしれないが、車の移動を考えても、それに人間と荷物を置くスペースを考えても、その可能性が高いだろう。それなら、やはり抜けるとしたら、向こう側だ。向こうの道には、ちょうどうってつけの距離に森があるしな。いったんそこへ逃げ込むかもしれない」
「とすると、向こう側へ回らなければならないのか? 裏をかかれることはないか?」
 ディーの言葉を受けて、フレイがそう問いかける。
「いや、たぶん向こうへ行く可能性の方が高いだろう。俺の読みが間違っていて、こっちへ降りられたら、もう仕方がないが――ローダガンはどう思う?」
「おれも、あんたに同感だ。たぶん連中の拠点は、鉱山の中だろう。閉山された山には、普通人は入らないからな。だから向こうへ抜けるほうがありそうだと思う」
「それなら、急いで反対側へ回ろう。あと一カーロン以上かかるだろうが――アンバー、もう案内はいいぞ。よくやってくれた。あとは車の中で休んでくれ。それで、ペブル、カラムナたちに指示してくれ。できるだけ急いで、ウェトラ鉱山の入り口に向かってくれと。場合によっては、ぎりぎりかもしれないな」
 ディーがそう指示を飛ばし、一行はそれに従った。

 山のふもとに伸びている細い道を通って、反対側に回り込んだ頃には、もう日が沈みかけた頃だった。夕闇で徐々に暗くなり始めた中に、鉱山の入り口が見えた。山肌を切り崩すように、空いたトンネルの入り口から、山の中に向かって道が伸びているのが見える。その近くには、古くなった駆動生物の小屋や、丸い車輪のついた古びた大きな木の箱が、いくつも転がっていた。
「鉱山の道は、途中までは広いんだ。作業所に使っている、広い空間もところどころにある。おれの父親も鉱山で働いていた。十年前に落盤事故で死んだが、その前に何度か、おれも手伝いについていったこともあるんだ。あの中に掘り出した鉱物を入れ、いくつか連ねたら、カラムナを使って入り口まで引かせる。だから、中はかなり広いはずだ」
 ローダガンは車輪のついた大きな箱を指さした。箱の両端には、植物の弦を使ったひもが輪のように結びつけられている。
「ああ、そうだよ。おいらも七年くらい働いていたから、覚えてる。ここもそういや、来たことがあるなあ。エダル鉱山に行く前に」
 ペブルも入り口を見上げ、思い出したように頷いていた。
「中の構造は覚えているか?」というディーの問いかけには、
「もう忘れちまったなあ。中へ入ると、どこも似たようなもんだし。言われたところで掘るだけだし」と、首を振っていたが。
「そうか」ディーは頷き、あたりを見回した。鉱山の入り口を正面に見て、右側は古い小屋や道具が点在している広めのスペースになっているが、左側は少し入ったところに、木が少し茂っている地帯がある。
「あそこの後ろに車を止めて、様子を見よう。もうすぐ暗くなる」
 一行は車を移動させ、半数は外を見張り、残った半分はその間に食事をした。食事を終えると、今度は見張りを交代し、最初の組が食事をとる。その後は、ただ待った。暗闇の中、極力音をたてないように、カドルの火も消して、木々の間から見える鉱山の入り口を見ていた。そうして、二カルほど過ぎた。




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