The Dance of Light and Darkness

第三部:岩と山の国ロッカデール(3)




 男の家は町のはずれの方にある、土でできた小さなものだった。庭も狭かったが、片隅に小さな井戸がある。木はなく、草さえまばらだった。男は井戸の中に桶を入れ、水を汲んだ。その水は少し濁っていた。
「本当に、水質はあまりよくなさそうだな」
 ディーは微かに顔をしかめた。
「贅沢は言えないんだよ。これがあるだけでも、助かっているんだ」
 男は首を振る。
「ナナンくんがいれば、この水もきれいにしてくれたでしょうにね」
 桶の中の水を見ながら、レイニがそう呟いた。アーセタイルで出会ったその少年は、水の中から不純物を取り除く技が使えたのだ。
「ロッカデールに、ダヴィーラ使いはいないだろうね」
 ブランは苦笑いを浮かべていた。
「ただ、装置があれば、きれいにはできるんだよ。ミディアルではそれを使って、天然の水からきれいな売り物の水を作っていたようだが、ロッカデールにはあるのかな」
「さあ、それは知らないが。売っている水はきれいだから、何らかの処理はしているんだろうな。さもなければ真っさらの澄んだ水が出るところがあるかだが。でもアーセタイルに比べて、ロッカデールは水がそれほど豊富じゃない。それに売っている水は、ただじゃないからな」
 男は家の中に入り、桶の中の水を小さなコップに注いだ。それを飲み、もう一度注いで、奥へと入っていく。床は外と同じ土のままで、古びた鉄製の机と椅子が置いてあり、その奥には乾いた草を積み上げたような寝台があった。その上に、七、八歳くらいの女の子が寝ている。肌の色はうす茶色で、茶色の髪に少し黒と緑が混じり、目の色も少し緑がかった茶色だ。その目をうつろに開いて、天井を見ている。
「アマナ、ポプルだぞ!」
 ダンバと名乗ったその男は、白ポプルをその娘に差し出す。少女は手を伸ばし、一心にそれをほおばる。二つ食べたあとで、少女の眼には生気が戻り、父親が組んできた水も飲んでから、ベッドの上に起き上がった。
「お父さんも食べて」
 娘の言葉に、父親の方もポプルを二つほおばり、大きく息をついた。
「本当にありがとう。実は俺も倒れそうだった。あんたたちのおかげだ」
「いや、まあ、役に立てたならよかった。だが、俺たちも、いつまでもあんたたちの食料は買えない。何か生業の道を探した方がいいな」
 ディーは男を見、微かに首を振った。「それともう一つ……約束だったな。聞かせてもらいたい。あんたはペブルと一緒に鉱山で働いていた。だいたいいつまでだ?」
「この町から北に三、四キュービッド離れた鉱山、名前もこの町と同じエダル鉱山で働いていたんだ。今年のザンディエの節まで」
 男は椅子に腰を下ろしながら、口を開いた。
「あんたたちには座る場所がなくて申し訳ないが。床で構わないなら、座ってくれ」
 一行は顔を見合わせたのち、レイニが再び敷物を床に広げ、八人が身を寄せ合って座った。狭い家の中では、あまり余裕はなかった。
「エダル鉱山では、鉄が取れるんだ。場所によっては銀も少し取れる。ペブルも二年半前までは、そこで働いていたっけな」
「ああ。そうだったよ。親方に連れられて」太った若者も頷く。
「あのころはいい時代だったな」
 ダンバという男は、懐かしむような表情を浮かべた。
「俺はさ、おまえと同じで闇交じりなんだ。四分の一だけどな。俺の親父が岩と闇のディルトだった。俺は十年前に結婚した。女房はディルトだが、アーセタイルとロッカデールだから、同じ土同士だ」
「奥さんはどうしたんだい?」フレイがそこで口をはさんだ。
「フィエルの節に入ってから、アーセタイルの親戚を頼って働きに行ったよ。ここより働き口があるからと言ってな。時々金を送ってくれるんだが、ここ一節くらいは便りがないんだ。だから金も尽きちまって、何も買えなくなったわけさ」
 男はため息をついた。
「なぜあんたは鉱山の仕事を辞めたんだ?」
 ディーの問いに、ダンバは首を振り、再びため息をついて答えた。
「やめたんじゃない。鉱山の仕事自体がなくなったんだ。ザンディエの節の十五日で、閉山になったからな。もともと去年からだんだんとれなくなってきていたが、今年に入って本当に乏しくなって。ロッカデールじゃ、去年からあまり鉱物がとれなくなってきているんだ。レラが弱まったんだろうかね」
「そうかもしれないな。鉱物が減ってきているということは、岩のレラが減衰しているということだろうからな」ディーが重々しく頷き、
「鉱山はロッカデールの主要産業だから、とれなくなると厳しいかもしれないね。でもなぜレラが減衰したんだろう」と、ブランも微かに首をひねる
「そのあたりが、アーセタイルの精霊が言っていた懸念なのかもしれないな」
 ディーは微かに頭を振り、男を見やった。
「それだからか、ロッカデールもだんだん治安が悪くなってきたんだ」
 ダンバという男は訴えるようなまなざしになった。
「俺もそうだが、生きていくためには、多少悪いことをしないとやっていけないような奴が増えてきた。あんたはさっき俺に生業を探せと言ったが、そうしなかったと思うか? 鉱山と金属加工で、国民の八割がそれにかかわっている国で、鉱物が取れなくなってきたら、どうなると思う? 仕事なんか、ほとんどないんだよ。特に俺みたいなディルトは、純血の奴より後回しにされちまうんだ。娘だってそうだ。子供たちの遊び仲間には入れてもらえない。いつも一人で遊んでいるんだ」
「ああ……」
 みなは小さく声を上げた。さっき広場で見かけたディルトの子供――仲間たちに入れてもらえず、一人でうろうろしていた、その子を思い浮かべているように。
「ディルトはディルト同士で遊んだらいいのに。僕らみたいに」
 アンバーが小さくそう口にした。相手は少し驚いたように彼らを見つめた。
「まあ……あんたたちもディルト同士でくっついているんだし、その手はあったな。だが、放っておくとミディアルのように、みんな色抜けになりそうだな」
「あんたは鉱山出身なら、ヴァルカという男を知っているか?」
 ディーがそこで問いかけた。
「ヴァルカか。今騒がせている奴だな」ダンバは少し顔をしかめた。
「困って悪事に手を染めるのはわからないでもないが、あれはいただけないな。盗るのはモノでないと。人はダメだ、絶対に」
「そのヴァルカ団に、俺たちの仲間がさらわれたんだ。それで今、その行方を追っているところなんだ」
 ディーの説明に、ダンバは驚いたような表情をした。
「あんたたちそれだけ大勢いて、まだ仲間がいるのかい?」
「あと三人な」ブルーがそっけなく答える。
「そんなにいっぺんにさらったのか?」
「いや、たぶんさらわれたのは一人だが、助けようとして二人が巻き込まれたらしい」
「そうなのか……」男は考え込んでいるように、天井に視線を向けた。
「ヴァルカなら、少しは知っている。まあ、それほど親しいわけじゃないが、ペブルがミディアルへ行って二節くらいたったころ、エダル鉱山に別の組の親方としてやってきた。そいつらは半年ほどいたが、そのあともっと北の鉱山に移っていった。どこだかは知らない。ただヴァルカの出身地がタンダラの町で、鉱山もその近くだ、というのは聞いたことがある。俺が知っているのはそれだけだ」
「そうか。ありがとう」

 一行は男の家をあとにし、宿に向かった。もうかなり日は傾いていた。もうすぐ夜になる。途上で水を買うと、町の目抜き通りを歩く。陽は徐々に落ちていき、薄曇りから、やがて真っ暗になった。今はディエナの節で、月も出ていない町には、家の窓から洩れる灯りが、唯一の明るさだ。夜になると町の通りも人が途絶え、途中で通った広場も人気はなく、静まり返っている。フレイが荷物の中からカドル(火の力を入れたランプ兼暖房装置)を取り出し、点けた。少し赤みを帯びた光があたりを照らす。その光と、家々の窓の明かりを頼りに、八人は宿屋へと急いだ。ダンバの家からの道のりは、思ったよりあった。
 その時、一行の頭の上、かなり高いところを影がよぎって行った。ディーとブランが気付いて、空を見上げた。
「鳥が飛んでいる……」
「あいつだろうか? それとも野生のだろうか」
「それはわからないな。だが、もしあいつだとしたら……」
 ディーは何事かを考えているように少し黙った後、頭を振った。
「ひとまず宿に帰ろう。だが、もしあれがあいつだとしたら……少し考えがある。危険かもしれないが」
「何?」ロージアが、みなを代表して問いかける。
「あいつは、元は野生のはずだ。通信鳥や攻撃鳥のように、人間の意のままに動かせるわけじゃない。たぶんエサになる小動物を与えて、命令を聞くように訓練させているはずだ。では、どんな命令を。というと、今までの例から見て、夜、他に誰も人がいない時に、若い人間が一人でいたら、もしくは同じような奴がせいぜい二、三人くらいだったら、一人つかんで連れてこい、と。では若い人間はどうして見分けさせるかというと、たぶん背格好だろう。そのくらいの対象物を作って、それをつかませる。状況をいろいろ変えて、先の条件に合った時にだけ実行させる。成功すればほめて褒賞を与え、失敗すると罰を与える。それを繰り返す。そうして、覚えこませているのだと思う」
「ええ。それは、たぶんそうなのかもしれないわね……」
「おとり作戦でも考えているのかい、ディー」
 ブランがかすかに笑みを浮かべ、相手を見た。
「今はまだ夜になって間もないけれど、もう少し深まったら――今までの例でも、被害者たちは夜の四カルから六カルくらいにさらわれているからね。それで、背格好からすれば標的は私だね」
「一番近いのはな。茶色い布を頭に被る必要があるが」
 ディーは苦笑いを浮かべて、小柄な白髪の男を見た。
「ただ、本当にさらわれるわけにはいかない。我々は空からは見えないように、木の陰にでも潜む必要があるが。誰か一人か二人。そして、もしうまくあいつがかかったら……」
「撃ち落とすのか?」
 フレイの言葉に、ディーは首を振った。
「いや、殺したら、そこで終わりだ。生け捕りにする。明け方、離して帰らせる。そうすれば、仲間の元へ帰ろうとするだろう」
「それを僕が追いかけるのかい?」
 アンバーは少し自信がなさそうな口調だった。
「可能な限りでいい。だから、離すのは明け方なんだ。光がある。だから追えるだろう。相手に見つからないように気をつけて、可能なところまで行って、地面には下りずに帰ってきてほしい。成功すれば、あいつらの基地がわかる」
「けっこうな賭けだなぁ、それは。それにさっきの鳥が、ただの野生の可能性だってあるしな」
「おまけに、もし本当だったら、かなり危険もあるんじゃないか?」
 フレイとブルーは懐疑的な表情で、首をひねっていた。
「危険はあるだろうし、何も起こらない可能性も高いだろうな」
 ディーも苦笑いを浮かべながら、頷く。
「でも、上手くいく可能性もあるのなら……」
「ええ。やってみる価値はあるのかもしれないわね。ブランとアンバー次第だけれど」
 レイニとロージアは顔を見合わせ、思案しているようだった。
「そうだね。私は構わないよ、おとりになっても」ブランは頷き、
「追跡を失敗しても、怒らないでくれるなら」
 アンバーは少し情けなそうに首をすくめる。
「それなら、見張りはわたしがやるわ。タランケとピルセクで攻撃する」
 ロージアはそう申し出た。タランケは土の攻撃技で、ピルセクは先ほどポプル屋で見せた、緑の弦を伸ばす技だ。タランケで弱らせ、ピルセクを鳥の足に絡めれば、生け捕りは可能だ。
「俺も別の木の下から見ていよう。念のために」ディーは頷いた。
「でもあなたは、どうしようもない時だけにしてね、攻撃は。パルーセでも殺しちゃうから」ロージアはそう念を押す。
「おいらは、デカすぎて見つかるかな」ペブルは頭を掻き、
「俺も目立つかな」と、フレイも首を振る。
「その鼻がな」と、ブルーにからかわれ、
「うるせえ、髪の色がだよ」フレイは怒鳴り返す。
「まあ、気配を消して隠れるには、ロージアとディーは適任だね」
 ブランは苦笑を浮かべて仲間たちを見ていた。
 一行は宿屋に帰り着き、部屋でポプルと水の食事をとって、時を待った。

 その夜、ブランとディー、ロージアの三人は泊まっている宿屋を出て、一番近い広場を目指した。
「あの鳥をおびき寄せるためには、町の外の方が都合は良いのだろうが、少し遠くなりすぎるだろうしな」
 ディーは出立前、宿に残る五人に告げた。
「おまえたちは寝ていてくれ。うまく行ったら、明け方、ブランをここに寄越す。そうしたらアンバー、おまえは起きて、広場まで来てくれ。おまえが来たら、鳥を放す。町の連中が起きてくる前にな」
「わかった」みなは一斉に頷いた。
 再び出た町の中は、真の暗闇に包まれていた。夜もまだ三カルくらいまでは、たまに外に出ている人もいるが、この時間には、たいていみな家の中で眠っている。町中に灯りはなく、家の窓も閉ざされて暗く、月もない空には小さな銀色の星明りだけだ。ディーとブランはこの暗さでも見ることができるが、ロージアには厳しいので、彼女は右手にカドルの灯りを下げていた。目的の広場に着くと、ブランは茶色の頭巾をかぶって、隅に近いところに敷物を敷いて座った。そしてカドルをその前に置いた。少し離れたところに、隠れるのに適した灌木と、一本の木がある。灌木の後ろに隠れれば、ちょうど上に茂った木の陰になって上空からも、横からも見えないはずだ。
 三人がそこに待機して一カーロンほどが過ぎた頃、上空を飛びすぎていく鳥の影が見えた。しかし降りてくる気配はなかった。その後も、さらに二カーロンほど待機したが、あの鳥は現れなかった。
「今夜は、来ないようね」
「仕方がない。今夜はもう出ないだろう。帰るか」
 ロージアとディーはそう言い交わし、ブランを呼び寄せて、夜の闇の中をカドルの灯りを頼りに、再び宿に帰った。部屋では、他の五人はみなぐっすりと寝ていたので、あえて起こすことはせず、空いた場所を見つけて眠った。
 
「昨夜は不発だったみたいだね」
 朝起きたアンバーはディーたち三人が眠っているのを見つけて、ちょうど起きだしてきたブルーとフレイにそう声をかけた。
「そのようだな」二人も頷き、
「まあ、そうそううまく行くとは思っていなかったがな」と、ブルーが付け足す。
 ペブルはまだ寝ていたが、レイニもその声で目が覚めたらしく、あたりを見回して、少し失望が入ったような微笑みをもらしていた。
「きっと彼らは夜、ほとんど寝ていなかったでしょうから、寝かせておいてあげましょうよ」
 彼女の提案に、ブルー、フレイ、アンバーも頷き、寝ている人々を起こさないように、そっと部屋の反対側の隅へ移動した。そして水を少しだけ飲むと、膝を抱えて座り、壁に背中を持たせかけた。
「やることねえな」フレイがぽつりとつぶやき、
「まあ、仕事がない時は、いつもそうさ」と、ブルーが天井を見上げる。
 アンバーはその間にも、いつもの装置を出してきて、操作していた。
 そうして一カーロンほど過ぎた頃、フレイが声をかけた。
「ところでな、アンバー。常々不思議に思っていたんだが、それはどんな装置なんだ?」
「ポレオラスっていう……エウリスで売っている装置なんだ。秘密の手紙とか、あまり人に知られたくない通信とか、そういうのをやり取りするのに使うものなんだけれど、それのかなり複雑なものかな」
 アンバーはその装置を膝の上において答えた後、その面を相手に見えるように向けた。
「この中に、二八九のマス目があるんだけれど、それの一つ一つに対して、パズルというか課題があるんだ。それが解けたら、その部分の文字が現れる。今僕は一七八個目を解いているから、半分以上は出ているんだけれど、全部解かないと、リブレでは読めないんだ」
 縦横それぞれ十七マスのその盤面は、たしかに六割ほどは文字(ここでは地模様に見えるが)が浮かび上がっていた。残りの部分は、まだ銀白色のマス目で覆われているが。
「それが全部解けて、リブレで読めるようになると、あなたのお父さんが残した手紙になるわけね」レイニが優しい調子で問いかけ、
「そう」と、アンバーは頷いている。
「それって、操作に風エレメントを使うのか?」というブルーの問いには、
「ああ。でも、ほんの少しだけだよ」と答えていた。
「アンバーの父さんって、ユヴァリスへ帰ったわけだろ? 何か向こうに由々しい事態がある、とか言って。その理由がその手紙、ということはだ、それが解けたら、おまえはユヴァリスへ行くのか?」フレイがそう問いかけた。
「いや、みんなと別れて、行こうとは思っていないよ。僕だけが行っても、何もできないだろうし。ただ、父さんのメッセージが気になるから、読んでみようと思っているだけなんだ。それに、暇だしね」
「暇は、たしかだがな。だが俺は、ぼーっとしているのは慣れたな」
 フレイは苦笑を浮かべていた。
「そういえば、アーセタイルの神官も言っていたわね。浄化の技をユヴァリスに頼もうとしたけれど、あちらは少し取り込んでいるようだと。結果的にディーができたんだけれど」
 レイニは思い出すようにそう付け加えた。
 
 時は静かに流れ、昼の六カーロンを過ぎて、ようやくおとり作戦に関わっていた三人が起き上がった。ついで、ペブルも起きだす。
「おまえは昨夜からぐうぐう寝ていたくせに、起きたのは、ほぼ徹夜組と同じかよ」と、フレイがあきれたように声をかけていたが、当の本人は悪びれた様子もなく、「ええ、そうなんかい?」と問い返すだけだ。
「まあ、別にすることもないだろうからな」
 ディーが苦笑気味に首を振り、再び一行を見た。
「察しはついているだろうが、昨夜は、あいつは現れなかった。ただ、俺たちも一度で成功するとは思ってはいないから、多少の空振りは覚悟の上だ。今夜もう一度やるか、それとも一晩休みを置いて明日の晩やるか決めよう」
「今寝たから、今晩もう一度やってもいいわよ」
 ロージアが頷き、ブランも同意する。
 その日は夜まで、八人は宿の部屋から外に出ることはなく過ごした。
 
 一方で、ローダガンに率いられたリセラ、サンディ、ミレアは夕方、エダルの町に着いた。ローダガンの家からは森や野原を抜けて、昼間のほぼすべての時間を費やしての旅だ。彼が飼っている駆動生物カラムナは一頭で、車は持っていないため、普段ローダガンはその背中に直接乗り、荷物も両側の袋にぶら下げて、その背中に乗せていた。しかし今回は四人なので、カラムナの背に荷物の袋とミレアを乗せ、『おれたちと一緒の速度でついてこい』と命じていた。それゆえ、普通に乗れば一カーロンで着ける道のりだが、歩く三人の速度に合わせているので、夜明けとともに出発した四人が、町に着いた時には日がとっぷりと暮れていた。
「夜になってしまったわね」
 もう家の窓から洩れる灯りしか見えなくなった町の中で、リセラは途方に暮れたような声を出した。
「歩いていかなければならない時点で、こうなることはわかっていたがな」
 ローダガンは表情を変えることなく、連れの三人を見やった。
「小さいのはともかく、あんたらは疲れているようだな」
 一日中歩きとおしで、たしかにリセラもサンディも疲れ果てていた。ミレアは足を怪我しているので、『おまえはダグの背中に乗れ』と、ローダガンにカラムナの背に押し上げられ、その上で揺られていたが。『おまえはだいぶ薄そうだが、一応土のエレメント持ちだから、ダグも嫌がらないだろう』と。
「あなたはこの町では、どこに泊まっているの?」リセラは問いかけた。
「ねぐらにしているところがあるんだ。もうちょっと歩けるか?」
「大丈夫……あたしたちも泊めてくれるの?」
「ほかにどうしろというんだ? あんたたちは金も何も持っていないだろう。広場に寝るのか? またさらわれるぞ」
「ありがとう」リセラは若者に感謝の言葉とまなざしを向けた。サンディもミレアも、同じようにしている。
「いちいち礼はいい……」
 ローダガンは少しきまり悪げな表情で、三人に背を向け、再び歩き出した。
 
 夜の町を周辺に沿って半カーロンほど歩くと、民家の間を縫って、少しだけ空いた土地に小さな小屋が建っていた。ローダガンはその扉をセマナという開錠技で開け、駆動生物ごと中に入った。ミレアも降りて歩いていたので、三人はその後から続く。ローダガンは扉を閉め、施錠すると、荷物の中からカドルを取り出し、中央に置いた。ほのかな明るさが、そのあたりに広がった。その光で見ると、そこは地面の上に、乾いた草が一面に厚く敷いてあり、隅の方には木材や石も積んであった。彼は駆動生物がその小屋の隅に座るのを見届けると、水をやり、さらに荷物の中からポプルと水を取り出した。
「その乾いた草の上にでも座ってくれ」
 ローダガンはそう促し、三人にそれぞれ白ポプルと水を渡すと、自分は木材の上に座り、食事にかかっていた。
「本当にありがとう。あなたにはすっかりお世話になってしまったわね。というと、いちいちお礼しなくてもいいって言われそうだけれど」
 リセラはポプルをほおばりながら感謝の目を向け、
「本当に、あなたがいなければ、わたしたちどうしていいかわからないところでした」と、サンディも改めて若者に礼を述べた。
 ミレアも「本当に、ありがとうございます」と、熱心に繰り返す。
「だから、礼はいいと言っただろう。あんたたちの仲間と合流できたら、もろもろ払ってもらえばいいからな」
 ローダガンは相変わらずきまり悪そうな顔で、首を振った。
 食事を終わると、彼は改めて問いかけてきた。
「とりあえず、エダルまでは来たが、あんたたちの仲間がここへ来たかどうかは、明日聞いてみないとわからないな。まあ、みなディルトならきっと目立つだろうから、来れば見た奴がいるだろうが。ただ、問題はどうやって連絡を取るかだな。あんたたちは仲間に連絡鳥を飛ばしたことはあるか?」
「……ないわね」リセラはしばらく考えたのち、首を振った。
「あたしたちは、普段一緒に行動をしているから。バラバラになったのは、ミディアルからアーセタイルに来る時だけね。でも、あの時には落ち合う場所を決めていたから、みんなでそこを目指して、なんとか合流できたのだけれど……」
「居場所がわかっているか、前に連絡鳥を飛ばしていなければ、それで連絡はできないな」
 ローダガンは少し困惑した表情になった。
「まあ、いい。仲間が町に来ているかどうか確かめて、もし来ているなら宿屋を当ってみればいい。旅人なら、そこに泊まっているだろうからな。野営していなければだが。町にいなければ、もうどうしようもないが……」
 彼は再び困惑した顔になったが、気を取り直したように言葉を継いだ。
「まあ、今考えても仕方がない。寝るか」
「そうね……でも、ここはどこなの? あなたが持っている小屋?」
 リセラは問いかけた。
「いや、ここは、おれの母の兄が使っていた、駆動生物用の小屋だ。伯父一家は二年ほど前に別の町に移っていったが、伯父の家を買った奴が、駆動生物は持っていないから、小屋の方はいらないと言ってな。それで、おれたちは町の近くの森の中に住んでいたから、良かったら町に来る時はここを使うといいと、残していってくれた」
「そうなんですか」サンディとミレアも頷く。
「だから夜眠るために、草を集めてきているんだ。その上に寝てくれ。四人は少し狭いがな」
「ありがとう」
 三人の少女たちは草を平らにならした後、その上に寄り添って眠った。少し厚みを持って積んである乾いた草は、敷物ほど柔らかではないし、少しチクチクするが、冷たい地面よりかなりましだ。昼間歩いてきた疲れもあって、やがてみなはぐっすりと眠りこんだ。
 
 朝になり、起き上がって水を飲んだ四人は、駆動生物にも水をやった後、扉を開けて外に出た。
「さてと、今日はあんたたちの仲間探しをするか。もう出発していないといいがな」
 ローダガンは小屋の扉を閉めながら、微かに首を振った。駆動生物は中に残したままだ。
「今日は町の中を探すだけだから、いいだろう。この町は端から端まで、一カーロンもあればつけるからな」と。
 そうして彼は、道を歩き出した。リセラたち三人も、その後に続く、道行く人たちに、注意深く目を配りながら。通行人たちも、ローダガンやサンディ、ミレアはさほど異質に感じないらしいが、リセラに向ける目は明らかに違っていた。驚いたように見るもの、好奇心に満ちた眼差しを向けて来るもの、そして嫌悪の表情で顔をそむけるもの。中には、「おい、なんであんたたちは、そんな派手なディルトと一緒にいるんだ?」と、ローダガンたちに声をかけてくる男もいた。「成り行きだ」と、ローダガンが答えると、「早く離れた方が良いぞ」と忠告してくる。「用が済んだら、離れるさ。ところで、あんたは他に派手なディルトを見なかったか?」そう問い返すと、その男は、「いや、俺は見ていないな」と答える。

「まあ、とりあえず第二広場に行ってみるか」
 しばらく歩いたのち、ローダガンが頭を振りながら、連れの三人に告げた。通り過ぎる人々に目を向ける以外、はぐれた仲間たちを探すすべを持たない三人の少女たちは、ただその後についていくしかなかった。
 その広場では、子供たちの一団が二グループほど遊んでいて、立ち話をしている大人たちが、二、三組ほどいた。ローダガンは広場に入り、見まわした。そしてある木の下にいる子供に目を止めると、近づいていった。
「パオル、おまえにちょっと頼みたいことがあるんだが……」
「ローダガンにいちゃんだ」
 その子は嬉しそうに見上げた。茶色の肌に濃い茶色の目、乱れた髪も濃い茶色だが、一部にオレンジが混じっている。
「この子もディルトなのね……」リセラは少年に目をやった。
「ああ、でもこの程度なら、おれの中では、ディルトという認識じゃないんだ。あんたみたいだと、さすがに意識するが。この子の、四分の三は岩だ。母方の祖父が火だったらしいがな。だから、おれはそう気にはならないし、厳密にはディルトには違いないのだろうが、半分以上は同じ人種じゃないかと思っている。でも少し火が混じったせいで、ほかの子供たちからは仲間外れにされているんだ。でも、こいつはかなりたくましい奴だ。一人で遊んでいながらも、周りの話をちゃんと聞いているし、見ている。だから、町の様子を聞いたり、人の話を耳にしたりするのを聞くのに、時々小遣いをやって使っているんだ」
「わあ、おねえちゃんはピンクだ」
 パオルというその子は、リセラを見て声を上げた。
「こないだ見たディルトの人たちも、ピンクはいなかったなあ」
「ディルトを見た?」
 四人は一斉にそう反復した。
「どんな人たちだったか教えて」
 リセラがせき込むようにたずねる。
「たくさんいたよ」子供は答えた。
「青に赤に黄色、水色に銀色、黒。白もいたっけ。その白い人が本を読んでいて、その人たちが『出来事録』はいらないって言っていたから、ちょうだいって、もらったんだ。それを父ちゃんが売って、四十ロロになったんだよ」
 ロロというのは、ここロッカデールの通貨単位だ。
「それは間違いなく、ディーたちだわ!」
 リセラは両手を合わせ、再び声を上げた。
「その人たちがいたのは、いつ頃?」
「一昨日だよ」
 子供はきょとんとしたような表情で答えている。
「それでローダガンにいちゃん、ぼくに用事って何?」
「いや、そのディルト集団のことを知っているか、見たことがあるか、それを聞こうと思ったんだ。見てないなら、少し町を回って調べてもらおうと思ったんだが、見ているならその必要はなさそうだ」
「なんだ」子供はがっかりしたような顔をした。
 ローダガンは服のポケットから小銭をつかみだし、少年に渡した。子供の顔が、ぱっと輝いた。
「ありがとう!」
「いや、必要なことを教えてくれたからな、そのお礼だ。ついでに聞くが、昨日今日は、そのディルト集団は見かけたか?」
「ううん、それからは見てないよ」
「そうか。ありがとう」
「うん。また用があったら、いつでも来てね」
 手を振る子供に頷くと、四人は広場をあとにした。
 
「昨日から見てないとなると、もう出発した可能性もあるが、まあ、一応宿屋を当ってみるか。出発したにせよ、一度はどこかに泊まっているだろう」
 ローダガンは連れの三人を振り返った。少女たちも頷いた。それが一番、手がかりがつかめそうな気がした。そして町にある三件の宿屋を、順に訪ね歩いた。「ディルトの集団が泊まっているか?」とのローダガンの問いに、最初の二件の主は「いいや」と首を振っていたが、三件目では「ああ、今もまだ泊まっているよ」という答えだった。それを聞いた四人は、一斉に深い安堵のため息をついた。
「良かった〜」
 リセラはそう声を上げると、その場に座り込んだくらいだった。サンディとミレアも顔を見合わせ、嬉しそうににっこりとする。ローダガンも、ほっとしたような表情だった。
「良かった。思ったより早く、仲間にたどり着けたな。もし出発した後だったら、おれはいつまであんたたちに付き合えるか、実は悩んでいた。かといって、放り出すのも気が咎めるしな」

 宿屋の主人から教えてもらった部屋の扉を、リセラは叩いた。しばらくのち、中から扉を開けてくれたのは、レイニだった。水色の髪のその姿に、ローダガンも驚いたようだったが、それ以上にレイニには驚愕だったらしい。信じられないような表情で三人に目を向けると、叫んだ。
「リル! サンディ! ミレア!」
「レイニ〜! 良かった! 会いたかった〜!」
 リセラも声を上げ、相手に抱きついている。
「どうしたの? いったい、どうしたの?! 無事だったの?!」
 レイニはそれしか言葉がないようだ。
 たちまち、部屋の他のみながドアに集まり、歓声と驚愕の声を上げていた。リセラはドアのところで、簡単にこれまでの経過を語り、ローダガンをみなに紹介した。みなは口々に彼に感謝の言葉を浴びせ、四人は部屋の中に入った。




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