The Dance of Light and Darkness

第三部:岩と山の国ロッカデール(2)




 ローダガンの家には奥の間があるようだったが、ドアは閉ざされていた。彼はここに一人暮らしなのか、他に家族はいるのか――そんな思いを彼も感じたのだろう。彼は床に座り、新しい矢をこしらえながら告げた。
「ここには今、おれ一人しか住んでいない」と。
「ほかのご家族は……?」リセラがためらいがちにそう聞いた。
「父は十年ほど前に、鉱山の事故で死んだ。母はそれから三年後に、病気で死んだ。たぶん父が死んで、いろいろ心労が重なったんだろう。それでレラが減衰して。それまでは、おれたちはタイガルの町に住んでいたが、母が死んだ翌年に、妹と、それからカラムナのダグと一緒に、ここに来たんだ。ここは昔、父が若いころ暮らしていたらしい。庭にはおあつらえ向きにポプルの木がある。白と茶色だ。近くには泉もある。だから特に仕事をせずとも、両親が残した金である程度暮らしていけるし、時々は木や石の細工をこしらえて、町へ売りに行ったりもしている。そうして妹と二人で暮らしていたんだが……」
 矢の軸を滑らかに磨きながら、ローダガンの瞳は暗く燃え上がった。
「三節前に、妹はさらわれたんだ。あの忌々しい鳥――ヴァルカ団に」
「え?」三人は思わず、同時にそう声を上げた。
「そう。だいたい三節前の夜だ。妹は十五だった。家の庭には、珍しい花があった。フィエルの半ば過ぎからサランの初めくらいまでの季節に、夜にだけ、美しい白い花を咲かせるんだ。妹は、それを見るのが好きだった。その日も庭に出て、花を見ていた。そうしたら、いきなり悲鳴が聞こえたんだ」
 ローダガンは目を閉じ、今もその声が聞こえるように一瞬黙った。
「外に出たら、大きな鳥が妹をつかんで飛んで行くのが見えた。みるみる小さくなって。助けを呼ぶ声も小さくなっていった」
「それで……あなたは妹さんを探して、外を見ていたの?」リセラが問いかけた。
「毎晩じゃないが。普段、あいつは高いところを飛んでいるから、矢を打っても当たらない。ただあの時には、下につかんでいる獲物が重かったようで、いつもより低いところを飛んでいた。だから、フィーダをかけて矢を打てば、近いところには行くかもしれない、そう思ったんだ」
「フィーダって?」
 また聞きなれない技名に、サンディはミレア王女と顔を見合わせた。
「岩のレラの技の一つだ。自分の持っている力を強めてくれる。だから少し遠くまで矢を飛ばすことができる」
「そうなの。あたしも知らなかったわ。他のエレメントの技はそんなに詳しくないし、仲間たちに岩レラ持ちはいないから」リセラも首を傾げていた。
「あんたたちは、どうしてロッカデールに来たんだ? いや、あんたたち三人は鳥に連れ去られたんだろうが、もともとここを目指していたんだろう?」
 問われて、主にリセラがアーセタイルからここに来た経緯を簡単に話した。相手はそれを聞くと、苦笑に近い笑いを浮かべた。
「アーセタイルの精霊に心配されるほど、ロッカデールは乱れが出ているんだな。たしかにそうかもしれない」
「それで、妹さんの行方は……?」
 リセラは話を戻すべく、そう問いかけた。ローダガンは苦々しげな表情で首を振った。
「わからない。妹がさらわれた後、近くの町エダルへ出て色々調べた結果、どうやらヴァルカ団という盗賊集団にさらわれたこと。あいつらはしょっちゅう本拠を変えること、さらわれた人間はよその国に奴隷に売られているらしいこと。それくらいしかわからなかった。売られる先はミディアルが多いが、フェイカンやマディットに行く場合もある、と。妹がさらわれたのは、ミディアルが滅ぶ前だったから、そこへ行ったとしたら……」
「ミディアルで生き残った人たちは、マディットの神殿奴隷を一年やらされるって、ディーが言っていたものね。それは過酷だから、生き抜くのは大変だって」
 リセラは心配げに、小さく首を振った。
「ディーって?」
「あたしたちの仲間で、リーダー。彼はマディット出身で、闇と光のディルトなのよ」
「それはまた……対照的な組み合わせのディルトだな」
 ローダガンは驚いたようだった。
 そういえば――ふとサンディは思った。彼の話し方は誰かに似ていると思ったが、ディーだ。それを口に出すと、リセラは「ああ、たしかにそうね」と笑い、ミレアも「本当!」と頷いている。
「会ったこともない奴と似ていると言われても、困るな」
 ローダガンは微かに困惑したように顔をしかめ、そして言葉を継いだ。
「それで、あんたたちは、これからどうするんだ?」
「ほかのみんなと合流しなくちゃ。あたしたち、何も持っていないし」
 リセラが声を上げ、サンディとミレアも頷いた。
「向こうも、あんたたちのことは探しているだろうしな。事情を話したとしたら、国境でヴァルカ団のことは聞いたかもしれない……」
 ローダガンは頷き、しばらく考えるように黙った後、続けた。
「とりあえず、エダルの町へ行くか。あんたたちは道を知らないだろうから、案内してやる。向こうもたぶん、国境から首都に向かって進んだら、そこを通るはずだ。ただ、おれのカラムナは一匹しかいないし、車もないから、歩いていくしかない。十カ―ロンほどかかるが、いいか?」
「ええ、お願い!」
 リセラ、サンディ、ミレアは同時に声を上げた。
「それじゃ、明日出発しよう。今出かけると、途中で日が暮れる。あんたらの仲間が先に行ってしまったようなら、そこから通信鳥を飛ばせばいい。それで連絡がつくだろう」
「ええ、ありがとう!」
 リセラは感激のあまりだろう。思わず若者の両手をとり、近づいて声を上げた。相手は驚いたような表情になり、茶色味がかった肌の色が少し濃くなった。次の瞬間、身を引いて手を振り離した。
「感謝をしてくれるのはいいが、あまり近づくな。特にあんたは……ディルトだ。それも、土系のエレメントをまったく持たない奴だからな……」
「ごめんなさい……」
「あやまらなくてもいいが……それに、あんたが嫌いというわけでもない。それだからよけいに……困るんだ」
 ローダガンは当惑したように首を振り、そして後は矢を作るのに集中しているようだった。リセラも同じように当惑した顔をして、サンディとミレアを見やった。二人の少女も、少し不思議そうな顔をしている。
 今はっきりした時間はわからないが、おそらく昼の七、八カルくらいか――近くの町までは歩いて十カーロンかかるのなら、たしかに半分も行かないうちに夜になる。足を怪我している王女のためにも、明日出発は致し方ないことだが、仲間たちは今頃すでに、その町に着いているだろう。待っていてくれるか、そうでなくとも、いずれ連絡がつけば……家の窓から見える中庭に目をやりながら、サンディは漠然と考えていた。おそらくリセラやミレアもそうだろう。三人は顔を見合わせ、安どと不安の入り混じった笑みを交わした。
 
 八人はそのころ、エダルの町に到着していた。国境の町パラテを出発して、石の道をずっと五カーロンほど車で走り、着いたその町は、アーセタイルやミディアルの町々と比べても、中規模くらいの大きさだ。
 ここへ来る途中、一行は南へと移動するナンタムの群れを目にしていた。それはアーセタイルのものと違い体毛はベージュだが、姿格好はそっくりだ。赤茶けた地面に、薄茶色のふわふわしたボールのような生物がたくさん、ぴょんぴょんと跳ねながら、一行とは反対の方向に向かっていた。
「ここのナンタムは、同じ土だけれど、色は違うのね」
 ロージアは車の窓からその光景を見、そんな感想を漏らしていた。
「ああ」ディーもその生物たちに目を向け、その動きを目で追っていたようだが、やがて行く手に目を向けた。
「ここでは、ナンタムの後にはついていけないな」
「アーセタイルでは、そうしたんだっけ。新しい土地へ行ったら、ナンタムの後について行けって、ディーが言っていて」
 アンバーが思い出すように声を上げ、窓の外に目をやった。
「ついていったら、アーセタイルに戻っちまうだろう」
 ブルーが相変わらずむっつりと言う。
「そこまで戻るかどうかはわからないけれどね。でも進路と反対なのは確かだ」
 ブランもその生き物たちを目で追いながら、苦笑いを浮かべていた。
 
 目的地に着いた一行は、まず宿屋を探した。三件のうち一番大きな宿舎に行くと、宿屋の主人は驚いたように一行を見たが、「ああ、部屋ならあるよ。金さえ払ってくれれば、大丈夫だ」と請け合ってくれた。パラテの町でアーセタイルの通貨をロッカデールのそれに替えてあったので、支払いには問題はなかった。車と駆動生物は、それぞれ専用の場所に収めてもらった。アーセタイルでは収納小屋に他の車や駆動生物もいたが、ここでは部屋ごとに個室のようになっていて、車も駆動生物も、その持ち主以外には入れないようになっている。
「これが車の、こっちがカラムナの小屋の鍵だ。鍵をかけたら、その上から誰かがセマナをかけてくれ」
 宿の主人はディーに二枚の小さい銀色の板を渡した。
「二重にかけるのか?」ディーは少し驚いたように問い返した。
「ああ。あんたたちはこの国に来たのは初めてだろうから言っておこう。最近は、恥ずかしいことだが盗難が起こるんだ。まあ、あんたたちのカラムナはだいぶくたびれているようだが、車は立派だからな。アーセタイルの神殿マークがついている代物だ。万が一盗られても、私は責任を負えないんでね。どの客にも、そうしてもらっているんだ。それで、こっちが部屋の鍵だ。これもセマナを二重にかけてくれ。あんたたちが金を持ってるなら余計だ。まあ、あんたは強そうだから、正面切って盗られることはなさそうだが、寝ている間にやられたら厄介だからな」
「けっこう物騒なんだな、ロッカデールは」ブルーがぼそっと呟く。
「昔はこうではなかったんだがね」
 宿屋の主人は少し困惑した表情を浮かべていた。

 宿屋に車と駆動生物を預け、後者には水を飲ませて休ませてから、二重に鍵をかけた後、一行は町に出た。道は細かい石畳で、周りの建物も土を固めて焼いたものや、四角い形に切り出した石を積み上げ、間を練った土で埋めて作られているようだ。道を歩いていたり車で通ったりしている人々は、みな髪の毛は茶色、濃淡はあるものの、ほぼその色で、髪質も比較的まっすぐなようだ。肌の色はアーセタイルの住民たちよりやや茶色みが濃く、目の色も茶色か濃い灰色のようだ。彼らはみな、一行に目を向ける。驚いたような眼差しのもの、好奇の表情を向けてくるもの、それがだいたい半分くらい。あとの半分は嫌悪に近い目を向け、すぐに顔をそむける。
「アーセタイルより、たしかに居心地は良くなさそうだな」
 フレイが苦笑いを浮かべ、そして言葉を継いでいた。
「まあ、フェイカンより少しマシだが」と。
「フェイカンは一番ひどいんじゃないか、ディルトの居心地は。そんな評判を聞くぜ」
 ブルーが首を振り、赤髪の連れを見た。
「そうだろうな。よそ者は排除しろ、っていう意識が強いからな」
 その国からやってきたフレイは、苦々しい表情で首を振る。
「どっちにしろ、同じ色ばかりの中に異質の色は、やっぱり目立つんだろうね。私には色はないが、逆にね」
 ブランが周りの人々に目をやり、ついで仲間たちの方を向いた。
「この町でヴァルカ団の手掛かりを集めるには、難しいかもしれないね。よそ者は警戒するだろうし」
「サンディもいないしね」アンバーが呟く。
 茶色い髪と茶色い目のその少女は、アーセタイルでも異質の色ではないので、人々の話を聞き出すのに役に立ってきたのだ。
「とりあえず、本屋を探して行くか」ディーがそう提案した。
「『出来事録」を調べよう。ヴァルカ団の誘拐がどのくらいの頻度で、どこで起こっているのかは知ることができる」
「そうだね」ブランも頷いた。
 『出来事録』というのは、アーセタイルにもミディアルにもあったが、その日国に起こった出来事を載せているものだ。それを一節で一冊の割合で、まとめているものである。
「あと、あの鳥――エンダと言ったかな。それに関する情報も、本にあるかもしれない」
 ブランはそう付け足した。一行は頷き、道行く人たちで、嫌悪の眼差しを向けてこない人々に問いかけ、ようやく本屋の場所を聞き出して、そこへ向かった。目指す本を買い終えると、読む場所を探す。本屋の主人に聞くと、「あんたたちが旅人なら、宿屋に帰って読むか、広場へ行ったらどうだ?」という返事だった。
「俺たち、広場に行っても大丈夫かい?」
 フレイが少し懸念をにじませた声できくと、
「別にいいだろうさ。よそ者が入ってはいけないという掟はないからな」ということらしい。

 一行は本屋の店主から一番近い広場の場所を聞き、そこへ向かった。レイニが持ってきた敷物を隅っこに広げて全員が座ると、ブランが熱心に本を読み始める。ページをめくり、手をかざし、リブレという技をかけて内容を認知していく。ところどころで彼は手を止め、同じく本屋から買ってきた白紙の薄い本と、手のひらに収まりそうな細い棒のような筆記具で、そこに何やら書いていく。それも文字ではなく、薄い色の模様のようだ。同時に国境の町で買ったロッカデールの地図にも、何やら書き込みをしている。その間、他のみなは道行く人を眺めたり、アンバーは例の組み合わせパズルのようなものをやっていたりしていた。
 広場はどこの国の、どの町にもだいたいあるが、四方を道に囲まれた何もない空間だ。ミディアルでは許可を得て、一行はそこで興行をしていたこともある。だいたいにおいて、どこもにぎやかだった。露店が出ていることもあり、子供たちは遊び、大人たちはおしゃべりをしている。ロッカデールのこの町、エダルでも広場の向こう側で、二グループほどの子供たちが遊んでいた。でもにぎやかさは、今までにいた二つの国より少ないようだ。しゃべっている大人たちの数も半分くらいだった。誰もがみな、茶色い髪に茶色い肌のこの町で、異質の色はどこへ行っても人目を惹くらしい。どの人もどの子も、広場の片隅に座り込んでいる八人を、あるものは物珍しそうに、あるものは顔をしかめて見ていた。
「すごいな。いろんな色があるよ。赤に青に黄色に水色、銀色、黒。あんなの初めて見た」
 子供の一人が言うのが聞こえ、
「ここの人間じゃないんだよ。近寄っちゃいけないんだぞ」と、別の誰かが言う。
 そんな他の人々の声や眼差しにさらされつつも、これは仕方のないことなのだというあきらめの心境が、みなの心にはあるようだった。いろいろな人が雑多に暮らし、ディルトでも異なる色でも普通に受け入れてもらえたミディアルは、もうなくなってしまった。新たにその国を、移民や混血種が肩身の狭い思いをすることなく暮らせる新たなミディアルを作るという目標は、今はあくまで夢でしかない。当面は連れ去られてしまった三人の行方を捜し、さらにアーセタイル神殿から依頼された仕事をしに、ロッカデールの神殿を訪れる。それから先は、誰にもわからないことなのだ。
 やがてブランが三冊目の『出来事録』を閉じ、顔を上げた。
「これによると、ヴァルカ団による誘拐事件らしいものは、最初は三節近く前の、フィエルの二一日に起こっている。犠牲者は十四歳の男の子。それから十日後に第二の事件が起きて、この時の犠牲者は十五歳の女の子だ。それから十四日後に第三の事件、これは十六歳の女の子。これはサランに入っているね。第三の事件を含めて、サランとポヴィレの節の間に、同じような誘拐事件が四件起きている。でも、ディエナに入ってからは、三日の日に一件だけだ。もう月も出ないから、それに用心して、人もあまり外へ出ないのだろうね」
「それで、リルたちが一昨日さらわれた。えーと?」
 頭の中で数を数えようとしているフレイに、ブランが答える。
「彼女たちで八件目だよ」
「そうか……」フレイは納得したように頷いた。
「それでその子たちは、奴隷に売られているらしいんだよね、あの国境の門番の話では」
 アンバーが首を振り、少し表情を曇らせた。
「心細いだろうな。いきなりさらわれて、見知らぬ国に売り飛ばされて」
 フレイも同情に耐えないという顔で、頭を振っていた。
「そうだな。できたらみんな、親元に戻してやりたいが」
 ディーも頭を振り、白い髪の小男に問いかけた。
「それで、ブラン、犠牲者のさらわれた場所というのは、どんな感じなんだ」
「この地図に印をつけたよ」
 ブランは国境で買ってきた地図を差し出す。ディーはその上に手をかざし、読み取った。
「最初の二件は、南の方なんだな。ともにこの町の比較的近くだ。それから北へ向かって、五、六件ほど起きている。ディエナに入っての最後の一件は――まあ、リルやミレアたちは別とすればだが、少し南へ戻ってきている。最後はアーセタイルの国境を越えて、か」
「エンダという鳥の生態を調べればもう少し詳しくわかるかもしれないけれど、やっぱり拠点は移動しているようだね」
 ブランは頷いていた。彼は積み上げた『出来事録』と隅に押しやり、別の本を広げる。しばしまた熱心な様子で読み取った後、ブランは再び顔を上げた。
「エンダという鳥は、ロッカデールに生息する鳥で、二種類いるらしい。昼行性で、レラを自分で補給できる普通種が多いが、たまに自分でレラを補給できない種が生まれる。これは夜行性だ。普通種は茶色で、大きさは人間の大人が両手を広げたくらい。岩場からレラを吸収している。夜行種はかなり黒みがかっていて、大きさもかなり大きく、ロッカデールに生息しているパオマという小動物を捕食して、レラを補給している。この夜行種は数が少なくて、起源はマディットから持ち込まれた鳥――あそこからの旅人がおともに連れていた鳥が普通種のエンダと交配してしまって、生まれたのが元らしい。生息地はどちらも、このあたり――エダルの町近くの山が南限で、首都カミラフ近郊の山が北限らしい。エサになるパオマという生物の生息地が、そのあたりらしいね」
「じゃあ、奴らの本拠もそのあたりと見てよさそうだな。事件もその範囲内で起きている。夜に活動しているのを見ると、夜行性の変異種だ。だがこれだけでは、範囲が広すぎる。一番手っ取り早いのは、夜空を見ていて、怪しい鳥が飛んでいったら追いかけることだが、それが自然の奴か、ヴァルカ団に飼いならされているやつかは区別がつかない。それにたぶん、あの速さに追いつけるのはアンバーくらいなものだが、夜だし、今はディエナだから月も出ていない」
 ディーもその本に手をかざしながら、少し考えこむような表情をした。
「それはすごく厳しいなあ。僕は、夜目は全然だめだから」
 アンバーは苦笑いして首を振っている。
「そうだね。それは難しいだろうと思う。でも手掛かりがあるとしたら、エンダは普通種にしろ変異種にしろ、少し高めの土地を好むから、山の中というのは、そう外れていないと思う。それと、夜行性のものは、飛べる範囲が拠点から約八十キュービット――そう書いてある」
「それなら、さらわれた地点から、八十キュービットの間にいるってことだな」
 ブランの説明を受けて、フレイが首をひねり、考えるように言った。
「そうだね。今ならそれほど遠くに行っていないだろうし、その範囲だろう」
「それを、どうやって探すかだな」ディーは首を振りながら立ち上がった。
「とりあえず、ポプルと水を買って宿に帰るか。そこで考えよう。レイニとロージアは……湯屋に行くか?」
「うーん、入りたいけれどね……今はいいわ」
 レイニは首を振り、ロージアの顔を見る。彼女もまた微かに苦い笑いを浮かべていた。
「リルたちは、きっと不自由しているでしょうから……わたしたちだけさっぱりするのも、少し気が引けるわ」
「いつまでもは無理だろうが……それなら今日はいいな。二、三日経ったら考えよう」
 ディーもかすかに笑った。立ち上がり、敷物をたたみ、レイニはそれを大きな袋に入れた。ブランは本を取り上げ、首をひねる。
「鳥の図鑑は持っていきたいけれど、もう『出来事録』はいらないな。重たいし」
「かといって、置いていくわけにもいかないだろう」フレイは苦い顔をした。
 そこに、一行の会話を聞いていたのだろうか、一人の子供がやってきた。
「ねえ、『出来事録」いらないのなら、ちょうだい」
「え?」八人は一様に驚いた表情を浮かべ、突然の来訪者を見た。
 まだ十歳前後くらいの男の子だ。薄い茶色の肌に、もしゃもしゃに乱れた髪も茶色いが、三分の一くらい、オレンジが混ざっている。たぶん半分か四分の一かはわからないが、火のエレメントが入ってしまったディルトなのだろう。この子は子供たちの集団には入れず、一人で広場をうろうろしていたらしい。
「わたしたちはいらないから、あげてもいいけれど、何に使うの?」
 ロージアが子供の方に屈みこみながら、いつもより優し気な口調で聞いた。
「父ちゃんに売ってもらうんだ。いくらかお金になるんだよ」
 子供は手を差し出し、訴えるようなまなざしで見ている。
「じゃあ、どうぞ」
 レイニはブランから本を受け取り、子供に差し出した。
 子供は表情をぱっと輝かせ、「ありがとう!」と言うが早いか、本を重そうに抱えて広場から走り去っていった。
「なんだか……かわいそうね」
 その後ろ姿を見送りながら、レイニがぽつりとつぶやいた。みなも一様に、同じ思いを感じたようだ。
 
 一行は広場を出て、ポプルを売っている店を探した。それも、できれば他の色も扱っているような、大きな店がいい。「さっきの子に聞けばよかったな」とフレイがぼやいていたが、とりあえず苦労しながらも、彼らは目指す店を見つけ出した。
「他のエレメントのポプル? あったかな……」
 店主は首をひねりながら奥へ行き、しばらくのちに瓶をいくつか抱えてきた。
「とりあえず、うちにあるのはこれだけだ。それ以上は取り寄せになるから、少し時間がかかるな。二シャーランほどは」
 瓶の中には、色ごとにポプルが入っていた。黄色、銀色、灰色、水色、そしてピンク。それぞれ七つから十個ほど入っている。
「仕方がないわ。それを全部いただけるかしら。それと白ポプルと」
「白ならたくさんある。いくつ欲しいんだ?」
「百ほどあれば」
「わかった」店主は大きな袋に入れて、それを渡してくれた。
 一行の会計係であるロージアは洋服の内側についた袋から代価を払い、ペブルが両手に下げて歩き出した。
 と、その時、店の中で叫び声がした。
「ちょっと待って! それは私のよ! 泥棒!」
 振り返ると、茶色の丈の長い服に身を包んだ、中年の太った女性が店の入り口に向かって声を上げていた。その視線の先に、ポプルのつまった袋を手に持って走っていく男が見える。
 ロージアが右手を上げた。と、その手から緑の一条の弦のようなものが伸び、その男の足元に飛んでいった。それは、男の足をすくうように絡む。男はつんのめって転んだ。ディーとフレイ、ブルーが飛び出し、すかさず男を取り押さえた。
「あら、ありがとう。助かったわ!」
 その中年女性は目をぱちぱちさせながらも、取り返してくれた一同に礼を言い、袋を大事そうに抱えて去って行った。
 男の方はフレイに押さえられて、「頼むよ! 見逃してくれ! 娘が飢えて困ってるんだ!」と叫んでいた。身体はがっちりしているが、着ているものはかなり擦り切れている。茶色の髪の中に少し黒の混じった、三十代半ばくらいの男だった。
「ありがとうよ。治安兵に突き出すか?」
 店主が一行を見、問いかける。
「ああ……まあ、やったことは良くないが……困っているようだな」
 ディーは苦い笑いを浮かべて、男を見下ろした。その男は八人を物珍しそうに見ていたが、やがて一人の上に視線が止まった。
「ペブル! ペブルじゃないか!!」
「は?」
 問いかけられた方はきょとんとして、男を見返した。しばらくじっと見ていたが、思い出したように声を上げる。「ああ、あんたは……おいらが鉱山で働いていた時に、一緒にいたっけな? 名前は忘れたけど」
「ダンバだよ。覚えてないか?」
「ああ……おいら、名前は覚えないからなあ、あまり。でも見たことはあるよ、あんたは」
 自由になると、男はいきなり八人の前に床をついた。
「頼む、ペブル! それに仲間さん! 俺にポプルを買ってくれ! 白でいいんだ! 娘に食わせないと、娘が弱っちまうんだ」
「買えないのかい?」ペブルが不思議そうに聞く。
「買えていたら、人様のものに手をつけようとするものか! 金はないんだ。鉱山がつぶれてから仕事がなくてな。この辺りには、野生のポプルも生えてないんだ。頼む!」
「ああ……」ペブルは困惑したように仲間たちの顔を見た。
「いいだろう」ディーがため息を吐くように言い、店主に向き直った。
「こいつも困っているようだし、ポプルも持ち主に戻ったのだから、ここは見逃してやってくれないか。二回目にやったら、遠慮なく治安兵に引き渡してもいいが」
「ああ……まあ、うちに被害はないからいいけれどな。あんたたちも物好きだな」
 店主はその男に目をやりながら、首を振った。
「じゃあ、追加で白ポプルを二十と茶色を五つくださいな」
 ロージアは店主に向かい、代価を払うと、男に渡そうとした。
「ありがたい! 一生恩に着る!」
 男が目を輝かせて手を伸ばそうとしたが、ディーは遮った。
「ちょっと待った。一つ条件がある。あんたは昔ペブルと一緒に鉱山で働いていたのなら、そのころの話を少し聞かせてくれないか」
「いいぜ、もちろんだ!」男は叫ぶように声を上げ、袋を受け取った。
「でも先に、家に行かせてくれ。あんたたちも一緒に来てくれていいぜ。まず娘にこれを食べさせてやりたいんだ」
「水はいいのか?」
「水はある。井戸があるんだ。あまり水の質は良くないが」
「それなら、まずあんたの家に行こう」





BACK    NEXT    Index    Novel Top