光と闇の舞踏 The Dance of Light and Darkness

第一部 逸れ者たちの新天地ミディアル(2)




 旅は続いた。昼間は交互に車を引っ張り、夜になると車を止め、野営する。三つの車のうち、最初のものに人が乗り――中は柔らかい敷物が敷いてあるだけで、その上にみな座ったり寝ていたりする。夜はそこで寝るが、七、八人ほどでいっぱいなので、三人ほどは外に敷物を敷き、その上で寝ていた。雨が降ったらどうするのかとサンディは疑問に思い、レイニに問いかけたが、その答えは「その時には、狭いけれど二番目の車の中で、荷物に囲まれて眠るしかないわね。村や町では、宿に泊まったり、納屋に泊めてもらったりできるけれど。でもミディアルには、あまり雨は降らないのよ」ということだった。その二番目の車には、個々人の荷物――着替えや身の回りのもの、野営用の敷物や、ランプとストーブの代わりをするカドルという装置、そして食料や水が積まれていて、三つ目の車の幌は、道中ずっと閉じたままだ。
[ここには何が積んであるんですか?]
 ある日サンディは、レイニにそうたずねた。
「ここには、私たちの商売道具があるのよ」
 レイニはそう答えたが、中は見せてくれなかった。
「街に着いたら広げることになるから、その時にわかるわ」と。
 サンディは車を引っ張ることが出来なかったので、ずっと居住車の中にいた。そこには小さな窓があって、外の景色が見えた。最初の二日は緑の草原、その次の日は再び砂漠地帯を抜ける。レイニが引っ張り当番になって不在の時には、サンディはその景色をずっと眺めていた。通訳者がともにいる時には、他の人たちとも話が出来たが。
 
 その旅の間に、レイニはこの世界のことを、いろいろと教えてくれた。
[この世界は、どういうところなんですか?]
 サンディは知りたがった。
[ここは、どういう名前の世界なんですか?]とも。
「この世界自体に、名前はないのよ」というのが、レイニの答えだった。
「それぞれの名前はあるけれどね。海の名前、大陸の名前、島の名前、そして九つの国の名前――」
[九つの国?]
「そう。ここはその九つの国のうちの一つ、名前はミディアル国。南の海に浮かぶ、比較的大きな島にある国よ。ここには約五、六万の人が住んでいるの」
[一つの国で? なんだか……少ない気がします。そのくらい、小さいのですか?]
「小さくはないと思うわよ。この島を一周回ろうと思ったら、普通の速度で走る車でも、二シャーランくらいはかかるでしょうから」
[二シャーラン?]
「ああ、曜日が一周する単位ね。一シャーランは八日間よ。だから十六日。だから、この島は決して小さくないわ」
[そうなんですか……]
「あなたの世界では、もっと人が多かったのでしょうね。でもここは、そんなに人は多くないの。全体で見ても、百万には達しないと思うわ」
[そうなんですか……少ないんですね、本当に]
「ミディアルは、この世界の中では特殊な国なのよ。エレメントの力を持たない場所だから」
[エレメントの力……?]
「そう。たぶんこのエレメント、要素と言うのは、あなたの世界でも概念があるはず。世界を構成する力。食べ物の種類でもあったように、私たちの世界は六つのエレメントの力で成り立っている。大地、水、風、火、そして光と闇」
[ああ……なんとなく、わかるような気がします]
「それぞれの国には、そのエレメントの力の元となる精霊と巫女がいて、その国を治める神官長がいる。でもこの国だけは、エレメントの力を持たないから、精霊も巫女も神官もいない。代わりに国王がいるの」
[王様……]
「ええ。このミディアルが建国されたのは、だいたい二百年前。そう、たぶん年という考え方は、あなたの世界と共通かもしれない。七つの節が過ぎて、またもとの節に戻ってくるまでの単位だから。そして昼と夜とで一日。七つの節は、エビカル、ザンディエ、ビスティ、フィエル、サラン、ポヴィレ、ディエナで、それぞれの節は四五から五十日あるわ。一日は日の出から日没までが昼で十一カーロン、同じく夜も日没から夜明けまでで十一カーロンあるわ。ただ時を表す時には、昼の六カル、みたいな言い方をするけれど」
[月と……時間……]
 頷きながら、漠然とサンディは繰り返す。
「そうね。たぶん、あなたたちの世界の概念では。それで今日はフィエルの三一日目。フィエルは四七日あって、その次のサランは五十日、ポヴィレが四五。ばらばらで覚えにくいかもしれないけれど、もしここに長くいるなら、ここの暦にも、おいおい馴染んでくると思うわ」レイニは頷くと、話を続けた。
「話を戻すけれど、このミディアルという国は約二百年前、ダリンボミエ・タリスホルという人が開いた国なの。彼は海を渡って、一緒に来た百人ほどの人たちと、この地を開拓した。農園を作り、工場を建て、町を起こした。そして他の国からの移住者を受け入れた。新しい天地で、新しい国を作ると宣言して。今はダリンボミエ国王から数えて五代目の、アヴェルセイ国王が治めているけれど、わりと栄えた国になっているわ。レラが少ないという欠点はあるけれど」
[レラ?]
「エネルギーと言うか、力ね。動力のようなもの。それで私たちは駆動車を動かしたり、装置を動かしたりしているの」
 レイニは、少女の手を握っている方ではない手を差し出した。その手の中から淡い水色のガスでできた様な、微かに光る玉が浮き上がる。
「これは水のレラ。私の持っているエネルギーね。私は水の民だから。私は氷の国、セレイアフォロスから、ここへ来たから。ブルーも水の民だから同じ水のレラを持っているけれど、彼は同じ水の民でもアンリール――流れる水の国出身なのよ。水と土は、それぞれに二つ国があるの。土は大地と植物の力の国、アーセタイルと、岩と鉱物の国ロッカデールの二つね。ブランとペブルは同じ、アーセタイル出身なのだけれど、ペブルは半分闇の民だから、彼の力は闇のレラと地のレラ、両方あるのよ」
[それはいわゆる……ハーフなんですか?]
「混血ね。私たちはディルトと呼んでいるけれど。ペブルは母親が地の民で、父親は闇の民らしいわ」
[闇って言うと、なんだか怖い気もします]
 サンディは小さく身を震わせた。
「字面の問題かしらね。じゃ、夜と思ってみたら。光が昼で、闇が夜。昼間だけの世界も、夜だけの世界も、なんとなく嫌でしょう?」
[ええ……]
「闇は悪ではないわ。ただ、そういう世界。光の国ユヴァリス・フェと闇の国マディット・ディルは、お互いにバランスをとって存在している。マディットはたしかに階級社会で、戒律は比較的厳しいらしいけれど、大きな国で、そこの人たちは満足していると聞いたことがあるわ。ディーはマディット出身なのよ。彼は四分の三が闇で、あとは光らしいわ。彼の母親が光と闇の混血らしいの」
[そうなんですか]
「私もディルト……混血なんだけれど、氷と水で基本は同じ水だから、エネルギーの分散は起きないの。でも、異なるエレメントの混血は、どうしても力の分散がおきやすいから、全体の力も個々の力も弱くなって、純粋なエレメントの国での居心地は、あまりよくないことがあるのよ。そういう人たちがどんどんミディアルに集まってきて、この国が築かれたの」
[そうなんですか。じゃあ、他の皆さんも、ハーフが多いのですか?]
 サンディはそれぞれにくつろいでいるほかのメンバーを見やった。
「え? あたしたちの出身?」
 リセラが話に入ってきた。サンディ側の言葉は聞き取れないものの、レイニの言葉から、話の内容を知ったのだろう。
「そう。彼女に教えてあげて」レイニは微かに笑って頷く。
「あたしは複雑なのよ、三つのエレメントが入ってるの。光と風と火。あたしの父親が風と火の混血で、母は光なの。このピンク髪は、父さんの遺伝よ。風と火が混ざると、こういう色になりがちなの。あたしは三つのエレメントが混ざってるから、たしかに単独のレラは弱くなるけれど、でも三つ合わせるとそうでもないわ。ほら」
 リセラは笑って、手を差し出した。その手から金色とピンク、そして銀色の玉が三つ浮き出てくる。彼女が手を振ると、その玉は三方に散って消えた。
「あなたはそれだけの混合だけれど、力は減衰せずにすんだ、稀な例ね」
 レイニは微笑んで言い、説明を続けた。
「そしてね、ロージアは土と風のディルトで、アンバーは風と光。でも彼は光が四分の一で風が四分の三だから、かなり風のエレメントが強いわ。あの子は髪が銀色で、目が青灰色だったら、完璧に風の民だったわね。惜しいことに光が混ざって、あの色になったけれど、能力もほぼ風よ。でも、私たちみなが、ディルトなわけではないわ。ブルーとフレイとブランは純血なのよ。ただ、ブランはいわゆる『色抜け』だけれど」
[アルビノ……?]サンディは漠然とそう問い返した。
「そう。あなたたちの概念では、そう言うのね。でも色が抜けると言うのは、私たちにはもっと重大な意味があるのよ。エレメントのエネルギーを受け継げないというね。だから彼のレラは白いの。『色抜け』は、彼のように純粋なエレメントの民には稀なのだけれど、異なるエレメントが三つ以上になると、とても起こりやすいのよ。リルはそうでないけれど、三種になると、七割くらいが色抜けになるわ。これが四種類以上になると、ほぼ確実にすべてが色抜けになる。だからミディアルには、白のレラ――無色な人が七、八割もいるのよ」
[そうなんですか]
「もともとミディアルに来る人の九割以上はディルト――混血だから、子孫の代でさらに混ざって、色が抜けてしまうことが珍しくないのよ。二百年も続くうちには、かなりの人がそうなっても、不思議ではないわ。それに、もともとミディアルには精霊がいなくて、固有のエレメントを持たない国だから、レラも弱いし、あっても無色なことが多い。だから他の国からは『掃き溜めの国』と言われることも多いわ」
[なんだか……ひどいですね]
「でもミディアルの人々は、レラやエレメントの力がなくても、それに代わるものを作り出したわ。ここでは機械装置の開発が盛んで、そのおかげで産業も発達しているの。ここで一番盛んな産業は、衣服を作ること。これはレラが足りなくても、エレメントの力がなくても、機械の力でできるから。服の原料になる植物、コティは大地のエネルギーが少なくとも、水と太陽の光で育つ。この地に雨は少ないけれど、代わりにここの人たちは水を散布する機械を作り出したわ。それに成長を促進する薬も使って――薬の調合も、ミディアルでは盛んなのよ。そこから繊維を紡いで布にして服にするのは、機械を使ってできる。そういうレラに頼らない、人力で出来る装置が、たくさんあるわ。同じように木や鉱物から家具や装飾物を作る加工産業が、ここでは盛んなの。それで生産したものを輸出して、対価を得ている。そうして成り立っている国なのよ」
「コティの収穫や加工は、あたしたちも時々やるのよ」
 リセラがそこで、ピンク色の髪をちょっと振りやりながら、再び話に入ってきた。
「旅の資金稼ぎにね。この砂漠を抜けた向こうには村があって、そこには大きなコティ畑があるから、明日はそこで収穫を手伝う予定になっているわ」
[そうなんですか。それならわたしにも出来るから、やらせてください]
 サンディは両手を組み合わせ、願い出た。

 コティの畑は、一面真っ白な雲の海のようだった。その木は丈が低く、ずんぐりとしていて、高さは人の太ももから腰のあたりまで、太い幹から無数に広がった細い枝に、白いふわふわとした実が群がるようについていた。
「やあ、今年も来たね。じゃあ、早速手伝いを頼むよ。明後日までにこの畑の収穫を終えて、出荷したいんだ」
 コティ畑の持ち主である、マティと名乗る、ずんぐりとした体型の男が、両手を広げ、笑みをうかべて迎えてくれた。その男の髪は渦をまいて白く、目は淡い灰色だ。その村には他に五、六十人ほどの人がいたが、そのうち八割くらいの人が同じように白い髪、淡い灰色の目を持っていた。そういう人が多いのは、やはりレイニが言っていた「色抜け」のためなのだろうか、とサンディは漠然と思ったが、今は右も左もまだわからないこの世界の事情を飲み込むのに精一杯で、それ以上の考えは起きなかった。そして通訳者を通じて実のつみ方を教えてもらった後は、渡されたかごに次々と白いふわふわとした実を摘んでいき、かごがいっぱいになると、畑の隅にある大きな箱にその中身を空け、再び畑に出て行った。サンディを含めた旅の一行十人は、もくもくと収穫作業をし、日が暮れる頃には、真っ白だった畑も半分以上、茶色と緑になっていた。
「いやぁ、はかどったな、ありがとう。明日もよろしく頼むよ」
 畑の持ち主、マティは機嫌良さそうに笑いながら、一行に対価を払ってくれた。それは銀色の小さな塊のようなもの、一人につき一つで、全部で十個を、まとめてディーに手渡す。彼がこの一行のリーダーのようだ。
「ありがとう。マティ」
 ディーは八重歯を見せて微かに笑うと、それをロージアに手渡した。彼女は表情を変えずにそれを受け取り、洋服の内側から取り出した小袋の中に入れた。彼女がこの一行の会計――金銭管理を担っているらしい。
「それとこれ、あんたたちの夕飯の足しにしてくれ。白しかなくて、悪いがね」
 マティはさらに、いつも食料にしている丸い玉が三十個ほど入った袋をくれた。
「ああ、ありがとう……いや、歓迎するよ」
 ディーは低い声で礼を述べる。
「あんたたちはいつまで、このパセルの村に滞在する予定だい?」
 そう問う畑の主に、旅の一行のリーダーは答えた。
「仕事がなくなったらだね。コティの収穫は明日までだが、もし他にも仕事があれば、もう少し滞在を延ばしてもいいな」
「じゃあ、明後日はザオヴァさんのポプル畑の収穫を、手伝ってもらえないか。そう伝えてくれと言われたんだ」
「ああ……じゃあ、それまではいよう。引き受けたとザオヴァさんに伝えてくれ」
「ああ。彼も喜ぶだろう。今年は奥さんが病気になってしまって、収穫が手伝えないと困っていたんだ」
「そうなのか、それは大変だな。それじゃ、また明日」
「ああ。明日もよろしく頼むよ」
 
 一行はその夜、村のはずれで野営した。いつものように草の上に柔らかい敷物を敷き、その上に車座になって、水とかごに盛られた球という、いつもの食事を取っていた。
「ああ、疲れた! でもレラを使う仕事じゃなかったから、白でも十分かな」
 アンバーがそう口火をきり、手を伸ばして白い球をとった。
「そうよね。あたしも手足がくたびれたけれど、これでも補給は出来るわ」
 リセラも手を伸ばし、白い球を一口かじる。
「ここでの仕事はまあ、肉体労働だけだからな」
 ディーは苦笑し、頭を振っていた。
 ペブルはその傍らで、手を伸ばして二、三個球をいっぺんにつかみ、口の中へ放り込むと、もぐもぐもぐ、と十回ほどかんでごくんと飲み下し、再び手を伸ばして二、三個つかむ。その繰り返しだ。
「まったく、おまえのおかげで食費がかさむな」
 ブルーがそれを見て、口をへの字に曲げながら、自分の分をかじっていた。
「でも、おいらは食べた分は働くよ」
 ペブルは気にした様子もなく、もぐもぐやっている。
「ここでは働きに関係なく、一人一日一ブエルだからな。関係ないさ」
 そういうブルーに、
「なんだか、それも不公平な気がするな」と、フレイが言う。
「マティの畑のコティつみはいつもそうだろ? ミディアルはそういうの多いよな。中には楽してサボる奴もいるかもしれない」
「そんなの、おまえくらいだろ、ブルー」フレイがそう鼻で笑い
「俺がいつサボった!」と、ブルーは気分を害したらしく、そう声を上げる。
「食事の時まで、ケンカしないで」
 ロージアがトーンを変えず、短く注意すると、
「こいつがけんかを売るからだ」
「なにおぅ!」と言いつつも、それからは二人とも黙って食事を続けていた。
 片手でレイニの手を握りながらその会話を聞いていたサンディは、ふと疑問を感じた。それで、もう片方の手に白い球を持ちつつ、首をかしげて聞いてみた。
[ここは皆さん、初めてではないんですね]と。
「そう、マティの畑のコティ摘みは、これで四回目ね。私たちはだいたい一年で通る旅程が、決まっているから。最初の節、エビカルの十日目くらいに、海辺の町エフィアから出発して、ミディアルの主な都市と町、村を回った後、一年の最後の節、ディエナの三十何日目かに、またエフィアに帰ってくる。一年で一周。今は四周目ね。だからミディアルの町や村の人たちは、もう私たちが来る時期を知っているから、来るといろいろと仕事を頼んでくれるのよ。やる仕事も、だいたいは決まっているわね」
 レイニはそう説明してくれた。
[そうなんですか……]
 頷きながら、少女は手にした白い球をかじった。ここで気がついてからずっと、食べ物はこれだけだ。それと水。この食物の味は淡白だが飽きが来ず、それ自体が不満ではないのだが、何か少し不思議な気がした。
[ここではなぜ、食べ物はこれだけなんですか?]
「あなたの世界では、たくさんの種類の食べ物があったようね」
[……そんな気がします。よくわからないけれど]
「たくさんの食べ物がある世界か。いいなぁ、行ってみたいなぁ」
 ペブルがそう声を上げた。サンディの言葉はわからないものの、レイニの言葉はわかるため、それに反応したようだ。
「たくさんの種類の食べ物と、たくさんの食べ物は違うんじゃないかい、ペブル」
 ブランが白髪の頭を振りながら、そう訂正する。
「たくさん種類があるなら、たくさんあるってことだろ?」と、ペブルは譲らない。
「他の世界のことは、わからないけれど……ここでは食べ物とは、エネルギーの補給、それだけしか意味がないからでしょうね」
 レイニは微笑んで答えていた。
「食べ物に他に意味なんかあるの?」と、リセラが不思議そうに言う。
「彼女の世界では、あったのかもしれないわ」
 レイニの言葉に、一行は不思議そうな表情をした。
「まあ……外の世界では、そうなんだろう。だが、ここではそれ以外の意味はないのさ。だからあんたも、それ以外は求めない方がいい」
 ディーが微かに苦笑を浮かべながら、そう締めくくった。
[はい……]
 サンディは頷き、手にしたものを食べてしまうと、遠慮がちにかごに手を伸ばした。いつもは二つでお腹いっぱいになるのだが、今日はもう一つほしい気がした。
「はい」リセラが笑って、かごの中から白い球を一つ取り、少女に渡した。
「あなたも今日はよく働いてくれたものね。おなかがすいているのでしょう? 遠慮しないで、たくさん食べたらいいわ」
「そうさ、三つでもペブルの十分の一だし、気にするなよ、お嬢ちゃん。本当に今日のあんたは、良く働いてくれたよ」
 フレイがにやっと笑ってウインクをした。
 サンディは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、三つめを食べた。

 翌日は再びマティの畑のコティ摘みをし、夕方には、ほぼ畑に白い色はなくなった。上機嫌のマティは一行に十個の銀貨とさらに三つをボーナスとして払ってくれ、昨日より多い食料をくれた。その翌日は、ザオヴァのポプル畑の収穫を手伝った。ザオヴァ氏はマティ氏より何歳かは若い感じで、いくぶん痩せ気味の身体だが背は高く、白いまっすぐな髪を短く切っていた。目は薄めの灰色だ。
「いやぁ、助かったよ。早く収穫しないと実が落ちてしまうからね」
 彼は一行を畑へと案内した。ポプルの木は大人の背丈の一・五倍ほどの高さで、コティほど枝は密集しておらず、一つの木に十五、六本くらいの割合で長く伸び、薄い緑の葉の間に手のひら大の、白くて丸い実がたくさんついていた。
[これは、いつも食べている球……ポプルって言うんですね]
 サンディはその木を見上げ、小さく声を上げた。
「そう。ポプルの実ね。これは生えているところのレラを取り込んで実をつけるから、ミディアルではほとんど白だけれど、ほら、中には微かに色つきがあるわ。まだ地面に少しだけ、エレメントの力があるのね。他の国に比べれば、相当に弱いけれど。これは実の上の茎のところをつまんで捻れば取れるから、白と他の色は分けて収穫してね。かごを二つ持っていって、白は右の箱に、色つきは左に入れてちょうだい。後はコティ摘みと要領は同じよ」
 レイニは少女にカゴを渡し、手を離した。
「高い所の実は、無理してとらなくていいからね。あたしたちに任せて」
 リセラがそう言ったが、意味がわからなかったサンディは再び通訳者を探し、もう一度繰り返してもらった。[ありがとうございます]と返してから、もう一度通訳者を見る。
「ああ……言い忘れたわ。手の届かない高いところは、『翼の民』に任せて、あなたは手の届くところをとってね。私たち、みなそうしているのよ。ディーとリセラとアンバーは翼もちだから、高いところに手が届くの」
[翼……? 飛べるんですか?]
「風と光と闇のエレメントを持つ人は、別名『翼の民』と呼ばれていて、飛行能力があるのよ。全員ではないけれど。でも風のエレメントで純血の人なら、九割以上が飛行能力を持つわ。光で八割弱、闇は七割くらい。その中でも風の民は飛ぶのが得意だから、うちでは、アンバーが一番飛行能力は高いのよ。その次が、ディーかしらね。リルは火のエレメントが入った分弱いけれど、それでも彼女のような三種のエレメント混在での飛行能力持ちは、珍しいわ」
[そうなんですか……]
 不思議そうに言いながら、少女はピンク髪の乙女が背中から少し銀色がかった薄い紅色の翼を開き、空中に飛び上がる様子を、目を見開いて見ていた。それはまるで、リセラが着ている白いブラウスの背中から、生えたように見えた。その翼に羽根はなく、薄い羽衣のような、皮膜のようなもので出来ているようだ。
「彼らの服には、背中に切れ目が入っているのよ。翼は普段は畳まれた状態で背中についているけれど、広げた時その切れ目越しに、外に出せるように」
 レイニも飛んでいく仲間たちを見上げながら、説明してくれた。
[そうなんですか……]
 少女は空を飛び回る三人を見上げたあと、自分の作業にかかった。
 
 日が暮れる頃には、畑の実はほとんどなくなった。にこにこ顔のザオヴァ氏は賃金とともに、収穫した実を百個ほど、大袋に入れてくれた。一行は氏に礼を言い、再びいつものように村はずれに野営した。
「ああ、この実、全部白だ。やっぱり色つきは高いからかな」
 かごに盛られた袋の中身を見て、アンバーが再びそう口火を切った。
「はい、これ」と、ロージアが荷車に積まれた食料の中から実を取り出し、青みがかった銀色のものをアンバーに投げた。ディーには灰色の球を、リセラには薄い金色を。
「ありがとう!」「悪いな」「ありがとね、ロージア!」
 三人はそれぞれ、まずはその色つきの実を食べている。他の人はカゴにある白いポプルに手を伸ばし、食事をしていた。
「飛行はエレメントのレラを使うから、補給が必要なのよ」
 レイニがサンディにそう説明していた。
[そうなんですか……]
 少女は再び不思議そうに頷きながら、白のポプルをかじった。
「レイニ。あなたも、そろそろエレメントの補給をした方がいいんじゃないかしら。その子が来てから、ずっとミヴェルトを使っているのだから」
 ロージアが再び立ち上がって、水色のポプルをぽんと投げた。
「ありがとう。そうね」
 レイニは頷いて、色つきポプルを一口食べ、にこりと笑った。
「ああ、やっぱり水のポプルはおいしいわ」
[味は違うんですか?]サンディはそう問いかける。
「そうね。自分のエレメントのポプルは、無色とは比べ物にならないくらい、おいしいというか、力が満ちてくるような気がするの」
[そうなんですか]
 サンディは再び頷き、白のポプルを食べ終わると、水を飲んだ。だが自分自身は、そのエレメントに合ったポプルを食べた時の味は、わかることはないのだろう。この世界では、彼女は『色抜け』と同じなのだから――漠然と、そんな思いを感じた。茶色の髪と茶色の目で、「この子の見た目は、土の民と言っても誰も疑わないだろうな」と、ブランが移動の車の中で言っていたが、実際のところは彼と同じ、色は抜けていないが、力を持たない。彼女は、この世界の民ではないのだから――それは少女にも、漠然と悟っていたことだった。通訳者がいなければ言葉は通じず、ディーやレイニが何度も「外の世界では」「あなたの世界では」という言い方をすることからも――そして色抜けのブランでもレラという力の源は持っていて、それを使って車を引っ張ることが出来る。だが彼女には、それすらない。さらに自分がいることで、レイニに余計なエレメントの力を使わせているのだろう。通訳能力は、水のエレメントの力らしいから――。早く言葉を覚えなければ――そんな思いの中、サンディは食事が終わると、通訳者に聞いた。
[これで、この村での仕事は終わりなんですか?]
「そうね。これから急な仕事が入らなければ」
[それでは、また明日から旅が続くんですか。その……この国の首都まで]
「いえ、明日は休養日よ。私たち、もう十日間くらい湯浴みもしていないし、お洗濯もしていないから、そういう雑事をやらないといけないし。出発はその次の日ね」
[お洗濯……]サンディは首を傾げ、中空を見つめた。
[わたし、それならできるかもしれません]
「ああ、それなら、あなたのところとやり方があまり変わっていなければ、手伝ってもらえるかしら」レイニは微笑み、手を伸ばして少女の頭に触れた

 翌日は起きると、一行は敷物の洗濯から始めた。使用料を払って、村はずれの井戸を使わせてもらい、荷物車の中から洗濯機と石鹸を出して、洗う。洗濯機と言っても手動でハンドルを回すもので、それで中の水と石鹸、洗濯物が攪拌される。それから水を捨て、絞ると――これも同じようにハンドルを回して行った――新しい水を入れ、すすぐ。そうして再び絞ったものを運んで、野営している場所に立てた二本の細い柱の間に紐をはりわたし、そこにかけて干していた。
「これもミディアルの発明品なのよ。洗濯機。けっこう重宝しているわ」
 そう説明するレイニに、サンディは頷きながら思っていた。
[洗濯は変わっていないみたい……そんな気がする。ちょっと原始的かもしれないけれど……]
 少女は出来る限り手伝った。ハンドルを回し、形を整えてパンパンと叩き――敷物は大きいので、一度に一枚ずつしか洗えない。都合四回ほど洗濯機を回すと、一行は村の湯屋へと行った。湯屋とは、文字通り四角く白い浴槽の中に湯をはって、その中に浸かり、外で身体を洗う。それを提供する設備だ。浴槽も洗い場も、男女に分かれている。
 リセラ、ロージア、レイニとともに女性用に入ったサンディはお湯に浸かり、身体を洗った。ちょっと形態は違うが、身体の清め方は同じだ――漠然と、そんな思いを感じながら。髪も洗った。他の三人も同じようにしていたが、濡れた身体を乾かすのは、乾燥室と呼ばれる部屋に入り、温風を使う。身体が渇くと、めいめい別の服に着替えていた。一行はここに来る前、村の雑貨屋でサンディの服と新しい靴も買い求めていたので、彼女も着古したワンピースを脱ぎ、着替えた。それは緑のひざ下までの丈の、すべすべした生地でできたワンピースだった。今までは裸足だった足にも、新しい靴をはいた。
 湯屋から戻った一行は、今まで着ていた服も洗濯し、広げて乾かした。それから村の雑貨屋で食料と水を買い求め、村人たちと話し、日がくれる前に乾いた洗濯物を畳んで、荷物車に積む。居住車の敷物も洗いたてのものになり、地面に敷くものも同様だ。そして一行はその上で、食事を取った。
[ここは一日一食なんですね]
 サンディはそうたずねた。みな、朝は水を飲むだけで、昼は取らず、日が暮れてから食事をする。彼女が合流してからの七日間、ずっとそうだったからだ。
「寝る前に、一日に使った力を補充するから、他には必要ないのよ」
 というのが、レイニの答えだった。
「さてと、明日からまた移動だ」
 食事が終わると、ディーが両手をパンと叩いた。
「ここから首都エルアナフまで、あと四日。途中で川越えがあるが、まあ、いつものとおりだ。今日は早く寝るぞ」
「エルアナフか。あそこは賑やかだから、俺は好きだな」フレイがそう言い、
「俺は騒々しすぎるから、好きじゃない」と、ブルーがむっつりと反論する。
「エルアナフでは、興行があるからな。何日間になるかは、入り次第だが、向こうへ着いたら、練習も必要だな」ディーが重ねて告げた。
「いよいよ興行車の出番ね」リセラが弾んだ声を上げ、
「まあ、いつもどおりやれればいいわ」と、ロージアは冷静な声を出す。
[興行って、なんですか?]サンディは聞いた。
「見てみればわかるわ。まあ、楽しみにしていて]
 レイニはにっこり笑った。
 空の月は、相変わらず丸い形をしていた。ただ、位置が少し変わっているようだ。黒に近い濃いグレーの空に、銀色の小さな星がたくさん瞬いている。と、その空に小さな影がさした。かなり早いスピードで飛びすぎて行く。
「なにか通った。鳥かな?」
 アンバーが空を見上げた。
「鳥は、夜は活動しないものだよ。少なくとも、ここではね」
 ブランが首を振って訂正する。
「あれは……?」
 ディーが軽く眉をひそめ、しばらく黙った。やがて首を振って、告げる。
「ともかく、今日はもう寝るぞ。外で寝る当番の奴は、敷物と毛布を持ってこい。それ以外は、居住車に戻るぞ」
 一行は立ち上がり、動き始めた。




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