光と闇の舞踏 The Dance of Light and Darkness

第一部 逸れ者たちの新天地ミディアル(1)




 見渡す限り、砂の海がひろがっていた。細かい粉を敷きつめたような薄黄色の大地に一筋通る細い銀色の道を、旅の一団が通っていた。銀色の幌に覆われ、下に車輪のついた、丸い形の乗り物が三つ連なり、先頭を走る三台の駆動車――と言っても車ではなく、四つの小さな車輪のついた銀色の細長い板の上に長い棒が立ち、その棒の先端に進行方向に合わせて動く、短い横棒がついた形状だ――に引っ張られて走っている。駆動車には、それぞれ人が乗っていた。彼らは板の上に立ち、両手で短い横棒の両端を握っている。その手から薄色の光がかすかに放たれ、棒を伝わり、車輪へとその力を伝えているようだ。車輪の下にも、微かな光がある。
「あっちいな」
 右側の駆動車に乗っている若者が声を上げ、片手を離して、額に流れる汗をぬぐった。首筋まで垂れた青い、くせのない髪がその動きにつれて揺れる。眼は青みがかった灰色で、口はやや大きい。その分厚い唇の端まで手を動かして顔をぬぐうと、顔をしかめ、再び両手で横棒を握った。
「まあ、砂漠だからね」
 左側の若者が、苦笑いをしながら応じ、首を振った。頭を覆い、さらに両翼に広がった黄色の髪が、その動きに伴って揺れる。
「そうか? 俺には快適だが」
 真ん中の若者は、燃えるような赤い髪を振りやりながら頭をそらせ、少々勝ち誇るようなトーンで笑った。汗一つかかず、涼しい顔だ。
「そりゃ、おまえはそうだろうよ、フレイ。火の民だからな」
 青髪の若者は、顔をしかめる。「まったく、俺は快適どころじゃないぜ。やたら暑い上に、ミディアルはレラが少ないからな」
「そんなことは、わかってることだろうが、ブルー。おまえはどうも文句が多くていけないな。だから、いつも口がひん曲がってるんだ」
「口は関係ないだろうが! これは元々だ! おまえの鼻と同じでな!」
「俺の鼻を、とやかく言うな!」
 フレイは大きく、高い鼻を気にしているのだろう。少し顔の色を濃くして、声を荒げた。
「まあまあ、二人とも、ケンカしない。火と水だから、相性は悪いのは、わかるけどね」
 黄色い髪の若者が、あきれたように仲裁する。
「そうだよな、アンバー。だから俺は、こいつと組むのいやだったんだ」
 フレイが顔をしかめ、
「それはこっちの台詞だ!」と、ブルーが言い返す。
「火の民は鼻が高くて、水の民は唇が厚いって、国じゃ普通じゃないか。怒らなくてもいいのに。僕の耳だって、翼だって、国じゃ普通だから、言われても気にはしないよ」
 アンバーという黄色髪の若者は、少し首をすくめるように笑っている。彼の耳は他の二人より大きく、先端がとがっていた。
「まあな。俺もここに来るまでは、気にならなかったがな、鼻も」
「俺もそうだ」
 フレイとブルーは少しきまり悪げな表情をした。
 
「ちょっとぉ、スピード少し遅くない?」
 声が後ろから飛んできた。ま後ろに連結された車の銀色の幌が開いて、一人の女性が顔を出している。三人の若者同様、やっと一人前の大人になったくらいの年齢だ。波打った豊かなピンク色の髪を頭の後ろ、やや上よりに束ね、赤いリボンをつけている。その丸い灰色の目には、文句を言っているというよりは、面白がっているような光があった。
「前の組が最強すぎるんだよ。俺たちは、そんなにレラが強くないからな」
 ブルーが抗議するような口調で言い、振り返った。
「ディーとペブルの二人が一緒になったら、誰もかなわないよ、レラ量じゃ」
 アンバーが笑って言うと、ブルーは再び畳みかける。
「それに、ここは暑いんだよ。フレイはともかく、俺にはきびしい。氷の民だったら、溶けていただろうな」
「え? レイニは溶けてないわよ。それにしても、機械仕掛けの駆動車が買えたら、良かったのにね。そしたら、あたしたちも交代で引っ張らなくてもすむのに」
 ピンク髪の女性が、笑って頭を振った。
「そうは言うけどな、リル。おまえもわかってると思うが、駆動車は高いんだよ。だから俺たちがこうやって、交代で引っ張ってくしかないんだ」
「まあ、がんばってね。あと二カーロンだから」
 フレイの答えに、リセラはちょっと笑い、再び幌の中に引っ込んだ。
「あと二カーロンもあるのかよ、交代まで。俺はもうへとへとだ」
 ブルーはうんざりした表情で、首を振った。
「でも、このステアラ砂漠を抜け切るには、あと五カーロンは走らないとだめだね。次の当番って――女の子、三人か。レイニには暑いかもね。さすがに溶けないだろうけれど」
 アンバーは微かに笑いながら頭を振り、行く手に目をやっていた。
「でも、レイニは誰かさんと違って、文句は言わないだろうさ」
 フレイがからかうように言い、すぐさまブルーが応じる。
「誰かさんって、誰だよ!」
「もう、何回喧嘩してるんだよ、二人は」
 アンバーは首をすくめ、ついで何かに気づいたように空を見上げた。
「あれ? 飛空船が飛んでいる……」
 どこまでも広がる、青一色の空に、ぽつんと小さな点が動いていくのが見えた。つられて、ブルーとフレイも空を見上げる。
「あれか? ミディアルに飛空船なんて、今まで見たことないぜ。鳥じゃないのか?」
「俺もそう思う。小さすぎて、見づらいがな。でもおまえの場合は、鼻が邪魔で見えないんじゃないか?」
「うるせぇ!」
 やりあっている二人を横目に、アンバーは目を凝らすように空を見つめ続けた。
「いや、鳥じゃないよ。飛空船だ……金色で、紋章がついてる……」
「紋章?」
「そう。たぶん……あの紋章……あれは、時の寺院のかな……」
「本当に、よく見えるな。さすがに『鳥の眼』なんだな」
 ブルーは感嘆したような口調だ。
「アンバーは、四分の三は風の民だからな」
 フレイが空を見上げたまま、そう付け加えていた。
 空の点は、かなりの速さで動いていた。鳥ほどの大きさだが、道より十キュービットほど東の上空を、鳥ならばとてもそれほど早くは飛ばないだろうという速さで進んでいく。それを三人は目で追っていたが、そこからまた何かが――小さな点のようなものが放たれて、ゆっくりと下に落ちていくのが見えた。
「なんか落とした!」アンバーが声を上げ、
「ああ、それはわかった。俺たちにも」
 フレイとブルーが同時に言う。
「でも、何を落としたんだ?」
「ごみでも捨てたんじゃないか?」
「そんな行儀が悪いことをするのか? 時の寺院の坊さんたちが」
 ブルーの言葉に、フレイは半信半疑な表情で、落ちていく黒い点に目をやっている。
「いや……あれって、透明な玉の中に、何かが入っているんだよ」
 アンバーが目を凝らしながら、声を上げた。
「あの高さから普通に落としたら、下に落ちた時に潰れるから、そうならないように……だから、あんなにゆっくり落ちているんだ」
「壊れないようにか? そんなに気を使って、でも何を捨てたんだろう?」
 フレイが首を傾げる。
「中に何が入っているのか、わかるか、アンバー」
「いいや、そこまではわからないなあ、遠すぎて」
 ブルーの質問に、聞かれたほうは首を振る。
 
「どうした? スピードが落ちてるぞ」
 再び声がした。前の声とは違い、今度は低くて響きのある、男性の声だ。後ろの車の幌が再び開き、浅黒い肌の青年が半身を乗り出した。長い髪は黒く、頭頂部だけ金色で、その部分だけを、緩いポニーテールのように縛っている。整った顔立ちだが、その眼は鋭く、深い灰色をしていた。少し大きめの口から、左側の八重歯の先端だけが覗いている。
「悪い、ディー。ちょっと気がそれちまって」
 フレイが振り返り、軽く首をすくめた。
「なんに対してだ? おまえたちのケンカか?」
「いや、まあ、たしかに言い争いは耐えないが……このひねくれブルーのせいで、って、そうじゃないんだ。飛空船が飛んでいったらしい」
「ひねくれブルーっていうのは何だ、フレイ! おまえの方がケンカをしかけてるだろう」
「まあまあ……って、こんな感じなのは、たしかだけど。そうじゃないんだ、ディー。時の寺院の飛空船が何かを落としたから、僕たちはそれに気を取られたんだよ」
 アンバーが振り返り、かすかに首を振って答えていた。
「時の寺院の飛空船……」
 ディーと呼ばれた黒髪の若者は、眉をひそめた。
「またどこか他の世界から、候補を運んできたのだろうな。でも、捨てた……?」
「ああ。何かを落としたんだ。それも泡に包んで」
「どのへんに落ちたか、見当つくか、アンバー」
「東前方……十二キュービットくらい先で、二、三キュービット道から離れてるところくらいかもしれない。はっきりとは、わからないけれど」
「そうか……」
 ディーという黒髪の若者は、考え込んでいるようにしばらく黙った。
「大きなお世話かもしれないし、よけいな荷物を拾うかもしれないが……アンバー、あと十二キュービット進んだら、その方向を見てくれ。それで、何かわかったら、教えてくれ。ものによっては、見過ごさない方がいいかもしれない」
「わかった」
「頼むぞ」そう言うと、ディーは再び幌の中へ引っ込んだ。
「他の世界からの候補か。聞いたことはあるな」
 フレイの言葉に、三人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
「とりあえず、進むぞ。あと十二キュービット。まあ、一カーロンもあればつけるだろう。いくら俺たちでも」
「そうだね」
「ああ、まあ、だるいが行くしかないな」
 三人は再び棒を握りなおし、先へと進んだ。

「もうそろそろ十二キュービット進んだころじゃないか? アンバー。何か見えるか?」
「うーん。ちょっと待て……」
 フレイの問いかけに、アンバーは砂の中に目を凝らすように、じっと見ていた。
「遠すぎて、見えな……いや、ちょっと待って。何かある。小さいゴミみたいにしか見えないけれど……でも、なんだかはわからない。行ってみれば、わかるかな」
 彼は振り返ると、後ろの車に向かって声を上げた。
「ディー、何かがある! 人っぽいように見えるけれど……見に行っていいかい?」
「ああ」後ろの車の中から、声がした。
「それじゃ、ちょっと僕は離脱するよ」
 アンバーは横棒から手を離すと、道の傍らに飛び降りた。そのふわりとした銀色の服の背中から、薄い銀色の翼が広がり、彼は空中に飛び上がる。
「べたナギだなあ。まあ、逆風よりはいいかな」
 そんな言葉を残して、彼は砂漠の中へ飛び出していった。
「砂漠に風なんか吹いたら、砂が舞ってまずいだろ。凪でちょうどいいだろうよ」
 フレイが首を振り、ブルーもむっつりと同意した。
「それだけは、おまえと同意見だ」

「ディー、それにみんな。わかった。あれは、女の子だったよ」
 やがてアンバーが戻ってきて、そう告げた。
「女の子?」ブルーとフレイが同時に声を上げる。
「そう。見たところ、うちの女の人たちより若いかもしれない。身体が小さいし、でも顔は老人の感じじゃないから」
「生きているのか?」ディーが幌から顔を出し、少し眉を寄せて聞いた。
「たぶん。今のところは」
「でも、こんな砂漠の中に放置したんじゃ、そのうちに死んじゃわないか?」
 フレイは、気遣わしげな表情になっていた。
「たぶん、そうだろうな。時の寺院の坊主どもの、やりそうなことだ。捨てたからには、いらなかったのだろうが……」
 ディーは眉根を寄せて、考え込むように黙った。
「本当に、よけいな荷物になる可能性が高いが。その子を拾うのは。他から来ているわけだろうし、時の寺院の坊主が捨てたからには、たぶん力はない」
「俺らの食い扶持も減るだろうしなぁ」
「だからって、見殺しにするのか?!」
 ブルーの言葉に、フレイがとがめるように返す。
「いや、厄介が増える気がするってだけだが……たぶん、役には立たないだろうからな」
「たしかに、役にはたたなそうだったね。可愛い子みたいだけれど」
 アンバーの言葉を聞いて、フレイは赤い瞳を輝かせた。
「可愛い子だと?! じゃあ、なおさら助けよう! こんな砂漠の中で見殺しなんて、かわいそうだ! 役に立たなくたって、いいじゃないか。人助けだ!」
「みなの意見を聞いてから決めるか。ただ、絶対反対が一人でもいれば、その子は助けない。フレイはともかく、アンバー、ブルー、おまえたちはどう思う?」
 ディーの問いかけに、二人はしばらく考え込むような表情をする。
「見てしまったからには、助けたい気がするかなあ」
 アンバーは首をかしげながら答え、
「まあ……厄介だが、絶対反対なわけでもない」
 ブルーは相変わらずむっつりした表情のまま、頷いた。
「意思疎通はレイニがいれば、なんとかなるだろうしね」
 アンバーがそう付け足した。
「じゃあ、他のみんなの意見も聞いてこよう」
 ディーはもう一度幌を閉じ、中に戻って行った。そしていくばくかの時を経て――その間、中ではいろいろな話し声がしていたが――再び幌を開けて顔を出した。
「助けておこう。そう決まった」
 彼はほっとしたような表情のフレイとアンバー、相変わらずむっつりした顔のブルーを見て、微かに表情を緩めたあと、言葉を継いだ。
「俺とリルと、それからアンバーで行って連れてくる。アンバー、案内してくれ」
「ああ」
 アンバーは再び道路に下りて、羽を広げた。そのあとにディーとリセラが車から降り立ち、それぞれの背中から翼を広げて、空中に飛んでいった。ディーの翼は黒く、リセラは少しピンクがかっていて、他の二人より少し小さい。
「飛べるやつはいいよな」
 フレイが三人を見送りながら、ぽつりと言い、
「まあな。あれば便利だと思うな。俺たちには無理だが」
 ブルーもそんな感想を漏らした。

 しばらくのち、三人は一人の少女を抱えて戻ってきた。緑色がさめて、表面が少し毛羽立ったワンピースに、穴が開いて少し黒ずんだ、白い靴下。長い茶色の巻き毛に白い肌、長いまつげと小さな赤い口元、通ってはいるが、それほど高くない鼻の周りに、薄い茶色の斑点がすこしだけある。少女は片足だけしか、靴をはいていなかった。
「落とされる途中で砂漠に落ちたのかしらね。見つからなかったのよ」
 リセラが気遣うような口調で言いながら、少女を車の中に入れた。
「完全に気を失っているな」ディーは頭を振り、言葉を継いだ。
「とりあえず、こんな砂漠の真っ只中で泊まりたくはない。ステアラ砂漠を抜けたところで、野営しよう。もしそれまでにこの子が気づいたら、車の中で話が聞けるが、それまで寝ていたら、その時でいい」
「そうだな」駆動車を引っ張っている三人も頷いた。
「ところで、この騒動の間の時間は、俺たちの当番の中に入るのか?」
 そう問いかけるブルーに
「入らないわよ。あと一カーロン、しっかり引っ張ってね」
 リセラが笑って答える。
「やれやれ……すごく損した気分だ」
 ブルーは余計に口をへの字に曲げながら、ため息をついていた。

 昼の砂漠は暑いが、夜になると急激に気温が下がる。砂漠を抜けてすぐの草原に野営した一行も、何人かは上着を羽織って、草の上に広げた敷物の上に座っていた。カドルという、火の力を入れた丸い筒型の装置が傍らに置かれ、あたりに暖かさと赤みがかった光を届けている。頭上の空は限りなく黒に近い濃い灰色で、銀色の星が小さな光をちりばめたように空を彩り、少し銀色がかった丸い大きな月が、中天にかかっていた。
 車座になって座っているのは九人――フレイ、アンバー、ブルー、ディー、リセラのほかに、二人の女性と二人の男がいた。銀色のまっすぐな髪を肩に垂らし、切れ長の緑色の瞳の女性と、ゆったりした水色のワンピースに身を包んだ女性。彼女は髪の色も水色で、頭頂部あたりで一つに束ねて流しているが、量が多いために後ろだけでなく、横にも流れているように見えた。
 男性二人の方は、かなり対照的な容貌だった。大柄で、でっぷりした体型の若者はくるくると渦を巻いて頭を取り巻いている黒い髪と、細くて小さな、少し紫がかった灰色の目をしていた。鼻は丸く、口は大きく、今も盛んな食欲で、かごに盛られた食物を、次々と口に放りこんでいる。その傍らに座り、少しずつ食べ物をかじっている男は体が小さく、やせていて、白くて丈の長い服を着ている。彼はレンズの黒い大きな眼鏡をかけているが、その下から見えている鼻と口も小さい。肌の色も透けるように白く、耳の下で切りそろえられた、たっぷりとした量のまっすぐな髪も白かった。
「ブラン、ここはもう暗いんだから、日よけめがね外せよ」
 フレイに言われて、白い髪の男は眼鏡を取ったが、その下の目は顔に似ず大きく、その瞳の色はほとんど白に見えるほど薄い茶色だった。
「そのカドルがまぶしいよ。月明かりでちょうどいいのに」
 ブランと呼ばれた若者は、少し顔をしかめている。
「いや、俺はこれがないと寒いんだよ」
 その装置のまん前に座ったフレイは、譲ろうとはしない。
 食事を取っている一行の傍らに、砂漠で助けた少女が寝かされていた。
「結局起きなかったのね、この子」
 リセラが少女に目をやって、言った。
「どこか具合が悪いのか、かなり弱っているのではないかしら」
 銀髪の美女が、微かに眉をしかめる。
「身体は……どこも悪くはないように見えるわ」
 水色の髪の柔和な印象の女性が少女の手を取り、首を振った。
「そろそろ、目が覚めるのではないかしら」

 その言葉通り、一同が食事を終える頃、少女は目を覚ました。まぶたがぴくぴくっと動いたと思うと、目を開ける。その瞳の色は、少し緑と灰色がかった、明るい茶色だった。彼女はしばらくぼんやりと空を見つめ、起き上がると、自分の傍らに円を描くようにして座っている九人を、驚いたように見やっている。
「あら、目が覚めた?」
 リセラが快活にそう話しかけたが、少女は不安そうに目を見開くばかりだ。そして少女は口を開き、何かを言った。しかしその言葉は、一行には理解できない。
「やっぱりそうか。それは覚悟していたがな」
 ディーが苦笑いを浮かべ、水色の髪の女性を見やった。
「レイニ、通訳を頼む」
 レイニと呼ばれた水色髪の女性は微笑んで頷くと、少女の手を取り、その目を覗き込んだ。「こんにちは。驚いたでしょう。私たちはあなたが砂漠に倒れていたので、ここまで連れてきたのよ。私はレイニ・アマリス・サーラルと言って、他の八人と一緒に旅をしているの。あなたの名前を教えて」
 少女はじっと見つめていたが、やがてその意味がわかったようだった。口を開き、返答したが、その言葉は相変わらずわからない。しかしレイニにはわかっているようで、彼女は少女にかわって答えた。
「助けてもらったとしたら、ありがとうございます。なぜここにいるのか、わからないけれど。わたしはアレキサンドラ。サンディと呼ばれていました。十四歳です」
「サンディっていうのね。あたしはリセラ・ファリ・マリスタ。うーん、十四歳でその見た目だと、たぶんそっちとこっちでは、年は似たようなものだわね。あたしは、十九よ」
 リセラがにこっと笑う。少女にもわかったようで、にこっと笑って、何か言った。レイニがその言葉を通訳する。
「はじめまして、リセラ」と。
「俺はフレイル・バスクリア・アンダルク。フレイって呼ばれるんだ」
「俺はブルーニス・パンタルク・アイオス――通称ブルーだ」
「僕はアンバー。アンバー・ラディエル・キール、よろしく」
 次々とそう言う三人にも少女ははにかんだような視線を向け、[はじめまして]と微かに微笑んで言った。
「おいらはパヴェル・ペブル・ムスロン。ペブルって呼ばれてるから、あんたもそう呼んでいいよ」太った男がおうように笑って言い、
「私はブランデン・ポスティグ・シランサ。通称、ブランだ」
 白い髪の小男が少し照れたような顔で、小さく言う。
「わたしはロージア・エリル・ケール。よろしく」と、銀髪の女性が自己紹介し、
「俺はディーバスト・エラキドゥ・マルヴィナーク。長ったらしいから、ディーでいい」
 ディーが少し突っ放したような口調ながら、親しみも感じられる調子で締めくくった。
[ここは……どこですか?]
 全員に挨拶したあとの、少女の次の問いは、少し戸惑ったようなものだった。
「まずはその前に、あんたのことを少し話してくれないか」
 ディーの問いに、サンディはさらに戸惑ったような表情で答えた。もちろんその言葉は一行にはわからないが、レイニがかわって伝える。
「わからないんです。どうして、ここにいるのか」
「あんたはどこに住んでいた? 家族は?」
 その問いに、少女はただ首を振り、半ば混乱したように答えるだけだった。
[覚えていないんです。まったく。ただ名前と、年だけしか。あとは……思い出せません。どこでどうしていたのか、なぜここにいるのか……]
「ああ……まあ、ありえる話だな。きっ坊主どもの仕業だろう」
 ディーは当惑したように首を振った。「まあ、いいが……サンディ、それがあんたの名前なら……とりあえず、レイニの手を離すなよ。さもなければ、話が通じなくなる。ここはミディアル国、スパオラ地方。ステアラ砂漠を抜けて、ラキマス平原に入ったところだ。と言っても、あんたにはちんぷんかんぷんだろうが、たとえ言葉が通じていてもだ。俺たちは旅の一団。はぐれもの同士集まって、この国を旅している。町で一時雇いの仕事をして、時には見世物もやって、それで金を稼いで、生活してるんだ。あんたも俺たちと一緒に来るなら、何かしかの働きは必要だが、とりあえず俺たちはこの国の首都、エルアナフに向かっている。あそこはこの国一番の大きな町だし、仕事もあるだろう。とりあえずそこへ着くまでは、俺たちと一緒にいたらいい。どうせ行くところはないんだろう」
 サンディはうっすらと涙をうかべながら聞き、そして頷いた。
「戸惑っているのでしょうけれど、大丈夫よ」
 レイニが優しい口調で語りかけ、その背中にそっと手を触れた。
「お腹はすいていない? 私たちの食べ物が、あなたの口に合えばいいのだけれど」
 少女はこっくりと頷いた。それを見てリセラが立ち上がり、かごを持ってきた。その中には、透明な水の入った瓶がいくつかと、手のひらですっぽりと包み込めるような大きさの、さまざまな色の丸いボールのようなものが、たくさん入っている。
「まずはお水ね。どうぞ」
 リセラは安心させるように笑顔を作り、瓶を手渡した。
[ありがとうございます]
 サンディはそれを受け取り、ふたをあけて口をつけた。その顔が微かにほころぶ。
[おいしい……お水がおいしい。それに甘い]
「喉が渇いていたのだと思うわ」
 レイニが微笑んで言った後、たくさんの色つき球を指差して説明した。
「ここでは、食べ物はこれしかないのよ。たぶん、どこの国でも。ピンクは火、水色は水、ベージュが土、銀色に近い青が風、薄い黄色が光、濃い灰色が闇、白はどれでも適応するけれど、エレメントの力はない。そうね……でも、あなただったら、白でいいかしら。エレメントの民ではないようだから」
 彼女は白い球を一つとって、サンディに渡した。
 少女は最初それをじっと眺め、おずおずとした動作で、口をつけた。食べてみると、ちょっと固めのゼリーのような食感だ。微かに甘く、微かにしょっぱいが、あっさりしている。二つほど食べると、お腹がいっぱいになった。
[……料理は、しないんですか。わたし……料理は得意だった……ような]
 そんな言葉が漏れた。レイニの手を離れていたので、その言葉は誰にも通じなかったようだ。少女は通訳者を探し、そっとその手に触れた。
[あなたがいると、みんなの言うことがわかるけれど、それはどうしてなんですか?]
「ええとね、それが私の力だから」レイニは微笑んで答える。
「私は、人の心の仲介が出来るから。『異なる言葉での伝達』――私たちの言葉で、ミヴェルトと呼ばれる能力を、私は持って生まれてきたから。水の民の十人に一人くらいは、その力を持っているのよ」
[そうなんですか……]
 サンディは頷いたが、その瞳には戸惑いの色が大きかった。彼女にとっては、やはりここは異世界なのだ。文字通りの意味で。
 その心の動きが、わかったのだろう。レイニは、微笑んでその背中に触れた。
「私がいなくても他の人たちと話が出来るように、あなたもここの言葉を覚えたらいいわ。そんなに難しいことではないから。あなたが言うことを、私が他の人たちに言うその言葉をよく聞いて。それは同じ意味だから。他の人たちが言うことを、私があなたに伝える時も、相手の言葉も良く聴いて。それも同じ意味だから。繰り返していけば、きっと覚えられるわ」




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