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田中啓文の本棚

  1. 笑酔亭梅寿謎解噺
  2. 落下する緑
  3. 笑酔亭梅寿謎解噺2 ハナシにならん!
  4. 笑酔亭梅寿謎解噺3 ハナシがはずむ!
  5. 辛い飴
  6. 笑酔亭梅寿謎解噺4 ハナシがうごく!
  7. 笑酔亭梅寿謎解噺5 ハナシはつきぬ!

笑酔亭梅寿謎解噺 集英社
 大倉崇裕さんの「やさしい死神」(東京創元社)の前島純子さんのあとがきで知って、読んでみようと思った作品です。初めて読む田中啓文作品になります。
 7編からなる連作短編集です。各編のタイトルが「たちきり線香」「らくだ」「時うどん」「平林」「住吉駕籠」「子は鎹」「千両みかん」と古典落語の演目になっており、それぞれの話の中にうまくこの演目が織り込まれています。話は殺人が起こったりしてミステリ仕立てで進みますが、謎自体は、僕にもわかってしまうものもあったし、なかにはこの謎の解決はいかがかと思われるものもあり、ミステリ作品としてはいまひとつかなという気がします。それより、この作品は、高校を退学となったモヒカン頭の竜二が落語を通して成長していく様子を描いた作品といえます。
 モヒカン頭が落語家に弟子入りという話も愉快ですが、周りの登場人物のキャラクターが魅力的というのがこの作品をおもしろくしています。なんといっても、この作品の題名となっている酒飲みで、すぐ手が出る師匠の梅寿です。常に酒を飲んで酔っぱらっていますが、高座に上がると、一転その見事な話しぶりで客を引きつけてしまいます。そして、その息子で警察官の二郎、噺はうまいがなぜか人気のでない兄弟子の梅春(女性だから姉弟子か?)、将来を嘱望される落語家であるが、竜二をいじめる兄弟子の梅雨等々しっかり主人公の脇を固めています。
 話の中で、梅寿の古典落語が、若い人たちを魅了する場面が出てきますが、現在のお笑いブームのなか、本当に古典落語がおもしろいのか、一度名人と呼ばれる人の話を聞いてみたくなる作品でした。
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落下する緑 東京創元社
 ジャズのテナーサックス奏者永見緋太郎がさまざまな事件の謎を解く連作短編集です。
 田中啓文さんの作品は、今まで落語の世界に入った若者を描いた「笑酔亭梅寿謎解噺」(集英社)しか読んだことがなかったのですが(非常におもしろい作品でした。)、今回はそれとはまったく趣の異なるミステリ作品です。とはいえ、表題作の「落下する緑」が、田中さんのデビュー作だったそうで、本当はミステリ作家として出発したようです。
 絵がなぜ逆さまになっていたのかを解き明かす「落下する緑」を始めとして、師から弟子へと受け継がれたクラリネットの謎、消えた天才トランペット奏者、亡くなった時代小説家が残した新作の謎、ウッドベースの名器を壊したのは誰かなどそれぞれ題名に色が付いた7編の謎に永見が挑みます。ジャズのこと以外は世間知らずな永見ですが、その論理的な思考で謎をものの見事に解いていきます。
 ただ、探偵役がジャズのテナーサックス奏者のため、作品中にはジャズの演奏シーンなどの場面が出てくるのですが、専門用語が使われていて、素人にはその点はわかりにくいかもしれません。実際僕も何のことかわからないところもありました。僕が一番おもしろかったのは「揺れる黄色」ですが、楽器のことをわかっていないと謎解きがイメージできず、そのおもしろさが減じてしまっている感があります。その点は残念ですね。
 話と話の間に作者が持つレコードの紹介がありますが、残念ながらジャズの表面だけをなぞっただけの僕にはあまり知らない奏者ばかりでした。
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笑酔亭梅寿謎解噺2 ハナシにならん! 集英社
 笑酔亭梅寿謎解噺シリーズ第2弾です。7編の短篇の題名がそれぞれ落語のネタを冠しているのは、前作と同じ。 今回の題名は「蛇含草」「天神山」「ちりとてちん」「道具屋」「猿後家」「抜け雀」「親子茶屋」、それぞれの話の中にうまくこの演目が織り込まれているのも前作と同じです(残念ながら落語にうとい僕としては知っている噺はありませんでした。)。 前作では殺人があったり、ミステリー仕立ての作品でした。今回も帯には青春落語ミステリーと書いてあるように、日常の謎の要素はありますが、ミステリー色は薄れ、人情話の要素の方が大きくなりました。
 前作で脇を固めていた、兄弟子の梅雨や梅春、そして師匠の次男坊で警官の二郎の出番が少なく、寂しいところがありますが、相変わらずの鶏冠頭の主人公梅駆と師匠の梅寿の強烈な個性はますますヒートアップしてきました。とにかく、梅寿ですよねえ。大酒飲みで、すぐ弟子には拳骨を見舞う、弟子の出演料は使い込んでしまうというハチャメチャな男でありながら、最後にはホロッとさせることを何気なくやってしまっているんですよねえ。憎いですねえ。まあ、確かにこんな師匠を持ちたくはないですけど。
 とにかく、おもしろいです。気持ちが落ち込んでいるときに読むのにはもってこいです。「ちりとてちん」の“ケツ出し事件”の落ちは最高。大いに笑えました。一方笑いはないですが、心にジーンとくるラストは「道具屋」です。いやぁ〜、笑って泣かせてすっきりさせてくれる、本当に素敵な本です。おすすめです。
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笑酔亭梅寿謎解噺3 ハナシがはずむ 集英社
 笑酔亭梅寿謎解噺シリーズ第3弾です。今回も前作までと同様、落語のネタを題材に8話が収録された連作短編集となっています。落語のことを知っていれば、もっと楽しめるかと思いますが、知らなくても大丈夫。大いに笑い、そして時にはジ〜ンと胸熱くさせてくれます。
 このシリーズ、当初は殺人事件も起きたりして、ミステリ色も豊かだったのですが、シリーズが進むにつれてに人情話のほうに重点が置かれてきたようです。今回もミステリ的な事件が起きるのは「あくびの稽古」だけ。世界的に有名な女優の殺人事件(?)が撮影現場で発生し、たまたまオーディションに合格して武士役で出演していた梅駆たちが事件の解決に奔走します。
 この話以外は、俳優の魅力に取りつかれた梅駆が落語家を辞めようかと悩む話、梅駆に降って湧いた関西の大名跡の襲名騒ぎ、梅寿の危篤騒ぎとドタバタが続きます。俳優の魅力に取り付かれた梅駆が落語家をやめようかと悩む話から、梅駆に降って湧いた襲名騒ぎ、梅寿の危篤騒ぎとドタバタが続きます。
 金髪鶏冠頭の兄ちゃんが落語をやるというミスマッチな設定と、大酒飲みで、暴力的な(しかし、梅駆のことは誰よりも知っている)梅寿と梅駆の掛け合いのおもしろさが、このシリーズの魅力となっていますが、それは今回も変わりありません。相変わらず、梅駆は梅寿にぼこぼこにされますが、心ではお互いのことを思っている様子は実の親子以上です。
 ミステリ色が弱まってきたので、梅寿の二男、刑事の二郎の登場がなくなったのは寂しいところですが、今シリーズには世界的な女優吉原あかりという、これまた魅力的な(というか強烈な)キャラクターが加わりました。人情話にとっぷり浸かりたい人におすすめです。
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辛い飴 東京創元社
 サックス奏者の永見緋太郎が“日常の謎”を解き明かすシリーズ第2弾。前作は“色”が題名に入った作品集でしたが、今回は“味”がそれぞれ短編の題名に冠されています。
 この作品集では前作に比較してそのミステリとしての要素はかなり薄目です。「苦い水」は別にミステリということもありませんじ、「酸っぱい酒」などは、チョット強引すぎる謎解きが目立ちます。「渋い夢」では、事件の動機はともかく、消えたピアノの行方は最初から想像がついてしまいます。それよりも、「甘い土」のように、いつもはどこか人を喰った態度の永見が、今回は普通の人のように、くよくよ悩むことがあることを描いた作品もあって、ミステリ以外の部分でなかなか興味深い作品集となっています。
 ジャズといえば、ビル・エバンスとかマイルス・デイビス、ジョン・コルトレーンなどのいわゆる大物の名前は知っていても、そもそも音楽自体の素養のない者としては、文章の所々に記されている音楽的なことはわからない部分もあるのですが、それはこの作品を読む妨げになるほどのものでもありません(もちろん、音楽の知識があれば、もっとおもしろく読むことができるでしょうけど)。基本的にはジャズを知らなくても十分楽しめる作品集となっています。
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笑酔亭梅寿謎解噺4 ハナシがうごく! 集英社
 笑酔亭梅寿謎解噺シリーズ第4弾です。従来どおり、落語のネタを題材にした8話からなる連作短編集となっています。
 帯には「青春落語ミステリー」とありますが、前作の感想でも書いたとおり、シリーズが進むにつれ、ミステリというよりは、梅駆こと竜二の成長物語であるとともに、人情噺という感じが強くなってきました。今回も純粋にミステリといえるのは、梅寿・梅駆を目の敵にする不覚・不運師弟の家に現れる猫の幽霊の正体をあばく"仔猫"くらいでしょうか。もう、ミステリと言わなくても人情噺で十分でしょう。
 金髪鶏冠頭の竜二が梅寿に弟子入りしてはや3年がたちました。弟子入りして3年がたつと通常は年季明けとなり、師匠の家から出ていくことになりますが、梅寿は忘れているのか、はたまたとぼけているのか、年季明けの一言がありません。折しも漫才ブームの中で切磋琢磨する漫才師たちの姿を見て、梅駆は、落語の将来への疑問を持ち、漫才に魅了されて「M−壱」予選に出場することになったり、インディーズのレコード会社の社長に気に入られてCDを製作することになったりします。そのうえに梅寿の人間国宝の話も出てきて、今回も一門を巻き込んでのドタバタ騒ぎが起こります。相変わらずの酔っ払いの師匠・梅寿のやりたい放題の行動に笑いながらも、梅寿の裏での人情味ある行動にほろっとさせられる素敵な1作となっています。おすすめです。
 現在「小説すばる」紙上で第5シリーズが連載されていますが、年季明けした梅駆はどうなっていくのでしょうか。
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笑酔亭梅寿謎解噺5 ハナシはつきぬ! 集英社
 シリーズ第1作が書かれたときは、“謎解噺”という題名にもあるように、日常の謎系のミステリであったはずですが、シリーズが進むにつれて、いつの間にか落話界で奮闘する青年を描く青春コメディヘと変わってきました。そんなシリーズも、どうもこの第5弾で最後となるようです。
 やっと年季の明けて、梅寿のところから独り立ちした梅駆。兄弟子の代わりに出演したテレビで、ギャグをやれと言われて窮した梅駆が兄弟子の一発ギャグをテレビでやったところ、思いがけず受けて評判になリ、テレビ出演等の仕事が殺到することになります。弟子がギャグをすることを許さない梅寿との間には大きな溝ができますが・・・。
 果たして、このままギャグ芸人としての道を歩むのか。今回でラストということもあってか、梅駆の人生に関わる様々な出来事が起きる波瀾万丈の1冊となっています。
 相変わらずの酔っ払い師匠の大立ち回りもあり、大いに笑わせてくれるところはいつもどおりですが、ほろっともさせてくれるおススメの1冊となっています。

※各話には古典落語のネタが付されています。それをベースに話は進みますが、最近読んだ愛川晶さんの神田紅梅亭寄席物帳シリーズとは違って中身との関係は薄いです。
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