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大倉崇裕の本棚

  1. ツール&ストール
  2. 三人目の幽霊
  3. やさしい死神
  4. 七度狐
  5. 福家警部補の挨拶
  6. 福家警部補の再訪
  7. 白戸修の狼狽
  8. 聖域
  9. 福家警部補の報告
  10. 福家警部補の追及
  11. BLOOD ARM
  12. 秋霧
  13. 福家警部補の考察
  14. 死神刑事
  15. 冬華
  16. 一日署長

ツール&ストール  ☆ 双葉社
 小説推理新人賞を受賞した「ツール&ストール」をはじめとする、お人好しの主人公白戸修が活躍(?)する短編集。
 お人好しであるが故に、殺人容疑をかけられた友人が飛び込んできたり、怪我をした友人の代わりに怪しげなアルバイトに行ったり、間違い電話なのに指定された場所に行ったりして、結局様々な事件に巻き込まれてしまう主人公。しかし、こんな不運に巻き込まれながらも、ときに事件を解決してしまったりする。なかなか魅力的なキャラクターであり、この小説のおもしろさは謎解きよりもこの主人公の魅力に負うところが多い。
 5作の短編は、どれも、この主人公の魅力がいかんなく描かれているが、僕としては、主人公が名探偵ぶりを発揮する「サインペインター」がおもしろかった。とにかく、この主人公で、ぜひ、続編を期待したい。

 ※ 「セイフティーゾーン」で何も持っていない人の手にいつの間にか武器(?)が握られているというのは、「ダイ・ハード」からの着想かな。
 ※ 「ショップリフター」の冒頭、裾上げの長さを間違えられ、膝下10センチのズボンを試着したところ、店員が笑いをこらえきれず吹き出したという話で始まっているが、僕にも同じことがあった。コートの袖の長さを調整してもらったところ、ヒジまでしかなくて、やっぱり店員が笑いをこらえきれずに吹き出した。全く「笑っている場合じゃないですけど」だよ。
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三人目の幽霊 東京創元社
 大倉崇裕氏のデビュー作であり、表題作「三人目の幽霊」を始めとする5編からなる短編集。
 憧れの大手出版社に入った間宮緑だったが、研修を終えて受け取った辞令は「『季刊落語』への配属を命ずる」。その場で辞表を書こうかと思った緑だったが、せっかく入ったのにもったいないと気を取り直し、編集長の牧と共に寄席めぐりをすることになる・・・。
 ミステリと落語といえば最近で思い出すのは、北村薫氏の私と円紫さんシリーズですが、同シリーズでは落語家が探偵ですが、扱う事件は落語の世界とは関係ありません。それに対してこの作品では、落語雑誌の記者である主人公が編集長と共に落語界に関係する謎を解いていくという話が主体となっています。
 主人公が落語は初心者ということなので、日頃落語を聞いたことのない僕たちでも主人公と同じ立場で物語に入っていけます。
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やさしい死神  ☆ 東京創元社
 「三人目の幽霊」、「七度狐」に続く落語シリーズ第3弾、表題作を含む5編からなる短編集です。
 今回も「季刊落語」の牧編集長と編集部員間宮緑のコンビが謎を解いていきますが、緑が単独で謎解きに挑む「紙切り騒動」もあります。落語を知らなくても、全く関係なく楽しめる作品となっており、落語ネタをうまくミステリと関連づけています。落語の人情噺のような話を楽しむことができます。
 僕としては、「無口な噺家」が一番おもしろく読ませて貰いました。この解決では話としては考えられるけど、実際は無理でしょう、これでは今ひとつだなあと思っていたところに、最後にもうひとひねりありました。「桜鯛」という小ネタがうまく使われています。見事です。
 落語を聞いてみたいなと思ってしまう作品集です。
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七度狐  ☆ 東京創元社
 「季刊落語」編集部勤務を命ぜられてから1年。新米編集者だった緑もそれなりに落語の知識を身につけて、職場になじむようになってきました。名探偵ぶりを見せる牧編集長とともに、ホームズとワトソンのように、今回も事件を鮮やかに解決かと思いきや・・・
 北海道に出張している牧から、突然電話で静岡の杵槌村で開かれる春華亭古秋の一門会取材を命じられた緑でしたが、あいにくの大雨で、緑が村に着いた途端に村から出る道が土砂崩れで通行不能となってしまいます。そんななか、古秋の跡目候補が殺されます。名探偵役の牧がいない中、ワトソン役の緑は果たして・・・
 帯に「本格ミステリの精神に満ちた傑作登場」とありますが、まさしく本格ミステリテイスト満載の作品ですね。いわゆる「嵐の山荘」、閉ざされた空間での殺人事件。殺人現場には落語から取った見立てが施されているのですから本格ミステリファンとしては、読んでいてわくわくしてしまいます。そのうえ、事件の根底には一族のどろどろとしたものが流れているようで、多くの評者の方が言われているように横溝正史のような雰囲気もあります。犯人候補が限定されながらも、次々と殺人が起こるのは、これまた本格ミステリそのものです(笑)
 謎解きもまた見事で、それまで色々なところに張られていた伏線がジグゾーパズルのピースのように鮮やかにはまっていきます。動機も、僕には理解しがたいものだったのですが、芸の世界とはそうなんだと納得させられてしまいました。
 それにしても、作品中に出てくる「七度狐」ですが、落語では語られる狐の騙しは2回だそうです。この作品では7回の騙し方に見立てて事件が起きていきます。したがって、3回目以降は大倉さんの創作ということでしょう。作品中の落語まで創作してしまうなんてすごいですねえ。
 落語とミステリといえば、頭にすぐ思い浮かぶのは北村薫さんの私と円紫さんのシリーズです。ホームズ役とワトソン役の二人で事件を推理していくところは同じですが、あちらは落語家の円紫さんが私の提示する日常の謎を解くというスタイルをとっていますが、こちらのシリーズは、落語界そのものを舞台に描いています(そのうえ、今回は日常の謎でなく殺人事件です)。どちらにしても、落語を知らなくても楽しめる作品ですし、一度落語を聞いてみたいなという気にさせますね。
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福家警部補の挨拶 東京創元社
 “刑事コロンボ”ファンの大倉さんが“刑事コロンボ”的設定~冒頭で犯人が犯行を犯す状況が描かれ、その後一見冴えない刑事が現れて事件を解決する~で書いた4編からなる連作短編集です。
 “刑事コロンボ”のおもしろさが、主人公の刑事コロンボのとぼけた味のキャラクターにあるのは周知のところです(あの迷セリフ「いやぁ~、うちのかみさんがね・・・」は最高ですね)。
 それに対して、この作品の主人公福家警部補もその外見はといえば、背は低く、幼く見えるが30歳は超えているらしい年齢で、いつも事件現場に入るのに警官に一般の人と間違えられてしまうという、あまり颯爽とした風貌ではないようです。登場場面はコミカルですね。しかし、それは最初だけ。犯人が予期しないところから、しだいに犯人を追いつめていくという、コロンボのように頭が切れる人物です。そして、なんといっても驚いたのは、福家警部補は○△×なんです(ネタバレになるので言えませんm(_ _)m)。
 ただ、やはり映像と活字という違いのせいもあるのでしょうか、福家がコロンボのようには、いまひとつ印象的ではなかった気がします。コロンボの疲れたようなおじさんの風貌、よれよれのいつも同じコート、年季の入った車等が頭に残っているのは、映像のせいでもあります。映像にかなわないのは無理もありません。たぶん、これからシリーズ化していくでしょうから、だんだん福家像もできあがっていくのでしょう。期待したいですね。
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福家警部補の再訪 東京創元社
 「福家警部補の挨拶」に続<シリーズ第2弾です。刑事コロンポと同じ、最初に犯人の犯行が描かれ、その後刑事がその犯行を暴いていく過程を描く倒叙形式のミステリです。
 こうした作品では、犯人は既にわかつているのですから、おもしろみは、犯人が気づかなかったミス(もちろん、読者が簡単に気づくようなミスでもいけませんが、まったく気づくことができないものでも困ります。)をラストで探偵役がパッと読者の前に提示することにあります。この作品の中にも注意深く読んでいると、謎解きのあとに、「ああ、あれのことかあ。」と読者がわかるように大倉さんはフェアに書かれています。
 それと、もう一つは、探偵役のキャラクターのおもしろさですね。福家警部補も普段はどこか抜けたところがありますが、様々なものに造詣が深く(今回も漫才やフィギュアヘの知識の深さがうかがわれます。)、犯人に油断させておいたところで、鮮やかに犯人を指摘するという、この点はコロンボと同様ですね。
 NHKドラマで福家警部補を永作博美さんが演じていたため、どうも読みながら彼女の顔が浮かんでしまいました。でも、割とイメージがあっていたかな。
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白戸修の狼狽 双葉社
 「ツール&ストール」(改題されて「白戸修の事件簿」)の続編、5編からなる連作短編集です。
 社会人になり、中堅の出版社に勤めることとなった白戸くん。しかし、お人好しの性格はこれまでどおり。頼まれたら嫌といえない白戸くんには相変わらず災厄が降りかかります。読んでいるこちらとしても歯がゆくなるほどのお人好しには呆れかえるばかりですが、そのお人好しが最終的には好結果を生むのですから、怒っていいやらうらやましいやら。ミステリーという体裁ですが、眉間に皺を寄せて読むものではなく、いわゆるライトノベル感覚でさらっと読むことができます。
 5編は、仕事中に巻き込まれる中野駅周辺のいたずら書き事件、困った先輩に押しつけられた中野駅周辺のコンサート会場での設営の仕事中に発生する妨害事件、中野駅周辺で起こった盗聴事件、中野駅構内で突然巻き込まれた怪獣フィギアを商品としたスタンプラリー中の暴力事件、中野駅周辺のコンサート会場での今度は警備の仕事中に起こった妨害事件と、白戸くんにとっては鬼門の中野駅周辺で起きる事件に巻き込まれる白戸くんの奮闘を描きます。
 5編の中では、おかしなスタンプラリーと暴力スリ事件の裏に隠された男の気持ちがラスト明らかとなる「ラリー」が一番です。
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聖域 創元推理文庫
 自分がリーダーとして登った山での滑落事故をきっかけに、山に登ることをやめた草庭は、大学時代の登山部の仲間であり、親友の安西に誘われ、久しぶりに山に登る。後日、安西が山で滑落したとの知らせを聞いた草庭は、安西ほどの技量を持った者が遭難するのはあり得ないと考え、原因究明に乗り出す。
 最近、“山ガール”と呼ばれるカラフルな登山ファッションに身を包んだ女性の登山がブームになっていますが、この作品で描かれる山登りはもっと硬派(?)なものです。作者の大倉さんは大学時代山岳同好会に入っていたこともあってか、山登りの描写は真に迫っており、素人の僕にもその状況を頭に思い浮かべることができます。
 最後に明らかになる真相は、よくよく考えてみればミステリに定番な読者へのトリックが仕掛けられているのですが、それをまったく気付かせないところは大倉さんのうまさです。安西の事件から彼の恋人の遭難事件が浮かび上がり、さらにはきな臭い山小屋存続運動を絡ませ、本当なら最初に気付いたであろうことから読者の目をさらにそらします。大倉さんにうまくやられました。
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福家警部補の報告  ☆ 東京創元社
 あらかじめ犯人を読者に提示し、探偵役がその犯人を明らかにしていく過程を描く“倒叙ミステリ”の形式を取るシリーズ第3弾です。
 かつて一緒に漫画家を目指し、夢をかなえて漫画家となった女性と、夢を諦め大手出版社に入社し、営業部長まで登りつめた女性のふたり。あることから漫画家は営業部長を殺してしまうが・・・(「禁断の筋書」)。組を解散したことを恨み、腹違いの兄の娘を誘拐し、解放する代わりに対抗組織を襲わせ、争いを再び起こそうとする弟。先代組長の片腕だった男は、仲間割れを装って弟を殺すが・・・(「少女の沈黙」)。爆弾を使って銀行強盗をする直前の男たちを老夫婦は誤爆を装って殺すが・・・(「女神の微笑」)。
 背は低く、幼く見えるが30歳は超えているらしい年齢で、警察官には思われない容貌に加え、警察バッジはどこにしまったか忘れるし、現金を持たずにタクシーに乗って無賃乗車と間違われるなど、その容貌、行動で犯人を油断させるのは今回も同じです。現在、檀れいさん主演でテレビ放映がされているので、読んでいると頭の中には檀さんの福家のイメージが浮かんできてしまうのですが、これがなかなかピッタリです。
 今回、ラストの「女神の微笑」に登場する老夫婦、特に妻の方は、かなりの切れ者で、ラストの展開からすると、今後の再登場が期待できます。福家との頭脳合戦が楽しみになります。
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福家警部補の追及  東京創元社 
  警視庁捜査一課の福家警部補の活躍を描く倒叙形式のミステリシリーズ第4弾です。
 今回は自分が制覇できなかった未踏峰への挑戦を息子に託す有名競山家だった父親が息子の登山隊への支援を中止することとした後援者を殺害する「未完の頂上」と、ペットショップの女性経営者が、店の敷地を売ろうとする悪徳ブリーダーである血の繋がらない弟とその愛人を殺害する「幸福の代償」の2作の中編が収録されています。
 「未完の頂上」は、息子に容疑をかけて犯人である父親にプレッシャーをかけるのですが、それはちょっとズルいだろうと思ってしまいました。滑落死ではなく殺人だという点は論理的に推理されているのですが、状況証拠ばかりで父親が犯人の決定打はなかった気がします。
 「幸福の代償」も、犯人が福家の罠にかかってしまうのですが、裁判で「そんなこと言わない」と否定されたら裁判が維持できるのかなぁと考えてしまいます。犯人と愛人との関係(なぜ犯人に言われた通りに狂言自殺をしようとするのか)がいまひとつはっきりしない点も気になります。
 倒叙形式で犯人は最初からわかっているので、作品のおもしろさは、いかに犯人が気づかなかった犯行現場に残した手がかりから福家が犯人を追い詰めるかというところにあります。いまひとつは倒叙形式のミステリといったら「この人!」とすぐに頭に浮かぶ“刑事コロンボ”のような個性的なキャラの探偵役(刑事役)の登場です。このシリーズの人気も、以前も書いたとおり、見た目は警察官とは思えない容貌で、警察手帳を出すのに四苦八苦する姿からは想像できない切れ者で様々な能力に長けた福家の魅力的なキャラが担っている部分が大きいと思います。
 今回も「未完の頂上」では、有名登山家に負けない登山能力を発揮して、クライミングの世界選手権代表選手を慌てさせてしまうシーンが登場します。ちょっと万能過ぎるという嫌いもありますが、福家が周囲の人につぶやく何気ないひとことは彼女の人への優しさを感じさせます。何より、犬は苦手という普通の人間らしいことが今回わかりました(今まで描かれなかったかな?)。
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BLOOD ARM  角川書店 
 舞台は回りを山に囲まれた田舎町。このところその町だけに頻繁に地震が起きていた。沓沢淳はバイト先のガソリンスタンド店主に頼まれ、パンクした車の修理のためにタイヤを届けに限界集落の「上の平」に向かうが、途中でとんでもないものに遭遇してしまう。
 まさか怪獣ものとは思いませんでした。この本を読んでいて、ミミズが人間を襲う「スクワーム」というB級映画のことを思い出しました。途中で登場する怪物はガメラの甲羅から強大なミミズが何匹も飛び出しているという姿が頭の中に浮かびます。
 最後にはロボットまで登場しまいます。唖然です。これはもう何も考えずに楽しんでくださいというB級映画のようなエンターテイメン作品です。マジンガーZかエヴァンゲリオンの世界ですかね。 
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秋霧  祥伝社 
 便利屋の倉持は死期の迫った精密加工部品で日本のトップを走る企業の会長・上尾から、若い頃に登った天狗岳の山行をビデオで撮影してきて欲しいとの依頼を受け天狗岳へと登る。一方、元自衛隊の特殊部隊員だった深江は警視庁の儀藤から殺し屋の“フォッグ(霧)”を追うことを依頼される。天狗岳から下りてきた倉持は撮影してきたDVDを上尾に渡して帰る道で襲われるが、深江によって助けられる。いったい“フォッグ”が狙うのは誰なのか、倉持たちを襲ったのは誰なのか。
 大倉さんの別作品である「夏雷」の主人公・倉持、「凍雨」の主人公・深江が登場し、コンビとなって殺し屋との戦いを描く作品です。倉持、深江に、“フォッグ”更には“フォッグ”が狙う人物が雇った者たちとの三すくみの戦いが繰り広げられます。まぁ~深江が強すぎるのなんのって。不利な体勢からもバッタバッタと敵を倒します。
 ちょい役として「生還」に登場する長野県警山岳警備隊の釜谷と原田も登場し、大倉さんの山岳ミステリファンには嬉しい贅沢な作品となっています。ラストの展開からすると、倉持と深江の2人はまたコンビで事件の渦中に飛び込んでいきそうな雰囲気なので期待したいです。 
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福家警部補の考察  東京創元社 
 冴えない外見とは裏腹に見事に事件を解決する福家警部補の活躍を描く倒叙型ミステリシリーズ第5弾です。4編が収録されています。
 「是枝哲の敗北」では、大病院の医師・是枝が結婚を迫る製薬会社のMR・足立郁美を事故に見せかけて殺害した事件が描かれます。題名の「敗北」は福家に犯行を見破れたことだけではなく、実は是枝は郁美の掌の上で踊らされていたに過ぎなかったということを表しているのでしょう。
 その外見と忘れ物をいつもするというドジな行動で犯人を油断させておいて、最後は理詰めで追い詰めるというパターンが通用しなかったのは、「上品な魔女」の中本さゆりです。保険金目当てに自分を殺害しようとした夫を逆に殺害した彼女は、世間とはズレたほわっとした感じでありながら、実は緻密に人の心を読んで人を操る、まさしく“魔女”と呼ばれるに相応しい女性です。ラスト、彼女を追い詰める場面はストーリーとしては面白いですが、あんなものを自供といっても裁判で翻意されれば検察側は持ちこたえられないのではないでしょうか。福家に負けず劣らずのキャラです。
 「安息の場所」では、女性バーテンダー・浦上優子がバーテンダーとしての技術を教えてくれた師匠の名誉を守るために強請屋を殺害した事件が描かれます。バーテンダーという仕事柄、人を見る目がある優子も最初は福家を見誤ります。福家が酒好きということが知られる作品です。
 「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」では、外資系証券会社のエリート証券マンが、恋人の敵討ちのためにライバル会社の証券マンを殺害した事件が描かれます。もちろん、福家が解決するのですが、ここではあまりに福家警部補が超人的です。なにせ、京都への出張に当たって東京駅で出会った男が怪しいと思ってしまうのですから。さすがにここまでやられると、どうなのかなあという印象を持ってしまいます。 
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死神刑事  幻冬舎 
 無罪判決が出たときに、事件の再捜査に現れる警部補・儀藤堅忍。再捜査に当たっては事件に関与した警察官が儀藤の「相棒」として選ばれる。冤罪となった事件を再捜査することは警察組織の傷を抉り出すことになり、「相棒」に選ばれた者は同僚から疎まれ、出世の道が閉ざされる噂があることから、儀藤は「死神」と呼ばれていた・・・。
 物語はこの儀藤と、彼によって「相棒」に選ばれた警察官が再捜査をする4つの事件が描かれる連作短編集です。
 儀藤という刑事ですが、「死神」といえば体型的にはひょろっとしたイメージがあるのですが、このイメージとは全く異なる地味で頭髪も薄い小太りな中年男。名刺には「警部補 儀藤堅忍」とだけ書かれていて所属部署も連絡先も書かれず、初対面のあいさつが「警視庁の方から来ました・・・」とは、まるで高齢者に高額で消火器を売りつける詐欺師が言う「消防署の方から来ました」と同じです(彼の背景については結局最後まで語られることはありませんでした。)。とはいえ、その外見と異なって、切れ者で4つの事件は新たに真犯人が登場して解決というパターンになっています。
 4編の中で個人的に一番だったのは、一事不再理の原則から、これはどうなるだろうと思った、夫をひき逃げに見せかけて殺したとされる妻の事件を描いた「死神の手」。25年前の誘拐事件を描いた「死神の背中」は、唯一、相棒がすでに退職した警察官で、他の3編とはちょっと趣が異なります。読者を最後までミスリードする作品となっています。 
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冬華  祥伝社 
 「秋霧」の続編ですが、もうすっかり話を忘れていました。
 倉持と深江は「秋霧」での事件後、月島で便利屋を営んでいたが、ある日、突然深江が姿を消す。深江を探すなという脅しを受けながらも倉持は深江の行方を探すが、その結果、彼が穂高岳に行ったのではないかという情報を得、警視庁の儀藤の助けを借り奥穂高岳に向かう。一方、はぐれ猟師の植草は熊本と名乗る男の訪問を受け、人を撃ってほしいという依頼を受ける。息子夫婦を車でひき殺した男を連れてくることを条件に、植草は依頼を引き受け、熊本とともに奥穂高岳に向かう・・・。
 元自衛隊特殊部隊の隊員と、はぐれ猟師との冬山の中での戦いが始まります。いったいなぜ深江は狙われるのかという謎がありますが、あとは冬山での男たちのバトルが描かれるだけです。相変わらず深江は強すぎます。孫と暮らすことを夢見ていた植草が逆にかわいそうです。深江が黙って姿を消したことの裏に倉持への信頼があったことがわかるのが真の男同士の友情という感じでいいですね。
 「凍雨」「生還」「夏雷」「秋霧」という大倉さんの山岳サスペンス作品の登場人物が顔を出しますので、そういう点ではこれらの作品を読んでいる人はより楽しむことができます。それにしても、深江を探すなと脅しをかけた男たちの正体は何でしょうか。この辺りは深江を主人公とする「凍雨」を読まないとわからないでしょうか。
 気になったのは、深江を自分たちで倒すことができないため、急遽植草に依頼をしますが、どうやってこんな短い時間で植草という腕のいい猟師がいて、金を積めば人を殺す依頼も受けてくれると熊本は知っていたのでしょうかねえ。ちょっと、都合よすぎという気がします。
 題名の「冬華」は、植草が獲物を撃ち殺した際に雪の上に飛び散った赤い血が華のように広がる様子のことを名付けたものです。 
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一日署長  光文社 
 5編が収録された連作短編集です。
 主人公は看護師として2年働いたが、警察官になりたいと警察学校に入り、首席で卒業した五十嵐いずみ。そんないずみが配属されたのは希望とは異なるいずみ一人だけの史料編纂室。そこでの業務は捜査資料のデジタル化のために過去の事件をパソコンに入力することだった。辞めようと思ったいずみだったが、あるとき急に前任者
がポルタと名付けたパソコンが「シュイイイイイイイ~」という音を立て、画面が白く光った途端、気が付くとそこは入力していた事件を担当していた警察署の署長室。いずみは事件が起こった過去に戻って、いずみの意識は署長の体の中に入り込んでいた。・・。
 物語はいずみが過去に戻ってなぜか“1日だけ"事件を担当した署の署長の体に入り込んで、悲惨な結果に終わった事件や未解決のままの事件をいずみの視点で捜査をして過去の結果とは違う解決にしていく様子を描いていきます。
 意識はいずみですが、体はそれぞれの署長ということで、いずみの意識に肥満体型の署長の体がついていかなかったり、逆に空手で鍛えた署長の身体にいずみの意識がついていかなかったりと、そのギャップに笑えます。
 今作では、前任者がボルターガイストから命名した“ボルタ”の種明かしもされていませんし、いずみが警察官を目指した理由も語られません。この話のパターンだと続編がありそうです。
 なお、年配の男性がいずみの名前を聞いて「コマンドーだね」というのは、1987年に放映されたテレビドラマ「コマンドーIZUMI」の主演が五十嵐いずみさんという女優さんだったからなのですね。知りませんでした。 
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