<知的財産権について>
昨今、知的財産権をめぐる議論を盛んに耳にするようになりました。二〇〇二年二月、政府は「知的財産立国」を国家戦略の一つとして掲げ、知的財産戦略本部を設置しました。司法の場においては、二〇〇五年四月に、知的財産関連の訴訟だけを専門に取り扱う高等裁判所が設置されました。こうした国の動きの背景には、政府が知的財産の創造とその権利保護の推進を国内産業の競争力強化において必要不可欠であると考え、知的財産を国家戦略の有効な資源の一つとして捉えるようになったことがあります。
知的財産権と一口に言っても、そこには文化的創造や表現を保護する著作権、発明技術を保護する特許権、工業デザインを保護する意匠権、業務上のブランド力を保護する商標権などがあります。商標権の場合、それが認められると、商品やサービスがそのブランドの本家本元であることがアピールされ、また当該国において商品やサービスにまつわる商標の独占的使用権が確保され、模倣品が市場に出回るのを排除することができるという大きなメリットがあります。
さて、こうした知的財産をめぐる社会状況の変化の下、多くの中小企業や個人事業主を抱える江戸川区においても、大小さまざまの技術やアイデアの開発が日々、行なわれています。区内の中小企業や個人事業主の中にも、自身のビジネスとの関連の中で知的財産権の問題について関心を持っている人は少なくないはずです。そうしたニーズに基づき、区内企業の持つ優れた技術や特許などを知的財産として活用、保護し、ライセンス契約のノウハウなどを情報提供するため、区では「知的財産活用セミナー」を毎年三月に開催しています。こうした取り組みは時宜を得たものであり、高く評価するとともに、今後も続けていただきたいと思います。
しかし、せっかく開催しているセミナーですが、その開催方法には若干の改善が望まれます。「中小企業のための知的財産セミナー」から引き継がれ、ここ二年開催している「知的財産活用セミナー」ですが、開催日時はいずれも平日の昼間という、通常、現役の勤め人や個人事業主が日常業務に忙しく追われている時間帯です。セミナーを土日の開催にするなどの工夫はできないものでしょうか。区長の考えをお聞かせ下さい。
さて、知的財産権をめぐる国の積極的な取り組みの中で、関連法の改正も行なわれてきました。例えば、著作権法においては罰則規定に禁固刑が設けられ、また、商標法においては地域団体商標、つまり特産物など地域ブランドの登録が認められる改正が行なわれました。早速、「夕張メロン」「魚沼産コシヒカリ」などの著名な地域ブランドが商標として登録されました。区内には小松菜、金魚、江戸風鈴、吊りしのぶなど、十分に地域ブランドと呼びうる特産物があり、区としてもこれら農業、伝統産業、伝統工芸などのさらなる普及のため、「えどちゃん」「えど金ちゃん」などのキャラクターを考案し、それらを商標登録するとともに、地域ブランドづくりを支援しています。
また、それらとは異なる展開で、区ではいま新たに、えどがわ伝統工芸産学公プロジェクトから生まれた「edogawa 3 (えどがわきゅーぶ)」のブランドの普及に取り組んでいます。このプロジェクトは先月、グッドデザイン賞も受賞し、ロゴを商標登録する予定と伺っています。「edogawa 3 」の洗練されたロゴとネーミングは個人的には高く評価しておりますし、「えどちゃん」「えど金ちゃん」などの個々の取り組みにも期待いたしております。しかし、キャラクターやイメージづくりなどのコーポレート・アイデンティティという視点に立てば、他の有効なアプローチもあるはずです。それは、組織の部門ごとに別個のキャラクターを提案するのではなく、統一されたイメージの創造という方法です。
杉並区は二〇〇六年、自治体の統一キャラクターをつくるべく、公募を行ない、「なみすけ」を考案しました。なみすけにはデザイン完成と同時にもちろん著作権が発生していますが、区では商標登録を行ない、なみすけを有用な知的財産と位置づけました。杉並区はキャラクターをさまざまなところに登場させ、ぬいぐるみ、携帯ストラップなどを製作、宣伝することでコンテンツ的価値を持たせ、製品の販売によってライセンス事業の展開を図っています。現在は、役所内の売店においてそれらを販売するほか、なみすけのケーキやデコメールが民間のライセンシーつまり許諾権利用者により製品化されており、区はライセンス料を事業収入として得ています。
キャラクターデザインの優劣はここでは問題ではありません。注目すべきは、統一キャラクターの創出とそのライセンス事業化という方法です。キャラクターの統一化の最大のメリットは、分野ごとのバラバラのキャラクターに比べ、一つの個体に絞られることで露出度がより多くなり、それゆえキャラクターの認知度が容易に高くなるという点です。区でもこうした統一キャラクターの創出とそれによるライセンス事業展開を考えてもよいと思いますが、いかがでしょうか。
次に、商標権の国際登録についてです。
インターネットの普及と経済活動のグローバル化によって、街の中小企業や個人事業主レベルにおいても商品やサービスの流通を国内のみならず海外においても展開しているケースが珍しくなくなりました。こうした状況においては、商標の国際登録が非常に重要となってきます。
商標権の登録制度においては、先にブランドの登録申請を行なったものに商標権を認める先願主義という考えが世界の主流となっています。しかし、この先願主義は逆に言えば、あるブランドを先に確立し流通させていたとしても、きちんと当該国においてそのブランドの登録申請を行なっていなければ、自分のブランドが本家本元であるということが、その国では法的には何ら保障されているわけではないということを意味します。ですから、第三者に抜け駆け登録をされた場合、その抜け駆け登録の模倣ブランドが、理不尽にも「本物」となってしまい、本家本元のブランド商品を海外市場において展開させようというとき、本物が当該国により第三者の商標権を侵害する「模倣品」と判断され、輸入及び販売差し止めの措置を受けることになります。
ここで指摘できるのが、昨今の中国や台湾において実際に起きている、我が国の自治体名、地域団体商標、商業ブランド名などを第三者が当人の知らぬ間に抜け駆け登録する、いわゆる冒認出願の問題です。これは一つには、中国・台湾と日本が漢字を共有している文化圏であるという事実、第二に、両国・地域、特に中国について言えば、その巨大なマーケット規模にもかかわらず、いまだに知的財産権に対する意識が希薄で、多くの模倣品やコピー商品が平然と流通している経済圏であるという事情から発生しています。ジェトロによると現在、「愛知」「千葉」「京都」「長野」「岐阜」など十九の都道府県名が中国商標局で登録されているということです。地域団体商標においては、今年九月、岩手県の伝統工芸である「南部鉄(鐵)器」が第三者によって中国商標局に抜け駆け申請されていることが発覚しました。四百年の歴史を持つ南部鉄器はすでに中国への輸出、流通実績もありますが、もしここで第三者からの冒認出願によって商標権が認められた場合、岩手の本物の南部鉄器が商標権の侵害により輸入、販売の差し止めを受ける可能性も出てきます。冒認出願を行なう第三者のモラルを問うことは簡単ですが、自らのブランドの海外への輸出実績と先の展開を考え、商標権の国際登録を怠ってきた当事者の脇の甘さも指摘しないわけにはいきません。
中国・台湾における、こうした冒認出願の問題をめぐって、今年八月、特許庁国際課が啓発と対策の文書を出し、中国と台湾における商標法制度の概要説明、登録商標の検索方法、異議申し立てや法的対抗措置の方法などをリーフレットや報告書にまとめ、頒布しています。
実際に、私も中国商標局および台湾智慧財産局のサイトにアクセスし、適宜、中国語翻訳ソフトを利用しながら、両国・地域において「江戸川」が商標登録されているかどうか調べてみました。結果は、中国において三つの「江戸川」ブランドがすでに申請、登録され、台湾でも一つの「江戸川」の図柄が登録されていました。中国の三つの登録のうち、二つは現地の有限会社が登録しているものであり、残る一つは、都内在住の日本人個人によって、この九月に登録申請されたばかりのものでした。台湾で登録されている「江戸川」は現地の個人によって申請されたもののようです。
中国・台湾の商標法においては、申請した日つまり公告日から三カ月の登録査定期間がおかれ、この間は第三者が異議申し立てをすることのできる貴重な期間でもあります。公告日から三カ月がたち、商標権が認可されると来る十年間はその権利が有効なものとなり、以後は何度でも更新が可能となります。いったん、商標権が認められたあとでは、当該ブランドに対し商標権の取り消しを求め、法的対抗措置をとっていくことになりますが、それには、自国の地名やブランドが、中国や台湾でも広く知られたものであることを大量の資料で証明しなければならないなど、かなりの作業を要すると言われています。
今や中国は、日本にとってアメリカを上回る最大の貿易相手国です。もはや中国を無視して日本が経済活動を展開していくことは考えにくいと言えます。私たちは、地域の産業振興と意識啓発のためにも、知的財産を貴重な資源と捉え直し、適切に管理していく必要があります。
このように見てくると、中国・台湾における冒認出願に対する策として、自ら事前に商標登録を行なう防衛的出願という方法が視野に入ってきます。先の中国商標局に登録されている都道府県名のうち、「岐阜」は岐阜県が自衛策として自ら登録したものです。実際、中国商標局のサイトで調べてみると、岐阜県の財団法人産業文化振興事業団が上海の商標登録事務所を通じて二〇〇六年に登録申請したものであることが分かります。商標登録が先願主義であること、中国がもはや各地の産業にとって無視できない大きな経済圏であること、そうした点を考慮し、商標権をめぐる防衛的な出願という対策がとられるべきと考えます。区においては「江戸川」という地名をめぐる商標権の防衛的出願をしてはいかがでしょうか。区長のご所見をお伺いいたします。
商標登録の申請手続きを行なう場合、現在登録されている商標についてその最新情報をチェックすることが必要となります。これを商標調査と言います。この商標調査は、登録時のみならず、登録後においても常に必要な作業と言えます。この調査の実施により、第三者から冒認出願が行なわれていないかを発見することができます。「南部鉄器」のような事例も、商標調査によって把握することが可能となります。第三者からの偶然の情報提供だけが頼りというのでは、あまりに無防備すぎます。区は、地名、地域団体商標、地元関連の商業ブランド名をめぐる商標調査を、定期的に、具体的に言えば、公告期間である三カ月よりも短い周期で実施すべきであると思います。区長の考えをお聞かせください。
以上で第一回目の質問を終わります。