狩人蜂

��田　敞

真夏の昼下がりの日が照りつけている。ここ何日も雨が降らないので庭はかさかさに干上がっている。里帰りしていた義妹の家族が今あわただしく車で帰っていくのを見送った。その車の輪立ちの跡さえつかないくらいからからだ。

「そこに蜂いるだろ」

一緒に庭に出て見送った久美子に言う。

「え、どこ」

　と言って、蜂を見つけた久美子はちょっと後ずさりする。真っ黒の、スズメバチくらいある大きな蜂だ。

「大丈夫この蜂刺さないから」

「そう」

　ホッとしたように言う。

「狩人蜂。さっきからバッタを一生懸命運んでる」

　でも、別に何の興味もないのかそれでっていう顔で、縁側から部屋に入っていた。

私はしばらく縁側に腰掛けて蜂を見ていた。

　蜂は地面をせわしなく歩いたりちょっと飛びまわったりしている。一匹の蜂が緑のバッタを引っ張ってきた。体の倍くらいある。

　地面の小さな穴の前に置くと、急いで、穴の中に入っていった。すぐ出てくると、バッタの頭をくわえたと見ると、するっと穴の中に引っ張り込んだ。１円玉くらいの穴なので、入るのかと思っていたが、杞憂だった。バッタの大きさに計ったようにぴったりの穴だ。

　その穴のそばに幾つも穴が開いている。といっても庭中にあるわけではない。開いているのは、２メーター四方に固まっている。そこに、数匹の蜂がうろうろしている。

　どうも、家の周りに排水がいいように砂を入れたところに集まっているようだ。穴のそばに蜂がかき出した土が盛り上がっている。それがみんな砂だ。明るい色だから花崗岩の砂のようだ。掘りやすいからか、排水がいいからか、それともそのほかの理由があるのかわからないが、このあたりの普通の黒っぽい土のところにはいないことから、何らかの理由があるのだろう。

　ファーブルが狩人蜂のことを昆虫記に書いてる。それによると、狩人蜂はミツバチやスズメバチのように集団で子育てをしない。一匹で巣を作り、卵を産むと、それっきり世話をしない。そのかわり、子供が、成長して飛びたてるまでの餌を、しっかり、子供に与えて行くという。まあ、そうじゃないと、子が育たないで、種は絶えてしまうから当たり前ではある。ただその餌が巧みだという。狩人蜂はたくさんの種類がいて、種によって、バッタを捕まえてくるもの青虫を捕まえてくるもの、蜘蛛を捕まえてくるものと、さまざまのようだ、ただ種によって、捕まえてくる獲物は決まっていて、何でもいいということではないらしい。今、目の前にいる狩人蜂はバッタを捕まえてくる。

ファーブルによると、蜂は、バッタの神経の決まった１点を刺して麻酔するという。それを巣に運びこむと、バッタの決まった個所に卵をうみつける。卵からかえった蜂の子はバッタが死なないように、命に別条のないところから順に食べて行くという。少しでも間違うと、バッタは死んでしまう。死んでしまうと、あっという間にバッタは腐ってしまう。すると、餌がなくなった蜂の子は死んでしまう。

　バッタを麻酔する神経の１点を見つけることから、卵を産む場所、蜂の子が死なない順に食べていくやり方にファーブルは感心している。このような昆虫の見事な生き方から、ファーブルはダーウィンの進化論に反対している。偶然麻酔の個所を探り当てた蜂がいたとしても、その子供が適当にバッタを食べたら蜂は腐ってしまう。その両方を、偶然できたとしてもその子供が、同じように蜂を麻酔し、同じように決まった個所に卵をうみ、同じように順序よく食べる確率は、万に一つもない。偶然だけで、そのような技術を手に入れることはできない。そういって、適者生存を否定している。ファーブルの昆虫記を見ると、昆虫の生活は摩訶不思議な事ばかりだ。たしかに、偶然だけで獲得できるとは思えないことばかりだ。反対したのもうなずける。しかし、二人はけこう仲が良くて手紙のやり取りなどをしていたということだ。お互いの研究を尊敬していたという。

　少し離れたところではせっせと穴掘りをしている蜂がいる。後ろ向きで出てきては、パッパと砂を後ろにはね飛ばすとまた潜り込んでいく。それを繰り返している。周りの巣を見ると、手のひらいっぱいくらいの砂の山ができているので、かなり深く掘っているようだ。

　ファーブルの昆虫記には、この蜂には寄生蜂がいるということだったので、もしかしてと、よく見てみると、先ほどバッタを運び込んだ穴のすぐそばに小さな蜂がうろうろしている。ショウジョウバエより少し大きくらいの蜂だ。ほかのを見ると、やはり、近くの砂粒の上に止まって、穴を見ているのもいる。この寄生蜂は、この狩人蜂の子供を餌にして育つ。やはり同じように生きたまま食べて行く。詳しいことは忘れたがそのような仕組みだとファーブルは言っていたように思う。ヨーロッパの庭も、日本の庭も同じなのだ。種類は違っても、同じように巧みに食ったり食われたりして生きているようだ。

　ファーブルはいろいろな狩人蜂を観察している。その中で近くの砂山で観察していた狩人蜂がいた。巣の観察のために壊したり、採集したりしたからか、そこの蜂は絶えてしまったそうだ。ところが、その蜂は新種で、それ以来どこからも見つかっていないという。一つの種を彼は滅ぼしてしまったようだ。人がかかわるとろくなことはないのかもしれない。

目の前のこの蜂は家の周りの２か所にいる。今いる庭の一か所と、反対側の玄関の前だ。家を建てるときに砂を客土した。それは家のまわり２メーターほどまではみ出している。家の周りを取り巻いているのに、２か所だけにしか蜂はいない。この場所も玄関も、人が出入りして適度に踏み固められている。それが住処にする条件であるのかもしれない。この蜂は人間の営みに頼っているということでもある。知らずに破壊しているのもある。知っていても破壊しているのもある。しかし、知らずに育てているのもあるのかもしれない。いや自然は頑強なのかもしれない。人間が、破壊しても、へっちゃらで、生きているのかもしれない。まあ、そのうち、人間も長い時間の波に飲み込まれ、消えていくのは必然だろうが。

「暑くないの」

久美子が出てきて言う。

「大丈夫。もうこの前みたいにひどいくはないよ。日が弱くなってるみたい」

「そうね。夏至からそろそろ２カ月になるものね」

「中でお茶でも飲んだら」

「うん」

私はのっそり立ち上がる。もうすぐお盆だ。