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怖い話3
田 敞
「ねえお墓の近くに住んでない」
ヨガの先生が突然言い出した。
ヨガ教室は、生徒はおばさん二人と私だけだ。だから、先生のおばさんと、全部で四人だ。
ヨガマットの上に座り、左足を前に伸ばし、その腿の上に右足を直角に曲げて足首を乗せて、足の親指と人差し指を互い違いに手で動かし、それが終わると、人差し指と中指を互い違いにというふうに、手でそらせたり、曲げたりしている。ヨガをやる前の恒例の準備運動だ。
だから、口だけはしっかり動く。足の指などそっちのけだ。なんせおばさんが三人なのだ。
で、赤ん坊の首を切り落としたというなんだかすごいニュースのことから始まり、議員さんが小学生の女の子を買った話なんかに続き、挙句の果ては不倫芸能人がやり玉に挙がっていた。
ところが、なぜか突然先生が墓の話を持ち出したのだ。それまでは少しは前の話に関係した話だったのだが。
まあ、女の人の話とはそんなものだ。関連があった方が不思議なのかもしれない。
不倫の話から、墓の話では、おもしろさが激減してしまうからか、二人は乗っていかない。わたしも不倫の話の方がいい。でも先生は無視して話す。おばさんなんだから平気なのだ。
「知っている人がお墓の近くに住んでるの。その人が言うの。お葬式があると、前の晩はお墓が騒がしくなるんだって。だから、分かるんだって」
「えー」三人一緒に声を出す。ポンポンと足を叩いていた手が一切に止まる。
「へえ、新人を迎える準備してんだ」と私。
「怖いイー」と一人のおばさんはうれしそう。
「怖いでしょ」と先生もうれしそうだ。
「怖いわよねえ。お墓行けなあい」
も一人のおばさんも、ギャルのような声を出してとってもうれしそうだ。
「新人が怖がらないように、みんなで通路に提灯なんかつるして、卒塔婆に歓迎の垂れ幕つけたりしてるのかも」
私も茶化してみる。
「私お墓のそばなんかに住めなあい」
「高田さん足反対」先生が言う。
いつの間にか反対の足に移っていたのだ。私はオットット、と足を変える。ついつい話に夢中で、肝心の方がお留守になっている。
「そんなことあるかもしれないわよ」
足の裏をこぶしでたたきながらおばさんが言う。
「子どものころ火の玉見たことあるの」と続けて言う。
「友達と遊んでたら、フワッと飛んだの。林の中をふわふわ飛んでたの。怖かった」
「おれも見た。昔、同僚とキャッチボールしてたら、おい、あれなんだ、って空を指すから、見たら、大きな火の玉がスウーと飛んでるの。まん丸で、赤と、赤黒いところが、まだら模様になってて、ボーっと燃えてるの。それが音もなくスウーッと飛んでいった。錯覚じゃないよ。二人で見たんだから」
「私も友達と一緒に見たからぜったい間違いじゃないわよ」
「霊見れる人っているのよね。良く見るの」
も一人のおばさんがちょっと恐ろしげに聞く。
「ううんそれ一回きり」と答える。
「私もそのときだけ」も一人の女の人も答える。
「怖いわよね」先生が言う。
「なんかあるのよね」
火の玉は見ないけど、信じてるおばさんが言う。
「大丈夫だよ。霊って、悪さする霊もいるけど、助けてくれる霊もいるよ」と私が言う。
「そうなの」火の玉を見たことがないおばさんが言う。
「うん。助けてくれる霊の方が多いよ」
「そんな経験あるの」火の玉を見たことないおばさんは興味しんしんだ。
「うん、昔助けられたことある。仕事のことで、ものすごく困って、にっちもさっちも行かなくなった時があったんだ。ほんともうどうしょうもなくなってた。その時、どうしてだか、家を出てこっちに来るとき、親父が、困ったとき唱えなって言って、まじないみたいなの紙に書いて持たせてくれたのがふっと出てきたんだ。困ったとき読めって言ってたなって思いだして、何気なくその文字読んだの。そしたら、その途端に、家がドンて揺れたの。次の日、昔世話した人が現れて問題がすっと解決したの。嘘みたいにあっさり解決した。あれは今でも不思議だなあ。テープみたいなのを切った紙で、それも三十年以上前に持たせてくれたのが、何の加減かフッと出てきたんだよ。なんでそんなものいつまでも持ってたのかさえ不思議だし。あんな小さな紙なくさなかったのも不思議だし、その時出てきたのも不思議だし。それで、なくさないようにってもう一枚にも写してしまっておいたんだ、そしたらどこにもないの。いくら探してもないんだよ。この後は自分で解決できないことは起こらないってことかなって、今は思ってる。不思議なことってあるよ」
「その、家が揺れたってことすごいよね。お父さん、もう亡くなってるの」火の玉を見ないけど霊を信じているおばさんが聞く。
「うん、その何年か前に」私は答える。
「すごいわね。高田さん霊を見る人なんだ」そのおばさんが言う。
「おれがそうなんじゃなくて、いるんだよ。たいがいの霊は困った時は助けてくれるよ。前、お遍路さんしたとき、ちっちゃいことだけど、そんなこといっぱいあったよ」
「そう。やっぱり高田さんはそうなのよ」おばさんが感心して私の顔を見る。
「この曲怖くない」先生が言う
かかっている曲に耳を澄ます。
「さっきからお寺の鐘の音だよ」
「よく聞くとお経も小さく唱えてるのよ」
先生が言う。いつも小さくかかっているバックミュージックだ。聞きなれているのだが、お経までは聞きとったことがない。
「この曲は半分すぎたころかかるのよ」と先生が笑う。まだ準備運動が終わってない。
「アラ大変」で、みんな黙って、ヨガを始めた。
怖いけど怖くない話だ。世の中の人みんながそうやって守ってもらえてるといいんだけど、なかなかそうはいかないみたいだ。残念ながらひどいことがいっぱいありすぎる。