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読書フェスティバル
高田敞
「あの子たちは、無理だよなあ」
と、下のロビーを見降ろしながら、少し離れたところでやはり下を見ている図書館の女の人に言ってみる。
図書館主催の読書フェスティバルが始まる。十分前というのにまだ子供の客が来ない。いるのは大人たちばかりだ。それも関係者だけだ。
で、来そうな子供はいないかなと廊下に出てきょろきょろしていた。図書館のきれいなお姉さんも一緒にきょろきょろしている。そこで、これ幸いと話しかけたというわけだ。
一階は市役所の支所だ。そのロビーが広く、休めるようになっている。そこの長椅子で、小学生の男の子が三人ゲームをやっている。
「無理だわね」と図書館の女性があでやかに笑いながら言う。
図書館の職員にしてはおしゃれで輝いているのだ。でもそんなことで鼻の下を伸ばさない。今日は、子供たちに絵本を読むことになっている。とっても面白い絵本なのだが。
「ま、興味ないだろうな」と私も相槌を打つ。
「五,六年みたいだからもう絵本を卒業してるし、ゲームの方が面白いだろうから」
「そうね」とニコニコしている。
「子どもから若者まで、みんなスマホだね」
お姉さんはニコニコしている。きっとあまりに当たり前のことで答えようがなかったんだろう。
「まあ、結構面白かったよ」
家に帰って、久美子に話をする。
「あんまり子供は来なかった。大人がほとんど。図書館職員と、本読みボランティアと、出演した子供の親。見に来た子供は七、八人かな」
そして、見に来ない子供の話をする。
「今の子供はゲームだもんな」
「そうみたい」やはりそれだけだ。
「おれたちのころは何にもなかったからな。テレビがやっと普通の家にも入り始めたころだったからな。うちはテレビ遅かったから、近くの銭湯の休憩所にテレビを見に行ってた。プロレスが流行ってて、力道山が人気で大人も集まってた。ミニシアターみたいだったな」
十一月になって、さすがに、庭の桜も葉を落とした。マグノリアも半分くらいの葉が黄色くなった。
「小学校のころっていうと、考えると戦争が終わって十年そこそこだから。平成になって二十七年だろ、昭和より、戦争の方が半分くらい近かったんだよな。そんな気は全然しないけど。子供の時間と年寄りの時間の差かな」
あのころ、大阪にもまだいたるところに野っぱらと言っていた草はらがあった。うちの近くにも、そんな野っぱらがあった。広い野っぱらの真ん中に、大きな神社があった。ところどころに、庭石や、池の残がいや、記念塔と呼ばれていた細長い建物があった。戦争が終わるまではそこは公園だったのだろう。神社はきれいになっていたが、周りの公園はほったらかしになっていたから、草が生い茂り、野っぱらになってしまったのだろう。おそらくまだそこまで金を回す余裕はなかったのだろう。
記念塔は、上塗りのモルタルが大きくはがれおちて、ヨーロッパの幽霊屋敷のような廃墟だった。一度、友達と中に入ったことがある。中は螺旋階段が上まで続いていた。みんな登っていったが、私は少し登ったところで足がすくんでしまった。
その野っぱらの池には、夏になるとトンボを取りに行った。さまざまなトンボもいたし、メダカもヤゴも、ゲンゴロウや、コオイムシや、いろいろな水性甲虫もいた。ヤンマのヤゴを取ってきて飼った。餌は、やはりそこから取ってくるメダカだった。たいがいトンボまで育った。野っぱらの一番の遊びだった。
あの頃の夏休みの宿題は、昆虫採集がたくさん集まった。私も、トンボやバッタや、蝶を紙の箱に虫ピンで刺して持っていったものだ。
近所で虫取り網を持って、そこらを駆け回っている子を見かけることもない。都会と違って、田舎は自然が有り余っているので、田舎の子供には興味がないのだろうか。それともゲームの方が面白いのだろうか。子どもとの付き合いがないから定かではないが、休みの日には、役場のロビーに子供たちが集まって、ゲームをして遊んでいる。外で遊んでいる子どもは、親に連れられて来た小さな子が遊園地で遊んでいるだけだ。
「やっぱりバーチャルがいいのかね」
久美子に言ってみる。久美子は、最近本にまた夢中だ。読書の秋なのだろう。あの炎天下、平気でバードゴルフに毎日出かけていたのが嘘のように、家で本を読んでいる。せっかく涼しくなったのに。
窓に、パタパタと、オレンジ色の小鳥がやってきた。窓の桟に落ちている虫でも狙ってきたのだろう。
「ジョウビタキだ」
「朱色の鳥。帰ってきた挨拶に来たのかも」
「うん、そうかも」
でも久美子は本から目を上げない。
「冬が来るんだ。やだね、また寒い」
冬は花も盆栽も育たないからおもしろくもなんともない。やることもない。
どれ、っと腰を上げる。冬までに夏の花をかたずけて、春の花に植え替えておかなくてはならない。
まだ、しょぼしょぼになった鶏頭がいっぱい斜めにかしいだり枯れかかったたりして残っている。
27,11,16