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クリーン作戦
田 敞
クリーン作戦というのがある。市で三カ月か、四カ月に一度、一家から一人出て道路などの清掃をする。一月ほど前に市の回覧板に案内が載る。私は見てもすぐ忘れる。でも、久美子はちゃんと覚えていて、いつも朝早く「そろそろクリーン作戦始まるから、起きて」と小さな声で優しく起こしてくれる。
で、今日も、「あ、そうか」、と起き上がった。前の日にも、明日クリーン作戦よ、と教えてもらっていたのだが、寝るときにはころっと忘れていた。
以前はスーパーの買い物でもらえたけど、今は有料になったビニール袋を二つ持って出かけていく。そう、燃えるゴミと、燃えないゴミの二つに分けて拾ってくる。道路わきをぶらぶら歩きながら、火ばさみで拾う。火ばさみは、もう十年以上前に義父の栗畑の栗を拾うときに使っていたものだ。今は義父もいなくなり、栗畑も、出荷する気もないので、拾いに行くこともない。
ご時世なのか、ごみはあまり落ちていない。二十年ほど前までは、どちらの袋も、入りきれないほど拾ったものだが、最近は、捜しながらやっと見つけるありさまだ。今日も、収穫はペッタンコになった空き缶二つと、ペットボトル一個と、煙草の空き袋と、菓子の袋数枚だけだ。
「このごろシルバーの人歩いているのよ」、と誰かが以前言っていた。市でシルバーの人を雇って、いつもごみ拾いをしているというのだ。市に合併されてからなのかもしれない。町の時代とは違うのだろう。ボランティアでやっている人もいるという。車で走っていると、ほんの時たまだが、大きな袋を持って歩いているお爺さんを見ることがある。そうなのだろう。
それまでは、庶民が、不況で、お茶やジュースや、菓子などを買う余裕が減ったためかと思っていた。あるとき急にモラルがよくなったとは思わなかったのは、私がひねくれているからかもしれない。
二百メートルほど道路を往復して集積所に持っていった。みんなもあまり収穫はない。それぞれに散っている人たちが集まるまで、よもやま話で待っている。
「今日は霜が降りてた。真っ白だった」とおじさんが言う。「そうお」とおばさんが言う。私から見るとおじさんおばさんだが、四十歳の人から見ると、お爺さんおばあさんになる。もう、七十を越えているのだから。集まった七,八人の人は、みんな七十前後だ。
「日影はまだ白かったよ」と私も参加する。
「いや、一時ごろはまだ霜は降りてなかったけど、五時ごろ配り終わって車に来たら車真っ白だったからね」とお爺さんが言う。お爺さんは、若いころから走っていて、退職してからはただ走っていても仕方がないからといって、新聞の配達をしているという人だ。もう七十は過ぎているはずなのだが、元気いっぱいだ。
「ほら今日はもう一万三千歩だよ」と携帯の歩数計の数字を見せてくれる。いや、すごいもんだ。私など、ウォーキングだ、といって歩いた日でも、一日せいぜい五千歩を超えるか超えないかなのに、朝の八時で、もう一万三千歩にもなっている。
「いや、始まりはこんなだけど」、と、のろのろ、走る真似をする。やっぱり走っているのだ。一万歩以上。
このあたりの人はよく走る。ほかにも若いころから走っている人が一人いる。もう一人いたのだが、その人は、還暦を越えたころ病気になって走れなくなった。かわいそうに。趣味だったのに。
歩く人ならもっといる。日に三万歩以上歩く人もいる。一日中歩いているのじゃないかと思う。すごいものだ。いつも必ず朝夕夫婦で歩いている人もいる。うちなんか絶対無理だ。
「いや前立腺だって言われてね」とほかのお爺さんが言う。
「前立腺肥大」と、言われたお婆さんが言う。
「そうそれ。しょんべんが一時間に一回くらいになって、診てもらったら言われた。夜も必ず四時ころに起きるんだよね」
「あれ、俺なんか夜中三回は起きるな」と私。
「そりゃ危ないわ」
「知り合いで、二人、前立腺癌だ」
「中に止まっているうちは大丈夫だけど、骨とかリンパに移るとだめだってよ」お婆さんが言う。
「そうなんだってな」と私も答える。
「男の人は大変ね」とお婆さんは同情的だ。
寄ると病気自慢だ。
「もう来ないかな」あちらで話していたグループから声がかかった。
「来ないだろうな」
みんなで見まわす。
組内が集まると、十九人になるはずだ。でも、八人しかいない。昔はほとんどの人が出てきていたが、最近は半分も集まらない。きっとポケットして忘れているのだろう。
最近は男がほとんどだ。今日も、六対二で男が出てきている。女性二人のうち一人は夫を亡くした人だから、自分が出るしかない人だ。
「いや、男ばっかりだった」と家に帰って、炬燵に潜り込みながら久美子に言う。「たいへんだったわね」と炬燵に寝転んで本を読んでた久美子が言う。
「昔は女性ばっかりだったけどなあ」
「そおう」という。
長く一緒にいると、女性が強くなるのかも知れない。いや、現役を退いた暇な男がやることなくて出てくるのだろう。うちも、ちゃんと優しく起こしてくれるもの。
「これも後十年だろな」
「どうして」
「ほとんど八十超えるもの。男は八十超えると一気に衰えるから、杖ついてごみ袋持って歩くの無理だよ」
「そうよね」
うちの組内も年寄りばかりだ。最盛期より三軒少なくなった。跡取りが残っている家は四軒だけだ。うちもおれたちがいなくなれば空家だし。隣の久美子の実家も九十を超えた義母一人だし。
五百メートルほどのところに立派な役場があるし、二キロほど先にJRの駅もあるというのに、見回すと、空き家や年寄りだけ家族ばかりだ。
H27,11,30