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猫背
著者 高田敞
「上を見て歩くといいのよ」
私が、「どうも猫背で、爺じむさくなって、いい方法ないかな」と言うと、ヨガの先生が答えた。
で、上を向いて歩いてみる。「ほら伸びてるわよ」と言う。でも話し半分だ。ヨガの先生は褒め上手なんだから。
「また下向いたでしょ。背中丸くなったわよ」
おや、手厳しい。
意識していないとすぐ下を向くようだ。たしかに、散歩のときも道ばっかり見て歩いている。ときどき、どうも下ばかり見てるな、と思って遠くを見るのだが、気がつくとまた道を見ながら歩いている。
以前、四国遍路のときに、最初のころ少し一緒に歩いた人も、「上を向いて景色を楽しみながら歩くんだよ」と教えてくれた。そのときは、猫背だけではなく、しょぼくれていたから元気づけようとして遠まわしに言ったのだと思う。
その人は、何度か歩いたことがあると言っていた。ときどき、思わぬ横道から現れて、この先に、ちょっと有名な桜があって見てきた、などと観光巡りのような歩き方をしていた。私より4、5歳くらい年上そうなのに、寄り道しても遅れないのだから、たいしたものだと感心していた。10日ほど、お寺や、道の途中や、宿で遇ったりしていた。室戸岬を回って二日くらい後、民家をそのまま宿にした小さな民宿に土砂降りの中やっとたどり着いたら、先に来ていてカッパを干していた。私が翌日行く予定の、山の上の寺にもう行ってきたと言う。それが最後だった。後日、足摺岬への途中の宿で、宿帳の二日ほど前の欄に名前が書いてあった。
初心者はたいがい足を痛めたり、体調を崩したりもあって必死の形相をして歩いていたが、ベテランは、のんびり歩いている人が多かった。
だから、その人は、ただただ必死で歩いている初心者にちょっとアドバイスをしたくなったのだろう。
遍路は多くの場合興味本位だけではない何かがあって歩きに来ている。そういう人たちのひたむきさを危ぶんだのかもしれない。いや、おそらくその人も、最初に遍路に出たときのことを思って言っているのだろう。何度も歩きにきているのだから、私なんかよりはるかに心に引きずっていることがあるのだろう。
でも、中には、釣りをしながらバスや電車を利用して歩いている人もいた。徳島の半ばから、高知市までよく行きあった人だ。殺生しながらでいいんかいな、と思ったものだ。
そのころ、もう、少し背が曲がっていた。
昔は、「高田さんは姿勢がいいですね」とよく言われた。高校のとき剣道を少しやっていたからかもしれない。剣道は、姿勢がかなり大切だったこともあるが、それ以上に、運動で背筋や腹筋が鍛えられていたからしっかり体を支えられていたのだろう。
40代になって腰痛に悩まされるようになったころから、腰が曲がりだしていたのだろう。「運動をして、筋肉を強くするといいですよ」と医者に言われて、水泳をやったり、地区のバレーボールクラブや、バトミントンクラブや、エアロビックスをなどを渡り歩いたけれど、結局、腰の手術をする羽目になった。手術で腰は治ったのだが、背中は曲がったままだ。腰痛いの、とよくいわれるから、かなり目立のだろう。
猫背では、女性に同情はされても、相手にされない。今日のテレビで、54歳年の差不倫なんてバラエティー番組をやっていた。「おれも望みあるか」と久美子に言うと、ほんとまあ、って顔をしている。「芸能人だもんな。金も名声もあるもんな」とその顔に変わって答えた。よく行く喫茶店のみちこさんなら、きっと、「若い男がいくらでもいるのに、わざわざ年寄りの介護しに行くわけないでしょ。お金目当てに決まっているでしょ」と言うだろう。
いやいやまだまだ世は捨てたものじゃないかもしれないよ。しっかり上を見て歩かなくちゃ。