ひよどり

 

高田敞

 雪だか雨だかみぞれだかわからない冷たい1日が明けると、みごとな冬晴れだ。だから風が強い。

 思いついて、庭で、枯れてしまった植木鉢の片づけをしていたが、あまり寒いので、引き揚げてきた。

「すごい風だわ」

炬燵に寝転んで本を読んでいる久美子に言う。

「すごいわね」、といつものように上の空だ。もう40年近く夫婦をやっているから、たいがいは、今までにもう何百回も話していることだから聞き飽きているのだろう。

 しだれ桜の枝が大きくなびいている。

 「この風が東北に行ったら、大嵐かな」と言ってみる。でも返事はやはり「そうね」だ。本から目をあげない。

 まあ、それで宝くじの7億円が当たったり晩ごはんがふっと湧いてきたりするのなら乗り気にもなるのだろうとは思うけど。だいたい、他人じゃないのだし夫婦で天気の話もないもんだとは思う。まあ、それだけ話すことがないということだ。それでも天下広しといえども、同じ部屋にいて2時間でも3時間でも黙っていても気づまりならないのは久美子だけだから、良いといえばいいのかもしれない。古漬けのたくわんと糠床見たいのものなのだろう。

 庭の正面にある木瓜の藪の下の方にひよどりが止まっている。寒いから風が当たらないところに止まってるんだ、と言おうとしたがよした。

 

 ひよどりの止まっているボケの横に負けずに枝を伸ばしている蝋梅は、今年もパラパラとしか咲いていない。ひよどりが、つぼみが膨らむ端から食べたからだ。

 毎年秋の終わりから、春の半ばまで売れ残りのバナナを買ってきて置いてやっている。ときどきは飢えた人間様の口にも入るが。それを食べているのにである。元々は、南の島で、落ちたバナナを目黒という鳥が食べにくるという写真を雑誌かなにかで見たのがきっかけで、目白も来るかなと、庭のえさ台に置いたのが始まりだ。予想通り目白がやってきたがひよどりもやってきた。そのころは、木瓜の枝に、何羽かのメジロが寄り添って寒風の中でよく団子になっていた。枝に着いた苔の玉のようで、始めて見たときはえたいが知れなくて気味悪かった。

ひよどりはその目白を目の敵にしていた。でも、ひよどりにいくら追い払われても、目白はすきを見てはすばやくバナナを食べていたのだが、ここ数年は姿を見せない。餌台が倒れて数年餌を置かなかったからか、今は縁側に直接置いているから家に近すぎるのか、それとも、原発事故以来、虫や小鳥の姿がめっきり少なくなったのと関係あるのか、原因は分からないが、バナナを食べにくるのは今はひよどりだけだ。だから庭の主になっていばっていてもいばる相手はいない。置いてあるのは、バナナだけだからかもしれない。以前は小鳥のえさも一緒に置いていたから、雀や四十雀やきじばとも来ていた。でも今はバナナだけだから来ない。雀やきじばとや四十雀はバナナは好きではないのだろう。そのころは数の多い雀にも、身体の大きいきじばとにも体当たりしていたものだが、今は張り合いがないことだろう。ボケの枝で丸くふくらんでじっとしている。でも知らんふりしているけどしっかり見はっている。

 ガラス越しだと平気でこっちを見ているのだが、サッシを開けるとヒーヒー捨て台詞を残して飛び去っていく。

あれでも恐竜の子孫なんだ、とこの前読んだことを思い出す。でも、もちろん久美子には言わない。今までにもう84回は話したろうから。

何でも、今から6500万年前に落ちた巨大隕石のために、何千何万とあった恐竜のすべての種の中から、鳩系の鳥になる先祖と、鷲系の鳥になる先祖の2種類の恐竜以外のすべての恐竜が滅びたということらしい。その恐竜が進化して、今のさまざまな鳥になったということだそうだ。生き残ったのが、あのおどろおどろしいティラノサウルスでなくてよかった。ティラノサウルスがそのあたりの野原や山を闊歩していて、ときどき庭に入ってこられたりしたらちょっと困ったことになったかもしれない。なんせ、ティラノサウルスが進化したゴジラは、1頭で東京を壊滅させてしまうのだから。

恐竜の中で鳥しか残らなかったのは、人間にとってとても有りがたい偶然であったといえるだろう。きっと神様の思し召しなのだろう。でも進化論の法則とは相いれない解釈ではある。ダーウィンなら、自然淘汰というだろう。あの巨大な、象の何倍もある草食恐竜を滅ぼしたのは、兎や、牛たちである。ティラノサウルスを滅ぼしたのは、オオカミや、猫たちであるということだろう。

何にしろ生き残ったのがあのひよどりたちでよかった。することは、せいぜい庭の赤い実をみんな食べてしまうことと、蝋梅のつぼみが膨らんでくる先からみんな食べてしまって、久美子に「憎らしいわね」と言われるくらいなのだから。それと、久美子の嫌いな、美男カズラの種や、私が目の敵にしている、棕櫚の種をそこらじゅうにまき散らしていくことだ。

 だから、今、庭に赤い実は一つもない。南天の実も、梅もどきの実も、万年青の実もない。先日訪ねた家の庭には、くちなしの実がいっぱい生っていた。うちの庭のくちなしの実はいつの間にかなくなって、今は葉ばかりだ。棕櫚の芽生えはあちこちにあるし、美男カズラは毎年そこらじゅうに這い上がるしである。

 ま、かわいらしい恐竜だ。去年は少し小鳥も増えてきたから、そのうち、メジロも戻ってくるだろう。

 明日から2月だ。ガラス越しの光は、もうすっかり春だ。