柿
濡れ縁に柿の実を一つ置いた。もう5日ほどになるだろうか。庭に来るヒヨドリのために置いたのだけれど、ひとつつきもしていない。
秋になって、いつもの年のようにヒヨドリが庭にやってきた。毎日枝を飛び渡って鳴き叫んでいく。
毎年冬にバナナを置いているから覚えていてやってくるのかもしれない。もし毎年同じヒヨドリなら、もうずいぶんな歳になる。といってもたぶん10年は超えないから、それくらいなら寿命はあるのかもしれない。今はまだバナナは置いていない。今来ているのは庭のマグノリアの実を食べるためのようだ。マグノリアの実は、ゴーヤの実のぼこぼこを大きくしたような形をしている。そのぼこぼこの出っ張ったところが裂けると、中に赤い実が現れる。ふやかした大豆を真っ赤に染めたような実だ。
そのヒヨドリが、緑が少し薄くなってきたマグノリアの葉の中で騒いでいる。にぎやかだ。
「あんなのうまいのかね」と久美子に言う。
「ほんのりいい香りがするのよ」
ヒヨドリがあんまりうまそうに食べるので、きっと久美子も試してみたのだ。
「でも、柿の方がよっぽど甘いと思うけどな」
「そうよね」
でも上の空だ。そして、
「ね、ね、これって変じゃない」とメモ用紙を見せる。
さっきから、一人でメモ用紙に何か書いては首をひねっていた。
「試合の順番なんだけど、これじゃ不公平よね」という。
「何の試合」
「卓球の練習の時の試合の組合せの順番なんだけど、いっつもごちゃごちゃになるの。誰が抜けるの、誰が入るのって、順番がわからなくなるの」と春の頃からやっている卓球クラブの話だ。で、メモを見せながら説明を始める。
「なんでごちゃごちゃになるの、番号札でやってるんだから、1番から順に抜けて、待ってる人が順に入れば簡単じゃない」と久美子の説明が終わって言う。
「そうよ、そうやってるのよ。だけどいっつもなんかごちゃごちゃになるのよ」
でまた説明をする。
よく聞くと始まりのところが順を無視しているからだとわかった。でそれの直し方を説明した。
「そうよね、やり方がおかしいのよね。ちょっと話してみる」
それでもまだんなんだかだ首をひねってブツブツ言っている。そして、
「大城さんは、みんなより30分も早く来て、台を出して、しっかり準備して待ってるの。準備体操すごいでしょ」と言う。
「うんすごい。最初見ちゃったよ」とその準備体操を思い出して笑う
その準備体操は、大きな声で100から逆さに号令をかける。体操も始めて見る変わった体操だ。
なぜ知っているかと言うと、その卓球クラブは、私が春のころまで1年半やっていた、老人向けの転倒防止体操クラブの隣でやっていたからだ。私たちとそこのクラブが体育館のあっちの端とこっちの端を仲良く使っていたのだ。
それで久美子に面白そうだからやってみたら、と勧めた。そしたら珍しいことにすぐ出かけていった。昔なら、私の言うことなんかどんなことでも反対のことをするか無視するかだったのに。よっぽど暇だったのだろう。それで、もう半年以上続いている。
私は、夏バテでちょっと休み、がもう秋も半ばを過ぎたというのにいまだに続いている。本当言うと、お爺さんと一緒に体操してもあんまり楽しくないのだ。
「卓球やったら」と久美子は言うのだが、やめた老人体操の隣で卓球をやるのもなんだか気が引けて、結局留守番をしている。
「みんなの面倒もよく見るし、いい人なのよ、でもなんか順番が変なのよ」
「その人代表なんだろ」
「そう、大城さんが作ったみたい」
「代表ってそうなんだよ。責任者だからって意識になるから」
「仕切り屋さんなのよ」
「いいんだよ。そういう人がいないと、うまくいかないから」
「でも、ちょっと言ってみる」
「まだ新参者なんだからさ、順番くらいたいしたことないからほっといたら。だいたいこの世に完璧なやり方なんてないんだから。完璧なんて考えたらみんなぎくしゃくしておもしろくなくなるよ。今までそれでずっとやれてたんだから、それでいいんだと思うよ。田舎じゃごちゃごちゃも楽しみの一つなんだから」
「そうね」
久美子は納得する。反論がない。へえ、と顔を見てしまった。人の意見をあっさり聞くなんて、久美子も年を取ったのかも。
ヒヨドリはまだ騒いでいる。
「柿の方がよっぽどうまいと思うんだけどなあ」とまた言ってみる。
「柿なんてそのあたりにいっぱいなってるから食べ飽きてるのよ。マグノリアはそんなにないから。グルメなのよ」
「一日24種類の食べ物を食べなきゃだめよって保健婦さんから言われたのかも」と以前保健センターでメタボ指導の時言われたことを言ってみる。保健センターに行かない久美子にはわからなかったのかもしれない、意味不明の顔をしている。
置いてある柿は、秋の日の中で、ときどき落ちてくるしだれ桜の枯れ葉に半ばうずもれている。