雑談目次
45年
理想の平和と現実の平和

もうすぐ春だ


田 敞

 

「来週はもう2月になるんだ」

 テレビの週間天気予報を見て、横で本を読んでいる久美子に言う。

「早いわね」と顔をあげずに言う。

 私は、いつものように座椅子にもたれ炬燵に足をいれてテレビを見ている。久美子は寝転んで本を見ている。半年ほど本から遠ざかっていたが、最近また本を読むようになった。

「後ひと月半で春だな」

 サッシの向こうは冬晴れの空だ。雲ひとつない。その空に伸び放題に伸びている梅の枝は、まだ蕾は見えない。畑の梅は、4つほど咲いていたと先日久美子が言っていた。これは遅咲きだからまだ蕾が膨らんでいないのだろう。それとも、毎年枝ばかり伸びて、花はパラパラしか咲かないからなのかもしれない。それにこの梅は実を付けたことが無い。梅にも個性があるのだろう。

その枝の遠くをトンビが舞っていく。

「トンビがいったわ」

「そう」

「毎日来るからこの辺りをテリトリーにしてるんだろな」

「そうね。何食べてるのかしら」

 やはり本から目を離さない。よほど面白いのだろう。暇だから久美子の足に足を付けてみる。もちろん完全無視だ。

 トンビは(本当はトンビか他の鷹かわからないのだが)毎日何度もこの上を飛ぶ。先日は2羽のカラスに追いかけられて逃げていた。

 梅の枝にヒヨドリがやってきた。暇そうに日向ぼっこをしている。

 テレビのチャンネルを回したが、見たいものはない。そこで庭に出ることにする。1時間に1回外に出る、と考えてはいるのだが、なかなか実行できない。寒いし、立ち上がるのが億劫なのだ。これでは歩けなくなるのは目に見えているとは思うのだが、思いと行動が一致しないのだ。まだまだ大丈夫が先にある。それが落とし穴なのに。

 空気は冷たいが風が無いので陽が暖かい。秋に春の草花を植えた30ほどあるプランターを見に行く。毎日凍っているのにそれでも少しずつ大きくはなっている。でもたいした変化はない。昨日と今日がおなじなのだ。でも、今日は暖かいからか葉の艶がいい。光が強くなったせいなのだろう。でも、今は焦らなくてもいいのだ。後2カ月もすれば春になるのだから。春になればいやでも大きくなるしかないのだから、今は冬眠してればいいのだ。

 その並びにばらの鉢植えもある。バラは昔何回か植えたことがあるのだが、みんな数年で枯れてしまった。棘は痛いし、あまりきれいには咲かなかったのもあって、何となくほったらかしにしていた。まあ、あんまり興味が無かったのだ。

何年か前ホームセンターできれいだと衝動買いした3本のバラが、細々ではあるが毎年咲いた。今草花のプランターの間に並んでいるのはそれと違って、3年前に買ったミニバラの生き残りと去年の暮に買った苗だ。そのほかにも、亡くなった義父が作っていた畑の一角に2年前に作った宿根草の花壇に、去年の春、それまで鉢植えだったばらと、新しく買ったばらを植えてある。わざわざ、カタログを見て、丈夫だというのを注文して植えたのだが、夏のころに、あっさり3本が枯れた。その後にも、よくいくホームセンターで、花を見て衝動買いしたばらの苗が何本か植わっている。ひとつ増えるとその分世話が増えるから、買うときは「うーん」と、悩むのだが、買ってしまうのだ。もう20本を超えた。

で、今年こそうまく咲かせてやるぞ、と、先日堆肥を買ってきて、穴を掘って、入れた。図書館で借りてきたばらの本に、冬の作業の中に剪定と堆肥を入れるとあったからだ。ここ10年ほどは、なんにも作らないで、除草剤を撒いていたからか、土は固く団子虫1匹いない土地になっていた。

 今目の前にあるばらの鉢植えは、売れ残りで半額になっていた苗だ。名札も落ち、ひょろっとした短い茎が1、2本伸びているだけだ。行くたびに1本、2本と買って、結局、そこに並んでいた売れ残りの9本のうち、8本買ってしまった。1本は、本で見た病気の症状に似ていたからやめた。春に花つきで元気に店頭に並んでいて、私も何本か買った苗の成れの果てだ。今は片隅に追いやられて細々と生きていた。なぜ買ったかというと、ほとんどなんの手入れもされずに、小さなビニールポットのままで半年以上生き残っていたから、きっと、あまり消毒をしなくても育つだろうと考えたからだ。やってくる蝶や、蜂や、ハナムグリのためにできれば消毒をしたくない。それと、ミステリーツアーのように、どんな花が咲くか楽しみでもあるからだ。カタログの写真を見て注文したのに、けっこう期待外れもあったし、枯れたのもあったしだから。なんといっても、注文した苗1本の値段で、5,6本は買える値段だからだ。何年も育てるのだから、本当は、気にいったのを育てる方がいいとは思っているのだが。

 今は陽に焼けて、赤茶けた細い茎だけだが、秋には咲かせてみよう。本によると、選定の季節と書いてあったが、切ってしまってはなにも残らない貧弱な薔薇だ。肥料もやりたいのだが今はその時期ではないと本に書いてあるので今は何もしないで見てるだけだ。

 いっぱい植えすぎたばらと、地下茎や球根になって、眠っている宿根草の花壇をまわってみる。彼岸花の葉と、ムスカリの葉と、あとは雑草が生えている。草抜かなくちゃ、と思いながら風がないのでそこから久しぶりに道路に出て、おいっちにーおいっちにーと歩きだす。腕を振って、大股で、と、元気いっぱいのつもりだ。で、電柱4本目で踵を返す。もう疲れたのだ。以前は3本目で引き返していたのだが、今は4本目で引き返す。3本目と4本目の間が他よりだいぶ短いのに気がついて、4本目まで頑張ることにしたのだ。それくらいなら毎日歩けるだろうと思っているのだが、3日に1度くらいしか歩かない。困ったもんだ。

部屋に入って、ハアハア息をしながら「歩ってきた」と久美子に自慢する。「寒かった」

と久美子は答える。

「それほどでもない」

 と炬燵にもぐり込む。

 オミクロン株の流行で、日本中大変だ。ダンスも、読み聞かせも自粛だ。唯一随筆クラブだけが残っている。それも風前のともしびだ。家にこもるしかない。

 「早く春が来ないかなあ」とテレビをつける。「そしたらやることがいっぱいあるのに」と。

「もうすぐよ」本を見ながら久美子が答える。

 部屋に差し込む陽は暑いくらいだ。