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仲良きことは美しきかな


田 敞


「スロー、スロー、クイッククイック」とつぶやきながら私たちは踊っている。音楽がかかっているのだが音楽どころではない。

先月から新しいダンスを習っている。コロナで半分の人が自粛で来なくなったから、その人たちがかえってくるまで先に進まないことにしていたのだが、1年以上たっても一向にコロナは収まらないから新しいダンスを教えてもらうことにした。

「たぶんもうかえってこないよ」とわたしは先生に言った。今までに辞めていった人はいっぱいいたけど、かえって来た人は二人しかいない。私ともう一人の女の人だけだ。今はその人もコロナで自粛している。

でも、たぶんコロナは辞める口実だろうと思う。ダンスはけっこう難しいところがあるし、クラブの雰囲気というのもあるだろうし、先生や仲間との相性もあるだろうしと、辞める原因はいっぱいあるけど、続ける理由はそれほどないのが大人のクラブというものだ。何より、男が少ないうえにじいさんばかりということも大きいのだ。ダンスをやる男が軟弱だとは言い切れないかもしれないけれど、男らしくて、女性を引っ張っていくタイプの人ではないのかもしれない。たまに(今までに二人いた)男っぽく女性をリードしてもてる人が入っても、ある程度したらやめていく。彼らにはダンスは必要ないのだ。

それかどうかはわからないけど、コロナ騒ぎで女性はあっさり5人やめた。女性で残ったのは夫婦できている人と、仲良しの男性がいる人のふたりだけだ。それで、誰ひとり辞めなかった男4人と合わせて6人になった。

で、今日は、たまにしか来ない男性一人を除いて、5人でスロークイッククイックとつぶやきながら、狭い部屋で踊っている。今までの大きな部屋は、コロナワクチンの接種会場になっているので使えなくなった。ほんとまあ、と言いたいのだが、世間ではコロナで仕事がなくて苦労している人がいっぱいいると聞く。それを思うと文句を言っては罰が当たるので文句は言わない。こんな騒ぎの中でダンスに興じるなんて贅沢を許してもらっているだけでも申し訳ないことなのだから。

男が3人で、女性が2人だから一人は待っていることになる。こんなことは初めてだ。今までは男が少なくて女性が多かったから、男はフル回転だったけれど、今は休み休み踊っている。歳だからあんまり体力がないからちょうどいい。女性も歳を取っているから、自然と休憩が多くなる。

ひととおり踊ると、先生が、ステップを教えてくれる。ここはなんとかかんとかで、ここはなんとかだと、片仮名のステップの名前を云いながら見本を踊ってくれる。私は、横文字は苦手なので、はなっから名前は覚えないことにしている。覚えようとしても無駄なのは中学や高校で、英語がちんぷんかんぷんだったときから身にしみている。だから、名前を覚えようなんて暴挙に走ったら、ダンスまで嫌になるのは目に見えている。悪あがきをしたらかえって沈んでしまう。高校の頃、偉いお坊さんが、修業をしている若いお坊さんに、「瓦をみがいても珠にはならないよ」と言ったとかいうのを習ったことがある。その時は、努力を否定していいのだろうか、なんて思ったものだ。父も、私に、「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」とよく言っていた。今は、そのとおりだと思っている。能力は人さまざまだ。天は2物を与えずと昔の偉い人が言ったとか。でも、2物も3物ももらっている人もあれば、一物ももらっていないんじゃないかと思われるような人もいる。私は幸いにもここまで生きてこられたのだから、少しはもらっているのだろう。人に褒められるような才能は一つもないようだけど、凡人には成れたのだからありがたいことだ。

で、できることで勝負しようということで見よう見まねだけでダンスのステップを覚えようとしている。今のところはみんなに遅れないでやれている。それくらいならなんとかできるようだ。

 

「みんなとっても仲良しね」と踊っている人を見て先生が言う。

「顔を見つめ合って、こうなって」としなだれかかっている真似をする。みんな笑いだす。

「でも本当は、顔はあっち。体はこう」、と傍で立ち止まった林さんの夫を捕まえて、反り返ってポーズを取って見せる。

「男の人も背筋を伸ばして、顔を見たいでしょうけど見ないの。」

「仲良きことは美しきかな」と私は茶々を入れる。

「踊ってるときは、仲良しごっこしないであっちを向いてるの。終わったら気のすむまで見つめ合ってていいから」と先生が笑う。

そりゃそうだけど、背中は伸ばしてもすぐ力が抜けて背筋はピンとならない。もう歳なのだ。

それでも、私たちは少しの間一生懸命脊中を伸ばして顔をそむけて踊りだす。でもすぐ仲良しに戻っちゃうのだ。3年半も、週一度やってきては抱き合っているのだからとっても仲良しなのだ。