拾う神あり
田 敞
「梅まだ落ちてる」と私が言う。
「ちょっと蹴とばしてくるから止めて」と久美子が言う。
ショッピングモールまで私の眼鏡を買うために車で出かけたところだ。ショッピングモールのどこに眼鏡屋があるかわからないからこの前そこで眼鏡を買った久美子に一緒に行くことを頼んだ。
5メートルも走らないうちに、畑から道に張り出している梅の枝から実が道に落ちているのが見えた。
「けっこう残ってるんだ。ずいぶん取ったのにな」
先日、届くところのは二人で棒ではたき落して、知り合いに持っていった。自分家では、他の梅の木の実を取って、久美子が梅干しと梅ジュースを仕込んだ。二人で塩や氷砂糖や容器を買いに行った。ジュースはすぐできて、飲んだのだが、まだしぶみが残っていた。その後も梅の実はいっぱい落ちた。義父は梅の木をいっぱい植えたのだ。といっても、元は私が蒔いた種から出た梅の木だ。先日は義母が生前漬けた年代不詳の梅干しが食卓に出てきた。もうしわしわで、年代物のありがたい代物だ。
この木は奥手なのだろう、他の木がすっかり実を落としてしまったのに、まだ実が枝についていた。それで、いらないかと電話したら、欲しいというので二人で取った。棒が届かない高いところのはそのままにしていたからそれが道路に落ちる。
「この木こんなに成ったの始めてよ」と久美子が言う。
車を止めると、久美子は道路の梅を拾って畑に投げ込んだ。
「昨日の雨で落ちたのね」
車に帰った久美子が言う。
「雨で落ちたんじゃなくて、熟したから勝手に落ちたんだよ」発進しながら答える
「自分から落ちるのね」久美子が言う。
「熟女は触れなば落ちんだけど、熟梅は時期が来たら自分から落ちる」
「熟女は触れなきゃだめなの」と久美子は笑う。
「ううん、どやろ。ダンスクラブの熟女は触れても落ちないなあ。週刊誌の熟女は、勝手にどんどん落ちてるけどな。だめだよ真似したら」と私。
「勝手に落ちた梅はだれも見向きもしないからだめよ」
「落ちた梅がいい人もいるから。諏訪さんなんか落ちたのがのし梅にちょうどいいってもらっただろ。落ちる実あれば拾う人ありだよ」
先日、諏訪さんに花の苗を上げたら、梅の話になって、みんな落ちてもうだめだよと言ったら、黄色くなったのがいいのよ、と言うので拾って持っていった。その時はまだ枝に残っている木があるのに気がつかないでいた。畑にはあんまり出ないし、出ても、一角に作ったばらと宿根草の花壇しか見ないから上にある梅の実に気がつかなかった。茂った葉の中の緑の実はチラッと見たくらいでは気がつかないのだ。
「熟女を落とす若いのいるかな」と久美子は澄まして言う。
「ないよりましか、ってのもいるかも」と私。
「おおやだ」と久美子。まだまだ役立つ梅だと思っているのだ。
そこで、久美子の膝に手を置いてみる。
「だめよ、危ない」と怒る。
「大丈夫だよ」と言っても、「だめ」と険しい顔で睨む。
で、仕方がないから手を戻す。まだまだ、触れても落ちないのだ。それとも、釣った魚には餌はやらないのかも。
「しゃあない、集中集中」と言って見る。代わりに暗い空から雨が落ち出した。
「ここは木のトンネルね」久美子が言う。
県道から外れて近道のわき道に入ると、両側から木が空を覆っている。茂った葉と雨の重みで枝が低くなっている。片側は高速道路の盛り土の高い土手で、やはり木が茂っている。できたころはただの草だけだったのが、30年は経ったか、今はもうしっかり雑木林だ。反対側はもっと大きな木や竹藪だ。
「後継ぎが都会に行ったら、だれも世話しないから雑木林になっちゃうんだろうな。うちのあたりもいっぱいあるもんな。うちも後30年たったら雑木林だな」
「そんなこと心配しなくてもいいのよ、成るようになるんだから」
成るようになる。今は、庭や畑に鳥が運んできた種から出たいろいろな木を見つけては切って雑木林になるのを止めているけれど、あと10年もすれば体が言うことをきかなくなって、木の方が大きくなるのが速くなるだろう。後は自然に戻るのだ。まあ、雑木林もいいものかも。近くにある雑木林に、大きな榎が何本かあるから、うちの庭にも国蝶のオオムラサキが飛んでくる。うちの庭や畑にも、その実を食べたヒヨドリが糞と共に種を撒くのだろう、榎がいっぱい生える。その若木に、赤星ゴマダラチョウの幼虫がつく。外国から来た蝶だからそれを知る人にはあまり喜ばれないようだけど、ひらひら飛ぶ姿がきれいだから榎を少し残してやっている。日本だ外国だといって差別するのはいいことじゃないと思う。みんな仲良くだ。
落ちる梅あれば拾う人ありなんだから。