減量

減量

髙田　敞

「あっち行って、シ」と久美子が言う。

私が、盆栽や夏の花の苗に水をやっている間に、栗畑に草刈りに行っていた久美子が帰ってきた。ここのところとても働き者なのだ。先日、竹林に今年最後のひょろひょろした筍が出ているのを２人で倒しに行って来た時、栗畑の方に雑草がはびこっているのを見てきたから気になっていたのだ。で、朝飯も食べずに草刈りに行っていた。この数年力仕事はどうも久美子の役割になっている。庭の木の剪定も久美子が先に立ってやっている。刈り払い機も、もう何年も私は触っていない。代わりに、スーパーの買い物にはほぼ１００パーセント私が行っている。炊事は半分ほどしかやっていないが、レパートリーが少ないから仕方がない。勉強してレパートリーを増やせばいいのだろうが、怠け者だからだめだ。何にしろ男女逆転だ。

　水やりが終わって、家に入ると風呂から久美子が出てきたところだった。そこで、じろじろ見てたら、「あっち行って、シ」と言った。で「減るものじゃなし」と言うと、「減ればいいけど」と言う。

　確かに、おなかがしっかり出ている。そればかりではない、身体が丸丸しているのだ。ずっと、日に二食にして減量に（ダイエットではない減量だ）励んでいるのだが、いっこうに効果がないようだ。母親似なのだ。義父は痩せていたが、義母は丸々太っていた。顔は母親似で、やることなすこと似ているから、体も似たのだろう。遺伝だから頑張っても無駄なのだ。なんて言ったら、追い出されるかな。

　今年になってから、食事だけではだめだと悟ったのか、ごろごろして本を読んでいたのをやめて動きだした。筍を倒しに行き、栗の木を切りに行き、庭の木を切り、畑の木を切りして、一日中動きっぱなしだ。で、私は、付き合わされているけどたいがいへばってしまってギブアップだ。私も腹が出てきたけれど、丸々とはしていないから、あんまり頑張らないのだ。

もう４０年以上も前から久美子の風呂上がりは見ているからそっちはほっといて座椅子に座ってテレビをつけた。テレビはもっと前から見ているのに、である。

　昼間のテレビを見ていると、化粧やダイエットのコマーシャルがしょっちゅう出てくる。昼間テレビを見ている人は、ダイエットに興味シンシンなのだろう。しばらく前に、メタボということばと共に、肥満が健康に害があるということが大きく取りあげられたことがある。市の健康診断でも腹囲を保健婦さんが測って、「メタボです」とか言って、メタボ講習会に呼ばれたことがある。そのためなのだろう市の肝いりで老人健康体操のサークルがいろいろできた。私も誘われて１年ほどやったことがある。女子大生が数人で教えてくれるので、うれしくてやっていたが、その学生たちが辞めてしまったのでお爺さんばかりになったのでやめてしまった。で、昔のバトミントン仲間がやっているエアロビに鞍替えした。こちらは若いおねえさんもいっぱいいて楽しかった。今はコロナ自粛している。残念。

　最近はメタボはあまりマスコミを賑わわさない。コロナに負けたのもあるのだろうけど、メタボ社会でも、女性の９０歳は普通になり、１００歳時代に突入したからだ。これ以上長生きされたら困るのかもしれない。でも、久美子の場合健康より見場だろう。ひょっとしたら、かっこよくなって、私の愛をつなぎとめようとしているのかも。でも、私と家にいるときは化粧などしないのだが、出かけるとなると、一生懸命化粧をする。「誰に見せるの」、と言うと「身だしなみは礼儀よ」、と言う。私が見あきたように、久美子も私に見せ飽きているのだ。そもそも性が生まれたのは、ＤＮＡの多様性のためだという。だから目移りするのが普通なのかも。釣った魚には餌はやらないというのは昔は男のセリフだったのだけれど。困ったもんだ。

男性の場合はどうなのだろう。やはり、外面は良くしたいのだろうか。私は筋肉はないし、年寄りだし、歩き方も変ちくりんだし、どうも見せられるものはないようだ。色男でないのに金も力もない。で、知性で勝負だと思っても、それもない。まあ、凡人のさだめだ。

　男性と言えば先日テレビで男性コーラスの人が出ていたので、これって、不倫で一人干されたグループと久美子に聞いたら、そうだということだった。「男は仕方ないんだよな。男だけならいいんだけど、半分は雄だからときどき雄が暴れるんだ。それで、地位も名誉もなくして。かわいそうに」と言った。「仕方ないでしょ。悪いことしたんだから」「男の部分は、社会的地位や、名誉や、金や、希望や夢を追いかけるだろ。自分のためにやってる。個体保存だ。弱肉強食の世界。半分の雄の部分は種族保存のためだ。雄の性質がなければ人類は２０万年前にあっさり滅びてるから。今、人類が地球にはびこっているのは男に雄という性質が半分備わっているからだよ。人類２０万年を支えてきた雄は、不滅だからな。不倫はとめようがないんだ」

「それなら女性だって同じよ」と久美子が言った。確かだ。そのとおりだ。だから不倫はなくならない。

　服を着てきた久美子はごろっと横になる。さすがに疲れたのだろう。「腹減ったろ」と言うと。「減ってる。カツサンド買ってきて、チキンはだめ。それから、冷たい飲み物と、カリカリ食べるお菓子何か」という。減量なんかどこ吹く風だ。

まだ日差しが強くないので運動がてらコンビニに電動自転車で走ってきた。

「一つ食べたら」とカツサンドをほお張りながら久美子が言う。「いい。朝飯食べたから」と答える。あんな分厚いカツの入ったサンドイッチなんか食べたら、コロナで家にくすぶっているわたしのからだはどうなることやら。で私は小さいレーズンパンをひとつつきあった。春の世はすべてこともなしだ。