雑談目次
小春日
げたさん

散歩

田 敞

 

 もうすっかり春だ。わたしはいつもの朝の散歩だ。家の前の農道を一生懸命歩く。道の田んぼへの則面は仏の座が満開だ。一面の赤紫に染まっている。そのところどころを犬ふぐりが水色に染めている。

 あちらから、自転車の人がゆっくり来る。「やあ」、と声をかける。向こうも、「おお」という。げたさんだ。四角い顔をしているので久美子がつけたあだ名だ。お互いの娘が小学校の同級生だった。自転車を止めて、私のことをじろじろ見ている。そして、

「それなら不審者と間違われないから大丈夫だ」という。

「いろいろなところに、不審者注意の看板があるんだぞ。あそこも」、と来た方をさす。

「ああ、あそこは昔っからあるよ」と私も来た方をさす。

「だから俺はちゃんと支度して出ることにしてる。今日は登山の格好をしてきた。リュックも背負って」

たしかに、リュックを背負っている。でも、ここには登山の格好をしてリュックをしょって登る山はない。田んぼの真ん中だ。不審者じゃないか、と思ったが言わない。

「おれここしか歩かないから。みんな顔知ってるから大丈夫。何だろな。ここ何十年も不審者被害が出たって聞かないけどな」

「そうだな。でも間違われちゃつまらんものな」

「たしかに」

 近くで間違われたお爺さんを思い出す。警察まできたという噂だ。ただ健康のために毎日いっぱい歩いていただけなのに。健康のためとはいっても、三時間も四時間も掛けて遠くまで歩くから間違われるのだ。ただちょっと服装が貧しかっただけなのに。でもげたさんには言わない。噂を広める手伝いはしたくない。

 お爺さんのバンカラじゃ変な目で見られるのは仕方がないのかも。見た目がすべてよ、とまではいかないけど、知らない人は外見で判断するしかないから。で、世間では、かっこいい、話し上手な詐欺師にいっぱい金持って行かれたりしているのだけど。

「ほんじゃ。人間は二本足で歩くようにできてんだよ」と私は歩きだす。「そうだよ。いつまでも歩けるようにな」とげたさんも自転車を走らせる。

 

 腕を振って大股で歩く。短い距離だから、速足で歩いたり、大股で歩いたり、腕を振り上げたり、にぎにぎしたりして、にぎやかに歩いていく。ほかの人が来たときは、不審者に間違われないように普通に歩く。この前は、腕を振り上げ振り上げ歩いてたら、犬に吠えられた。「ごめんなさい。あなたが体操してたので犬がびっくりしたの」と犬を散歩させていたお婆さんが言った。始めて見る犬とお婆さんだ。お爺さんまで連れている。八十も後半の人のようだから、そんなに遠くから歩いてくるとは思えない。どこの人だろうと、考えたが心当たりはない。

散歩を再開してから三カ月になる。といっても、せいぜい、二百メートルほどを往復するくらいなのだが。目標の日に三回はなかなか達成できない、たいがいは二回しかできない。無理して次の日歩かないよりはいいか、などと言い訳している。でもやらないよりはずいぶんましだ。年取ってもやれば筋肉がついて来る。足も少しは慣れてきたようだ。

 

 東側の林が切れて田んぼになる。ビューと風が吹いて来る。南から流れていた小川が東側に曲がって、川沿いの田んぼも一緒に東に遠くまで続いている。風がその上を渡ってくるからいつも東風が強い。東風吹かばと言いたいところだが、いつも他より冷たい風だ。

小川の土手に、黄色い水仙が満開だ。野生のようにはびこっている。その小川の2メートルほどの橋を渡ったところのT字路が折り返し点だ。その突き当りの家に、車が止まって、お婆さとおばさんが家に入るところだ。おばさんが後ろから支えるようにしてゆっくり玄関に入って行くのが見える。

 ああ、帰って来たんだとそれを見る。

 ここしばらく雨戸が閉まりっぱなしで、どうしたんだろうと思っていた。お婆さんは一人住まいで、この前までいつ通りかかっても、庭の手入れをしたり、畑の野菜の世話をしている姿が見えた。近所のおばさんと立ち話をしていることもよくあった。げたさんもときどき話していた。わたしは通りすがりに挨拶するだけだったけど。

 亡くなった久美子の父と同級生だと言っていたから、もう九十を超えているはずだ。

 その庭も水仙の花盛りだ。空の中には姫こぶしも満開だ。ゆすら梅も、枝じゅうピンクの花を咲かせている。主のいない間もしっかり咲いていたのだ。

 

橋を渡って、Uターンをする。十年前の五分の一だ。げたさんも相変わらず自転車で走っているけど、十年前はジョギングしてたのだ。変質者と間違われたお爺さんだけはめげずに毎日三万歩も四万歩も歩いている。十年一日のごとしというけれど、みんな少しづつすこしづつ歳を取っている。