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散飛

 

田 敞

 「雀がいない。どっか遊びに行ってんだ」

と炬燵から、外を見ながら久美子に言う。

「そういうのなんて言うの」と本から顔をあげて久美子が言う。

 3月が始まった。今年は、あという間に春になった。寒いと思っているうちに、ラッパ水仙の芽が出てあっというまに10センチほどに伸びた。チューリップもヒヤシンスも、もうしっかり伸び出している。と思う間に、蝋梅が咲き、梅が満開になり、あしびやさんしゅゆも咲いた。椿もほころびだした。庭はもうすっかり春だ。まあだ、きっと寒の戻りがくるかもしれないけど、春だ。

 今日など、青空で,浮かんでいる雲もキラキラだ。なのに我が家は今日も二人で炬燵に潜り込んでいる。久美子は本を読み、私はテレビにお守してもらっている。まだまだ冬なのだ。テレビから顔をあげてその空を見る。いつもは庭の向こう端にある木瓜の絡み合った細い枝の中に、雀が鈴なりに止まっているのだが、いない。それで、久美子に言ってみた。

「犬は散歩だけど、雀はなんていうのかな」

「飛ぶんだからサンヒかな」と自分で答える。

「そうね。サンピね」と言って笑っている。

「いっつも怠けてたら、ヨロヨロと、飛べない老後になるから、頑張ってんだろ」

 この冬も去年と同じようにマグノリアの枝に針金で板をぶら下げて、鳥の餌台を作った。そこに、古コココ米を毎朝置いてやっている。母が施設に入った後、物置を見たら、古い米がいっぱい見つかった。去年、一昨年なんてものではない。久美子の父親が歳で田んぼができなくなってから人に貸していた。その時毎年もらっていた米が食べきれなくて、積み重なったのだろう。去年久美子が畑でいっぱい燃やした。残りを捨てようとしているのを見て、「そこらに捨てたら、ネズミが増えてどうしょうもなくなるよ」と言って、もらった。

 袋には虫が出ていった跡なのだろう、穴がぷつぷついっぱい開いている。どんなにすごいことになってるかと恐る恐る開けたら、意に反して虫は見えない。一見食べられそうだけど粉がいっぱいあるから虫の糞なのだろうと思う。鳥にやるには支障はない。そこで、去年の冬、鳥の餌になった。餌は冬だけにすることと聞いたことがあるので、冬しかやらなかった。だからまだいっぱい残っている。小鳥はやっぱり小鳥のように小食なのだ。

 ひよどりと、雀と、あおじと今年は山鳩も加わった。

いつも雀は木瓜の枝に鈴なりになっている。「串持っていって、つつつと刺して焼き鳥にできそう」と久美子が言う。「油乗ってるかな」とわたし。

 ひよどりは近くのマグノリアや、梅の枝に止まっている。雀はいっぱい集まって止まっているが、ひよどりはたいがい2羽だ。そ必ず離れてとまる。餌も一緒には食べない。あおじも2羽だ。山鳩はいつも一人だ。

あおじは雀とそっくりだから、良く見ないと分からないが、雀がいないときに餌を食べに行くから、見分けがつく。

ひよどりはいつも餌台を見張っている。雀が食べに行くと、パッと飛びかかって追い払う。あいかわらずだ。だから、雀は地面に撒いた米を突っついている。山鳩もあおじも地面の米をつつく。

 

いつの間にか雀が戻ってきて木瓜の枝の中に丸まって止まっている。

全部餌台に頼ってたら、野生の力を無くしてしまいかねないと思って、いつもコップに半分ほどしかやらない。それでも、雀は日がな一日木瓜の枝にとまっている。ひよどりもたいがい餌台の近くの枝にとまってじっとしている。

「ほんと怠け者になって」

 と、木瓜の枝に止まっている雀を見る。「少し餌さがしに行け。ボケちゃうぞ」とわたしは炬燵に丸まって言う。

「ほんとボケちゃうから」と隣で寝転んでいる久美子が本から目を離さずに言う。ほんと二人して寝たきりになったらどうするんだ。

「水仙ずいぶん伸びたよ」

「そう」

「塀の外いっぱい出てるよ」

「そう」

「久美子あっち通らないからな。福寿草も咲いてるよ」

「見た」

 久美子は本から目を離さない。佳境に入っているのだろう。

クロッカスも咲いたし、9月に種をまいたパンジーもやっと咲きだした。

寒い寒いといってももうすぐ春だ。空がまぶしい。