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蜘蛛

田 敞

洋間のガラスサッシの向こうに蜘蛛が巣を作った。黄色と黒の縞しまの蜘蛛だ。よく見ると、身体は、黒ではなく青っぽい灰色と黄色の縞模様になっている。腹は赤い。今まで近くから見たことがなかった。

 本で調べると、女郎蜘蛛という名前だ。よく似た黒と黄色の縞模様の蜘蛛がもう一ついるのでどちらだろうかと調べてみた。もうひとつの方はからだの方も黒色だった。黄金蜘蛛というそうだ。

 気がついてからでももう3週間ほどになる。サッシの枠から蜘蛛の巣を張って、ガラスの向こう10センチほどのところで背をこちら側に向けてじっとしている。

ある朝、蜘蛛の巣の上にごみが引っ掛かっていた。夜のうちに、捕えた虫を食べて、かすをそのままくっつけたのだろう。今までに4つになった。増えるたびになんだか蜘蛛は大きくなったように見える。最後の餌の食べかすがができてから、もう何日かなるが、新たな餌はかかっていない。腹減ってるだろうな、と思ったりする。

 蜘蛛は嫌いだ。特に、この女郎蜘蛛は、見るだけでゾワゾワしたものだ。それが、ガラス越しだといえ間近で見ている。背中の色が黒と白ではないというのもだから気がついた。蜘蛛も、私が、30センチも離れていないところから見ていても、知らんふりで、獲物にかじりついていた。

 この蜘蛛は塀の外の道路際に植えた鶏頭にも住んでいる。裏の梅の木にも住んでいる。去年は、庭の蜘蛛は、木の枝で恐る恐る捕まえて道路の向こうの、水田のポンプ小屋の隣の桑の木に移した。大きな巣を張って、2匹の蜘蛛が過ごしていた。今年は、どちらも歩くのに不便はないからそのままにしている。

 今年、増えたのに狩人蜂もいる。今は住人がいなくなったが、3年ほど前から隠居の庭に巣を作っていた狩人蜂が増えた。蜂といっても、スズメバチやミツバチのように集団で巣を作るのではなく、地面に1匹だけで穴を掘って巣を作る。隠居の家の周りには建てるとき砂を入れた。その砂地のところにだけ巣をつくっている。普通の土のところには巣をつくっていない。去年もかなりいたが、今年はいたるところ穴だらけだ。かなり大きな蜂で、スズメバチほどあるが刺されたことはない。去年はバッタを引っ張ってきて巣に入れていたから、バッタを幼虫の餌にしているのだろう。今年は、巣穴はあるが蜂は見ない。隠居は去年の暮れから空き家だから長居はしないからだ。時の移ろいだ。

こんなふうに虫を食べる虫が復活したのは、食べられる虫も増えてきたからだろう。

 

しかし、まだ復活していないのもいる。生垣や、盆栽の中に白い3角形の幕を張って住んでいた蜘蛛はまだ少ない。3年前にだったか少し戻ったのだがいまだにちらほらしかいない。夕方になると、軒下から出てきて大きな巣をつくっていた晩蜘蛛といっていた黒い蜘蛛もいなくなったままだ。あのおぞましい蜘蛛を見るとゾワゾワしたものだ。でも毎日黄昏の中に出てきて、空の中に浮かんでせっせと巣をつくっている蜘蛛がいないのもさびしいものだ。

 

ガラス窓の向こうの蜘蛛は日がな一日じっとしている。その蜘蛛が、大儀そうに動いている。巣を直しているようだ。ゆっくりと、おしりを振りながら回っている。ここ何日か獲物の食べかすが増えていない。獲物がかからないのは巣のせいかもしれないと思ったのかもしれない。あとで見ると、出来上がったのか、巣の真ん中でまたじっとしている。食べかすは、捨てずに並べ替えてある。自分も、役に立たないごみなんだという顔をして、並んでいる。獲物をごまかすのか、怖い捕食者をごまかすのか、隠れ蓑に使っているのだろう。でも、それでは、いつか寝たきり爺さんになってしまうぞ。

毎日じっとして、楽は楽だけど、退屈しないのだろうか。

退職した爺さんも、いろいろなクラブに出かけて楽しんでいる人もいれば、一日テレビに爺守してもらっている人もいれば、ギャンブルに精を出している人もいる。久美子の父などはあちらに行く1週間前までお天道様と一緒に畑仕事をしていた。私も、盆栽いじりをしているのだが、1時間もやると飽きてしまう。結局テレビに爺守してもらうはめになる。これでは末路は決まったようなものだ。