雑談目次    伐採   


我が家の昆虫記

 
田 敞


「あれ、うちにも飛んでる蛾」

 と隣に寝ころんでいる久美子に言う。

 テレビはNHKの「こころ旅」をやっている。久美子は読んでいた本から顔をあげたけど、おそらくなにも見ていない。久美子はこころ旅には飽きたようだ。

「ほら、うちの庭にもひらひら飛んでるだろ。蛾なのに昼間飛んでる奴」

「そうね」と返事したけど、やっぱり見てはいない。蛾の方がこころ旅よりもっと興味がない。

 火野正平が、輪行のために乗った列車の窓ガラスの外に蛾がしがみついているのを見つけて指さした。場所は鳥取県だ。

 同じ蛾が我が家でもこの前から飛んでいる。モンシロチョウより少し小型で白っぽい蛾で、身体のわりに羽が小さくて夢中でその羽を振ってるのだけど、やっとこさ浮かんでいるという飛び方だ。蝶はゆっくりとんでいるように見えるが実際はかなり素早く飛んでいる。蝶が飛行機とすると、この蛾はヘリコプターだ。それでも、庭の中を、背ほどの高さで、いつまでも飛んでいる。

「去年あたりからまた増えてきたな。復活したんだ」と言う。

「よかったね」

久美子は相槌を打つ。言わないとめんどくさいから、と言うのが現れている。久美子はこの話は好きではない。

 原発事故の後、蜘蛛を始めいろんな虫が極端に減った。実際に調べた訳でわけではないから感じだけだけど。もちろん原因は分からない。実際、それまで、何年も花が咲かなかったアジサイが事故の後咲いた。原因は、毎年、春にアジサイの葉を食べる青虫が大発生して、花の時期までに葉を丸坊主にしていたからだ。その虫が、事故の年いなくなった。葉は一枚も食べられることがなかったから花も咲いた。それ以後、毎年切らなければならないほど大きくなって年年花が増えていって、今はうっとうしいほどになっている。

 梅雨のころになると、現れるのが、蟻の行列だ。我が家の塀と道路の間を、小型の蟻が、行列を作る。学校で習った蟻の行列と違うのは、習った蟻は餌を運ぶために行列を作るということだったが、この蟻の行列は餌とは関係ないようだ。卵を運んでいたりする。とにかく長い。行列をたどると、隣の塀の前を超えて、その向こうの栗畑の草の中に消えている。反対をたどると、やはり、塀の角を曲がって、ずっとどこまでも続いて、草はらに消える。いつもどこから始まってどこまで続いているのか突き止められたことがない。そして、進むのと、戻るのとが行きかっている。それもぎっしりとつながっている。いったいどれくらいの数がいるのだか。雨が降ると出てくる。梅雨のときだけ現れる蟻だ。気のせいかと思うが、あの大地震の後蟻の列が細くなった気がする。前は幅が広く地面が見えないくらい、ぎっしりと歩いていたのだが最近は列が細くなって、途切れているところさえある。その上以前は毎日歩いていたのが、最近は行列が休みの日が増えた。

 少なくなったのにツマグロヒョウモンがある。今年はあんまり見ない。去年くらいから少なくなった。もっと夏になれば出てくるのかもしれないが、今のところ、時折見かけるくらいだ。身元が朝鮮半島と判明した、アカホシゴマダラチョウは、今年も庭で何度か見た。隣町のスーパーの駐車場で見かけたから、かなりの範囲に広がっているのだろう。知り合いの元理科の先生に話したら、調べてくれて、確認してくれた。誰かが持ち込んだのだろうというくらいしかわからなかったが、県の理科の研究班みたいのがあって、そこで、生息確認ということになるらしい。素人にも、偶然というのがあって、おやっというような発見もあるものだ。

 赤とんぼが羽化し出したのだろう、庭の木に止まっている。水色の糸トンボもよく見かける。これはおそらく、睡蓮鉢からかえったのだろうと思う。赤とんぼもそこからかもしれない。以前、メダカの水槽の水を取りかえたら、とんぼのヤゴが何匹かいたから、きっとスイレン鉢にもいるだろう。そこにいるメダカを食べているのかもしれない。

 トンボは蚊を食べてくれるので益虫なのだが、あれで肉食の獰猛なやからなのだ。かっこいいライオンや虎みたいに、どうもかっこいい生き物には獰猛の気がある気がする。美しいバラに棘があるとか言うから女性もその気があるようだ。ウム、確かに、と久美子を見る。夢中で本を読んでいる。天下は太平だ。